立命館法学 2000年3・4号下巻(271・272号) 1009頁




会社分割法制の創設と営業譲渡(山下)


山下眞弘


 

目    次

は じ め に

一  会社分割の特色と機能

二  会社分割をめぐる法的問題

三  会社分割と営業譲渡の関係

四  会社分割と労働契約承継法

お わ り に




は  じ  め  に


  平成一二年商法改正による会社分割法制の創設は、企業再編に関する法整備の一環という位置を占め、これまでの会社分割に関する法の空白を埋めるところにその目的があった。これまで企業はその規模を拡大するにつれ、事業部門を増加させるという多角経営の方向をたどってきた。事業部門の中に優良部門と不採算部門が存在する場合に、企業は優良部門を分離独立させたり、不採算部門の整理による経営合理化を図るために、今回創設された会社分割制度が大いに力を発揮することが期待される。この制度を有効に利用するためには、平成一一年商法改正による株式移転・株式交換で純粋持株会社を創設して、完全親子会社の関係を創り出し、その後に会社分割により再編を実現するのが効率的である(1)。既存の営業譲渡などによる企業分割では、このような目的に十分に対処することが困難であった。分割する会社が新設ないしは承継する会社の株式を割り当てられる物的分割(いわゆる分社化)の場合でも、あるいは分割する会社の株主が新設ないしは承継する会社の株式を割り当てられる人的分割(狭義の会社分割)の場合のいずれにおいても、従来の制度では、手続が煩雑であり、解釈論上の問題も生じることは指摘されていたところであり、その解消が急務とされていた。今回の改正によって、その問題の大半が解決されたわけであるが、新たな課題も少なからず生じてきた。
  会社分割は、会社が法人格の複数化を目的として行う一個の組織法上の行為であり、その行為の効果が画一的に生じ、また営業の全部または一部を他の会社に承継させる効果を発生させるものである。その意味では、組織法上の行為である合併に類似し、異論もあるが(2)、合併の反対現象としての性質を有する制度ということもできる。このように、いずれも企業再編のための手段として類似の機能を果たすことから、新たな会社分割法制と現行法上の合併や営業譲渡等の規制との整合性に問題は生じないか、今後検討を急がなければならない。
  会社分割については、まだ制度が創設されたばかりで(3)、立法段階から改正法成立に至る詳細な解説のほかには(4)、ようやく解説書などが著わされた段階にとどまっている(5)。本稿は、各論について今後検討を深めるための準備作業にすぎない。さしあたり、従来から存在する営業譲渡の制度と新たに創設された会社分割制度との類似性に着目して、その共通点と相違点を明らかにすることによって、会社分割制度の法的性質と問題点を浮き彫りにし、検討すべき諸課題を整理しておきたい。

(1)  たとえば、落合誠一「平成一一年商法改正」法学教室二三二号三五頁、吉本健一「株式交換・株式移転による完全親会社の創設」ジュリスト一一六三号九三頁、同「株式交換・株式移転と会社分割の理論的検討」商事法務一五四五号四頁以下参照。
(2)  宮島司「会社分割法制の概要と問題点」監査役四三三号一四頁によれば、そもそも何をもって合併の反対現象とするのであろうかと疑問を提起した上で、分割する会社が存在する場合は、合併とはもはや異質の制度であるとされる。
(3)  法律案要綱成立前の「中間試案」については、商事法務一五三二号四頁、金融法務事情一五五三号六頁、この「中間試案の解説」として、原田晃治ほか「商法等の一部を改正する法律案要綱中間試案の解説」商事法務一五三三号四頁、そして中間試案に対する「各界の意見」については、原田晃治ほか「会社分割法制に関する各界意見の分析」商事法務一五四〇号四頁、金融法務事情一五六二号一四頁、そして、立法にあたっての留意点については、座談会「会社分割法制のあり方」商事法務一五二五号六頁、宍戸善一「会社分割立法に関する一考察」ジュリスト一一〇四号三五頁、早川勝「商法からみた会社分割立法のあり方」ジュリスト一一六五号一〇頁、丸山秀平「会社の分割の法的問題」崎田直次先生古稀記念論文集『企業法と金融・会計』二一七頁(二〇〇〇年)、島本茂樹「株式実務からみた会社分割立法のあり方」ジュリスト一一六五号二三頁以下など参照。
(4)  その代表的なものとして、前田庸「商法等の一部を改正する法律案要綱の解説〔上〕〔中〕〔下〕」商事法務一五五三号四頁、一五五四号四頁、一五五五号四頁以下、原田晃治「会社分割法制の創設について〔上〕〔中〕〔下〕」商事法務一五六三号四頁、一五六五号四頁、一五六六号四頁以下がある。また、改正法利用にあたっては、座談会「会社分割に関する改正商法への実務対応」商事法務一五六八号六頁以下参照。
(5)  すでに各種の解説書が少なからず刊行されているが、中でも理論的検討を加えるものとしては、丸山秀平ほか『企業再編と商法改正』一二五頁以下(中央経済社、二〇〇〇年)が有益で、実務上の法的な問題点を整理する著書としては、たとえば、武井一浩=平林素子『会社分割の実務』(商事法務研究会、二〇〇〇年)が参考となる。また、論点については、倉澤康一郎「会社分割法制の論点」企業会計五二巻七号五〇頁、岸田雅雄「商法の改正と企業の再編成」税経セミナー四五巻八号四頁、山下眞弘「会社分割制度導入にともなう商法の一部改正−その内容と問題点・課題」労働法律旬報一四九四号二五頁以下において簡潔に整理されている。その他、実務上の問題点を紹介する最近の特集として、島本茂樹「会社分割法制と実務対応」ジュリスト一一八二号九頁、中西敏和「会社分割法制の実務的対応」企業会計五二巻七号五六頁、橋本正己「企業経営を変える会社分割法制」企業会計五二巻七号六六頁、澤口実「会社分割法制の概要」税経通信五五巻七号六六頁、岡正晶「新設分割の種類・手続と実務上の留意点」税経通信五五巻七号七四頁、角田大憲「吸収分割の手続と留意点」税経通信五五巻七号八三頁、岩本安昭=阿多博文「会社分割の実務」商事法務一五三四号三五頁以下など多数のものがある。


