立命館法学 2000年3・4号上巻(271・272号) 589頁




欧州人権条約第一二議定書の成立(徳川)


徳川 信治


 

一  は じ め に

二  第一二議定書の起草

三  第一二議定書の内容
  1  第一二議定書実体条文の規定
  2  差別の範囲
  3  積極的義務の問題
  4  第一二議定書の位置ー欧州人権条約その他の条約との関係

四  まとめにかえて




一  は  じ  め  に


  欧州審議会(Council of Europe)が一九五〇年一一月四日欧州人権条約(正式には、人権及び基本的自由の保護に関する条約。以下、「条約」)をローマで採択して、五〇年が経過した。二〇〇〇年一一月三ー四日その採択五〇周年を記念して、再びローマで人権に関する欧州閣僚会議が開催された。しかし、欧州審議会は単に「条約」採択五〇周年記念式典として閣僚会議を開催しただけではなく、「条約」に追加するある一つの条約を採択し、かつ、その条約の署名を開放した。これが、第一二議定書(以下、新議定書)と呼ばれるものであり、すべての人権に関する差別禁止を包括的に適用させることをねらいとする条約であった。
  一九五二年第一議定書が、「条約」に定めのない財産権、教育権、自由選挙権等を追加して以来、追加議定書の形をとり、「条約」システム(1)で保障される人権が拡大されてきた。また、「条約」システムそのものも、幾度となく改正され、現在では第一一議定書の発効により、「条約」に定める人権の被害を受けた個人自らが、拘束力ある判決を下す人権裁判所に直接提訴することができるようになった。こうして「条約」は、人権の保障範囲とシステムを改善しながら、欧州の人権保障に多大なる貢献を行ってきたといっても過言ではない。それにしても、「条約」五〇周年の節目に採択された新議定書が、差別を包括的に禁止する条項を追加する新議定書であったことは大変興味深い。
  そもそも「条約」は差別禁止に関する規定をこれまで全く有していなかったわけではない。しかしながら、「条約」その他の議定書が扱う差別禁止に関する規定には大きな限界性があった。まず「条約」は、その第一四条に次の定めを有している。
「この条約に定める権利及び自由の享受は、性、人種、皮膚の色、言語、宗教、政治的その他の意見、国民的若しくは社会的出身、少数民族への所属、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由に基づく差別もなしに、保障される。」
さらに、一九八四年に採択された第七議定書により「配偶者間の平等」(第五条)が新たに「条約」システムの保護範囲の中に追加されている(2)
  しかし、第七議定書の求める「平等」は、配偶者間の問題のみを対象としたものであって、無差別・平等原則のすべてを網羅するものではなかった。したがって、「条約」及び他の議定書の中でこれまで無差別・平等原則を包括的に現わした条項は、「条約」第一四条のみであったといってもよいであろう。しかしながら、この第一四条が要求する差別禁止もまた、充分なものではなかった。前記の条文を見ても解るように、第一四条の保障する差別禁止は、「この条約に定める権利及び自由の享受」に限定されているのである。そのため、従来第一四条は、「条約」上のある実体的権利の享受に関わる差別のみを対象にしており、したがって当該実体的権利の侵害の存在とともに、差別の問題が捉えられていたと考えられる。すなわち、差別の問題は実体的権利の付随的な、或いは実体的権利に内包された侵害の一つであると考えられてきたのである(3)
  このように「条約」第一四条の求めるものは、「条約に定める権利及び自由の享受」に限定された差別禁止であると理解される。ところが、これまでの欧州人権委員会(4)及び人権裁判所による判例の積み重ねを概観すると、「条約」第一四条の求める差別禁止は、「条約に定める権利及び自由の享受」に限定されつつも、第一四条の自律性を全く否定するものではなかった。この点について、人権裁判所の判例は次のように述べている。
「裁判所の確立された判例によれば、第一四条は条約及び議定書に定める他の実体規定を補完するものである。第一四条は独立して存在するものではない。なぜなら、第一四条は他の実体規定によって定められている『権利及び自由』に関連してのみ効果を有するからである。第一四条の適用は必ずしも他の実体規定の違反を推定させるものではないけれども(ここでいう意味で第一四条は自律的であるが)、問題となっている事実が、一又は複数の他の実体規定の範囲内に当てはまらない場合、第一四条の適用の余地はない(5)。」
この第一四条は実体的権利に「関連」してのみ効果を有する。その点が第一四条の限界である。しかしながら、その限界は、他の実体的権利それ自体の侵害があることを必要とはしていない。実体的権利に「関連」していればよいのである。よって、当該実体的権利の侵害があるとはいえない状況下においてもなお、差別禁止の問題が問われるという手法を人権裁判所は採用している。こうして他の実体的権利の「侵害」の存在そのものが推定されなくとも、第一四条は援用されるという意味において、第一四条が「自律的な権利」として存在する可能性を人権裁判所は示している(6)
  言い換えれば、実体的権利それ自体では違反を認定できなくとも、実体的規定との「関連」性のみに注目して、第一四条違反の審理をなしうるということである。すなわち限定的ではあるが、第一四条のみの違反認定が可能であることが示されたことによって「条約」の保護範囲が拡大され、第一四条による保障の実効性(7)を確保し、第一四条の意義が強化された。他方人権裁判所は、ある実体的権利の侵害を認定した場合には、第一四条違反の審理を行わないという態度をとっており(8)、その意味では差別が存在する場合には実体的権利違反とともに第一四条違反も認定するという従来考えられた解釈適用は事実上行われていないことになる。
  このように、人権裁判所の採用する第一四条に関わる判例は、発展的解釈を採用して第一四条の自律性・独自性を認めてきた。しかしながら、その自律性という性格もなんらかの形式で「この条約の定める権利及び自由の享受」に関連していることそれ自体を完全に排除することを意味するものではない。言い換えれば「条約」に定める権利及び自由に全く関連しない差別問題については、第一四条が包含するとは認められていないのが現状なのである(9)。こうした「条約に定める権利及び自由の享受」という限定が外れず、完全な自律性が第一四条に認められない以上、「条約」システムの中では、すべての差別を対象にして、それを禁止することができないのは明らかである。そのため、今回採択された新議定書の意義があるのであろうが、それでは、いかなる経緯で新議定書が採択されたのであろうか。

(1)  ここでいう「条約」システムとは、「条約」及びその議定書において定める、人権裁判所などを利用した国際監視システムのことを指す。
(2)  第七議定書第五条  「配偶者は、婚姻中及び婚姻の解消の際に、配偶者相互間及びその児童との関係において、婚姻に係る司法的性質の権利及び責任の平等を享受する。この条は、国が児童の利益のために必要な措置をとることを妨げるものではない。」
(3)  See, P. van Dijik and G.J.H. van Hoof eds., Theory and Practice of the Euroepan Convention on Human Rights, 3rd edtion, Kluwer Law International, 1998, p. 716.
(4)  第一一議定書の発効により、一九九八年一一月新しく常設の人権裁判所が設立された。これに伴い、人権委員会は一九九九年一〇月その任務を終了し、廃止された。この経過は、次の文献が参考になる。小畑郁「監督機構を再構成するヨーロッパ人権条約の改正議定書および説明報告書(資料)」金沢法学三七巻一号。大塚泰寿「ヨーロッパ人権保障システムの改革について」神戸大学国際協力研究科国際協力論集四巻一号。江島晶子「ヨーロッパにおける人権保障システムの発展ーヨーロッパ人権条約第一一議定書調印を契機として」明治大学短期大学紀要五七号。
(5)  Abdulaziz, Cabales and Balkandali v. United Kingdom, Series A No. 94, para. 71. しかしながら、人権委員会の対応は必ずしも人権裁判所の判断と一致するものではない。例えば、社会保障の受給に関する差別を財産の平和的な享受(第一議定第書一条)に関わる差別の問題として処理したことがある。Application 5673/72, X v. the Netherlands, 18 Dec. 1973, (1973) 16 Yearbook of the European Convention on Human Rights 274.
(6)  但し、ある実体的権利に関わる差別の問題と、その実体規定そのものの範疇に入る侵害の問題を区分するという困難な問題が生じる。よって後で述べるように差別禁止認定を回避するという手法をとられることがある。
(7)  F.G. Jacobs and R.C.A. White, The European Convention on Human Rights, Second cdtion, Clarendon, 1996, p. 285.
(8)  Dudgeon v. United Kingdom, Series A, No. 45, para. 67.
(9)  こうした人権侵害については、包括的な差別禁止を要求する条文をもつ自由権規約の個人通報制度を利用する形で救済が図られてきた。参照、拙稿『自由権規約無差別条項の機能(一)(二・完)』立命館法学二三〇号・二三四号。


