立命館法学 2000年5号(273号) 272頁




イギリス旧裁判官準則期におけるホールディング・チャージについて

和田進士


 

は じ め に

第一章  リー委員会以前の状況

第二章  リー委員会
  第一節  リー委員会における討論
  第二節  リー委員会の勧告
  第三節  小      括

第三章  リー委員会以後の状況
  第一節  ホールディング・チャージ問題の存続
  第二節  裁判所の判断
  第三節  学 説 な ど
  第四節  小      括

第四章  検討と考察
  第一節  議論の整理
  第二節  旧裁判官準則期におけるホールディング・チャージ抑制理論とPACE三一条との関連


 

は  じ  め  に

  イギリス(1)における被疑者取調べは、一九一二年以後、裁判官準則(Judges' Rules)によって手続的に、自白法則によって証拠法的に規制されてきたと言われている(2)。裁判官準則は、一九〇六年に、バーミンガムの警察署長が、王座部の裁判官に黙秘権告知の基準を明らかにしてほしいと依頼し、裁判官がこれに合同で裁決を与えたのがきっかけでできた。一九一二年に、最初の四か条が作られ、続く五か条は一九一八年に追加された。その後一九三〇年に、疑問点を明らかにする説明が、裁判官の同意を得て内務大臣の回状(Home Office Circular(3))の形で出され、一九四七年、一九四八年には、同様の形で供述録取の指針が出て、実質的に準則を補充することになった。この旧裁判官準則(4)については、内容が明確でないとか、捜査活動の不当な障害になるなどの批判があったので、女王座部の裁判官で委員会が構成され、改正が検討された。その結果、新裁判官準則が、一九六四年一月に全裁判官の同意を得て成案を見、内務省から内務省回状の形で公布された(5)
  旧裁判官準則では、文言上はあいまいであったが、一九三〇年内務省回状で補充されることによって、身柄拘束中の被疑者の取調べを禁止していた。身柄拘束中の被疑者取調べの禁止の問題は、一九六四年に全面改正された裁判官準則の下でも問題となった。しかし新裁判官準則一条は、逮捕と告発(charge(6))の間に尋問を許した(7)。そのことは、一九六九年のシャーバン・ビン・フセイン対チョング・フーク・カム事件判決(8)において、枢密院(Privy Council)によって確認された(9)。そして一九八四年警察・刑事証拠法(Police and Criminal Evidence Act 1984)(以下、PACE(10))の下においても、逮捕後告発されるまでの間、身柄拘束中の被疑者への尋問は許されている。
  このようにイギリスでは、旧裁判官準則期において、身柄拘束中の被疑者への尋問は、許されていなかった。しかしながら、旧裁判官準則期においても、「尋問のための身柄拘束」(detention for questioning)という捜査方法が事実上は存在した。そして、それを取り巻く規制の不明確性が、被疑者に尋問することを警察に許す実務を発展させた。その実務には、三つの捜査方法が存在した。第一に、正式に逮捕せずに、「取調べを含む捜査に協力するように」(to help with enquiries)非公式に身柄を拘束することで、逮捕後の尋問への制限を潜脱するという捜査方法。第二に、ホールディング・チャージ(holding charge(s))という捜査方法。第三に、告発前に三日間までの期間、尋問のために警察勾留(remand in custody)されるように、治安判事へと被疑者を引致するという捜査方法であった(11)。ここで、ホールディング・チャージという捜査方法とは、「比較的軽微な罪状で被疑者を逮捕し、より重大な犯罪について、取調べを含む捜査をする捜査方法」のことである。そして、ホールディング・チャージの中でも、特に問題となるのが、警察による身柄拘束中に、より重大な犯罪についての「取調べ」を目的とするものである(12)。この捜査方法は、身柄拘束中の被疑者への尋問は許されないという制限を、うまく潜脱した(13)。そしてホールディング・チャージは、イギリス、およびイギリス法系の国々で、今なお、利用され続けている(14)。しかし、ホールディング・チャージの中でも、警察による身柄拘束中に、より重大な犯罪についての「取調べ」を目的とするものに関しては、PACEによって法的に規制された(15)。主に、PACE三一条(他の犯罪による逮捕)、三七条二項(告発前の留置管理官の義務)、四一条四項(告発までの留置時間の制限)、四八条(警察勾留)によってである(16)
  PACEは、従来不明確であった警察の捜査権限を明確化し、一定範囲でそれを拡大・強化すると同時に、被疑者の権利保障のための多くの規定も設けた(17)。そして同時に、個々の制定法によって、逐次断片的に斉合性なく規定されてきた権限などを、一般的、包括的に規定した面を有するほか、従来、判例などにより規律されていた事項を、制定法によって(あるいは国会が関与する形で)規制したという意義も有した。たとえば、従来、裁判官準則、および判例によって規制されていた自白法則が、PACEによって規定され、また、従来、裁判官準則において規律されていた、被疑者取調べなどに関する行為規範も、PACEに基づいて制定された実務規範(Codes of Practice(18))によって、規制されることになった(19)
  そこで本稿では、PACE成立に先行する裁判官準則期、それも特に旧裁判官準則期のホールディング・チャージと、それに対する対応を検討して、その中でどのようにホールディング・チャージ抑制理論の礎が築かれていったのかを、明らかにしていくことにしたい。一九二八ー一九二九年の警察の権限および手続に関する王立委員会(The Royal Commission on Police Powers and Procedure 1928-1929(20))(以下、リー委員会(Lee Commission(21)))において、ホールディング・チャージが討論され(22)、非難された(23)ことも考慮して、以下ではリー委員会以前の状況、リー委員会、リー委員会以後の状況に分けて、論じていくことにする。

(1)  このことばは多義的であり、日常的にはイングランドのほか、ウェールズ、スコットランドそして北アイルランドをあわせた「大ブリテンおよび北アイルランド連合王国」を意味するものとして、用いられることが多いようである。しかし、以下では不正確の嫌いはあるが、繁雑を避けるために、このことばを原則として、イングランドおよびウェールズを意味するものとして、用いることにする〔参照、小山雅亀「「イギリス」の訴追制度(一)」西南学院大学法学論集二四巻四号三八頁(一九九二年)〔イギリスの訴追制度所収(一九九五年)〕〕。
(2)  多田辰也「イギリスにおける被疑者取調べ」警察研究五九巻二号三六頁(一九八八年)〔被疑者取調べとその適正化所収(一九九九年)〕。
(3)  参照、第三章第一節。
(4)  なお旧裁判官準則は、次のようなものであった。

 「一条  警察官が犯人の発見に努める場合、容疑者であると否とを問わず、有益な情報を入手できると考えられる者に対して、その犯罪に関して尋問することは差支えない。
  二条  警察官は、ある者に犯罪の告発をする決意をした場合はいつでも、場合に応じて、尋問をする前、または尋問を継続する前に、その者に対して、まず黙秘権を告知しなければならない。
  三条  被拘禁者に対しては、まず通常の黙秘権を告知した後でなければ、これに尋問してはならない。
  四条  身柄拘束中の被疑者が、自ら進んで何らかの供述をしようとする場合には、通常の黙秘権を告知しなければならない。通常の黙秘権は、その最後の二語(『被疑者に不利益な』という語ー筆者)を省略し、『証拠として提出される』ということばで結ぶのが望ましい。
  五条  身柄拘束中の被疑者が、正式に告発される場合、被疑者に告知される黙秘権は、次のようなことばでなされなければならない。『当該罪状に対して、何か供述したいことはあるか?  言いたくなければ、何も言う義務はないが、供述すれば、それがすべて調書に録取されて、証拠として提出されることがある。』被疑者のする返答は、被疑者に不利益な証拠にのみ使用され得るということを、いささかでも暗示しないように、注意しなければならない。このような暗示をすれば、無実の者が、その嫌疑を晴らす助けとなるような供述を行う、妨げとなるかもしれないからである。
  六条  黙秘権を告知する余裕のないうちに、身柄拘束中の被疑者が行った供述は、黙秘権が告知されなかったという理由だけでは、証拠としての許容性を失わないが、このような場合には、できる限り速やかに、被疑者に黙秘権を告知しなければならない。
  七条  任意の供述をする、身柄拘束中の被疑者に対して、反対尋問をしてはならず、また、被疑者が実際にした供述中のあいまいな点を除去する場合を除いて、その供述に関して、被疑者に尋問してはならない。たとえば、被疑者が、ある時間のことを述べたが、午前か午後かを言わなかった場合、何曜日で何日と言ったが、それが一致しない場合、供述のどこかの部分で言及するつもりでいた者、または場所を、明らかにしなかった場合などには、被疑者に対して、それらの点を明らかにするに足る程度の尋問をすることができる。
  八条  二人、またはそれ以上の者を、同一の犯罪で告発し、被疑者から別々に供述をとる場合、警察官は、その供述を他の被疑者に読み聞かすべきではないが、各被疑者に対して、これらの供述書の謄本を与えなければならず、かつこれに対する返答を求めるために、何らかの言動に出てはならない。被疑者が返答の供述を望む場合には、通常の黙秘権を告知しなければならない。
  九条  右の諸準則に従ってなされた供述は、可能な場合はいつでも、これを調書に録取し、供述者に読み聞かせて、訂正したいところがあれば訂正するように求めた後、供述者の署名を得なければならない」〔Home Office Circular No. 536053/23, June 24th, 1930, at 1-2〕。