一  会社分割の特色と機能


1  会社分割の種類
  会社分割の方法としては、「新設分割」と「吸収分割」がある。前者は、分割により設立した会社に、分割する会社の営業の全部または一部を承継させるもので(商三七三条)、後者は、既に存在する他の会社に、分割をする会社の営業の全部または一部を承継させるものである(同三七四ノ一六)。いずれの場合においても、分割により新設する会社あるいは既に存在している他の承継会社が分割に際して発行する株式は、分割をする会社に割り当てられるか、または分割をする会社の株主に割り当てられる。前者の場合、すなわち、発行される株式を分割をする会社が引き受けるタイプを「物的分割」(分社型)といい、後者、発行される株式を分割する会社の株主が引き受ける場合を「人的分割」(分割型)という。
  いずれにせよ、分割する会社またはその株主に株式が割り当てられることが前提とされている。このことは、発行される株式の引き当てとなる資産が設立する会社または営業を承継する会社に継承されていなければならないことを意味している。すなわち、資本充実の見地から債務超過となっている営業部門を分割の対象とすることは許されない。消極財産を引き当てとする株式発行は認められないからである。なお、会社の分割は、株式会社および有限会社に限定され、有限会社における新設分割にあっては、分割する会社も設立する会社も共に有限会社である場合(有六三条ノ二第一項)と、分割する会社が株式会社であり設立する会社が有限会社となる場合(有六三条ノ三第一項)が認められている。吸収分割の場合は有限会社間のみならず、有限会社・株式会社間についても認められており(有六三条ノ七第一項)、この点で新設分割と異なる。いずれにせよ人的会社が排除される点が、今後議論となる。

2  分割制度の特色
  特色としては第一に、分社化をも含めた会社分割を認めたことである。このことは、会社分割の有無の判断基準を、営業の全部または一部の包括承継にだけ求めたということになる。新設分割と吸収分割のいずれの場合も、分割会社の社団としての人的組織に変動が生じないような分社化、すなわち、設立あるいは承継する会社が分割に際し発行する株式が分割会社の株主に割り当てられず、分割会社へ割り当てられるタイプのものが認められている。典型的な会社分割は、分割会社の社団としての一個の法人格を複数化することを目的とするものであるから、いわば人的組織の変動が生じるのが原則ということもできる。分割によっても社団としての人的組織に変動が生じないものも「会社分割」として認めたのであるから、結局今回の会社分割の指標を求めるとすれば、営業の全部または一部の包括承継が行われたか否かということになる。
  第二に、不完全分割のみ制度化したことである。分割する会社が、分割の結果、清算手続を経ることなく解散するものを「完全分割」あるいは「消滅分割」というが、改正法ではこれをあえて規定することはせず、分割後も分割する会社が存続しつづける「不完全分割」だけを制度化している。本来の意味での「会社分割」とは、会社の二大要素である人的組織および物的組織の分散的収容がある場合である。分割する会社の全財産の包括的な分散的移転と株主の分散的収容こそが会社分割であるとすれば、そこには分割の後、会社の基礎たる人的・物的組織はすでに存在することなく、分割する会社は消滅するだけということになるはずである。今回の改正では、分割をもって合併の反対現象と位置づけているが、それは合併が二つ以上の会社の複数の法人格が一個に合体するものであるのに対し、一つの会社の法人格が、二つ以上の法律上独立の会社として、複数の法人格に分かれるという法人格の面での反対現象に着目したものであろう。
  その他、第三に、分割が認められる会社の種類は株式会社と有限会社であること、第四に、合併の場合(簡易合併)と同様に、株主総会の特別決議による承認を要しない簡易な分割が認められたことなども特色といえる。

3  会社分割の具体的機能
  株式会社間で会社の分割がなされる場合について、具体的な事例を示しておこう。
  @  まず、甲部門と乙部門からなるA株式会社が、乙部門を「新設分割・物的分割」しようとする場合を考えてみると、次の通りである。乙部門はA会社から分離され、新たに設立されるB株式会社に移転する。B会社の設立に際して発行される株式は、A会社自身に割り当てられる。その結果、A会社は甲部門、B会社が乙部門によって営業を行うことになるとともに、A会社はB会社の完全親会社となる。従来のA会社の株主は、A会社の株主としての地位を維持するだけで、B会社とは直接の関係に立たないことになる。
  A  次に、同じく上記の事例について、「人的分割」した場合を想定する。この場合には、B会社の設立に際して発行される株式は、A会社の株主に割り当てられる。したがって、従来のA会社の株主は、A会社(甲部門のみ)の株主としての地位のほか、B会社(乙部門のみ)の株主としての地位をも有することになる。
  B  さらに、別の事例を示してみる。甲部門と乙部門からなるA株式会社が、乙部門を既に存在するB株式会社に移転しようとする「吸収分割」の場合についてみる。この場合、B会社がA会社の乙部門の収容に際して発行する株式をA会社自身が引き受けるのが物的分割、A会社の株主が引き受けるのが人的分割である。
  以上は、いずれも乙部門だけが分割の対象とされる例を挙げたが、会社の分割では、甲乙全部の営業を分割の対象とすることもできる。この点で、会社の分割は、株式交換や株式移転と同様、純粋持株会社の創設の手段としても役立ちうる。このような会社分割の制度は、持株会社の創設を含めた企業の再編成をスムーズに行うために利用されることが考えられ、それには株式交換(商三五二条)および株式移転(同三六四条)との併用が有効である。例えば、再編成をしようとする企業グループ内で、株式交換を利用することによってグループ内の一企業を持株会社とし、他の企業を持株会社の子会社とする。あるいは、株式移転を利用して、新たに持株会社となる会社を設立する。これに続いて、子会社それぞれの事業部門の重複を避け、事業部門毎の子会社が並立するように企業編成を行う場合に、会社分割が利用されることになるのである。また、並行して実施された複数の会社分割によって独立した複数の会社の事業部門を整理するため、抜け殻方式による会社の分割や、平成九年商法改正によって合理化された合併制度が利用される場合もあろう。このように、会社分割の制度は、他の制度と組み合わされて企業再編のための有効な手段として、今後利用されることが予想される。

