立命館法学 2000年3・4号上巻(271・272号) 112頁




明治前期連帯債務法の構造分析によせて


大河 純夫


 

 

は じ め に−課題と対象の限定

  藤原明久教授の近時の論攷(1)が、明治八年太政官布告六三号に関する司法省の解釈、フランス法の継受、裁判例の分析などによって、明治民法の成立に先行する連帯債務法の展開過程の基本線を明らかにした。
  藤原教授がわれわれに提起した課題は、まず、訴答文例、明治八年太政官布告六三号、旧民法の編纂・公布、明治二三年商法(一編六章「商事会社及ヒ共算商業組合」の施行は明治二六年七月一日)、明治二四年民事訴訟法、明治民法の編纂・公布・施行など一連の立法作業、外国法の摂取、学説および裁判例との相互作用のなかで、明治前期連帯義務ないし債務法の形成過程を総体的に把握することであろう。それは同時に、明治前期の裁判例が連帯義務論(連帯債務論)の対象とした実体を類型的に明らかにすることによって、明治民法の連帯債務法の構成の歴史的位置を明確にすることでもある。
  本稿の目的は、なによりも、このような課題認識の背景を整理することにある。そのために、中田薫(2)・藤原明久教授らが分析した司法省などの行動を筆者なりに受け止め直し(一)、明治民法の起草過程で考慮された裁判例の分析(二)を通じて、明治前期連帯債務法の形成過程の基軸となる問題領域を析出することにある(三)。

(1)  「明治前半期における連帯債務法ーフランス民法継受の諸相ー」神戸法学雑誌四六卷三号(一九九六年)四五五頁以下(以下、藤原「連帯債務法」と略記)、「明治二三年旧民法と判例連帯債務法の展開」同四七卷三号(一九九七年)四七七頁以下(以下、藤原「判例連帯債務法」と略記)。それぞれ、近江幸治教授(法制史研究四七号二七三頁以下)、小柳春一郎教授(同四九号二二四頁以下)による書評がある。
(2)  中田薫「我古法に於ける保証及び連帯債務」国家学会雑誌三六巻三・四号(一九二五年)=同・法制史論集第三卷(岩波書店  一九四三年)一一八頁以下。なお、安竹貴彦編「大坂堺問答ー一九世紀初頭大坂・堺の民事訴訟手続ー」大阪市史史料第四四輯(大阪市史編纂所  一九九五年)、山中永之佑「堺奉行所『公事取捌帳』」堺研究一号(一九九六年)六三頁以下の消化は今後の課題とせざるをえない。

一  訴答文例・明治八年太政官布告六三号と明治前期司法省


  一  旧幕下の連印借と訴答文例
  先行する共同債務の諸形態の中にあって、連印借ないし連判借、とくに大阪江戸系の連印借(3)が明治前期連帯債務法形成の一つの基軸となる。大阪江戸系の連印借は、内分(分担額)を明記した連印借と内分を明記しないそれとを区分し、後者の場合には、第一に、連帯文言の有無を問わず、債権者は連印者一同に対して全債務を不可分的に請求することだけが可能であった(債務の一部請求も、任意の一部債務者に対する全部請求もできない)。第二に、連印者に「故障出来候」・「差支ヘ義有之候」・「闕候者有之」場合、その残りの連印者(この意味では連印者の一部であり、例外的取り扱い)全員に対して全部(闕候者等の者の分担額を控除した残額ではない)請求となる。
  明治六年七月一七日の訴答文例(太政官布告二四七号  法令全書六卷ノ一  三二〇頁)第一卷八章「連名ノ被告人ヲ訴フル事」二五条は、「負債主連名ノ借用証文ヲ以テ貸渡シタル米金等ノ訴状ハ連名ノ人数ヲ盡ク相手取ル可シ」と定めた。「負債主連名中若シ失踪死亡等ニテ相続人ナキ者」がある場合には連名者の末尾にその名を記載し、「年月日失踪死亡等ノ事(4)ヲ其者ノ管轄戸長某ヨリ承ル」と附載しなければならない(二六条)。なお、被告の裁判管轄が異なる場合には、債権者はいずれの裁判所に訴えてもかまわないとされた(二七条)。訴答文例は民事訴訟の書式および出訴・答弁の要件を定めたものであるが、上記の規定は訴権ないし請求権の行使方法のみならず、義務(債務)の捉え方に影響するものであった(5)

  その後、「(連署の金穀借用証書中に、債権者不満足の場合に)互ニ弁償スルノ明文」(特約)がない場合についての明治七年四月二四日の宮城県伺に対して、同年五月一四日の司法省指令(民事要録甲編四八九頁)は、「数人一紙ノ証書ニテ銘々借用ノ金穀ノ割合記載無之トキハ其証書ノ金穀ハ一同ニテ借受タル事ニ付済方ノ儀モ一同ノ者ヘ身代限迄ノ処分……致シ可遣事」と、判示・執行命令の内容を指示した。さらに、連印者中に「失踪逃亡ノ者」がおり弁済が困難であると他の債務者が抗弁した場合に、失踪逃亡の者を除外して身代限の処分とするのか、それとも「出訴前後ノ失踪逃亡例ニ従ヒ」処分するのかが問われ、司法省は「現在ノ者ニ証書上記載ノ総額ヲ償却致サスヘキ事」とした(明治七年八月二二日司法省指令・同年六月二二日青森県伺。民事要録甲編五〇五頁)。司法省は、元来の連印者または「現在ノ者」の全員に対する全部履行を指示したのである。
  そして、明治八年一月二〇日の太政官布告六号(法令全書八卷ノ一  二頁(6))が、従前の「負債者失踪後ノ訴訟ハ失踪後三十六ケ月ノ時間ハ採上サル成規(7)」を改正する。期限未到来の債務の債務者が失踪したことを知っている場合には、期限到来してから訴えを提起すること(一条)、債務者失踪の事実を知らずに期限到来の後にまたは出訴期限経過直前に出訴し債務者失踪の事実を知った場合には、失踪の旨を裁判所が奥書した訴状を再提出すること(二条)、「前条々ノ場合、裁判所ニ於テハ、一応訴状採上ケ、直ニ失踪者所管ノ戸長ヘ申付失踪ノ年月日ヲ訊明シタル上、債主差出シタル証書ニ負債者何年何月何日家出ノ末行衛相分ラサルニ付追テ本人見当ルカ又ハ三十六ケ月ノ満月後跡相続ヲ為ス可キ者ニ掛リ此裏書証書ヲ以テ再訴致ス可キ旨ヲ記載シ、訴状下戻ス可キ事」(三条)とされた。そして、本人が見つかるまでの期間または三六カ月の期間は出訴期限の「限内ニハ加算致サヽル事」とされた(四条)。失踪者に対する訴えの取り扱いが明瞭となった。

  二  明治八年太政官布告六三号と司法省
  しかし、司法省によれば、一連の指令によって「裁判上ニ於テハ連印中失踪者アル時ハ現在ノ者エ済方申付ル習慣」の筈であるが、太政官布告となっていないために、国民・裁判所に徹底せず、裁判所の中には「失踪ノ者等」がある場合に「総額ノ幾分ヲ裁割」した金額の支払を現在者に認めるものがでたようである(引用は、明治八年一月二八日司法省「数人連印貸借証書ノ儀ニ付伺」)。また、他の連印者全員が「行衛不知シテ三十六ケ月内ナルトキ」の取り扱いに対する伺いも提出された(明治八年一月一七日滋賀県伺)。司法省は、布告案「金穀借用ノ証書中数名連印ニシテ各自分借ノ員数ヲ記載セサル分ハ連印中失踪ノ者又ハ死亡シテ相続人ナキ者等之レアル共其借用シタル金穀ノ総額ハ連印中現在セシ者ヨリ償却申付候条此旨布告候事」を具申した。これが、左院・正院を経て、明治八年四月二日の太政官布告六三号(法令全書八巻ノ一  八四頁)となる。その内容はこうである。
    「金銀其他借用証書中借主数名連印ニテ各自分借ノ員数ヲ記載セサル分ハ右連印中失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者等有之トモ其借用シタル金銀其他ノ総額ヲ其連印中現在ノ者ヘ償却可申付候条此旨布告候事
      但右証書中分借ノ員数無之トモ別ニ分借ノ明証アルハ此限ニアラス」
  この布告は、訴答文例を何ら修正しておらず、その二五条ないし二七条を前提としたものである。先行する司法省指令を整理し、「連印中失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者等」がある場合には、これらの者を除いた「現在ノ者」に「借用シタル金銀其他ノ総額」の支払を命ずることを太政官布告の形で明確にしたものである。
  ここでは、訴答文例二六条が「失踪死亡等ニテ相続人ナキ者」としていたのに対して、「連印中失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者等」と、相当含みを持たせた定式(8)が採用されたことが、なによりも、留意されるべきことである。事実、この太政官布告を得て、他の連印者全員が「行衛不知シテ三十六ケ月内ナルトキ」(滋賀県伺の用語。司法省指令では「失踪」)は「先ツ其現在セル一人ヘ負債金額ノ済方申付不行届トキハ身代限ノ処分ニ及ヒ……候筋ト心得可然哉」との伺いに対して、司法省は「分借ノ明文ナキ時ハ伺ノ通」とした(明治八年五月二八日司法省指令・同年一月一七日滋賀県伺。民事要録丙編一九四頁)。この指令は、失踪者そのものに対する訴訟の取り扱いについては先の明治八年一月二〇日の太政官布告六号を前提としたものであるが−ちなみに、本指令は弁済者からの失踪者またはその相続人に対する求償を肯定している−、その他の者(滋賀県の設例では一人)に対する全部履行の言渡・執行を指示したのである。また、明治九年一二月一八日司法省指令・同年八月三一日島根県伺(民事要録丁編六七二頁)は、連印者が身代限となったとき、債権者は総債権額をもって分散金を請求できるとした(9)
  他方で、太政官布告六三号の但書は、「分借ノ員数」が証書上明記されていなくとも「別ニ分借ノ明証アル」ときにも、「其割合通リ銘々ヘ身代限迄ノ済方申付ケ」(明治七年五月一四日司法省指令の用語を借用)る取り扱いとした。分割債務の要件の緩和である。しかし、司法省が「内分明記の連印借=分割債務」のルールに対する批判的立場を取っていくことに注意しなければならない。つまり、かつて「金穀貸借訴訟中数名連印ノ……証書面各自分借ノ金額ヲ記載シタルハ銘々各自ヲ以テ借受タルモ同様ナレハ其分借高ニ応シ各自済方申付ルハ無論」(明治八年一月二八日「数人連印貸借証書ノ儀ニ付伺」)としていた司法省は、明治一〇年六月一六日司法省指令・明治一〇年六月六日仙台裁判所伺(民事要録丁編三七二頁)にいたると、布告六三号が「各自分借ノ員数ヲ記載シ若クハ分借ノ明証アル者ハ各自ノ部分ヲ負担シ……(その分割債務につき)他ノ連印者ハ関係セサル」ことを当然の前提としていることを「連帯義務ノ本旨ニ背キ法ノ真理ニ戻リタル者」と公然と非難するにいたった。その詳細は明らかではないが、たとえ「各自分借ノ員数ヲ記載シ若クハ分借ノ明証アル」にせよ「連印」した以上は、「他の債務者の不能分に代当する責任」(中田薫)を認めるべきであると考えたように思われる。

