立命館法学 2000年3・4号下巻(271・272号) 900頁




欠陥住宅と建築士の責任

− 建築確認申請に名義貸しをした場合 −


松本 克美


 

一  は じ め に

二  責任否定判決の論理

三  責任肯定判決の論理

四  建築士の責任

五  責任の範囲

六  お わ り に




一  は  じ  め  に


1  欠陥住宅問題の本質  
  マイホーム、住宅の取得は市民の夢である。そして建売住宅の購入であれ、注文による建築であれ、住宅の取得は一般市民にとっては一生に一度あるかないかの高い買物である。その住宅に重大な欠陥があれば、それは何よりも財産権に対する大きな侵害となる。同時に住宅は人の生存の基盤である居住の場であるのだから、欠陥住宅は安心して住める居住権の侵害にもつながる。更に建物の倒壊による圧死を中心に六千人もの命を奪った一九九五年の阪神大震災で多くの建物の手抜き工事による欠陥が後から明らかになったように、欠陥住宅問題は人の命にかかわる安全問題でもある。かくして欠陥住宅は、財産権の侵害、居住権の侵害、命の侵害にまで至る深刻な問題である。欠陥住宅の取得はまさに「悪夢」以外の何ものでもない(1)

2  消費者問題としての欠陥住宅問題  
  日本で欠陥住宅問題が注目され始めたのは、高度経済成長の中で持家政策が政策課題に据えられ、住宅の建設や売買が「産業」として成立してきた時期と軌を一にする(2)。かつては新築住宅は買うものではなくて、注文して建てるものであった。その場合の建築業者も町や村の在地の大工が中心であり、注文者とも顔見知りの場合が多い。そのような個人的な信頼関係の中で住宅建築がなされる場合には手抜き工事などは起こらない。万が一手抜き工事による欠陥住宅などができれば、それこそ二度と注文など来ない。
  しかし「産業」としての住宅産業では、このような個人的信頼関係や共同体的規制は希薄となる。更に、住宅建設を請け負う、或いは自ら行う建設業者も競争的環境の中でコストを削減するために、建設工事を下請に出し、またそれが更に孫請けに出すという中で、実際に建設工事を行う業者は利益をあげるためにますますコストを削減し、そこに手抜き工事が行われる構造が産み出される。住宅建設の数が増えれば、それだけ産み出される欠陥住宅の絶対数も増えることになる。こうして、大量生産・大量消費、専門知識をもった業者対専門知識のない消費者という消費者問題に共通する問題構造が欠陥住宅問題にも現れてくる(3)。一九九六年に日弁連が消費者問題部会におかれた土地・住宅部会において、欠陥住宅問題を検討し、同年末にここに集結した弁護士を中心に、欠陥住宅被害全国連絡協議会が設立されたことは、こうした欠陥住宅問題の消費者問題化を象徴する出来事といえよう。一九九九年、新築住宅について売主、請負人の瑕疵担保責任を引渡時から一〇年間に延長する強行規定をおき、また住宅性能表示制度を導入した「住宅品質確保促進法」が制定された背景にも、このような欠陥住宅問題の消費者問題化をみてとることができる(4)

3  欠陥住宅被害の防止にとっての建築士の役割  
  このような欠陥住宅被害を防止するためには何が必要か。欠陥住宅被害はそもそも欠陥住宅が建築されなければ生じない。この点で建築に関する設計・施工・監理の三権分立論が注目される(5)。そもそも建築基準法は、一定の建築物の建築には、工事監理が不可欠であるという法システムを打ち立てている。建築は設計図に従い、建設業者が施工する。しかし、そもそも肝心の設計図に欠陥があったり、また設計図は完全であっても、設計図どおりの建設がなされなければ欠陥住宅ができあがってしまう。後者をチェックするための体制が工事監理であり、それを行う専門家が建築士法によって資格を定められた「建築士」である(6)
  このように建築士による工事監理は、欠陥住宅被害防止の「要」的位置を占める。しかしこの工事監理が日本では骨抜きになっているという実態が指摘されている。そもそも建築士が施工業者に従属する関係にある場合、例えば工事監理をする建築士が施工業者自身の被用者である場合や、建設業者との力関係で相対的に弱い関係である場合には、施工の適正さをチェックする工事監理が骨抜きになりやすい。しかも、建築確認申請の際に必要な工事監理者の欄に名義だけを貸して実際には工事監理を行わない、いわゆる建築士の名義貸しも広範に行われているという(7)。そこで、設計・施工・監理の三権分立論からすれば、工事監理を行う建築士の独立性の確立が焦眉の課題の一つとされることになる(8)

4  本稿の課題 
   本稿は、こうして消費者問題化している現代日本の欠陥住宅問題の防止の要を担うべき建築士の法的責任を検討する。この場合の法的責任として二つの場合を分けて考えることができる。一つは、実際に建築主と工事監理契約が締結され、工事監理をすべきだったのに、そこに落度があって欠陥住宅が産みだされた場合である。この場合については、既に幾つかの判決例が積み重なっており(9)、一定の研究の蓄積もある(10)。いま一つは、建築確認申請の際に建築士が名義を貸しただけで実際には工事監理を行わなかった場合に、欠陥住宅が建設された場合の、建築士の責任、いわゆる名義貸しをした建築士の責任の問題である。この点については、従来裁判例がなく研究の蓄積もほとんどなかった問題である(11)。しかし、近年、欠陥住宅の防止の要としての建築士の責任が注目される中で(12)、意識的に建築士の責任を厳しく追求する訴訟が相次いで提訴され、これまで筆者が知り得たものでも六件の地裁レベルの判決が出されている。これらはいずれも広く流布している公刊裁判例集には登載されていない判決であり、うち三件は、どの公刊物にも登載されていない極めて新しい判決である。しかも、この六件の判決のうち、名義貸しをした建築士の欠陥住宅被害への法的責任を認めたものが三件、否定したものが同じく三件であり、それぞれの法的論理には極めて興味深いものがある。
  そこで本稿では、この六件の判決の検討を中心に行うことにしたい。




二  責任否定判決の論理


1  大阪地判平元一〇・一二・一八(本稿末尾の判決リスト【2】判決)
  (1)  事案  新築建売住宅の欠陥につき、買主が売主Y1(建売住宅販売業者)に対して瑕疵担保責任、建設業者Y2及び建築士Y3に対して不法行為責任に基づく損害賠償請求(建物再築費用等)を請求した事案である。