  参照、Roland Burrows, PHIPSON ON THE LAW OF EVIDENCE, 9th ed., 1952, at 269. 羽山忠弘「英國における供述拒否權告知制度の沿革」警察学論集一〇輯七八ー八〇頁(一九五〇年)、パトリック・デヴリン(兒島武雄訳)・警察・検察と人権一八三ー一八五頁(一九六〇年)など。歴史的な背景については、Gerald Abrahams, POLICE QUESTIONING and THE JUDGES' RULES, 1964;Ian Brownlie, Police Questioning, Custody and Caution [1960] Crim. L.R. 298.
(5)  田宮裕「イギリスにおける「裁判官準則」の改正」判例時報三九〇号二頁(一九六四年)〔捜査の構造所収(一九七一年)〕。
(6)  Chargeの意味するところは、明確ではない。日本においては、このことばの訳について、次のようなことが言われている。「(イギリスの告発はーマジストレイトに対する訴えの提起(laying of information)とともにー訴追(prosecution)手続きを開始させる方式と考えられており、その後は被告人(defendant)と呼ばれることもある)。しかし、重大犯罪においては、その後公判付託手続き(committal proceeding)を経てから正式起訴状(indictment)が作成されることになるので、(従来のわが国での慣行とともに)この点をも考慮して本文のような訳語(charge を告発と訳すことを指すー筆者)を使用した」〔当番弁護士制度研究会「警察署における被疑者への助言と援助及び24時間当番弁護士制度」自由と正義四四巻七号六三頁(一九九三年)〕。「「告発」は、「チャージ(charge)」の訳であって、日本における勾留に匹敵する制度と考えればいいか。訴追のための正式な訴訟行為であるが、起訴そのものではない」〔村井敏邦「刑法と刑事訴訟法の交錯5第四章ーUイギリス刑事手続のいろいろ(2)」時の法令一四七九号三九頁(一九九四年)〕。「我が国の起訴に相当する「charge」の権限は警察によって行使される」〔高部道彦「英国の刑事施設における未決被拘禁者と弁護人の接見」罪と罰三一巻三号七七頁(一九九四年)〕。「チャージとは「被疑者と特定すること」を指す。起訴(indictment)とは異なる」〔庭山英雄「刑事司法王立委員会報告書に学ぶ」専修法学論集六〇号二二五頁(一九九四年)〕。「被疑者が、当事者として確定される(Chargeの訳。以下同様)」〔ジョン・ボールドウィン(四宮啓訳)「警察取調べの録音と警察署における弁護人の役割」自由と正義四八巻一〇号一五頁(一九九七年)。参照、ジョン・ボールドウィン(四宮啓訳)「イングランドとウエールズにおける警察の録音と警察署における弁護人の役割」季刊刑事弁護一二号四四頁(一九九七年)〕など。
(7)  田宮・前掲註(5)三頁。
(8)  Shaaban Bin Hussien v. Chong Fook Kam [1969] 3 All E.R. 1626, at 1630.
(9)  Michael Zander, Cases and Materials on the English Legal System, 6th ed., 1993, at 185-186;7th ed., 1996, at 160;8th ed., 1999, at 172.
(10)  PACEの原文については、Michael Zander, THE POLICE AND CRIMINAL EVIDENCE ACT 1984, 1985;2nd ed., 1990;3rd ed., 1995など。また、PACEを邦訳したものとして、土屋正三「イギリスの新「警察及び刑事証拠法」略説(一)ー(九・完)」警察研究五六巻一一号三ー一五頁、一二号一五ー二九頁、五七巻二号一八ー三三頁、五八巻一号一九ー三七頁、三号二二ー三四頁、四号一六ー二四頁、五号一九ー二七頁、六号二二ー三一頁、七号三一ー四〇頁(一九八五ー一九八七年)、法務大臣官房司法法政調査部編(三井誠=井上正仁訳)・イギリス警察・刑事証拠法/イギリス犯罪訴追法(一九八八年)など。
(11)  David Dixon, Law in Policing:Legal Regulation and Police Practices, 1997, at 136-137. なお警察勾留については、一九五二年治安判事裁判所法(Magistrates' Courts Act 1952)一〇五条五項、一九八〇年治安判事裁判所法(Magistrates' Courts Act 1980)一二八条七項、八項、PACE四八条。
(12)  別件逮捕・勾留について、広狭いろいろな定義があるが、それらはいずれも、本件事実についての被疑者取調べのために、身柄拘束を行うものであるという点で、共通していると言われている〔井戸田侃「別件逮捕・勾留禁止の本質」高田卓爾博士古稀祝賀刑事訴訟の現代的動向六二頁(一九九一年)〕。その意味で、ホールディング・チャージは、別件逮捕・勾留に相当する捜査方法である。なお別件逮捕・勾留は、起訴後の勾留においても問題となる。起訴後の勾留については、参照、久岡康成「起訴後の勾留の性質」立命館法学二五六号一三〇四ー一三一九頁(一九九八年)。
  また別件逮捕・勾留問題を論じるに当たって、イギリスの状況と比較検討したものとして、一九七四年に、飯田忠雄教授が、イギリスについて主に証拠の許容性の観点から、検討されていた〔飯田忠雄「別件逮捕の許容性の限界(四)」神戸学院法学四巻二・三号一八ー二二頁(一九七四年)〕。
  また一九八三年に、田宮裕教授が、論文において「英米には、「尋問のための抑留」(detention for questioning〔以下 d. f. q. と略す。「取調べのための身柄拘束」と称する場合もある〕)ということばがあるが、みかたによっては、別件逮捕は、一種の d. f. q. の実質をもつといえよう。」として、議論を始められる〔田宮裕「別件逮捕にみる捜査と自白」井上正治博士還暦祝賀刑事法学の諸相(下)二〇二ー二〇三頁(一九八三年)〕。そして、「外国にも別件逮捕という捜査方法がないわけではない。イギリスの holding charge がこれに相当するものであるし、アメリカでも、古くから浮浪罪や交通違反などの微罪による検挙という警察実務が問題とされてきた。しかし、イギリスの場合、本件の逃亡防止が目的であるし、アメリカでも、取調べの観念がわが国とはだいぶちがう。」と指摘されていた〔田宮・前掲註(12)二一六頁〕。
  また一九九二年に、安冨潔教授が、「イギリスにおいても、一九八四年警察・刑事証拠法第五編に被疑者取調べに関する詳細な規定を設けて規制を加えている。」と、別件逮捕・勾留問題に関連して指摘されていた〔安冨潔「いわゆる別件逮捕について」警察学論集四五巻五号一三一頁(一九九二年)〕。
  他、庭山英雄「イギリス刑事司法のプロフィール」法と民主主義九六号二九頁(一九七五年)など。しかしながら、これまで日本においては、別件逮捕・勾留問題を論じるに当たって、イギリスの状況というものは、さほど比較検討されないまま残されてきたように思われる。
(13)  Dixon, supra note 11, at 137.
(14)  たとえば、イギリスの事例として、R. v. Chalkley and another [1998] Q.B. 848;R. v. Leicester Crown Court ex parte Patel, QUEEN'S BENCH DIVISION, CO/5025/99, February 15th, 2000 (LEXIS) など。北アイルランドの事例として、Magennis v. Chief Constable of the Royal Ulster Constabulary, Queen's Bench Division, SHEJ 2513, April 30th, 1998 (LEXIS) など。香港の事例として、CROWN SOLICITOR v. DATUK DR JEFFREY KITINGAN, MISCELLANEOUS PROCEEDINGS NO 1193 OF 1990, HIGH COURT, 1994-1 HKC 516;1994 HKC LEXIS 588, January 20th, 1994 (LEXIS) など。ニュージーランドの事例として、R. v. Te Kira, Court of Appeal Wellington [1993] 3 NZLR 257, May 14th, 1993 (LEXIS) など。
    参照、Mark Findlay, Stephen Odgers and Stanley Yeo, AUSTRALIAN CRIMINAL JUSTICE, 2nd ed., 1999, at 48;Gary Slapper and David Kelly, The English Legal System, 4th ed., 1999, at 311;Peter Murphy, BLACKSTONE'S CRIMINAL PRACTICE, 9th ed., 1999, at 927;10th ed., 2000, at 947.
(15)  L.H. Leigh, Police Powers in England and Wales, 2nd ed., 1985, at 51;Vaughan Bevan and Ken Lidstone, A Guide to the Police and Criminal Evidence Act 1984, 1985, at 164;Vaughan Bevan and Ken Lidstone, The Investigation of Crime:A Guide to Police Powers, 1991, at 265-266;Ken Lidstone and Clare Palmer, Bevan and Lidstone's The Investigation of Crime, 2nd ed., 1996, at 301;Dixon, supra note 11, at 147-148.
(16)  「警察官は、警察署に引致された被逮捕者を釈放しても他の罪により再度逮捕できると認める場合は、その罪によりその者を逮捕しなければならない(PACE第三一条)。本条は、釈放後直ちになされる逮捕を禁止する趣旨であり、二度目の逮捕は釈放が切迫する時点まで遅延できる(R v Samuel 〈1988〉 2 All ER 135)とされているが、再逮捕した場合も、留置時間の制限は、最初の逮捕を基準に計算される(同法第四一条第四項)ので、より軽微な犯罪による別件逮捕の余地はなくなると考えられている」〔森雅仁「英国における捜査手続H」捜査研究四七二号七八頁(一九九一年)〕。
  なおホールディング・チャージは、取調べの間の弁護人の立会いを含む捜査弁護や、留置管理官といった制度によっても規制された〔Dixon, id. at 148〕。イギリスの捜査弁護については、岡田悦典「被疑者刑事弁護に関する一試論(1)ー(5・完)」行政社会論集一一巻一号一ー一〇四頁、二号一ー一〇二頁、三号八三ー一七三頁、一二巻二号一ー三三頁、三号二五ー七四頁(一九九八ー一九九九年)、岡田悦典「イギリスの捜査弁護」刑法雑誌三九巻一号六五ー七六頁(一九九九年)、丸島俊介「被疑者弁護に関する意見交換会第九回・第一〇回イギリス・フランスの刑事手続と刑事弁護の制度」季刊刑事弁護二〇号一六二ー一六三頁(一九九九年)、ロジャー・イード「イングランド・ウエールズの刑事手続における証拠開示」刑弁情報二〇号二ー五八頁(二〇〇〇年)など。
(17)  多田辰也「被疑者取調べとその適正化(三・完)」立教法学三〇号五八頁(一九八八年)〔被疑者取調べとその適正化所収(一九九九年)〕。
(18)  PACEは、実務規範によって補完されつつ運用されている。そして一九八四年実務規範は、その後、一九九一年と一九九五年に改正された。一九八四年実務規範の原文については、HMSO, Police and Criminal Evidence Act 1984 (s. 66):CODES OF PRACTICE, 1985 など。一九九一年実務規範の原文については、HMSO, Police and Criminal Evidence Act 1984 (s. 66):CODES OF PRACTICE REVISED EDITION, 2nd ed., 1991 など。一九九五年実務規範の原文については、HMSO, Police and Criminal Evidence Act 1984 (s. 60 (1) (a) and s. 66):CODES OF PRACTICE REVISED EDITION, 1995 など。一九八四年実務規範を邦訳したものとして、渥美東洋「イギリスの警察および刑事証拠法の「実務規範」(一)ー(四・完)」判例タイムズ五九五号一八ー三〇頁、五九六号二二ー二五頁、五九七号二六ー三〇頁、五九九号二四ー二五頁(一九八六年)(ただし、その内容は、最終的に成立した実務規範とは多少異なるところがある〔多田・前掲註(17)五九頁〕)。一九九一年実務規範を要約邦訳したものとして、当番弁護士制度研究会・前掲註(6)六二ー六〇頁。
  なお一九九一年改正の際には、複数の犯罪について被疑者が留置されている際に、すべての犯罪について被疑者を訴追する準備ができるまで、警察官が被疑者を留置管理官の下へと引致するのを遅らせてよいことになった(一九九一年実務規範C一六条一項)。そしてそれは、一九九五年実務規範においても継承された(一九九五年実務規範C一六条一項)。参照、Zander, supra note 9, 1993, at 191;1996, at 164-165;1999, at 176.
(19)  森雅仁「英国における捜査手続(一)」警察学論集四三巻七号一〇五頁(一九九〇年)。
(20)  当該委員会は、次の目的のために設けられたものであった。公訴局長および警察それぞれの機能を含む、犯罪捜査における、イングランドおよびウェールズの警察の一般的権限および義務を考慮すること。犯罪捜査の過程において、取調べを受けた者を、取調べるのになされた実務、もしくは取調べを受けた者から供述をとるのになされた実務を、調査すること。国民の権利および自由、司法の利益、そして裁判官準則を文言および精神の両面で遵守することへの適正な評価を伴いつつ、このような権限および義務が、適切に行使および遂行されているのかどうかを、報告すること。このような権限および義務、そしてそれらの適切な行使および遂行について、必要な勧告をなすこと〔Report of the Royal Commission on Police Powers and Procedure, 1929 (Cmd. 3297), at 1〕。
  また、「王立委員会」という組織は、基本的で社会性の強い問題について調査・検討するために、古くからしばしば設けられてきたもので、そのメンバーも、必ずしも法律専門家のみに限らず、社会の各分野の代表的地位にいる者が選ばれることが多い。この委員会は、政府の発議により、女王の勅命をもって設置され、委員も、首相の指名に基づいて女王がこれを任命する。その活動に要する費用は、国の財政で賄われるが、政府からも議会からも独立した存在として、比較的党派の利害にとらわれず、公平な結果を生み出すことが期待できる組織体であると言われる。「王立委員会」は、原則として特定の事項について個別に設けられるもので、付託された任務の終了(報告書の提出)とともに、解散される。
    刑事法に関係する問題についても、たとえば、「治安判事に関する王立委員会」(Cmnd. 7463, 1948)、「賭博、くじ引きおよび勝負事に関する王立委員会」(Cmnd. 8190, 1951)、「死刑に関する王立委員会」(Cmnd. 8932, 1953)、「精神病および精神疾患に係る法に関する王立委員会」(Cmnd. 169, 1957)、「警察に関する王立委員会」(Cmnd. 1728, 1962)、「刑罰制度に関する王立委員会」(一九六四ー一九六六年)、「法律業務に関する王立委員会」(Cmnd. 7648, 1979)、「刑事手続に関する王立委員会」(Cmnd. 8092, 1981)、「刑事司法に関する王立委員会」(Cm. 2263, 1993)などがあった〔参照、井上正仁=長沼範良「イギリスにおける刑事手続改革の動向(一)」ジュリスト七六五号八九頁(一九八二年)〕。
(21)  当該委員会の議長は、リー議長(The Right Hon. Viscount Lee of Fareham, G.C.S.I., G.B. E., K.C.B. (Chairman))であった。
(22)  参照、Satnam Choongh, POLICING AS SOCIAL DISCIPLINE, 1997, at 11.
(23)  Report, supra note 20, para. 160.


第一章  リー委員会以前の状況


  当時の裁判所の多数は、身柄拘束中の被疑者への取調べを望ましくないものとしてみなしていたが、身柄拘束中の被疑者によって明らかに任意になされた供述については、身柄拘束中ということだけでは排除を要求する十分な理由ではないとみなしていた(1)
  たとえば、旧裁判官準則によって規制される以前の判決ではあるが、ベスト事件判決(2)において、一九〇八年一一月二〇日、被疑者は、トリックを用いた盗みおよびその未遂で身柄拘束され、告発された後に、黙秘権の告知を受け尋問に答えた。そして別の被害者に対する同じ手口のトリックを用いた盗みについて、一一月二六日に告発され、その後、起訴された。この事件において、身柄拘束中の被疑者は、彼が起訴された犯罪に関して尋問された際に、二つの他の罪状について既に身柄拘束中であったけれども、その点については裁判官によってコメントがなされなかった(3)。そして、身柄拘束中の尋問によって得られた供述が、証拠として許容されるかどうかだけが争点となった。アルバストーン王座部首席裁判官(Lord Alverstone C.J.)は、次のように判決した。
「この種の(身柄拘束中のー筆者)尋問がなされたという事実が、事実審理を無効にする可能性はまったくない。身柄拘束中の被疑者が、彼から発見された何らかのものについて釈明する権利を与えられている多くの事例が存在し、そして発見されたものが彼自身の財産であったと言ったり示したりする機会を、その尋問は彼に与えたかもしれない(4)。」
  また概して、被疑者が、取調べの対象である犯罪とは別の犯罪について身柄拘束されていた場合に、いずれにしてももしも黙秘権の告知が最初になされ、そして取調べの開始時点において、取調べの対象である犯罪について被疑者を告発するように、警察官が決めていなかったのであれば、裁判所は尋問を許容した(5)
  一九二八年に、リー委員会において、ホールディング・チャージが討論された際に、唯一レポーティッド・ケースであった(6)ブーカ事件判決(7)において、裁判所は、より軽微な罪状(逮捕理由は不明(8))で身柄拘束中に、警察官によってなされた尋問への返答として、被疑者によってなされた供述を、謀殺罪についての事実審理における証拠として認めた。ヘワート王座部首席裁判官(Hewart Lord Chief Justice)は、次のように判決した。
「彼は単に被疑者であっただけではなしに、少年シャープ(Sharpe)謀殺の罪状ではないけれども、その時点で身柄拘束もされていたということであり、それゆえ裁判官準則三条が適用され、裁判官準則一条は適用されない。準則三条は、次のように規定している。『被拘禁者に対しては、まず通常の黙秘権を告知した後でなければ、これに尋問してはならない。』警視は、私が言及した黙秘権の告知をここで与えていた(9)。」
  ただし、これは一九三〇年内務省回状において否定された裁判官準則の解釈であって、一九三〇年以後、当該判決は何ら先例としての意味を持たないとされた(10)
  また、リー委員会において、ホールディング・チャージが討論された際に、そこでは、ブラウンおよびケネディ事件判決(11)が、委員や証人らの念頭にあった。ブラウン(Browne)は、一九二七年一一月の自動車窃盗の罪状について、一九二八年一月二〇日に逮捕された。そして翌日、それよりも以前である九月の警察官謀殺について、取調べを含む捜査はなされていると告知された。九月二六日夜の行動と、自動車から発見された拳銃の所持、後ポケットから発見された弾薬の所持について説明するように要求された。ブラウンは供述をなし、それは書きとめられた(12)。ケネディ(Kennedy)は、自動車窃盗について、一月二五日夜遅くにリバプール(Liverpool)で逮捕された。彼はロンドン警視庁(Scotland Yard)へと引致され、二六日午後七時に、九月の警察官謀殺について取調べを含む捜査をしていたと、告知された。そして、情報を提供するように要求され、彼の妻と相談のうえ、「あなたは私が言いたいことを書き取ることができ、そして私はそれにサインをするつもりである。」と答えた(13)
  両方の供述が、警察官謀殺についてのブラウンとケネディの事実審理において、証拠として提出された。ブラウンが致命的な発砲をした際に、ケネディは立ち会ってはいたものの、ブラウンが拳銃を携帯していたことは知らなかったと、ケネディは供述において認めた。他方ブラウンは、供述において、彼の妻と一緒に居たというアリバイを主張し、ケネディに責任をなすりつけた。その証拠は、依頼人らに不利には許容できないと、両方の弁護人らは主張しなかった(14)。それゆえ裁判官準則への言及が、事実審理においても、刑事控訴院においてもなされなかったということは、驚くべきことではなく、当該事件は、判例としての価値はないとも言われた(15)
  こうして、ホールディング・チャージと呼ばれる捜査実務が、裁判所の判断においてその姿を現してくるようになったのである。

(1)  L.H. Leigh, POLICE POWERS IN ENGLAND AND WALES, 1975, at 144 によれば、R. v. Gavin (1885) 15 Cox C.C. 656 を無効にするR. v. Best [1909] 1 K.B. 692 (C. A.). また、R. v. Regan (1867) 17 L.T. 325;R. v. Hassett (1861) 8 Cox C.C. 511;Lewis v. Harris (1913) 110 L.T. 337 (K.B. D.);R. v. Crowe and Myerscough (1917) 81 J.P. 288;R. v. Knight and Thayre (1905) 20 Cox C.C. 711. 参照、高田昭正「イギリスにおける自白の任意性」高田卓爾博士古稀祝賀刑事訴訟の現代的動向三七五ー三七六頁(一九九一年)、稲田隆司「自白法則と虚偽排除説」法政理論三〇巻四号五八ー五九頁(一九九八年)。
(2)  R. v. Best, id.
(3)  Ian Brownlie, Police Questioning, Custody and Caution [1960] Crim. L.R. 298, at 320.
(4)  R. v. Best, supra note 1, at 693.
(5)  R. v. Booker (1924) 18 Cr. App. R. 47.
(6)  R.N. Gooderson, THE INTERROGATION OF SUSPECTS, THE CANADIAN BAR REVIEW 48, 1970, at 276-277.
(7)  R. v. Booker, supra note 5.
(8)  恐らくは、不正行為を含む犯罪の罪状〔Gooderson, supra note 6, at 277〕。
(9)  R. v. Booker, supra note 5, at 49.
(10)  R. v. Powell−Mantle, Commentary [1959] Crim. L.R. 446, at 448;Brownlie, supra note 3, at 320;Gooderson, supra note 6, at 277.
(11)  R. v. Browne and Kennedy, The Times, February 22nd, 1928, at 9;April 25th, 1928, at 6;April 26th, 1928, at 6.
(12)  Id. April 25th, 1928.
(13)  Id. February 22nd, 1928.
(14)  Id. April 25th, 1928;April 26th, 1928. 警察裁判所(police court)において、ケネディのソリシターは、次の理由でケネディの供述の許容性に異議を唱えていた。それは、彼が食事や睡眠を与えられない状態を続けられ、そのうえ約束、期待、そして脅迫によって、供述は彼から引き出されたという理由からであった。訴追側の証言によれば、数時間の睡眠と彼が望んだ食事すべてを、彼は手に入れていたということであった〔Id. February 22nd, 1928〕。また、アーチボルド・ボドキン卿(Sir Archibald Bodkin)によれば、リバプールからの移送中、彼は二度の朝食と夕食とお茶をとったということであった〔REPORT OF THE ROYAL COMMISSION ON POLICE POWERS AND PROCEDURE (1928-1929), VOL. 2-3, MINUTES OF EVIDENCE, PART 1-2, 1929, Q. 1222〕。
(15)  Gooderson, supra note 6, at 277-278.


