立命館法学  一九九六年一号(二四五号)




ドイツと日本の市町村議会
−選挙制度、政党化、社会的代表性


村上 弘






目    次




はじめに--地方議会の機能と構造
  日本の地方自治体が巨大な政策出力を誇っている(1)なかで、また、地方分権による「団体自治」の強化が構想されているなかで、「住民自治」の中軸をなす地方議会はかならずしも高い評価を受けているとはいえない(2)。一般には、議会は、行政監視、政策立案といった「高次の」活動が弱く、逆に、地元や団体の利益代表機能をはたすことに熱心で、また行政側の方針の正当化機能を果たしているというイメージがある。
  こうしたイメージを整理するならば、第一に、議会は行政・首長に対する独自性や緊張関係を失っている、第二に議員の関心が自治体全体の問題よりも地元の問題に偏っている、第三に議会が地域社会を幅広く代表していないという三つの指摘に帰着するだろう。
  第一の、議会の自律性と影響力という問題に関して、データで検討してみよう。一九九〇年には、市議会では議案のうち八八%が長から提案され、その九九%(一九七八年には八八%)が可決された。提案前に了解を与えていることも多いとはいえ、議会は行政側の原案をほとんど否決しない。議員提案は一二%と少なく、可決率は八七%である。逆に議会は、住民からの条例制定請求の大部分を否決してしまう。これは、一部市民の側が無理難題を突き付けている可能性もないわけではないが、議会の対応も冷淡だといえる。ただし、住民からの請願の採択率は約四割となっている(3)
  村松・伊藤が京都府でおこなった議員調査によれば、人口一〇万人以上の市では、議会と行政の望ましい関係について、「行政主体」「議会主体」という回答がほぼ拮抗する。現実の議会の影響力については、「ほぼ審議で決まる」が一一%、「かなり影響を及ぼす」が七八%となり、議会の力の強さをうかがわせる(4)。議員から見た議会の影響力の強さは、他府県でのいくつかの調査でも明らかに示されている(5)
  一方、政令指定都市の課長以上職員に対して村上・田尾・真山がおこなった調査によれば、新規事業の発案や立案過程では、議会が果たす役割が「どちらかといえば少ない」という答えが多い(6)。議員に対しても、政策決定における主体はどちらかという聞きかたをすると、「行政主体」が「議会主体」を大きく上回る(7)
  これらのデータを総合するならば、政策決定は行政主導だが議会もかなりの影響力を及ぼす、あるいは合理的な政策を提示する首長と多元的な利益を代表し調整させる議会とが役割分担する(8)、という全体像が描かれる。
  しかし、以上に加えて、日本の自治体では、先進国では珍しく、大部分の政党の支持を受けた「相乗り、無所属」首長が多い。知事や政令指定都市市長の大多数、市長の三分の一程度(9)が自民、新進党から社会民主党に至るまでの支持を受け、無所属で当選している。その結果、首長・行政と準総与党化した議会とは協調的な関係を結ぶことになる(10)。この相乗り与党体制は、議会の各会派に一定の影響力を保障するかもしれないが、議会が自律的に首長・行政の政策をチェックする機能や、与党の交替による政策転換の可能性を弱くする。議会の影響力を測るためには、こうした体制下での政策決定の事例を収集し、議会の意見書や付帯決議を分析する必要があろう。
  第二の点は、議員が代表する対象が自治体全体なのか、地元なのかという問題である。議員調査では、代表の対象として重要なものは「自治体全体」という答えが過半数を越え、「地元・選挙区」を大きく上回る(11)。これに対して、有権者調査からは、議員の地元サービスへの期待がかなり前面に浮かび上がる。市町村議会選挙での投票基準については、「地元の面倒をよく見る人」三三%、「政策のよい人」二六%、「人柄のよい人」二一%、「支持する政党や団体の人」八%などという答えになる(12)
  議員は少なくともタテマエとしては全体の代表という意識をもっているが、有権者から再選されるためには、かって「ドブ板型」と表現されたような地元サービスにも努めなければならない。もちろん、地元指向が一概に悪いわけではなく、たとえば日本の都市整備は、各地元・地区からの要望に押されることがなければ、もっと不十分な水準にとどまっていただろう。しかし、個別利益の集合ではない市政全体の課題や、各地区の多数派が軽視する問題も存在するはずだから、仮に議会が地元指向だけに偏るならばたいせつな役割を忘れることになる。
  第三の問題は、議員個人ではなくむしろ議会の社会的代表性にかかわっている。議員の構成が特定の階層や職業をより代表しているのではないか、議会が「市民感覚」からズレているのではないか、という指摘である。データで判断するのはむずかしい。議員アンケートからは「私は自治体全体を代表している」という答えが返ってくる。たとえば、ある争点についての市民の意見分布と議員のそれとを照合するということになるだろうか。前述の条例制定請求可決率の低さ、あるいは議会委員会を非公開にしている自治体も多いことなども判断材料になる。また、間接的なデータになりうるのが、議員の社会的構成だろう。たしかに、職業、性別、年齢などに関して、議員の構成はかならずしも市民全体の構成に比例する必要はなく、むしろ有能な人物が議員に選ばれることが望ましいという面もある(13)。しかし、議会メンバーの社会的構成が市民全体のそれから大きく偏るならば、議会が市民の多様な利害を全体としてうまく代表しない可能性は大きくなる。日本の地方議会でこのバイアスが大きいことは、三で示すとおりだ。
  以上で述べた地方議会の活動上の特徴については、もっと実証研究が必要だが、つぎに、その背景にある地方議会の構造を考えてみよう。ひととおり列挙するならば、議会の機能や活動内容に影響しうる構造上の要因として、次のような点が注目に値するだろう。
  まず、おもに議会の活動権限を規定する要因である(14)
    (1)  中央地方関係、自治体の権限・財源と活動可能性
    (2)  議会−行政関係(議会がもつ行政統制の権限、首長の権限、首長と行政幹部の選出方法)
  つぎに、その権限を議会がどう行使するかを規定する要因をあげる。
    (3)  議員の社会的構成(職業、年齢、性別など)
    (4)  議会の政党化、政党連合、政党間競争の程度、県や国の政党組織からの働きかけ
    (5)  議員の待遇と専門能力、政策研究のための時間や補佐機構(議会事務局など)
    (6)  有権者の投票行動
    (7)  議会の公開性、市民の意識と市民運動、マスコミの活動、地域社会の多元性
  以上の構造のうち、(3)(4)(6)は選挙制度によって規定される程度が強いと思われる。
  本論文は、(3)と(4)の一部についての二国間比較である。比例代表制で選ばれる市町村議会(および州議会)を持つドイツをとりあげ、この選挙制度が(4)議会の政党化や(3)社会的構成におよぼす影響を検討し、日本と比較する。ドイツの状況は、地方議会における政党の要素と人の要素との関係を考えるための、またドイツとは対照的に大、中、小選挙区制の混合方式によって「人を選ぶ」日本の地方選挙を評価するための、参考になるだろう。


