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今月のことば

2016年8月 「春がきた」のふるさと

 先日、企業の研修会の講師を頼まれて、野沢温泉に行く機会がありました。有名な温泉地ですが、はじめて訪れました。あふれるほどの豊富な湯量の硫黄泉の掛け流しで、肌がすべすべになった感じがしました。
 地元の人たちが管理している多くの外湯があり、湯から湯へと路地を歩いていくと、どことなくなつかしい風情がただよっていました。外湯は、どこも浴槽に入ることができないほど熱いのですが、ふんだんに流れる湯を「ありがたい」と拝んでいる人びとがいました。
 閻魔さまなど十王が飾られた木造の素朴な十王堂のそばに、「十王堂の温」がありました。ここでも、朝の散歩をしながら地元の人びとが拝んでいました。信仰の深い土地なのでしょう。そこから坂道をあがると、古い双体道祖神が祭られた神社がありました。そのさらに奥の小高いところに、「おぼろ月夜の館」と名づけられた、しゃれた洋風建築が建っていました。
 ここは、「春がきた」「春の小川」「もみじ」「ふるさと」「おぼろ月夜」などの唱歌を作詞した高野辰之さんの別荘「対雲山荘」があり、最後に亡くなった場所でした。ここの近くの風景が、「ふるさと」の歌のふるさとだったのです。晴れれば、北アルプスの展望がすばらしいはずですが、いつも雲が出てすべての山を見渡せることは少ないので、「対雲山荘」と名づけられたそうです。あいにく、私が訪れたときにも、雲が山々をおおっていました。
 これらの唱歌は有名で誰でも知っていますが、ここの近くで生まれ、ここで最後を迎えられた高野辰之さんについては、あまり知られていません。その人生や「日本歌謡史」を書かれた国語学者としてのお仕事を知って、それぞれの唱歌の歌詞を反芻してみると、そのことばのひとつひとつの美しさ、深い素養の上にたったやさしい日本語、吟味されたことばの響きの絶妙さに感嘆します。今でも覚えている歌を口ずさんでみると、涙が出るほどなつかしい気持ちがわいてきました。
 私は、以前から「春がきた」という歌のふしぎについては、たびたび言及してきましたので、ここで歌碑に出会えたこともうれしいことでした。「春がきた、春がきた、どこにきた、山にきた、里にきた、野にもきた」という単純なリズムの歌ですが、なぜ「山」から春がくるのでしょうか?ふしぎではありませんか?自然現象としては、桜前線のように標高が低い「里」から「野」へ、そして「山」へと順に移ろうのが普通ではないでしょうか。
 「春がきた」には、単なる自然の情景ではなく、文化のコスモロジーが組み込まれています。だからこそ、神のいる「山」から、春の風は「里」に向かって吹いてくるのでしょう。山に囲まれた雪深い里で、春の神の訪れは、どんなに人びとから待ち焦がれられたことでしょうか。

写真 「春がきた」などの唱歌を作詞した高野辰之さんの書斎(野沢温泉、おぼろ月夜の館、斑山文庫)



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