4  改正前商法の問題点
  物的分割(分社化)に関しては、改正前商法の実務上の問題点として、主として以下のようなものがあった。
  @検査役の調査の問題がある。子会社への資産・営業譲渡に伴う現物出資・財産引受・事後設立において、譲渡(出資)される財産の評価の妥当性を担保するため検査役の調査が強制されている(商一七三条、二四六条、二八〇条ノ八)。この検査役の手続について、数多くの実務上の問題点が提起されていた。A権利義務の移転方式に関して問題があった。他の会社に対して権利義務関係を自動的・包括的に移転することができないため、個別の移転行為について多大な労力と費用負担が必要となる。Bこれまでの実績が承継されないという問題があった。これは資格、許認可などの引継ないし新規取得に係る問題や、分割する会社の利益剰余金、引当金、準備金などの計算が分割会社に継承できないといった企業会計上の問題などである。その他、C課税上にも問題があるとされてきた。現行の法人税法では、資産・営業の譲渡における含み益の課税繰延が、いわゆる特定現物出資・変態現物出資の要件を満たす場合にしか認められないとされている。したがって、課税の繰延を放棄するか、検査役の調査を受けるかという二者択一を迫られることとなる。
  次に、人的分割については、物的分割以上に改正前商法上の障害が大きかった。物的分割は、商法・税法その他の実務的な問題が多いとはいえ、以前から、実行することは法律上不可能ではなかった。これに対して、人的分割については、@利益配当を現金に限定している現在の支配的な商法解釈に基づくと、分割により営業を承継した会社の株式を分割した会社の株主にまで交付するためには、当該承継会社が減資等により子会社株式を分配するか、あるいは分割をした会社の清算による残余財産の分配を行うといった迂遠な手続きをとらないと実行できないことになる。また、A租税措置としても、物的分割の場合にはきわめて限定的とはいえ特定現物出資という課税繰延措置がみとめられているが、人的分割については特段の課税繰延措置は存在しない。その結果、株式の交付を受けた株主は配当課税(場合によっては、譲渡益課税)を受けることになり、また分割をした会社は当該承継会社についての譲渡益課税を受けることになる。実務界の感覚としては、会社を分けるだけなのに、巨額の税金を支払う必要があることに対して、疑問や不満が生じるのも無理はない。

5  会社分割制度の効用
  上述の問題点は、その多くが会社分割制度の導入によって、以下のように解消される。
  @  営業を他の会社に包括承継させる手段を創設したことから生じるメリットとして、包括承継であるため、分割会社の債権者や契約相手方の同意を個別に得なくても、権利義務は設立会社・承継会社に移転することになる。これまで営業を移転するために営業譲渡を行う場合には、個別の債権者なり契約当事者の同意を得ることが必要であった。しかし、会社分割制度を活用すれば、分割計画書または分割契約書の記載に従って、営業を設立会社・承継会社に移転させることが可能となり、事業の再編成にとって機動的な手法が提供された。
  A  人的分割が可能となったことが、大きな特色といえる。すなわち、今回創設された会社分割は、いわゆるヨーロッパ型の直接分割を範として、合併とは逆方向の組織法上の行為として、人的分割を行うことを可能とした。これにより、設立会社・承継会社の株式をただちに分割会社の株主に対して交付することが可能になった。
  B  物的分割が容易になったことも、利点のひとつと評価することができる。すなわち、これまで新設会社に対して営業を移転するためには、現物出資という法形態がとられていた。しかし、会社設立に当たり営業を現物出資するためには、検査役の調査を要し、会社設立が完了するまで営業を一時停止しなければならないという難点があった。また、現物出資に伴う検査役の調査に要する時間・費用、定款認証における営業内容の記載等も実務上の障害となっていた。会社分割制度を活用すれば、このような営業の停止や検査役の調査の問題を克服することができる。
  C  営業の移転に伴う過去の実績の引継が可能となったことも、当事会社にとって有利である。これまでの営業譲渡の場合には、利益準備金や剰余金を譲受会社が引き継ぐことは許容されていなかった。今回の会社分割制度においては、分割会社の利益準備金・剰余金等を営業を継承する設立会社ないし承継会社が引き継いで計上することが可能となった。また、それぞれの根拠法次第であるが、移転される営業にかかる免許・許認可等の承継も一部簡素化されることが期待できる(6)

(6)  これらの実務上の諸問題については、前掲注(5)の解説書を参照。

二  会社分割をめぐる法的問題


  会社分割をめぐっては、たとえば、会社分割は実質的には営業の現物出資的な側面を有するにも関わらず、検査役の調査を要しないとか、債務引受の要素を含むにも関わらず、債権者の個別的同意を不要とするなど、説明すべき問題が少なからずある。そこで、その他いくつかの問題点をとりあげて、さしあたっての検討を試みることとする。

(1)  物的分割と人的分割とを同時に行うことの許否
  これは、いわゆる「一部分割」であるが、新設分割における設立会社または吸収分割における営業の承継会社が発行する株式の一部を分割する会社に移転し、残りを分割する会社の株主に移転させることができるかという問題である。この点につき、肯定すべきであるとするのが多数の考え方であろうと推測される。
  その根拠であるが、条文上、物的分割については「設立スル会社ガ分割ヲ為ス会社ニ対シ分割ニ際シテ発行スル株式ノ総数ノ割当ヲ為ストキ」(商三七四条五項但書)と規定されている(吸収分割について「新株ノ総数」と規定、三七四条ノ一七第五項但書・三七四条ノ二二第一項)。その一方で、人的分割については、株式の「総数」の割当とは規定されていない(新設分割について、商三七四条二項六・七号・三七四条ノ七、吸収分割について、商三七四条ノ一七第二項六・七号)。つまり、規定の仕方から見て、分割のすべての類型について、株式の総数の割当がない場合もあり得ることを前提としている。また、物的分割の場合に株式の総数の割当がなされる場合の規定の趣旨は、その場合には分割する会社の株主保護の要請を考慮しなくてもよいということであり、それ以外について、つまり一部でも株式が分割する会社の株主に割り当てられる場合には、株主保護の手続が求められるというものとして理解される。
  要するに、物的分割の場合に株式の総数の割当がなされると規定されていることは、物的分割では常に総数の割当がなされるべきであるということではないと解することができる。したがって、会社の分割に際して、株式の一部を分割する会社に割り当て、残りを分割する会社の株主に割り当てるような一部分割も、制度上、容認されていると解することができる。このように一部分割が容認されることを前提として、会社分割の結果、設立する会社や営業を承継する会社に分割する会社の利益準備金その他留保した利益が承継される場合に、その承継する額は、物的分割と人的分割との割当の割合に相応することになる(7)

