2001年度 立命館大学経済・経営学部 「労働法」講義

第4回「雇用管理:人事異動」

2001.10.17. 佐藤

はじめに:採用      →労働契約の締結
      採用後の人事異動→     変更、終了

*今回の講義テーマ:単身赴任命令には従わなければならないのか?

1.具体的事例から:東亜ペイント事件(資料参照)

2.人事異動をめぐる問題状況
 1.人事異動の現状
   1)人事異動を使用者が一方的に命じることが当然のように思われている
   2)背景:日本の特異な雇用慣行
       職務能力を持たない新卒学生の一括採用、OJTによる能力養成、企業内で昇進
     職務遂行におけるチーム・コンセプト
     3)その結果:企業の都合のみで、労働者の意思は尊重されない
   4)今後の方向:労働契約による
  2.配転・出向・解雇の実状
     1)配転
        1.配転の種別      1)転勤(勤務地変更の配転) 2)職種変更の配転
        2.企業運営上の意味 1)能力開発/昇進      2)雇用調整/左遷
        3.労働者側の意味    1)能力開発、解雇回避    2)様々な負担、単身赴任
     2)出向
        1.出向の種別        1)在籍出向         2)移籍出向(転籍)
        2.企業運営上の意味  1)雇用調整         2)系列強化
        3.労働者側の意味  1)解雇回避         2)諸条件が全面的に変更
   3)解雇・退職
        1.解雇(使用者から一方的に契約を解約する)
         退職(労働者から一方的に契約を解約する)
        2.企業運営上の意味
        3.労働者側の意味=生活困難へ直結

3.法的思考の順序
 1.労使の合意たる労働契約に従って働く
 2.合意範囲は何か=そもそも契約内容の変更といえるか否か
    →合意の範囲内であれば、契約変更ではなく、したがって使用者は業務命令を発し
     て労働者を移動させることができ、労働者がそれを拒むと業務命令違反として
     懲戒処分に付されることになる。
    →合意の範囲外であれば、契約変更であり、したがって使用者が一方的に業務命令
     により労働者を移動させることはできず、労働者が拒んでも懲戒処分に付され
     ることはない。
 3.変更であるとして、いかなる新たな労使合意であればよいか
  4.労働者が合意したくない場合にどうするのか

4.論点と諸見解
 1.配転命令の拘束力
     2)合意範囲
        1.明示的合意のある場合
        2.職務の性質上あるいは慣行上、合意内容が特定される場合
        3.それ以外の場合が問題
           A)包括的処分権説
            東亜ペイント事件   最二小判 昭61.7.14 (勤務地変更の配転)
            日産自動車村山工場事件 最一小判 平元.12.7 (職種変更の配転)
              B)労働契約説
     3)変更であるとして、新たな労使合意の在り方
        A)説ならば、包括的合意
        C)説ならば
           1)個々の労働者の真の合意  2)労働協約の規定  3)就業規則の規定
     3)?2.権利濫用
          A)説:1)業務上の必要性、2)不当な動機、3)通常甘受すべき程度を越える不利
         益、のいずれかに該当する場合には権利濫用となる。
     B)説ならば、基本は3)であって、権利濫用の成立は例外的
   4)新たな同意をしたくない場合
     1.配転自体の問題    参考:労働省の方針
     2.現在の最高裁判所判決を前提とした場合の対策
        特定した労働契約の締結、権利濫用と判断させる
 2.出向をめぐる権利・義務関係
    *2)の問題であるはずはない。しかし、就業規則等に出向義務づけ規定が存すること
    等を理由として、また、現実には系列内の出向が多くそれは配転と類似している
    ことを背景として、配転の場合と同様の処理をする見解が存する。
     3)労働者の新たな合意
      1.個々の労働者の合意の必要性  日東タイヤ事件 最二小判 昭48.10.19
        2.合意の在り方
            A)その都度の合意   B)配転と同視
 3.解雇
     1)退職の自由と解雇の「自由」
        1.退職と解雇、民法 627条と解雇制限
        2.ドイツにおける解雇の正当理由
            1)人格上の理由、2)行動上の理由、3)経営上の理由
        3.わが国における解雇制限
            1)解雇の自由を一般的に制限する規定はなく、個別に制限する
            2)法律による制限(労基19条、20条、21条、3条、89条、労組7条等)
            3)権利濫用法理による制限
             労使間の信義誠実の原則を破らないもの
              解雇の必要性と労働者の不利益性とを比較考量し、そうしないと企
                     業が維持運営できないほどの合理性のある場合
     2)整理解雇
        1.整理解雇とは   経営者側の責任、大量、再就職困難;諸外国の解雇規制
        2.わが国での解雇規制
        1)人員整理が必要
           2)解雇回避努力義務を尽くした
           3)被解雇者選定基準が合理的・客観的であり、適用も合理的かつ客観的
           4)組合との協議などの労働者への事情説明という手続きを踏んだこと

[参考文献]
 鵜飼良昭・徳住堅治・水口洋介『雇用調整をはねかえす法』(1993年、花伝社)
 東京南部法律事務所『労働契約Q&A』(1998年、日本評論社)

[自己点検項目]
 1)講義を受講して、理解が進んだ点
  2)講義でわかりにくかった点
  3)講義に関する質問
 4)その他(自由記述)

[出席者]
   10/3   10   17   24   31  11/7 14   21   28  12/5 12   19  1/9
経済    61
経営   102
合計   163

[前回講義(10月10日)での主な質問]

☆裁判の基本について
・なぜ裁判所は、将来また発生するであろう男女給与差額を考え、それに対しての保証をしてくれないのだろう、と思う。・ なぜ賃金格差を埋める裁判を毎月おこさなければならなくなるのか今ひとつよく分からなかった。
・ 女性が企業に対して訴訟を起こした後、その人はその企業にいれるのでしょうか?