  (2)  判旨    判決はY1、Y2に対する請求を認容(建物再築費用、解体費、代替建物の賃料、引越費用、慰謝料、弁護士費用の総計一八四二万円を請負人に。売主は一三六七万円)。他方で建築士Y3の責任は次の理由で否定した。   @  「被告Y3はY1の依頼で本件建物の建築確認申請の委託を受け、右確認申請に必要な現地調査や構造計算、構造図を作成を(ママ)して報酬として二八万三〇〇〇円を受け取ったことが認められるが」
  A  「先に認定のとおり、確認申請の都合上、申請書の工事監理者欄に名前を連ねただけで、実際に工事監理契約を締結して監理業務を行ったものでないのであるから、同被告に工事監理者として本件建物の瑕疵についての損害賠償義務を負担させることはできない。」(傍線は引用者による。以下同様)
  B  「もっとも、原告ら主張のように、建築士として、右のような脱法的行為に加担することの当否は問題とされるべきであるが、そうだからといって、これを根拠に被告Y3に損害賠償義務を負担させることは困難というほかない。」

2  大阪地判平一一・六・三〇(【3】判決)  
  (1)  事案  新築建物の欠陥事例である。買主である原告ら四名はY1(売主・業者)に対して瑕疵担保責任による契約解除に伴う代金返還請求等を求め、またY2(工事監理設計事務所)の不法行為及びY3(不動産仲介業者)の債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償を請求した。

  (2)  判旨  Y1については瑕疵担保責任に基づき、原告四名にそれぞれ四六四一万円−四九一一万円の請求を認容したが、Y2、Y3の責任は否定した。Y2に関する判示は以下の通りである。
  @  Y1とY2との間に工事監理契約の締結の事実がない。
  A  「建築主に対して建築確認申請の際に工事監理者を選定しておくことを要求する旨定めた法の規定はなく、工事監理者が未定の場合には、後で定まってから工事着手前に届け出ることを要求する旨の注意規定が存するのみであるところ、Y1は、建築確認申請の際に申請書に工事監理者の名前を記載することを要求する大阪市の行政指導に沿うべく、とりあえずY2の名前を記載しておいてほしい旨要請し、Y2自身も、Y1の一級建築士の資格を有する従業員が工事監理を行うであろうと考えたことから、右要請に応じて自己の名前を暫定的に記載したにすぎないこと、」
  B  「そもそも工事監理者を定めた旨届け出ることを要するとされている主体は建築主であって、いったん定めた工事監理者を後日変更する場合にも、変更前の工事監理者の承諾等の手続を要することなく、建築主が一方的に変更届を提出することによって変更することができることが認められる」
  C  「これらの事実を総合勘案すると、本件各建築確認申請書及び本件各選定届の前記記載のみから、本件各建物について、Y2が工事監理者としての業務を誠実に遂行すべき義務を負っていたものと認めるのは困難というほかはない。
    したがって、Y2の原告らに対する不法行為責任が成立する余地はない。」

3  大阪地判平一二・九・二七(【5】判決)  
  (1)  事案  不動産業・建設業を兼ねる業者Y1から新築欠陥建売住宅を購入した原告が、売主たる業者に対する瑕疵担保責任、この業者の代表取締役で建築主である者Y2及び施工工事をした建築業者Y3と建築確認のための名義貸しをしていた二級建築士Y4に共同不法行為責任を追及した事例。

  (2)  判旨  売主Y1の瑕疵担保責任に基づく契約解除による代金返還請求(約三二〇〇万円)と、登記等の諸費用(約三〇〇万円)、調査鑑定費用(約八五万円)、慰謝料(五〇万円)、弁護士費用三五〇万円につき、代表取締役Y2が瑕疵を知りながら原告に欺罔行為により売買契約を締結させた不法行為があるとして共同不法行為責任を認め、Y3の不法行為責任は後述の理由で否定。建築士Y4については、次の理由で責任を否定。
  @  「Y4が、工事監理者となる契約を締結したことを認めるに足りる証拠はない」。
  A  「建築士法は行政法上の取締法規に過ぎない上、Y4が同被告を工事監理者として届け出ること即ち名義を貸すことに同意したことによって、直ちに建築確認申請の際の設計とは全く異なる建物が建築されることになるとは限らないと考えられるので、この場合にわかに工事監理者となった場合と同等の不法行為上の責任を負うことになるとする確たる証拠はないと考えられる。」
  B  「単に契約目的物に瑕疵・欠陥があるため目的物自体の価値が低いというのみでは、原則として不法行為は成立しないと解されるところ、本件全証拠によっても、Y4が本件売買契約締結の際、Xに対し、他の被告と共謀の上でことさらに本件不動産の購入を勧誘したというような特段の事情は認められないから、Y4はXに対して不法行為責任を負わない。」
  最後の論旨Bはわかりにくいが、同じ理由で建築施工者である建築業者Y3の買主への不法行為責任も否定されており、その理由付けを紹介しておくと次のように判示がなされている。
      「不法行為が成立するというためには、当該行為により生命・身体・健康、所有権及びそれに準ずる法律上保護に値する利益(いわゆる完全性利益)が侵害されたといえることが必要であり、単に、契約に従った目的物の給付を受ける利益(債務者の行為を通して債権者が獲得しようとしている利益)のような契約法上の利益が侵害されたというだけでは、詐欺行為等があった等特段の事情がない限り、不法行為が成立する余地はなく、右契約法上の利益侵害による損害賠償は、契約法上の責任として処理すべきである。
      したがって、建物の施工者が建築した建物に瑕疵が存在する場合でも、右瑕疵により、注文者やその後建物を取得した第三者の生命・身体・健康、所有権及びそれに準ずる権利等(完全性利益)が侵害されたという場合であればともかく、単に、瑕疵の存在により当該建物自体の価値が低いというのみでは、原則として、施工者の行為によって建物取得者の権利が侵害されたということはできない。もっとも、施工者が単に瑕疵ある建物を建築したというにとどまらず、積極的に、あたかも当該建物が建築確認のとおりに建築された瑕疵のない建物であるかのような説明をして当該建物の購入を勧誘するなど、不当に誘導して当該建物を購入させたというような特段の事由が存在する場合には不法行為が成立しうるというべきである」。

4  小括−責任否定判決のポイント 
  ここで、名義貸しをした建築士の欠陥住宅被害への法的責任を否定した三判決の法的論理をまとめておこう。それはひとことでいえば、単に名義を貸したに過ぎないのでそこから工事監理の義務は生じないということに尽きる。
  更にこれを補強する論理が次のように各判決で展開されている。
  @「さしあたり論」(【3】判決)  建築士は当該事案で暫定的に建築確認申請書に名前を出しただけで実質的な工事監理者は別人がなると考えた。法もそれを容認しているという論理。A「脱法行為=損害賠償責任の根拠にならない論」(【1】判決)  名義貸し行為が脱法行為にあたることを認めつつ、だからといってそのことが損害賠償責任の法的根拠にならないという論理。B「建築士法=行政上の取締規定論」(【5】判決)  実際に工事監理契約が成立していないのだから、工事監理をなすべき義務はなく、また建築士法上の建築士の法的義務は行政上の取締規定にすぎず、損害賠償責任の法的根拠たる義務ではないとする論理。C「名義貸し=瑕疵ある建築にならない論」(【5】判決)  建築申請の際に名義貸しをしたからといって、その後瑕疵ある建物が建築されるとは限らないから、責任はないとする論理。D「瑕疵ある建物の購入の不当勧誘等など特段の事由が必要論」(【5】判決)  建築士が第三者に不法行為責任を負うのは、瑕疵ある建物の購入を欠陥建築を行った建築業者と共謀して第三者に購入させたなどの特段の事由が必要だという議論。これらの論理が果たして妥当か否かは、次の責任肯定判決を検討した後で、あわせて検討することにしよう。