(2)  間接分割の許否
  間接分割については、子会社株式を親会社株主へ交付する段階が問題となる。子会社株式を親会社株主に交付するもっとも単純な方法は利益配当であるが、現金以外の現物(子会社株式)を利益配当として株主に交付できるのかどうかにつき、商法上争いがある。この点、現物の利益配当を否定した見解もあるが、現在では解釈に委ねられている。そこで、現時点での支配的解釈によれば、子会社株式を配当の対象資産とすることが商法上可能な場合もあるが(8)、株主平等原則、端株処理その他への配慮が必要なので常に可能というわけではない。また、利益配当ではなく減資の対価として子会社株式を交付することは認められるとする解釈が有力である(9)

(3)  非按分型会社分割の許否
  物的分割と異なって人的分割の場合には、割当比率に関する問題が生じるが、分割会社における株主の持分割合に比例して、新設もしくは承継会社の株式が分割会社の株主に割り当てられる場合(按分型会社分割)は問題がない。これに対し、人的分割に際して発行された株式を、分割する会社の株主の一部のみに割り当てること(非按分型)ができるかが議論となる。この点で、前記の要綱および法律案の解釈論として、株主平等の見地から、分割計画書等の承認には、総株主の同意を要するとの見解がある(10)。この見解は、中間試案の段階でも明らかにされていたものであり、改正法成立後も同様の意見が維持されている(11)。しかしながら、前記中間試案に対する意見照会の段階で出された意見の中には、非按分型について総株主の同意を要求することについて批判的な見解も見られる。明文がないのであるから、解釈論としては原則通り多数決議で足りるということもできる。
  この点について、平成一二年商法改正は、非按分型について明文の規定をおいておらず、非按分型の分割が認められるか否か、認められるとしてどのような要件で認められるかの問題は、やはり解釈論に委ねられているものと解するほかない。実際界での必要性が大きいのであれば、この明文化を検討すべきであるが、解釈論の範囲でも、株主の全員一致でこれを認めることは可能であり、それに異論はないであろう。しかし、株主平等原則との関係で株主全員の同意を要すると解することについては、現実的でないとの批判もあり、内容と理由の開示を厳格に課すことで、全員一致の要件を緩和する方向も検討されてよいであろう。その際、特別多数決議によっても株主平等原則に違反しないための条件が明らかにされなければならず(12)、開示の徹底によって株主の保護が十分に図られる必要がある(13)。いずれにせよ、これは株主平等原則に関わる問題でもあり、今後慎重な検討を要する。

(4)  分割する会社の競業避止義務
  中間試案の段階では、会社の分割の当事会社について競業禁止が規定されていた。これに対して、中間試案に対する意見照会の段階で提出された意見の中には、競業するかは原則として私的自治に委ね、例外的に独占禁止法または不正競争防止法で対応すべきであるとしたり、あるいは、原則として自由とし、分割計画書または分割契約書に禁止の規定を置いた場合にのみ競業避止義務を負担すべきであるとして、前記中間試案に反対の意見が多く出された。結局、その後の要綱では競業禁止に関する規定はおかれず、改正商法中にもそのような規定はみられない。
  以上の経緯からして、分割計画書または分割契約書に競業禁止の規定がおかれた場合には、契約上の効力として、その規定が当事会社を拘束することは、改正法上の解釈論として異論はないと解される。しかし、分割計画書等に競業禁止の規定がおかれなかった場合にも、同様に競業禁止の効果を認めるべきか否かは、解釈に委ねられている。この点で、従来から営業譲渡について譲渡人の競業禁止を定める商法二五条の趣旨を考慮し、分割する会社について同様の競業禁止に関する義務を負うべきものとする見解が有力のようである(14)。しかし、会社分割制度を広く利用させる意味でも、商法二五条の規定を会社分割に類推適用することには疑問がある。会社分割における営業の意義は、営業譲渡のそれより広く解すべきである。このように解することが、会社分割の対象を議論した立法の経緯にも合致するといえる。さらにいえば、従来から存在する営業譲渡の場合についても、商法二五条の規定上は、当事者間の合意でこの義務を排除できることになっており、また多くの学説によると、競業禁止は必ずしも要件であるとは解されていないことにも留意したい。

(5)  包括承継の意義
  包括承継性を認めることが、会社分割制度を創設した最大の特色ということもできるが、合併における包括承継の意義と必ずしも同じではなく、いわば部分的な包括承継という性質を有する。したがって、営業譲渡における個別的承継との相違が明らかにされなければならない。会社分割が行われた場合、設立会社または承継会社は、分割計画書または分割契約書の記載に従い、分割会社の権利義務を承継するものとされる(商三七四条ノ一〇第一項、三七四条ノ二六第一項)。これは合併に関する商法一〇三条や相続に関する民法八九六条と同意義の規定であり、法律上はいわゆる包括承継を規定したものであると解されている。包括承継であるので、各個の財産、各個の権利義務につき個別の移転行為(引渡、債権譲渡、債務引受、債務者の交替に関する更改)を要しない。
  会社分割が合併や相続と異なるのは、その包括承継される範囲が、分割計画書または分割契約書にもとづいて当事者の選択により決められる点にある。たとえば、新設分割では、商法三七四条ノ一〇第一項により、分割会社に帰属していた権利義務は、分割計画書の記載に従って分割会社に残るものと、設立会社に承継されるものとに分けられる。もちろん、商法の解釈として、承継される営業に関連しない権利義務を承継の対象として分割計画書に記載しても包括承継の効果は生じないと解される。ただ、分割会社が作成した分割計画書が、その後の分割当事会社とその債権者ないし債務者との間の法律関係を律することにはなる。このように会社分割は、分割会社の債権者や契約当事者にとって、重大な影響を与えることになる。
  包括承継に関連して、いかなる債務が承継の対象となるのか、そして承継の対象となる債務について、分割会社と設立会社等が重畳的に責めを負うのか(重畳的債務引受)、それとも設立会社等のみが責めを負い分割会社は免れるのか(免責的債務引受)などの事項について、すべて分割計画書等への記載が必要である。また、重畳的債務引受の場合には、それが連帯債務か保証債務かなど、分割会社と設立会社等との間の法的関係についても特定することが求められる。債務が分割計画書等の記載に基づいて包括承継されることの意味は、当該債務の債権者による同意を得ることなく、当該債務が分割計画書等の記載によって重畳的もしくは免責的に移転するということである。分割会社が有していた特定の債務が、分割計画書等において設立会社等によって免責的に債務引受けされる旨記載された場合には、その債権者は設立会社等に対してしかその履行を請求できないこととなる。このように、会社分割に包括承継性を認めたのは、これまで営業譲渡などにおいて問題となっていた個別の債権者の同意を得るという実務上の問題点に応えるためである。会社分割という組織法上の行為を行う際には、個別に債権者の同意を得ることを不要とすることで、画一的・集団的にその権利義務関係を迅速に処理することを可能としたわけである。
  なお、対抗要件の問題は、以上とは別個に考えるべきである。包括承継による権利義務の移転といえども、権利の移転について対抗要件の具備を要するものについては、対抗力を備えるための手続が別途必要となると解されている。同じ包括承継である合併については、対抗要件具備の必要性について解釈上の議論があるが、会社分割の場合には分割会社が存続するため、二重譲渡ないし二重弁済の危険性が高くなり、対抗要件の具備が求められる。

