立命館法学  一九九六年二号(二四六号)




契約準拠法の管轄権規則への影響
---最近のイギリスの議論を手がかりに---


樋爪 誠






目    次




第一章  は  じ  め  に
  国際裁判管轄権規則に関する議論が盛んである(1)。イギリス国際私法上、この点に関する状況は他国と異なる。なぜなら、現在、イギリスにはさまざまな管轄権規則が存在するからである。この点は若干の整理が必要であるように思われるので略記する。
  まず、歴史的に構築されてきたいわゆる伝統的な管轄権規則がある。次に、EECによる一九六八年の「民事および商事の裁判管轄権ならびに判決の執行に関する条約(Convention of 27th September on Jurisdiction and the Enforcement of Judgements in Civil and Commercial Matters)」(いわゆる「ブラッセル条約」)に基づく規則がある(一九七三年発効(2))。イギリスは、アイルランド、デンマークとともに一九七三年にECへ加盟した後、長期間の交渉を経て、一九七八年に「ブラッセル条約への加入条約」に署名した(3)。そして、「一九八二年民事管轄権および判決に関する法律(Civil Jurisdiction and Judgements Act 1982)」(以降、一九八二年法とする)としてブラッセル条約およびブラッセル条約への加入条約が国内法となった(一九八七年発効(4))。
  また、一九八八年には、EC加盟国とEFTA (European Free Trade Association)加盟国間で、「並行(Parallel)」条約とも言われる「ルガーノ条約」が署名された(5)。この条約は「一九九一年民事管轄権および判決に関する法律(Civil Jurisdiction and Judgements Act 1991)」(以降、一九九一年法とする)として、イギリスにおいて国内法化された。また、一九八九年にはスペインとポルトガルの「加入条約」(いわゆる「サンセバスチャン条約」)が合意された(6)。この条約も、「一九八二年民事管轄権および判決に関する法律の修正に関する一九九〇年命令(Civil Jurisdiction and Judgements Act 1982 (Amendment) Order 1990」(以降、一九九〇年修正命令という)として、イギリスにおいて国内法化されているのである。
  ここで注意すべきは、ルガーノ条約とサンセバスチャン条約の効力は、批准国間に限られるということである。イギリスにおいて、一九九〇年修正命令(サンセバスチャン条約)は一九九一年に効力を生じているのに対し、一九九一年法(ルガーノ条約)は一九九二年にスイスとの間で効力を生じている(7)
  要するに、現在イギリスには、伝統的規則、一九八二年法、一九九〇年修正命令および一九九一年法という四つの管轄権規則が併存しているのである。しかし、伝統的規則を除く三つの規則は、いずれもブラッセル条約を基礎にしている。内容的に広範な改正がなされたとされるルガーノ条約も、労働契約や不動産に関する訴訟以外は、細かい修正が大半である。したがって、実質的には、伝統的規則とブラッセル条約「体系」という二つの管轄権規則がイギリスに存在しているといってよかろう。
  他方、同じくEU域内では、一九八〇年の「契約債務の準拠法に関する条約(Convention on the Law Applicable to Contractual Obligations)」(以降、契約債務準拠法条約という)が一九九一年より効力を生じており、契約準拠法決定基準の統一が図られている(8)。したがって、渉外契約については、一定の範囲において、EU域内に明確な規則が存在しているのである。しかし、より重視すべきなのは、この契約債務準拠法条約は、地域内法統一のため、制定当初からブラッセル条約との連続性が強く意識されている、という点である。
  とりわけ英米国際私法は、歴史的に見て、管轄権を中心に発展してきた。渉外契約問題もその例外ではない。管轄権の問題が準拠法に影響を及ぼしやすい状況が潜在的にあると言える。英米国際私法の中でもイギリスのそれは、ブラッセル条約体系という共同体設立条約に直接の根拠をもつ新たな管轄権規則を受け入れ、大きな転換点を迎えている。新旧両管轄権規則の準拠法への影響に関するイギリスの議論を検討することは、この問題に関する新たな視点を加えるものであるに違いない。
  以降、新旧両管轄権規則上の準拠法にかかわる問題を順に見て行き、その後で若干の考察を試みる(9)

(1)  この点に関するわが国の現論状況を知る上で、江川英文「国際私法における裁判管轄権」法協五九巻一一号一七六一頁、六〇巻一号五四頁、三号三六九頁、池原季雄「国際裁判管轄」『新・実務民事訴訟法講座七  国際民事訴訟・会社訴訟』(一九八二年、日本評論社)三頁、渡辺惺之
「財産関係事件の裁判管轄権」『国際私法の争点』一四九頁、同「国際裁判管轄」『民事訴訟法の争点』六六頁、松岡博「国際取引における国際裁判管轄」『国際取引と国際私法』(一九九三年、晃洋書房)三頁、高橋宏志「国際裁判管轄ー財産関係事件を中心にしてー」前掲『国際民事訴訟法の理論』三一頁等が手がかりとなろう。
