第1回立命館懸賞論文大賞 審査結果発表
優秀賞作品

「ウガンダ少年兵問題」
長崎県私立聖和女子学院高等学校 三年  村井 枝織
 

ウガンダの小さな村に生まれ、兄弟たちと共に両親の愛情を注がれ成長した少年は、白黒写真の中で無気力な目をして銃を向けていた。

アメリカ留学中、歴史の授業の中で私はその写真と出会った。少年は十歳の時、ゲリラに村を襲われ、誘拐され傭兵となるべく訓練された。彼等によって少年の両親は殺され、兄弟たちも行方不明だという。少年の写真についての説明は口頭でされ、時間にしてみればわずか五分程度であった。しかし、その五分間は私の脳裏に焼き付き、離れられなくなっていた。

現在、紛争が起こっている多くの国で子供たちが兵士として使われている。その数は三十万人に達したといわれている。子供たちは様々な理由で紛争に加わってくる。殺された家族のための復讐や、保護のために自ら兵士に志願する子供も少なくない。しかし、誘拐される子供たちはさらに多い。誘拐されるのは少年たちだけではない。性的奉仕のため十代前半の少女たちでさえも誘拐の対象となることがある。保護されるべき子供たちが、保護するべき大人たちによって殺し合いをさせられているのだ。
 東アフリカの国ウガンダは最も少年兵の問題が深刻な国のひとつである。ルワンダ、コンゴ(旧ザイール)、スーダンなどの政治情勢が不安定な国と隣接しており、そのため国境付近で反政府ゲリラが活動し、略奪や子供の誘拐が頻繁に起こっている。

「なぜ私たちを粗末にするのか
 例えばエイズの危険にさらすのか
 私たちはとても混乱している
 私たちを混乱させ
 麻薬を使い
 若いうちから売春をさせる
 愛・教育・避難所が必要だ
 私たちに生きる機会と  
 保護してもらう機会を
 与えてほしい
 私たちはゲリラではありません
 私たちはとても優しい
 愛すべき存在です」

これは、GUSCOの子供たちの詩である。GUSCOとは、グルという町にある反政府ゲリラにより襲撃された子供達を助けるための非政府団体である。グルはスーダンとの国境までわずか八十キロメートルのゲリラ多発地帯なのである。ゲリラからの脱走に成功した子供たちはこの町にたどり着きGUSCOに保護される。その数は約千四百人。ここには、千四百の死、痛み、苦しみ、悲しみがあるのだ。両親を殺され、誘拐され、拷問を受け、訓練され、自分の村を襲うことさえもあったという。レイプされ、愛していない男の子供を身ごもった少女達もいる。そして彼らのうち、多くは一生消えない傷を心に負ったまま生きていくのだ。GUSCO子供たちに、この詩を詠わせるようなことをしたゲリラたちの責任は重い。それは、人としての絶対に許されない罪なのだ。

ウガンダ北部の国境付近で活動するゲリラはLRA(Lord's Resistance Army)、日本語で「神の抵抗軍」と名乗っている。彼らは声明文に「自分たちはウガンダの腐敗した政権を倒すための農民革命であり、人民の十字軍である」と記している。つまり、彼らは自分たちの活動は全て神の意志であり、人々のためであるといっているのだ。彼らの言い分に従って解釈するならば、彼らにとって少年に武器を持たせることも、少女を犯すことも神の意志であり、正義なのである。しかし、彼らが本当にそう心から信じているならば、彼らが信じているものは神ではない。死と欲望の悪魔である。神というのは、彼らにとって争いのための口実でしかない。

子供の誘拐は、ゲリラにとって兵士獲得のための常套手段である。なぜ、彼らは子供を欲しがるのだろうか。その理由として幾つか挙げられる。

第一に子供の性格である。子供は脅しに弱く従順で、大人よりも逃亡することが少ないという。子供たちの心が純粋であればあるほど、洗脳すれば残忍な兵士に変身する。

第二に軽武器の開発がある。以前は武器が子供には重すぎて、力の弱い子供は、前線ではほとんど役に立たなかった。しかし、第二次世界大戦後に開発された旧ソ連軍やアメリカ製の攻撃用の銃はとても使いやすく、世界中で普及した。特に、一九四七年に開発された旧ソ連軍の銃、AK-47は十歳の子供でも分解、組立てができるという。また、値段も安く、すでに五五〇〇万丁以上が売られている。

