認知と情報(稲葉)

第3回 認知科学と人工知能


前回に引き続き、認知科学の基礎概念として、人間の思考・認知をシステム的に捉える「情報処理モデル」について学習する。本講義では特に、人間の知的活動のモデル化に大きな影響を与えた人工知能研究の成果について概説する。

1.認知科学と人工知能

行動主義心理学は一般的に、人間の行動に関する実験を重視するのに対して、認知科学(認知心理学を含む)では、実験に加えて、一種の情報処理システムとしての人間のモデル作成と、そのシミュレーションという手法を重視する。

このため認知科学は、コンピュータサイエンスと密接に関係している。コンピュータシステムは、入力装置や記憶装置、推論や考察をつかさどる処理装置を備えていると同時に、ソフトウェアによって様々な情報処理モデルを定義・操作できるため、人間の認知に関するモデルを作成し、検証することに適している。

人工知能研究は、コンピュータシステム上に人間の思考を再現しようとする試みであり、認知科学の中心的な研究領域であると言える。本講義では、これまでの人工知能研究の中で提案されてきた、人間の様々な知的活動をモデル化するための手法について概説する。

2.知識表現

人工知能の分野の中で、人間の知識をモデル化する手法を、知識表現(Knowledge Representation」と呼ぶ。知識表現の手法は、対象領域や目的によって様々なものが提案されているが、基本的にはスキーマ(Schema)の概念を詳細化したものであると言える。ここでは、知識表現の主なものを紹介する。

2.1 フレーム

フレーム(Frame)は、人間がスキーマとして持っている知識のうち、主に宣言的知識(Declarative Knowledge)を表現するための手法として、ミンスキー(Minsky, 1975)によって提唱された。ミンスキーによれば、人間は記憶の中からフレームを呼び出すことで、外界の事象を認識する。

図1:フレームの概念(文献2)

図2:FRL表現の例

図1はフレームによる知識表現の例である。フレームは、一般的な事物を表す枠組みであり、事物の名称、それらが持つ属性(slot)、および属性の値によって構成される。また、ある事物の上位概念は、is-a関係、またはAKO(a kid of)関係として表現される。上位概念の属性は、具体的な事物の属性によって上書きされない限り継承される。図1では、「柴犬」が「犬」の一種であり、また「動物」の一種であることを表現している。従って、柴犬という概念には、「尾がある」や「呼吸する」といった属性が暗黙のうちに継承されている。

図2は、ロバーツ&ゴールドスタイン(Roberts & Goldstein, 1977)によって設計されたFRL (Frame Representation Language) を仮想的に日本語化したものである。FRLは、フレーム表現をコンピュータ言語 LISP を使って実現したものである。図2上の定義文は、「日本人」の概念をFRLで表現したものである。ここでは「日本人」が「人間」の一種であると同時に、誰でも「誕生日」や「性別」という属性を持ち、一般的には「標準語」を話すという知識が表現されている。「年齢」の値は「誕生日」と「今日の日付」(別フレームで定義)から動的に計算する必要があるため、$if-neededと、「年齢計算処理」というプログラム名によって表現されている。図2下の定義文は、「関西人」の概念をFRLで表現したものである。ここでは、「関西人」が一般的に話す言語は「関西弁」であるという知識が表現されている。

2.2 意味ネットワーク

意味ネットワーク(Semantic Network)は、人間が持つスキーマとして持っている知識のうち、事象の連想関係をネットワーク構造としてモデル化する手法である。意味ネットワークは、キリアン(Quilian, 1968)やノーマンら(Norman et al., 1973)によって提案された。

図3は、日本語化された意味ネットワークによって、「太郎が花子を愛する」という知識を表現している。意味ネットワークは、ノード(node)と、リンク(link)の2種類によって記述される。リンクには、「動作主」や「対象」というラベルによってなんらかの「主張」を記述するものと、「デアル」「ノ・ブブン」といったラベルによって、ノード間の構造を記述するものがある。

図3:意味ネットワークの例(文献5)

意味ネットワークは、人間が使う言葉(自然言語)の直接的な表現に適した手法である。しかし、自然言語が持つ語彙は膨大なものであり、意味的に似通ったものも多い。このため、似通った言葉を、それらの背景にある概念に基づいてまとめたものが、シャンク(Shank,1973, 1975)によって提唱された、概念依存(CD: Conceptual Dependency)理論である。意味ネットワークでは、ノードやリンクのラベルがほぼ自然言語と一対一であるのに対して、CD理論では、多種多様な単語や知識を、人間が持つと思われる少数の基本概念に集約した形で表現している。

図4は、CD理論によって「太郎が東京に出かけた」という事象を表現している。「P」は過去、「PTRANS」は物理的な移動、「O」は行為の対象、「D」は方向性を表す。

図4:「太郎が東京に出かけた」(文献5)
図5:「太郎が花子を怒らせた」(文献5)

図5は、「太郎が花子を怒らせた」というCD表現である。図中の「r」は、上の行為(太郎が過去に何かをした)ことが、下の状態変化(花子の怒りが0からー2になった)ことを表している。