三  責任肯定判決の論理


1  大阪地判平一〇・七・二九(【1】判決)  
  (1)  事案  新築建物の欠陥につき、欠陥建物の取壊し費用、建替中のレンタル費用などを含めた損害につき、売主Y1、建築工事をした工務店Y2およびこの工務店に工事監理者の名義を貸した建築士Y3に対して不法行為責任に基づく損害賠償請求をした事案である。

  (2)  判旨  建設業者Y2と建築士Y3に不法行為に基づき、建物買い受け代金(土地含む)四二五〇万円を二〇〇〇万近く上回る六一三六万円の損害賠償を認める。売主Y1の責任は否定した。
  建築士Y3の責任については次のように述べている。
    「二級建築士であるY3は、本件建物の設計及び工事監理者として届け出た以上、その業務を誠実に行うべき義務を負っていたというべきである。
      しかるに、Y3は、本件建物の設計及び工事監理を怠り、この結果、本件ブロック擁壁や本件建物には前記のような瑕疵が生じた。
      したがって、Y3には、過失によって右瑕疵を生じさせたというべきである。」

2  大阪地判平一二・六・三〇(【4】判決(13)) 
  (1)  事案  新築建物の欠陥につき、買主たる原告XがY1(売主。総合建築業、建築設計及び工事監理業、不動産取引業等を目的とする株式会社)及びこの建物の工事監理者であり一級建築士であるY2に対する不法行為責任に基づく損害賠償請求をした(損害として、再築費用、代替建物の賃料、引越費用、登記費用、慰謝料、弁護士費用を含めて二九九五万円を請求)。

  (2)  判旨  一部認容。Y1Y2の不法行為責任を認め、総額二六七九万円余の賠償額を認容した(認容率約九割)。建築士Y2の責任については次のように判示している。
  @  工事監理契約の不存在と工事監理者としての届け出の認定  「証拠によれば、Y2は、設計業務のみの報酬しか受け取っておらず、Aと補助参加人Bとの間の工事請負契約書においても工事監理者欄が空欄になっていることからして、監理業務を受任していなかったものと認められる。
      そして、Y2が、実際に何ら監理業務を行っていないことは、当事者間に争いがない。
      それにもかかわらず、Y2は、建築確認申請書において、自らを工事監理者として届け出、非破壊検査報告書等の提出を宣約し、工事完了届及び検査済証の受領の委任状にも記名押印している。」
  A  建築士法の規定とその性質  「本件建物は、鉄骨造であり、建築確認図書によれば、最高の軒の高さは九・一四〇メートルであるから、建築士法三条一項三号により、一級建築士である工事監理者を定めなければならず、また、一級建築士でなければ、新築する場合の工事監理をしてはならないこととなる。
      また、建築士は、建築物の設計、工事監理等の業務の適正を図り、建築物の質の向上に寄与する使命を負っており(建築士法一条)、工事監理業務を受任した場合は、『工事を設計図書と照合し、それが設計図書のとおりに実施されていないかを確認する』(建築士法二条六項)義務を負い、『工事が設計図書のとおりに実施されていないと認めるときは、直ちに工事施工者に注意を与え、工事施工者がこれに従わないときは、その旨を建築主に報告しなければならない』(同法一八条三項)とされている。
      これらの規定は、単に当事者である建築主と監理者の関係を規律するにとどまるものではなく、建築工事監理を適正ならしめることにより、建築物の安全を確保し、広く国民の生命、健康、財産を保護しようとしたものと解されるから、建築主や建築士は、当事者以外の第三者に対する関係においても、義務を負っていると解される。」
  B  建築士の第三者に対する不法行為責任の成立
    「したがって、建築主と建築士が工事監理を締結した場合、両者の間において契約上の権利義務が発生し、建築士がその義務違反の結果建築主に損害を与えれば、債務不履行責任を負うこととなるが、建築士の義務はそれにとどまらず、少なくともその建物が転売を予定されており、建築士の義務違反の結果、工事が設計図書のとおりに実施されていないことにより、建築主以外の第三者である購入者が不測の損害を受けるおそれがあることを知りながら、何らの措置も講じなかったような場合には、その第三者に対し、不法行為責任が成立し得るものと解すべきである(いわば、製造物責任における製造者の補助的立場にあることになる)。
      さらに、建築主において、監理業務の懈怠を容認しているような場合、建築士は債務不履行責任を負うことはないが、第三者に対する不法行為責任は、右同様に成立し得るものと解される。」
  C  名義貸しにかかわる責任
    (i)  建築主に対する責任  「一方、建築士が、建築確認申請に際し、単に工事監理者の名義を貸したような場合は、そもそも、建築主との関係においては、工事監理者たる立場になく、何ら義務を負わないことは明らかである。」
    (ii)  名義貸しの違法性  「しかし、かかる届け出は、本件建物の建築確認を得るために必要であったと推認され、それらを行う意思ないし契約がないにもかかわらずかかる届け出をしたことは、建築確認通知を騙し取ったといわれてもやむを得ないであろうし、建築主が違法建築を行う蓋然性を認識した上での行為とはいえないまでも、少なくとも工事監理者を置くべき建築主の義務の潜脱に手を貸したものであることは否定できない。
        なお、建設省も、通達(建設省住指発第七八四号  平成一一年一二月二八日  甲三八)において、かかる届け出を建築基準法六条、七条、七条の三に反する重大な法令違反行為とし、契約がある場合の監理業務不履行と同等の業務停止三か月の処分に相当するものとしている。
        以上のとおり、建築確認申請に際し、工事監理者の名義を貸す行為は、実際に工事監理業務を受任しながら、建築主と意を通じて監理業務を怠る行為と比較しても、ほぼ同様の違法性があり、また、違法建築への寄与の程度もさほど異ならないものといわなければならない。」
    (iii)  名義貸しをした建築士の注意義務  「そうすると、建築士は、そもそも建築確認申請に際し、工事監理者の名義貸しを行うことは許されないし、少なくとも、事後的に、建築主に監理契約を締結するよう求めた上で監理業務を行うか、工事監理者とならない旨行政に通知する等の是正措置を講ずるべきである。
        さらに、その建物が転売を予定されたものである等の事情があることを知り、又は容易に知り得た場合には、違法建築がなされた場合に建築主以外の第三者が不測の損害を受ける蓋然性が高いのであるから、なおさらその義務の程度は高いといわざるを得ず、それにもかかわらず、何の是正措置も講じなかったような場合には、不法行為責任を負うものと解すべきである。」
    (iv)  Y2の責任  「にもかかわらず、Y2は、建築確認申請に際し、監理者の名義貸しを行い、その後も漫然とこれを放置していたのであるから、本件建物の瑕疵による原告の損害につき、不法行為責任を免れない。」