  三  連印借と司法省−全員一体的義務履行構成の強化−
  ここで連印借と連帯債務論との関係がどのように把握されていくか、その一端を見ることにする。藤原「連帯債務法」(四八八−四九一頁)が発掘した明治一二年五月二八日司法省宛太政官指令、明治一二年五月二六日太政官法制局議案・附(司法省宛)御指令按、明治一二年三月二八日(「決載録」では五月一六日)太政官宛司法省上申(10)が注目すべきものである。
  司法省は、「連帯ノ義務ナルモノハタトヒ数名現在スト雖モ債主ノ随意其中一人ニ対シテ其総額ヲ訟求スルヲ得ヘキノ権アル特別ノ契約」であるから、往々にして布告六三号をして「連帯義務ノ法」と認める者があるが、これは「布告ノ本旨」に反するから、布告の趣旨を明確に「諸裁判所ヘ論達」すべきだという。全部履行を任意の債務者に対して請求できることを「連帯義務」の特質と捉えた上で、連印者全員による全部履行義務を定める布告六三号はこれに該当しない、との趣旨である。しかし、司法省上申が「八年第六十三号布告……(は)、……其連名中ニテ失踪死亡者ナクシテ各々現在スル時ハ其連印ノ各人ニ対シ訟求スヘキ者ニシテ」と不用意な表現をしたために、司法省が債務者の一部に対する全部請求を認め連印者が失踪または死亡し相続人が存在しない場合にはじめて残りの債務者全員に対する全部請求ができるものと理解している、との誤解を(太政官法制局に)与えてしまった。これに対して、太政官法制局は、布告六三号の法意を連印者が「連帯義務」・「相互ニ連帯ノ義務」を負うとしたものであるとし、「連印中失踪又ハ死亡スル者等アルトキハ勿論、設令各々現在スルトキト雖モ、若シ無資力其他ノ事故ヲ以テ償却ヲ拒ム者」がある場合にも、「他ノ連印者」が「総額ヲ償却」しなければならないとする。そして、「伺ノ趣借主数名連印ニテ各自分借ノ員数ヲ記セサルトキハ連帯ノ義務者ト心得ヘシ」との「御指令按」を提出した。
  司法省の上申書と太政官法制局の作業が示すことは、司法省が「連帯義務」の本質的特徴を任意の一部債務者に対する全部訴求(請求)の特約に求めたのに対して、太政官法制局は布告六三号の規律対象をも「連帯義務」に含めて理解していることである。法制局によれば、布告六三号は、分借の員数を記載しない連印を「連帯義務」としたものである。第二に、内分を明記しない連印借についての布告六三号のもとで、「連帯義務」と言うかどうか別として、全連印者または残りの連印者全員に対する全部履行請求の点では、司法省も太政官法制局も同一の見解であった。司法省はもとより、法制局も、任意の一部連印者に対する全部訴求を否定している(債務の一部請求は問題ともなっていない)。法制局についていうなら、法制局議案の原案で「債主ハ随意ニ其一人若クハ数名ニ対シ総額ノ償却ヲ請求スルノ権利ヲ有ス」とされていたものが、「他ノ連印者ヨリ総額ヲ償還セサルヘカラス」と修正されているのである。しかしながら、第三に、太政官法制局は、布告六三号の「連印中失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者等有之」を、連印者中に失踪者又は死亡者が生じた場合だけではなく、「無資力其他ノ事故ヲ以テ償却ヲ拒ム者」があるときにも、「他ノ連印者」が「総額ヲ償却」しなければならないとする。要するに、「無資力其他ノ事故ヲ以テ償却ヲ拒ム」連印者(11)がある場合には他の債務者が全部給付義務を負担すると拡張解釈を行っている。これを突き詰めれば、履行拒絶者が多い場合には連印者の一人に対する全部履行請求がありうることになろう。
  この司法省上申と同年五月二六日の法制局勘査の顛末は明らかではない。しかし、翌明治一三年二月一二日の司法省達丁三号は債務者の一部に対する(全部)請求を拒絶する。明治一三年二月一二日司法省丁三号達・附・明治一三年一月二〇日熊谷裁判所伺、二月九日司法卿内訓(法令全書一三卷ノ二  一四九一頁)はこう述べる(12)
    「連借証書処分ノ儀ニ付、伺ノ趣明治八年第六十三号布告ノ主趣ハ借用証書中数名連印各自分借ノ員数ヲ記セサル分ハ右連印中失踪又ハ死亡シテ相続人無キ者等有之トキニ限リ現在セル数名ノ者ヘ償却可申付トノ義ナレハ、独リ一名又ハ二名而巳ニ対シ全額ヲ訟求スルコトヲ得ス。必ス訴答文例第八章第廿五条ニ照準スヘシ。
      但仙台裁判所ヘノ指令第二条ハ援引不相成候事。」
  太政官法制局や司法省の内部にあった「随意ニ其一人若クハ数人ニ対シ総額ノ償却ヲ請求(スルノ権利)」(周布公平)・「連帯中ノ一人又ハ数人ヲ相手取リ義務ノ全部ヲ訟求スル」(前記「法制局議案の原案」)途は採用されなかった。訴答文例二五条の枠組みが堅持された。また、「連印中失踪又ハ死亡シテ相続人無キ者等」と述べるのみで、法制局勘査が示す緩和された要件は明示的に取り込まれることはなされなかった。しかも、司法省丁三号達は、裁判管轄が異なる連印者を除いた一部連印者に対する全部訴求・済方申付を承認した明治一〇年六月一六日司法省指令第二条(明治一〇年六月六日仙台裁判所伺に対する指令。民事要録丁編三七二頁)を取り消してしまう。共同訴訟的取り扱いが再強化された。
  このような司法省からすれば、明治一六年一〇月二二日司法省回答・同年一〇月二日京都始審裁判所宮津支庁問合(民事令訓集(神戸大学人文社会科学系図書館蔵)三六七頁)で、宮津支庁が、これまで「証書上分借ノ明文ナキニ依リ明治七年本省日誌第八十九号宮城県伺ニ依リ、負債者一同ニテ借受タル連帯ノ義務者トシ分割セシメス、負債者一同ヘ其全額ヲ返償セシメ来」たが、「只連署シ借受ケタル者ハ連合ノ義務者」として「各自平当ノ分割負担返償セシメ可然哉」と質問したのに対して、「分借ノ明文ナキ借用証書ニ連署スル者ハ連帯義務者ニ候得ハ、一同ニテ其全額ヲ弁償スヘキ者ニシテ分割負担スヘカラサル筋ト存候」と回答するのは当然のことであった。ここで、司法省は、分借の明文なき連印者を「連帯義務者」と表現するにいたっているが、任意の債務者に対する全部請求を認めるものではなく、「一同ニテ其全額ヲ弁償スヘキ者」とし、全員一体的ないし不可分的義務履行(13)の構成を貫徹した。