第二章  リー委員会
第一節  リー委員会における討論
一  ホールディング・チャージを肯定する見解
  リー委員会の面前での証言において、アーチボルド・ボドキン公訴局長(Sir Archibald H. Bodkin, K.C.B., Director of Public Prosecutions)は、多くの人々の記憶に残っているであろうという理由で最近の二つの事例を挙げた。一つは、スチュアート(Stewart)事件であった。スチュアートは、サウスエンド(Southend)において、不法目的侵入罪もしくは不法目的住居侵入罪で逮捕され、身柄を拘束された。彼は、ロンドンへと引致された。ロンドンにおいて、当該特定の事件についてだけではなしに、同種のさまざまな他の犯罪の企てについて、彼は、いくつかの供述をなした。それから、彼が認めたこれら他の物事のいくつかについて彼が尋問された際に、彼は、ウェブ氏(Mr. Webb)を射殺した話をした。ウェブ氏の謀殺についての話を彼がした後に、彼は当該犯罪で告発された。彼は尋問され、そして彼は供述をなした。彼は身柄拘束中の者であり、それゆえ準則三条の適用対象であった。またもう一つは、ブラウンおよびケネディ事件判決であった。アーチボルドは、それら事件について次のように評価した。
  アーチボルドー「しかし、それらすべての事件において警察は正当化され、そして当該事件を審理した裁判官の見解によれば、当該尋問は正しく適切で、司法の利益の範囲内にあった(1)。」
  リー議長(The Right Hon. Viscount Lee of Fareham, G.C.S.I., G.B.E., K.C.B. (Chairman))ー「われわれは、従われている当該システムや手続を、批判しているのではない。われわれは、当該事実を手に入れることだけを欲している。あなたがまさに言及してきた事件において、次のことは明らかであろう。それは、警察が本当に彼を追っていたのは謀殺についてであった際に、はるかにより重大な犯罪について、関係していた個人は有罪であったと信じるもっともな理由を持ちつつ、警察は、自動車窃盗という比較的軽微な犯罪で彼を告発したことであった。これらのことは、後から明らかになったというわけではない。いわば、これら他の犯罪に関する情報を、警察は、いざというときのために既に用意しており、そして自動車窃盗罪で彼を告発することによって、当該事件についてでなく、警察が本当に彼に対する手続を望んでいる他のはるかにより重大な事件について、彼を尋問するのに自由な状態に警察は置かれている。」
  アーチボルドー「はい。彼は、いわば身柄拘束中の者であるとして準則三条の適用対象であるのだけれども、他の事件については準則一条下の嫌疑をかけられた者である(2)。」
  そして、より重大な犯罪に関係する拳銃の所持といったことについて、早期の段階で弁解する機会を与えられることは、被疑者の利益になるとした(3)
  アーチボルドー「もしも、ある拳銃の所持といったような事柄について、行う弁明をその者が持つのであれば、それは彼にとって利益である。彼がそれを行うことのできるもっとも早い時点で、それを与えるべきであることが、彼にとって完全に利益なのである。それが数週間後、恐らくは数か月後に、事実審理の過程において明るみに出るはずであろうことは、彼にとって利益ではない(4)。」
  そしてより重大な犯罪を示すもの、すなわち逮捕時にブラウンが運転していた自動車の中の拳銃上にあったという証拠となる痕跡は、彼がより軽微な罪状で逮捕されるまでは発見されることはなかったということを、公訴局長は強調した(5)
  リー議長ー「当該手続は、完全にはっきりとしている。そしてそれは、非常に巧妙なものである。それは、よい手続であるかもしれないし、悪い手続であるかもしれない。しかし、次のことは明らかである。それは、戦術的な理由で、非常に重大な犯罪で嫌疑をかけられた者は、より重大な犯罪について彼を尋問するさらなる機会を与えるために、より軽微な犯罪でまず第一に告発されてよい、ということである。」
  アーチボルドー「しかし彼が他の犯罪で逮捕されるまで、より重大な犯罪を示すものは、発見されなかった(6)。」
  そして当該実務における被疑者は、裁判官準則一条の適用対象であったのか、それとも準則三条の適用対象であったのかどうかが討論された(7)
  フランク・ピック氏(Mr. Frank Pick)ー「準則二条が規定するには、『警察官は、ある者に犯罪の告発をする決意をした場合はいつでも』とあり、そして準則三条が規定するには、『被拘禁者』とある。もしもあなたが、何らかの犯罪で身柄を拘束されているのであれば、その際、確かに黙秘権が告知されるのは、あなたが告発され得る特定の犯罪であるのか、それとも何らかの他の犯罪であるのか?」
  アーチボルドー「それは、まさに私が言ってきていることである。人が実際に身柄を拘束されているときに、どのように身柄拘束されたにしても、身柄を拘束されている犯罪について、あなたが彼を尋問しない限りで、彼は準則一条の下での嫌疑をかけられた者であり、当該準則の条件下で、彼が嫌疑をかけられている犯罪について、彼を尋問して構わない(8)。」
  ブランプトン卿(Lord Brampton)のルール(9)は潜脱されていたと委員会は感じたが(10)、証人は強くこれを否定した(11)
  ハワード・フランク卿(Sir Howard Frank, Bart., G.B.E., K.C.B.)ー「議長が提起したように、ブランプトン卿のアドバイスを出し抜くために、あなたは、比較的軽微な犯罪を使用していることを確かにそれは意味しているのか?」
  アーチボルドー「大いに敬意を払いながらも、私はそれに同意しない。私は、それは正しい見解ではないと考える(12)。」
  このような証拠は、何度も繰り返してこれまでも認められてきたと、彼は断言したが(13)、その例については提示されなかった。
  ブラウンリー氏(Mr. J.T. Brownlie, C.B.E.)ー「そしてそうすることで、あなたは、裁判官準則の精神や文言に違反していないのか?」
  アーチボルドー「いいえ。彼が話すことは証拠として許容され、そしてそれは何度も繰り返して認められてきた(14)。」
  ターンブル・ロンドン市警察総監(Lieut.-Col. H.S. Turnbull, Commissioner of Police for the City of London)は、当該実務は裁判官準則七条に関連するとした(15)
  リー議長ー「討論においてよく扱われてきた裁判官準則三条について、あなたに尋ねたい。市警察における、当該準則へのあなたの理解はどのようですか?  もしも、通常の黙秘権の告知がなされるのであれば、ある犯罪について告発されている何らかの身柄拘束中の者を尋問する権利と権限を、それは警察に与えていると、あなたは考えますか?」
  ターンブルー「逮捕された当該罪状についてではなく、いくつかの他の事件について尋問する権限を、われわれは与えられていると、われわれは考えるだけである。」「準則七条に強く関連しているように、私には感じられる(16)。」
  トラブショワー・ランカシャー警察本部長(Mr. W. Trubshaw, O.B. E., Chief Constable of Lancashire)は、捜査をすることが警察の義務であるとして、当該実務を受け入れていた(17)
  リー議長ー「他の、恐らくはより重大な罪状について、身柄拘束中の被疑者を自由に尋問することができるように、一つの罪状で彼を逮捕することがときどきあるということが、警察の実務上行われていることを、あなたは言いたいのですか?」
  トラブショワーー「それが実務であるのかどうかを私は知らないが、私はそれに対して、まったく異議を唱えるつもりはない。なぜなら警察は、犯罪を捜査することに拘束されているからである。そしてもしも、人が比較的軽微な犯罪で身柄を拘束されており、そして彼がより重大な犯罪を犯したと信じる理由を警察が持っているのであれば、より重大な犯罪についての警察の捜査にとりかかる前に、警察は比較的軽微な犯罪から彼を釈放しなければならないと、私は論じるつもりはない(18)。」
  ブランスウェイト・イングランドおよびウェールズ警察連盟合同中央委員会議長(Constable J.M. Branthwaite, Metropolitan Police, Chairman of the Joint Central Committee of the Police Federation of England and Wales)は、必要性を理由に当該実務を受け入れていた(19)
  ブランスウェイトー「警察が、身柄拘束中の被疑者に尋問する権限を持つべきであることが望ましいと、私は思う。ときどき、彼に対して提起されている罪状以外のものについて、尋問することが必要であるかもしれない。しかし、彼に対して提起されている罪状に関しては、もちろん、彼は尋問されるべきではないことは、疑いのないことであろう(20)。」
  リー議長ー「その点について、何らかの乱用があると、あなたは思わないのですか?準則は潜脱されていると、あなたは思わないのですか?」
  ブランスウェイトー「われわれが知ることができる限りで、そしてわれわれの経験から判断できる限りで、乱用はまったくない(21)。」
  スチュアート・ディーコン・リバプール市有給治安判事(Mr. Stuart Deacon, Stipendiary Magistrate for the City of Liverpool)は、これを避けることが不可能であるとみなしたが、他の犯罪については、理論的には被疑者は自由な状態にあるという、説得力のない議論を展開した(22)
  フランク・ピック氏ー「警察は、彼にそれらについて告知できるが、もしも彼が自発的に供述をしない場合に、警察は彼に尋問するべきであるのか?」
  スチュアート・ディーコンー「それを避けることは、不可能であるように思われる。なぜなら警察は、それら他の事件について、取調べを含む捜査をすることを望むからである。そしてその者は、一つの犯罪で身柄拘束中であるのだけれども、他の犯罪については、彼はその時点において、恐らくある犯罪で嫌疑をかけられているが、彼は理論的には自由である(23)。」
  フランク・ピック氏ー「しかしあなたは、彼が実際に脅迫されていることを認めていた。それゆえ彼が与える返答は、完全には任意の返答ではないかもしれないのではないのか?」
  スチュアート・ディーコンー「それらは、彼の環境によって影響されるかもしれない(24)。」

二  ホールディング・チャージを否定する見解
  ルーファー・トーマス・ポンティプリッドおよびロンダ有給治安判事(Mr. D. Lleufer Thomas, LL.D., Stipendiary Magistrate, Pontypridd and Rhondda)は、スチュアート・ディーコンの理論的な議論を理解していたが、このような尋問には反対していた(25)
  フランク・ピック氏ー「彼が尋問されるべきでないのは、彼が告発されている事件(matter)についてだけではないのか?他の事件については、身柄を捕らえられていない(at large)のか?」
  ルーファー・トーマスー「私は、そう思う(26)。」
  フランク・ピック氏ー「その事実にもかかわらず、身柄を拘束されながら、彼は、これらの物事を処理するに当たって、フリーエージェントではまったくない。少なくともそれは、恐らくは彼の気持ちではないのではないか?」
  ルーファー・トーマスー「はい。区別ができるかもしれないと、私は思うが、その種の事件においてであってさえ、私はまったく多くの尋問に反対である(27)。」

三  折衷的な見解(罪状間の関連性に着目する見解)
  そして、マテュース・リーヅ市警察本部長(Mr. R.L. Matthews, C.B.E., Chief Constable of the Leeds City Police)は、被疑者が身柄拘束された犯罪と独立しているとみなされる場合にだけ、たとえそうでも、より深刻な罪状について彼を尋問するために、比較的軽微な罪状で彼が逮捕されたのでない限りは、尋問を許すであろうとした(28)
  リー議長ー「比較的軽微な犯罪について黙秘権を告知しながら、あなたが実際に主にかかわっているより重大な犯罪について自由に尋問することができるように、非常に重大な犯罪について嫌疑をかけられている個人を、より軽微な犯罪について、もしも可能であるのなら逮捕するシステムをあなたは支持していると、私が考えることについて、私は正しいか?」
  マテュースー「いいえ。私は、そのような手続を支持するべきではないと考える。しかしある犯罪について、真実、身柄を拘束されている被疑者の事件において、もしも彼が十分に黙秘権を告知された後に、当該犯罪についての供述をすることを欲するのであれば、彼の供述はとられ得た。彼が身柄を拘束されている犯罪とは独立した他の犯罪について、尋問される者に対してなされた異議というものは存在するべきではないと、私は思う。しかし、より深刻な罪状について彼を尋問するのに、比較的軽微な罪状によって身柄を拘束することを、私は支持しない(29)。」
  しかしながら彼は、事件の重大さの見地から、ブラウンとケネディへの尋問を受け入れたであろう(30)
  リー議長ー「もしも、人が謀殺を犯したという嫌疑をかけられる場合に、自動車窃盗で彼を逮捕できるのであれば、言ってみれば、あなたは彼を拘束したのですか?」
  マテュースー「私は、その種の事件においては同意するであろう。しかし、一般的な原則としてではない(31)。」

第二節  リー委員会の勧告
  以上のような討論を経て、委員会は、恐らく嫌疑をかけられているがそれについて告発されていない他の犯罪について、身柄拘束中の者を尋問する可能性があったとした。このことについて、このような尋問を支持する側が恐らく優勢であろうが、警察の意見は明瞭に分かれていたとした(32)
  たとえば、人が一つの罪状で逮捕されており、そしてその後で全体として異なった性格の他の犯罪が明るみになる場合があった。彼は、泥酔して暴行したということで逮捕され、そして捜索によって、盗品として既に報告されていた金製の煙草入れを所持しているのを発見された。当該事件において、彼に不利に窃盗罪を立証する他の証拠(outside evidence)は、利用可能であるのかどうか。もしもそれが利用可能でないのであれば、人を尋問することの唯一有用な効果は、罪を負わせる返答を獲得することであろう(33)
  この種の事件の他の例として、人が偽造コインを流通させているということで逮捕されており、そして彼の家が捜索される際に、すべてを完備したコイン工場が発見されるーすなわち、はるかにより重大な犯罪を構成する工場の所有である(34)。公訴局長は、次の理由から、この身柄拘束中の被疑者への尋問を正当化した。それは、共犯者に対して、当該工場についての責任を向けさせることが、彼には可能であったかもしれないということ、そしてそれゆえ、尋問されるということは、彼自身の利益になったかもしれないということであった。他方において、尋問は、罪を負わせる返答を与えることを、彼に引き起こさせる可能性がより高いであろう。そして委員会は、論じられた手続が正当化され得るであろうとは考えなかった(35)
  そして委員会は、ホールディング・チャージについて、次のように勧告した。
「われわれの注意は、次のような事実に向けられた。それは、重大な犯罪の事件において、嫌疑をかけられた容疑者は、裁判所が彼を勾留することを要求されているより軽微な罪状で逮捕されることがときどきあり、その一方で(これは認められないのかもしれないのだけれども)、より重大な犯罪について、彼についての事件がどこまでも追及されているという事実であった。この実務は警視庁によって認められており、裁判官準則一条と三条の下、より軽微な罪状での逮捕の後に、より重大な犯罪について人を尋問することを自由に行うことができると、彼らは考えている。この手続の主な目的は、もしも故意に使用されるのであれば、疑いなく、より重大な犯罪について捜査中に、錠を下ろして被疑者を安全に確保することである。『公共の見地からは、それは一流の手続なのである』と、公訴局長は、口頭で彼の見解として述べ(36)(37)。」
「われわれが思うに、策略の要素を含むこの実務に意図的に頼ることは、原則的に非難されるであろう。その人が逮捕されるより軽微な罪状が、それ自身、『重罪を犯すつもりで徘徊する』というように無限定の性格である際に、不公正についての特別な危険が存在するのである。しかしながら、もしも人が、一つは軽微で一つは重大な二つの犯罪を犯した場合に、より重大な犯罪を立証する困難が、より軽微な犯罪についての彼に対する刑罰から彼を自由にするべきであるとか、また延期するべきであるという理由は、存在しない。しかしながら『策略』としての当該手続の使用は、より軽微な罪状での逮捕後に、より重大な犯罪に関して、その者を尋問する権限に主に基づいており、そしてこのことは、われわれが今扱わなければならない身柄拘束中の被疑者への尋問についての一般的な問題を引き起こしている(38)。」
  そして身柄拘束中の者への尋問一般の問題として、尋問する権限(right)は、返答を求める権限という印象を生じさせ、そして返答を求める権限は、「期待された返答を求める権限ーすなわち、有罪の自白を求める権限」を作り出しそうであるとしたのであった(39)。それゆえ、実際に身柄拘束中の者に対するいかなる尋問も避けるのが望ましいという結論に、王立委員会は達したのであった(40)
  ただし、法律としての強制力を持たない王立委員会の勧告は、裁判官準則に属している準則に伴う訓令(Administrative Directions)という程度のオーソリティーさえ持たなかったと言われた(41)