3  大阪地判平一二・一〇・二〇(【6】判決) 
  (1)  事案  新築建売住宅の欠陥について、Y1・売主(工務店)に債務不履行責任、瑕疵担保責任、不法行為責任、Y2(Y1の代表取締役)に取締役の第三者責任(商法二六六の三)、Y3(本件建物の設計及び建築確認申請を行った建築士)に不法行為責任、Y4(右土地建物の購入資金を融資した銀行)に債務不履行、不法行為責任に基づく損害賠償を請求した事案である。

  (2)  判旨  Y1、Y2、Y3の不法行為責任を認め、銀行Y4の責任を否定した。
  この判決は前述の【4】判決と同じ大阪地裁第九民事部の判決(三名とも同一裁判官)であり、責任肯定の判旨もほぼ同内容である。
  @  名義貸しの認定  「Y3は、当初から工事監理業務を受任していなかったところ、それにもかかわらず、自らを工事監理者として届け出、実際に監理業務を行うことも、また、事後に工事監理者とならないことを届け出ることもしなかったものと認められる。」
  A  建築士法の規定の性質  【4】判決と同旨の位置づけをしながら、更に付加。
    「……無論、建築基準法、建築士法は行政法規に属するが、建築物、特に一般国民にとっての居住用建物の重要性に鑑みると、私法上の義務とも十分に解し得る。」
  B  建築士の第三者に対する不法行為責任の成立  【4】判決と同じ。
  C  名義貸しをした建築士の注意義務  【4】判決と同じ。

4  責任肯定判決のポイント 
  名義貸しをした建築士の責任を肯定したこれら三判決はいずれも、建築主と建築士の間に工事監理契約が成立していないことを前提に、にもかかわらず名義貸しをした以上、実際に工事監理を行わなかったこと自体が問題であることを指摘している。
  ただその理由づけとして【1】判決は「二級建築士であるYは、本件建物の設計及び工事監理者として届け出た以上、その業務を誠実に行うべき義務を負っていたというべきである。」とするのみで、なぜ名義貸しから、そのような義務が生じるのかについての詳論を展開していない。これに対して、【4】判決はこの点につき、詳細に名義貸しから責任が生ずる理由を展開し、また大阪地裁の同一部で出された【6】判決は、詳細に責任否定論を展開する【5】判決への反批判も展開しており注目される。
  次にこれらの判決をふまえた私見を展開する。

四  名義貸しをした建築士の責任論


1  建築士法等の法的性格論  
  「脱法行為=損害賠償責任の根拠にならない論」(【1】判決)や「建築士法=行政上の取締規定論」(【5】判決)は、建築士法等の法的性格を「単なる行政上の取締規定にすぎない」ものとしている。
  この問題は、そもそも取締規定違反と不法行為責任の成否に関する基本的考え方にかかわる問題である。私見は次のように考える。

  (1)  法秩序の防衛線の前進  当該取締規定の保護目的が、抽象的に予見される定型的な危険性に対して、予め予防的な行為義務を課すことによって、その抽象的な危険性の現実化を回避することを目的としていると解される場合がある。この場合には、権利侵害についての具体的な予見可能性がなくても、これらの取締規定違反の点で故意・過失が存すれば、その結果生じた損害についての賠償責任を負担させてよい。いわゆる「法秩序の防衛線の前進」の場合である(14)
  この点でよく引用されるのが、虚偽の営業報告・貸借対照表の公告(現行商法二八二条・四九八条一項一九号・二号)に起因して、当該銀行の預金債権者が被った損害に関する大審院の判決である(大判明四五・五・六民録一八・四五四)。ここでは、商法の当該規定が「一般公衆ノ利益ヲモ保護」する趣旨であることを根拠に、虚偽公告の過失をもって、他人の権利侵害に対する過失があったとして不法行為責任を肯定している。これは「保護法規違反についての過失があり、そして、侵害された『権利』(右の事案でいえば、預金者の預金債権)が保護法規の保護目的(会社と取引する人々の利益を保護するという)の範囲内に含まれているときは、『権利』侵害について故意・過失ある場合と同じように、不法行為上違法と判断すべきことを、明らかにしたもの」と評価されている(15)

  (2)  当該取締規定の保護目的  ところで問題は、ある取締規定の保護目的自体が争いになり得るという点である。植木哲は、「ただ実際には規範の保護目的は取締り目的との関連において限定的に解されるのが常であり、当該法規が何を規範の保護目的としているかが争われる。そこでの証明責任の帰趨が重要になるとともに、侵害行為と規範の保護目的の相克をめぐって種々の利益衡量が不可欠となる。」とする(16)。この点は次のように考える。
  当該取締規定の保護目的は、その個別の取締規定をおく当該法律の立法目的によって規定されている。本稿が対象とする建築確認申請書への名義貸しをした建築士の法的責任にかかわっては、建築士法と建築基準法の立法目的が問題となる。
  建築士法の第一条は、「この法律は、建築物の設計、工事監理等を行う技術者の資格を定めて、その業務の適正をはかり、もって建築物の質の向上に寄与させることを目的とする。」また、建築確認申請制度につき定める建築基準法は、その目的を「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。」(第一条)。
  これらの立法目的からすれば、それぞれの法律に規定された取締規定も「建築物の質の向上に寄与」する方向で解釈されねばならないし、また、「国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に寄与する」方向で解釈されねばならない。

  (3)  当該特別法の立法目的からみた当該取締規定の意義  次に当該取締規定がそのような立法目的を実現するために、どのような意義を担っているのかを明らかにする必要がある。本稿でいえば、一定の建築物に一定の資格をもった建築士が工事監理を行うべきことが定められているのは何故か、また、一定の建築物の建築にあたり、建築主から事前に建築確認申請書が提出されねばならず、その際、工事監理者として建築士を定めておかねばならないのはなぜかという問題である。
  この点は次のように考えられる。それは建築工事においては専門家による適正な工事監理がなされなければ、誤った工事や手抜き工事などにより欠陥建築が産み出される危険性が高く、そのことが建築主にとってはもとより、危険な建築物が社会に産み出されることによって他の第三者にも被害を及ぼす危険性が定型的に予見されるから、「国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に寄与」するために、建築士という専門家の資格を国家が法律により定め、その建築士に「建築物の質の向上に寄与」させることにしたのである。