(2)  [1978] O. J. L. 304/77.  この条約の公式解説書として、[1979] O. J. C. 59/1. 以下がある。この条約については、川上太郎「裁判管轄および判決の承認執行に関するヨーロッパ共同体条約(一九六八・九・二七署名)邦訳」西南五巻二号七五頁、同「民商事事件の裁判管轄及び判決の承認執行に関するEEC条約」福法二一巻三=四号四七七頁、岡本善八「わが国際私法事件におけるEEC裁判管轄条約(1)(2)」同志社法学一四九号一頁、一五〇号一五頁、本稿の内容とは直接関係ないが、平良「ECにおける『充分な信頼と信用』ー判決執行条約第二七条を中心として」法研六〇巻二号九頁等がある。
(3)  この点については、岡本善八「一九七八年『拡大EEC判決執行条約』(1)(2)」同志社法学一五八号八一頁、一五九号一二九頁を参照。
(4)  S. I. 1989 No. 1346.  その間、一九八二年にギリシャの加入条約が定められた際に、ブラッセル条約に若干の修正が施された。それに伴い、一九八二年法も若干の改正を受けた。
(5)  [1988] O. J. L 391/9.  この条約を中心に、ブラッセル条約「体系」全般の考察として、西賢「ルガーノ条約と欧州共同体」国際九二巻三号一頁がある。また、この条約の邦訳として、奥田安弘『国際取引法の理論』(一九九二年、有斐閣)三〇八頁以下がある。
(6)  [1989] O. J. L 285/1.
(7)  A. J. Mayss, CONFLICT OF LAWS (1994), p. 20.
(8)  この条約の全体像については、岡本善八「国際契約の準拠法」同志社法学三二巻一号一頁等参照。外国の文献については、P. Kaye, THE NEW PRIVATE INTERNATIONAL LAW OF CONTRACT OF THE EUROPEAN COMUNITY (1992) 及びその巻末の文献リストを参照。
(9)  この問題に関しては、●場準一「国際的管轄と準拠法」『国際私法の争点』一二頁、澤木敬郎「国際私法と国際民事訴訟法」『国際民事訴訟法の理論』(一九八七年、有斐閣)一頁、根本洋一「準拠法と国際裁判管轄」前掲『国際民事訴訟法の理論』一三三頁、野村美明「アメリカにおける国際事件の裁判管轄権問題(一)−(四)」阪大法学一二六号九一頁、一二七号六七頁、一三一号五五頁、一三二号六五頁、江泉芳信「裁判管轄権と準拠法ーアメリカ合衆国の製造物責任訴訟にみられる新しい観点」青法三一巻一=三号四三三頁、三井哲夫『国際民事訴訟法の基礎理論』(一九九五年、信山社)二四三頁以下、石黒一憲『国際民事訴訟法』(一九九六年、新世社)九九頁以下及びその箇所で言及される同氏の諸研究、等がある。


第二章  伝統的規則とブラッセル条約体系
第一節  伝統的規則上の問題の所在
  伝統的規則における管轄決定において、最も重要なのは、「最高法院規則(Rules of Supreme Court)」の一一条(Order 11)である(1)。この規則は、一八八三年に定められたイギリスの訴訟手続の基本というべきもので、一一条は渉外事件における管轄決定に関するものである。この規則を中心とする管轄権と準拠法の関係の態様には主に次の三つがある。
  まず第一に、最高法院規則の一一条一項一号(d)(3)(R. S. C. Order 11, Rule 1 (d) (iii))がある(2)。これは、渉外契約事案における域外への訴訟開始令状の送達につき、イギリス法が準拠法であることを定めた条項である。この点は、昨今、いわゆるフォーラム・ノン・コンヴィニエンス(forum non conveniens)法理(3)との関連でも注目されるところである。第二は、同じくフォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理の機能する場面でもある外国訴訟差止に関する問題である(4)。第三は、外国の裁判所を指定する管轄条項の存在がイギリス裁判所に影響を与えるかを問題とするものである(5)
  この中で、第二、第三の問題においても、準拠法との関係が問題となり得るのであり、実際、そうしたものが散見される。しかし、本稿の目的からみて、最も重要であるのは、第一のものである。したがって、以降、第一のものを中心に、いくつかのリーディング・ケースをもとにその内容を見ていくことにする。
第二節  最高法院規則一一条一項一号(d)(3)
  この条項は、先にも述べたように、約一世紀にも渡って、イギリスの裁判実務を支えてきた同規則の中にある渉外契約事案に関するものである。これは、域外にいる被告に対して、イギリスの裁判所が訴訟開始令状を送達することができるかにつき、「明示あるいは黙示に」イギリス法が準拠法であることを要件としたものである。すなわち、令状送達についてではあるが、イギリス裁判所の管轄権の有無に関して、準拠法を直接の基準としているのであり、この点が非常に特徴的である。判例の動向を中心に、この問題の現状を見てみよう。