  四  特約論による任意の一部債務者に対する全部請求の承認と布告六三号・訴答文例二五条の目的論的縮減
  もっとも、明治一七年にいたり、ようやく、特約論によって、任意の一部債務者に対する全部請求を認容し布告六三号を回避する試みがなされたことは注目に値する。まず、明治一七年五月二〇日司法省内訓・明治一七年四月五日長野始審裁判所請訓(司法省蔵版・類聚法規第七編下(明治一八年六月印行)五二五頁)が、「連帯義務者ニ係ル詞訟ハ、訴答文例第二十五条及ヒ明治十三年当省丁第三号達ニ據リ義務者一同ヲ被告トナシ其一同ニ対シ返済ヲ言渡ス可キモノニテ、仏国民法第千二百三条以下連帯義務者ノ場合ヲ援引シテ論ス可キモノニ非ス」としながらも、「乍併連借義務者ノ内不在ノ者アリテ返期ヲ誤ルコトアルニ於テハ現在ノ者償却ヲ負担ス可キ旨ノ特約ヲ為シタル場合ハ、現在者ノミニ対シ全部ノ弁済ヲ言渡スヲ得ル義ト心得可シ」とし、このような特約がある場合には「現在者のみに対する全部給付」を命ずることは可能であるとした。
  明治一七年七月二日大審院諸裁判所宛司法省内訓(類聚法規第七編下五二八頁)は、これをさらに進め、「明治六年第二百四十七号布告〔訴答文例引用者〕第二十五条ノ連名ノ負債者ニシテ其一人又ハ数人ニ於テ他ノ者ニ拘ハラス義務ノ全部ヲ負担スルノ契約ヲ為シタル者ハ該布告ノ例外ニ属スルモノナレハ」、「連名ノ中一人又ハ数人ヲ相手取ルコトヲ得ル義ニ候条予テ心得有之ハ当然ニ候得共為念此旨及内訓候也」とした。このような特約のある場合には債務者の一部に対する全部訴求(「連名ノ中一人又ハ数人ヲ相手取ルコト」)が承認されたのである。もっとも、明治一三年二月一二日司法省達丁三号が取り消されていないように、この根拠は六三号布告の規律対象の外にある特約に求められた。六三号布告の要件を「連帯者ノ内一人又ハ数人他方ニ移住、寄留或ハ旅行等ノ事情判然」(明治一七年四月五日長野始審裁判所請訓)へと緩和することは言外に否定されたものと思われる。
  しかし、司法省はこのような契約解釈論のみでの対応にとどまったわけではない。司法省は、明治八年太政官布告六三号および訴答文例二五条の解釈論を通じて、失踪後三六カ月を経過しない場合であっても、残りの(全部の)連印者に対する全部履行請求を肯定するに至る。大審院・裁判所宛の明治一九年三月三一日の司法省訓示(類聚法規九編之四  五九一頁(14))がこれである。この訓示は、法律諮問会(15)の審議・議決(三月二二日)を経て発せられたものであるが、具申された決議「明治八年第六十三号布告解釈ノ件」そのものを別紙として訓示内容としている。
  法律諮問会は、問題を次のように設定する。
    「明治八年第六十三号布告ニ、金穀其他借用証書中借主数名連印ニテ各自分借ノ員数ヲ記載セサル分ハ右連印中失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者等有之トモ其借用シタル金穀其他ノ総額ヲ其連印中現在ノ者ヘ償却可申付、トアリ。然ルニ該布告文中相続人ナキノ文字ハ止タ死亡ノ文字ノミヲ承ケタルモノト解釈スル時ハ連印中失踪者アリタル場合ニ於テハ直チニ現在ノ負債者ニ総額ノ償却ヲ命スルヲ得ヘキモ、若シ相続人ナキノ文字ハ失踪ノ文字ヲモ承ケタルモノト解釈スル時ハ失踪後三十六ケ月以内ハ未タ相続人ヲ定ムルヲ得サル例規ナルヲ以テ之ヲ相続人ナキモノト決定スルコトヲ得サルヘク、従テ失踪後三十六ケ月以内ハ該布告ニ依テ処分ス可カラサルニ至ルヘシ。是該布告ノ解釈ヲ定ムルヲ要スル所以ナリ」
  そして、「因テ之ヲ審議スルニ、法律上慣用ノ文法ニ徴スレハ、失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者トハ即チ失踪シテ相続人ナキ者又ハ死亡シテ相続人ナキ者トノ意味ナリト解釈セサル可カラス。然ラハ失踪後三十六ケ月以内ニ於テハ未タ相続人ヲ定ムルヲ得サレハ之ヲ相続人ナキ者ト謂フコトヲ得ス。故ニ該布告ハ失踪後三十六ケ月ヲ過キサル場合ニ適用ス可キモノニ非ラサルナリ」と断言する。つまり、布告六三号の「失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者」は「失踪シテ相続人ナキ者又ハ死亡シテ相続人ナキ者」の意味と解釈せざるをえない(16)から、布告六三号は失踪から三六カ月を経過しない場合には適用されない、としたのである。布告六三号の適用対象から外された失踪から三六カ月を経過しない場合の法的取り扱いの準則が必要になる。
  当然、訴答文例二五条も問題となるのであるが、法律諮問会決議は、続けて、
    「然ラハ則連名証書ノ債主ニ於テ訴ヲ起スニハ訴答文例第二十五条ニ従ヒ総員ヲ相手取ラサルヲ得サレハ、若其連印者中失踪者アリテ未タ三十六ケ月ヲ過キサル時ハ現在ノ負債者ニ対シテモ返済ヲ求ムルノ途ナキカ如キモ、連印中失踪者アルモ尚ホ総員ヲ相手取ル可シト謂フニ至テハ是能ハサルコトヲ責ムルモノナレハ、訴答文例ニ於テ斯ル精神ヲ存スルモノトハ解釈スヘカラス。故ニ普通ノ条理ニ之ヲ照ス時ハ連印中失踪者アル場合ニ於テハ残ル現在ノ負債主ニ対シ訴ヲ起スモ曾テ妨ケナキモノトス」
という。訴答文例二五条によれば、三六カ月を経過しなければ残る債務者に対する請求すらできず、失踪者を含めた全連印者を相手に訴えなければならないことになるが、このような解釈は、不能を強いるものであり(「能ハサルコトヲ責ムルモノ」)、訴答文例の「精神」にも反するとしたのである。このように訴答文例の適用をも排除した上で、「普通ノ条理」によってこれを補充し、失踪者を除いた残りの債務者に対する訴えの提起が肯定されるのである。ここにいう「普通ノ条理」が何を指すのかも一つの問題であるが、ここでは、たとえば、法諺「法は不能を要求せず Lex non cogit ad impossibilia.」ーたとえば、細川潤次郎訳並注・再版法律格言(元老院蔵  明治一五年三月)卷四  三七丁裏参照ーといったレベルではなく、やや具体的な、権利実現を助長するという訴訟法の目的、権利の単独処分可能性、あるいは連帯義務者各自の全部給付義務など、今後の分析を必要としよう。なお、ここでは、「残ル現在ノ負債主ニ対シテ」訴求できると述べるのみであるが、「総員」との対比で語られているのであるから、残りの連印者全部と理解すべきであろう。
  最後に、決議は、「且夫連帯契約ノ性質ニ依テ之ヲ論シ来レハ、債主ハ常ニ総額ノ償却ヲ求ムルノ権利アルモノニ付キ」との理由を付け加えて、
    「裁判所ハ、此条理ニ依拠シ且ツ明治八年第六十三号布告ニ比準シ、現在ノ者ヘ総額ノ償却ヲ命ス可キモノトス」
と結論づけている。ここにいう「且ツ明治八年第六十三号布告ニ比準シ」の「比準」の意味も明確ではないが、失踪後三六カ月を経過していない事案は布告六三号の本来的適用対象ではないが「借用シタル金銀其他ノ総額」の弁済を命じた布告六三号の規定を類推適用するという趣旨であろう。
  このように、法律諮問会は、明治八年太政官布告六三号および訴答文例二五条の目的論的縮減を行った上で、適用法規不存在となった領域を「普通ノ条理」で補充し、かつ全部請求という連帯義務の性質論と布告六三号の類推適用とを付加することによって、三六カ月を経過していない段階でも失踪者を除いた全連印者に対する全部請求を可能としたのである。結論自体は明治八年一月一七日の滋賀県伺に対する同年五月二八日司法省指令(民事要録丙編一九四頁)と同じであるが、布告六三号および訴答文例二五条をその目的論的縮減によって「訂正」して、新たな法理(法規範)が定立されたのである(17)
  この司法省訓示は、法律諮問会の決議を経由したものであるから、大審院の見解といってもよいものであった。事実、この訓示は、「連借者中一人ノ失踪者アル場合ニ於テハ失踪者ノ為メ残ル現在ノ負債者カ義務ノ執行ヲ緩フス筋合ナク、加之連帯義務ノ性質ニ照ストキハ債主カ残ル現在者ニ対シ惣額ノ返還ヲ求メ得ヘキ筋合」とし「三十六ケ月ヲ経過シ失踪者ノ相続人之ナキ場合ニ至(ル)」ことを要しないとした大(民二局)判明治二〇年二月二三日(明治一八年第三三五号)明治二十年民事商事判決録一三五頁=明治前期大審院民事判決録二三頁=若林秀渓編・明治十九年二十年判例摘要民事集二八三頁=裁判粋誌二卷五六頁を嚆矢とし大(二民)判明治四〇年一〇月二一日民録一三輯一〇〇四頁にいたる判例の基礎となった。

(3)  中田薫述・石井良助校訂・日本法制史講義(創文社  一九八三年)三七〇頁、中田薫・前掲「我古法に於ける保証及び連帯債務」一一八頁以下。石井良助・日本法制史概説(創文社  一九五八年)五四九頁以下、同・近世取引法史(創文社  一九八二年)二一七ー二二四頁。
(4)  その雛形というべき訴答文例附録「第九号  被告人連署中脱走又ハ病死人アルノ訴状」は「脱走」・「死亡」の附載例を示している。
(5)  瀧川叡一「訴答文例小考」同ー日本裁判制度史論考(信山社  一九九一年)二六頁以下。福島正夫・日本資本主義の発達と私法(東京大学出版会  一九八八年)三八頁以下。
(6)  太政類典第二編第三三七卷訴訟一は「負債者失踪後ノ出訴期限」、と、公文録明治八年一月司法省伺  七は「出訴期限公布増補ノ儀伺」としている。また、明治二三年発行の法令全書の「目録」は「第六号  民法裁判上負債者失踪後ノ訴訟成例改正」との標題を付けている。藤原「連帯債務法」四九七頁注(9)は「出訴期限公布増補ノ儀ニ付再伺」としているが、これは先行する司法省伺(明治七年三月一七日)が存在したことを考慮したものであろう。
(7)  ここにいう「成規」ないし「成例」(法令全書「目録」)が、具体的に何を指すのか、筆者にははっきりしない。
(8)  ここでは、「(元来の)連印者」−「連印中失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者等」=「連印中現在ノ者」の公式となるのであるが、この公式でのいわば減数項が、「失踪死亡等ニテ相続人ナキ者」(訴答文例二六条)、「失踪逃亡ノ者」(明治七年六月二二日青森県伺)、「失踪者」・「失踪ノ者等」(司法省伺本文)、「失踪ノ者又ハ死亡シテ相続人ナキ者等」(同「別紙」布告案)、「逃亡死亡」(左院の議案)、「失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者等」(太政官布告六三号)とさまざまである。なお、以下の検討にあたって、史料のほとんどを藤原「連帯債務法」に依拠している。
(9)  すでに、明治六年七月一七日の太政官布告二五二号(法令全書六卷ノ一  三六三頁)一条が、「貸金穀又ハ義務ヲ得可キ者定約期限未満内ニハ訴出ルコトヲ許サヽル規則ナレトモ、其負債者又ハ義務ヲ行フヘキ者右期限未満内ニ身代限ニ遭フ時ハ訴出ルヲ得ヘシ」と定め、身代限を期限の利益の喪失事由としていた。そして「身代限糶売金ノ分配」で期限到来の債権者との平等の取り扱いがなされるものとされる(同二条)。期限未到来の連借者の一人(甲)が身代限となった場合に他の連借者(乙丙)に対する債権者(丁)の訴求が可能かについては、明治一三年一〇月二一日の司法省指令案は、「甲乙丙ハ即チ連帯シテ分離スヘカラサルモノナリ。故ニ甲身代限トナルトキハ定約期限未満内ト雖トモ、丁ハ甲乙丙ニ対シ其貸金ノ全額ヲ訟求スルヲ得ヘキ義ト可相心得事」とし、太政官司法部も「伺ノ通」とこれを肯定した。連借者の一人の身代限によって他の連借者も期限の利益を喪失する。その根拠は連借者の「連帯」・「不可分」に求められたようである。ここでは、身代限による期限の利益の喪失が絶対的効力事由とされたに等しい。以上については、藤原「連帯債務法」五一一ー五一五頁が詳細な分析を行っている。
(10)  公文録明治一二年五月司法省一、八。太政官類典第三編第七九卷  二四。決裁録・民法明治十二年自一月至十二月  一四(国立公文書館所蔵)。
(11)  ここでは、「右連印中失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者等」(布告六三号)、「若シ其中失踪死亡シテ跡相続人ナキ時」(司法省伺)、「連印中失踪又ハ死亡スル者等アルトキハ勿論、仮令各々現存スルトキト雖モ、無資力其他ノ事故ヲ以テ償却ヲ拒ム者アルニ於テハ」(太政官法制局)の定式に顕れる差異が着目されるべきであろう。前注(8)も参照のこと。
(12)  この内容については、藤原「連帯債務法」四九一ー四九六頁参照。
(13)  淡路剛久・連帯債務の研究(弘文堂  一九七五年)一頁以下参照。
(14)  すでに、石井良助監修・近代日本法律司法年表(第一法規  一九八二年)五〇頁が、この訓示を「明治8年第63号布告解釈に付法律諮問会に於て議決(類聚法規)」と記載している。
(15)  法律諮問会については、染野義信「司法制度(法体制確立期)」講座日本近代法発達史第二卷(勁草書房  一九五八年)一二六頁以下参照。この時期「明治十九年前期」の会員は、玉乃世履、岡内重俊、池田弥一、中村元嘉、奥山政敬(以上、大審院判事)、春木義彰(大審院検事)である(官報七五四号六八頁による。なお官報七七五号五二頁も参照のこと)。法律諮問会および委員の確認方法については藤原明久教授にご教授頂いた。
(16)  このような解釈は、明治六年六月八日の太政官布告一九五号「金穀貸借請人証人弁償規則」(法令全書六卷ノ一  二一六頁)二条の「借主逃亡又ハ死去跡相続人無之時」の解釈でも見られる(引用の文言は明治八年六月八日太政官布告一〇二号により改正されたもの)。たとえば、大(一民)明治二九・一二・三民録二輯一一卷二四頁=法曹記事六三号四一頁は、「請人証人弁償規則第二条ニ所謂『借主逃亡又ハ死去跡相続人無之時』トハ逃亡シ跡相続人ナキ時又ハ死去シ跡相続人ナキ時ト云フ意義ナリト解釈スルヲ以テ相当ナリトス」としている。もっとも、同規則三条が定めた裁判所の裏書の雛形が、「借主何ノ誰逃亡死去跡相続人無之」と表記していたのであるから、このような解釈は当然といえる。
(17)  この訓示は明治一三年二月一二日の司法省達丁三号(法令全書一三卷ノ二  一四九一頁)に触れるところがない。抵触しないと考えたのであろうか。