二  第一二議定書の起草


  東欧の崩壊が国際社会の政治的な焦点となり、欧州審議会加盟国である西欧先進諸国には大量の移民・難民が流入し、社会問題化していた時期である一九九〇年五月、第七回欧州人権条約に関する国際会議(the 7th International Colloquy on the ECHR)が開催された。この会議では、欧州審議会加盟国が抱えていた大量の移民・難民の問題から派生する人種差別や差別問題が取り上げられた。そこでは、差別の問題が包括的に取り上げられるとともに、個別問題として貧困、HIVなど病者、人種差別に関する議論が行われた(1)。この会議では、これら差別問題についてどのように「条約」など人権条約が対処しているか、また欧州社会が対処すべきかが議論されたが、少なくともこの会議では二点にわたる共通認識が浮かび上がった(2)。第一に、無差別・平等原則が国際人権法の基本的要素であるということである。第二に、「条約」第一四条は、この原則を保障するには充分な条文とはいえないということであった。そこで、この会議において、これを改善する方法が三点挙げられた(3)。一点目は、「条約」第一四条の判例の発展による方法である。二点目は、当時問題となっている民族的その他の少数者を保護するため、「条約」或いは欧州社会憲章への追加議定書を含む法的文書の作成といった、この領域に限定した基準設定という方法である。最後に、「条約」第一四条は、この無差別・平等原則を包括的に保障するには充分ではなく、第一四条を包括的無差別原則を確認するものにするか、或いは、市民的及び政治的権利に関する規約(以下、規約)第二六条(4)に相応して、法律の前の平等や法律の平等な保護の原則に対応する新たな「条約」の追加議定書を作成するという方法であった。
  このように「条約」第一四条の限界を超えて差別問題を、「条約」システム或いは欧州審議会全体の条約システムの中で取扱う方法が模索されたが、改善方法としての「条約」第一四条の解釈(判例)の発展という方法は、第一四条の付随的性格から生じるその限界性を理由に早期に消えていた。したがって「条約」における無差別・平等原則を改善する方法は、前述の第二と第三の方法によって、とりわけ「条約」に追加する議定書案作成という方式で模索された。そして、新たな差別禁止に関する議定書案が後述の二つの委員会から提示されたのであるが、その議定書案を巡る動きは、差別問題に関する「条約」解釈の限界性を改めて浮き彫りにしたのである。
  まず、男女平等運営委員会(the Steering Committee for Equality between Women and Men (CDEG)(5))は、男女平等を法的に保護する規定を、独立した基本的権利とすべきであると報告し、追加議定書案として次のような条文を挿入することを求めた。
「男女の平等の権利は、〔人間の自由と尊厳の尊重に従い、〕社会生活のあらゆる分野で保障される。
  公の機関は、〔必要であれば、女性の完全な発展及び前進を確保するために適当なあらゆる措置を講じながら、〕男女の平等の権利の実効的な享受を確保する手段をとる。
  この権利の行使は、締約国が法律によって定め、かつ民主的社会において必要とみなされる女性のための特別な権利及び制度を定めることを妨げるものではない(6)。」(括弧は未確定条文規定)
  この提案は、人種差別等の問題に取り組んできた前記会議のこれまでの経過からいえば、若干異なる視点からのアプローチであると考えられる。しかしながら、男女差別がすべての差別問題に内在する根本問題であることを強調し、そのことが九〇年代以降生起している人種差別問題に直面する現在においても変わらないと同委員会は考えたからであった(7)
  他方、人種差別問題を扱う欧州人種差別撤廃委員会(the European Commission against Racism and Intolerance (ECRI)(8))もまた「条約」に追加する議定書案を提出した。同委員会は、一九九三年一〇月ウィーンで開催された第一回欧州審議会閣僚会議でウィーン宣言(9)の附属として採択された「人種差別等と闘う宣言及び行動計画」を受け、設立された機関であった。この委員会による「条約」に追加する議定書案は次のとおりであった。

「1  すべての者は、人種、皮膚の色、言語、宗教又は国民的若しくは民族的出身に基づく差別から保護される。
  2  この規定は、法律にしたがって適用され、かつ、民主的社会において正当とみなされる、国家による市民間の区別を排除するものではない(10)。」

  両議定書案は、それぞれ特有の事由による差別禁止を要求している。また、両議定書案とも、差別禁止のために国家が積極的に行動することを否定するものではないことを明示するものであった。さらに、男女平等運営委員会案にいう「権利の実効的な享受を確保する手段」という文言は、差別防止の対象が女性差別である場合、国家に対して要求する義務を、事実上の平等をも要求する差別防止積極措置(アファーミティブ・アクション)までも求めるものとすることをねらいとしていた。
  このように国家に対する義務の性格について若干の差異はありつつも(11)、少なくとも両委員会の手法は次のように整理できる。第一に、国際会議で提示された解決方法のうち、特定差別事由に限定した基準設定とそれに関する法的文書の作成という第二の方法を採用し、特定差別事由を取り上げてその差別禁止の強化を主張している。第二に、差別を解消するためのなんらかの措置を講じることを予定し、かつその措置を講じた場合に生じる区別を両議定書案双方とも第二文で明示的に容認していることである。それは、両議定書案双方とも第一文が、これまで「条約」で発展した確保義務を導き出した「保障される」という文言を使用したことからも理解される(12)
  しかしながら、男女平等運営委員会が提案したように、差別防止に対する積極的な措置を講じる義務を国家に課すことまでを求めることは、これまでの「条約」の解釈においても議論のあるところであった。そのため実際にはこうした義務が閣僚委員会(the Committee of Ministers)に受け入れられることはなかったのである。
  一九九六年一〇月これまでの差別禁止を求める議定書案作成の動きに対し、人権運営委員会(the Steering Committee for Human Rights (CDDH)(13))は、新たな動きを開始した。まず男女平等運営委員会議定書案について人権運営委員会は、その案が積極的に差別を防止する義務を国家に課していることに注目し、その義務を受け入れることが困難であると考えた。そこで人権運営委員会は、閣僚委員会に対して、男女平等の問題はさらに検討が必要であること、とくに「条約」の追加議定書ではなく、別の方法で探求することが検討されるべきであると報告した(14)。他方、人種差別撤廃委員会提出の議定書案に対して、人権運営委員会は、補助機関である人権発展専門家委員会(the Committee of Experts for the Development of Human Rights (DH-DEV))に対して人種差別禁止にふさわしい法的文書と、その形式について検討するよう要請したのである。この問題は、かなり意見の対立を生じさせ、人権発展専門家委員会は意見をまとめることができなかった。その一年後人権運営委員会は、人権発展専門家委員会が出したいくつかの案とともに、「条約」第一四条の適用範囲を拡大する一般規定を挿入する案を含めて検討することとなった。結局、人権運営委員会は、一九九七年一〇月に男女平等の基準設定及び人種差別撤廃に関わる法的文書として、一つの「条約」の追加議定書起草が可能であるとの報告書を閣僚委員会に提出した(15)。そこで一九九八年閣僚委員会は、これまでの男女平等運営委員会や欧州人種差別撤廃委員会議定書案の報告書を棚上げにし、「条約」第一四条の適用範囲を拡大する無差別条項を定める追加議定書案作成を指示したのである。その指示を受けて、人権運営委員会が作成した条文案(実体条文)は次のとおりである。