  Compania Naviera Micro SA v. Shipley International Inc., The Parouth [1982] 2 Lloyd’s Rep. 351, C. A.は、ドイツからメキシコへの海上物品運送に関する事案であった(6)。この事案は、「仮定的な」準拠法に基づいて管轄権を認めた事例として注目されたものである。しかし、このような判例の態度は、すぐに大きく転換する。それは、Amin Rasheed Shipping Corp. v. Kuwait Insurance Co. (the Al Wahab) [1984] A. C. 50(以降、「アミン・ラシード海運会社事件」という)においてであった(7)。これは、リベリアの海運会社が、サウジアラビア政府に拿捕された自社船について、保険金の支払をクウエートの保険会社に請求した事案である。イギリスの裁判所が、被告であるクウエートの保険会社に、域外の令状送達をなし得るかが問題となった。
  この事案で貴族院は、諸々の状況から、クウエートの裁判所がフォーラム・コンヴィニエンスである場合、イギリス法を準拠法とする海事保険証券に関する紛争を判断するのにイギリス裁判所はふさわしくないと判決した。この判決以前まで一般的に考えられていたのは、契約準拠法がイギリス法であるという事実それ自体が送達を正当化するに充分であるというものであった。しかし、この判決により、原告はより重い証明責任をおったのである。ディプロック(Diplock)裁判官は、本項上の送達を正当化するためには、原告は外国裁判所で自分は正当性を維持できないということを、あるいは訴訟費用の高騰、遅延、不便さと引き替えにしか維持できないということを、原告が証明しなければならないということを示唆した(8)。その限りで、契約準拠法の重要性は減少したと見ざるを得なかった。
  しかし、その後の判例において、ディプロック裁判官の見解は、必ずしも支持されなかった。この点について、Spliada Maritime Corp. v. Cansulex Ltd. [1987] A. C. 460(以降、「スプリアーダ海運会社事件」という)に注目すべきである(9)。これは、カナダからインドへの海上物品運送中に生じた損害に関して、リベリア企業の原告が、カナダの業者である被告を訴えた事案である。船荷証券中のイギリス法を指定した準拠法条項に基づいて、カナダにいる被告に令状を送付し得るかが問題となった。
  一審原告勝訴、二審被告勝訴をうけた貴族院は、イギリスが「妥当な法廷地(appropriate forum)」であるとして、原告の上告を認めた。ここで、貴族院は、契約準拠法の問題を、一般的には重要な問題であるが、「本件に関しては」それほど重要ではなく、結論に影響を及ぼすものではないとした。すなわち、契約準拠法の重要性は、個別それぞれの事案において、相対的に変化するという立場をとったのである(10)
  その後の判例・学説は、概ねこのスプリアーダ海運会社事件に従い、契約準拠法が果たす役割は、具体的な事案の状況次第であるという立場であると見てよい。
  このような判例の動向の中で、最高法院規則一一条一項における準拠法要件に深く関係する問題として、(とりわけ原告側の)証明責任が挙げられよう。ここでは、問題を多角的に考察するために、この点に関するイギリス国際私法理論も簡単に追うことにする。
  原告が最高法院規則一一条一項に基づいて、域外への令状の送達の許可を裁判所に求めた場合、原告の側が、その事案が域外への送達をなすにふさわしいことを「十分明らかに」しなければならない。事案が一項に該当するものかを判断するために、裁判官は通常、原告の供述書を検討するのみである。しかし、被告が送達の拒否を申し立てた場合、裁判所は、両当事者から相反する証拠や主張を得る可能性がある。『最高法院実務(spreme court practice)』は、「『完全に論証し得る論拠(good arguable case)』という表現が、おそらくこれらの先例を最もよくあらわしているであろう。この表現は、この段階において、裁判所が、その充足のため原告の論拠の証明をたとえ求めなくとも、たんなる一応の証明がある事件(prima facie case)より以上のものを当事者に期待していることを示唆する」としている(11)
  最近の二つの事案において、証明責任が控訴院において検討された。両事案において、明示あるいは黙示に契約準拠法がイギリス法である契約に訴は影響を及ぼすか、その結果、訴が最高法院規則一一条一項一号(d)(3)に該当するかが問題となった。
  この点を肯定した E. F. Huton & Co. v. Mofarij [1989] 1 W. L. R. 488 判決において、カー(Kerr)控訴審裁判官は、完全に論証し得る論拠の基準が原告の側で適用された場合、この基準は審理においてさらに検討されるあるいはされ得る争点ないしは検討されないあるいはされ得ない争点の両方に適用されると述べた(12)
  この問題は、Attock Cement Co. Ltd. v. Romanian Bank for Foreign Trade [1989] 1 W. L. R. 1147 判決において、ストートン(Staughton)控訴審裁判官によってより検討され、ニコラス・ブラウンーウイルキンソン副大法官(Nicolas Browne-Wilkinson V.-C)およびウールフ(Woolf)控訴審裁判官もそれに同意した(13)。この事案では、イギリス法が準拠法であると表明された原告との建設契約について、ルーマニア国営企業の履行を対象とした被告の作成した履行証書が、それ自体論証的にイギリス法に服するかが問題となった。法選択条項は存在しなかったが、イギリス法が準拠法となることおよびイギリスに管轄権があることにつき口頭の合意があったこと原告が主張したのに対し、被告は強く否定した(14)