(1)  地方自治は、「地域開発」「草の根保守主義」「参加民主主義」などの舞台として、日本政治の構造のなかでも重要な位置を占めてきた。この点を扱った研究の例としては、松下圭一『市民自治の憲法理論』一九七五年、山口定「戦後日本の政治体制と政治過程」三宅一郎・山口定・村松岐夫・進藤榮一『日本政治の座標』一九八五年、福井英雄・形野清貴・上田惟一・岡村茂・川端正久『日本政治の視角』一九八八年、石川真澄・広瀬道貞『自民党ー長期支配の構造』一九八九年がある。
(2)  地方議会についての批判的な記述の例は、五十嵐敬喜・小川明雄『議会官僚支配を越えて』一九九五年。なお、私は地方自治の質が団体自治と住民自治だけ、つまり自治体の自律性と地域民主主義だけによって決まるという見方をするわけではない。有能な首長や専門化した自治体行政の取り組み、企業の協力、国との意見交換が政策発展に貢献している点を見逃してはならない。ただし、行政内部での政策発展の能力が、住民や議会との相互作用のなかで活性化される点に注目したいと考えている。
(3)  日本の地方議会の各種活動状況については、西尾勝・岩崎忠夫編『地方政治と議会』一九九三年。
(4)  村松岐夫・伊藤光利『地方議員の研究』一九八六年、九三、一六八頁。
(5)  黒田展之『現代日本の地方政治家』一九八四年、一一二頁。北原鉄也「地方自治体におけるアクターの意識・行動にみる地方自治の現状」『都市問題』一九八九年九月号、三六頁。間登志夫「自治体における政治家と行政官の関係」同雑誌、七一頁。
(6)  京都市『大都市の都市政策と職員意識』一九九三年、一三−一四頁。
(7)  間、前掲論文、七一頁。
(8)  村松・伊藤、前掲書、一六六頁。
(9)  一九九五年四月の統一地方選挙結果からの推定。朝日新聞同年四月二四日。
(10)  イギリス、アメリカのような二大政党制のもとでは「相乗り」(多党連合、準総与党化)は起こりにくい。多党化した議会において、ドイツ(旧東ドイツ地域)のように社会民主主義政党と共産党が対立する場合、またはオーストリアのように多くの政党が市長と助役のポストを分け合う場合に、相乗り与党体制が生まれることはある。しかし、その場合でも市長は政党色が明らかであり政党間競争は維持される。日本の場合は、共産党が弱い自治体も含めて、かつ政党間でポストを分け合うことなしに、しばしば官僚出身の無所属首長を支えて、多党連合が組まれる点がユニークである。詳しくは、村上弘「相乗り型無所属首長の形成要因と意味ー国際比較を手掛かりに」日本行政学会編『年報行政研究』三〇号、一九九五年を参照。ただし、一九九五年の選挙では、政党支持を受けない「無党派」知事や市長も誕生し、また自民党と新進党の候補が対決する市長選挙も見られた。
(11)  村松・伊藤、前掲書、一三〇頁、北原、前掲論文、三八頁。
(12)  朝日新聞一九九五年三月一三日。同一九九一年三月一一日も同様の結果。人口の小さい市町村ほど、「地元の面倒」「人柄」という回答が増える。なお、明るい選挙推進協議会『第一二回統一地方選挙の実態』一九九一年では、「地元の代表だから」投票したという答えが二四%だった。新聞調査より数字が小さくなっているのは質問文の表現の違いによるものだろう。
(13)  伊藤「地方議会議員像」西尾・岩崎編、前掲書、四−五頁も、正統性の危機を招かない範囲においては、相対的に資質と能力の高い者が議員になる方が望ましいという。
(14)  日本の地方議会の活動可能性は、首長や行政との関係で、あるいは国との関係で制約されているという見方がある。たしかに、大統領にも似て住民から直接公選される首長は、行政官僚制のリーダーであり、予算を議会に提出する権限ももっている。しかし、議会にも、条例の制定、予算の決定、契約など重大な個別案件について議決する権限がある。さらに、たとえ国からの機関委任事務であっても、議会は意見陳述権(地方自治法九九条)等を認められるようになり、議会の権限が不足しているというほどではあるまい。ただし、自治体の副知事・助役、教育委員や都道府県公安委員の選任方法として、首長が議会の同意を得て専任する方法をとっている点は、行政の統一性や専門性を尊重する趣旨がうかがえるとはいえ、他の先進国との比較のなかでは議会権限が制約されているといえそうだ。