第三節  小      括
  ホールディング・チャージと呼ばれる捜査実務が、裁判所の判断において、その姿を現してくるようになった(42)。そしてリー委員会において、ホールディング・チャージは討論された。
  アーチボルド公訴局長は、ホールディング・チャージがなされた際に、身柄を拘束した比較的軽微な罪状については裁判官準則三条の範疇にあるが、その際により重大な犯罪について尋問することは、準則一条の範疇にあると考えていた(43)。また、ホールディング・チャージは、被疑者の利益になるし(44)、必要な捜査方法であるとしていた(45)。そして、ホールディング・チャージを行うことによって、ブランプトン卿のルールを潜脱するつもりはないし(46)、裁判官準則の精神や文言にも反さず、供述は証拠として許容され、それは、これまでも何度も繰り返して認められてきたことだとしていた(47)。次に、ターンブル・ロンドン市警察総監は、準則三条下において、ホールディング・チャージは可能であり、それは準則七条に関連するという見解であった(48)。次に、トラブショワー・ランカシャー警察本部長は、捜査することが警察の義務であるとして、ホールディング・チャージを受け入れていた(49)。次に、ブランスウェイト警察連盟合同中央委員会議長は、ホールディング・チャージを必要であるとしていた(50)。次に、スチュアート・ディーコン・リバプール市有給治安判事は、ある犯罪で身柄拘束中の被疑者は、他の犯罪については、理論的には自由な状態にあるとして、ホールディング・チャージを肯定した(51)
  しかし、ルーファー・トーマス・ポンティプリッドおよびロンダ有給治安判事は、他の犯罪について、理論的には自由な状態にあることを理解していたが、ホールディング・チャージによる尋問には反対していた(52)
  マテュース・リーヅ市警察本部長は、被疑者が身柄拘束された犯罪と独立しているとみなされる場合にだけ、たとえそうでも、より深刻な罪状について彼を尋問するために、比較的軽微な罪状で逮捕されたのでなければ、尋問を許すとした(53)。しかし、重大事件においては、ホールディング・チャージを肯定していた(54)
  以上のような討論を経て、リー委員会は、ホールディング・チャージを強く非難した(55)。ただし、法律としての強制力を持たない王立委員会の勧告は、裁判官準則に属している準則に伴う訓令という程度のオーソリティーさえ持たなかったと言われた(56)

(1)  REPORT OF THE ROYAL COMMISSION ON POLICE POWERS AND PROCEDURE (1928-1929), VOL. 2-3, MINUTES OF EVIDENCE, PART 1-2, 1929, Q. 1176.
(2)  Id. Q. 1177.
(3)  Id. Q. 1179.
(4)  Id. Q. 1179.
(5)  Id. Q. 1189.
(6)  Id. Q. 1189.
(7)  Id. Qs 1180-1193.
(8)  Id. Q. 1193.
(9)  「裁判官も治安判事も陪審員も、告発された者を取調べることはできない。……ましてや警察官が、それをするべきではない」〔EXTRACT FROM AN ADDRESS TO POLICE CONSTABLES ON THEIR DUTIES BY THE LATE LORD BRAMPTON (MR. JUSTICE HAWKINS), Report of the Royal Commission on Police Powers and Procedure, 1929 (Cmd. 3297), at 147-148〕。参照、鯰越溢弘「逮捕・勾留中の被疑者取り調べと「供述の任意性」」法政理論二〇巻四号一二頁(一九八八年)。
(10)  MINUTES, supra note 1, Qs 1178, 1195.
(11)  Id. Q. 1195.
(12)  Id. Q. 1195.
(13)  Id. Q. 1194.
(14)  Id. Q. 1194.
(15)  Id. Q. 1511.
(16)  Id. Q. 1511.
(17)  Id. Qs 3991-3993. 参照、Qs 4185-4191.
(18)  Id. Q. 3992.
(19)  Id. Qs 7167-7169.
(20)  Id. Q. 7167.
(21)  Id. Q. 7168.
(22)  Id. Qs 6685-6690. これは、非常に理屈っぽいものであった。ブラウンとケネディは窃盗罪で身柄拘束中であり、謀殺罪が関係した限りで、彼らの自由は実際のところ理屈上のものであった〔R.N. Gooderson, THE INTERROGATION OF SUSPECTS, THE CANADIAN BAR REVIEW 48, 1970, at 278〕。
(23)  MINUTES, id. Q. 6688.
(24)  Id. Q. 6689.
(25)  Id. Qs 8196-8202.
(26)  Id. Q. 8201.
(27)  Id. Q. 8202.
(28)  Id. Qs 3278-3279.
(29)  Id. Q. 3279.
(30)  Id. Qs 3280-3285.
(31)  Id. Q. 3281.
(32)  Report, supra note 9, para. 166.
(33)  Id. para. 166.
(34)  MINUTES, supra note 1, Q. 1175.
(35)  Report, supra note 9, para. 166.
(36)  MINUTES, supra note 1, Q. 1191.
(37)  Report, supra note 9, para. 159.
(38)  Id. para. 160. なお、被逮捕者について別件の取調べを許すことは、一九二九年の王立委員会が不法とし、その後の判例も許していないという評価〔田宮裕「イギリスにおける「裁判官準則」の改正」判例時報三九〇号三頁(一九六四年)〔捜査の構造所収(一九七一年)〕〕に対して、別件についての質問は、旧準則の下でも許されていたところであったという評価〔兒島武雄「自白と「裁判官準則」」佐伯千仭博士還暦祝賀犯罪と刑罰(下)三三二ー三三三頁(一九六八年)。参照、青柳文雄「供述証拠に関するイギリス法とアメリカ法」法学研究四八巻八号九頁(一九七五年)〕もあった。

(39)  Report, id. para. 164. 参照、鯰越・前掲註(9)一四頁。
(40)  Report, id. paras 165, 169. 参照、安倍治夫「自白に関する英米法上の諸原則(一)」警察研究二九巻八号一九ー二〇頁(一九五八年)〔刑事訴訟法における均衡と調和所収(一九六三年)〕、土屋正三「警察の逮捕特権及び留置に関する法制」警察研究三二巻六号五頁(一九六一年)、鯰越・前掲註(9)一四ー一五頁。
(41)  R. v. Powell−Mantle, Commentary [1959] Crim. L.R. 446, at 448.
(42)  R. v. Booker (1924) 18 Cr. App. R. 47;R. v. Browne and Kennedy, The Times, February 22nd, 1928, at 9 など。
(43)  MINUTES, supra note 1, Qs 1177, 1180-1193.
(44)  Id. Q. 1179.
(45)  Id. Q. 1189.
(46)  Id. Q. 1195.
(47)  Id. Q. 1194.
(48)  Id. Q. 1511.
(49)  Id. Qs 3991-3993.
(50)  Id. Qs 7167-7169.
(51)  Id. Qs 6685-6690.
(52)  Id. Qs 8196-8202.
(53)  Id. Qs 3278-3279.
(54)  Id. Qs 3280-3285.
(55)  Report, supra note 9, para. 160.
(56)  Commentary, supra note 41, at 448.

 

第三章  リー委員会以後の状況

第一節  ホールディング・チャージ問題の存続
  身柄拘束中の被疑者を取調べる実務を巡る不明確性が、一九一二年の旧裁判官準則を導いた(1)。しかし旧裁判官準則はあいまいであって、リー委員会は準則の解釈についての意見の食い違いを明らかにし、一九二九年報告書において身柄拘束中の被疑者取調べの禁止を勧告した(2)。その後、内務大臣は裁判官の承認の下、一九三〇年六月二四日付の内務省回状を出した(3)。これは、準則と同じ程度のオーソリティーを持つと言われた(4)。混乱の一つの原因は、黙秘権の告知後の尋問は許容されたという、準則二条と三条からの可能性のある推論であった。一九三〇年内務省回状は、このような推論に対して消極的であった。こうして一九三〇年内務省回状によって、準則三条は、準則七条に言う例外的な場合にのみ適用されるのであって、身柄拘束中の被疑者取調べを積極的に認めたものではないとの解釈が、示されるに至った(5)。さらに一九四七年、一九四八年には、同様の形で供述録取の指針が出て、実質的に準則を補充することになった(6)
  しかし、リー委員会の勧告、およびそれに応じた一九三〇年内務省回状にもかかわらず、警察による身柄拘束中の被疑者への尋問は、続けられた(7)。実際において回状それ自体は、黙秘権告知後の尋問が正当化されてよい、例外的な状況を示していた(8)。あいまいさを除去する目的のためという準則七条に従う場合にのみ、黙秘権告知後の身柄拘束中の尋問は正当化されたことを明らかにすることを、回状は目的としていた。しかしながら、あいまいさを除去する尋問の承認は、警察による身柄拘束中の被疑者への反対尋問(cross−examination)のための、もっとも危険な抜け穴を構成した(9)。また、正式に逮捕されるか告発されることなしに、「取調べを含む捜査に協力する者」として、身柄拘束された者をみなすという単なる警察の便宜的手段によって、準則が表向き提起した束縛を避けることは、なおも可能であった。このような人々は事実上、身柄を拘束されているけれども、準則に違反した尋問を受けやすい状態が続いた(10)
  そして、より重大な法律上の問題で存続していた問題は、ホールディング・チャージで身柄拘束中の者を取調べるという実務であった(11)。これは、たとえば浮浪罪(12)のようないくらか軽微な犯罪で被疑者は逮捕され、そしてその罪状で勾留されている間に、警察が嫌疑をかけているより重大な犯罪について彼を取調べるという実務であった。警察が捜査をしている重大な犯罪について逮捕する十分な証拠がない場合に、比較的軽微な罪状で逮捕することは、より重大な犯罪についての取調べを含む捜査をする間、身柄を拘束し確保することを確実にした。また、より重大な犯罪で逮捕し得る場合も、身柄拘束されている罪状について取調べることを裁判官準則は禁じていたので(13)、警察は、より重大な犯罪での逮捕を望まないかもしれなかった。逮捕されている罪状以外の犯罪についての取調べは、裁判官準則によって禁じられていなかったし、また裁判官によっても不可とされない場合があった(14)

第二節  裁判所の判断
一  ホールディング・チャージを肯定する見解
  たとえば、ホワイトウェイ事件判決(15)がある。一九五三年五月三一日、二人の少女SとRが強姦され、そして謀殺された。被疑者は、六月一二日の強姦目的でBを襲ったことと強盗罪で、六月二八日に、逮捕された。同日、Bは、同一性識別パレード(identity parade)で被疑者を確認し、彼は告発された(16)。七月一日、被疑者は、五月二四日に少女Kを斧で殴打し強姦したことを認めた(17)。これら犯罪で勾留中に、彼は謀殺について警察によって尋問され、そして七月三〇日に、彼は自白した(18)。既に六月二九日に、警察は被疑者に対して、五月三一日の彼の居場所について尋ね(19)、そして七月三〇日に、彼が謀殺について尋問される以前に三つの取調べが存在した(20)。Sの謀殺についての事実審理において、弁護人は、自白の許容性に異議を唱えた。その理由の一つは、被告人は、他の罪状で既に身柄拘束中であったということであった(21)。陪審不在の予備尋問(voir dire)における証拠審理の後で、裁判官は、証拠としてその自白を認めたが(22)、次のことは記録されなかった。それは、裁判官準則違反がなかったということ、もしくは裁判官準則違反がなかったという見解を裁判官が採用したということは、明らかにありそうなのだけれども、違反が存在したが、彼の自由裁量で彼が証拠を認めるであろうということ、を裁判官が判断したのかどうかについてであった。陪審の面前におけるその自白への唯一の異議申立は、それは空欄に被告人のサインを獲得することによって効果を持たされた完全なでっち上げであった、ということであった(23)