二  明治前期裁判例と明治民法第一議案


  一  民法第一議案四二八条(明治民法四二七条)と「参照」裁判例
  第一議案四二八条「数人ノ債権者又ハ債務者アル場合ニ於テ別段ノ定ナキトキハ各債権者又ハ各債務者ハ平等ノ割合ヲ以テ権利ヲ有シ又ハ義務ヲ負フ」の(参照)は、旧民法財産編四四〇条・四四四条、担保編五二条三項・九一条一項、商法二八七条とともに、「二十二年三月二十九日大審院民事第二局判決、二十五年九月二十日同院第三民事部判決、二十六年二月二日同院第三民事部判決」を挙げている(日本近代立法資料叢書13  第二綴一八九頁参照)。
  ところで、民法第一議案の段階では、「数人カ契約ニ依リ共同シテ債務ヲ負担シタル場合ニ於テハ各債務者ハ連帯シテ其履行ノ責ニ任ス  但反対ノ定アルトキハ此限ニ在ラス」との規定が含まれていた(同一九二頁(18))。この議案は、提案説明者(富井政章)自身「一応書イテ出シテ見テ然ウシテ若シ諸君ノ多数ガ悪ルイト云フコトデアレバ削除セラレテ少シモ遺憾ニ思ハナイ」(日本近代立法資料叢書3  二二七頁)と歯切れの悪い説明を行い、土方寧・横田國臣・磯部四郎らの主張の結果、法典調査会で削除となったものである。この四四八条の(参照)にも、旧民法債権担保編五二条三項、商法二八七条(19)とともに、「二十二年三月二十九日大審院民事第二局判決、二十五年九月二十日同院第三民事部判決、二十六年二月二日同院第三民事部判決」が掲げられているのである(日本近代立法資料叢書13  第二綴一九二頁参照)。
  債権債務分割の原則を明らかにする規定と契約に基づく共同負担債務についての連帯推定規定と、その性格を異にする二箇条に同じ三判決が「参照」となっていること自体、現在からみれば、やや奇異なことであるが、立ち入っておく必要がある。この三判決は、具体的には、@大(民二局)判明治二二年三月二九日裁判粋誌大審院判決例民事集(以下、裁判粋誌と略記)四卷一三六頁、A大(三民)判明治二五年九月二〇日大審院判決録明治二十五年自九月至十月四二頁=裁判粋誌七卷五五八頁、およびB大(三民)判明治二六年二月二日大審院判決録明治二十六年自一月至二月六七頁=裁判粋誌八卷上一八頁である。

  @  大(民二局)判明治二二年三月二九日(明治二一年第二八二号)裁判粋誌四卷一三六頁
  XがA・Bに金銭を貸与したが、連印者が弁済せずしかもAが失踪し行方不明なので、Aの推定相続人の中の長男YとBとを相手に貸金返還請求の訴えを提起した。原審(名古屋控訴院)は、Yは未だ相続人と定まっていないし、甲第一号証の義務が連帯であるとの証左がないとして、(推定相続人中の?)Y一人に対する訴えは訴訟手続に背戻するとして、Yに対するXの請求を棄却した。大審院民事第二局(厳谷・増戸・小松・谷津・児玉)は、
    「Aノ失踪……日ヨリ三十六ケ月以后ニ於テスル本件ノ如キ訴訟ニハ其跡相続ヲ為スヘキ長男Yニ係ルハ当然ナリトノコトナレハ、其Yハ相続人ト定マリタルヤ否ヤハ元ヨリ関係セサル趣旨ナルヲ以テ……、又上告人カ本訴借金証ヲ以テ連帯義務ノ証書ナリトシタルハ該社(社・ママ)中借用主二名アリテ分借ノ文言ナキヲ以テ明治八年六十三号布告ノ趣ニヨリ之ヲ論述シタルモノナルニ、原控訴院カ該証ノ義務タル連帯ナリトノ証左ナケレハ云々ト言渡シタルハ右布告ノ精神ニ背キタルモノト云ハサルヲ得ス」
とし、破棄移送(東京控訴院へ)とした。
  ここでは、まず、債務者が失踪した場合その債務を承継し被告となるべき者の要件が問題とされ、明治八年太政官布告六号の三条のいう「三十六ケ月ノ満月後跡相続ヲ為ス可キ者」が争われたが、大審院は「相続ヲ為ス可キ者」で足り、相続人として確定していることを要しないとした。そして連帯義務の証書であるとの原告(上告人)の主張を排斥した原審の判断を非難する。ちなみに、後者についての判決理由を、裁判粋誌は、「二人以上ノ負債主アル借金証書ニ分借ノ文言ナキトキハ連帯義務ノ証書ト見做スヘシ」(一三六頁)と要約した。

  A  大(三民)判明治二五年九月二〇日(明治二五年第四七号)大審院判決録明治二十五年自九月至十月四二頁=裁判粋誌七卷五五八頁
  報徳講と称する講会の世話人の一人Yに対して講員五名が準備預ケ金の返還を請求した事件で、一審・原審ともに請求を認容した。原審(東京控訴院民事第三部)は、「Yハ報徳講世話人ノ一員トシテ講務ヲ担任シタル上ハ世話人相互ノ分担事務ノ如何ニ係ハラス講員ニ対シテハ世話人一同連帯シテ講務上ノ責任ヲ負ハサルヘカラス」としたようである(引用は裁判粋誌五五七ー五五八頁)。
  大審院第三民事部(中村・中・栗塚・荒木・河口・小松・岸本)は、
    「抑々連帯義務ナルモノハ、債権者ノ権利ヲ一層確保スルモノナレハ、債務者ニ取リテハ特ニ其負担ヲ重劇ナラシムルモノニシテ其不利トナル可キモ決シテ便益タルモノニ非ラス。之ヲ普通ノ状態ヨリ視レハ非常ノコトニシテ所謂例外ノコトト謂ハサル可カラス。夫レ例外ノコトハ通常明示アルヲ必要トシ決シテ之ヲ推定セストハ一般普通ノ法理ナリトス。故ニ本件講会ノ世話人タルヤ講員ニ対シテ連帯責任ヲ負フ可キノ明約ナキ以上ハ其間ニ連帯ノ責任アルモノト云フヲ得ス。唯タ其世話人タル資格アルノ一事ヲ以テ之ヲ連帯責任アルモノト推定スルハ所謂普通ノ法理ニ適合セサルモノ」(大審院判決録四四ー四五頁)
として、原判決を破棄し名古屋控訴院に移送した。裁判粋誌は「連帯義務ナルモノハ、債権者ノ権利ヲ一層担保シ債務者ノ負担ヲ重劇ナラシムルモノニシテ普通ノ状態ニ於ケル非常例外ノ事ナレハ、通常明示アルヲ必要トシ之ヲ推定セサルヲ一般ノ法理トス」(五五七頁)と、また大審院判決録は「例外ノ事ハ通常明示スヘキモノトス。之ヲ推定スルヲ得サルハ一般普通ノ法理ナリ」(四二頁)と要約している。

  B  大(三民)判明治二六年二月二日(明治二五年第二八〇号)大審院判決録明治二十六年自一月至二月六七頁=裁判粋誌八卷上一八頁(明治二五年二八号(20))
  いくつかの証書が取り交わされており事実関係は明瞭ではないが、YとXとの間で成立した甲一号証の貸金債務の返還を、XがYおよびZ(Yの子)に請求した事件である。一審(浦和地方裁判所)はXの請求を裁可した。原審(東京控訴院)も、証書によればZは単にその父親Yの債務取り扱いをしただけではなく「義務履行ヲモ引受ケタ」ものであり、甲三号証の末文に「自分(Z)引受埒明云々」とあり、甲五号証でのZの肩書は「保証人」とあり、冒頭の「保証人立合云々」や文中の「不行届ノ節ハ連印ノ者所有地売却致シ弁償可仕候」などから、Zを「共同義務者」とし、Y・Zに「連帯責任ヲ以テ弁償ヲ命シタ」。大審院第三民事部(中村・富永・荒木・河口・小松・谷津・高木)は、
    「抑法律上所謂連帯義務ナルモノハ、凡ソ数人ノ負担義務ハ各自平等ニ分担ス可キノ常態ニ反スル一種特別ノ体様トス既ニ異常ノ事タリ。故ニ苟モ此変体ノ義務アリトスルニハ必スヤ法律ノ明文若クハ契約ノ文詞ニ於テ明カニ其存在ヲ認知ス可キモノアルヲ要スルコトハ蓋シ普通ノ法理ト為ス。我国ニ於テモ、既ニ連帯義務ニ関スル法律ノ規定アリト雖モ(連借ノ場合ヲ除クノ外)未タ之ヲ実施スルニ至ラス。然レトモ連帯義務ニシテ既ニ異常ノ変体タル以上ハ、之カ存在ニ就テ其明証ヲ要スルコト固ヨリ論ヲ竢タス。現行法律ニ於テハ其証拠ノ方法ニ制限ナキヲ以テ、契約ノ明文ヲ除クノ外絶対的ニ他ノ証拠方法ヲ許サヽルモノト云フコトヲ得ス。即チ証書ノ解釈ニ依テモ亦連帯義務ノ存在スルコトヲ断定シ得ヘキナリ。然リト雖モ、其義務ノ異常ノ変体タル性質上、自カラ普通合意ノ場合ト異リ、其解釈ノ方法ハ最モ極メテ厳正ナラサルヘカラス。即チ連帯云々ノ明記ナシト雖モ、例ヘハ、数人ノ義務者互ニ相連合シテ同時ニ各自一人ニテモ全部ノ義務ヲ負担ス可シ若クハ不可分ニテ其義務ヲ履行ス可シ等ノ文詞アルトキノ如ク明カニ連帯ノ意義ヲ見ル可キ場合ノ外ニ於テ随意ノ解釈ヲ許ス可キニ非ス」(大審院判決録六九ー七〇頁)
という。大審院は、原審判決について、「単ニ担保義務」を約したのであれば連帯にならないし、「義務ノ更改」であればYは義務を免れるし、さらに共同債務者とくにその中での連帯義務とする理由はなんら説明されていないとして、破棄差戻とした。大審院判決録は、「連帯義務ハ平等分担ノ常態ニ反スル変体ナリ。故ニ此変体ノ義務ヲ認ムルニハ必ス法文若クハ契約ノ文詞ニ於テ明記アルヲ要ス」(六七頁)と要約している。
  債権債務分割の原則を明らかにした第一議案四二八条(明治民法四二七条)と契約に基づく共同負担債務についての連帯推定規定(第一議案四四八条)とで参照された以上の三つの裁判例が示すことの第一は、連印借(これは明治八年布告六三号の対象)、講の世話人の責任、父親の金銭債務の負担や交渉に係わった息子の責任と、実態的には異なった生活関係が対象とされている。しかし、第二に、裁判粋誌にせよ大審院判決録にせよかなり抽象度の高い要約をしており、明治民法の起草者がその要約に依拠しながら(参照)として挙げた節がみられる。第三に、法理論的には、第三民事部が強調する連帯債務変体論の展開であり、契約解釈論における不明瞭規則との接続性(21)が意識されていることが注目される。しかも、第三民事部が、例外的に認められる連帯債務の根拠を特約に求め、@「連帯云々ノ明記」あるとき、A明記なくとも「数人ノ義務者互ニ相連合シテ同時ニ各自ニテモ全部ノ義務ヲ負担ス可シ……ノ文詞」のあるとき、B明記なくとも「数人ノ義務者互ニ相連合シテ同時ニ……不可分ニテ其義務ヲ履行ス可シ……ノ文詞」のあるときと説示し、各自全部義務負担の特約のみならず、不可分一体的履行の特約をも「連帯義務ノ特約」に含めていることである。
  ところで、法政大学図書館所蔵の梅謙次郎文書には、「連帯債務に関する大審院明治二五年二月九日判決の写し(司法省一三行青罫紙(22))」が含まれている。この裁判例は、具体的には、