  ストートン裁判官は先例を再検討し、原告が一応の推定以上明らかにしなければならないにもかかわらず、事実に関する問題をすべて検討しなければならないわけではないと判決した(15)。裁判官は、まず原告の主張に考慮を払うべきなのではなく、両当事者の論拠を相対的に考察すべきであり、その際には、裁判官の手元にある両当事者から受入可能な資料をすべて検討するのである。裁判官は、「訴訟開始令状を送付する前に、この件について原告は正しいという推定を得ているべき」なのである(16)。先のビットコビース事件判決(17)から生じる点は、訴訟の一一条への該当性に関する証明の基準が、裁判官の裁量の一部であるかということである。これに対して決定的な判断を下していないけれども、ストートン裁判官は裁量の範囲内とは考えていなかった。
  結局、裁判所は原告が証明基準を満たしていないと判決した(18)。申し立てられた口頭の合意は、その存在を十分に証明しなかった。イギリス法は、履行証書の黙示的な準拠法ではなかった。なぜなら、イギリス法は建設契約の準拠法だったからである。銀行の信用のごとく、履行証書は、その履行に関連する契約とは異なる当事者間の別の扱いを意図された契約なのである。これは通常、履行地法、すなわち支払地法が適用されるのであり、本件の場合、支払地はイギリスではなくルーマニアであった(19)
第三節  ブラッセル条約上の問題
  (一)  概    説
  管轄権決定段階における準拠法に関する事実認定に関するブラッセル条約の立場は、伝統的な規則に比してより複雑とも言い得る。条約には、最高法院規則一一条一項d号(3)の契約の項目に類するものは存在しない(20)。条約上、締結国に管轄権がいったん付与されたならば、条約それ自体において、訴訟の差止に対する締結国の裁量は存在しない(21)。条約の解釈が問題となる場合、欧州裁判所はそこで用いられている概念については共同体固有の意味を付与してきており(22)、訴訟提起地の抵触規則によって準拠法とされた実質法をもとに定義づけることに反対している。
  他方で、条約中のいくつかの条項は、法選択問題を惹起する潜在的可能性を秘めている。五条一項、一六条一項および一七条がそれである。
  (二)  五条一項
  五条一項はその最も顕著な例である。この条項によれば、原告は「問題となっている債務の履行地」において契約に関する訴訟を提起することが認められている。契約において問題となっている債務は何かを決定する場合、ヨーロッパ裁判所が準拠法を斟酌すべきといっていることになんら驚きはない(23)。原告が賠償金を請求する場合、国家裁判所はその国の抵触規則上の準拠法に照らして、その訴が本来の契約債務から生ずるものなのかあるいは債務不履行に代わって生じた新たな債務なのかを決定しなければならない。同様に、この債務の履行地を決定する場合、欧州裁判所ははっきりと、この問題は法廷地がその国際私法規則を用いて決定すべきことである、と判決した。
  より顕著なのは、雇用契約に関する Ivenel v. Schwab(24) に関する欧州裁判所の判決である。このような場合、五条一項において問題となる債務とは、全体として契約として性質決定されるものである。この点について、判決当時効力を有していなかった契約債務準拠法条約を参照した事例もある(25)
  さらに、契約の不存在が訴えられた場合、五条一項において、法選択問題を惹起する可能性がある。契約が存在するか否かは、いずれの法が契約の存在を決定するのに適用されるのかという問題を惹起する(26)
  (三)  一六条一項
  管轄権への法選択の影響は非常に違った方法においてもあらわれ得る。管轄権規則自体が準拠法の確定を求めていない場合であっても、管轄権規則が法選択規則であるということがあり得るのである。これはブラッセル条約の一六条一項に関する問題であり(27)、同条は専属管轄を定めている(28)
  (四)  一七条
  一七条は、法選択問題を生じ得る条約のさらに別の規定である。これは管轄合意に関するものである。この合意の存在について紛争が生じた場合、五条一項と同様の問題が生じる。また、合意が明らかに存在したとしても、まさに何がこの合意を形成しているのかについて争いが生じ得るのである。例えば Iveco Fiat SpA v. Van Hool(29) において、当事者間のもともとの合意は失効していたが、引き続き取引を行っていた。これは、もともとの書面上の合意の更新に基づいているのか(これは一七条の要件に合致する)、あるいは新しい口頭の合意に基づいているのか(これは、要件を充足するために、一方当事者によって他方当事者からなんら異議を申し立てられずに、書面上に確認される必要があった)が問題となった。EC裁判所は、合意の性質は訴訟提起地国の国際私法によって定められた準拠法上の問題である、と判決した。