  (4)  工事監理・建築確認申請の意義  以上からすれば、適正な工事の監理をなすべき義務、その前提として建築確認申請書に工事監理をなすべき建築士名を掲載すべき義務は、単なる行政上の取締規定としての性格にとどまらず、「建築士法」「建築基準法」に規定された立法目的の実現のために不可欠な実質的な行為義務であって、それは単に建築主との関係においてだけではなく、欠陥のある建造物が社会に生み出されないことへの社会的利益にかかわる義務として位置づけることができる(17)。その意味で、【4】判決のように「これらの規定は、単に当事者である建築主と監理者の関係を規律するにとどまるものではなく、建築工事監理を適正ならしめることにより、建築物の安全を確保し、広く国民の生命、健康、財産を保護しようとしたものと解されるから、建築主や建築士は、当事者以外の第三者に対する関係においても、義務を負っていると解される。」とするのが妥当と考えられる。以上の点を更に過失の前提としての行態義務との関連で検討しよう。

3  過失の前提としての行態義務  
  (1)  過失の前提としての予見義務の問題  「名義貸し=瑕疵ある建築にならない論」(【5】判決)は、建築確認申請に名義を貸したからといって、瑕疵ある建築物が建築されるとは限らない、すなわち被害発生は予見できないではないかという主張として捉えることができる。しかしこのような論理が認められるならば、そもそも何のための工事監理制度かが問われることになる。前述したように、建築士法や建築基準法は、工事の適正な監理がなされなければ、工事が設計図書とおりに実施されない可能性が一般に存在することを前提としているといえる。工事監理がなされなくても常に工事が「設計図書のとおりに実施」されるのであれば、そもそも工事監理制度は不要なはずである。
  従って、名義貸しをしただけでは、瑕疵ある建築になるとは限らないという議論は誤りであって、むしろ、名義貸しをしただけで工事監理を実際には行わないという場合には、当該建築士において欠陥建物が建築される一般的可能性を予見でき、またそれを予見すべきだと考えねばならないはずである。

  (2)  過失の前提としての結果回避義務について  さしあたり名義を貸しただけで、後で実際に工事監理をなす者がでると思っていたので責任はないとする議論は、過失の前提となる結果回避義務にかかわる問題である。確かに【3】判決が指摘するように、建築確認申請書やその後の変更届を提出する義務の主体は建築主ではある(建築基準法六条一項)。
  例えば、仮に建築主と建築士との間の合意により、さしあたりの建築確認申請のために建築士が名義を貸し、実際の工事監理は後日、建築主が別の建築士を選任し、そのことの変更届を出すことにしていた場合はどうであろうか。この場合、建築主が実際には別の建築士を選任せず、工事監理が全くなされなかったために欠陥建物が建築された場合、建築士は先の建築主との合意を根拠に免責されるのであろうか。
  私見によれば、この場合の建築士の責任の成否は、結局、建築士法上定められた建築士の役割や義務を、誰に対する義務と考えるかによるものと思われる。前述のように、この義務を責任肯定判決のように、単に建築主に対する義務だけではなく、広く社会に対して負う義務、とりわけ建築物を取得する第三者に対して負うべき義務と考えるならば、工事監理は別の建築士が行うはずであったという建築士の主張は、単に言い逃れにすぎないことになる。
  工事監理者として建築確認申請書に建築士の名義が記載された以上は、【4】判決のいうように、「建築士は、そもそも建築確認申請に際し、工事監理者の名義貸しを行うことは許されないし、少なくとも、事後的に、建築主に監理契約を締結するよう求めた上で監理業務を行うか、工事監理者とならない旨行政に通知する等の是正措置を講ずるべき」である。
  実際に別の建築士が工事監理をなす予定であったのに建築主が合意に反してそれを実現していなかったとしたら、それは後述のように、建築主ー建築士間の内部関係における最終的な賠償負担の割合認定の際に考慮されるべき事情にとどめるべきである。
  以上の私見からすれば、「建築確認申請に際し、工事監理者の名義を貸す行為は、実際に工事監理業務を受任しながら、建築主と意を通じて監理業務を怠る行為と比較しても、ほぼ同様の違法性があり、また、違法建築への寄与の程度もさほど異ならない」とする【4】【6】判決の判示は、この問題の本質を突いているものと評価できる。まさに建築確認申請における建築士の名義貸し行為は、両判決がいうように「建築確認通知を騙し取った」に等しい違法な行為と評価できる。
  なお検討した判決には正面から出てきていないが、いわゆる「責任施工」とよばれる問題がある。これは、「建築主と設計者ないし工事監理者との間における(設計)工事監理契約に関連して工事監理業務の一部ないし全面的放棄を内容とする合意(契約)であり、建築主と元受業者など施工者との間では当該工事の結果に対し全責任をもつ(保証する)という内容の合意(契約)」とされ、設計者より施行者の能力に委ねた方がより適切な施工が期待される場合に行われるものという(18)。ある論者はこのような責任施工が設計ないし工事監理等において建築士の関与のない結果になる点で建築士法や建築基準法に違反しないかが問題となるが、「そもそも責任施工とすること自体より適切な工事を確保するためのもの」だから「責任施工の合意そのものが両法に違反するとすることも妥当ではない」とする(19)。しかし、このような建築士による工事監理等の一部ないし全面的放棄が「より手抜きな工事」を許すようであっては、まさに「無責任施工」になってしまう。名義だけの建築士の工事監理はやはり抑止する方向で実態を改革すべきであろう。

4  契約上の給付利益侵害=不法行為の不成立論  
  「瑕疵ある建物の購入等を売主と共謀して行ったなどの特段の事由が必要論」(【5】判決)の論旨が前提とするのは、単に契約に従った目的物の給付を受ける利益が侵害されただけで、完全性利益侵害がない場合には、原則として不法行為が成立しないという考え方である。
  しかし、原告側が主張しているのは、買主たる原告が売主に対して有する「契約に従った目的物の給付を受ける利益」が、契約当事者たる売主によってではなく、第三者である建築士によって侵害されたという法的構成、すなわち、第三者による債権侵害を主張しているのではない。もしそうであるならば、【5】判決が判示するような特段の事由がなければ不法行為が成立しないという議論もあながち誤りとはいえないであろうが(20)、ここで原告が主張しているのは、工事監理上の建築士の行態義務が、建築主との関連においてのみならず、その建物を取得することがあるべき第三者に対する関係でも負わされているということである。したがって、買主が売主に請求できる債権(契約に従った目的物の給付を受ける利益)を建築士が侵害したと構成しているのではなく、買主に対して建築士は直接に工事監理上の行態義務を負っていることを前提にしている。その意味で欠陥建築物が産み出されない工事監理をなすべき建築士の義務は、製造物について製造業者等が負う安全確保義務が、単に直接の買主に対してだけでなく、当該製造物の利用者一般に対して負うべきものと考えられるのとパラレルに考えられる側面がある(21)。この意味で【4】【6】判決のいう「製造物責任における製造者の補助的立場」という文言は含蓄に富む。
  更に、被侵害利益も当該「契約に従った目的物の給付を受ける利益」の侵害を主張しているのではなく、欠陥のない建築物を取得する権利の侵害という意味での財産権の侵害である。また【5】判決は売主の不法行為責任及び売主の不動産業者の代表取締役が負うべき不法行為責任に基づき慰謝料を認定しているが、そこでは、本件建物に「構造性能・外壁防火性能上の著しい欠陥があり、いつ何時原告とその妻及び幼い二人の子どもら家族の生命身体に重大な被害をもたらすかも知れないとの不安を抱きながら、原告は本件建物に右家族と共に居住を継続している」などの事実を認定している。従って、このような場合の権利侵害は、生命や身体の侵害をもたらす危険性のある建物の安全性に関する権利侵害をも問題にしているのである。従って、契約当事者以外の第三者による契約上の給付利益の侵害という主張を前提に論ずる【5】判決の論理は妥当しないと考える(22)