  C  大(三民)判明治二五年二月九日(明治二四年第二六四号)大審院判決録明治二十五年自一月至二月一〇五頁=裁判粋誌七卷七八頁
である(23)
  本件では、他の二名の連印者の失踪確定および相続人不存在の証明がなく、失踪についての公正証書による証明がなく、しかも訴提起から三六ケ月を経過していないにもかかわらず、残りの連帯義務者であるY一人のみに全部義務の履行を認めたのは不法だとして、被告(上告人)Yが上告。
  大審院第三民事部(中村・中・荒木・河口・小松・岸本・高木)は、
    「連帯義務ノ契約ハ、縦ヒ連帯者中失踪シ三十六ケ月ノ期間ヲ経過セサルモ、素ヨリ分身一体ノ責メヲ負フヘキ性質ノモノナレハ、現在債務者カ其義務ヲ負担スヘキハ普通ノ法理トス。而シテ本訴ハ、提起ノ当時連借者ノ踪蹟不分明ニシテ知ルニ由ナカリシ論点ニ対シテハ上告人於テ争フタル事跡ナキコトハ弁論調書ニ参照シテ明カナル所ナレハ、公正証書ニ拠リ其失踪ヲ証明セサルモ明治八年第六十三号布告ヲ適用シ処分スルヲ相当ナリトス」(大審院判決録一〇七頁)
として、上告棄却とした。本件の場合、原告=被上告人は、はじめから三名の連借人の一人Yのみを相手に訴えを提起したものであり、他の連借人二名を除いたY一人の全部給付義務が肯定されたものである。ここには、明治一九年三月三一日司法省訓示のような法律解釈論は展開されてはいないが、明治八年布告六三号が規定する要件「連印中失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者等有之」が著しく緩やかに解釈されるとともに、「連帯義務ノ契約ハ……素ヨリ分身一体ノ責メヲ負フヘキ性質ノモノ」との性質論が債務者の一人のみに対する全部訴求の正当化のために展開されている。ここに、われわれは、債務者各自の全部給付義務(各自の全額単独責任性)が、特別法(明治八年布告六三号)の制約下で、かつその解釈の形で、極限まで展開されようとしていることを確認できるのである(24)。第三民事部についていうなら、連帯債務の例外性と債務者各自の全部給付義務との双方が「普通ノ法理」から導かれている。

  二  民法第一議案四三三条(明治民法四三二条)と「参照」裁判例
  明治民法四三二条の原案である第一議案四三三条の(参照)は次の三判決を挙げている(日本近代立法資料叢書13  第二綴一九〇頁)。@横浜始審裁判所明治二〇年五月一二日(明治二〇年第八〇号)裁判粋誌首卷三二一頁(文生書院復刻版第一巻三五三頁)、A大(民二局)判明治二二年四月二七日(明治二一年第一八八号)裁判粋誌四卷一九七頁、B大(二民)判明治二三年一二月二日(明治二三年第二七二号)裁判粋誌五卷五六頁。

  @  横浜始審裁判所明治二〇年五月一二日(明治二〇年第八〇号)裁判粋誌首卷三二一頁(復刻版三五三頁)
  原告Xが乾物の売買代金をYに請求したのに対して、Yは、売買当時Yが戸主であったA家(渡辺家)が債務者であると主張した事件。横浜始審裁判所(中橋判事)は、
    「抵当物ノ属スル取引ニ付テハ其抵当物ヲ信用シテ取引スルモノナレトモ、抵当保証アラサル取引ニ付テハ其人並ニ其財産ヲ目的トスル者ナレハ、其義務ハ其人並ニ其財産ニ付従スル者ナリ。本訴所争義務ノ如キ亦タ其取引人即チ被告(Y)並ニ被告カ取引ヲナセシ当時所有セシ財産ニ付従スルモノニシテ、彼無形人タル渡辺家ノ負担タルヘキモノニアラスト認定セサルヲ得ス。既ニ取引人及ヒ其財産ニ付従スル以上ハ、本訴ノ義務ハ被告(Y)並ニ被告カ取引ノ当時所有セシ財産ヲ相続シタル者即チ渡辺家ノ相続人ニ於テ連帯ニテ之ヲ負担弁償スヘキ義務アル者トス。此種ノ連帯義務タル、借用証文ヨリ生シタル連帯義務ニアラサレハ、渡辺家ノ相続人ヲ訴フルト被告ヲ訴フルト将タ二者共ニ之ヲ訴フルトハ原告ノ擇フ所ナリトス。故ニ本訴請求ノ金員ハ被告之ヲ弁償スヘシ」
とした。この判決は、結果的には戸主Yが負担した代金債務を離別後にも(前戸主となった)Yも負担することを確認したのであるが、「乾物ノ売掛代金」・「物品取引ヨリ生スル金銭上ノ義務」につき「連帯義務」を構成し、かつ「借用証文ヨリ生スル連帯義務」ではないから、請求相手を選択できるとの理由づけを展開している。この理由づけを、裁判粋誌は「取引ニ因リ生シタル連帯義務ハ借用証文ニ基ク者ト異ナリ連帯義務者悉皆ヲ訴フルト其誰ヲ訴フルトハ権利者之ヲ擇フ権利アリ」と摘要している(三二二頁)。

  A  大(民二局)判明治二二年四月二七日(明治二一年第一八八号)裁判粋誌四卷一九七頁
  鑿坑会社の債務の残金を株主の一部(三人)に請求した事件で、一審(新潟始審裁判所高田支庁)は鑿坑会社は無限責任ではないとして請求不裁可とした。東京控訴院(民事第三局)は、「控訴人(=原告)カ借用証ニ明記アル償却方法ノ手続ヲ了リタル末猶鑿坑会社ヲ無限責任ト信シ株主等ニ係リ残額ヲ請求セントナラハ訴答文例二十五条ノ例ニ基キ株主一同ニ係リ更ニ詞訟ヲ提起スヘキ」ものであって、数十名の株主の僅か三名のみに請求することはできないとして控訴棄却とした。原告(=控訴人=上告人)の上告に対し、大審院民事第二局(厳谷・増戸・小杉・谷津・中)は、
    「本案被上告人等ハ曾テ甲一号借用証文ニ連名セシモノニアラサレハ、上告人ニ於テ数多ノ株主中ヨリ特ニ被上告人三名ノミヲ被告トシ他ノ株主一同ヲ相手取ラサリシトテ訴答文例廿五条ニ違反セシモノト云フヲ得ス。何者訴答文例廿五条ニハ負債主連名ノ借用証文ヲ以テ貸渡シタル米金等ノ訴状ハ連名ノ人数ヲ盡ク相手取ルヘシトアレハ本案ノ如キ証書ニ連名セサルモノニ適用スヘキ法条ニアラサレハナリ」
とし、破棄移送(宮城控訴院へ)とした。裁判粋誌は、「吾国未タ連帯義務者ヲ相手取ル場合ヲ規定スル成法ナシ/訴答文例二十五条ハ一証書ノ連印者ヲ被告取ル場合ヲ規定スルモノトス/債権者ハ連帯義務者ヲ選択シ被告取ルヲ得ヘク必シモ一同ヲ相手取ルヲ要セス」(一九七頁)と摘要している。

  B  大(二民)判明治二三年一二月二日(明治二三年第二七二号)裁判粋誌五卷二八三頁
  事実関係がはっきりしない事件であるが、講会につき「名誉会員古沢與治兵衛外九名ノ証書」があり、そのうちの二名のみを被告として本件「贈与金請求」を行った事件である。一審(大津治安裁判所八幡出張所)は請求認容、控訴審(大津始審裁判所)は訴答文例二五条に「準拠」すべきものとして一審判決を取消とした。原告は、訴答文例二五条は貸借に関する規定であり、およそ連帯義務につき同条に準拠すべきとした規定もなく、かつ「一般連帯義務ノ性質ヨリ之レヲ謂ハヽ義務者中ノ誰人ニ向テ請求スルモ権利者ノ随意」であるとして上告。
  大審院第二民事部(南部・富永・高木・本尾・谷津・熊野・児玉)は、
    「(訴答文例)二十五条ニ掲クル借用証文云々ハ其一例ヲ示シタルモノニシテ本按ノ如キ起訴者ニ於テ其証書面ニ連署シタル者ヲ以テ之ヲ連帯義務者ト為シ其債務ヲ訟求スル場合ハ仍ホ該文例ニ準拠シ其人数ヲ盡ク相手取ル可キ例規ナリトス」
と述べ、上告不受理とした。裁判粋誌は「連帯義務者ヲ相手取リ起訴スル場合ハ純然タル貸借ト否トニ論ナク訴答文例二十五条ニ依拠シテ一同ヲ相手取ラサルヘカラス」と要約している(二八三頁)。
  以上の三裁判例には、家族的経営体(家)の営業用商品の購入代金債務、株主の一部に対する会社債務の請求、講会の「名誉会員(世話人?)」の一部に対する贈与金請求と、異なった生活関係が「連帯義務論」と交錯していることを窺うことができる。〔横浜始審20・05・12〕(前掲・横浜始審裁判所明治二〇年五月一二日判決。以下同じ。年月日のみのものは大審院判決)での売掛代金債務へ布告六三号の適用排除、〔22・04・27〕での訴答文例二五条の連名借用証書にもとづく債務への限定が目に付く。しかし、〔23・12・02〕の二五条解釈とは矛盾するものである。各々の判決の判決日とか担当部の差によるものとみるべきではなく、事件類型の差がこのような解釈の差をもたらしていると評価すべきであろう。