CD理論によって、複雑な人間の思考を抽象化し、より単純な形で理解できる可能性が示されたと同時に、コンピュータ上で効率よく人間の思考を再現する可能性が開かれた。

2.3 スクリプト

スクリプト(Script)は、人間が持つスキーマとしての知識の中で、特に手続き的知識(Procedural Knowledge) に関わるものである、スクリプトは、ある典型的状況で人間が想起する一連の手続きを表現する方法として、シャンク&エイベルソン(Shank & Abelson,1977)によって考案された。例えば我々は、レストラインに入って、食事をし、勘定を済ませ、店から出て行くという一連の行為についての知識(レストラン・スクリプト)を持っているため、通常は問題なくレストランで食事をすることができる。また、以下の3つの文(文献2から引用)を読んだときに、ほとんどの読み手はこれだけの文章から、そこで何が起きたかを容易に理解できるだろう。

(1)太郎はあるレストランに入った。
(2)特大のステーキに挑戦してみることとした。
(3)彼はベルトをゆるめながら店を出た。

つまり読み手は、この文章からレストラン・スクリプトを想起し、それによって明示されていない部分で何か起きたかを補完することができるのである。スクリプトは、我々の日常生活の多くの場面で、我々の認知活動を助ける(あるいは制約を与える)スキーマの一種であると言える。

3.問題解決

人工知能研究において「思考」とは、問題を解いたり、発見したり、推論することである。ニューウェル&ショウ&サイモン(A. Newell, J.C. Show & H.A. Simon, 1958)は、この考え方に基づき、あらゆる問題解決ができるという意味の「一般問題解決プログラム(GPS:General Problem Solver)」というプログラムを開発した。

GPSでは、手段―目標分析(means-ends analysis)と呼ばれるメカニズムが用いられている。この仕組みでは、プログラムは以下の一連の手続きを繰り返す。

 (1)ある目標状態を達成するためには、どんな手段があるかを調べる。
 (2)その手段を使うためには、どのような状態が必要かを調べる。
 (3)手段を使える状態にするための手段を調べ、順次実行していく。

ニューウェルらは、この仕組みによって、図6の「ハノイの塔」の問題を解くことに成功した。

図6:ハノイの塔の概念図(文献3)

さらにサイモンは、手段―目標分析に見られるような「合理性」の考え方を基礎にして、人間や組織の意思決定やマネジメントを効率化しようとした。サイモンによれば、人間は組織の中で「限定合理性」に基づき行動をする。従ってマネジメントする側が個人に対して、適切な目標状態と手段を与えることで、組織全体として最適なゴール状態に到達することができると考えた。

この考え方は、経営活動や経済現象における「合理性」の概念の重要性を示すものとして、後の研究に大きな影響を与えた。

2.4 人工知能研究のその後

(a) 人工知能批判

これまで述べた知識表現や問題解決の手法は、1970年代から80年代にかけての、いわゆる人工知能ブームに大きな影響を与えた。当時は、コンピュータによる人間の知的活動の再現技術が進歩した場合、コンピュータは人間と同様の「知能を持つ」かもしれないという期待があった。

では「知能を持つ」ということは、どういうことであろうか。チューリング(Turing, 1912-1954)が考えた「チューリングテスト」はこれに対する一つの提案である。このテストではまず、壁の向こうに人間とコンピュータを置く。そしてこの事実を知らない第三者が、壁越しにこの両者に質問をする。その受け答えから、どちらが人間であるか判別できないとすれば、このプログラムはテストに合格し、「知能を持つ」と考えるべきだ、というがこのテストの主旨である。

1966年にワイゼンバウム(Weizenbaum)が作ったELIZAというプログラムは、このテストに合格し、これを変形したDOCTORというプログラムは、ロジャーズ流カウンセンラーとして通用すると思われるほどの振る舞いを示す。しかしこれらのプログラムでは、人間のような「理解」は一切行われておらず、単純な対話パタンに当てはまる応答をしているだけである。

図7:DOCTORプログラムの対話例(文献4)

(b) 人工知能研究の意義

まず上のような人工知能批判は、人工知能では実現できない、人間独特の思考における「非合理的」な部分の存在を明らかにした。その意味で、人工知能研究は、人間が人間という存在に対してより深い洞察を得るきっかけとなったと言える。

人工知能における知識表現や問題解決の手法は、組織的活動を効率化するコンピュータシステムの開発やデータベース設計の前提となる「オブジェクト指向」と呼ばれる技術に受け継がれている。また、人工知能研究が作り出した、人間や社会を論理的に捉える手法は、社会全体をシステム的に捉える考え方(システム論)に対しても大きな貢献を果たしている。

さらに近年、エンターテイメントロボットや介護ロボットなどが注目され始めた。それらは決して生体としてのペットや人間と同じではないが、少なくともその振る舞いが「人間や動物らしく見える」ことで、「人間を癒す」効果があることが注目されている。このような人間の「感性」に対する研究が進み、人工知能研究の成果と結びつくことで、人間にとって有益な人工知能やロボットが実現されていくことだろう。

1.橋田他著、岩波講座-認知科学の基礎、岩波書店
2.森他、グラフィック認知心理学、サイエンス社
3.上里監修,心理学基礎事典(現代のエスプリ別冊)、至文堂
4.倉光著、認知心理学、岩波書店
5.戸田他著、認知科学入門―知の構造へのアプローチ、サイエンス社