二  ホールディング・チャージを否定する見解
  しかしながら、当該実務は、いくつかの地域においては、非難されるか不可とされた(24)。カナダ(25)の事件であるシーブルーク事件判決(26)において、被害者が謀殺された後、被逮捕者は、一九三一年一二月三〇日の夜に、逮捕された。逮捕と尋問理由の告知の内容は、当初、「小切手」に関するものであった。翌朝まで留置され、そして「被害者が撃たれたことで、どのようにして死に至ったのか」について尋問すると告知された。しかし、「謀殺」についてや、「被疑者が謀殺について起訴され得たこと」については、その告知に含まれていなかった。ムロック裁判官(Mulock C.J.O.)は、次のように判決した。
「謀殺の罪状が、その後、彼に付されるということはなく、また彼が謀殺罪で告発される可能性があったということを、理解させられるということもなかった。明らかになっている限りでは、『小切手を理由に』彼は逮捕下にあった。ポール・ラファイン(Paul Lavigne)(被害者ー筆者)が撃たれたことで、どのようにして死に至ったのかについて尋問するために、彼は警察署に引致されたということを、コゥルバー(Culver)(刑事警部ー筆者)は、彼に告知した。コゥルバーのこの言明は、ラファインが謀殺されたということ、もしくは被告人が、彼の謀殺についての事実審理に付される可能性があったことを仄めかしておらず、そして被告人がなしたかもしれない何らかの自白は、『彼の事実審理において』不利な証拠として提出されるかもしれない、というコゥルバーの黙秘権の告知は、謀殺の事実審理を指しているとは限らない。もしもそれが、指していないのであれば、問題となっている事実審理に対して、黙秘権の告知はなされていなかったことになる(27)。」
  また、同じくカナダの事件であり、イギリスを論じるに当たって、よく引き合いに出される(28)悪名高い(29)ディック事件判決(30)において、上訴人は、一九四六年三月一九日正午頃に、警察官によって拘束され、そして警察本部へと引致された。当初、上訴人は、逮捕理由を告知されず、三つの供述が獲得された後で浮浪罪を告知された。その間、黙秘権の告知なしの尋問、黙秘権の告知ありの尋問、そして黙秘権の告知なしの尋問がなされた。彼女は、その後、身柄を拘束され続けた。三月二〇日午後、黙秘権の告知なしの尋問がなされた。三月二二日、上訴人は尋問される前に、浮浪罪で告発されていると告知され、黙秘権を告知された。三月二六日、上訴人は、謀殺罪が付されたことを告知され、黙秘権を告知された。四月一二日、黙秘権の告知なしに尋問がなされた。ロベツォン裁判官(Robertson C.J.O.)は、次のように判決した。
「既に述べたように、警察官に対する上訴人の供述のいくつかは、たとえ何がなされているにしても、黙秘権の告知なしになされていた。そして他の供述は、通常の形式で黙秘権が告知された後になされたが、上訴人は浮浪罪で告発されたという言明で始まっていた。謀殺罪が付された後で、黙秘権の告知を受けて、彼女による供述はなされなかった(31)。」「黙秘権の告知の対象としてある罪状に関してではなく、より重大で完全に異なった犯罪に関して、告発された者を逮捕下に置くための隠れ蓑として、そして有罪にする供述をその者から獲得するための隠れ蓑として、本当は手続を進行する意図のない取るに足らない犯罪について、純粋に正式な告発を使用するということは、刑事法の手続の乱用であると、私には思える(32)。それは、長きにわたり確立されてきた格言である、何人も自己を罪に陥れる義務なし(nemo tenetur seipsum accusare)をいいかげんに扱っている。」「黙秘権の告知が先行することなく獲得されたような、ここで証拠として認められた供述であるとか(その点で、四月一二日の供述を含む)、謀殺の告発に付される以前に警察官によって獲得された何らかの供述は、任意の供述として証拠上、不適切に認められていたというのが、私の意見である(33)。」
  しかしながら、驚くべきことに、当該実務の正確な法的ステータスは、権威を持って決定されていなかった。ホールディング・チャージが、隠れた真意のためになされているということを立証することの困難さのゆえに、当該実務の法的性格に裁判所の注意を引こうとすることを、可能性のある告訴人が思いとどまったのかもしれなかった(34)
  イギリスの事例としては、多く引用されるものとして、リーチンスキー対クリスティー事件判決(35)、および当該判決の上訴審であるクリスティー対リーチンスキー事件判決(36)があった。一九四二年八月三一日朝に、逮捕要件を満たさない、軽罪である一九二一年リバプール市自治体法(Liverpool Corporation Act 1921)の「違法所有」の罪状で、リバプールの警察官は被疑者を逮捕したが、警察官が本当に抱いていた嫌疑は重罪である窃盗罪であって、それについて被疑者は、逮捕理由として告知されなかった。逮捕時に黙秘権の告知がなされた。そして身柄拘束中、エセックス通りのブライドウェル(Essex Street Bridewell)へと引致され、そこでも黙秘権を告知された。その日の正午頃、エセックス通り警察署へと引致され、そこで警察官の上司に告発された。そして告発記録には、「違法所有」の罪状について記載された。その際にも、黙秘権の告知を受けた。この日の午後一時三〇分頃に、被疑者は黙秘権の告知を受けた後で、品物の入手ルートについて十分な説明をし、購入先の名前と住所も供述していた。それについての供述調書も作られていた。そして一晩、不快な思いをさせられながら移送され、翌朝九月一日、リバプールの治安判事の面前に引致された。そして、一週間勾留された。九月八日に、再び治安判事の面前へと引致され、さらに一週間の保釈。他方、レースタ(Leicester)の警察は、当該被疑者を窃盗罪で起訴することに決定し、窃盗罪で逮捕することにした九月一五日に、それまでの手続を撤回する許可を、リバプール警察は治安判事に申し込んだ。治安判事は撤回を認め、被疑者は釈放されたが、その後、リバプールの警察官によってすぐに身柄を拘束された。そして取調べられたが、窃盗罪についての告知は受けていた。窃盗罪について告知を受けたのは、この段階が初めてであった。そしてレースタから警察官が到着するまで、ブライドウェルで留置されたのであった(37)
  リーチンスキー対クリスティー事件判決は、当該実務の法的ステータスに関するスコット控訴院裁判官(Scott L.J.)による判決(pronouncement)を含んでいた(38)。警察官の逮捕権限についての徹底的な審理の後で、裁判官が述べたことを要約すると、次のようであった。
  逮捕理由の告知は、正確になされなければならない。他の罪状で彼の身柄を拘束することに変更するのであれば、当該罪状について身柄拘束する権限は喪失し、まず、被逮捕者を釈放したうえで、新たな罪状で逮捕し直さなければならない(39)。したがって、逮捕するだけの証拠のない謀殺の嫌疑をかけられた被疑者を、裁判から逃れるのを防ぐ手段として、さして重要でもない犯罪で逮捕するといった実務は違法であって、被逮捕者は、不法拘禁に対する損害賠償訴訟が可能となる(40)。国民の自由に関する偉大なる原理にとって利益となるように、当該実務の違法性が、裁判官、法律専門家、警察、そして公衆に広く知られるべきであることは、重要である(41)。そして本事件においては、窃盗罪について取調べを含む捜査をするために、便宜上、逮捕権限のなかった軽罪で逮捕し、留置し、勾留を求めたのであった(42)。八月三一日に、窃盗犯であるという実質的な嫌疑を抱いていたのであれば、そして嫌疑を晴らす機会を与えたいのだと考えたのであれば、窃盗について嫌疑を抱いているのだと告知するべきであった(43)
  これが、当該実務が違法であることの明白な宣言であると、考えた者もあった(44)。また、当該判決の上訴審であるクリスティー対リーチンスキー事件判決において、貴族院(House of Lords)のサイモン子爵(Viscount Simon)が述べたことを要約すると、次のようであった。
  被逮捕者が、逮捕理由の告知を逮捕時に逮捕現場で受けるのであれば、被逮捕者は誤解について釈明する機会を得ることになるし、被逮捕者がその者と取り違えられたところの別の者に、注目を集めさせる機会を得ることになるのである。その結果、さらなる取調べを含む捜査が、誤った訴追の結果から被逮捕者を救うかもしれない(45)。しかしここでは、真の逮捕理由を告知する代わりに、別の逮捕理由を告知している(46)。警察官らは、不法拘禁への責任を免れない(47)
  また、リーチンスキー対クリスティー事件判決において、ウツワト裁判官(Uthwatt J.)が述べたことを要約すると、次のようであった。
  第一に、重罪が問題となっているところで逮捕を正当化する状況と、軽罪が問題となっているところで逮捕を正当化する状況との間にある顕著な違い(48)、そして第二に、逮捕は被逮捕者が行ったとされる行為に関して、法的に適正な過程を通して判決へと導くのに向けられた、刑事手続におけるワンステップであるという(49)この二つの状況から、警察官が単に、被疑者が重罪を犯したと合理的に嫌疑を抱いたという理由で、軽罪によって合法的に逮捕されることはないということに、論理的にはなる(50)

三  折衷的な見解@(罪状間の関連性に着目する見解)
  クリスティー対リーチンスキー事件判決において、貴族院のシモンス卿(Lord Simonds)が述べたことを要約すると、次のようであった。
  情報不足である第二の罪状についてさらに捜査するつもりで、合理的な嫌疑の存在する第一の罪状で人を逮捕し、身柄を拘束することも違法ではない。ただし、ある犯罪事実で人を逮捕する警察官が、別の犯罪事実で逮捕すると告知するのは、不適当である。もしも黙秘権の告知が、架空の犯罪事実に向けられるのであれば、なされている黙秘権の告知は、どのように役に立つのか?  被逮捕者が気づいていない罪状について、どのようにしてうまく言い逃れることができるのか?(51)
  これは、厳格には傍論(obiter)であるけれども(52)、事実関係が一致する限りで、ホールディング・チャージを肯定しているように思われる。これに対して、四季裁判所(Quarter Sessions)の一つの事件において、被疑者が取調べられた罪状が、彼が告発された罪状に密接に関連していたという場合に、少なくともこのような取調べによって獲得された証拠は、裁判所の自由裁量で排除された。パール・マントル事件判決(53)において、被疑者は、六つの訴因に関する罪状で逮捕され、それらについては有罪の答弁をなした。その後、被疑者は、下水契約を担当している間の彼の行為から生じていたということを除けば、逮捕された六つの犯罪にまったく関連しない多くの異なった事件について、しばらくの間、尋問された。しかし、それら一般的により重大な罪状については、被疑者は否認した。ホブソン裁判官(Chairman, J.G.S. Hobson, Q.C.)は、次のように判決した。
    「被告人が尋問された事件に関して、彼はそのとき、身柄拘束されていなかったというのは真実であったけれども、これらの事件は、彼がその際に逮捕されていた罪状と密接に関連していたということであった。逮捕された罪状について、すべての事件は、下水契約を担当する測量者として被告人を雇用したということから、生じていた。当該状況において、警察官の証拠は許容されるべきではなかった。それゆえ、それは排除された(54)。」

四  折衷的な見解A(条件付でホールディング・チャージを肯定する見解)
  クリスティー対リーチンスキー事件判決において、貴族院のドゥ・パック卿(Lord du Parcq)が述べたことを要約すると、次のようであった。
  見せ掛けの決り文句(黙秘権の告知)の繰り返しが、身柄拘束理由の告知の義務に関する完全な不足の事実を、覆い隠すものではなかった。逮捕時、もしくは逮捕後、合理的な時間内において、真の逮捕理由を告知しないということは、単なる不品行ではない(55)。ここでは、治安判事の面前に最初に引致された時点までの身柄拘束は違法であって、不法拘禁について損害賠償金を支払われる権利がある(56)。ただし、警察官の真の、もしくは主要な動機が、謀殺罪の裁判からの被疑者の逃亡防止にあるとき、警察官が、重要でない罪状について有罪であると信じ、かつ被疑者を無令状逮捕することを正当化するような性質をそれ自身持つ重要でない罪状で、被疑者を逮捕するということは違法ではなく、不法拘禁ではない(57)
  これは、厳格には傍論であるのだけれども(58)、比較的軽微な罪状について逮捕権限があり、より重大な犯罪について単に逃亡防止を目的とするのであれば、ホールディング・チャージを肯定するものと考えられる(59)

五  また、裁判官準則の不十分さが現れている問題点として、身柄拘束中の者が身柄拘束されていた罪状に関して、警察官が意図的ではなく、身柄拘束中の者から情報を引き出した場合があった。準則は、その結果に関しての十分な指針を与えていなかった。このような自白は、少なくとも一つのレポーティッド・ケースにおいて、許容されないとされた(60)。そのうちの一つであった、トゥリーシー事件判決(61)もまた、被疑者が身柄拘束されている罪状以外の罪状について尋問された事例であった。三月一九日午前一時三五分頃、被疑者は謀殺罪で身柄拘束され、そして午前三時頃、窃盗罪を捜査していた警察官によって反対尋問された。そこで与えられた返答は、謀殺罪に関する自白に関連していた。刑事控訴院は、他の犯罪に関する尋問に関係するまさにその点を、議論しなかった(62)。ハンフリース裁判官(Humphreys J.)は、次のように判決した。
「被告人は、謀殺罪で身柄拘束されていたというのが事実であって、そしてその警察署の上級警察官が誰であったとしても、次のことを配慮するべきであった。それは、謀殺罪で逮捕されていた間、当該謀殺についてその者に尋問はなされない、ということであった(63)。」

第三節  学  説  な  ど

一  ホールディング・チャージを肯定する見解
  学説上、次のような肯定論が提起されていた。もしも、比較的軽微な犯罪について逮捕する理由が存在し、そして被逮捕者が、彼がその犯罪で逮捕されているということを告知されているのであれば(64)、一応合法である逮捕は、その者を、より重大な犯罪のために身柄拘束するという隠れた目的を、警察が持っていることを理由にして、違法とはなり得なかった(65)。また、当該犯罪が、単に比較的軽微な犯罪であるという事実関係は、重要ではないというべきであった。確かに、被逮捕者が、別のより重大な犯罪で、後から告発されるかもしれないのは真実であった。しかしながら、新たな罪状を告知されるのであれば、逮捕と留置を支える最初の罪状により、最終的に起訴されなければならないわけでは必ずしもないことは、明らかであった(66)。そして、シモンス卿(67)は、明確にホールディング・チャージを是認したと、ホールディング・チャージを肯定する側は、評価していた(68)。当該実務への唯一の制限は、ホールディング・チャージが正当化されるような条件を満たすことであったとしていた(69)
  さらに、準則にあいまいさが残ったために、何人かのコメンテーターは、次のように主張していた。まず、キャンベル大佐(A.H.K. Campbell, Colonel)が述べたことを要約すると、次のようであった。
  被疑者が身柄を拘束されていない犯罪について身柄拘束中の被疑者を尋問することは、逮捕されている罪状について尋問すること以上に、さらなる非難を受けるという主張に関して、リー委員会の勧告(70)以外に、こういった主張を権威付けるものを見出せなかった。しかし、これは、法律としての強制力はなく、そしてこの点についてのリー委員会の勧告は、既存の法律を変えることに責任がある人々にとって、気に入らなかったということを推測することだけができる(71)。準則三条は、それが言明していることを明確に意味しており、そして既に身柄拘束中の者への尋問は、黙秘権の告知が最初に与えられるのであれば許される(72)
  また、身柄拘束されていた犯罪について、人は尋問されるべきではないということを受け入れる一方で、パックマン警部(Ivan D. Packman, Inspector, Kent County Constabulary)が述べたことを要約すると、次のようであった。
  身柄拘束中の尋問の禁止は、他の犯罪に適用されるようには決して意図されていなかった。もしも、これが判例であったのであれば、それは、身柄拘束中の被疑者に不利に作用するであろうだけでなく、コミュニティ全体の利益も損なうであろう(73)。非常に多くの警察官が、長い距離を移動して警察署や拘置所に身柄拘束中の者を訪問し、尋問することで、非常に大量の未解決の犯罪を解決したということであった。よくあることであるが、このような尋問は、次のような結果になった。それは、さらなる罪状が提起されるということ、もしくはさらに、人は別の裁判所に内務省命令(Home Office Order)によって引致されるということである(74)
  また、ペイン刑事巡査部長(G.C. Payne, Detective Sergeant, Lincolnshire Constabulary)が述べたことを要約すると、次のようであった。
  もしも、被疑者が犯したかもしれない他の犯罪についての尋問を、警察が身柄拘束中の被疑者に尋ねなかったのであれば、彼らは、彼らの義務を履行したことにはならないであろう。このケースにおける身柄拘束中の被疑者は、準則一条の範疇に含まれ、そして彼を告発することが決定される時点である準則二条の範疇に彼が至るまで、黙秘権の告知はされるべきではなかった。準則三条は、逮捕された罪状にだけ言及している(75)(76)