一、ドイツの市町村議会
  ドイツの連邦制度のもとでは、一六の州それぞれが市町村(Gemeinde)制度の立法権をもっている(基本法七〇条)ために、州によってかなり規定が異なる。このことは、地方制度を不統一で分かりにくいものにしているが、最近、各州で長の直接公選制や住民投票制度が導入されているように、制度改革の実験を容易にしている面もある(1)。以下では、ノルトライン・ヴェストファーレン(NRW)州の状況を中心に述べつつ、州による違いにも触れることにしたい。
1、議会の権限と行政
  NRW州の地方自治法(2)によれば、市町村の行政は市民の意思によってのみ規律されるが、市民は議会(Rat)と市町村長(Bu¨rgermeister)によって代表される。議会は、法律に他の定めがない限り、自治体行政のあらゆる問題について権限をもつ。とくに、他に委任することができない議会の権限として列挙されているのは、行政の一般指針の決定、条例の制定、予算、投資計画等の決定、手数料・料金の決定、公共施設の設置・廃止その他である(四一、四二条)。
  なお、一九九四年の法改正で、五〇〇〇人以上の外国人が住む市町村は、外国人委員会(Ausla¨nderbeirat)の設置を義務づけられた。委員会は、一年以上ドイツに合法的に住んでいる外国人の投票によって選ばれ、市町村の問題について意見や勧告を述べうるが、決定権はない(二七条)。また、一九七四年、市町村合併にともない市民に身近な行政をはかるため、都市自治体(kreisfreie Stadt)では区議会(Bezirksvertretung)を設置している(三六−三七条)。
  行政幹部との関係をみると、従来の制度は、議会の議長である市町村長と行政の長である市町村長官(Gemeindedirektor)を分離し、いずれも議会によって選出していた。これは、戦後この地域を占領したイギリスの影響下でつくられたもので、ドイツで伝統的に行政の長が持つ「市町村長」の称号を議会議長に与えることで、議会が主導し行政はそれを単に執行するという両者の関係を明確にしようとしたのであった。しかし、市町村の長が二人並立する方式(Zweigleisigkeit, Doppelspitze)には、非効率でありかつ市民に分かりにくいとの批判も強まったため(3)、九四年の法改正で、住民の直接選挙によって選ばれる市町村長が、議会の議長と行政の長を兼ねる方式になった。新方式が実施されるのは、次回選挙がある一九九九年からである。
  市町村長の権限は、行政全般の指揮とともに、議会の招集、議事日程の決定、議案の提出、さらに議会の違法な決議への異議申し立て(五四条)など強大である。市町村長の任期は議員と同じく五年で、議会選挙と同時に住民の投票で選ばれる。有効投票数の過半数を得た候補がいないときは、上位二人のあいだで二週間後に決選投票をおこなう(市町村選挙法四六c条)。なお、市町村長を解任するためには、議会で二分の一以上の議員が動議を提出し、三分の二以上の多数決で議決し、さらに住民の投票で過半数の賛成を得るという三段階の手続きを経なければならない(地方自治法六六条)。
  行政幹部としては、市町村長のほかに、行政の各分野を統括する助役(Beigeordnete, Dezernat)が置かれ、議会によって選出される。その数は、たとえばケルン市では一〇人であり、議会の各会派がその勢力に応じて各ポストの事実上の推薦権を分けもつことが多い。任期は八年間で、任期途中で解任するためには議会の三分の二の賛成が必要である(同七一条)。
  他の州でも議会の地位はほぼ同じだが、市町村長の選出は、従来は議会でおこなう州が多く、住民の直接選挙によるのはバーデン・ヴュルテンベルクとバイエルンの二州のみであった。しかし、近年、直接公選方式を導入する州が増えている。ドイツ統一後、旧東ドイツ地域の各州の新地方制度がこれを導入したのに加えて、ヘッセンでは州レベルの住民投票にもとづいて、またラインラント・プァルツと上述のNRWでも法改正によって直接公選制度に転換した。
  助役は、どの州でも議会によって選出され、各行政分野を統括する。大都市では一〇人程度の助役がおかれる。財政を担当する助役は、収入役(Ka¨mmerer)と呼ばれる。市町村長と助役とは行政幹部を形成し、「選挙による官僚」(Wahlbeamte)と総称される。その任期は州によって五−八年または一二年であって議会より長いが、多くの州では議会が助役を任期の途中で解任する可能性を定めている(4)。こうした制度のもとで、市長や助役は政党に所属することが多く、とくに市町村の規模が大きくなるほどこの傾向が強まる。市長や助役が、自分が属する政党に対応する議会会派の会議に出席することもよくある(5)
2、比例代表制選挙
  NRW州の市町村議会の選挙(6)は、五年ごとにおこなわれる。議会の定数の下限は人口規模によって、人口五〇〇〇人以下の市町村では二〇人、一〇万−二〇万の市で五八人、七〇万人以上の市では九〇人などと決められている。選挙権、被選挙権は一八才以上の居住者がもつ。
  選挙方式は小選挙区比例代表併用制、つまり政党間の議席配分は得票数に比例させつつ、当選者の決定において小選挙区制を加味する方式である。議員定数の半数の小選挙区が置かれ、ここには政党、無所属グループ(Wa¨hlergruppe)からとともに、個人でも立候補できる。また、政党および無所属グループは、比例代表リスト(Reserveliste)を提示しうる。有権者は一票をもち、有権者が各選挙区の候補者に投じた票が同時にその所属するリストへの票となる。開票の結果、選挙区で最も多くの票を得た候補は当選者となる。つぎに議員定数を、五%以上の得票を得た政党・無所属グループのあいだで、その得票数に比例してドント方式で配分し、議席配分数を決める。ある政党・無所属グループの議席配分数が選挙区当選者数を越える場合、比例代表リストの名簿順位に従って不足分の当選者を決める。逆に、ある政党・無所属グループで議席配分数を上回る選挙区当選者があった場合は、必要な分だけ全体の定数を増やす(超過議席、U¨berhangmandate)。
  NRW以外の州でも、市町村議会選挙は基本的に比例代表制でおこなわれる。得票率が五%未満のリストを比例代表制による議席配分から除外する「五%条項」は、NRW州やヘッセン州で定めているが、設けていない州も多い。
  また、南部のバーデン・ヴュルテンベルク州とバイエルン州では、一九世紀からの伝統もあって、比例代表制の原則の範囲内で「人を選ぶ」(Personalwahl)可能性を広げている(7)。これらの州では、有権者は議会定数と同じだけの票、たとえばシュトゥットガルト市では六〇票を持つ。これを一つの政党(または無所属グループ)リストの候補者に一括して投票することもできるが、リストに並ぶ候補者のうち自分の好きな人を何人か選んでそれぞれに三票以内を配分して投票してもよい(累積投票、Kumulieren)。その際、複数のリストにまたがって候補者を選ぶこともできる(分割投票、Panaschieren)。分割投票の場合、第二のリストの候補者への票はそのリストへの票として扱われる。投票の結果、まず各リストに対しその得票数に比例してドント方式によって議席が配分され、つぎに各リストの候補のなかで個人としての得票の多い順に議席が与えられる。
  この非拘束リスト(freie Liste)式の比例代表制は、ドイツの各種選挙の中ではユニークである。仕組みが複雑で投票用紙が長くなって分かりにくいという指摘もあるが、もちろん、一つのリストを選ぶだけという簡易な投票も可能である。また、少数集団がリストの下位候補に累積投票を集中させることでこの候補を当選させ、結局多数有権者の選好が歪められてしまう可能性もある(8)が、実際には多くの有権者が累積・分割投票を利用している。そして、比例代表制の枠内で、候補者個人に投票したいという要求にも答える制度であるために、有権者からは完全に受け入れられている。さらに、この「累積投票」「分割投票」を伴う比例代表制は、一九八八年にラインラント・プァルツ州でも導入され、また一九七七年からニーダーザクセン州でも弱められた形で(有権者は三票を持つ)採用されている。
3、選挙運動と投票率
  市町村議会議員の任期は四年間とする州も多いが、NRW州やバーデン・ヴュルテンベルク州などでは五年ごと、バイエルン州では六年ごとの改選となる。選挙は州ごとにいっせいに、日曜日におこなわれる。
  ポスターや新聞広告は政党のイメージやスローガンを訴えるものが中心で、政党リーダー(現職市長または市長候補であることが多い)の顔写真も登場する。ビラやパンフレットになると、政党の政策やリーダーの紹介とともに、各選挙区の候補者が写真入りで紹介されることがある。ドイツの都市の中心部には広い歩行者専用道路があるので、各政党はそこに宣伝ボックスを常設して、ビラ、資料や子供用の風船(政党名が書いてある)を配り、また候補者が演説し市民と議論するという、静かな選挙風景である(9)
  投票率は日本より少し高い。各州で一九九〇−九四年におこなわれた市町村議会選挙をみると、六五−七五%という場合が多い。かつて一九八〇年頃までは、(旧西ドイツ地域で)七五%を越える投票率もしばしば見られたが、それ以降やや下がって現在の水準に至っている。都市部と農村部の差は小さく、たとえば一九八九年のNRW州の選挙では、全市町村平均が六六%であったのに対し、ケルンなど大都市では六〇%前後、農村部にあたる各郡(Kreis)ごとの市町村平均は六五−七〇%であった(10)。郵便投票(Briefwahl)の制度もある。特別な封筒に密封した投票用紙を投票資格証明書とともに送る方法で、ケルン市では有権者の一〇−一五%が利用している(11)
  この六五−七五%という投票率は、州議会選挙の場合とほぼ同じ水準であるが、連邦議会選挙の投票率が七七・八%(一九九〇年)、七九・〇%(一九九四年)であったのに比べると少し低い。人々は、地方選挙よりも中央レベルの選挙をいっそう重視しているのだといえる(12)
  なお、日本の市町村議会選挙の投票率は、一九八〇年代後半からかなり急速に下がり、一九九五年の統一地方選挙では、政令指定都市議会四八%、市議会六〇%(大阪市や京都市周辺では五〇%前後)、町村議会八三%といずれも最低記録を更新した(13)。人を選ぶ日本型の選挙は、農村では有権者を動員する力をもつが、大都市圏ではかえって有権者にとって分かりにくくなるということだろう。


(1)  G. Hoffmann, Zur Situation des Kommunalverfassungsrechts nach den Gesetzgebungen in den neuen Bundesla¨ndern, in: DO¨V 1994, S. 621-629; H-H. v. Arnim, Mo¨glichkeiten unmittelbarer Demokratie auf Gemeindeebene, in: DO¨V 1990; 木佐茂男「もうひとつの地方自治改革民主主義を強化する西ドイツ地方制度」『都市問題研究』一九九〇年一〇月号。
(2)  Gemeindeordnung fu¨r das Land NRW vom 14. Juli 1994. 以下の説明は、 D. Krell/N. Wesseler, Das neue kommunale Verfassungsrecht in NRW, 1994; C. Ho¨her-Pfeifer, Rat und Verwaltung in NRW: Sonderauflage fu¨r die Landeszentrale fu¨r politische Bildung NRW, 1995 による。
(3)  Krell/Wesseler, a. a. O., S. 2-3.
(4)  R. Voigt (Hrsg.), Handbuch zur Kommunalpolitik, 1984, S. 489-493; K. Waechter, Kommunalrecht, 1993, S. 211-212.
(5)  H-G. Wehling,”Parteipolitisierung von lokaler Politik und Verwaltung? , in: H. Heinelt/H. Wollmann(Hrsg.), Brennpunkt Stadt, 1991, S. 150. (Zitiert aus: E. Holtmann, Parteien in der lokalen Politik, in: R. Roth/H. Wollmann(Hrsg.), Kommunalpolitik, 1994, S. 257.); G. Hoffmann, Die Abwahl kommunaler Wahlbeamter als Konsequenz ihrer Einbindung in die Politik, in: DO¨V 1990, S. 323 ; G. Pu¨ttner(Hrsg.), Handbuch der kommunalen Wissenschaft und Praxis, Bd. 2, 1982, S. 157.
(6)  以下は、市町村選挙法(Kommunalwahlgesetz vom 15. August 1993)およびつぎの文献による。W. Kuschke/M. Cryns, Kommunalwahlen und Kommunalwahlergebnisse in NRW, in: U. Andersen (Hrsg.), Kommunalpolitik und Kommunalwahlen in NRW, 1989; Krell/Wasseler, a. a. O..  なお、個人立候補者や得票率が五%に満たない政党・無所属グループの候補が選挙区で当選した場合は、定数からこれらの当選者を引いた議席数が、比例配分の対象になる。
(7)  以下は、R. Kunze, Das Kommunalrecht in Baden-Wu¨rttemberg: Ein Abriβ, in: T. Pfizer/H-G. Wehling, Kommunalpolitik in Baden-Wu¨rttemberg, 1985, S. 61-65; Arnim, a. a. O., S. 85-97; Waechter, a. a. O., S. 229-237 による。
(8)  R-R. Beer/E. Laux, Die Gemeinde, 2. Aufl., 1977, S. 75.
(9)  ポスターは多いが、連呼を聞いたことはない。また、日本で選挙管理委員会が発行する選挙公報にあたるものはないようだ。スイスのチューリヒ市役所で選挙公報をほしいと頼んだところ、行政が議会選挙の宣伝をするのは権力分立の原理に反する、公約は政党本部で聞いてほしいという答えが返ってきたのはおもしろかった。
(10)  G. A. Ritter/M. Niehuss, Wahlen in Deutschland 1990-1994, 1995 などによる。ドイツでは、都市自治体は「郡から独立した市」(kreisfreie Stadt)と呼ばれて州に次ぐレベルの政府となり、それ以外の市町村は郡に属する。
(11)  Stadt Ko¨ln, Bundestagswahl und Kommunalwahl am 16. Oktober 1994 in Ko¨ln: Ergebnisse und Kurzanalyse, 1994.
(12)  Kuschke/Cryns, a. a. O., S. 106.
(13)  自治省選挙部『地方選挙結果調』などによる。