(6)  商法二六条および二八条類推の有無
  分割会社の債務は分割計画書等の記載によって承継されるという原則に対しては、例外の存在する余地がある。会社分割について商法二六条および二八条の類推適用があるかどうかが問題となり、これは積極に解されている。まず、商法二六条一項が、商号続用の場合の営業譲受人の連帯責任を規定している。この規定を類推適用すると、設立会社ないし承継会社が分割会社の商号を続用した場合には、分割計画書等において、分割会社の特定の債務について引き受けない旨を記載しても、分割会社と連帯してその責めを負うものとされる可能性があることになる。他方で、商法二六条二項は、営業譲渡の後遅滞なく責めに任じない旨の登記をした場合には、商法二六条の責任は生じないとしている。しかし、解釈は分かれるが、会社分割の後遅滞なくこの免責登記をした場合でも、商法三七四条ノ一〇第二項、三七四条ノ二六第二項に定める各別の催告を受けなかった債権者に対する法定連帯責任は、免れることができないとする見解が主張されている(15)
  これに対し、商号を続用していない場合でも、商法二八条は、営業譲受人が債務引受広告を行った場合には、同様に営業譲渡人の営業上の債務について弁済の責めを負うとしている。この商法二八条の規定も会社分割において類推適用があると解されると、債務引受広告を行った設立会社・承継会社は、分割計画書等の記載にかかわらず、承継しなかった分割会社の債務について弁済の責めを負う可能性があるわけである。
  いずれにせよ、商法二六条および二八条の類推については、これらの規定が営業譲渡に関する規定であることを十分に考慮に入れて、会社分割の効力に関する諸規定との関係で、理論と実際の両面から統一的に検討する余地が残されている。

(7)  消滅分割および間接分割の方式不採用の理由
  会社分割制度の導入に際しては、分割する会社が分割によって直ちに解散する「消滅分割」の方式、分割により営業を承継した会社の株式を利益配当や資本減少による払戻として分割した会社の株主に割り当てる「間接分割」の方式について、いずれも採用されなかった。この立場は、中間試案以来、一貫している。すなわち、中間試案について消滅分割の方式を採らない理由として、実務界からの要望もなく、各国においてもほとんど利用されていないことが、また間接分割の方式を採らない理由としては、現在の実務においても、実質的な減資に伴う子会社株式による払戻が認められていること、利益配当として子会社株式を割り当てることについても、解釈論上これを認める余地があることが指摘されている(16)。ところが、中間試案に対する意見照会に対し出された各界意見の中には、消滅分割および間接分割のいずれについても導入を望む意見があった(17)
  このような意見があったが、中間試案を受けた法律案要綱、法律案、そして改正法のいずれにも、以上の意見は反映されていない(18)。その理由であるが、法律案要綱について、消滅分割の方式を採らない理由として前述の理由のほか、いわゆる抜け殻方式と解散を同じ手続きですればよいこと、また間接分割の方式を採らない理由として、前述の理由のほか、たとえばスピン・オフについて現物配当の対象となる物の範囲について規定しなければならない等の立法上の問題を解決しなければならず、このような問題は解釈に委ねるのが適当と考えられるとの見解が示されている(19)

(8)  人的会社排除の当否
  会社分割の制度は、株式会社および有限会社についてだけ利用可能なものであるとされ、合名会社および合資会社には利用し得ないものとなっている。その理由と当否が問題となるが、必ずしも合理的な説明は見あたらない。人的会社が会社分割制度から排除されていることで生じる不便は、物的会社にとっても決して小さくない。すなわち、AB両会社のいずれかが合名会社または合資会社であれば、新設分割も吸収分割も利用することはできない。そのため、たとえば、合名会社または合資会社に営業を譲り渡すA会社が株式会社であれば、従来から認められてきた営業譲渡(商二四五条)を利用することになる。また、(新設分割に対応して)合名会社または合資会社を分割して設立するB会社が株式会社であれば、従来から「事実上の会社分割」の方法として認められてきた現物出資(商一六八条一項五号)、財産引受(同六号)、事後設立(商二四六条)のうちいずれかの方法を採るしかないことになる。このような不便を考えると、人的会社を除外することの当否については、今後さらに検討の余地がある。
  なお、物的会社についてもすでにのべたように、一定の制約がある。これを具体的にみると、新設分割について、A会社が、その営業の一部を分割して、新たにB会社を設立しようとする場合に、AB両会社がいずれも株式会社であればよいし、有限会社についても同様である。また、A会社が株式会社であり、B会社が有限会社となる場合も認められている(有六三条ノ三第一項)。ただし、A会社が有限会社であり、B会社が株式会社となる新設分割は認められていない。また、A会社が株式会社であり、B会社が有限会社である人的分割の場合や、A会社が社債未償還の場合などには一定の制約が課されている(同二・三項)。吸収分割については、AB両会社のうちいずれかが株式会社または有限会社であればよい(有六三条ノ七第一項)。ただ、分割するA会社が株式会社であり、営業を承継するB会社が有限会社であり、A会社が社債未償還であるときに、新設分割の場合と同様の制約がある(同四項)。