  三  民法第一議案四三四条(明治民法四三三条)・四四〇条と「参照」裁判例
  連帯債務者の一人につき法律行為の無効または取消原因が存在する場合、他の連帯債務者はどのような影響を受けるかの問題がある。民法四三三条は、「連帯債務者ノ一人ニ付キ法律行為ノ無効又ハ取消ノ原因ノ存スル為メ他ノ債務者ノ債務ノ効力ヲ妨クルコトナシ」と規定している。「発生原因の非牽連性」とか「一債務者に生じた発生原因の瑕疵の効力」に関する規定と理解されているものである(25)
  民法第一議案四三四条(=明治民法四三三条)の(参照)は、「二十年四月九日大審院民事第一局判決」を挙げている(日本近代立法資料叢書13  第二綴一九〇頁参照)のであって、この裁判例、つまり、大(民一局)判明治二〇年四月九日(「裁判執行異議ノ申立ニ対スル件」明治一九年第一九八号)明治二十年大審院民事商事判決録三二九頁=明治前期大審院民事判決録四四頁(なお、一〇四頁も参照のこと)=若林秀渓編・明治十九年二十年判例摘要民事集二五八頁=裁判粋誌二卷一三五頁をみておかなければならない(26)
  前訴においてYはXおよびBに対して連帯の証書に基づき訴求しYが勝訴したが、Xは控訴しなかった。他方で、控訴審においては、YとBとの間に債権が存在しないとの判断がなされ、確定している。それは、もともと訴外A宛の(X・Bの)借用証書をAがYに譲渡し(譲渡証書が作成されている)、A宛の借用証書に「Y殿」との文字が追記されているが、この追記はBの「承諾」上なされたものではないから、一審裁判を取り消すというものであった(27)。YがXに対して初審裁判を執行したので、Xが裁判執行異議を申し立てたのが本件。原審(東京控訴院)は、「Yハ該裁判ニヨリ右証書ニ対シ元来其債主権ヲ有セサルモノト看做サヽルヲ得ス」、「凡ソ連帯義務者ハ相互ニ代理ノ性質ヲ有スルモノニシテ連帯者中ノ一名カ或ル利益ノ所為アレハ其効果ハ他ノ連帯者ニ及ホスモノナリ」としたようである(明治前期大審院民事判決録一〇五頁第一段参照)。
  大審院民事第一局(中村・加藤・安居・寺島・児玉)は、連帯義務の相互代理的構成を採用しなかったが、
    「連帯ノ義務者ハ各連合シテ一ツノ義務ヲ負担スルモノナルヲ以テ、義務者中ノ一人ト権利者トノ間ニ於テ本来ノ義務不成立ナリトノ裁判ヲ受ケタルトキハ其義務ハ渾テ無効ニ属スルヲ以テ、裁判ニ関係セサル義務者ニ至ルマテ相与ニ利益ヲ受ク可キ筋合ナリトス」(明治前期大審院民事判決録一〇五頁第三段)
と判示して、原審の結論を維持した(上告不受理)。裁判粋誌一三五頁は、「連帯義務者ハ連合シテ一ツノ義務ヲ負担ス」と要約している。この判決が、連帯債務における債務の個数についての「債務単一説」でもって根拠づけをはかっていることは、明らかである(もっとも、若林編・明治十九年二十年判例摘要民事集二六四頁は、「連帯義務ハ互ニ其義務ノ全部ヲ負担シ且ツ其利益ニ付テハ互ニ代理スル性質ナルヲ以テ、其義務者ノ一人ト権利者トノ間ニ与ヘラレタル裁判ニシテ義務者ニ利益アル裁判ヲ受ケタル場合ハ其利益ハ総テノ義務者ヲ利益スヘキモノニシテ、之ヲ約言スレハ凡テ利益ハ全義務者ニ推シ及フヘキモノトス」と要約している。しかし、連帯義務者各自の全部義務負担と相互代理の点は、この判決の理解としては読み込み過ぎである)。だが、民法第一議案四三四条はこの判決とは異った判断をしている。この点につき、冒頭説明担当者富井政章は、「本条ハ疑ヒノ生ジ得ベキコトデアラウト思フテ置イタ規定デアリマス。殊ニ連帯債務ハ一ツノ債務デアルト云フ説ヲ採ル人ハ或ハ反対ノ解釈ヲ下スカモ知レヌト思フテ此規定ヲ置クコトニシマシタ。仏蘭西抔ニ於テハ法律ニ明文ハアリマセヌケレドモ学説ハ殆ンド一定シテ居ル(中略)……デ是ハ連帯債務ニ付テ何ウ云フ主義ヲ採ルニシテモ本条ノ規定ノ通リニナランナラヌコトヽ考ヘル……」(日本近代立法資料叢書3  一七六頁(28))と説明している。ここにいう「連帯債務ハ一ツノ債務デアルト云フ説ヲ採ル人」に大審院判決が含まれていることは明白である。このように、二〇年四月九日判決との対比で見る限り、民法第一議案四三四条=明治民法四三三条は、先行する判例理論を否定したのであった(29)
  ところで、その事実関係からすれば、大判明治二〇年四月九日は、判決の効力(既判力)、あるいは債権譲渡の対効力の問題(証書書換)なのであって、発生原因での牽連性の問題ではない(30)。事実、確定判決の絶対的効力を規定する第一議案四四〇条の(参照)にもこの判決が掲げられている(日本近代立法資料叢書13  第二綴一九一頁(31))。

  四  民法第一議案四四一条(明治民法四四〇条)と「参照」裁判例
  第一議案四四一条「前六条ニ掲ケタル事項ノ外連帯債務者ノ一人ニ付キ生シタルモノハ他ノ債務者ニ対シテ其効力ヲ生セス但別段ノ定アルトキハ此限ニ在ラス」(明治民法四四〇条参照)の(参照)は、「二十六年二月三日大審院第二民事部判決」を挙げている(同前一九一頁)。大(二民)明治二六年二月三日大審院判決録明治二十六年自一月至二月七七頁=裁判粋誌八卷上二四頁(明治二五年第二三一号第二  「違約物差戻及損害要償ノ件」)である。
  Y・Aの送付した生糸が契約条件に合致していないとして、XがY・Aを相手に目的物引取と損害賠償を請求したが、Xは上告状にAのみを記載して上告した。Xが、上告期限を経過した後に、Yに対して上告した。Yに対する上告の効力をめぐる判断が本件で争われた。大審院第二民事部(名村・高木・増戸・谷津・本多・児玉・高木)は、Yに対する上告を棄却した。
    「共同訴訟人ハ其資格ニ於テハ各別ニ相手方ニ対立シ相手方ヨリ其一人ニ対スル訴訟行為及ヒ懈怠ハ他ノ共同訴訟人ニ利害ヲ及ホサヽルコトハ民事訴訟法第四十九條ニ規定スル所ニシテ、此他特別ノ規定ナキニ依リ、仮令本件ノ訴訟物ニ付連帯ノ責任アルモノトスルモAニ対シタル上告ノ行為ヲ以テYニ及ホスヲ得ス」(大審院判決録七九頁)
  このように、この判決は、民事訴訟法四九条(「共同訴訟人ハ其資格ニ於テハ各別ニ相手方ニ対立シ其一人ノ訴訟行為及ヒ懈怠又ハ相手方ヨリ其一人ニ対スル訴訟行為及ヒ懈怠ハ他ノ共同訴訟人ニ利害ヲ及ホサス」。現行民事訴訟法三九条参照)を適用したものであった。この意味で、所謂「上訴の効力」の問題であった(32)。事実、裁判粋誌は、「連帯責任存スルモノトスル訴件ニ於テスルモ其連帯者ノ一人ニ対シテ為シタル訴訟行為ヲ以テ他ノ者ニ及ホスコトヲ得ス」と要約している(二四頁)。しかし、大審院判決録は、本判決の仮定的説示部分を、「訴訟物ニ付仮ヒ相手方ニ連帯ノ責任アルモ其相手方一人ニ対シテ為シタル行為ヲ以テ他ノ相手方ニ及ホスコトヲ得ス」(大審院判決録七七頁)、「訴訟物、連帯ノ責任、連帯者ノ一人ニ対シテ為シタル行為」(同「目録」)と、「行為」に一般化して表記している。