「法律によって定めるあらゆる権利の享受は、性、人種、皮膚の色、言語、宗教、政治的その他の意見、国民的若しくは社会的出身、少数民族への所属、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由に基づく差別もなしに保障される。
  何人も、第一項に掲げる理由によって、公の機関による差別を受けない。」

  その後、閣僚委員会は、一九九九年七月人権裁判所及び議員総会(the Parliamentary Assembly)にこの議定書案に対する意見を求めた。その意見を受けて、二〇〇〇年三月一〇日人権運営委員会は、最終草案を採択したのである(16)。閣僚委員会は、この採択を受け、その後二〇〇〇年六月二六日これを承認した。ここに、新議定書案の起草が終了し、「条約」採択五〇周年にあたる同年一一月四日にローマで開催される人権に関する欧州閣僚会議で新議定書が確認され、署名開放に付されることが決定されたのである。

(1)  その他には、自由を奪われた者の人権についてもテーマとして取り上げられた。See;Council of Europe, 7th International Colloquy on the ECHR, N.P. Engel, 1994.
(2)  Explanary Report, Drafting of a additional protocol to the European Convention on Human Rights (ECHR) broadening, in a general fashion, the field of application of articile 14 (non−discrimination), Doc. CDDH (00) 10, para. 3. Gay Moon, The Draft Discrimination Protocol to the European Convention on Human Rights:A Progress Report, [2000] 1 EHRLR, p. 50.
(3)  Rolv. Ryssdal, Final Report, in Council of Europe, 7th International Colloquy on the ECHR, N.P. Engel, 1994, p. 330.
(4)  「すべての者は、法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又はその他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。」
(5)  この委員会は、欧州審議会内に設置された男女平等に関する問題に責任を持つ政府間委員会である。
(6)  Jeroen Schokkenbroek, Paper not published on”Towards a Stronger European protection against discrimination:the preparation of a new additional protocol to the european convention on Human Rights, infra Paper, 15 Jannuary 2000. なお、Schokkenbroek 氏は、欧州審議会人権部職員として、この第一二議定書の起草に深く関与していた。
(7)  Schokkenbroek, Paper, p. 5.
(8)  人種差別撤廃を任務とする欧州審議会の主要機関の一つである。
(9)  少数者の保護が欧州大陸における安定性、民主的保障の本質的要素であることが確認されている。
(10)  Schokkenbroek, Paper, pp. 3-4.
(11)  欧州人種差別撤廃委員会が男女平等運営委員会と同じような立場をとらなかったのは、法律は、正義を促進する効果があることは認めながらも、法律に依拠するだけでは、実際に多様化している人種差別を撤廃できないと考えていたからであった。Explanary Report, para. 7.
(12)  確保義務については、次の文献を参照。小畑郁「ヨーロッバ人権条約における国家の義務の性質変化(一)(二・完)−「積極的義務」をめぐる人権裁判所判決を中心に−」法学論叢一一九巻二号・一二一巻三号。中井伊都子「私人による人権侵害への国家の義務の拡大(一)(二・完)−ヨーロッパ人権条約の解釈をめぐって」法学論叢一三九巻三号・一四一巻二号。
(13)  閣僚委員会の下におかれ、議定書の作成などを扱う委員会である。
(14)  Schokkenbroek, Paper, p. 4.
(15)  Explanary Report, para. 9.
(16)  賛成二九、反対〇、棄権八。


三  第一二追加議定書の内容


1  第一二議定書実体条文の規定
  欧州審議会は、およそすべての人権に関わる差別禁止を要求する規約第二六条と同様に、適用範囲を人権一般に拡大する新議定書の作成を試みたのであるが、それでは、新議定書案の実体規定である第一条をみてみよう。
「1  法律によって定めるあらゆる権利の享受は、性、人種、皮膚の色、言語、宗教、政治的その他の意見、国民的若しくは社会的出身、少数民族への所属、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由に基づく差別もなしに保障される。
  2  何人も、1に掲げる理由によって、公の機関による差別を受けない。」
この規定がいかなる意味を持つのか、つまり、起草過程の経過からすると適用範囲を拡大するだけであるかのように思われるが、はたしてそれ以外にはなんらの意図もないものなのであろうか。仮に、適用範囲を拡大することのみを対象とする条文であるとすれば、なぜこの議定書はこうした機能を持つにとどまったのであろうか。以下その点について論及していきたい。
  二〇〇〇年六月二六日閣僚委員会によって新議定書案が採択されたが、その際にこれまでの議定書と同様、起草過程及び条約条文の指針を示した説明報告書が添付されている。そのため、この報告書は、当該議定書に対する起草者の意思を示すものとみなすことができる。これまでの議定書においても、この説明報告書がその解釈指針を提供してきたことから(1)、それに依拠しつつ、新議定書の検討を加えることとしたい(2)
  ところで、一般に差別禁止が国家に要請された場合、その中身についてはかなり議論の別れることは説明報告書を概観しなくとも、憲法その他の人権法の議論から明らかである(3)。新議定書の起草の場合においても、事情は同じであった。説明報告書を概観すると起草過程において中心的な議題として取り上げられたものは、大きく分けて二つあることがわかる。一つは、差別からの保護はどこまでカバーされるのかという問題(差別からの保護の領域の問題)、二つめには、国家にどこまで義務が課されているのかという問題(積極的義務の問題)、である。