二  ホールディング・チャージを否定する見解
  キャンベル大佐の見解について、確かにリー委員会の勧告は裁判官の気に入らなかったということ、そして「身柄を拘束されているその犯罪」という回状で明示された言及は、他の犯罪を尋問の禁止から取り除くことを意図していたということは、議論の余地があった(77)。また、パックマン警部によって描かれた実務が違法であると断言することも、明らかに不可能であった。しかし、もしもそうすることが正しいのであれば、重大な罪状について尋問するために、重大でない罪状で逮捕する実務になるように思われた。その実務は、準則の精神に確かにまったく反していた(78)
  警察は通常、彼らが準則に従っていないことをしぶしぶながら認めていた(79)。そして、これが他の事件である場合に、準則への厳格な服従について、有効な法律執行に矛盾しなかったという浅はかな考えが、生み出されたのかもしれなかった(80)。裁判官準則は、この状況のための規定を作っておらず、そして実際において、一九三〇年内務省回状は準則三条を説明しながら、「身柄を拘束されているその犯罪のその原因に関して」の尋問の一般的な禁止に言及していた(81)。他の犯罪対象についての尋問への言及を回状は表明しなかった一方で、この手抜かりは、このような尋問を権威付けるようには意図されていなかったということが、明らかであったということが提示された(82)。警察による身柄拘束が、いくらかの強制の要素を持ち込むものと考えられるのであれば(それゆえに反対尋問の禁止)、いくつかの他の犯罪についての尋問を許すということは、ばかげたことのようであった(83)。被疑者が身柄拘束されていた犯罪に関してであろうが、何らかの他の犯罪に関してであろうが、身柄拘束中の者への尋問を準則は許していなかったということが、よりすぐれた見解であった。身柄拘束中の被疑者が逮捕下にあった犯罪についての尋問を排除へと導いた異議が、少なくとも等しい強制力を持って、他の犯罪についての尋問に適用された(84)
  また、一九三〇年内務省回状によれば、準則三条は、「看守の下で身柄拘束されている者」(prisoners in the custody of a gaoler)にも、等しく適用されるということであった(85)。これは、有罪となった者ではなく、ある犯罪について未決拘禁中の者に対してだけ言及していると推定された。以後、未決拘禁中の者に関して、彼らが身柄拘束されていた犯罪以外の犯罪についての尋問は、彼らが警察に居ようが、拘置所に居ようが、同じ考慮によって支配されたようであった。そして、有罪となった者は、恐らく準則の下では身柄拘束中ではないと考えられた(86)
  他方において、もしも特定の犯罪で既に逮捕されていたという理由で、主犯が取調べを含む捜査を免れていたという場合に、犯罪を解明することが困難となったかもしれなかった。その点について、当局のまさに的確なガイダンスが必要とされたということが、言われた(87)
  被疑者が身柄拘束されている犯罪以外の犯罪に関する尋問について、裁判所の意見が表明されることはあまり多くなかった。しかしながら、身柄拘束中の被疑者への反対尋問に対する裁判所の非難は、まさに一般的なことばによるものであったということを、思い出さなければならなかった。ベスト事件判決(88)において、この点に関してのコメントは、なされなかった。ブーカ事件判決(89)は、一九三〇年内務省回状以後、誤っていたと考えられなければならなかった準則三条についての見解を、その裁判所が採用していたという事実によって、その判決の先例としての意味は、弱められたかもしれなかった(90)。トゥリーシー事件判決(91)においても、刑事控訴院は、他の犯罪に関する尋問に関係したまさにその点を、議論しなかった。パール・マントル事件判決(92)においては、被疑者が尋問されていた事件が、逮捕下に置かれていた罪状と密接に関連していたということが、判決の決め手となったようであった。ただし、その基準はあいまいなものであった(93)
  準則が改正され、そして浄化されるときが来ていたことが提起された。準則は、説明の回状とともに読まれなければならず、もしも準則がそのように読まれなければ、準則二条と三条は、はなはだ誤解を招くということが、もっとも不満足なものであったとされた。「他の犯罪」の対象について、明らかなルールがあるべきであったということもまた、望ましいことであったとされた(94)

三  折衷的な見解@(罪状間の関連性に着目する見解)
  グダソン・ケンブリッジ大学副教授(R.N. Gooderson, Reader in English Law, University of Cambridge)が述べたことを要約すると、次のようであった。
  リー委員会において、マテュース・リーヅ市警察本部長は、被疑者が身柄拘束された犯罪と独立しているとみなされる場合にだけ、尋問を許すであろうとした(95)。この折衷説は、既に告発された犯罪に密接に関連する、他の犯罪についての尋問よって獲得された供述を排除した、一九五九年のベドフォードシャー四季裁判所(Bedfordshire Quarter Sessions)の裁判官の見解(96)と一致していた、ということであった(97)
  また、ホワイトウェイ事件判決(98)について、謀殺罪は、被疑者が身柄拘束されていたという他の犯罪、特に五月二四日のKに関する犯罪に密接にリンクしていた、ということであった(99)。実際において、訴追側はKを証人として呼び出そうとしたが、裁判官は、彼女が証言するのを許さなかった(100)。当該事件は、独立の犯罪についてだけ尋問を許すというマテュースの提起がもしも採用されたのであれば、何が独立の犯罪であるのかのテストは、本質的なものでなければならないということを思い出させるものであった。二つの犯罪が一緒に審理されたかどうか、もしくは両方の犯罪についての証拠が事実審理に導かれたかどうかといったような、純粋に手続的な基準を持つというのでは十分ではなかったであろうし、またこのような犯罪について、尋問によって獲得された供述を排除するということだけでは十分ではなかったであろう、ということであった。もしも、その罪状が謀殺罪であったのであれば、嫌疑が最初に被疑者に集中するのは、いくらかより軽微な犯罪に関してであったということはもっともなことであった。なぜなら、被害者が、いまだ被疑者を確認するのに生存していたからであった。それにもかかわらず、公正な審理にとって害になるであろうといった理由で、当該判決においてのように、それについての証拠は排除されるということであった(101)。しかし、たとえ犯罪が独立している場合であってさえ、より重大な犯罪について尋問するために、比較的軽微な犯罪で逮捕することについて、いくらかの懸念が表明されていたということであった(102)
四  折衷的な見解A(条件付でホールディング・チャージを肯定する見解)
  グランヴィル・ウィリアムズ法学博士(Glanville L. Williams, LL.D. (Cantab))が述べたことを要約すると、次のようであった。
  浮浪罪法は、警察官に大きな自由裁量を与え、そして無罪の者が逮捕されることがときどきあるという不信があった。それにもかかわらず、未遂罪についての過度に厳格なルールが、法律のその部分をまったく役に立たないものにしていたという状況において、警察に活動できるようにしながら、浮浪罪法は有用な目的を供給していたということが、言われるかもしれないとされていた。浮浪罪法は、さらなる捜査がなされている間において、ホールディング・チャージとして、特に有用であった。適切な執行、そして犯罪の故意についての十分な立証への固執があるのであれば、その種のことは魅力あることのようであり、そして、法律執行の仕組みの実に本質的な部分であったようであった(103)
  また、重罪について嫌疑をかけているが、浮浪罪法で逮捕する場合、重罪を犯すつもりで徘徊していた嫌疑をかけられた者として逮捕されたのだと、被逮捕者は告知されなければならなかった。しかし警察官は、重罪について明確に告知しないかもしれないし、そして実際のところ告知することができないかもしれなかった。逮捕権限に課された制限を破るのに、浮浪罪法による逮捕権限がこのような方法で用いられるということは、唯一の例ではなかった(104)
  逮捕理由が告知されることの真の理由は、被逮捕者が、もしも可能であるのなら彼自身の嫌疑を晴らすために、彼に対する罪状が何であるのかについて、できるだけすぐに告知されることが望ましいからであった(105)。何らかの犯罪の犯行の証拠を獲得することを望んで、嫌疑がかけられていた正確な犯罪を明かすことなしに、あいまいな漠然とした嫌疑で警察官が逮捕するのを妨げることができるという効果を、当該ルールは持つのであった(106)
  もしも、ある犯罪について、警察官が合理的嫌疑に基づいて逮捕する権限を持っていたということが、明確に告知されていたのであれば、その後、被逮捕者が別の犯罪で告発されたという単なる事実により、逮捕が違法となることはなかった。なぜなら、逮捕時に、告知された犯罪が犯されていたのだと警察官が合理的に信じていなかったとは、言えなかったからであった(107)。すなわち、被逮捕者に対して用意されていたいくらか重要な罪状について、裁判から被疑者が逃亡することを妨げることが、警察官にとっての本当の、または主要な動機であったという事実によって、重大ではない罪状による他の点では合法的な逮捕は、違法にはならないであろう(108)。このことは、もしもホールディング・チャージが、誠実なものであり、その身柄拘束を正当化するように作用するのであれば、ホールディング・チャージを行う実務に対する法的な異議というものは、存在しないということを意味するのであった。もしも、警察官によって合法に逮捕されたが、後で、逮捕された罪状について手続を進行しないということに、警察官が決めるのであれば、他の罪状で被逮捕者を身柄拘束し続ける理由がないのであれば、被逮捕者を直ちに釈放しなければならなかった(109)。恐らく警察官は、罪状の変更について、被逮捕者に告知しなければならなかったであろう(110)

第四節  小      括
  身柄拘束中の被疑者を取調べる実務を巡る不明確性が、一九一二年の旧裁判官準則を導いた(111)。しかし旧裁判官準則はあいまいであって、リー委員会は準則の解釈についての意見の食い違いを明らかにし、一九二九年報告書において身柄拘束中の被疑者取調べの禁止を勧告した(112)。その後、内務大臣は裁判官の承認の下、一九三〇年六月二四日付の内務省回状を出した(113)。これは、準則と同じ程度のオーソリティーを持つと言われた(114)。しかし、ホールディング・チャージを抑制する規定は、何ら立法化されることはなかった(115)
  しかし、ホールディング・チャージを抑制する動きは、裁判所の判断においては見られた。カナダにおいては、シーブルーク事件判決とディック事件判決が、正確な身柄拘束理由の告知と、黙秘権の告知がリンクすることを要求した(116)。そして、ディック事件判決は、リンクしない場合において、供述の任意性を否定する形で、ホールディング・チャージへの抑制を図ったのであった(117)
  一方、イギリスにおいては、リーチンスキー対クリスティー事件判決、および当該判決の上訴審であるクリスティー対リーチンスキー事件判決があった。そこでは、正確な身柄拘束理由の告知をなした上で(118)、嫌疑を晴らす機会を被疑者に与えるということであった(119)。その際、正確な身柄拘束理由の告知の一環として、他の罪状で拘束することに変更するのであれば、新たな罪状で逮捕し直さなければならないことを、スコット控訴院裁判官は主張していた(120)。また、カナダと同様に、身柄拘束理由の告知と、黙秘権の告知がリンクすることの必要性を、シモンス卿は意識していた(121)。正確な身柄拘束理由の告知がなされない場合には、不法拘禁に対する損害賠償の対象となった(122)
  また、罪状間の関連性に着目する見解として、クリスティー対リーチンスキー事件判決におけるシモンス卿のように、事実関係が一致する限りで、ホールディング・チャージを肯定した見解(123)と、逆に、パール・マントル事件判決のように、尋問された犯罪と身柄拘束されていた罪状が、密接に関連していたのでホールディング・チャージを否定した見解(124)があった。
  また、クリスティー対リーチンスキー事件判決におけるドゥ・パック卿のように、比較的軽微な罪状について逮捕権限があり、より重大な犯罪について単に逃亡防止を目的とするのであれば、ホールディング・チャージを肯定する見解(125)もあった。
  他方、ホールディング・チャージの正確な法的ステータスが、権威を持って決定されていなかったことによって(126)、学説なども錯綜することになった。それらの中で、グランヴィル・ウィリアムズは、条件付でホールディング・チャージを肯定する見解を、採用していた。グランヴィル・ウィリアムズは、リーチンスキー対クリスティー事件判決と、クリスティー対リーチンスキー事件判決を整理しながら、次のように述べていた。それは、被逮捕者に対して用意されていたいくらか重要な罪状について、裁判から被疑者が逃亡することを妨げることが、警察官にとっての本当の、または主要な動機であったという事実があるからといって、重大ではない罪状による他の点では合法的な逮捕は、違法にはならないようであった(127)ということであった。そして、もしも、警察官によって合法に逮捕されたが、後で、逮捕された罪状について手続を進行しないということに警察官が決めるのであれば、他の罪状で被逮捕者を身柄拘束し続ける理由がないのであれば、被逮捕者を直ちに釈放しなければならなかった(128)とした。恐らく警察官は、罪状の変更について、被逮捕者に告知しなければならなかったであろう、ということであった(129)。その際、逮捕理由が告知されることの真の理由は、被疑者が嫌疑を晴らすために、罪状が何であるのかをできるだけすぐに告知されることが望ましいからである(130)、ということであった(131)