  これは、条約の五条一項とはいくぶん異なっている。準拠法は確定されるべきもののようであるし、この点に関する事実認定は決定的なようである。準拠法がEEC加盟国外の履行地を指定している場合、この条項に基づく管轄権は存在せず(30)、原告は被告の住所地であるEEC加盟国内で被告を訴えることを強いられる。しかし、五条一項の要件が充たされ、例えば、イギリスの裁判所が管轄を有するとしても、イギリス法が準拠法であるから管轄権が付与されたとは言いがたい。したがって、準拠法の問題は五条一項において管轄権に間接的な影響を及ぼすのみであり、五条一項では問題となっている債務の履行地が決定されるのである。これは最高法院規則一一条およびフォーラム・ノン・コンヴィニエンスの裁量における準拠法の直接的な影響とは対照的である。


(1)  一一条一項一号は、その他にも、住所を基準とするもの((a))、不法行為に関するもの((b))等がある。
(2)  この条項は、従前、一一条一項一号(3)(R. S. C. Order11, Rule1 (f) (iii)であった。
(3)  イギリス国際私法上のフォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理については、岡野祐子「イギリスにおけるフォーラム・ノン・コンヴィニエンス」阪大法学三九巻二号九三頁、同「フォーラム・ノン・コンヴィニエンスその後ー英国の最近の判例から」奈良産五巻二号四一頁がある。
(4)  ブラッセル条約上、域内において時間的に先になされた訴訟を優先する二一条(これは「早い者勝ちルール」とさえ言われているという)と専属管轄に関する一七条について、イギリスの裁判所が、一七条に基づいて、域内他国の訴訟を差し止めた。この最近の判例の意義を検討するものとして、岡野祐子「ブラッセル条約の下における外国訴訟差止の可否ー第二一条に対するイギリス流アプローチの検討」奈良産七巻二号一頁がある。
    この点に関する若干の判例を紹介しておこう。「スプリアーダ海運会社事件」がイギリス国際私法上、フォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理のリーディング・ケースであるが、その後の判例にも、注目すべきものが見られる。
    Irish Shipping Ltd. v. Commercial Union Assurance Co. plcにおいて、控訴院のストートン(Staughton)裁判官は、「まさに議論し得るのは、原告がわが国の抵触規則上の利益を要求する権限を付与されている」と述べた。このことは同事件第一審のゲーテハウス(Gatehouse)裁判官の見解と対比するとよりその意味が明らかになる。すなわち、一審も控訴審も、イギリスに管轄権を認め差止請求を却下したのであるが、一審がその根拠を準拠法がイギリス法であるのに求めたのに対し、控訴審は、一審の根拠では不十分であるとして、先のような見解を述べたのである。フォーラム・ノン・コンヴニエンス法理における準拠法要件の重要性の比重はなお不確定であるといえようか。
(5)  Aratra Potato Co. Ltd. v. Egyptian Navigation Co., The Amria [1981]が、準拠法の問題について言及している。この判決によれば、外国の管轄権選択条項にかかわらずイギリスでの訴訟の継続が認められるかを判断する際に、当然尊重されるべき要素の一つは、「外国裁判所の法が適用されるか、もし適用されるならば、それはあらゆる実質的な側面においてイギリス法と異なるものか」ということである。この点については、別の角度から、第三章においても言及する。
(6)  この事案は次のとおりである。
        事実
        フロリダ州法人で運送取扱人である被告Yは、ドイツ法人訴外Aから、ドイツからメキシコへの海上物品運送を依頼された。Yは、オランダ人仲介業者訴外Bに業務の補助を依頼した。Bは、何度かのテレックスのやり取りの結果、パナマ法人である原告Xの所有するギリシャ船籍で、ベルギー法人により管理されている「パルース」号を傭船した。支払はベルギーにおいて、米ドルでなされることになった。また、ロンドンを指定した仲裁条項も、テレックスのなかに見受けられた。
        Xは、傭船契約が締結されたにもかかわらず、Yが貨物を用意できなかったとして、イギリスおいて訴えた。これに対しYは、契約はそもそも存在せず、たとえ存在したとしても、それはXとBの間でなされたのであって、自分は代理権を付与した覚えはないと反論した。
        Xの申立にしたがって、イギリスの裁判所がYに訴訟開始令状を送達したことが争われた。一審は、仲裁条項の存在をもって本件取引行為とイギリスが関係を有するとは言えないとして、イギリスの管轄権が否定された。Xが上告した。
        判旨
        上告認容。契約の存在そのものが争われる場合、「推定的な(putative)」な契約準拠法にしたがって判断される。本件の場合、契約準拠法はイギリス法である公算が高い。当事者がイギリスでの解決を望んでいたということは説得的であり、イギリス法が準拠法であると仮定すれば、礼状の送達は有効である。

(7)  本浪章市『英米国際私法判例の研究  国際債権法の動向』(一九九四年、関西大学出版部)三頁以下に、この判決の全審級に渡って、詳細な研究がなされている。
(8)  [1984] A. C. 65.