2  差別の範囲
  欧州審議会は、前述のように差別からの保護を受ける領域を拡大するという基本的な合意の下、新議定書を作成した。新議定書の主要な目的は、差別禁止の問題を、これまでの「条約」第一四条が定めた「この条約に定める権利」という限定から、「法律によって定める権利」に拡大することであった。したがって、新議定書は、第一条で、規約第二六条と同じく、他の実体規定の侵害の存在によらない自律的かつ実体的な差別禁止規定を設定したことになる。
  ところで、この自律的権利である新議定書第一条に定める「差別」の定義及び基準は、これまでの「条約」第一四条に関する判例によって示された解釈基準に依拠することが含意されている(4)。したがって、当然のことながら、全ての取扱の区別が差別とみなされるわけではない。「取扱の区別は、客観的及び合理的正当性がない場合、差別となる(5)」のである。が、この合理性の基準については、第一条では言及がなく、新議定書前文に言及がある。そこで実体規定ではないが、新議定書の前文の該当箇所をここでみてみることにする。
「すべての者は、法律の前に平等であり、法律による平等な保護を受ける権利を有する、という規定が依拠する基本原則を考慮して、
  一九五〇年一一月四日にローマで署名した人権及び基本的自由の保護のための条約(以下「条約」という。)により差別の一般的禁止の集団的実施を通じてすべての者の平等を促進するさらなる措置を講じることを決意して、
  無差別原則が加盟国に対して完全で実効的な平等を促進するための措置を講じる場合、それが客観的及び合理的正当化が存在する場合には、それを妨げるものではないことを再確認して、」
  説明報告書によれば、新議定書における合理性の基準は、「正当な目的を追求しておらず、或いは手段と達成すべき目的との間に比例性の合理的関係が存在しない場合、取扱の区別は差別となる(6)」といったこれまでの先例を踏襲することを示している。また、新議定書も全ての区別を排除するものでもないし、そして人権裁判所が締約国に評価の余地を認めてきた先例を否定するものでもない(7)ことを説明報告書は述べ、「条約」第一四条と同一であることを強調している。したがって、新議定書の解釈においても、「条約」第一四条の解釈基準が援用されることは間違いない。このことは人権裁判所も認めているところであり、人権裁判所によれば新議定書の合理性基準は、次のように解釈されることになる。
「取扱の区別が、客観的及び合理的正当化を有しない場合、つまり、正当な目的を追求しない場合、或いは、利用される手段と実現されるべき目的との間に合理的比例の関係がない場合には、その取扱の区別は差別となる。ベルギー言語事件で裁判所が示したように、『権限ある国内当局は、固有の相違があるために異なる法的解決が要請される状況及び問題に直面しがちである(8)』。このことは、他の点では類似の状況の上に存在する区別が、法における取扱の区別を正当化するのかどうか、或いはどの程度認められるのかを評価する場合、国内当局に付与された評価の余地の中に、「条約」システムの持つ補助的性格と両立させながら、一層表われている(9)。」
  以上のように、「条約」第一四条の解釈基準の援用によって新議定書の解釈基準が定まるのであれば、それでは、なぜこの基準を示したものが前文にではなく、第一条、或いはそれ以下の条項で記載することを起草者は認めなかったのであろうかという疑問が出てくる。
  また、各国の憲法で定められている「法の前の平等」や「法の平等な保護」規定といった平等原則もまた、実体規定にはなく、新議定書前文に記載されているだけである。とりわけ新議定書が規約第二六条の機能を意識した起草であったことからしても、一層これらの規定が実体規定の中に取り上げられてもよさそうなものである。また、性の問題という限定的な問題でありながら、議員総会も第一条に「男性と女性は、法の前に平等である」という規定を挿入すべきであるという提案も行っていた(10)
  説明報告書に、こうした疑問に回答するための手がかりを二点読み取ることができる。一つは、説明書が言及するように、無差別原則の一般的性格を強調するためであることが認められる(11)。つまり、人権裁判所が判断すべき第一条の中に、この一般的原則を制限する条項を挿入することは適切であるとは考えられなかった(12)。というのも、基準の明確化或いは発展は、人権裁判所によって行われる方がふさわしく、実体規定がそれを制限するべきではないと考えられたのである。もう一つは、新議定書の文言を、規約第二六条の規定ぶりよりも、できる限り「条約」第一四条と同じ文言にして、新議定書の解釈の発展について締約国が予測可能性を持つことができるようにするためである。これによって最小限の修正にとどめることが求められたのであり、よって、平等原則を定める規定が実体条項の中に挿入されなかったのである。こうして加盟国間或いは委員会内部で存在した解釈の対立を避け、解釈の予測可能性を与えようとしたのであったと考えられる(13)
  こうした無差別条項の一般的性格の問題は、差別禁止事由においても提起される。というのも、「条約」第一四条の列挙事由には、「性、人種、皮膚の色、言語、宗教、政治的その他の意見、国民的若しくは社会的出身、少数民族への所属、財産、出生」という具体的な列挙事由がある。この事由はこの条約起草時の事情が考慮に入れられたことは間違いない。しかし、この列挙事由は、さらに「他の地位等」という文言が追加されており、事由が網羅的なものではなく、後の社会変化に対応して新しい事由も付加されることが含意されていたことがわかる。この点は、先例においても確認されている(14)。それにもかかわらず、差別禁止列挙事由を拡大する提案が議員総会から行われていた(15)。しかしながら起草者は、新議定書の列挙事由を「条約」第一四条と同一にすることを選んだ。その理由として、同一にしたとしても、新議定書は、「他の地位」による差別も禁止していること、さらには列挙事由を拡大したことによって、反対解釈により、列挙事由とその他のの事由による序列化などが生じて、法的安定性を欠く可能性を生みだす恐れがあるという理由を挙げている(16)
  ここまでみてきたように「条約」第一四条との整合性・継続性の問題は起草過程において取り上げられていることがわかった。ここでさらに挙げられる新議定書に関する問題は、条約に限定されない、「法律に定めるすべての権利の享受」一般に及ぶ差別禁止の適用範囲である。この点について報告書は、その適用範囲を、次の四つの事象に対して適用するとしている(17)
  @  国内法に基づき個人に限定的に付与された権利の享受において生じる差別。
  A  国内法に基づき、公の機関の明白な義務から導き出される権利の享受において生じる差別。すなわち、公の機関が特定の行動をとることが国内法に基づいて義務付けられている場合。
  B  公の機関による裁量的権限の行使において生じる差別。(補助金の付与等)
  C  公の機関による他の作為不作為によって生じる差別。(暴動を静める際の司法警察官の行為等)
説明報告書は、このように新議定書第一条の適用が予想される事象について区分している。が、これら項目が第一条のどの条項・規定から導き出されるのかということまでは指摘していない。具体的な適用においては、第一条の一項及び二項を合わせた全体の効果によって実際の事象に対応するものであるとされている(18)
  こうした広範囲な領域を規律対象とする以上、評価の余地(19)に関する議論についても注目する必要があろう。これまで、「条約」第一四条は、「この条約に定める権利及び自由の享受」の範囲内で、つまり自由権に限定された範囲内で、その評価の余地が検討されていたに過ぎない。しかしながら、新議定書は、その限定を外し、すべての権利に適用を及ぼす。その場合、評価の余地についてもなんらかの変更が行われることが予想される。説明報告書も、先例を引用しつつ、状況、問題及び背景などによって、評価の余地の範囲が変化することを認めている(20)。とりわけ新議定書は、社会保障の分野にも適用を及ぼすことになるのは明らかであるから、それが、評価の余地に関する基準にどのような影響を与えるのか問題となるところである。事実、加盟国は、この問題について強い関心を抱いており、この評価について裁判所に事実上白紙委任する新議定書に対して強い懸念を表明していた。