五  名義貸しをした建築士の損害賠償責任の範囲


1  損害との因果関係  
  建築確認申請に名義貸しをした建築士の不法行為上の損害賠償責任を認める三つの判決は、いずれも、生じた損害全部についての賠償義務を負担させている。ところで、名義貸しをした建築士の責任は、名義貸しをしただけで実際に適正な工事監理をなさなかったという不作為の不法行為責任である。このような不作為不法行為の場合は、作為義務を尽くしていれば損害は発生しなかったという意味での仮定的事実と損害との因果関係が問題となり、通常の事実的な因果関係の系列は問題とならず、「不作為者が期待された義務を尽くしておれば、経験則上、結果の発生を防止しえたであろうと認められるときに因果関係ありと判断されることになる」とされる(23)。何ら工事監理をしなかった結果、欠陥建築物が生じた場合に、そこから生ずる損害についての因果関係はこのような意味で肯定することができよう。

2  全部責任の成立  
  ところで欠陥建築物についての複数の責任者の責任が競合する場合、それぞれは被害者との対外的関連においては、全部責任を負うべきであろうか。
  責任肯定判決は、名義貸しをした建築士に全部責任を負わせつつ、他の責任者との関連では、「連帯して」という文言をいれず、単に「各自……支払え」との文言で判決を下している。また共同不法行為の成立についても特に判示はないので、独立した不法行為が競合しているものと評価していると考えられる。
  建築士と建築者が共謀して、欠陥建築をつくることを知りながら、建築士が建築確認申請に名義貸しをし、工事監理をしなかった場合には、主観的な共同関連性があるとして、共同不法行為の成立が認められよう(七一九条一項前段)。また、共謀がなくても、建築士にとっては名義貸しをしただけで実際に工事監理をしなければ欠陥建築物が建設される可能性が一般的に予見可能であることから、建築確認申請書に名義を貸して工事の着手を可能にしつつ、実際には工事監理をしないことは、欠陥建物の建築という不法行為を容易にする行為として、「幇助者」にあたり、共同不法行為責任を負うとする構成も考えられよう(民法七一九条二項)。
  しかしこうした共謀や幇助の関係が相互にない場合でも、それぞれの行為があいまって一つの損害が発生した場合には、対外的には全部責任を負わせることが妥当である。なぜなら、それぞれが不法行為にあたる行為をしつつ、複数の責任者がいるからという理由で分割責任になってしまうのは、被害者にとって不公平だからである。この点で、「複数人が、その程度はともかく関連する行為によって(七一九条前段の趣旨)、同一の損害に関与した(後段の趣旨)以上、全部責任を負うべきだとの結論になる。競合的不法行為という特別な類型を立てることに異論はないが、これも一つの共同不法行為であることを否定すべきではない。」とする澤井の立論は示唆に富む(24)
  もっとも、このような全部責任は、建築士が建築者と別個独立の責任主体として法的に評価できることを前提にする。例えば、建築士が請負人の被用者であるような場合は、建築士の名義貸し責任は請負人の使用者責任へと吸収され、対外的にも請負人のみが不法行為責任を負う場合もありえよう(25)

3  対内的な負担関係  
  以上のように名義貸しをした建築士も原則として全部責任を負うとして、対内的な関係における最終的な内部負担の割合はどのように考えるべきであろうか。
  そもそも欠陥建築は、それが設計図そのものの欠陥や材料の欠陥、誤った工事監理や誤った注文者の指示(六三六条)や工事監理者の指示などの場合を除けば、建築施工した請負人が最終責任を負うべきであろう。更に、名義を貸すだけで実際には工事監理をしなくてよいと建築主に頼まれた場合や、あるいは後で別の建築士に工事監理を依頼するからいまだけ名義を貸して置いてくれなどと頼まれた場合には、対外的には全部責任を負っても、対内的には責任を負わないと解すべきであろう。そこには債務の不履行がなく(むしろ工事監理をしないという債務を履行しているとも評価できるが、そもそもこのような違法行為を債務とすること自体問題であろう)、被害者の承諾ないし免責の意思表示を認められるからである(その他クリーンハンドの原則の適用なども考えられよう(26))。そのことは、名義貸しだけで工事監理をしないことを依頼する行為自体を抑止する機能を生じさせ、実質的にも妥当であると考える。

六  お  わ  り  に


  本稿では、欠陥住宅被害の防止という観点及びそのために専門家としての建築士制度があり、建築確認申請制度があることに鑑みて、建築確認申請書に名義貸しをして、実際には工事監理をしなかった建築士に厳しい責任を負担させる法理論を展開した。もとより、欠陥住宅被害の元凶がすべて建築士にあるわけでもなく、むしろ問題は欠陥建築を行う建築業者自体にある。建築業者に低コストで建設を注文する不動産会社やコスト削減を下請、孫請けに押し付ける建築業界の構造自体も問題である。更に行政の側での建築確認の行為自体の実効性の確保や、違法建築への銀行の融資責任なども検討されねばならない。
  しかし名義を貸しただけで実際に工事監理契約を締結していなかったのだから、工事監理をすべき義務はなかった、だから責任はないとする論理が認められるならば、それは、「建築物の質の向上」を実現すべき専門家としての建築士制度の根本を空洞化するものであり、また、「国民の生命、健康、財産の保護」をも目指す建築基準法上の建築確認制度を骨抜きにする結果になってしまう。
  そこで本稿では、現状を追認し、欠陥住宅の再生産を容認するような法理論ではなく、現状変革的な、少しでも欠陥住宅を無くすための法理論の提起を試みた。忌憚のない御批判・御教示をいただければ幸いである。 (二〇〇〇年一一月一日)  