二、議会の政党化
1、政党化の進展
  地方政治の政党化(Politisierung, Parteipolitisierung)の指標となるのは、議員の政党所属、行政幹部の政党所属、議会審議に対する政党方針の影響、そして議会等の意思決定過程における与野党の形成(Parlamentarisierung)であるとされる(1)
  このうち、ドイツの市町村議員の政党所属率を、表1に示す。人口二万人以上の市町村を平均すると、CDU・CSU(保守党)とSPD(社会民主党)の二大政党で議席の七五・三%を確保し、さらに緑の党、FDP(リベラル)、PDS(旧共産党)の三つで一三・九%を占める。表の縦軸に沿って、大都市になるほどSPDや緑の党が強くなることがわかる。これに対して、無所属グループ(Wa¨hlergruppe)の議席割合は平均でも八・三%にとどまり、大都市ではさらに小さくなる。

  このように議会の政党化は都市でも農村でも完成している。NRW州(全体平均)やヘッセン州の都市自治体(kreisfreie Stadt)では、すでに戦後まもなくの選挙から無所属の得票率は五%以下にとどまっていた。ただ、南部のバーデン・ヴュルテンベルクやバイエルン州では、後述するように今日でも無所属グループが一定の力をもっている。
  表2は、大都市の政党システムである。SPD、CDU・CSUの二大政党に加えて、旧西ドイツ地域では緑の党やFDPが一〇%程度の議席ををもち、一方、ベルリンをはじめとする旧東ドイツ地域ではPDSが一−二割の力をもつ。「二大政党を軸とした多党制」といってよく、ひとつの政党だけで過半数には達しないが、もうひとつの小政党と連合すれば過半数を得られるという場合が多い。