3  積極的義務の問題
  通常、差別禁止のカテゴリーにおいて問題となるのは、差別をしてはならないという国家の消極的義務の問題である。これまではこの側面が意識され、規約や「条約」という自由権を定める条約の中に、国家に「差別をしてはならない」という消極的義務を課す文脈で差別禁止義務が取り上げられてきた。しかしながら、こうした国家の消極的義務だけでは、本当の意味での差別解消を実現することは不可能である。そのため、私人間においても差別をさせない、或いはより進んで事実上の逆差別を行って現実に横たわる差別を解消するといった措置を講じる義務も含む、「積極的義務」が国家に課せられることは、差別禁止を前進させることとなる。しかし一方で、新議定書の解釈を巡る意見の対立は、新議定書の法的安定性を欠く原因ともなりかねない。差別禁止の新議定書における発展、及び新議定書の法的安定性の確保という観点から、新議定書が国家に課す義務の程度を明らかにすることは議論に値しよう。
  この問題について、前述の新議定書適用範囲の事象B及びCに関わって、「公の機関」による「裁量的権限の行使」や「作為不作為」が私人間の差別を防止或いは救済するための積極的措置を講じる義務の問題の文脈で語られた場合、新議定書締約国に、私人間の差別の防止を積極的に行い、その防止の結果責任が課せられることになるのか、問題となる。いわゆる間接的水平的効果を生じさせるような状況を生み出すのかという問題である。新議定書の場合、前文第三文や第一条の規定ぶりは、少なくともこれら積極的措置を締約国が講じることそれ自体を排除するものではない。しかしながら、それは積極的措置を講じることが義務づけられたとまではいえない。説明報告書が強調するように、新議定書第一条の主要な目的は、締約国に対して消極的義務を課したものであり、私人に対して公の当局が差別をしないという義務を課したものである(21)
  この消極的義務の問題を明確にするために説明報告書は、二つの問題からの検討を行っている。一つは、「確保」義務の問題から、もう一つは、差別を行う主体の問題からである。
  まず「確保」義務については、第一条一項が問題となる。説明報告書が注目しているのは、第一条一項の「差別なしに保障(secure)される」という規定の「保障(secure)」という文言である。この「secure」という語は、これまで「条約」第一四条の判例においても、確保義務を課したものとして認められてきた。そのため、その判例を踏襲することを基本的立場とする新議定書においても、「secure」という語の存在によって積極的義務を完全に排除することができないことになる(22)。説明報告書によれば、この確保義務の抵触の問題が生じる例として、差別に対する国内法による保護が、「明白な欠落」をしている場合を挙げ、その場合には、この「確保義務」の問題が生じ、積極的義務が締約国に課せられることになることを指摘する(23)。そうすると、今回の「法律の定める権利」への適用範囲の拡大に関して、その念頭におかれた前述の四つの事象のうち、事象BとCのカテゴリーについては、この「確保」義務との関係で、問題を残すことになる。前述のように解釈次第では事実上間接的水平的効力を認めたことになりかねないからである。
  こうした解釈の拡大の歯止めとして、第二の問題、つまり差別行為を禁止される主体が問題となる。その歯止めは二つの文言から導き出される(24)。一つは、禁止される差別が第一項の「法によって定める権利」に関する差別に限定されるというものであり(25)、もう一つは、第二項により禁止される差別を行う主体は、「公の当局」であるというものである(26)
  この第二項は、もともと「条約」第一四条には存在せず、今回の起草において新たに挿入された条文である。説明報告書は、これまでの「条約」第一四条に関する人権裁判所の判例を新議定書においても踏襲することを強調し、第一四条の規定から「法律の定める権利」という適用範囲を変更したことのみを強調してきた。これは純粋な私人関係に国家が立ち入らないこと、そして通常法律によって規制されるべき公的領域における私人関係についてのみ、国家責任を生じさせることを明確にするためであった。つまり、「secure」規定によって生じるであろう積極的義務の拡大を防止するため、新たに第二項が挿入されたのである。こうして間接的水平的効力を認めていると解されるような積極的義務を課す条文を求める国家と、反対に水平的効力を排除したいと考える国家との対立のなかで、「デリケートな妥協(27)」の上に立って、この説明報告書が指摘するように「バランスの取れたアプローチ(28)」がこの条文の中に生じているのである。
  それでも、私人間の差別からの保護のための措置を国家が講じないことが、明白かつ重大である場合には、明らかに国家責任を生じさせることになるだろうし、新議定書第一条で議論される範疇になるとされる(29)。こうして「公の当局」による差別禁止に制限させることによって、第一条の積極的義務の範囲は、一般に、国際法において考えられる国家責任の法理で検討される相当の注意義務の範囲内に限定されることになる。
  しかしながら、その例として説明報告書が挙げているものは、通常法律によって規制される領域として、就労に関する恣意的拒否、レストランへのアクセスの恣意的拒否、医療や電気水道等一般大衆に開かれているサービスの恣意的拒否等である(30)。これを見ると、公的生活におけるかなり広範な領域に適用されることが解る。また、純粋の私人間関係は、「条約」第八条によって保護されるから、国家が介入することは許されないとしながらも、介入が許されるかどうかを区分する基準は、状況によって変化することを認めている。そのためこの基準の明確化は、事実上人権裁判所に委ねられたことになる。それによって、少なからぬ数の国家から、新議定書案には賛成ではあるが、説明報告書には棄権するという意思表示があった。なぜなら、現段階では積極的義務の範囲が予測不可能であるにもかかわらず、その基準の明確化が事実上人権裁判所に白紙委任されることを意図するものと考えられ、これを回避したいとの思惑が加盟国に働いたからであろう(31)。よってこれらの国家は、新議定書前文に記載の合理性基準、及びアファーミティブ・アクションが禁じられるものではないが義務づけられるものでもないことを、実体規定に明確にすることを求めていた(32)
  こうして適用範囲について積極的義務の内容如何では間接的水平的効力の可能性が完全に否定されているとはいいきれず、人権裁判所の広範な裁量に委ねられていることが理解される。但し、新議定書は、私人間のすべての差別事象を包含するような、プログラム的性格を有する広範囲な義務を課したものとして解釈されないように作成されていることに注意しなければならない。つまり、新議定書は、人権裁判所による司法判断可能な個人の権利をその内容としているとし、すべての差別事象を包含するような、プログラム的性格を有する広範囲な義務は、別条約で、すなわち、「条約」システムとは別のシステムのなかで保障されるべきものであるとしている。
  以上のように、新議定書の内容について概観してきた。こうしてみるとこれまで起草過程においてみられた委員会の提案や実際の要求との関係から比べれば、「かなり控えめな拡大(33)」のかもしれない。しかしながら、これは「条約」システムが人権裁判所による司法コントロールを擁する条約体制であることから考えると当然の帰結と言えるかもしれない(34)

4  第一二議定書の位置ー欧州人権条約その他の条約との関係
  新議定書が発効した場合は、「条約」及びその他の議定書との関係が検討されなければならない。新議定書第三条は、新議定書第一条が「条約」及びその他の議定書の全規定に適用されることを確認している。この点は、「条約」第五三条が、「この条約のいかなる規定も、いずれかの締約国の法律又は当該締約国が締約国になっているいずれかの他の協定に基づいて保障されることのある人権及び基本的自由を制限し又は侵すものと解してはならない。」と定めていることからも明らかである。
  しかしながら、それでもなお、新議定書の場合は問題を解決しない。というのも、従来の議定書と同様に、新議定書は、「条約」に「包括的差別禁止」規定を「追加」したのであって、「条約」第一四条から置き換わるもの(35)、つまり「改正」するものではないからである(36)。このことは、新議定書の求める包括的差別禁止と、「この条約に定める権利及び自由の享受」の差別禁止を要請する「条約」第一四条とが併存することを意味する。よって新議定書締約国も、依然として「条約」第一四条が適用されることになる(37)
  とすると、この場合の両規定の関係の問題を解決しなければならない。しかしながら、この新議定書や説明報告書ではこの点の充分な説明がなく、その問題の解決は今後の人権裁判所の判断に委ねられることとなる(38)。それでは実際問題として、「条約」第一四条と新議定書第一条との関係の問題を委ねられた人権裁判所は、両者の解釈・適用の区分をどのように判断するのであろうか。説明報告書によれば、「条約」第一四条に関する判例を概観すると、「この条約に定める」という限定がある以上、「条約」第一四条の下では、これ以上の保護領域の拡大・発展の見込みがないという認識が示されているが(39)、それが事実であるか、今一度検討が必要である。或いは、これまで第一四条の問題について発展的解釈が行われてきたが、それが新議定書の発効によっては発展的解釈の発展に歯止めがかかりはしまいか。また、これまでの発展的解釈が、この議定書の存在によって吸収され、第一四条の持つ意味が制限されはしまいか、といったことも問題となろう。
  他方当然、その他の条約、とりわけ欧州連合・欧州共同体条約との関係もまた問題となる。事実、欧州共同体裁判所において「条約」違反の問題が提訴されたこともある。逆に、人権裁判所で「条約」と欧州共同体法との関係が取りざたされたこともあった。その点については、新議定書第一条一項の「法律により定める権利」の「法律」が何を指すかという点で問題となる。説明報告書は、国内法のみならず国際法をも含むものとしている(40)。そこで注意すべきなのは、欧州連合・共同体が、マーストリヒト条約以降の改正で、人権関連規定を取り込み、また二〇〇〇年一二月基本権に関する欧州連合憲章案を採択したことである。それによって、欧州共同体法との整合性が一層問題となるのは必然である。しかし、これまでの判例でも理解されるように、他の国際文書の遵守問題、特に欧州共同体法との整合性の問題について、人権裁判所は管轄権を持つとの立場をとってはいない。さらに、この問題については、差別問題に関わらず、「条約」全体と欧州共同体法との関係が問題となるため、改めて検討される問題とされ、説明報告書にはそれ以上の説明がない。