☆ジェンダー論の基本について
・ 男女の仕事における差別という問題は難しいと思います。女性の考えの中には、「結婚したらやめれるし。」とか「そんなに頑張らなくても、最後には養ってもらえるし。」とか甘い考えが少なからずあると思います。そのような考えがある女性に対し、企業はどこまでの権利を与えなければならないのだろうかと疑問に感じます。
←・企業は能力のある人材を昇進させますが、多くの企業で女性が能力を発揮する機会を与えさせてくれないのではないでしょうか。
・ 法律でいくら差別を禁止しても、文化や伝統によって差別が生まれているのを禁止することが完全にできるのか?また禁止してもよいのか?
・ なぜ20代が一番女性差別意識が高いのか、いかなる根拠があって、そのようなことが導き出されるのかが知りたい。なかなか、法改正を行わない頑固な国会の年寄りの人達の方がよっぽど差別意識が強いと思うのですが。そこのところはどうなのでしょうか。
・前回のジェンダーの続きで、一番驚いたことは、20代の若い世代が一番差別意識が強いということだ。自分の考えと反対だったため驚いた。これはなぜなのでしょうか?若い世代の人が無知だからでしょうか?
・ 会社の職業別による、男女差別の差はあるのか?(例)マスコミ関係は差別がなく、建設関係は差があるなど
・ 家庭責任を女性が負うから結果的に女性が総合職につくのが難しいというのは、日本特有の考え方であると思います。私が就職活動をしていてよく耳にした言葉は、“女性も責任ある仕事を任せます”ということでしたが、つまりはもともと女性は総合職につくことが難しいというのが現状です。なぜ女性だけが家庭責任を負うといえるのでしょうか。また、女性の進出が進んできているといわれ、女性でも役職についている人がいますが、定年まで仕事を続けられる女性がいないのはなぜでしょうか。
 

☆均等法・裁判
・ 最終的には、均等法によって、男女差別の昇格についての問題は、例外的なものであったのか、完全に認められたのかが分かりにくかった。
・ 1985年の機会均等法の昇進や採用の男女間差別撤廃が1997年になって努力から禁止になったが、実質上の変化はどうなのか?芝信金のように、男女間昇格の差別をなくす法律はできたのだろうか?
・禁止規定にしても罰則がなければ守られないと思うがなぜ罰則が設けられなかったのか。
・1985年に成立した均等法は募集・採用・配置・昇進は努力義務規定とされていたが、それでも差別はなくならなかった。なぜ最初から禁止規定にしなかったのか。また、97年の改正法で、禁止規定にしたのに間接差別について触れていないのはなぜか。
・女性で能力はあるのに昇格できないという人はいっぱいいると思う。そんな人たちが裁判を起こしているわけで。なぜ裁判を起こされたら負けるのが明らかなのに企業は能力のある女性でも昇格を認めないのか?なんとでも言いくるめることができるからか?裁判起こすには金がかかるからですね。
・ 明らかに会社のために努力してきた人を、会社のために有益かどうかわからないから昇進を認められないというのは間違っていると思います。裁判で認められないのなら、その人たちはいったいどこの誰に訴えればよいのでしょうか?
・ 昇進して地位が上がっても、賃金の格付けによって、給料が低い時もあるのだろうか?

☆査定について
・査定というものをよく知りたい。どんないいかげんなところがあるのか。
・ 裁判所が査定に口出しすることは、経営に支障が生じた場合、責任を追いかねるため不可能だという論には納得できました。となると、査定事態に問題(男女差別)がある場合、査定そのものの見直しが必要なのではないでしょうか?例えば上からの評価だけでなく現場共働者の評価を加えるなど・・・。
・ 査定する人たちが男性ばかりなので、昇進に差が出るのではないか?査定する側にも女性を入れるべきでは?
・会社側に査定方法や昇進条件などを公表するよう裁判所が命令したらどうか。
・査定については裁判所が責任を持てるかは難しい問題だと思う。その人物が会社にとって有益かどうかはその会社にしか分からないのでは。
・会社での査定の正しさはどのように判断するのか。
・裁判所が介入することは困難だとしても、企業内に監視機構を設けるべきではないか

☆諸見解について
・ 昇進が人格的利益という部分が分かりにくかった。
・ 昇進・採用が法的に難しいといわれるが、外国はどのようにしているのかその事例が知りたいです。

☆偏見
・なぜか不本意にもレジュメに偏見として紹介されたが、字面だけよくすればいいというものではなく、実際問題を書いただけだ。自分に偏見があるのはなんとも考えないし、思想の強制ではないだろう。別に差別思想がない人間を偉いと思わないし、個人的には学問的なジェンダー論について考える機会も要らない。情報の提供はいいけど悪例のように偏見を設定するには本来、真実性のあるしっかりした定義がいるし、不本意だと思うかも。字面の問題だけで個人に偏見があるかどうかはいいにくいものだ。