(1)  歴史的な背景については、Gerald Abrahams, POLICE QUESTIONING and THE JUDGES' RULES, 1964;Ian Brownlie, Police Questioning, Custody and Caution [1960] Crim. L.R. 298.
(2)  Report of the Royal Commission on Police Powers and Procedure, 1929 (Cmd. 3297), para. 169.
(3)  Home Office Circular No. 536053/23, June 24th, 1930.
(4)  J.C. Smith, R. v. Powell−Mantle−Admissibility:Questioning About Offences Other Than Those With Which Prisoner is Charged [1959] Crim. L.R. 677, at 677.
(5)  多田辰也「イギリスにおける被疑者取調べ」警察研究五九巻二号三七頁(一九八八年)〔被疑者取調べとその適正化所収(一九九九年)〕。
      なお、一九三〇年内務省回状は、次のようなものであった。
      「身柄を拘束されているその犯罪のその原因に関して、黙秘権を告知された後の身柄拘束中の者への尋問や反対尋問(cross−examination)を、奨励したり認可したりするようには、準則三条は、決して意図されていなかった。そして、この準則が制定されるずっと以前から、そして制定以後も、そのように不適切になされた尋問に対する何らかの返答を、証拠として提出されるように裁判官が許容しないということが、慣行であった。しかし、いくつかの事件においては、黙秘権の告知がなされた後に、身柄拘束中の者に尋問することが、適切かつ必要であるかもしれない。たとえば、不法目的侵入罪で逮捕された者が、彼が正式に告発される前に、『私は、その財産を隠すか、捨てた』と言うかもしれず、そして黙秘権の告知後、彼は適切に『あなたは、それをどこに隠したか、捨てたのですか?』と尋ねられるであろう。また、人が常習犯(Habitual Criminal)として正式に告発される前に、彼は、彼が最後に刑務所を出所してから彼がやってきたことについて、説明するように適切に要求される。準則三条は、このようなケースに適用されるように意図されており、そして、そう理解することで、あいまいさを明瞭にする必要性のあるような場合を除いて、任意の供述への何らかの尋問を禁止する準則七条に、矛盾しないし、制限も加えない」〔Circular, supra note 3, at 2-3〕。
  参照、Roland Burrows, PHIPSON ON THE LAW OF EVIDENCE, 9th ed., 1952, at 269;Stone, Justices' Manual, 1952, at 365;Moriarty, POLICE LAW, 13th ed., 1954, at 65;T.R. Fitzwalter Butler, ARCHBOLD PLEADING, EVIDENCE & PRACTICE IN CRIMINAL CASES, 34th ed., 1959, at 423;Brownlie, supra note 1, at 299. パトリック・デヴリン(兒島武雄訳)・警察・検察と人権五七頁(一九六〇年)、土屋正三「イギリスにおける刑事訴追(二)」警察研究三一巻三号一七頁(一九六〇年)、井上正仁「イギリスの黙秘権制限法案(1)」ジュリスト一〇五三号四二頁(一九九四年)。
(6)  田宮裕「イギリスにおける「裁判官準則」の改正」判例時報三九〇号二頁(一九六四年)〔捜査の構造所収(一九七一年)〕。
(7)  Ian Bryan, Interrogation and Confession, 1997, at 136 によれば、Brown and Bruce (1931) 23 Cr. App. R. 56;Wattam (1952) 36 Cr. App. R. 72;May (1952) Cr. App. R. 91;Bass[1953]1 Q.B. 680;(1953) 36 Cr. App. R. 51;Thomas and Cullen (1961) Crim. L.R. 401;Parman (1963) 107 Sol. J. 984;Sargeant (1963) Cr. App. R. 848;Massey (1964) Crim. L.R. 43. また、H.R.G. Greaves, Reactionary England, 1936, at 17-19;Brownlie, supra note 1, at 320;Glanville Williams, Questioning by the Police:Some Practical Considerations [1960] Crim. L.R. 325, at 329;J.C. Smith, Questioning by the Police:Some Further Points−1 [1960] Crim. L.R. 347, at 348-352;Christopher Williams, Questioning by the Police:Some Further Points−2 [1960] Crim. L.R. 352, at 353-355. なお、G. Williams, id. を邦訳したものとして、G・ウイリアムズ(堀部紀訳)「警察官による尋問について(一)ー(三)」警察研究三一巻一二号五九ー七〇頁、三二巻三号七七ー八八頁、四号五六ー七〇頁(一九六〇ー一九六一年)。
(8)  Circular, supra note 3.
(9)  F. Mead, Cautions, Justice of the Peace and Local Government Review 99, 1935, at 499.
(10)  G.L. Teh, An Examination of the Judges' Rules in Australia, Australian Law Journal 46, 1972, at 494-500;Bryan, supra note 7, at 136-137.
(11)  L.H. Leigh, POLICE POWERS IN ENGLAND AND WALES, 1975, at 146.
(12)  参照、Doreen J. McBarnet, THE POLICE AND THE STATE:ARREST, LEGALITY AND THE LAW, POWER AND THE STATE, 1978, at 207-210;Doreen J. McBarnet, CONVICTION, 1981, at 32-33;Renton and Brown, CRIMINAL PROCEDURE ACCORDING TO THE LAW OF SCOTLAND, 4th ed., 1972, at 32.
(13)  裁判官準則三条、および一九三〇年内務省回状。参照、Chief Commissioner's Standing Orders (Vic.) O. 634, r. 3.
(14)  R. v. Buchan [1964] 1 All E.R. 502;Baldock v. Douglas (1954) 56 W.A.L.R. 82;R. v. Bailey [1958] S.A.S.R. 301.
(15)  R. v. Whiteway [1954] Crim. L.R. 143;The Times, October 27th, 1953, at 5;October 28th, 1953, at 5;October 29th, 1953, at 4;October 30th, 1953, at 5;October 31st, 1953, at 3;November 3rd, 1953, at 2;December 8th, 1953, at 5. この事件判決は、R. v. Buchan, id. において採用された態度を、支持するようであった〔R.N. Gooderson, THE INTERROGATION OF SUSPECTS, THE CANADIAN BAR REVIEW 48, 1970, at 279〕。
(16)  Rupert Furneaux, Famous Criminal Cases, vol. 1, 1954, at 156.
(17)  Id. at 159.
(18)  H.B. Walton and C. Doherty, The Towpath Murder [1954] Crim. L.R. 179, at 183. ハナム刑事警視(Hannam Detective Superintendent)は、彼の前のテーブルにホワイトウェイ(Whiteway)の肉切り包丁を置くことによって、取調べを開始した。後に警視は、彼の靴は大量の血痕を帯びていたということを、彼に話した。その後、彼は自白した。
(19)  Furneaux, supra note 16, at 156.
(20)  The Times, October 29th, 1953.
(21)  Walton, supra note 18, at 183. また、一二時間を超えて延長している取調べの過程での、尋問と返答の結果として、その供述は獲得されたと、防御側は主張した。
(22)  The Times, October 29th, 1953. 上訴において、刑事控訴院は、「二つの恐ろしい犯罪で既に身柄拘束中」の者になされている、さらなる取調べを含む捜査について、何も違法なものを見ないようであった〔Id. December 8th, 1953〕。
(23)  Id. October 29th, 1953.
(24)  G.L. Teh, DETENTION FOR INTERROGATION, Melbourne University Law Review 9, 1973, at 23.
(25)  PACE制定に影響することになった、一九七八年に正式に発足した、刑事手続に関する王立委員会(The Royal Commission on Criminal Procedure)の活動の一つとして、視察調査があった。イングランドおよびウェールズ内の種々の刑事司法機関を訪れ、実情を調査し、関係者と意見の交換を行った。特に、右地域に所在するすべての警察を視察し、あらゆるレベルの警察官に面接した。また、北アイルランド、スコットランドのほか、アイルランド共和国、オランダ、デンマーク、スウェーデン、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリアの諸国にも、委員を派遣し、問題状況を調査した〔井上正仁=長沼範良「イギリスにおける刑事手続改革の動向(一)」ジュリスト七六五号九〇頁(一九八二年)〕。
(26)  R. v. Seabrooke [1932] 4 D.L.R. 116;[1932] O.R. 575.
(27)  Id. at 119;at 579.
(28)  Teh, supra note 24, at 23;Leigh, supra note 11, at 35;L.H. Leigh, Police Powers in England and Wales, 2nd ed., 1985, at 51, 104.
(29)  Roger E. Salhany, The Police Manual of Arrest, Seizure & Interrogation, 4th ed., 1988, at 57.
(30)  R. v. Dick [1947] 2 D.L.R. 213.
(31)  被疑者が、ホールディング・チャージとしての浮浪罪についてだけ、黙秘権を告知され(そのように思われる(semble))、そして謀殺罪について取調べられた後に、被疑者から得られた供述を、裁判所は証拠としては排除した〔Teh, supra note 24, at 23〕。
(32)  R. v. Seabrooke, supra note 26, at 119-120;at 579.
(33)  R. v. Dick, supra note 30, at 224-225.
(34)  Teh, supra note 24, at 24.
(35)  Leachinsky v. Christie [1946] 1 K.B. 124 (C. A.).
(36)  Christie v. Leachinsky [1947] A.C. 573 (H.L.).
(37)  リーチンスキー対クリスティー事件判決において、ローレンス控訴院裁判官(Lawrence L.J.)が述べたことを要約すると、次のようであった。
    逮捕段階で、正式な罪状が警察官によって構成される必要はない。被告人が、罪状に対して受け答えする公正な機会を持つことを確実にできる事実審理段階において、裁判所の自由裁量次第で、それは変更可能なのである。被逮捕者がそれを犯したのか、それは犯罪を構成するのか、そしてそれはどのような犯罪であるのかを決定するのは、裁判官の機能なのである。被逮捕者の犯した犯罪について、正確な法的性質を決定するということは、執行官の機能としてはないのである〔Leachinsky v. Christie, supra note 35, at 146-147〕。
  しかし、この見解については、ホールディング・チャージ独自の問題を、考慮し損なっていた節があるように思われる。
(38)  Teh, supra note 24, at 24.
(39)  Leachinsky v. Christie, supra note 35, at 133, 135.
(40)  Id. at 135.
(41)  Id. at 135.
(42)  Id. at 137.
(43)  Id. at 138.
(44)  Teh, supra note 24, at 24.
(45)  Christie v. Leachinsky, supra note 36, at 588. 参照、F・T・ジャイルズ(兒島武雄訳)・イギリスの刑事裁判一一〇ー一一一頁(一九七四年)。
(46)  Christie v. Leachinsky, id. at 589.
(47)  Id. at 588.
(48)  Leachinsky v. Christie, supra note 35, at 149.
(49)  Id. at 148.
(50)  Id. at 149.
(51)  Christie v. Leachinsky, supra note 36, at 593.
(52)  Teh, supra note 24, at 25.
(53)  R. v. Powell−Mantle [1959] Crim. L.R. 445.
(54)  Id. at 446.
(55)  Christie v. Leachinsky, supra note 36, at 600.
(56)  Id. at 603.
(57)  Id. at 604-605.
(58)  Teh, supra note 24, at 24.
(59)  以上で取り上げてきた裁判所の判断とは別に、イギリスのホールディング・チャージを論じるに当たって引き合いに出されるアメリカの事例として、マクナブ事件判決(McNabb v. U.S. (1943) 318 U.S. 332)〔some members of the Bill of Rights Committee of the American Bar Association, MEMORANDUM ON THE DETENTION OF ARRESTED PERSONS AND THEIR PRODUCTION BEFORE A COMMITTING MAGISTRATE, 1944, by Zechariah Chafee, DOCUMENTS ON FUNDAMENTAL HUMAN RIGHTS, vol. 2, 1963, at 217, 234;Smith, supra note 7, at 349〕、およびカーリグナン事件判決(Carignan v. U.S. (1951) 342 U.S. 36)〔Gooderson, supra note 15, at 280-281〕があった。
  なお、アメリカにおける別件逮捕的な捜査方法については、早川武夫「英米の刑事手続A」法学セミナー一二五号八四頁(一九六六年)、中村悳「英米における逮捕制度とその司法的控制」警察研究三八巻二号八五ー八六頁(一九六七年)、松尾浩也「別件逮捕と自白の許容性」ジュリスト四三二号一一〇頁(一九六九年)、中村悳「別件逮捕・勾留中の取調の許容範囲」法律のひろば三〇巻五号二九ー三〇頁(一九七七年)、渡辺修・被疑者取調べの法的規制八二ー九二頁(一九九二年)、川出敏裕「別件逮捕・勾留と余罪取調べ(一)ー(五・完)」法学協会雑誌一一一巻一号一ー六八頁、二号二一八ー二七八頁、三号三四〇ー三九九頁、四号四二一ー四七五頁、五号六〇一ー六四六頁(一九九四年)〔別件逮捕・勾留の研究所収(一九九八年)〕など。
(60)  R. v. Dwyer (1932) 23 Cr. App. R. 156;R. v. Treacy [1944] 2 All E.R. 229, at 235-236.
(61)  R. v. Treacy, id.
(62)  Brownlie, supra note 1, at 320.
(63)  R. v. Treacy, supra note 60, at 235-236.
(64)  Renton, supra note 12, at 34.
(65)  Enid Campbell and Harry Whitmore, Freedom in Australia, 1966, at 38.
(66)  Teh, supra note 24, at 25.
(67)  Christie v. Leachinsky, supra note 36, at 593. そして、at 604 におけるドゥ・パック卿のスピーチ。
(68)  Walker and Walker, THE ENGLISH LEGAL SYSTEM, 1967, at 343;2nd ed., 1970, at 349;4th ed., 1976, at 399;5th ed., 1980, at 427;6th ed., 1985, at 451-452など。
(69)  Teh, supra note 24, at 25.
(70)  Report, supra note 2, paras 159-160.
(71)  A.H.K. Campbell, R. v. Powell−Mantle−Admissibility:Questioning About Offences Other Than Those With Which Prisoner is Charged [1959] Crim. L.R. 673, at 674.
(72)  Id. at 675.
(73)  Ivan D. Packman, R. v. Powell−Mantle−Admissibility:Questioning About Offences Other Than Those With Which Prisoner is Charged [1959] Crim. L.R. 675, at 675.
(74)  Id. at 676.
(75)  G.C. Payne, R. v. Powell−Mantle−Admissibility:Questioning About Offences Other Than Those With Which Prisoner is Charged [1959] Crim. L.R. 676, at 676-677.
(76)  参照、Ben Whitaker, The Police, 1964, at 61;Ben Whitaker, The Police in Society, 1979, at 145-146;Bryan, supra note 7, at 135-137.
(77)  被疑者が逮捕された犯罪を強調することは、他の犯罪について尋問することは受け入れられたという、意図されていない解釈を許した。このことは、次々に、ホールディング・チャージの使用を促した〔Criminal Justice Commission, REPORT ON A REVIEW OF POLICE POWERS IN QUEENSLAND, VOL. IV:SUSPECTS' RIGHTS, POLICE QUESTIONING AND PRE−CHARGE DETENTION, 1994, at A43〕。
(78)  Smith, supra note 4, at 679.
(79)  参照、P. Devlin, The Criminal Prosecution in England, 1960, at 39.
(80)  Smith, supra note 7, at 349.
(81)  Brownlie, supra note 1, at 319-320.
(82)  R. v. Powell−Mantle, Commentary [1959] Crim. L.R. 446, at 447.
(83)  Brownlie, supra note 1, at 320.
(84)  Commentary, supra note 82, at 448.
(85)  Circular, supra note 3, at 3. 参照、Brownlie, supra note 1, at 299-300.
(86)  Smith, supra note 4, at 678.
(87)  Brownlie, supra note 1, at 320.
(88)  R. v. Best [1909] 1 K.B. 692.
(89)  R. v. Booker (1924) 18 Cr. App. R. 47.
(90)  Commentary, supra note 82, at 448;Brownlie, supra note 1, at 320;Gooderson, supra note 15, at 277.
(91)  R. v. Treacy, supra note 60.
(92)  R. v. Powell−Mantle, supra note 53.
(93)  Brownlie, supra note 1, at 320-321.
(94)  Smith, supra note 4, at 679;supra note 7, at 349;C. Williams, supra note 7, at 355. また、比較的軽微な犯罪で逮捕し、より重大な犯罪について取調べるような実務は、イギリスの警察規定によっては許容されないであろうと、アメリカでは評価されていた〔American Bar Association, supra note 59, at 234;Smith, supra note 7, at 349〕。
(95)  REPORT OF THE ROYAL COMMISSION ON POLICE POWERS AND PROCEDURE (1928-1929), VOL. 2-3, MINUTES OF EVIDENCE, PART 1-2, 1929, Qs 3278-3285.
(96)  R. v. Powell−Mantle, supra note 53.
(97)  Gooderson, supra note 15, at 278-279.
(98)  R. v. Whiteway, supra note 15.
(99)  参照、第三章第二節一。
(100)  Walton, supra note 18, at 186-187.
(101)  Gooderson, supra note 15, at 280.
(102)  Id. at 280;MINUTES, supra note 95, Qs 3278-3285, 8196-8202.
(103)  Glanville L. Williams, CRIMINAL LAW, THE GENERAL PART, 1953, at 510;2nd ed., 1961, at 661.
(104)  Glanville L. Williams, Requisites of a Valid Arrest [1954] Crim. L.R. 6, at 16.
(105)  Christie v. Leachinsky, supra note 36, at 588, 593. 参照、Leigh, supra note 28, 1985, at 56.
(106)  Williams, supra note 104, at 17.
(107)  Christie v. Leachinsky, supra note 36, at 592-593.
(108)  Id. at 604-605.
(109)  Leachinsky v. Christie, supra note 35, at 135.
(110)  Williams, supra note 104, at 17.
(111)  歴史的な背景については、Abrahams, supra note 1;Brownlie, supra note 1.
(112)  Report, supra note 2, para. 169.
(113)  Circular, supra note 3.
(114)  Smith, supra note 4, at 677.
(115)  Campbell, supra note 71, at 674.
(116)  R. v. Seabrooke, supra note 26, at 119;at 579;R. v. Dick, supra note 30, at 224-225.
(117)  R. v. Dick, id. at 224-225.
(118)  Leachinsky v. Christie, supra note 35, at 133, 135, 148-149;Christie v. Leachinsky, supra note 36, at 588, 600.
(119)  Leachinsky v. Christie, id. at 138;Christie v. Leachinsky, id. at 588, 593.
(120)  Leachinsky v. Christie, id. at 133, 135.
(121)  Christie v. Leachinsky, supra note 36, at 593.
(122)  Leachinsky v. Christie, supra note 35, at 135;Id. at 588, 603.
(123)  Christie v. Leachinsky, id. at 593.
(124)  R. v. Powell−Mantle , supra note 53, at 446.
(125)  Christie v. Leachinsky, supra note 36, at 604-605.
(126)  Teh, supra note 24, at 24.
(127)  Christie v. Leachinsky, supra note 36, at 604-605.
(128)  Leachinsky v. Christie, supra note 35, at 135.
(129)  Williams, supra note 104, at 17.
(130)  Christie v. Leachinsky, supra note 36, at 588.
(131)  Williams, supra note 104, at 17.