(1)  Moon, op. cit., p. 51, note. 6.
(2)  但し、当然のことながら、人権裁判所が完全にこれに拘束されるというわけではないため、判例の積み重ねによって発展的解釈が行われ、説明報告書の中身から発展する可能性は否定できない。
(3)  例えば、戸松秀典『平等原則と司法審査』一九九〇年有斐閣。
(4)  Explanary Report, para. 18. なお「差別」という語に対して、「条約」第一四条は、英語では「discrimination」に対して、仏語では「distinction」を当てているが(例えば自由権規約二条及び二六条も同様)、新議定書では英語と同様「discrimination」が当てられている。しかしながら、この変更には、なんら解釈に影響を与えるものではないことも確認されている。
(5)  Abdulaziz, Cabales and Balkandali v. the United Kingdom, Series A, No. 94, para. 72.
(6)  Ibid.
(7)  Explanary Report, para. 19.
(8)  Belgian Linguistic case, Series A, No. 6, p. 34, para. 10.
(9)  Opinion of the European Court of Human Rights, CDDH (00) 1 or Doc. 8608, para. 5. see, Rasmussen v. Denmark case, Series A, No. 87, p. 15, para. 40.
(10)  草案第一条一項の前に、この条文を挿入する提案であった。Doc. 216 (2000). See also, Report on Draft Protocol No. 12 to the European Convention on Human Rights by Committee on Legal Affairs and Human Rgihts, 14 January 2000, Doc. 8614.
(11)  Explanary Report, para. 19.
(12)  Ibid.
(13)  Schokkenbroek, Paper, p. 5.
(14)  James v. United Kingdom, Series A, No. 98, p. 44.
(15)  Doc. 216 (2000). See also, Report on Draft Protocol No. 12 to the European Convention on Human Rights by Committee on Legal Affairs and Human Rgihts, 14 January 2000, Doc. 8614. この提案に対して NGO からも支持表明があった。Report on Draft Protocol No. 12 to the Euroepan Convention on Human Rights:the Importance of Incorporating the Parliamentary Assembly's Opinion No. 216 (2000) by ILGA−Europe, 28 February 2000.
(16)  Explanary Report, para. 20.
(17)  Explanary Report, para. 22.
(18)  Explanary Report, para. 23.
(19)  参照、北村泰三「ヨーロッバ人権条約と国家の裁量−評価の余地に関する人権裁判所判例を契機として−」法学新報八八巻七-八合併号。江島晶子「ヨーロッパ人権裁判所における「評価の余地」理論の新たな発展」明治大学大学院紀要二九号。中井、前掲論文。Jeron Schokkenbroek, The Convention and the Margin of Appreciation, HRLJ Vol. 19, No. 1, pp. 20-3.
(20)  Explanary Report, para. 19.
(21)  Explanary Report, para. 24.
(22)  Explanary Report, para. 26.
(23)  Ibid.
(24)  Schokkenbroek, Paper, p. 7.
(25)  Explanary Report, para. 28.
(26)  Explanary Report, para. 27.
(27)  Schokkenbroek, Paper, p. 7.
(28)  Ibid.
(29)  Ibid.
(30)  Explanary Report, para. 28.
(31)  Schokkenbroek, Paper, p. 5.
(32)  Moon, op. cit., p. 53.
(33)  Schokkenbroek, Paper, p. 8.
(34)  Ibid.
(35)  Moon, op. cit., p. 49.
(36)  これまで作成されてきた他の議定書は、人権裁判所や裁判手続きなど「条約」システムの機構改革の場合、批准が加盟国に義務的に要請されてきたのに対して、新たな人権を追加する議定書の場合には批准は任意的であった。新議定書においても、その発効要件が一〇ヶ国の批准であることや議定書の性格が「追加」であるとされていることからすれば、新たな人権を追加してきた他の議定書と同様に、欧州審議会加盟国の批准が任意的なものであるといえよう。
(37)  むろん、新議定書の発効要件が一〇ヶ国の批准であり、欧州審議会加盟国すべての批准としているわけではないため、「改正」の場合であったとしても、批准の有無により適用が異なる可能性は存在する。しかし、「追加」であるのか、「改正」であるのかは、中・長期的にではあれ、「包括的差別禁止」が「条約」システムのなかで、基本的原則として、すべての加盟国を拘束する義務となるべきものであると承認されているのかどうかを示すバロメーターとなるだろう。
(38)  Explanary Report, para. 33.
(39)  Explanary Report, para. 3.
(40)  Explanary Report, para. 29. 国内法には、実定法だけではなく、コモン・ローも含まれる。Moon. op. cit., p. 51.