(9)  この判決については、岡野・前掲論文(本章注(3))「イギリスにおけるフォーラム・ノン・コンヴィニエンス」九八頁以下参照。
(10)  [1987] A. C. 482.
(11)  この根拠となったのは、Vitkovice Horni A. Hunti Tezirstvo v. Korner [1951](以降、「ビットコビス事件」という)である。
        事実
        原告Xは、元チェコスロバキア人で、一九三八年頃からイギリスに移り住み、一九四七年よりイギリス国籍を取得していた。Xは、当時勤めていたチェコスロバキアの会社被告Yとの間で二つの契約をチェコスロバキアにおいて締結した。ひとつは、一九二九年の年金契約であり、もうひとつは労務契約であり、後者は、(退職後)コンサルタントとして同社に指名されるという内容であった。
        Xは、一九四六年に、両契約の履行を求めための訴訟の開始令状をチェコスロバキアのYに送付することをイギリスの裁判所に求めた。最初、一一条に基づいて令状の送付が許可されたが、Yがこの取消を求めて出廷し、イギリスには管轄権がない、あるいは、フォーラム・コンヴィニエンスはチェコスロバキアであると主張した。別の裁判官によって、一転して令状の送付許可は取り消された。これを不服としたXが一審裁判所に訴えた。しかし、スレイド(Slade)裁判官はイギリスには管轄権がないので、フォーラム・コンヴィニエンスの問題は生じないとし、Xの訴えを棄却した。Xが控訴院に上告した。控訴院は、再び、Xの主張を受け入れ、上告を認めた。Yが貴族院へ上告した。
        判旨
        上告棄却。理由は「白書」と同旨である。

(12)  [1989] 1 W. L. R. 488.
(13)  [1989] 1 W. L. R. 1161.
(14)  [1989] 1 W. L. R. 1151.
(15)  [1989] 1 W. L. R. 1153.
(16)  Ibid.
(17)  本章注(11)参照。
(18)  [1989] 1 W. L. R. 1161.
(19)  [1989] 1 W. L. R. 1151.
(20)  一九六八年条約及びルガーノ条約は、他の締約国に住所を有する被告という項目で、この条項にとって代わっているけれども、留意しなければならないのは、契約に関する紛争の当事者が書面において契約準拠法をイギリス法と合意している場合の過渡的な規定が存在していることである。そのような場合、イギリスの裁判所は他の締約国の住人に関する紛争において、管轄権の裁量を機能する権利を維持し得るのである。一九六八年条約に関する場合、のいずれかの法を契約準拠法とすると、一九八七年一月一日以前に書面で紛争当事者が合意したとき、この例外が適用される(1968 Covention, Art. 54 (3))。当時条約が発効していた締約国の住人に関連する場合だけではなく、一九八七年以降に条約を受け入れた国々、すなわちアイルランド、ギリシャ、スペインおよびポルトガルの住人に関連する場合においても、この日付はあてはまるのである。ルガーノ条約の場合、決定的な日は「条約が発効する」日である(Lugano Convention, Art. 54 (3))。これは、ルガーノ条約がはじめて一般的に効力を有し、イギリスにおいても効力を有する一九九二年五月一日を意味するように思われる、そして、イギリスと被告の住所のある締約国との間で効力を有するその後のいかなる日付でもない。書面によるイギリス法の明示の選択がある場合のみ、この例外は適用されるのであり、黙示の選択によってあるいは最密接関係国法であることを根拠にイギリス法が準拠法となっても適用はないのである。この点については、New Hampshire Insurence Co. v. Strabag Bau AG [1992] 1 Lloyd’s Rep. 361 (C. A.) 事件を参照。
(21)  条約非締結国が、代わりの法廷地になった例として、Re Harrods (Buenos Aires) Ltd., The Times, January 11, 1991. がある。
(22)  Case 9/87 Sprl Arcado v. Sa Haviland [1988] E. C. R. 1539, at p. 1555.