  五%条項のある州では、少数派にとってやや厳しいハードルとなっているが、これを越えて全国的に市町村議会に進出したものとして、一九七〇年代末より今日までのエコロジスト政党(緑の党)、九〇年代前半の右翼政党(共和党)、および統一後の旧東ドイツ地域での旧共産党(PDS、民主社会党)がある。五%条項は、政党システムの過度の分散化を防いでいる面もある。
  ちなみに日本では、大選挙区制のなかで候補者個人に投票することもあって、市会議員の五九%(2)、町村会議員の八八%が無所属である(一九九四年)。これらの大部分が保守系で、保守政党の県会、国会議員に系列化されているとみられている(3)。無所属で当選後、政党の追加公認を受けたり、政党のつくる会派に参加する議員もいる。全体でみると、政党システムは保守政党+保守系無所属の「一党」優位制といえるようだ。
  大都市圏の中小都市でも無所属議員の割合は大きく、九五年統一地方選挙によれば、東京都の二一市平均で四七%、大阪府の一八市平均で三四%、京都府南部の三市平均で四六%となっている。まとまりを欠き行政主導を望みがちな無所属議員(4)が議会の最大勢力となることも多く、政党システムは分散的な多党制に傾き、それぞれの政党の主導権は限られたものになろう。これに対して、中選挙区制をとる政令指定都市になると、無所属議員は一四%(一九九五年四月現在)に下がる。その政党システムを分類すると、一九九一年の時点で、準一党優位制が三、穏健な多党制が三、分極化した多党制が一、分散的な多党制が五であった(5)
2、政党化をめぐるドイツでの議論
  市町村議会でも政党化が高度に進んだドイツで、それが地方自治にどう影響するのか、いくつかの議論を紹介してみよう。
  ツィービル(元ニュルンベルク市長、ドイツ都市会議理事)によれば、市町村レベルの政党化は、ワイマール憲法が「よく考慮せずに」比例代表制を州、市町村についても規定したことによって促された。政党は「自治体社会主義」(Kommunalsozialismus)などを唱えてイデオロギー対立を地域に持ち込むとともに、行政人事に深く介入し、これが財政的窮迫とともに地方自治の危機につながった(6)
  これに対して、戦後(一九六〇年頃)の状況は、次のように描かれている。連邦・州政党本部の地域への介入をみると、たとえば教育や図書館に関する宗教の役割、社会施設に関する自治体と社会団体の役割の優劣、公的賃貸住宅か持ち家かといった政治的対立を含む問題には介入する。しかし、これは遠隔操作というほどではなく、そもそも市町村の議会・行政のなかにいる党員は、おのずからそうした政党の路線に従うものである。また、地域の実務的、現実的な要請の前に全会一致の決定も多い。地域に必要であれば、CDUも公的賃貸住宅の建設に反対しないし、SPDも慈善団体の病院を支援するのである。連邦・州本部は市町村の幹部人事にも関心をもつが、それを押し通せるかは別の問題である。むしろ、批判が集中するのは、政党の人事政策(Personalpolitik)である。官吏(Beamte)だけでなく上級職員(Angestellte)にまで、専門能力の劣る党員を充てようとすることも少なくない。政党の行政人事への関与は一定の正当性をもつが、関与は最重要ポストに対するものに限られるべきだし、また党員だからという理由で能力のより劣る人事候補者を優先することは許されない、というのがツィービルの主張である(7)
  つづいて、政党化の進行に対する批判的見解をみよう。
  アルニム(行政法学者)は、固定リスト式の比例代表制を批判し、それが政党による候補者指名権の独占(Nominierungsmonopol)を促し、また議員が政党内部の活動に専念して市民との接触を軽視する傾向を生むという。これに対して、人を選ぶ要素を加味する南ドイツ型の比例代表制であれば、議員は市民と密接な接触をもち名前を覚えられるよう努力するだろう。結論として、バーデン・ヴュルテンベルク州が採用している直接民主主義的な制度(非拘束リスト比例代表制、長の直接公選、住民投票)を他の州も取り入れるべきだという提案が述べられている(8)
  レーマン・グルーベ(ハノーバー市長)は、二〇年間の経験から、政党の行政への関与をいくつかのタイプに分けて論じる。議員の法執行過程(建築許可、外国人滞在許可など)への働きかけは多いが、効果は小さい。行政の措置はすべて司法統制の対象になるため、法的に正しければ行政は自信をもって議員に対応し、「不満があれば訴えてほしい」と言える。ただし、公共事業等の予算支出の領域は、明確な基準がないので議員の関与する余地がある。政党の行政職員人事への介入は、幹部職員に限られている場合もあるが、中級職員に関してまで介入が及ぶ市町村もある。CDU、SPD、FDPいずれも人事関与に熱心である。党員への褒賞として人事を用いるためと、行政内部に党員を配置して執行をコントロールし情報を得るためである。最後に、議会審議に先立っておこなわれる政党・行政間の非公開の事前協議がある。政党は行政に原案を押し付け、そのために決議をあげることさえある。政党の行政への事前関与は、政党間競争の中で世論に注目されたいと考える政党にとっては当然かもしれない。しかし、行政は政党に依存し、中立性、および自律的に構想する独創性を失ってしまうので、もっとも憂慮すべきことだという(9)
  これに対して、政党の役割を擁護する見解も多い。
  ホフマン(ギフホルン市長)は、ドイツ法学に伝統的に見られる政党拒否の態度をつぎのように批判する。そうした政党否定論は、政党の代表する個別利益が市町村全体の利益と対立するというが、現実には、議会で多くの場合全会一致の決定がみられ、政党戦略が全面に出ているわけではない。また、市町村行政は複数の選択肢からの選択という意味では政治にほかならない。行政幹部が政党に所属するようになっているのは事実だが、議会多数派と行政幹部とが政治的立場を共通にすることで、行政の実務性・専門性の低下や官吏原則への違反が起こっていないのは、連邦憲法裁判所も認めるとおりである。昔の市町村に比べて専門性が低くなったともいえない(10)
  ホルトマン(政治学者)も、市町村の政党化は必然的でかつその弊害は小さいと主張する。実証研究によれば、政党所属議員の行動は、地域全体の公益を指向する信託代表(Treuha¨nder)と政党の代理代表(Delegierte)のあいだを揺れ動いているし、市町村の政治は、協調型民主主義(Konkordanzdemokratie)と政党競争型民主主義(parteistaatliche Konkurrenzdemokratie)の混合物で、一方に片寄るわけではない。そもそも、今日では中央地方関係が密接化し、中央の介入に対抗するために自治体が問題を政治化しアピールすることもあり、また、環境や財源の制約によって自治体の政策課題が紛争をはらむ困難なものになっている。したがって、「政党やイデオロギーにとらわれない実務的な(sachbezogen)地方自治」という伝統的な観念はもはや妥当しない。選挙において争点指向が有権者の投票行動を規定するために、政党は重要な政策問題について成果を上げることに努め、そのために一方で政党間の論争を活発にするとともに、他方で専門能力を高めようとする。後者の文脈で、政党の行政人事への介入もある程度弁護することができるという(11)
  さて、政党の定義の一例は、「同じ考えの人々がつくるグループで、共同の政治方針の実現を目的とするもの(12)」である。一般論として、市町村議会の政党化は−おそらく市民と地方政府を結ぶ準公的中間団体の形成という意味において−良い効果をもつが、効果が行き過ぎると逆に弊害に転じるのだといえよう。つまり、(1)各政党はそれぞれの理念に沿って政策方針を主張し、地域政治における論争と多元化を促す。しかし過度の不毛なイデオロギー的対立は地域の共通利害を損なってしまう。(2)市民の要求をとりまとめ、市民に政治へのアクセスを提供し、有権者に選択の可能性を与える。しかし政党がこうした機能を独占するなら、かえって市民参加を排除することもある。(3)政党は公職の獲得と組織力をつうじて政治的影響力を強める。そのことは、市民や議会の行政に対するコントロールを可能にするが、過剰な人事や執行過程への介入は行政の合理性、専門性を損なうことになる。
  これまでに紹介した議論から考えると、ドイツでは、(1)の弊害は政党システムが両極化していた過去の現象であるし、(2)の欠点が生じたとしても、近年における緑の党の進出、各州での住民投票や市長公選など直接民主主義的制度の導入によってかなり緩和されうるだろう。やはり(3)で述べた行政への過剰介入が問題になる。この背景には、「政党国家」と呼ばれるドイツにおいて、政党が理念や政策を主張するとともに人事権(Patronagemacht)を握っているという事情がある。政党研究によれば、人々が政党に加入する最大の動機は、イデオロギーとともにパトロネージである。党員全体では入党の動機として人事の便宜をあげる人は一割程度だが、選挙運動で熱心に活動した人々の半分はそれが後に昇進等の結果につながったという(13)
  もっとも、どの政党も党員として有能な官僚を抱えている状況のもとでは、政党による人事が行政の専門性を損なうことにはなりにくいともいえる。人事や執行過程への過剰介入が起これば、これは政党化のマイナス面ということになるが、かりに政党が弱くなっても、こうした介入は、有力者の人脈や有力団体、あるいは中央政府によって行使される可能性がある。結局、行政の自律性、専門性の確保のためには、介入に歯止めをかける法的ルールをつくるくらいしか対策はないだろう。
3、ドイツの無所属グループ
  無所属グループ(Wa¨hlervereinigung, Wa¨hlergemeinschaft, Rathauspartei)とは、市町村議会で議席を得ようとする全国政党以外の地域的グループを指す。比例代表制のもとでは、政党に属さない人々もこうしたグループをつくることによって議席を得る可能性が生まれる。名称は「〇〇市市民連合」「自由市民」(Freie Wa¨hler)などさまざまで、政党に属さない市民党としての立場を唱えることが多い。戦後まもなくは、選挙のために結成されるこうしたグループの選挙参加を認めるべきかどうか議論があったが、憲法裁判所は地方自治を保障する基本法二八条を根拠にこれを肯定した(14)
  無所属グループの意義としては、かつて小さな市町村でまだ政党の組織化が進んでいなかった時期にその代替機能を果たした点が指摘される。現在でも、市民の政治参加を活性化したり、政党による中央からの統制に対抗する機能が評価されている。しかし、無所属グループは地域政党組織の分裂によって脱退した政治家がつくることも多く、また、社会の上層の階層によって構成される傾向があるために、これを懐疑的に見る意見もある(15)。無所属グループの議員に女性が少ないことは、表1でみたとおりである。
  表3で旧西ドイツ地域の州を比べると、無所属グループは南部の二州で強く、とくにバーデン・ヴュルテンベルク州平均では二三%の得票率をあげ「第一党」である。無所属の強さは、これらの州特有の前述の選挙制度から説明される。「分割投票」によって有権者はどれか一つの政党を選ぶ必要がなくなり、地方自治は政党と無関係であるとの意識が高まる。「累積投票」によって有利になる地域有力者は、選挙運動を費用をかけて自前で進めることになる。こうして非拘束リスト型の比例代表制が、地方政治における人的要素の強化(Personalisierung)と脱政治化(Entpolitisierung)をもたらすとされる。しかしバーデン・ヴュルテンベルク州でも、無所属議員の割合は、人口一〇万人台の市では一−三割、二〇−四〇万人の都市では一割以下に下がるので、非政党化は日本ほどではない(16)
  逆に北部の三州では、無所属グループの得票は四%以下となっている。このうちニーダーザクセン州では、一九六四年の二七・七%をピークに下がり続けてきた。しかし、ヘッセン州の場合は、無所属は六〇年代の二〇%台から下降して八〇年代には七%に減ったあと、最近再び力を伸ばして一四%に達し、その分、CDUとSPDが得票減をこうむっている。