(7)  一部分割の肯定理由等について、丸山ほか・前掲企業再編と商法改正一六六頁参照。
(8)  原田ほか・前掲商事法務一五三三号五頁参照。
(9)  河本一郎「個人株主保護の観点からみた会社分割」商事法務一四〇七号四以下頁参照。これによると、過去にもそのような実例があるとされる。
(10)  前田庸・前掲商事法務一五五三号一一頁参照。
(11)  森本滋「会社分割法制について」金融法務事情一五八〇号二三頁、原田・前掲商事法務一五六三号一〇頁、宮島・前掲一五頁参照。
(12)  要件緩和の条件を提示するものとして、遠藤美光=堀裕「非按分型会社分割と株主平等原則に関する若干の考察」金融法務事情一五六三号四二頁以下参照。
(13)  早川勝「非按分型会社分割」法学教室二四三号三〇頁参照。
(14)  前田・前掲商事法務一五五五号一四頁、原田・前掲商事法務一五六三号一三頁参照。
(15)  座談会・前掲商事法務一五六八号二八頁〔岩原発言〕参照。
(16)  原田ほか・前掲商事法務一五三三号五頁以下参照。
(17)  原田ほか・前掲商事法務一五四〇号六頁以下参照。
(18)  原田・前掲商事法務一五六三号一〇頁参照。
(19)  前田・前掲商事法務一五五三号六頁参照。


三  会社分割と営業譲渡の関係


1  営業譲渡と吸収分割との比較
  吸収分割による営業の移転と営業譲渡による営業の移転とを比較検討しよう。いずれも、営業を単位として移転させることで、権利義務が承継されるという点では共通する。しかし、営業譲渡が取引行為という法的性質を有するのに対し、会社分割は組織法上の行為であることから、以下のような差異がみられる。
  @  対価の種類および支払先
  吸収分割は、承継会社の株式を営業移転の対価とする手続である。現金のみを対価とする吸収分割は認められない。しかも、営業移転の対価(承継会社の株式)は、分割会社ではなく分割会社の株主に対して直接交付することが可能である。他方、営業譲渡の場合、対価の種類は当事者が自由に決められ、かつ対価の支払先はあくまで分割会社である。
  A  債務および契約移転に関する相手方の同意の要否
  吸収分割では、移転する営業に属する債務および契約上の地位は、債権者および契約の相手方の承諾をとらなくても、分割契約書の記載に従って承継会社に当然に移転し帰属することとなる。これに対し営業譲渡では、債務や契約上の地位の移転に関しては、(当該契約上別段の定めがない限り)原則として、相手方の同意が必要となる。
  B  債権者保護手続
  吸収分割では、債権者保護手続が必要となる。営業譲渡では、不要である。
  C  分割会社側の議決要件
  吸収分割を行う分割会社においては株主総会決議(通常は、特別決議)が必要となる。分割会社について、取締役会決議で営業を移転できる簡易分割は、その対価となる承継会社の株式が全て分割会社に交付される分社型の場合に限定されている。他方、営業譲渡における譲渡会社の議決要件は、営業の全部または重要な一部の譲渡であれば、株主総会の特別決議である(商二四五条一項一号・三四三条)。営業の重要でない一部の譲渡については、取締役会決議で移転することが可能である。
  D  承継会社側の議決要件
  吸収分割における承継会社についても、原則として、株主総会の特別決議が必要である。ただし、分割に際して承継会社が発行する株式総数(自己株式が移転される場合にはそれも含む。商三七四条ノ二三第二項)が承継会社の発行済株式総数の五%を超えないこと、および、分割に際して承継会社がその株式以外に金銭等を支払う場合には、その金額が承継会社の純資産額の二%を超えないことを満たす場合には、簡易吸収分割として、取締役会決議によることが可能である(同三七四条ノ二三第一項)。
  他方、営業譲受の場合、譲受会社において株主総会の決議が必要となるのは、譲渡会社の営業の全部の譲受の場合に限定される(同二四五条一項三号)。しかも今回の商法改正により、簡易営業譲受が創設され、支払う対価が譲受会社の最終の貸借対照表上現存する純資産額の五%を超えない場合には株主総会決議は不要であると改められた(同二四五条ノ五)。
  E  承継会社の役員の任期
  承継会社の取締役・監査役は、会社分割の場合には分割契約書に別段の定めがない限り、会社分割後最初に到来する決算期に関する定時総会の終結のときをもって退任するものとされる。(商三七四条ノ二七)。営業譲渡においては、そのような規定はない。
  F  利益準備金等の引継
  吸収分割では、分社型の場合を除いて、分割会社の利益準備金・剰余金を承継会社が引き継ぐことができる。営業譲渡においては、そのような引継は認められていない。
  G  免許などの過去の実績の引継
  個別の根拠法次第であるが、会社分割では、移転する営業にかかわる免許、許認可などの過去の実績を、一定の要件の下、簡便に承継会社に承継させることが可能な場合がある。営業譲渡の場合には、原則として改めて取得しなければならない。
  H  偶発債務の遮断
  営業譲渡の実務上の最大の利点は、偶発債務の遮断であるといわれる。これは営業譲渡契約において明確に承継する債務の範囲を特定することで、譲受人はその承継する債務を限定できる。他方、会社分割の場合には、分割会社の偶発債務について、承継会社はその責めを負う可能性がある。承継会社に移転しない旨分割契約書に記載した分割会社の債務についても、個別の催告を受けない分割会社の債権者として、自動的に分割会社と承継会社との不真正連帯債務と処理される場合があるからである(商三七四条ノ二六第二項)。このため、吸収分割における承継会社は、その責めを負うリスクがある。