(23)  Case 14/76 De Bloos v. Bouyer [1979] E. C. R. 1497;[1977] 1 C. M. L. R. 60;Medway Packaging Ltd. v. Meurer Maschinen GmbH and Co. K. G. [1990] 1 Lloyd’s Rep. 383.
(24)  Case 133/81 [1982] E. C. R. 1891.
(25)  Id. at p. 1900.
(26)  Case 38/81 Effer SpA v. Kanter [1982] E. C. R. 825, at p. 829;[19842] 2 C. M. L. R. 667.
(27)  EC裁判所も不動産所在地法が準拠法であることを根拠に、不動産所在地に管轄を付与することを認めている。また、不動産権(tenancies)にかかわる複雑な立法に関して、その立法が効力を有する地の法が準拠法であるともしている。この点については、Case 73/77 Sanders v. Van der Putte [1977] E. C. R. 2383, at p. 2391;[1978] 1. C. M. L. R. 331.
(28)  管轄権に関する法の発展に対する法選択考慮の微妙な効果に関する別の例は、Oceanic Sun Line Special Shipping Co. Inc. v. Fay に関するオーストラリア最高裁(High Court of Austraria)の判決に見られる。ガウドロン(Gaudron)裁判官は、次のような理由をのべた。裁判所が外国法をより積極的に適用するような方法で法選択が発展してきたという事実によって、そのような場合に訴訟を差止める要請の増加が存在するはずである、と((1989) 79 A. L. R. 9 at pp. 57-59)。
(29)  Case 313/85 [1986] E. C. R. 3337. 参照。
(30)  Case 32/88 Six Constructions Ltd. v. Humbert, [1989] E. C. R. 341. 参照。


第三章  若干の考察
第一節  序    論
  以上、簡単にではあるが、ブラッセル条約体系を機にイギリスにおいて見られたいくぶん複雑な法状況の概観を行った。これを踏まえて、この問題に関連するいくつかの問題の整理を通じながら、今後の展望を考えてみたい。
第二節  関連する諸問題
  (一)  契約債務準拠法条約との関係
  ブラッセル条約体系の適用範囲であるが、大枠は次のようになる。まず、同条約は「民事及び商事」に関する事案に適用され(条約一条(1))、かつ、「被告が締約国内に住所を有する」(条約二条)ことが必要である(2)。この二条を基礎にした原則的管轄を中心に(第一節二条ー四条)、条約は、特別管轄(第二節五条ー六条)、保険に関する事案の管轄(第三節七条ー一二条)、消費者契約に関する管轄(第四節一三条ー一五条)、専属管轄(第五節一六条)及び合意管轄(第六節一七条ー一八条)と大きく分けて六つの管轄根拠をあげている。中でも、専属管轄は被告の住所に関わらず適用される点で重要な規定である。
  契約に関する法選択は、ブラッセル条約に基づく管轄権のハーモナイゼーションによる影響を受けてきている。今世紀における最も重要な法選択の進歩は、最近、「一九九〇年契約(準拠法)に関する法律(The Contracts (Applicable Law ) Act 1990)」により国内法化された一九八〇年の契約債務準拠法条約である。この条約に関する「ジュリアーノ・ラギャルド公式報告書(Report on Convention on the Law Applicable to Contractual Obligations by Mario Giuliano and Paul Lagarde)」は、EC域内における契約に関する法選択規則のハーモナイゼーションを認めている。その根拠としては、とりわけ、ブラッセル条約は何らの対策なしにフォーラム・ショッピングを認めているので、法選択規則のハーモナイゼーションによってフォーラムショッピングの動機のひとつを取り去らねばならなかった(3)、ということがあげられている。その結果、訴訟地にかかわらず同一の法が適用されねばならなかった。二つの条約が相互に結びついたついたこの方法は、管轄権規則が法選択規則に強い影響を与えた明確な例である(4)
  黙示の意思の探究と最密接関係国法も問題になり得る。最高法院規則一一条が定められたとき、契約準拠法は、契約に適用されると当事者に意図されたものか、あるいは意図していたものと公正に推定され得るものであった。後になって初めて、裁判所は明示の合意がない場合、法制度を選択する意思が推定されるべき場合と意思が推定され得ない場合に区別を施したのである。後者の場合、契約には最密接関係国法が適用されるのであった。