(1)  E. Holtman, Parteien in der lokalen Politik, in: R. Roth/H. Wollmann (hrsg.), Kommunalpolitik, 1994, S. 257.
(2)  無所属の比率は、一九九五年の統一地方選挙対象市の結果では六三・六%と、改選前より約六%増えた。ただし、これは政党システム再編期の過渡的現象かもしれない。
(3)  伊藤光利「地方議会議員像」西尾・岩崎編、前掲書、一五−一六、二一頁。島竹俊一「地方議会の政党化」同書、一〇五頁。毎日新聞社『毎日選挙全記録、九一地方選挙』六二五頁は、一九九一年に統一地方選挙で当選した政令指定都市以外の市会議員のうち、八五・八%を保守系、六・三%を革新系、七・八%をその他に分類している。この本では、全国の府県会議員の経歴等も知ることができる。
(4)  無所属議員は政党所属議員に比べて、会派としての態度決定をまとめることが少なく、また議会主導より行政主導を望ましいと考える人が多い。村松・伊藤、前掲書、一〇〇、一六九頁。
(5)  村上、前掲論文、二四頁。穏健な多党制よりもそれ以外の政党システムの方が、社会党と共産党が連合しない場合、「相乗り」型の与党連合をより促しやすいと考えられる。
(6)  O. Ziebill, Politische Parteien und kommunale Selbstverwaltung, 2. Aufl., 1972, S. 25-34.
(7)  Ebd., S. 48-53, 74-79.
(8)  Arnim, a. a. O., S. 96-97.
(9)  H. Lehmann-Grube, Der Einfluβ politischer Vertretungsko¨rperschaften auf die Verwaltung, DO¨V 1985, S. 1-9.
(10)  Hoffmann, a. a. O., S. 320-323.
(11)  Holtmann, a. a. O., S. 256-264.
(12)  R-O. Schultze, Partei, in: D. Nohlen (Hrsg.), Wo¨rterbuch Staat und Politik, 1991, S. 449.
(13)  K. v. Beyme, Das politische System der Bundesrepublik Deutschland nach der Vereinigung, 1993, S. 133-136.  なお、党員になっている人の四分の一は「政党は上の方で勝手にやっている」と考えている。政治的に自分がほとんど影響力をもたないと答える党員は四分の三に達するが、それでも党員であることに満足しているのは、所属する政党系団体での人間関係に加えて、政治的な敵に対抗できること、自分たちの利益を推進できること、政治的な居場所(politische Heimat)を見いだせることによるという。
(14)  Ziebill, a. a. O., S. 57.  判決は、BVerfGE, Bd. 11, 1961, S. 276.
(15)  Ziebill, a. a. O., S. 57-58; G. Leder/W-U. Friedrich, Kommunalpolitik und Kommunalwahlen in Niedersachsen, 1988, S. 73-74.
(16)  B. Lo¨ffer/W. Rogg, Kommunalwahlen und kommunales Wahlverhalten, in: Pfizer/Wehling, a. a. O., S. 105-108. Wehling, a. a. O., S. 92-93.


三、議員の社会的構成
1、ドイツと日本の違い
  表4は、ドイツと日本のいくつかの都市について、議員の職業分布を示している。手持ちの資料には制約があるが、両国でかなりの違いがみられる。
  第一に、ドイツでは、弁護士等の専門職、教員・研究者、主婦の割合がかなり高い。この三つのカテゴリーに属する議員の合計は、議会の三分の一に達する。これはCDU、SPDいずれにも共通した傾向である。日本では、教師から組合役員や政党役員に進んだ人が議員になることは多少あるが、専門職や主婦の議員はまれである。(ただし、かつては専門職の議員も一定存在した。)
  第二に、日本の政令指定都市では、政治的活動に専念している人(政党職員、代議士秘書、政党に関係の深い団体の役員)が議席の三−四割を占めるようだ。ドイツでは一割程度である。
  第三に、会社経営、自営業、農業などの議員は、ドイツの都市では一割以下だが、日本の都市では二−四割を占める。日本では、無所属、自民党、公明党にこうした職業の議員が多い(1)。なお、表4の仙台市のように、建設・不動産関連業の経営に携わる議員だけで全体の一割強(八議席)を占める場合も起こることは、注目される。
  第四に、民間企業の従業員出身の議員は、日独ともに二割以上を占めている。日本では、こうした人々は、社民、共産、公明、新進(旧民社系)から幅広く議員になっている。もちろん、単なるサラリーマンとしてではなく、政党、労働、社会、宗教組織のなかで力を養ったあと立候補するのである。これに対して、公務員出身議員の割合は、ドイツより日本の方がかなり低い。
  日本では、身近な市議会のレベルでも議員になるためには、自分で事業を経営するか、あるいは政党、労働、社会、宗教等の組織で熱心に活動しているかが望ましいといえそうだ。議員の社会的代表性という観点からみれば、企業や団体の役職者が優越し、専門家や一般市民が代表されにくい状況である(2)。もちろん、一般市民でも組織をつくれば議員を生み出すことはできる。生協運動を母体とするネットワーク運動が、九五年の選挙において首都圏の市町村を中心に議席の三−六%程度を獲得したのは、その好例だろう(3)。それほどでなくとも、大選挙区制のもとでは、小規模の市民運動に携わる人々が、活発な宣伝活動によって一−二議席を得る余地はある。
  つぎに、ドイツの女性議員の割合(表1参照)は、市町村平均で二四%である。市町村の人口規模が大きくなるにつれて女性議員も増え、人口五〇万以上の大都市では約三三%を占める。政党別では、SPD(四一・六%)とCDU・CSU(二九・六%)の二大政党で高くなっている。反対に、無所属グループやFDPから女性が当選することは少ない。
  日本の女性議員は、一九九五年の統一地方選挙の結果でみると、一〇政令指定都市で一一・一%(一九九一年の同選挙は八・三%)、それ以外の三八三市で七・三%(同五・八%)であり、まだその割合は低いが、しだいに増加しつつある。
2、説 明 要 因
  ドイツで日本に比べて、弁護士等の専門職、教員・研究者、主婦、公務員、そして女性が議員になりやすいのはなぜか。いくつかの説明の可能性が考えられる。
  (1)  まず、弁護士の人数、労働組合の組織率、女性の社会的地位などの違い、公務員の政治的活動や議員活動に対する規制の強弱といった外的条件が原因でありうる。
  行政職員と議員の兼職制限についてみると、日本の方が厳しく、公務員は議員等公職の候補者となった段階で公務員を辞職したものとみなされる(公職選挙法九〇条)。ドイツでも議会と行政の権力分立を根拠として、基本法一三七条Iにもとづき各州で兼職制限(Inkompatibilita¨t)の規定をおいているが、これは行政職員が議員に当選することを妨げるのではなく、当選後に両方の職で活動することを禁じるものである。基本権である被選挙権の制限は、限定的であるべきだと考えられている。実際には、行政職を休職すれば、議員活動が認められているようだ(4)
  (2)  市民の政治参加意識の違い。たとえば、日本では社会的問題を解決するために積極的に行動するという行動様式(「結社・闘争性」)が八〇年代にかなり低下したという調査結果がある(5)。別の調査では、若い世代において社会に不満をもったとき積極的な行動をとると答えた人の割合は二四%で、アメリカ五五%、ドイツ四四%など各国と比べてかなり低くなっている(6)。なお、村松・伊藤のように、自営業等の旧中間層に議員が多いのは地域社会への関心が強いためだという説明(7)もありうるが、専門家、公務員、教員や主婦が地域の問題に無関心だとは一概に言えないだろう。
  (3)  議員活動に必要な条件が異なるかもしれない。これについては、議会の開催時間帯、議会活動や有権者との接触に費やす能力・時間・費用とそれを捻出する可能性、給与・歳費や専業議員になった場合の生活保障の可能性、落選時のリスクなどを比べる必要がある。一般論としては、日独ともに議員の専業職化がみられる。日本では、都市規模が大きくなるにつれて議員活動に専念する傾向が高まり、議員報酬も一応それに対応するものとなる(8)。ドイツでも、かつて本業の傍らつとめる名誉職(Ehrenamt)であった議員は、大都市を中心に専業職(Hauptberuf)の色彩を強めている。
  ただし、ドイツではこの変化を考慮して、議員活動のための条件整備が手厚い。議員は、権利として、活動に必要な限りで雇用者から職務免除を受けることができ、かつ現在の雇用を保障され解雇されない。労働時間が短くなった分の賃金は保障されないが、減額分を市町村から補填される。さらに議員としての必要経費が支給される。たとえばNRW州の新地方自治法によれば、議員への立候補や当選を理由に解雇等の不利益措置をとることは許されず、議員は議会での活動や議会が認める範囲の会派活動に必要な時間について職務免除を受けうる(四四条)。被雇用者や自由業従事者は、通常の労働時間帯における議員活動によって生じた所得減を補填される。この所得減補填は、議員活動にともなって主婦・主夫の家事労働時間が減った場合や、育児費用が増えた場合にも適用される(四五条(9))。こうした条件整備によって、「議員への就任が法的にだけでなく現実にも、すべての住民階層に対して開かれたものになる」と考えられているのである(10)
  (4)  選挙運動に必要な条件が異なる。同じ人口規模の都市でも、ドイツでは日本の一・五倍程度の議員定数があり、議員の多様性を容れる余地が大きいとも考えられる。さらに、日本では政党や団体の支援を受けるにせよ候補者個人の集票活動が中心になるが、ドイツでは政党の得票と政党リストへの掲載がより重要である。この選挙制度要因については、項を改めて検討しよう。
3、比例代表制の効果
  ドイツの比例代表制のもとでは、議員としての活動能力・意欲を持っているが集票力を持たない人も、(多くの場合党員になって)政党のリストに掲載されれば、当選への道が開ける。もちろん、個人としての選挙運動も重要である。まず、自分の政党へ票を集めることがたいせつだし、さらに併用制のもとでは、比例代表リストの当選圏外にあっても小選挙区で勝てば当選できるからである。南ドイツ型の比例代表制では、候補者個人の集票がいっそう重要になる。
  ここで、政党のリストに掲載される基準が問題になる。連邦の政党法(Parteiengesetz)一七条は、「議会選挙の候補者決定は、秘密投票でおこなわれなければならない。詳細は各州の選挙法と政党の規則によって定める」とする。これを受けて、NRW州では市町村選挙法が、候補者決定は党員集会または代表者会議でおこなうものと定めている。併用制のもとでは、小選挙区の候補者が選挙区の党員集会で、比例代表リストが代表者会議でそれぞれ決定されることになる。
  候補者決定の実質的基準としては、つぎのような点が重要だといわれる。(1)党員歴の長さ。(2)党内での役職経験。(3)現職議員であり、選挙区で力がある人は優遇される。(4)各種団体に所属しまたはその役員を勤めている人は、知名度が高く支持があるので候補者に選ばれやすい。(5)リスト全体として、職業、性別、年齢などの配分構成が宣伝効果をもち、見栄えがよいこと。このうち(1)(2)については、党に忠実なイエスマンでは議員として不適切との批判(11)もあるが、全体としては一定の幅広いリクルートメントにつながる基準だといえるのではないか。なお、候補者の順位決定は紛糾することも多く、また決定に際しては、しばしば政党の地域指導部や政党内グループが大きな影響力をもつ(12)
  焦点となるのは、比例代表制のもとでの政党化現象と、多様な市民の議員としての参加とが両立するか、あるいは相反する関係にあるのか、という問題だ。ドイツでそれが両立し、政党の候補者リストが比較的多様な市民を含んでいる背景には、これまで述べた諸事情をまとめると、つぎのような理由があるといえよう。
  (1)  選挙運動が政党主体でおこなわれるため、候補者決定において個人的な資源・集票力以外の基準も重視されうる。
  (2)  リストが数十人を並べる包括的なものであるため、多様な候補を含める余地と必要性がある。
  日本の選挙制度では(2)の条件も満たされにくい。政令指定都市では、各区ごとに各政党が一人または数人の候補を立てる。一般市でも、無所属に押されて、各政党が期待しうる議席は限られている。多様な人材をそろえて候補者を増やせば、共倒れにもなりかねないのである。
  さて、ドイツの市町村議会も、住民の社会的構成にそのまま対応しているわけではないし、また対応すべきだという見解もあまり見当たらない。上述のとおり、議員になるためには政党や団体で積極的に活動してきた人が有利である。さらに、公務員とくに教員の議員が多すぎる、指導部は大学卒業者が占めている(13)、あるいは商店主と医師、弁護士をひとまとめにして地域の顧客層をもつ自営業(Selbsta¨ndige)が強い(14)、といった指摘もあるのは事実である。連邦・州レベルでは、公務員の議会進出を「官僚の議会支配」だと批判する人すらいる。
  また、政党リストを通じて当選できる反面、政党に拘束されて自由な活動ができなくなるという危惧がありうる。しかし、それは日本でも政党の公認を受けた場合にはある程度起こることであり、かつ強固な組織政党以外では、公認を受けてもやはり自分で集票に努めなければならないことには変わりがない。日本の無所属議員の多さは、政党に縛られない自由な政治参加を保障している面はあるが、その自由を享受しうるのは少数の「市民派」議員を別にすれば、おもに自営業者、経営者に限られているといえよう。