(18)  第一議案四四八条を巡る議論では、「今日判決例ヲ見マスト近来ハ分担主義ノ方ニナツテ居ル様デアリマス」(明治二八年二月一二日の第六二回法典調査会における富井発言  日本近代立法資料叢書3  二二七頁下段)、「其法律(=明治八年太政官布告六三号引用者)ノ解釈ニ付テハ随分暫クノ間区々ニナツテ居リマシタガ、明年ノ七月ノ大審院ノ判決ヲ以テ金銭貸借ノ契約ニ付テハ連帯デアル丁度本条ニ所謂ノ連帯ヲ推測スルト云フコトガ定マツテ居リマス」(長谷川喬発言  二二八頁下段)・「金穀ノ貸借ニ限ツテハ連帯ヲ推測スル」(同  二二九頁下段)、「明治八九年ノ布告ノ連印ト云フコトデアリマスガ……大審院ノ判決例ハ連帯ノ約束ガアツタモノト見テ」おり、「裁判例ノ基礎ヲ為ス……慣習ハ連帯ト云フコトヲ推測シナイ」(磯部四郎発言  二二九頁上段)と、異なったニュアンスの判例認識が展開されているのである。大審院判事長谷川喬の発言中の「明年七ノ月」はミスタイプと思われるが、どの裁判例を念頭に置いているのかは、現時点では、確定できない。
    ちなみに、明治民法前三編の第一議案の(参照)が日本の裁判例を挙げるのは、以下で検討する箇条に限られている。なぜ、この分野でのみ先行する裁判例を敢えて明示したのかは興味深い問題である。たしかに、たとえば、明治民法の連帯債務法の冒頭説明担当者である富井政章は、明治二一年二月二七日出版の契約法(時習社)において、「我邦ノ如キニ於テモ借金証書ニ連借ノ語ヲ記載スルノ慣習アリ。或実際家ノ説ニ連帯義務ハ例外ナルヲ以テ狭キニ解釈スヘシトテ分借ノ義ニ判決セラレタルコトアリト雖モ、余ハ之ト意見ヲ異ニスルモノナリ」とし、借用証書に記載された「連借ノ語」をもって「所謂土地ノ慣例ニシテ連帯義務ヲ創生スルノ意思発表セラレタルモノト云フヲ得ヘキナリ」(三四五頁)と主張していた。起草者がこの分野での裁判実務に強い関心を抱き働きかけを意図したことは確かである。しかし、遺憾なことに、本稿の段階では、これ以上の要因を明らかにすることはできていない。
(19)  旧民法債権担保編五二条三項「連帯ハ之ヲ推定セス如何ナル場合ニ於テモ明示ニテ之ヲ定ムルコトヲ要ス  但不可分ニ関シ第八十八条ニ記載シタルモノハ此限ニ在ラス」。商法二八七条「商事契約ニ依リ二人以上共同シテ債権ヲ取得シ又ハ債務ヲ負担シタル場合ニ於テハ反対ヲ明示シタルニ非サレハ其債権ハ各債権者ヨリ又其債務ハ各債務者ニ対シテ連帯且無条件ニテ其効用ヲ致サシムルコトヲ得」。
(20)  この判決は、藤原「判例連帯債務法」五一一ー五一三頁が詳細に分析するもの。
(21)  不明瞭規則とドマ、ポティエ、およびフランス民法起草者の連帯債務論との関連については淡路・連帯債務の研究七二頁以下、ボアソナードについては藤原「判例連帯債務法」四八七ー四八九頁を参照のこと。ボアソナード氏起稿・再閲覧修正民法草案註釈第四編全(司法省)は、「彼ノ連帯ハ其債権者ニ利ナルノミニ因ルモ債務者ニ対スル厳則タルカ故ニ其普通法ニ於ケル例外規則タルヤ勿論ナリ」(一三六頁)と述べている。不明瞭規則(Unklarheitsregel, the ambiguity rule)ないし「表示使用者不利の準則(contra proferentem rule)」は、明治一〇年一〇月一二日司法省達丁七五号「契約書解釈心得」(法令全書一〇巻九三六頁)七条および旧民法財産編三六〇条が規定する。契約書解釈心得七条は「疑ノ場合ニ於テハ契約ハ其義務ヲ行フヘキ者ノ利益トナル様之ヲ解釈スヘシ」と定めていた(ちなみに、大(一民)判明治二七年五月三〇日裁判粋誌九卷上二二四頁は、この心得を「一種ノ訓示ニ過キス」としている)。不明瞭規則の系譜・根拠にはいくつかあるが、連帯債務変体論では、契約上負担する義務は義務負担者の自由を制約するものであるから、疑わしいときは負担者の義務が少ないように解釈しなければならないとの側面が前面に出てくることになる。この点、Thilo Ramm, Einfu¨hrung in das Privatrecht/ Allgemeiner Teil des BGB., Bd. II. 2. Aufl. 1974., S. G450f. が示唆的である。
(22)  梅文書研究会編・法政大学図書館所蔵梅謙次郎文書目録(法政大学ボアソナード記念現代法研究所  二〇〇〇年)三六頁参照。もっとも、判決年月日、上告人・被上告人の氏名、大審院判決録が揚げる要約(一〇五頁参照)の筆写にとどまる。
(23)  本判決もすでに藤原「判例連帯債務法」四九五ー四九七頁が分析している。
(24)  したがって、この判決に対する「要するに、残った現在の債務者が全員で相互に共同して義務を履行すべきであると考えられており、大審院は、フランス民法・旧民法の連帯債務ではなく、いまだ我が国固有の伝統的な意味によって連帯債務を理解していることがわかる」(藤原・同前四九七頁)との評価は、疑問である。
(25)  椿・注釈民法(11)(有斐閣  一九六五年)七五頁参照。
(26)  この事件を評価する場合、すでに大判明治一九年三月八日明治前期大審院民事判決録12  六九頁があることに留意する必要がある。そこでは、本件〔20・04・09〕の上告人YがCを相手に代償金約定履行を請求したが、大審院は「甲第一号第三号証中Y殿ノ文字カ無効ナルカラハ、上告人(Y)カ該証ノ債主権ヲ譲リ受ケタリトテ被上告人(C)ノ承諾ヲ経ルニアラサレハ其効ナキコト明治九年第九十九号公布ニ定ムル処」(七〇頁)としていた。
(27)  これは、明治九年太政官布告九九号に関連した事件である。この布告は、「金穀等借用証書ヲ其貸主ヨリ他人ニ譲渡ス時ハ其借主ニ証書ヲ書換ヘシムヘシ若シ之ヲ書換ヘシメサルニ於テハ貸主ノ譲渡証書有之トモ仍ホ譲渡ノ効ナキモノトス此旨布告候事  但相続人ヘノ譲渡ハ此限ニアラス」と規定する(法令全書九卷ノ一  七三頁参照)。「金穀等借用証書譲渡規則」と称されるこの布告の成立については、さしあたり、大河「明治八年太政官布告第一〇三号『裁判事務心得』の成立と井上毅(三)」立命館法学二三四号(一九九四年)四〇頁以下を参照のこと。この判決を評価する場合、大審院がこの規則の厳密な適用を回避する傾向にあったことが留意されるべきである。たとえば、大(二民)明治二三年一二月一一日裁判粋誌五卷二八九頁は、「明治九年九十九号布告ノ旨趣ハ、債権者ノ認諾ヲ経スシテ擅ニ債権証書ヲ第三者ニ移転セシムルコトヲ制限セシニ外ナラサルニ依リ、仮令其証書ノ全部ヲ書替ヘサルモ正当ニ債務者ノ認諾ヲ経タルコト明確ナルトキハ布告ノ旨趣ニ触レサルヲ以テ、之レヲ無効視ス可キノ限リニアラス」とし、債権証書での「債権者宛名ノ更正」があれば原則として債務者の「認諾上成立」したものとし「書換」と扱うべきとする。
  なお、「連(滞ママ)負債主総員ニ対スル始審裁判アリテ後チ負債主ノ内一人控訴ヲ為シ勝訴トナリタル時控訴裁判ノ力(一八八五・四・二三  ボアソナード)」(法務図書館  仏訳書雑類第八集)というボアソナード回答がある(同第七集所収の「連帯義務ニ付質問及ボアソナード答案」は同一回答の異訳)。ボアソナードは、「余ノ説ハ此控訴裁判ハ控訴セサリシ者ニモ及ホス可シトス。何トナレハ控訴シタル者ハ好意管理人(訳者云好意管理人ハ原語之ヲ『ゼラン、ダッフェール』云フ。民法第千三百七十二条ニ見ユ)トシテ控訴シタルモノナリ。故ニ他ノ控訴ヲナサヽリシ一人ノ置位ヲ改メ共ニ控訴ノ利益ヲ享ケシムル得可シ。(但し)損失ヲ受ケシムルコトヲ得可カラス。……何トナレハ控訴ニ関係セサリシ負債主ノ利益ニ付テハ他ノ一人好意管理人トシテ之ヲ代理スルヲ得ルト雖トモ損害ヲ蒙セル為メニ之ヲ代理スルコトヲ得サレハナリ」という。一八八五年(明治一八年)の回答と旧民法債権担保編五七条ないし六〇条にいたるボアソナード草案、本判決〔20・04・09〕および第一議案四四〇条との関係は、今後の検討課題である。
(28)  富井の説明は、淡路・前掲書一四五頁以下にも引用され分析されている。
(29)  しかしながら、明治二七年三月一五日法曹会決議「連帯債務者中ノ一人ニ対シ訴ヲ放棄シタルノ件」法曹記事二八号二六頁(通卷五五〇頁)のように、「連帯債務者ノ為シ得ヘキ抗弁ニハ各債務者ニ普通ナル理由ニ依ルモノト債務者中ノ一人ノミニ属スル理由ニ依ルモノトアレハ……」との性質論を展開するものもあった(なお、全部給付義務論を展開している)。
(30)  椿・前掲注釈民法(11)七二頁、淡路・前掲連帯債務の研究一一一頁参照。大審院民事商事判決録の「目録」は「確定判決ノ効力ニ関ス」(五頁)と標記している。裁判粋誌も、「連帯義務者ハ連合シテ一ノ義務ヲ負担ス/連帯義務者トシテ訴ヘラレタル一人カ受ケタル連帯義務存セサル取引ナリトノ裁判ノ効ハ他ノ連帯義務者ニ及フ」(一三五頁)と要約している。
(31)  第一議案四四〇条「前五条ニ掲ケタル事項ニ付キ債権者ト連帯債務者ノ一人トノ間ニアリタル確定判決ハ其各条ニ定ムル範囲ニ於テ他ノ債務者ニ対シテモ其効力ヲ生ス。連帯債務者ノ一人カ為シタル弁済ニ関スル確定判決モ亦他ノ債務者ニ対シテ其効力ヲ生ス/連帯債務者ノ一人カ為シタル弁済ニ関スル確定判決モ亦他ノ債務者ニ対シテ其効力ヲ生スル」の「前五条」には第一議案四三四条(=明治民法四三三条)が含まれないのであるから、起草者によれば、無効または取消事由に関する確定判決は他の連帯債務者には影響を与えないのであった。第一議案四四〇条の顛末については、淡路・前掲連帯債務の研究一五五頁以下を参照のこと。
    なお、第一議案四四〇条の(参照)には、さらに「仏千八百八十一年十二月二十八日判決、同千八百八十五年十二月一日同院判決」が援用されていることが注目される。この二つの判決については、淡路・同前一一二頁以下参照。
(32)  淡路・前掲連帯債務の研究一二二頁参照。