最後に、紛争の長期化が挙げられる。紛争が長引けば、当然大人の戦力が減ってくる。そのため、子供たちを代わりの戦力として使う。子供たちは兵士以外に、料理人や運搬人としても使われる。また、体が小さく、目立たないので伝言係りやスパイとしても役に立つ。ウガンダの首都カンパラでは、一九八六年に国民抵抗軍と名乗るゲリラ軍が子供に政府の防衛施設を探させ、攻撃が始まると、子供は逃げる群集に混じって政府軍兵士の乗った車両に手投げ弾を投げ込んだ。十代前半の少女たちでさえ性的欲求不満を解消するために強制的にゲリラの兵士たちのワイフ(妻)にされる。幼い子供でも大人の代わりとして充分使えるのだ。

ゲリラは子供たちを兵士にするために、自分たちの政治概念や宗教的考えなどの色々な思想を吹き込む。また、子供を短期間恐怖に陥れ、身体的に虐待して、暴力に慣れさせ、凶暴な兵士へと育て上げる。子供を捕らえて軍に加えた後、子供の親戚の拷問や処刑を見せたり、子供自身に処刑を行わせたりすることもあるという。子供たちの逃走を阻止するためである。子供の殺人への恐怖心をなくすためにガンパウダーなどの幻覚作用のある覚せい剤や麻薬も使われている。ゲリラにとって、子供たちは消耗品でしかない。しかし、子供たちは無論、物でもないし、感情を持っていないはずがない。

少年兵として戦った子供たちには、たとえ戦争が終わっても、ゲリラでの経験から立ち直るのは難しい。それは彼らに長期間に渡って影響を及ぼす。多くの子供たちは、自分の家族の消息がつかめない。また自らの経験が原因となって、孤立感を持つ。ウガンダ北部の小さな村で誘拐され、兵士となった少年たちが、再び自分たちの村につれてこられ、家族や隣人を殺すように命じられた。逆らうと自分たちの命が危ない。彼らは仕方なく、命令に従った。その結果、村人たちに村に戻ってくることを拒まれ、彼らは二度と家に戻ることができなくなってしまった。戦場で死の恐怖感をなくすためアルコールや麻薬、覚せい剤などを与えられていた少年たちは、普通の生活を送るためにも、それらを止めることができない。また、多くの少年たちが人を殺したという罪の意識に苛まれる。彼らは自分たちを有責生存者だと考えるのだ。あるいは暴力的になり反社会的になる。中には、兵士のときの悪夢に悩まされたり、仕返しに脅えたりする少年もいる。生まれ育った場所も、愛する家族も奪われ、精神さえも侵される。大人たちにとっては昔の平和が戻っても、何の力もない子供たちには精神的にも、現実的にも戻れる場所がない。彼らにとって、「戦争の終わり」は「平和の始まり」ではないのだ。彼らに本当の平和が訪れるには、どうすればよいのだろうか。

原因は紛争。それにより多発する、ゲリラの未成年者誘拐。そして、誘拐された子供たちを強制的にゲリラ軍へ導入する。これは、すでにウガンダ一国の問題という枠を過ぎている。他国の経済的、政治的、あるいは軍事的介入が必要となる。国際的な解決法の一つとして国際人道法がある。国際人道法とは、「武力紛争時における、人間としてとるべき最低限の姿勢を記した、国家によって署名された条約などの総称」である。その、殆どのルールは一九四九年のジュネーブ四条約、及び一九七七年の二つの追加議定書に記されている。これらのルールには、一般住民や戦争捕虜、軍隊の傷病者を保護し、戦争により引き起こされる苦痛に一定の制限を加えることとある。ジュネーブ第四条約は、第二次世界大戦の経験から、一般住民の保護を目的として規定された。このジュネーブ四条約と、二つの追加議定書には、児童に関する合計二十五条項が規定されており、児童の尊厳と援助を定めている。さらに、戦争下においても継続的に教育を受け、包囲された地域から避難させなければならないと記されている。二つの追加議定書はジュネーブ四条約を現代の戦争においても適用できるように補足したものであり、特に、少年兵の使用について規定している。
「紛争当時国は、十五歳に達していない児童が敵対行為に直接参加しないようにするために全ての可能な措置をとらねばならず、さらに、特に自国の軍隊に児童を徴募することを差し控えなければならない。十五歳に達しているが、まだ十八歳に達していないものを徴募する場合には、紛争当事国は年長者に優先順位を与えるよう勤めなければならない。」《一九七七年の第一追加議定書 第七条第二項》
これは国際紛争に関する規定である。国際紛争以外の紛争に関しては、さらに厳しい規則が定められている。

「十五歳に達していない児童は、軍隊、又は武装集団に徴募してはならず、また、敵対行為に参加することを許してはならない。」

《一九七七年の第二追加議定書 第四項第三条(C)》
一九八九年十一月、国際連合が「児童の権利に関する条約」(通称・子供の権利条約)を採択したことは、国際人道法にとって、大きな進歩である。この条約は、市民権、経済的、文化的、社会的、及び政治的人権について規定している。また、これらの規定を児童に適用するものである。児童は平和な中で、尊厳を保ち、寛容に、自由な環境で教育されなければならない。児童が存在し、可能な限りの成長を成し遂げること、そして、「最大限の利害」を保証することは各国の義務である。国連の児童の権利に関する条約と国際人道法は多くの点で、互いに補完し合っている。児童の権利に関する条約では、第三十八条第一項で、児童に対して適用される国際人道法の規定は、武力紛争時に適用されると明記されている。