(1)  以上の点につき、松本克美「欠陥住宅と建築者・不動産業者の責任」浦川道太郎・内田勝一・鎌田薫編『現代の都市と土地私法』(篠塚昭次先生退職記念論集、有斐閣、二〇〇一年刊行予定)。なお欠陥住宅被害の現状等については、黒田七重『裁判官は建築を知らない!?』(民事法研究会、一九九六)、日弁連消費者問題対策委員会編『いま、日本の住宅が危ない!』一七頁以下(民事法研究会、一九九六)(以下傍点部分で引用する)、吉岡和弘・加藤哲夫・斎藤浩美『欠陥住宅に泣き寝入りしない本』(洋泉社、一九九九)、「特集・欠陥住宅の現状と救済のあり方」消費者法ニュース二九号四頁(一九九六)、「特集・欠陥住宅の法律問題」自由と正義四八巻二号九九頁以下(一九九七)等参照。
(2)  日本では一九五七年から一九六五年の間に、「所得倍増計画」が達成されるとともに、都市への人口流入に対する労働力政策としての住宅供給政策として、住宅の階層化体系(公団賃貸住宅の大量供給)と、住宅金融公庫を通じての賃貸住宅・社宅の供給の増大とともに、民間自立による自助努力による持家政策の本格的展開が準備されていったとされている(大本圭野「日本の住宅政策史」、同『[証言]日本の住宅政策』八五八頁(日本評論社、一九九一))。
(3)  以上の点を指摘するものとして、日弁連・前注1・一七頁以下、澤田和也『欠陥住宅紛争の上手な対処法−紛争の本質からみた法的対応策』住宅品質確保促進法については、九頁以下(民事法研究会、一九九六)など。
(4)  伊藤滋夫編著『逐条解説住宅品質確保促進法』(有斐閣、一九九九)二頁以下、犬塚浩『Q&A住宅品質確保促進法解説』(第二版)(三省堂、二〇〇〇)参照。なお同法は二〇〇〇年四月一日から施行されている。
(5)  日弁連・前注1・一〇頁以下、澤田・前注3・五〇頁以下。
(6)  日本における建築士の数は、一級建築士が二八万五二五五人、二級建築士が六一万六八六人、木造建築士一万二七六六人である(平成一〇年度末の数字。『建設統計要覧平成一二年版』二八四頁)。この数字は西欧諸国に比べても極端に多いといわれる。高橋寿一によれば、一九八七年の統計で、日本はアメリカの約三〇倍、イギリスの一五倍、ドイツの七倍の数の建築士が存在する(高橋寿一「建築家の責任」川井健編『専門家の責任』四〇三頁(日本評論社、一九九三))。建築家の専門家責任の特質については、花立文子『建築家の法的責任』(法律文化社、一九九八)が詳しい。ちなみに平成一一年度の新規住宅建築戸数は、一戸建てが一一万八千戸、分譲マンションが一九万二千戸である(『建設白書平成一二年版』四九九頁)。
(7)  この点を指摘するものとして、澤田・前注3・五三頁。
(8)  建築士自身も、本文で述べたような三権分立が確立していないことが「欠陥住宅被害を多発させる根源である」と指摘している(伊藤學「建築士から見た欠陥住宅問題」自由と正義四八巻二号一二二頁(一九九七))。
(9)  欠陥建築に関して、建築士の設計ないし工事監理上の過失による責任を認めた例として、@福岡地裁小倉支判平一一・三・三〇(本稿末尾にかかげた「欠陥判例」二九〇頁以下)A大阪高判平元・二・一七判時一三二三・六八、B大阪地判昭六二・二・一八判タ六四六・一六五、C大阪地判昭五七・五・二七判タ四七七・一五四(施工、監理上の過失を含む)などがある。
(10)  建築士の法的責任につき前注6の高橋、花立の他に、高橋弘「瑕疵担保−専門家の責任をも加味して」法時四二巻九号三八頁以下(一九七〇)、三角信行「建築士の損害賠償責任」篠原弘志編『判例研究取引と損害賠償』(商事法務研究会、一九八九)、大森文彦「建築設計の法律空間−民事法を中心として」東洋法学三一巻一・二合併号一一七頁以下(一九八八)、同「工事監理業務内容の法的解析−民事法の観点から」東洋法学三二巻二号二六九頁以下(一九八九)、同「建築設計契約・工事監理契約の法的性質」判タ七七二号三五頁以下(一九九二)、同「建築設計者の設計情報開示・説明義務」東洋法学四〇巻二号三七頁以下(一九九七)、日向野弘毅『建築家の責任と建築訴訟』(成文堂、一九九三年)、同「建築家の民事責任−建築家契約の法的性質を中心として−」早稲田法学七四巻三号五三五頁以下(一九九九)など。
(11)  なお日向野「建築訴訟」(前注10)五二頁は、「直接には建築確認申請のためではあっても、確認申請書の工事監理者欄に自分の意思で記名押印したからには、工事監理者としての責任を免れることはできないというべきである。」と指摘する。
(12)  高橋・前注6は、「訴訟において建築士に対して厳格な責任を追及することが、建築士を過度の営利志向的体質やゼネコン依存体質から脱却させ、ひいては建築士の社会的地位を向上させることになる」とする(四〇六頁)。また、森島昭夫も「建築士に要求される専門家としての理念と現実との間」の「ギャップ」を指摘し、「結局は、建築士に専門家としての責任を課することによって建築士全体の素質の向上を望むほかはありません」とする(「建築家の責任」私法五七号三三頁(一九九五))。
(13)  この判決については、別途、ジュリスト一一九二号二一六頁以下(二〇〇〇)に筆者の判例批評を執筆したので、あわせて参照されたい。
(14)  四宮和夫『事務管理・不当利得・不法行為』現代法律学全集一〇、二九八頁以下(青林書院新社、一九八三)。
(15)  四宮・前注14・二九九頁以下、澤井裕『テキストブック  事務管理・不当利得・不法行為[第2版]』一五三頁(有斐閣、一九九六)。
(16)  中井美雄編『現代民法講義6  不法行為法(事務管理・不当利得)』九六−九七頁(植木哲執筆部分)(法律文化社、一九九三)。
(17)  日向野・前注10「民事責任」は、建築士の誠実義務を定めた建築士法一八条及び建築基準法の一条の規定をもって「これらの規定からもうかがわれるように、建築家は社会公共に対する安全性をも考慮に入れて建築物の設計監理を行わねばならないのである」とする(五五八頁)。なお取締規定と不法行為責任の関係について詳細に検討する山本敬三は、取締規定を大きく二種に分けて、「侵害防止型法令」(基本権の侵害を防止することを目的とした法令)と「危険予防型法令」(基本権の侵害そのものを防止するというよりは、むしろそうした危険が発生するのを予防することに主眼をおいた法令)とに分け、前者については、加害者側で具体的な行為義務違反がなかったことを積極的に論証しなければならないのに対して、後者においては、被害者側で加害者側の行為義務を基礎付け、その違反があったことを主張しなければならないとする(同「取引関係における公法的規制と私法の役割」(2・完)ジュリスト一〇八八号一〇二頁以下(一九九六))。極めて示唆に富む見解であるが、直接の侵害発生の予防と危険発生の予防との線引きは、そうたやすくはないであろう。もしこの類型を借用させていただくなら、本稿が対象とする建築確認申請や工事監理は、前者のうちの山本敬三がいう「間接防止型法令」(「基本権に対する侵害が発生する抽象的な危険がある場合において、その危険が現実化しないよう一定の行為を命令ないし禁止し、その違反に対して一定のサンクションを科すもの」・同一〇二頁)に位置づけられようか。筆者は、当該取締規定を定めた法の目的とその目的実現に対する当該取締の実質的意義・機能の把握の重要性を強調したい。
(18)  大森文彦「責任施工の法的解析−民事法の観点から」東洋法学三四巻一号一九頁以下(一九九〇)。ちなみに大森氏は弁護士と一級建築士の資格ももたれている。
(19)  大森・前注18・二二頁。なお責任施工の場合であっても、「建築行為は建築主のみならず国民への影響が大であるがゆえに建築士に設計ないし工事監理をさせている」のだから、第三者に対する関係では建築士は責任は免れないとする点は筆者と同意見である(同二四頁)。なお大森文彦「建築生産プロセス開示義務−施工プロセス開示義務を中心として−」東洋法学三九巻二号一五一頁以下(一九九六)も参照。
(20)  債権の目的たる給付を第三者が侵害する場合には、第三者に故意がある場合には不法行為責任の成立が認められる(四宮・前注13・三二一頁)。また高橋(前注6)は建築士の設計・監理の瑕疵によって注文者あるいは第三者に生じた損害が、これらのものの生命・身体・財産に対する物理的有形的損害ではなく、純粋な経済的損害(economic loss;reiner Vermo¨genschaden:pre´judice commercial)の場合には、不法行為責任が成立するであろうかを問題にし、一般的に純粋な経済的損害の場合には、損害の発生は認められるものの本来の給付価値の不実現にとどまるので、原則として不法行為責任は成立せず、契約当事者間の契約責任で扱われるべきとする見解があることを紹介し、北川善太郎「保証書条例における私法理論(その1)」NBL一四六号二八頁、一九七七年、徳本伸一「過失による送電線の切断と損害賠償請求−ドイツ私法を中心として」川崎秀司先生・重倉a殿祐先生古希記念『現代の民事法』一一九頁、法律文化社、一九七七年をあげている(四一五頁)。なお私見はこの場合の損害は本文で述べるように、純粋な経済的損害にとどまらないと考える。
(21)  この点については、私も若干の考察を試みたことがある(拙稿「欠陥責任と安全確保義務−製造物責任法解釈の規範的判断枠組をめぐって−」神奈川大学法学研究所研究年報第一五号一三三頁以下(一九九六))。
(22)  高橋・前注6も、次のように述べて結局は損害賠償責任を肯定している。「建築士の設計・監理ミスによって生ずる損害はたとえ純粋な経済上のものにとどまるにせよ、それは多くの場合注文者または第三者の生命・身体・財産に対する重大な侵害の潜在的可能性を内包するものであり(欠陥住宅の問題を考えよ)、建築士に関するかぎり、右の両者を区別する基準は必ずしも明確ではなく、また区別することが必ずしも妥当とはいえず、また、A建物の建築は、注文者にとっては、俗にいう『一生に一度あるかないかの最大の買いもの』であり、純粋な経済的損害しか生じなかった場合であっても、注文者自身にとっては極めて重大な損害ともなりうるからである。」(四一六頁)。
(23)  中井美雄「不作為による不法行為」山田卓生編集代表『新・現代損害賠償法講座1』一二五頁(日本評論社、一九九七)。
(24)  澤井・前注15・二三四頁。また吉村良一は一般論として七一九条の適用がなく、単に各人の行為が一個の損害発生について競合した場合でも「被害者救済の視点から、その責任が重なる範囲においては連帯(不真正)して責任を負うと解すべきである。」とする(吉村良一『不法行為法[第二版]』二三四頁(有斐閣、二〇〇〇))。私見も同旨である。
(25)  長崎地判平元・三・一(「欠陥判例」O二五〇頁以下)は、かかる観点から建築士の使用者に使用者責任を認め、建築士独自の賠償責任を否定した。
(26)  この点に関連して花立文子は、次のように指摘する。「請負人と建築家とが個々に責任のないことを有効に主張しえない場合には、共同的に一つの建築事象に関与する者の間に、特殊法的責任関係を肯定するのが妥当な解決に至る。しかし、このような責任負担関係の存在は、当事者に過重なものとなるおそれがある。このことから、全ての場合に法的責任関係が肯定されるとすべきではないであろう。
  本書で対象としている設計・施工分離の場合でも、並列関係にないと認められる場合には、当然ながらその関係は否定される。たとえば、建築家が請負人の支配下にあることが外観上明らかな場合には、建築家の従属性が強く、外部的にも内部的にも請負人のみが責任を負うことになろう。この場合には、注文者の請求に対して建築家は、請負人の履行補助者にすぎないこと、または単に名義を貸したに過ぎないこと等から、当該建築において全部責任負担者が請負人であることを主張することができる。しかし、このことは、注文者がそのことを知っている、または知りうる状況にあった場合に可能となると解すべきである。」(花立・前注6・二四五頁)。建築士が請負人の被用者である場合以外に、どれだけの支配従属関係があれば、建築士独自の法的責任が請負人の責任に吸収されるべきかは一つの検討課題である。