四  まとめにかえて


  二〇〇〇年一一月四日、新議定書は署名のため、欧州審議会加盟国に開放された。しかしながら、加盟国四一ヶ国中、二五ヶ国が署名したのみであり、起草段階から新議定書について懸念を表明していた国家は署名しなかった。例えば、英国は、開僚会議が開催される前に既に署名・批准する意思がないことを表明していた(1)
  このように新議定書の内容に対する欧州審議会加盟国の懸念が現実に存在する中では、「条約」第一四条を「改正」する議定書として新議定書は成立するには至らなかったのであろう。が、新議定書の採択は、「条約」第一四条で不充分であった、平等或いは差別禁止のもつ本来の問題に取り組む機会を人権裁判所に提供したといえよう(2)。そのため、新議定書が発効した場合、それを実際に解釈・適用する人権裁判所の態度に注目せざるをえない。というのも、新議定書の解釈基準については、「条約」第一四条と議定書との関係も含め、その大部分が人権裁判所の裁量に委ねられているからである(3)。その任務を委ねられた人権裁判所は、新議定書の起草を歓迎しつつも、いくつかの点で懸念を表明している(4)。一つには、第一一議定書が発効して、人権委員会が廃止され、新人権裁判所システムが機能しはじめたばかりであり、現在の「条約」システムがどのように展開するのか、まだ未知数であるという点である。この点は、新議定書の発効それ自体とは別にすべき問題である。が、次の問題とかかわって困難な問題として残される。その点について人権裁判所は次のように述べている。
「この追加議定書の発効により裁判所の取扱い件数がかなり増加することが予想される。裁判所は、すでに重い負担をかけられているメカニズムに、こうした増加がもたらす影響について、閣僚委員会が注意するよう求める(5)。」
  新議定書の発効は、あらゆる人権に関わるすべての差別を人権裁判所が扱うことになることを意味する。これまで「条約」第一四条で培ってきた合理性の基準による一定の水準があり、それによって提訴件数も限定されると思われる。それでも新議定書の発効が提訴件数を増大させることは間違いなく、そのため人権裁判所はかなりの負担を強いられることになる。九〇年代にはいって欧州審議会は急速に加盟国を増やし(6)、それに伴って「条約」締約国も増大した。そのため、常勤の裁判官を擁す新人権裁判所システムが第一一議定書によって導入されたにもかかわらず、旧ソ連・東欧諸国から大量の提訴が行われ、年二万件以上の処理を人権裁判所は余儀なくされている。人権裁判所判事の一人はすでに人権裁判所の機能が限界に来つつあることを認めている。加盟国の中にも、新議定書の発効によって裁判の質の低下及び裁判の長期化がもたらされるのではないかとの懸念を表明する国家もあった。
  こうした人権裁判所・加盟国の現実の懸念に対応する形で、閣僚委員会は、閣僚委員会と人権裁判所との間で、欧州における人権保護に関する将来的課題、及び人権裁判所に関する諸問題について対話するため、人権裁判所とのリエゾン委員会の設置を決定した(7)。今回の首脳会議においても人権裁判所の強化が議題として取り上げられたが、将来人権裁判所システムは改変される可能性がある。
  そもそも、新議定書の目的が、規約第二六条の解釈で注目された、差別禁止の社会権分野への拡大であれば、制度的に不充分ながらも欧州社会憲章による通報制度もあり、又機能しはじめている(8)。したがって、欧州審議会の人権保障システムという点では、無差別原則は存在しているといえる。しかしながら、欧州審議会は、新議定書採択という形式で、新たに「条約」システムに無差別原則を挿入しようとした。
  既述のように新議定書と、「条約」や社会憲章との関係など残された課題は多い。それではなぜこれほどまでに問題を残しながら、新議定書は採択に踏み切られたのであろうか。これは大きく分けて二つの危機感から生じたように思われる。
  第一に、やはり今回新議定書を作成するにあたって参考にされた規約における動向が挙げられよう。その実施機関である規約人権委員会は、規約第二六条の無差別原則に対して「条約」の判例とは異なる対応を見せた。つまり、同委員会は、一九八七年ブレークス(Breoks)事件(9)の見解以来、規約第二六条の適用範囲を社会保障に関する差別禁止までも求める包括的な差別禁止原則、つまり差別禁止の「自律的な権利」として位置づけた。こうして規約第二六条の発展は、「条約」の機能とは異なる独自の位置づけを規約に獲得せしめた。事実、これ以降規約人権委員会に対して行われる欧州からの個人通報は、その多くが、第二六条関連の通報となった。このように「条約」にはない権利を規約が確立したことで、欧州の人権保障における差別禁止については、欧州の独自のシステム、とりわけ「条約」システムが不備であるという印象を欧州人民に与えた。この端緒となったブレークス(Breoks)事件は、単に規約第二六条の適用範囲を拡大したことが注目されただけにとどまらなかった。その事件で、規約第二六条違反とされた国内法は、期限付きではあったが差別解消の漸進的達成を容認する欧州指令に基づき適法とされていたからである。被告国オランダは、欧州の社会状況に依拠したものであり、そうした事情を考慮するべきであると主張した。しかしながら、規約人権委員会は、この主張を否定し、社会保障の分野ですら、男女差別禁止が即時実施義務であることを明確にした。この規約人権委員会の見解により、間接的にではあれ、欧州指令の中身に不備があることが明らかにされた。この点で、欧州連合・共同体を含む欧州秩序の人権保障に規約人権委員会からの「外圧」がかけられたことになる。これまで「条約」義務を締約国が実施するにあたり、人権裁判所が採用する評価の余地の理論では、各締約国の法事情を考慮して検討するという方法が採用されていたが(10)、この規約人権委員会の見解は、その法事情すなわち欧州各国の人権保障に疑問を投げかけたことを意味する。こうして、第七回欧州人権条約に関する国際会議においても注目を浴びたように、この規約第二六条の解釈・適用の発展は、新議定書を採択させる直接・間接の動機となったといえよう(11)
  第二に、欧州内部に起因する問題である。これまでみたように、新議定書が起草された契機は、当時の欧州において人種差別及び少数者差別が増大したことであった。その背景に、欧州全体における経済的停滞によって極右政党の躍進が続き、人種差別・少数者差別に関する問題が深刻化したことが挙げられる。さらに、東欧の崩壊によって、大量の移民が西側に流れ込み、そのことが差別問題の深刻化に拍車をかけた。その後旧ソ連・東欧諸国は、欧州審議会に加盟申請し、かつ「条約」に基づいて加盟の際にそれら国家の人権状況が審査され、また加盟後は「条約」を批准することになったから、これら諸国の人権問題もまた、欧州審議会全体の問題として取り上げられることになった。
  このように欧州社会全体で差別が依然として存在し、深刻化していること、さらには差別的な態度を正当化する主張が出現したことが、できる限り早急に差別に対する新たな法的文書を成立させることを正当化させた(12)。新議定書の採択にはこうした法的な対処の意味あいとともに、政治的な意味もあった。二〇〇一年人種差別に関する世界会議が開催されるにあたり、何らかの措置を講じることによって欧州の政治的地位を高めることが求められていたのである。確かに、こうした世界的な差別問題の深刻化は、欧州審議会加盟国においても、あらゆる措置を講じることを求めるであろう。しかしながら、そのことと、包括的無差別規定を起草し、「条約」にその条文を追加することとは、別問題であろう。加盟国も、こうした問題は、欧州人種差別撤廃条約のような、「条約」システムとは別の条約を作成することによって対処されるべきであると主張し(13)、人権裁判所による司法判断による統制では不充分である、或いはかえって司法判断に混乱若しくは不安定要素を与えることになるという認識を示していた。
  他方、欧州連合は、その間マーストリヒト条約を採択し、「条約」を共同体法の一般原則とする人権条項を挿入し(14)、さらに、アムステルダム条約ではそれを一層強化させ、対外的にも人権政策を強化させた。また欧州連合は、アムステルダム条約により欧州共同体条約第一三条で「条約」第一四条では適用できない分野に対して、差別禁止を強化する条項を成立させていた。さらに二〇〇〇年欧州連合は、基本権に関する欧州連合憲章草案を採択した。その中には、無差別条項が規定されていた(15)
  従来欧州連合・共同体が経済・金融問題、欧州審議会が人権問題を中心に取扱うとの役割分担があったが、欧州連合は、徐々にその活動範囲を拡大し、欧州審議会が主要に担ってきた人権問題に対しても積極的なアプローチをかけている。欧州共同体の「条約」加入問題も暗礁に乗り上げた現在(16)、こうした欧州連合からの人権アプローチに、新議定書の作成において欧州審議会がどう対応するのかも問題となったといえる(17)
  こうして人権裁判所の司法判断による統制をその大前提とする新議定書の採択は、加盟国に様々な疑問を投げかけ議論を呼んだが、それでもなおこの新議定書が採択される必然をもったとすれば、それは以下のような事情によるものであろう。それは、起草過程や成立事情からも窺えるように、国連の諸機関による人権保障システムよりも、欧州独自のシステムによる自己完結型を目指す必要性を重視していたということである(18)。とりわけ欧州審議会加盟国は、「条約」システムが、規約と異なり司法的解決制度を採用しているということを最も重視していることが理解される。
  欧州審議会事務総長は、「条約」五〇周年記念式典のスピーチで、「条約」が今や人権裁判所判例法により、「欧州公序の憲法的文書」となったとし、また加盟国の法秩序に浸透し、人権及び基本的自由における欧州のコモン・ローとして存在すると述べた。そして、欧州連合基本権憲章案が二〇〇〇年一二月に採択されたことも注目すべき現象である。この憲章は、「条約」や欧州社会憲章に関する広範な人権規定が取り入れられている。欧州連合が社会権から自由権に至るまで包括的な人権保障について欧州裁判所による司法的一元化を図ろうとしてる現在、それに呼応して「条約」システムも強化されている。この両者の関係は今後一層問題となるであろうが、こうした人権保障を巡る欧州の動きは、旧ソ連・東欧諸国への欧州諸制度の拡大や国際社会の人権保障の捉え方を考える上で、今後も注目していかなければなるまい。