三  明治前期連帯債務法の基底


  一  司法省指令、裁判例などが示すもの
  司法省は、連印借について、明治六年の訴答文例および明治八年の太政官布告六三号の枠組みで対応した。しかも、分借の明記のある連印借については、布告六三号の前提と同じく当初分割債務としていたが、比較的に早くから債権の効力を弱めるものであると批判的立場をとるに至っていた。また、裁判管轄を根拠とする債務者の一部に対する全部訴求・弁済言渡の途を閉ざし全員一体的処理を強めた(明治一〇年六月一六日司法省指令)。
  しかし、まず、明治八年太政官布告六三号の「右連印中失踪又ハ死亡シテ相続人ナキ者」を例示と捉えて、「連印中失踪又ハ死亡スル者等アルトキハ勿論、設令各々現在スルトキト雖モ、若シ無資力其他ノ事故ヲ以テ償却ヲ拒ム者アルニ於テ」(明治一二年五月二六日太政官法制局)、「連帯者ノ内一人又ハ数人他方ニ移住、寄留或ハ旅行等ノ事情判然」(明治一七年四月五日長野始審裁判所請訓)など、一部債務者に対する請求を認容する途が模索される。そして、第二に、総債務額を他の連印者が負担する旨の特約が承認される。司法省は、「連借義務者ノ内不在ノ者アリテ返期ヲ誤ルコトアルニ於テハ現在ノ者償却ヲ負担ス可キ旨ノ特約ヲ為シタル場合ハ、現在者ノミニ対シ全部ノ弁済ヲ言渡スヲ得ル義ト心得可シ」とし、このような特約がある場合には現在者のみに対する全部給付を認め(明治一七年五月二〇日司法省内訓)、これをさらに進め、「連名ノ負債者ニシテ其一人又ハ数人ニ於テ他ノ者ニ拘ハラス義務ノ全部ヲ負担スルノ契約ヲ為シタル」ときは「連名ノ中一人又ハ数人ヲ相手取ルコトヲ得ル」(明治一七年七月二日大審院諸裁判所宛司法省内訓)とするにいたった。さらに、明治一九年三月三一日の司法省訓示は、「普通ノ条理」によって、失踪後三六カ月を経過していない場合であっても、残りの全連印省に対する全部履行請求を認めた。
  また、大審院も、「連帯云々ノ明記」なくとも「数人ノ義務者互ニ相連合シテ同時ニ各自ニテモ全部ノ義務ヲ負担ス可シ……ノ文詞」のあるときには、各自の全部義務負担の余地を認めた(〔25・09・20〕参照)。そして、本稿が立ち入った裁判例は、大審院が連印借とその他の債務とを区別し、布告六三号を前者に限定し、後者を制定法超越的な「普通の法理」によって処理する態度を採りつつあることを示した。大審院第三民事部の見解はその典型であった(〔25・02・09〕・〔25・09・20〕〔26・02・02〕参照)。
  だが、連帯義務を「連合シテ一ツノ義務ヲ負担」(〔20・04・09〕)・「分身一体ノ責メヲ負フヘキ性質」(〔25・02・09〕)とする裁判例も存在する。これを具体的な事案とのかかわりでみるならば、前者は判決の絶対的効力を肯定するための、後者は残る連印者に対する全部請求を肯定するための措辞であり、具体的な法的判断を正当化するための構成であった。本稿のこれまでの検討の限りでは、明治前期連帯義務ないし債務法の展開構造について、いまなお鮮明な映像を描くことはできていないように思われる。藤原「判例連帯債務法」の判例分析を継承し展開する課題が残されている。
  ところで、本稿は、一方で明治八年六三号布告が対象とする連印借にかかわって司法省が連帯義務ないし連帯債務についてどのような法理を形成したのかを再整理し、他方で、明治民法の連帯債務法の形成過程で参照された裁判例を検討した。このような分析は、たしかに連帯義務ないし債務法(論)のレベルでは一貫しているように見えるが、明治前期連帯義務(債務)法を「連印借」に限定し、しかも「明治民法での連帯債務法(四三二条ないし四四五条)」の前身に限定する結果をもたらしている。逆にいえば、明治民法の連帯債務法の枠組で先行する法を分析していることになる。これ自体は一定の正当性を有するのであるが、このような分析方法のみでもって明治前期連帯義務ないし債務法の全体構造を解明できるのであろうか。

  二  連帯義務(債務)論ないし共同義務(債務)論の基礎にある実体的諸関係
  本稿は、われわれの分析の対象(射程)と方法を鮮明にするために、明治民法の編纂と明治前期裁判例との応接に立ち入った。だが、民法の起草者が「参照」としてかかげた裁判例は、必ずしも当該条文の内容を根拠づける裁判例のみを選別しているのではなく、関連する裁判例を挙げるにとどまっている。裁判例の具体的内容の分析に立ち入ってなされていないのは、起草にあたっての時間的な制約が大きかったとみるべきかもしれないが、多くの場合、掲載誌の要約(現在いうところの「裁判要旨」)に依拠した節が見られる。
  われわれにとって重要なことは、明治前期の連帯義務論ないし連帯債務論が一定の社会関係と結び付きながら展開していることを、本稿で俎上に載せた裁判例が示唆していることである。もともと、連帯債務や共同債務は、その基礎となる実体的諸関係を抜きに検討することはできない(33)。このような視点から、裁判例に戻るならば、さしあたり次の五領域を挙げることができる。
  第一  連印借    この分野はこれまでの研究の主要な対象であった。本稿が取りあげた九つの裁判例では、〔22・03・29〕・〔25・02・09〕・〔20・04・09〕がこの領域の事件である(なお、本稿一ー四の末尾参照)。
  第二  家族的経営上の債務    〔横浜始審20・05・12〕(また、おそらくは〔26・02・02〕も)や大(一民)判明治二七年一二月一三日大審院民事判決録明治二十七年自十一月至十二月五八四頁=裁判粋誌九卷下一五八頁のように、家族的経営体の営業活動に伴う債務について、家族構成員の債務ないし責任をどのように構成するかが一つの領域を形成する。相続法にも関係する領域である。
  第三  共同事業上の債務    この領域と次に挙げる領域の中間に共同事業を想定できる。検討した裁判例では明確には浮かび上がっていないが、共同事業にもとづく債務を連帯義務構成で処理する一連の裁判例がある。たとえば、大(民二局)判明治二三年六月一三日裁判粋誌五卷一六八頁は「勧農義社」と称する共同組成の契約に基づく「共同負債者」を問題にするし、大(民一局)判明治二三年六月二四日裁判粋誌五卷一八〇頁が組合事業の必要より生じた債務を(共同)連帯義務とするが、「組合事業ナルモノハ、仮令内実組合員ノ間ニ於テ権義ニ分担ノ区別アルモ、曾テ其事ヲ認知セサル第三者ヨリハ只一箇ノ団体ト看做サルヘキハ当然ナルニ依リ、既ニ本案負債ニシテ組合事業上ノ必要ヨリ生シタルモノト定マル以上ハ、上告人Yハ余ノ組合員ト共同連帯シテ其義務ヲ負担セサルヲ得サル条理ナリ」としている。
  第四  会社ないし社団の債務についての発起人・構成員(社員・株主)等の債務ないし責任    〔22・04・27〕がその例であるが、大(民二局)判明治二二年四月二七日裁判粋誌四卷一九七頁、大(民二局)判明治二四年七月六日裁判粋誌六卷二三四頁、大(三民)判明治二四年一一月二一日裁判粋誌六卷三九二頁、大(三民)判明治二五年一〇月四日裁判粋誌七卷五八六頁など、膨大な一群の裁判例がある(34)。たとえば、最後に挙げた裁判例は、「原裁判所カ丸屋銀行ヲ無限責任ノ者ト認メタレハ其性質合名会社ニ斉シキモノニ付、第三者ニ対スル負債ヲ同会社カ償還シ得サル場合ニ在テハ各自持株ノ多寡ニ拘ハラス社員一同連帯シテ之レヲ償還スヘキヲ慣例トナス」(五八九頁)と裁判慣例の存在を示唆しているのである。
  第五  講の世話人の責任    〔25・09・20〕・〔23・12・02〕でみたように、講の世話人の責任でその連帯債務的構成が問題とされる。大(民二局)判明治二二年一二月二七日裁判粋誌四卷八七五頁、大(民二局)判明治二三年四月二三日裁判粋誌五卷一一七頁をはじめ一群の裁判例が展開されている。
  本稿の作業は以上の領域を検出したように思われる。しかし、連帯義務ないし債務論の領域は以上に限られない。少なくとも、次の二領域を挙げなければならない。
  第六  共同体の債務と構成員の債務ないし責任    たとえば、大判明治一九年四月一六日明治十九年大審院民事判決録九六頁=明治前期大審院民事判決録12  一八頁(四〇頁も参照のこと)は、上告村民一同に対する立替金請求訴訟の執行命令に関して、「連帯義務者ノ内無資力者アル時ハ他ノ連帯者一同ニテ負担スルヲ連帯義務ノ性質トス」(四一頁)とする。明治民法の編纂期の大(一民)判明治二七年六月九日判例彙報二卷二二七頁=裁判粋誌九卷上二三四頁や大(一民)判明治二八年二月二八日裁判粋誌一〇卷一三三頁もこの領域に関するもので、後者は、「古来町村等ノ貸借ニ付テハ町村住民共同シテ其義務ヲ負担シ高割又ハ戸数割ノ方法ヲ以テ債務ノ全部ヲ償還スルコトハ蓋シ普通ノ例ニシテ其執行ヲ遂ケ得ヘキコト論ヲ俟タス。所謂不分ノ義務ナリ(35)」といい、合手的共同体としての村落共同体の一定の債務について構成員全員の一体的義務負担の構成を採用する(判例)法の存在を示している(36)
  第七  共同不法行為責任    共同不法行為につき旧民法財産編三七八条が全部義務または連帯義務を規定しているが、これを採り入れる裁判例がある。たとえば、大(一民)判明治二八年一一月一九日裁判粋誌一〇卷六六七頁は「上告人カ受ケタル損害ニシテ被上告人等外数名ノ共同行為ニ起因シ且ツ共謀ノ事実存スルトキハ被上告人等外数名ニ対シ連帯ノ責務ヲ負ハシメ又共謀ノ事実ナシト雖モ各自ノ間ニ於テ過失懈怠ノ分度ヲ知ル能ハサルトキハ之ニ対シ損害額全部ノ責任即チ全部義務義務ヲ負担セシムルヲ以テ相当トス」といい、大(二民)判明治三〇年七月二日民録三輯七卷六頁=裁判粋誌一二卷二四八頁は、共謀した一つの不法行為から生ずる責任を「連帯義務」とし、「連帯義務者ノ一人ニ対シ先ツ訴ヲ提起シ更ニ他ノ数名ニ対シ訴フルモ共ニ有効ナリ」としている。
  さらに、〔26・02・03〕のように複数の者に債務不履行責任を追及する場合に、損害賠償義務の連帯的構成が問題となったようである。

(33)  このような分析視角は常識に属することかもしれないが、とくに淡路・連帯債務の研究が説得的に展開し、共通の財産となったものといえる。
(34)  この分野での先駆的業績に利谷信義=水林彪「近代日本における会社法の形成」高柳信一=藤田勇編・資本主義法の形成と展開三(東京大学出版会  一九七三年)一頁以下がある。
(35)  藤原「判例連帯債務法」五一四頁以下によれば、原審は「連帯シテ償還ス可キ」と表現したが、大審院はこれを「被告一同ニ於テ債務ノ全部ヲ償還ス可キモノナリトノ趣意」で理解すべきとしている。裁判粋誌は、「町村住民共同シテ其義務ヲ負担シ債務全部ヲ償還スル場合ハ不可分ノ義務ナリ」と要約している。
(36)  中田薫「明治初期に於ける村の人格」国家学会雑誌四一卷一〇ー一二号(一九二七年)=同・法制史論集第二卷(岩波書店  一九三八年)九九一頁以下参照。


まとめに代えて


  以上、本稿の作業は、明治前期連帯義務ないし債務法を展開させる基層ともいうべき問題領域が、連印借の他に、家族経営上の債務、共同事業上の債務、会社ない社団の債務についての発起人・構成員等の債務ないし責任、講の世話人の責任、村落共同体構成員の債務ないし責任、共同不法行為責任等、それぞれ固有の性質を帯びたものであることを示した。明治前期連帯義務・債務法の展開過程は、このような個別領域の法制度・判例法の形成過程(相互作用と分化)との関連において、分析されなければならない。
  本稿が明らかにしたことはこれに尽きるのであり、藤原教授がわれわれに提起した課題を遂行するささやかな手掛かりを確認するに止まらざるを得なかった。