2  会社分割の対象である営業の意義
  会社分割の制度は、会社の分割を合併の反対形相として位置づけられており、分割に対する手続も、合併規則に準じたものになっている。これとの関係で、分割の対象とされているのは、中間試案で示された分割する会社の「権利義務」ではなく、「営業の全部または一部」とされた。権利義務の一部の分割は、現物出資の潜脱になるという意見があり、改正法の表現に改められたわけである(20)。このような経緯を踏まえると、会社分割の対象は前述のように、解釈の方向としては、営業譲渡における営業の概念よりも広義のものと解すべきこととなる。そこで、この「営業」の意義が問題となる。
  商法二四五条にいう「営業の全部または重要なる一部」の譲渡の意味について、リーディングケースとされている判決(最判昭四〇・九・二二民集一九巻六号一六〇〇頁)の多数意見によれば、商法二四五条一項一号にいう営業譲渡とは、要するに「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部または重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に商法第二五条に定める競業避止義務を負う結果を伴うもの」であるとされる。この意味において、営業譲渡の内容は、商法総則で規律されている営業譲渡(商二四条以下参照)と同一のものとなる。
  このように、多数意見によれば、営業譲渡とは、@「組織化され、有機的一体として機能する営業財産」の譲渡のほか、A譲受人による「営業的活動の承継」、および、B譲渡人の「競業避止義務の負担」を伴うものとされ、そのようなものの譲渡につき譲渡会社の株主総会の特別決議を要することになる。これに対して、少数意見の説くところによれば、譲渡の対象が譲渡会社にとって重要な「営業財産」であれば、それだけで特別決議を要するものになり、譲渡の対象が営業財産を構成する個々の「営業用財産」であっても、それが譲渡会社にとって重要なものであれば、それだけで特別決議を要することになる。学説においても、従来の通説であった多数意見によるもの、少数意見を支持しつつ単なる営業用財産の譲渡ではなく、組織化された有機的な財産の譲渡が営業譲渡になるとするものなど、見解の対立がある(21)
  会社の分割の対象となっている営業は、前記最高裁判決の多数意見にいう営業と同内容のものと解する立場がある(22)。これは、有機的一体として機能する営業の構成要素である「暖簾」の承継を前提とした規定がおかれていること(商二八五条ノ七)、人的要素である「労働契約」の承継も前提とされていることによる。会社分割の対象を営業譲渡における営業と同じ意義と解しても、営業の意義について、学説上さまざまな議論があることから、営業譲渡の概念をめぐる争いが会社分割にも持ち込まれる余地がある(23)。思うに、会社分割における営業の意義は、営業譲渡における営業概念と同一に解するとしても、前記最高裁の多数意見が示す営業の意義よりも広く解釈すべきである。改正法が会社分割の対象を営業に限定したのは、現物出資の潜脱防止のためであるとする説明に対して、会社分割は厳格な手続を課しているので、そのような懸念はないとする見解もある(24)。そうであれば、なおのこと、有機的一体として機能する組織的な財産が対象とされるべきで、その他の要件は問うべきでない。営業の意義を広く解することで、無効な会社分割の生じる範囲が狭まりそれだけ法的安定性を増すことができる(25)

3  検査役調査の要否
  営業の現物出資などと異なって、会社分割の方法による場合は、検査役調査が不要であるとされるが、その理由は何処にあるのであろうか。会社分割の対象は、営業の全部または一部である(商三七三条・三七四条ノ一六)。すでに言及したように、中間試案の段階では、権利義務が承継の対象とされていた。改正法が営業に限定した理由は、個別財産による会社分割を認めると、現物出資の手続の潜脱を招くからであるとされてきた。しかし、そうだとすると、会社分割の手続の中に移転される財産の過大評価を防止する手段が備わっておりさえすれば、個別財産が会社分割の対象になっても問題は生じないといえる。会社分割の対象を営業に限定することは、むしろ法的安定性を害することになるともいえる。営業の意義をめぐる争いが、会社分割の成否を左右することになるからである。個別財産の移転が現物出資手続の潜脱になるというのは、結局、会社分割手続の中に、承継財産の過大評価の防止策がないことによる。したがって、個別財産を会社分割の対象にしなかったことには、それなりに理由がある。
  このような理由づけを是認した上で、さらに次のような問題が提起され、これに対してひとつの理由づけが試みられた(26)。個別財産について過大評価を防止する仕組みがないのに、改正法によれば、営業が対象になると、なぜ検査役調査が不要となるのか。これについては、次のようにいわれる。会社分割制度は企業再編を迅速かつ円滑に行うための制度であるからであるとする。この説明は一定の説得力を持つといえる。そうであれば、営業の現物出資の場合であっても、同じことがいえるのではないか。企業再編には、会社分割だけでなく、営業譲渡さらには営業の現物出資も利用できる。立法論ではあるが、営業の現物出資などについても検査役の調査を免除する余地を検討すべきではなかろうか。ここまでくると、これは検査役調査の制度のあり方に対する問題提起でもある(27)

(20)  前田・前掲商事法務一五五三号八頁参照。
(21)  学説の状況について詳しくは、山下眞弘『会社営業譲渡の法理』四三頁、一〇二頁、一四八頁以下(信山社、一九九七年)、同『営業譲渡・譲受の理論と実際』六一頁以下(信山社、一九九九年)などを参照されたい。
(22)  原田・前掲商事法務一五六三号一二頁参照。
(23)  前田雅弘「会社分割に係る商法等の一部改正について」ジュリスト一一八二号四頁参照。
(24)  落合誠一「平成一二年商法改正」法学教室二四一号六五頁参照。
(25)  同旨、神作裕之「会社分割における『営業』の意義」法学教室二四三号二七頁参照。
(26)  前田雅弘・前掲ジュリスト一一八二号四頁参照。
(27)  検査役調査の制度は、純粋持株会社の設立や現物出資についても抜本的に見直しが必要となろう。江頭憲治郎「会社分割」奥島孝康教授還暦記念第二巻『比較会社法研究』一九五頁(成文堂、一九九九年)、森本・前掲金融法務事情一五八〇号二一頁参照。