(1)  議員調査でも同じ結果がみられる。黒田編、前掲書、一六頁、村松・伊藤、前掲書、三二頁を参照。
(2)  黒田編、前掲書、一七頁によれば、「中小企業経営者と農家は、違いに似通った社会的特徴を示し、・・・地方議員の多くがこの階層を代表している。」ただしそれでも、以前に比べると職業構成は多元化したようだ。依田博「選挙と議会」神戸市『新修神戸市史』行政編I、一九九五年、六六二−六六三頁は政令指定都市市会議員の職業分類についての詳細な経年データを示すが、それによれば、一九六一年に議席の五〇%を占めた第二・三次産業経営者、および一二%を占めた専門職・自由業はその後ほぼ半減し、逆に二%であった政党役員が今日では増加している。
(3)  朝日新聞、一九九五年四月一一日。詳しくは、山田達也「地域政党の動向」、渡辺登「生活者政治の現状とその意味」『都市問題』一九九五年七月号。環境保護運動から当選した無所属議員の活動の事例は、住民自治の拡大をめざすネットワーク編『住民自治で未来をひらく』一九九五年。
(4)  Waechter, a. a. O., S. 235-236; Vgl. §13 Kommunalwahlgesetz NRW; § 29 Gemeindeordnung Baden-Wu¨rttemberg.  日本の規定の根拠は、職務専念と権力分立であるとも説明される(伊藤祐一郎『自治行政講座2、地方議会』一九八六年、六二頁)が、それでは立候補時に当選を待たずに公務員を辞めさせる理由にはならない。公務員の政治的行為の制限という観念が背景にあるのではないか。一方、ドイツでは、官吏(Beamte)がCDU、SPD、FDPの党員数のそれぞれ一割以上を占めていることからもわかるように、公務員の政治的活動に対して寛容である。村上弘「ドイツの政治制度」田口富久治・中谷義和編『比較政治制度論』一九九四年、一一三頁。
(5)  NHK世論調査部『現代日本人の意識構造』第三版、一九九一年、一三二−一三六頁。
(6)  総務庁『世界青年意識調査(第五回)』一九九三年。
(7)  村松・伊藤、前掲書、三〇−三一頁。
(8)  同書、七〇−七八頁。玉井忠幸「地方議会議員の地位と処遇」西尾・岩崎編、前掲書。
(9)  Waechter, a. a. O., S. 186-189; Krell/Wesseler, a. a. O., S. 9-13.
(10)  Ebd., S. 11.  すでに、基本法四八条に同種の条件保障規定がある。
(11)  Ziebill, a. a. O., S. 72.
(12)  Kuschke/Cryns, a. a. O., S. 92; H. Naβacher, Mo¨glichkeiten und Formen der Bu¨rgerbeteiligung, in: U. Andersen (Hrsg,), Kommunale Selbstverwaltung und Kommunalpolitik in NRW, 1987, S. 108.  なお、州議会選挙での候補者決定については、U. Andersen, Die Wahl als Teilhabe: Wahlrecht und Kandidatenaufstellung, in: U. v. Alemann, Parteien und Wahlen in NRW, 1985 などがある。
(13)  H. Naβacher, a. a. O., S. 108; R. Stober, Kommunalrecht, 1987, S. 70. Vgl. Ziebill. a. a. O., S. 72.
(14)  H-G. Wehling, Kommunalpolitik in der Bundesrepublik Deutschland, 1986, S. 93.