しかし、これらの法律を用いても、未だに少年兵の問題は解決していない。それは、条文と現状の間に矛盾や隔たりが依然として見られるからである。ジュネーブ四条約及び二つの追加議定書には、十五〜十八歳の子供たちが自発的に兵士になることを禁止する規定はなく、子供たちの軍隊への入隊を強制する者に対する制限を設けているのみである。多くの子ども達が難民や孤児となったり、飢えに苦しんだり、避難所を失ったりしている。また、日々の生活が軍事化してゆく中、子供たちには軍に頼るほか、生きてゆくための道はない。第一追加議定書では、子供が直接、戦闘に加わることは禁止しているが、間接的な参加、つまり武器の輸送や軍事情報の伝達は禁止していない。その区別は曖昧であり、子供たちへの保護が困難である。第二追加議定書(内戦に対して適用)では少年兵に対して、第一追加議定書よりもさらに厳しい規定が定められている。しかし、多くの国は自国の紛争を内戦と認めないため、この第二追加議定書の適用を受け入れない。規則上では、児童の権利に関する条約第三十八条を守る義務が国にはあり、十五歳に達していない子供の徴兵は禁止されているが、この規則は頻繁に破られる。国際人道法、人権法及び児童保護に関する様々な国際法では、十五歳に達していない子供を少年兵として戦闘に故意に参加させることを許可、又は要求することは国際的に習慣法に違反していることを記している。これだけたくさんの紛争や、子供のための法律があるにもかかわらず、少年兵問題は日々深刻化している。しかし、これが法の限界なのである。

紛争によって負った心の傷は、そう簡単には消えない。少年兵の多くが恐ろしい体験に苦しんでいて、心理的に立ち直るための手助けが必要となっている。子供には、心の傷を過小評価する傾向があるが、芸術や演劇、会話を使って最も楽な方法で苦痛を表現させる方針がとられている。保護されたときには、戦闘や殺し合いの絵しか描けなかった子供が時が立つにつれて、友達や生活の絵を描くようになる。自分の体験を自分の言葉で表現させたり、描かせたりすることによって心の傷を乗り越えさせようとしている。また、学校に行くことが子供が回復し和解する上で役に立つ。子供たちは学校で通常の授業の他に生きるための技術、地雷の危険、紛争の解決方法などを学ぶことができる。子供たちへの教育は、紛争解決の第一歩である。ウガンダの子供たちがみんな明るく、優しい絵を描けるようになるまで、まだまだ時間がかかる。

少年兵問題解決に向けて国際社会がしなくてはいけないことがある。
まず、国際人道法、及び児童の権利に関する条約の向上である。現在、十五歳以上となっている徴兵や戦闘への参加の最低年齢を十八歳に引き上げるなどして、子供を保護しなくてはいけない。

第二に、現地の努力も必要である。紛争下において、子供は保護されなければならないという観念が失われているが、倫理観、道徳観などを復活しなくてはいけない。
 第三に、弱い人たちへの緊急援助、そして社会の開発援助を連帯して行っていく必要がある。

第四に、子供自身に国家再建参加させ、重要な役割を与えることによって、子供のニーズと取り入れ、ウガンダの安定と発展を目指さなくてはいけない。
 最後に、子供の徴兵、戦争への参加自体が戦争犯罪であるという認識を国際的に高めなければいけない。

ウガンダは本来、肥沃な土地と水に恵まれた豊かな国である。かつてイギリスの首相チャーチルがその豊かさを「アフリカの真珠」と呼び称えた。ビクトリア湖、キョウガ湖、モブツセセセコ湖などを有す水の国でもあり、自然も多く、まさに「真珠」と呼ぶにふさわしい国である。しかし、その真珠の中は蝕まれている。子供たちが銃を持たず、暴力に脅えることがなくなったとき、この国は本物の真珠となる。何故ならば、「真珠」と表現するのに最もふさわしいのは健康で、たくさんの愛情の中で暮らしている子供たちの笑顔であるからだ。この国が、本物の「真珠」となるためには、今戦場で戦っている子供たちへの保護が絶対条件である。ウガンダに輝く真珠があふれるよう、大人たちが子供を子供として扱うという最低限の常識を改めて認識する必要がある。

【参考文献】
・「世界子供白書」 ユニセフ著
・「赤十字公式ホームページ」


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