第四章  検討と考察

第一節  議論の整理
  以上を整理すると、次のようである。ホールディング・チャージと呼ばれる捜査実務が、裁判所の判断において、その姿を現してくるようになった(1)。そしてリー委員会において、ホールディング・チャージは討論された。
  アーチボルド公訴局長は、ホールディング・チャージがなされた際に、身柄を拘束した比較的軽微な罪状については裁判官準則三条の範疇にあるが、その際により重大な犯罪について尋問することは、準則一条の範疇にあると考えていた(2)。また、ホールディング・チャージは、被疑者の利益になるし(3)、必要な捜査方法であるとしていた(4)。そして、ホールディング・チャージを行うことによって、ブランプトン卿のルールを潜脱するつもりはないし(5)、裁判官準則の精神や文言にも反さず、供述は証拠として許容され、それは、これまでも何度も繰り返して認められてきたことだとしていた(6)。次に、ターンブル・ロンドン市警察総監は、準則三条下において、ホールディング・チャージは可能であり、それは準則七条に関連するという見解であった(7)。次に、トラブショワー・ランカシャー警察本部長は、捜査することが警察の義務であるとして、ホールディング・チャージを受け入れていた(8)。次に、ブランスウェイト警察連盟合同中央委員会議長は、ホールディング・チャージを必要であるとしていた(9)。次に、スチュアート・ディーコン・リバプール市有給治安判事は、ある犯罪で身柄拘束中の被疑者は、他の犯罪については、理論的には自由な状態にあるとして、ホールディング・チャージを肯定した(10)
  しかし、ルーファー・トーマス・ポンティプリッドおよびロンダ有給治安判事は、他の犯罪について、理論的には自由な状態にあることを理解していたが、ホールディング・チャージによる尋問には反対していた(11)
  マテュース・リーヅ市警察本部長は、被疑者が身柄拘束された犯罪と独立しているとみなされる場合にだけ、たとえそうでも、より深刻な罪状について彼を尋問するために、比較的軽微な罪状で逮捕されたのでなければ、尋問を許すとした(12)。しかし、重大事件においては、ホールディング・チャージを肯定していた(13)
  以上のような討論を経て、リー委員会は、ホールディング・チャージを強く非難した(14)。ただし、法律としての強制力を持たない王立委員会の勧告は、裁判官準則に属している準則に伴う訓令という程度のオーソリティーさえ持たなかったと言われた(15)。そして、ホールディング・チャージを抑制する規定は、何ら立法化されることはなかった(16)
  しかし、ホールディング・チャージを抑制する動きは、裁判所の判断においては見られた。カナダにおいては、シーブルーク事件判決とディック事件判決が、正確な身柄拘束理由の告知と、黙秘権の告知がリンクすることを要求した(17)。そして、ディック事件判決は、リンクしない場合において、供述の任意性を否定する形で、ホールディング・チャージへの抑制を図ったのであった(18)
  一方、イギリスにおいては、リーチンスキー対クリスティー事件判決、および当該判決の上訴審であるクリスティー対リーチンスキー事件判決があった。そこでは、正確な身柄拘束理由の告知をなした上で(19)、嫌疑を晴らす機会を被疑者に与えるということであった(20)。その際、正確な身柄拘束理由の告知の一環として、他の罪状で拘束することに変更するのであれば、新たな罪状で逮捕し直さなければならないことを、スコット控訴院裁判官は主張していた(21)。また、カナダと同様に、身柄拘束理由の告知と、黙秘権の告知がリンクすることの必要性を、シモンス卿は意識していた(22)。正確な身柄拘束理由の告知がなされない場合には、不法拘禁に対する損害賠償の対象となった(23)
  また、罪状間の関連性に着目する見解として、クリスティー対リーチンスキー事件判決におけるシモンス卿のように、事実関係が一致する限りで、ホールディング・チャージを肯定した見解(24)と、逆に、パール・マントル事件判決のように、尋問された犯罪と身柄拘束されていた罪状が、密接に関連していたのでホールディング・チャージを否定した見解(25)があった。
  また、クリスティー対リーチンスキー事件判決におけるドゥ・パック卿のように、比較的軽微な罪状について逮捕権限があり、より重大な犯罪について単に逃亡防止を目的とするのであれば、ホールディング・チャージを肯定する見解(26)もあった。
  他方、ホールディング・チャージの正確な法的ステータスが、権威を持って決定されていなかったことによって(27)、学説なども錯綜することになった。それらの中で、グランヴィル・ウィリアムズは、条件付でホールディング・チャージを肯定する見解を、採用していた。グランヴィル・ウィリアムズは、リーチンスキー対クリスティー事件判決と、クリスティー対リーチンスキー事件判決を整理しながら、次のように述べていた。それは、被逮捕者に対して用意されていたいくらか重要な罪状について、裁判から被疑者が逃亡することを妨げることが、警察官にとっての本当の、または主要な動機であったという事実があるからといって、重大ではない罪状による他の点では合法的な逮捕は、違法にはならないようであった(28)ということであった。そして、もしも、警察官によって合法に逮捕されたが、後で、逮捕された罪状について手続を進行しないということに警察官が決めるのであれば、他の罪状で被逮捕者を身柄拘束し続ける理由がないのであれば、被逮捕者を直ちに釈放しなければならなかった(29)とした。恐らく警察官は、罪状の変更について、被逮捕者に告知しなければならなかったであろう、ということであった(30)。その際、逮捕理由が告知されることの真の理由は、被疑者が嫌疑を晴らすために、罪状が何であるのかをできるだけすぐに告知されることが望ましいからである(31)、ということであった(32)

第二節  旧裁判官準則期におけるホールディング・チャージ抑制理論とPACE三一条との関連
  旧裁判官準則期におけるホールディング・チャージを巡る議論は、ホールディング・チャージ抑制理論の礎を築いた。シーブルーク事件判決(33)およびディック事件判決(34)と、クリスティー対リーチンスキー事件判決のシモンス卿の見解(35)は、身柄拘束理由の告知と黙秘権の告知のリンクを要求した。またリーチンスキー対クリスティー事件判決のスコット控訴院裁判官の見解(36)と、同事件についてのグランヴィル・ウィリアムズの見解(37)は、罪状が変更する場合の新たな罪状での逮捕、もしくはその変更について告知しなければならないということを要求した。
  現在のイギリスで、ホールディング・チャージを抑制する規定の一つである、PACE三一条は、次のように規定されている。
「警察官は、(a)(@)犯罪により逮捕された者が、(A)その逮捕の結果として警察署に引致された場合において、(b)釈放したとしても他の犯罪により逮捕されると認めるときは、この犯罪によりその者を逮捕しなければならない(38)。」
  そして逮捕の際、被逮捕者は、PACE二八条(39)の下で、新たな逮捕事実と逮捕理由について告知されなければならないこととされ(40)、また、一九八四年、一九九一年、そして一九九五年実務規範C一〇条三項(41)は、黙秘権の告知が逮捕下の者に与えられることを、規定している。これには、PACE三一条の言う、他の犯罪で被逮捕者を再び逮捕する場合も含まれるとされている(42)
  ところで、この逮捕する義務(PACE三一条)と黙秘権の告知義務(実務規範C一〇条三項)は、PACE三一条の制定過程における庶民院(House of Commons)での討論において、既に述べられていたことである。
  デービッド・メラー(David Mellor, Home Office Under−Secretaries of State, Esq, MP)ー「人が逮捕下にある犯罪が、彼が警察署に居る間に変更するということが、ときどき生じるのである。」「さらに別の犯罪で人を逮捕する理由を捜査官は持つが、その者がもともと逮捕されていた犯罪はもはや立証できないことが、捜査官にとって明らかとなった時点で、彼はその者に黙秘権を告知する義務を負い、そして彼を再び逮捕する義務を負う。その者が既に身柄拘束されている際に、そのことは実際に、次の行為によってなされるであろう。それは、彼がさらなる犯罪で逮捕下にあることを彼に告知することによって、そして当該犯罪が何であるのかを彼に告知することによってである。」「いったん個人が、警察署において身柄を拘束されることになれば、彼が逮捕下にあるのかどうか、もしくは彼は退去することについて自由であるのかどうかだけではなしに、彼がどのような犯罪により逮捕下にあるのかについても、彼が常に知っていることを確実にするのに、当該条項はこのような言い回しで表現している(43)。」
  そうして、このデービッド・メラーの見解は、前に指摘したシーブルーク事件判決などと、まさに内容を同じくするものである。シーブルーク事件判決およびディック事件判決と、クリスティー対リーチンスキー事件判決のシモンス卿の見解が、身柄拘束理由の告知と黙秘権の告知のリンクを要求することは、後のデービッド・メラーの見解の黙秘権の告知義務につながり、そしてリーチンスキー対クリスティー事件判決のスコット控訴院裁判官の見解と、同事件についてのグランヴィル・ウィリアムズの見解が、罪状が変更する場合の新たな罪状での逮捕、もしくはその変更について告知しなければならないとすることは、同じくデービッド・メラーの再び逮捕する義務の主張と同一である。
  以上のような議論の経過を辿るとき、旧裁判官準則期における前述のホールディング・チャージ抑制理論の礎は、その後、新裁判官準則期を経て、PACE制定の際に活かされることになったと言うことができる。本稿の冒頭で述べた、ホールディング・チャージの中でも、警察による身柄拘束中に、より重大な犯罪についての「取調べ」を目的とするものに関して規制するPACE三一条、三七条二項、四一条四項、四八条のうち、少なくともPACE三一条は、旧裁判官準則期のホールディング・チャージについての議論にその源を持っていたことが、明らかとなったと言える。その他の条文については、新裁判官準則期以後の論議とかかわりがあるものと思われるが、別の機会に検討することとしたい。

(1)  R. v. Booker (1924) 18 Cr. App. R. 47;R. v. Browne and Kennedy, The Times, February 22nd, 1928, at 9 など。
(2)  REPORT OF THE ROYAL COMMISSION ON POLICE POWERS AND PROCEDURE (1928-1929), VOL. 2-3, MINUTES OF EVIDENCE, PART 1-2, 1929, Qs 1177, 1180-1193.
(3)  Id. Q. 1179.
(4)  Id. Q. 1189.
(5)  Id. Q. 1195.
(6)  Id. Q. 1194.
(7)  Id. Q. 1511.
(8)  Id. Qs 3991-3993.
(9)  Id. Qs 7167-7169.
(10)  Id. Qs 6685-6690.
(11)  Id. Qs 8196-8202.
(12)  Id. Qs 3278-3279.
(13)  Id. Qs 3280-3285.
(14)  Report of the Royal Commission on Police Powers and Procedure, 1929 (Cmd. 3297), para. 160.
(15)  R. v. Powell−Mantle, Commentary [1959] Crim. L.R. 446, at 448.
(16)  A.H.K. Campbell, R. v. Powell−Mantle−Admissibility:Questioning About Offences Other Than Those With Which Prisoner is Charged [1959] Crim. L.R. 673, at 674.
(17)  R. v. Seabrooke [1932] 4 D.L.R. 116, at 119; [1932] O.R. 575, at 579;R. v. Dick [1947] 2 D.L.R. 213, at 224-225.
(18)  R. v. Dick, id. at 224-225.
(19)  Leachinsky v. Christie [1946] 1 K.B. 124, at 133, 135, 148-149;Christie v. Leachinsky [1947] A.C. 573, at 588, 600.
(20)  Leachinsky v. Christie, id. at 138;Christie v. Leachinsky, id. at 588, 593.
(21)  Leachinsky v. Christie, id. at 133, 135.
(22)  Christie v. Leachinsky, supra note 19, at 593.
(23)  Leachinsky v. Christie, supra note 19, at 135;Id. at 588, 603.
(24)  Christie v. Leachinsky, id. at 593.
(25)  R. v. Powell−Mantle [1959] Crim. L.R. 445, at 446.
(26)  Christie v. Leachinsky, supra note 19, at 604-605.
(27)  G.L. Teh, DETENTION FOR INTERROGATION, Melbourne University Law Review 9, 1973, at 24.
(28)  Christie v. Leachinsky, supra note 19, at 604-605.
(29)  Leachinsky v. Christie, supra note 19, at 135.
(30)  Glanville L. Williams, Requisites of a Valid Arrest [1954] Crim. L.R. 6, at 17.
(31)  Christie v. Leachinsky, supra note 19, at 588.
(32)  Williams, supra note 30, at 17.
(33)  R. v. Seabrooke, supra note 17, at 119;at 579.
(34)  R. v. Dick, supra note 17, at 224-225.
(35)  Christie v. Leachinsky, supra note 19, at 593.
(36)  Leachinsky v. Christie, supra note 19, at 133, 135.
(37)  Williams, supra note 30, at 17.
(38)  Michael Zander, THE POLICE AND CRIMINAL EVIDENCE ACT 1984, 2nd ed., 1990, at 287;3rd ed., 1995, at 351 など。参照、土屋正三「イギリスの新「警察及び刑事証拠法」略説(二)」警察研究六七二号二七頁(一九八五年)、藤井紀雄「The Police and Criminal Evidence Act 1984 概説」法学の諸問題四六九頁(一九八七年)、法務大臣官房司法法政調査部編(三井誠=井上正仁訳)・イギリス警察・刑事証拠法/イギリス犯罪訴追法三三ー三四頁(一九八八年)など。

(39)  被逮捕者に逮捕事実と逮捕理由を告知することを要求するコモンローが、明文化されるべきであることを、刑事手続に関する王立委員会は勧告していた。そしてそこでは、クリスティー対リーチンスキー事件判決のサイモン子爵の見解が引用されていた〔The Royal Commission on Criminal Procedure, REPORT, 1981 (Cmnd 8092), para. 3. 87;The Royal Commission on Criminal Procedure, THE INVESTIGATION AND PROSECUTION OF CRIMINAL OFFENCES IN ENGLAND AND WALES:THE LAW AND PROCEDURE, 1981 (Cmnd 8092-1), para. 52〕。そしてPACE二八条が、その勧告を明文化している〔Zander, id. 1990, at 65;1995, at 74〕。
    なおPACE二八条は、次のように規定されている。
    「PACE二八条(逮捕時に与えられる情報)
      一項  五項に定める場合を除き、逮捕する旨を告知せずに人を逮捕したときは、逮捕後実行可能な限り速やかに、逮捕した旨を被逮捕者に告知しない限り、その逮捕は違法となる。
      二項  警察官による逮捕については、逮捕の事実が明白であると否とを問わず、前項の規定を適用する。
      三項  五項に定める場合を除き、逮捕するとき、または逮捕後実行可能な限り速やかに、逮捕の理由を被逮捕者に告知しない限り、その逮捕は違法となる。
      四項  警察官による逮捕については、逮捕の理由が明白であると否とを問わず、前項の規定を適用する。
      五項  本条の規定は、(a)逮捕または(b)その理由の告知を行う前に、対象者が逃走したため、その告知を行うことが合理的に実行可能でないと認められる場合には、その告知を行うことを要求するものと解してはならない」〔Zander, id. 1990, at 285;1995, at 349〕。
  参照、土屋・前掲註(38)二五ー二六頁、法務大臣・前掲註(38)三一頁など。
(40)  Hargreaves and Levenson, A practitioner's guide to the Police and Criminal Evidence Act 1984, 1985, at 82;Howard Levenson and Fiona Fairweather, Police Powers:a practitioner's guide, 1990, at 104. 参照、酒巻匡「イギリス刑事司法の改革(7)逮捕および留置(その二)」ジュリスト九五一号八七頁(一九九〇年)など。
(41)  「実務規範C一〇条三項  犯行を理由とする逮捕に当たっては、黙秘権を告知しなければならない。ただし、(a)被逮捕者の状態、または挙動のために、黙秘権を告知することができない場合、または(b)一〇条一項により、既に逮捕の直前に黙秘権を告知されている場合は、この限りではない」〔HMSO, Police and Criminal Evidence Act 1984 (s. 66):CODES OF PRACTICE, 1985, at 53;HMSO, Police and Criminal Evidence Act 1984 (s. 66):CODES OF PRACTICE REVISED EDITION, 2nd ed., 1991, at 56;HMSO, Police and Criminal Evidence Act 1984 (s. 60 (1) (a) and s. 66):CODES OF PRACTICE REVISED EDITION, 1995, at 50〕。
    参照、渥美東洋「イギリスの警察および刑事証拠法の「実務規範」(一)」判例タイムズ五九五号二五頁(一九八六年)。
(42)  L.H. Leigh, Police Powers in England and Wales, 2nd ed., 1985, at 131;Jack English and Richard Card, Butterworths Police Law, 1985, at 48, 54;2nd ed., 1988, at 50, 56;3rd ed., 1991, at 52, 60;4th ed., 1994, at 49, 69;Chris Lethem, POLICE DETENTION, 1991, at 62;2nd ed., 1998, at 74, 129.
(43)  PARLIAMENTARY DEBATES (HANSARD), SIXTH SERIES, VOL. 42, HOUSE OF COMMONS, OFFICIAL REPORT, May 3rd, 1983, col. 189.