お  わ  り  に
  ヨーロッパの大陸諸国では、ドイツ、イタリア、フランス、スゥェーデン、スイス、オーストリアなどのように、地方選挙とくに市町村レベルの選挙では比例代表制が主流となっている(1)
  この論文では、ドイツの比例代表制の市町村会選挙が、議会の政党化、および−議員活動に対する条件保障のゆえもあって−専門職や教員、主婦、女性など広く市民を代表する議員構成を生み出していることを明らかにした(表5)。ここから、政党間競争が活発でかつ多様な市民が議員になることができるような構造をもつ議会は、審議機能を高め市政全体への取り組みを強めるようになると予測することができる。
  しかし、そんなうまい因果関係は成り立たないかもしれない。逆に、複数政党がポストを分け合い「談合」して政策論争を弱め、また議員は党員であることが多いために政党組織の操り人形になり、さらに地元サービスに不熱心で市民の期待にこたえられないという結果が生じるかもしれない。
  ドイツの場合、政党間競争を維持する方向に働く制度として、市長の議会による選出(最大政党が市長のポストを獲得し、また与党連合は必要最小規模にとどまる)、あるいは市長を直接公選する州では決戦投票制(第一回投票では各政党が独自候補を立てて競争する)がある(2)。また、政党による議員統制に対する歯止めとしては、党内民主主義や政党規律の状況を検討しなければならないが、ここでは緑の党や無所属グループなど少数派の進出可能性をあげておきたい。しかしそれでも、政党がすべてを決めるようなシステムの行き過ぎに対して批判があることは、最近、各州で市長の直接公選や住民投票などの直接民主主義的な制度が導入されてきた動向からもうかがえる。こうした制度は、旧東ドイツ地域の州が新たな地方制度をつくるにあたり民主化運動の影響もあって採用し、さらに西部地域でも「政党と政治に嫌気がさす」(Partei- und Politikverdrossenheit)という流行語化した状況のもとで、市民参加の拡大の一環として導入されたのである(3)
  なお、これは感想めくが、「強い人」「身近な人」にお任せしたいという多くの有権者の(日本で考えれば)当然の心理的傾向を、比例代表制がムリやり政党選択に向かわせているような気もする。もちろん、そういう心理自体、選挙制度に規定されているのだし、比例代表制は経済的権力が政治権力に転化するのを抑えているともいえるわけだが。いずれにせよ、ドイツの市町村議会の活動・機能については、今後の研究課題としたい(4)
  つぎに、以上とは正反対に「人」を選ぶ日本の制度をどう評価すべきか。
  ドイツとの比較から明らかなように、市町村(大選挙区制)では、政党の要素が弱く(5)無所属が強い、また自営業者・経営者や各種団体役員が多い議会が生み出される。政令指定都市の議会(中選挙区制)では政党化が進むが、社会的代表性の偏りには変わりがない。たしかに、大・中選挙区制度は準比例代表的な側面も伴なっており、政党やグループは得票率にほぼ対応した割合の議席を獲得することができる(6)。しかし、政党・グループはまず地元を固めた無所属候補と争わなければならない。また、候補者個人が選挙運動の資源や職業上のリスクを負担しなければならない仕組みであるために、一般の市民や、党や関連組織内で選挙運動と候補への生活保障を準備できない政党にとっては不利になっている(7)
  この論文では十分分析していないが、地方議員になりやすい職業にバイアスが存在することは、保守の強い日本政治の基盤構造を生み出す一因なのだろう。
  日独両国で市民の政党離れが問題になっているが、その原因は対照的であるようにみえる。ドイツでは政党への権力集中が原因であり、それに対して、この論文でも少し触れたような市民参加型の制度改革を進めている。日本ではむしろ、地方政治のレベルにおいて市民の政党選択や議員当選を促すしくみが弱かったために、政党の相互競争の低下や人材の不足が起こり、それが官僚出身首長候補への相乗りにつながり、いよいよ政党への期待や投票率が低下してきたといえるのではないか。これに対する制度的な治療はこれまでのところおこなわれていない。ただ、政党が弱いゆえに、無党派有名人が首長に当選するというかたちで、さらに政党を弱めつつ新たな展開が生まれているにとどまる。
  国レベルで少なくともスローガンとしては「政党本位」の選挙制度が導入され、また地方分権など「市民に近い」システムが提唱されている現在、地方議会選挙についても戦前からの制度のままでよいか再考してみるべきだろう。地方政治に活力(政策論争、政策発展能力)を与える要素は、有能なリーダーや政治家、多元的に競争しあう複数の組織・政党、そして多様な市民の参加であると思われる。そうだとすれば、議会については、リーダーや多様な市民を選ぶ側面と政党を選ぶ側面とが組み合わされた選挙制度を工夫するべきではないだろうか。もちろん、これとは別に、市民が政策決定に直接参加する方式を拡充していくことも課題であろう。


(1)  村上、前掲論文。山下茂・谷聖美・川村毅『比較地方政治』一九九二年。
(2)  村上、前掲論文。
(3)  Hoffman, a. a. O., S. 626. H-H. v. Arnim, a. a. O. も同旨。ツィービルも、市長の直接公選制を、議会での少数派にも市長選挙で勝つチャンスを与え、政党システムの権力過剰と硬直性に対抗する一定の力となる、として評価している。Ziebill, a. a. O., S. 58.
(4)  ドイツの市町村の政治過程については、次のような研究がある。P. Kevenho¨rster (Hrsg.), Lokale Politik unter exektiver Fu¨hrerschaft, 1977; G. Banner, Kommunale Steuerung zwischen Gemeindeordnung und Parteipolitik am Beispiel der Haushaltspolitik, in: DO¨V, 1984, S. 364-; Die Machtverteilung zwischen der Gemiendevertretung und den Hauptverwaltungsbeamten im Vergleich der deutschen Kommunalverfassungssysteme, in: AfK 1985 S. 20-; H. Lehmann-Grube, a. a. O.; U. Andersen (Hrsg.), Kommunale Selbstverwaltung und Kommunalpolitik in NRW, 1987; T. Kempf/P. v. Kodolitsch/H. Naβmacher, Die Arbeitssituation von Ratsmitgliedern, 1989; O. W. Gabriel, Kommunale Demokratie zwischen Politik und Verwaltung, 1989; H. Heinelt/H. Wollmann (Hrsg.), Brennpunkt Stadt: Stadtpolitik und lokale Politikforschung in den 80er und 90er Jahren, 1991; R. Roth/H. Wollmann (Hrsg.), Kommunalpolitik: Politisches Handeln in den Gemeinden, 1994.
(5)  明るい選挙推進協議会等の調査によれば、有権者の投票行動は政党よりも候補者を基準にすることが圧倒的に多い。また、中都市の市勢要覧でも議員の写真と名前だけで政党・会派を記さなかったり、名府県の公式統計書が地方選挙の項目では投票率だけを記載し、党派別議席数に触れないこともあるほどに、公的機関の政党に対する認知度は低い。
(6)  この論文で扱わなかった都道府県議会選挙(中および小選挙区制)でも、大政党の議席占有率は得票率を一割上回る程度である。ただし、この小さな歪みに加えて、小選挙区ゆえに候補者を立てなかった政党の潜在的支持が結果に表現されていないことに注意すべきである。
(7)  日本の地方議員のリスクとコストについては、村松・伊藤、前掲書、三八−四三頁。