 

●建築確認申請に名義貸しをした建築士の法的責任に関する判決リスト
○×建築士の責任の認否、裁判長裁判官名。「欠陥判例」↓欠陥住宅被害全国連絡協議会編『消費者のための欠陥住宅判例[第一集]−安心できる住まいを求めて』(民事法研究会、二〇〇〇)。

【1】大阪地判平一〇・七・二九(「欠陥判例」@判決・六頁以下) 山下 寛(第二四民事部)、×
【2】大阪地判平一〇・一二・一八(「欠陥判例」E判決・八四頁以下) 渡邊安一(第二〇民事部)、×
【3】大阪地判平一一・六・三〇(「欠陥判例」D判決・六〇頁以下)・三浦 潤(第二民事部)、○
【4】大阪地判平一二・六・三〇(判例集未登載)・佐藤嘉彦(第九民事部)、×
【5】大阪地判平一二・九・二七(判例集未登載)・坂本倫城(第一九民事部)、○
【6】大阪地判平一二・一〇・二〇(判例集未登載)・佐藤嘉彦(第九民事部)

*【4】【5】【6】の判決文の入手にあたっては、欠陥住宅京都ネットの木内哲郎弁護士及び欠陥住宅関西ネットの重村達郎弁護士、嶋原誠逸弁護士、片山文雄弁護士のお世話になった。記して謝意を申し上げたい。