四  会社分割と労働契約承継法


  平成一二年の会社分割法制度の導入に伴う労働者保護策として、同年公布された「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(以下、「労働契約承継法」という)がある(28)。商法改正附則五条は、今回の改正商法と新たに成立した労働契約承継法との関連性につき定め、あわせて労働契約の承継に際して、分割会社が労働者と協議すべきことを規定している。会社分割制度が創設されるまでは、合併や営業譲渡に関して、このような内容の規定は存在しなかった。労働契約の処遇はあくまでも労働法の問題とされ、商法上は合併や営業譲渡の法的性質から、労働契約については処理するという手法がとられてきた。伝統的に、会社法上は株主と会社債権者のみがその利益保護の対象とされてきたため、このような考え方からすれば、今回の改正附則五条の意義をめぐって、労働者保護のための異質の規定が商法の中に紛れ込んできたと評価する向きもあろう。しかしながら、このように解することに対しては、以下のように疑問とする見解もある。確かに、商法の中にも雇用関係にもとづき生じた債権に関する規定として、商法二九五条があるが(29)、これは債権者たる立場にある労働者を保護する規定であるにすぎず、労働者それ自体を保護する目的に出るものではない。
  改正附則五条が商法として異質の規定であると考えるべきでないとする見解は、その理由として、次の点を挙げる(30)。すなわち、債務の免責的な移転について、個別同意を要する民法の原則を修正し、会社分割は包括承継とされ(商三七四条ノ一〇第一項・三七四条ノ二六第一項)、債権者保護手続が用意された(同三七四条ノ四・三七四条ノ一〇第二項・三七四条ノ二〇・三七四条ノ二六第二項)。同様に、契約上の地位の移転についても、民法の原則では、労働者の承諾を要するが(民六二五条一項)、これについても改正商法は迅速性を求め、包括承継性によって労働者の個別同意を不要とした。そのため、債務の免責的移転の場合と同様に、契約相手方である労働者保護規定が必要となったというものである。この見解は、改正附則五条を債権者保護手続の延長線上にある規定と位置づけるわけである。
  これに対して、会社法の保護対象を拡大して理解し、株主・会社債権者のほかに、労働者などの利益も視野に入れることを前提に理由づける考え方もある。合併や営業譲渡の場面において、労働者保護も考慮すべきであるとする議論は、これまでも労働法学のみならず、商法学者からも主張されてきた(31)。このような立場によっても、異質の規定が商法に混入したということにならない。これによれば、多種多様なステイクホルダーの利益が会社法の保護対象となるからである。伝統的に会社法では、基本的に株主と会社債権者だけが保護の対象と考えられてきたようであるが、これについて再考を要しないかが改めて問われている。

(28)  これについては、労働省労政局労政課「労働契約承継法の概要」商事法務一五六五号二四頁、金融法務事情一五八三号一六頁、その詳細な検討としては、岩出誠「労働契約承継法の実務的検討〔上〕〔中〕〔下〕」商事法務一五七〇号四頁、一五七一号四頁、一五七二号一四頁参照。
(29)  商法二九五条に関する最近の判例評釈として、山下眞弘「社内預金の破産法上の取扱いにつき商法二九五条の適用が否定された事例」判例評論四九四号四八頁(判時一七〇〇号)参照。
(30)  前田雅弘「会社分割法制と労働者保護規定」金融・商事判例一〇九八号二頁参照。
(31)  詳細については、山下・前掲会社営業譲渡の法理二七三頁、同・前掲営業譲渡・譲受の理論と実際二一一頁以下を参照されたい。なお、最近の労働法学と商法学との共同研究をまとめたものとして、「ミニ・シンポジウム営業譲渡と労働関係」日本労働法学会誌九四号七六頁以下(一九九九年)参照。


お  わ  り  に


  アメリカ的な分割方法は、わが国ではあまり実益がないとする有力な見解によって(32)、改正法はヨーロッパ的な分割立法を採用した。したがって本稿でも、わが国に創設された大陸法型の会社分割法制をみてきた。しかし、アメリカ型の分割を認める要請がないわけではない。アメリカの制度に類似の立法論を展開した学説も有力である(33)。この点で、改正法はアメリカ型の会社分割を否定するものでもなさそうである。これは今後の解釈の問題であるが、いずれは将来において、再び比較法的に立法のあり方を再検討する余地もあろう(34)
  会社分割法制をめぐっては、当然のことながらひとり商法のみならず、租税法、倒産法、労働法など諸分野の法的問題が有機的連関性をもって深く関わってくる。税制が会社分割の行方を決定づけることを考えると、新設会社・承継会社への資産移転によって生じるキャピタル・ゲインへの課税繰延は、不可欠の要請となるであろう(35)。また、労働契約関係の処遇についても、これまでの合併・営業譲渡との関係で論じられてきた問題と関連させて、検討すべき問題点があり(36)、むしろ会社分割との関わりで、この点についても新たな視点を切り開くことが期待できるのではなかろうか。本稿は、検討対象が創設されたばかりであることもあって、深まりのある議論は展開しておらず、総論にとどまっている。今後、個別の問題点について会社法を中心に、関連する法領域へと検討の対象を広げていきたいと考えている。

(32)  田村諄之輔「会社分割法制についての一考察」竹内昭夫先生追悼論文集『商事法の展望−新しい企業法を求めて−』五四四頁(商事法務研究会、一九九八年)参照。
(33)  江頭・前掲奥島記念一九七頁参照。
(34)  会社分割に関する詳細な比較法的検討として、松古樹美「米国における企業グループの事業再構築〔(2)〕−〔(6)〕完」商事法務一四八四号二二頁、一四八五号二六頁、一四八七号三一頁、一四九〇号四五頁、一四九三号三〇頁、武井一浩「米国会社分割制度の実態と日本への示唆〔(2)〕−〔(6)〕完」商事法務一五二五号二九頁、一五二八号三六頁、一五二九号二六頁、一五三一号三四頁、一五三二号三九頁、山田純子「会社分割の規制(一)(二完)」民商法雑誌九九巻六号七一頁、一〇〇巻二号八七頁以下、神作裕之「株式交換・編入・会社分割」竹内昭夫先生追悼論文集『商事法の展望』二六九頁以下(商事法務研究会、一九九八年)なども参照。
(35)  法人課税小委員会「会社分割・合併等の企業組織再編成に係る税制の基本的考え方」(平成一二年一〇月三日)においても、会社分割を円滑に行えるよう実態にあった課税が検討されているようである。学界にあっても、基本的に同様の方向で進んでいるようであり、課税の繰り延べは、会社分割法制が有効に機能するために不可欠の要請であるといえる。武田昌輔「会社分割」『会社再編等と課税』日税研論集四五号三七頁、この実務的検討として、垂井英夫「会社分割会計と税務問題」税経通信五五巻七号九一頁以下参照。
(36)  最近のものとして、たとえば、荒木尚志「合併・営業譲渡・会社分割と労働関係−労働契約承継法の成立経緯と内容」ジュリスト一一八二号一六頁、萬井隆令「企業組織の再編と労働契約の承継」労働法律旬報一四七八号六頁、本久洋一「会社分割と労働関係」労働法律旬報一四七八号一三頁、柳屋孝安「会社分割と労働法上の諸問題」日本労働研究雑誌四八四号四九頁、橋本陽子「営業譲渡と労働法」日本労働研究雑誌四八四号六一頁、山川隆一「会社分割と労働関係」法学教室二四二号八一頁、安枝英、「会社分割と労働関係」法学教室二四三号三二頁などがある。

(付記)  本稿は、一九九九年度全国銀行学術研究振興財団研究助成金による研究成果の一部である。