(1)  Lords Hansard text for 27 Sept 2000 (200927w09).
(2)  Moon, op. cit., p. 53.
(3)  Explanary Report, para. 33.
(4)  Opinion of the European Court of Human Rights, CDDH (00) 1 or Doc. 8608, para. 6.
(5)  Ibid.
(6)  九〇年代に入って旧ソ連・東欧からの加盟が相次ぎ、二〇〇〇年には加盟国数は四一ヶ国を数える。
(7)  CM/Del/Dec (2000) 705.
(8)  但し個人訴権が認められるわけではない点、制度的広範囲な差別に限定されるという点、欧州社会権委員会の見解に法的拘束力がない点で、「条約」システムとは異なる。
(9)  UN Doc. CCPR/C/29/D/172/1984.
(10)  J.G. Merrills, The Development of International Law by the European Court of Human Rights, Second edition, Manchester Univ., p. 172.
(11)  とりわけ、欧州共同体裁判所が、カランケ事件判決で男女平等促進に関わる積極的措置を講じる義務の問題で消極的な態度をとっていたこともあり、一層この包括的無差別原則が、とりわけ積極的義務を課す規定を望む声が強く現れていたと思われる。カランケ事件判決については、次の文献を参照。中井伊都子「カランケ判決」田畑茂二郎他編『判例国際法』東信堂、二〇〇〇年。有澤知子「公職における女性優遇規定とEC均等待遇指令−カランケ判決を中心に」世界人権問題研究センター研究紀要三号。有澤知子「カランケ判決以降の女性優遇規定とEC均等待遇指令」世界人権問題研究センター研究紀要四号。
(12)  Schokkenbreok, Paper, p. 8. see also, Declaration on the occasion of the 50th anniversary of the Universal Declaration of Human rights by the Committee of ministers on 10 December 1998, para. X. Political Declaration adopted by Ministers of Council of Europe member States on Friday 13 October 2000 at the concluding session of the European Conference against Racisim, EUROCONF (2000) 1 final.
(13)  人種差別の問題を「条約」とは別個の条約として作成する検討が行われた際、国連が作成した人種差別撤廃条約との差異が問題となった。人種差別撤廃条約第一四条が、強制的な個人通報制度を定めていることから、欧州としての独特の条約体制を創設することが困難であるとの結論を出していた。そこで、本議定書と同時に別条約として作成することが断念された。
(14)  第F条2。現行第六条。
(15)  CHARTE 4487/00. 以下関連条文のみ抜粋。
          第三章  平等(第二〇条から第二六条)
      第二〇条  法の前の平等
        すべての者は、法の前に平等である。
      第二一条  無差別
        1  この条約に定める権利及び自由の享受は、性、人種、皮膚の色、言語、宗教、政治的その他の意見、国民的若しくは社会的出身、少数民族への所属、財産、出生、障害、年齢、又は性的志向等のいかなる理由に基づく差別も、禁止される。
        2  欧州共同体設立条約及び欧州連合設立条約の適用の範囲内で、及びこれら条約に特段の規定がある場合を除くほか、国籍を理由とするいかなる差別も禁止される。
(16)  欧州裁判所は、意見二/九四で欧州共同体の加入が欧州共同体条約上認められないと述べていた。Opinion 2/94 [1996] ECR I, p. 1759.
(17)  閣僚会議において、フィンランドが欧州連合・共同体の「条約」加入問題を提起していた。
(18)  もともと、欧州諸国は、規約選択議定書批准に際して第五条2項に対する留保を付し、「条約」の人権救済制度に係属したことのある事件は規約の下での個人通報制度に通報することを認めていないので、新議定書の成立によって欧州審議会加盟国或いは欧州全体の人権保護において、規約の位置はますます相対的に低下するであろう。この留保を付しているのは、デンマーク、フランス、アイスランド、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、マルタ、ノルウェー、ポーランド、スペイン、スウェーデン。

 

参考  欧州人権条約第一二議定書(案)

欧州審議会加盟国であるこの議定書の署名政府は、
  すべての者は、法律の前に平等であり、法律による平等な保護を受ける権利を有する、という規定が依拠する基本原則を考慮して、
  一九五〇年一一月四日にローマで署名した人権及び基本的自由の保護のための条約(以下「条約」という。)により差別の一般的禁止の集団的実施を通じてすべての者の平等を促進するさらなる措置を講じることを決意して、
  無差別原則が加盟国に対して完全で実効的な平等を促進するための措置を講じる場合、それが客観的及び合理的正当化が存在する場合には、それを妨げるものではないことを再確認して、
  次のとおり協定した。
第一条  差別の一般的禁止
  1  法律によって定めるあらゆる権利の享受は、性、人種、皮膚の色、言語、宗教、政治的その他の意見、国民的若しくは社会的出身、少数民族への所属、財産、出生又は他の地位等のいかなる理由に基づく差別もなしに保障される。
  2  何人も、1に掲げる理由によって、公の機関による差別を受けない。
第二条  領域的適用
  1  いずれの国も、署名の時又は批准書若しくは承認書の寄託の時に、この議定書が適用される地域を指定し及びこの議定書の諸規定が当該地域に適用されることを約束する範囲を定めることができる。
  2  いずれの国も、その後のいずれの時にも、欧州審議会事務総長に宛てた宣言によって、その宣言において指定したいずれか他の地域にこの議定書の適用を拡大することができる。議定書は、事務総長によるこの宣言の受理の日から二ヶ月の期間が経過した翌月の一日に当該地域に関して効力を生じる。
  3  1及び2に基づいてなされたいずれの宣言も、事務総長に宛てた通告によって、その宣言において指定したいずれかの地域に関して、撤回又は変更することができる。撤回又は変更は、事務総長によるこの通告の受理の日から二ヶ月の期間を経過した翌月の一日に効力を生じる。
  4  この条に基づいてなされた宣言は、条約の第六三条1に基づいてなされたものとみなされる。
  5  批准、受諾又は承認により、この議定書が適用される国の領域、及びこの条に基づいて当該国の行う宣言によってこの議定書が適用される国の各領域は、第一条に定める言及の適用上、別個の領域とみなされるものとする。
第三条  条約との関係
  1  締約国においては、この議定書の第一条の規定は、条約への追加条文とみなされ、かつ、条約の全ての規定は、それに応じて適用される。
  2  ただし、条約の第二五条に基づいてなされた宣言によって認められた個人の請願の権利又は条約第四六条に基づいてなされた宣言による裁判所の義務的管轄権の受諾は、当該締約国が議定書の第一条について、この権利を認め又はこの管轄権の受諾することを表明したのではない限り、この議定書については効力を有しない。
第四条  署名及び批准
    この議定書は、欧州審議会加盟国で、条約の署名国の署名のために、開放しておく。この議定書は、条約の批准と同時に又はその後に批准されなければならない。欧州審議会加盟国は、同時に又は事前に条約を批准するのでなければ、この議定書を批准、受諾又は承認することはできない。批准書、受諾書又は承認書は、欧州審議会事務総長に寄託する。
第五条  効力発生
  1  この議定書は、欧州審議会の一〇の加盟国が第四条の規定に基づいて議定書に拘束されることへの自国の同意を表明した日の後二ヶ月の期間を経過した翌月の一日に効力を生じる。
  2  議定書は、その後に議定書に拘束されることへの自国の同意を表明するいずれの加盟国についても、批准書、受諾書又は承認書の寄託の日の後二ヶ月の期間を経過した翌月の一日に効力を生じる。
第六条  寄託者の機能
    欧州審議会事務総長は、すべての欧州審議会加盟国に、次のことを通知する。
      a  署名
      b  批准書、受諾書又は承認書の寄託
      c  第二条及び第五条に基づくこの議定書の効力発生の日
      d  この議定書についてのその他の行為、通知又は通達
  以上の証拠として、下名は、このために正当の委任を受け、この議定書に署名した。
  二〇〇〇年一一月四日に、ストラスブールにおいて、英語及びフランス語で本書一通を作成した。両本文は、等しく正文とし、欧州審議会に寄託される。欧州審議会事務総長は、欧州審議会のすべての加盟国にその認証謄本を送付する。