  この点について、同様の区別が、契約債務準拠法条約に見られるのである。契約債務準拠法条約の一条によれば、同条約は「異なる国の法の間の選択に関連するあらゆる状況に適用され」る。また、契約債務準拠法条約が、本項においてイギリス法が文言上あるいは黙示に準拠法であるかを決定するために適用されることになんら疑いはない。一一条一項一号(d)(3)はいまなお「文言上あるいは黙示に」イギリス法を準拠法とする契約を指定しており、したがってイギリス法を準拠法とするあらゆる事案に適用されるのである(5)。イギリス法が契約の最密接関係国法である場合にも、これは適用されたし(6)、契約の最密接関係国法としてイギリス法が準拠法の場合にも同じく適用される。
  (二)  法律委員会の試み
  次に、この問題について、非常に興味深いのが、法律委員会(Law Commission(7))の試みである。本稿ではこれまで一貫して、準拠法の管轄権への影響を検討していたが、これと表裏をなすもう一つの面は、管轄権規則が準拠法に直接的な影響を及ぼすいわゆる「法廷地法主義」あるいは「法廷地法ルール」である。例えば、渉外非訟事案における並行原則(8)がその典型であると考えられる。この点について、契約の問題ではないけれども、近接領域において、この考え方を扱った法律委員会の作業において、注目すべき動向がみられているのである。
  不法行為に関する法選択(9)の分野において、法律委員会は、改革の選択肢のひとつとして、法廷地法ルールを考えていた。しかし、このルールは明白に否定されたのである。本稿との関係で興味深いのは、改革を推奨をする際に、少なくとも不法行為の法選択規則に関して法律委員会は管轄権的方法を十分に意識していたということである(10)。しかし、法廷地法は改革の選択肢として否定されただけではなく(11)、現在の不法行為法選択規則において法廷地法のもつ重要性さえも取り除くことまで説かれたのである。そこで提案されたのは(12)、不法行為の法選択規則は、一本化された規則のもとでのイギリス法における起訴可能性の要件によって、もはや二股の規則ではないということであった。その代わりに、単純に不法行為地法が指定され、これには一定の領域において「不法行為の」プロパー・ローによる例外が存在するのみであるとされた。
  これは、法選択規則の改正が提案される場合、管轄権を含めて提案されるということが明らかになった好例である。すでに見たように、契約債務準拠法条約における契約に関する法選択の展開は、別個独立したものとは見られず、管轄権的考慮を背景に持つものと見られるのである。同じように(13)、法律委員会は、不法行為の準拠法に関する報告書(Working Paper)において、改正を推奨する中で、さまざまな点で管轄権的背景を斟酌している。この背景として、「不法行為に関するプロパー・ロー理論(14)」の重要な先例である Boys v. Chaplin [1971] A. C. 356(15) に対する批判があったと考えられる。裁判官たちが不法行為に関する法選択規則を再叙する中で、管轄権的立場を無視していることがあった。実は、この判決において、裁判官たちはフォーラム・ショッピングの問題について十分な関心を払っていたにもかかわらず、事案が純粋に法選択問題のみが問題とされるようであったので、法選択規則の枠内で処理された(16)。管轄権規則がこの問題を処理する上で用いられ得るかあるいは用いられるべきかについてはなんら考慮されていなかった。しかし、フォーラム・ショッピングは法選択問題とおなじく、管轄権問題であり、この認識のもとに、先のような改正審議がなされたのである。
  いずれにせよ、不法行為の分野においてではあるが、法廷地法主義という形で、管轄権と準拠法を直接関連づけた規律が真剣に検討されたということは、イギリス国際私法の今後の動向の一つを示すようで興味深い。
  (三)  アメリカ法の動向
  比較法的な動向にも注意を要しよう。ここでは、同じく英米法系の属するアメリカ法との相違に、フォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理との関連で、一瞥を加えておくことにする。
  アメリカにおいて、裁判所はその管轄の範囲を拡大するのと時を同じくして、原告の選択した法廷地とアメリカとの関連が少ない事案において自らの権限を抑制するために、フォーラム・ノン・コンヴィニエンスの法理を用い始めた(17)
  最高裁がはじめて現代的なフォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理を取り込んだのは、Gulf Oil Corp v. Girbert 330 U. S. 501 (1947) の判決においてであった(18)。この最高裁判決がフォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理を採用したのを受けて、議会は、「合衆国法律集二八巻一四〇四条a項(28 U. S. C. § 1404 (a))」を起草した(19)
  その後、フォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理は、渉外事案において数多くの下級審判例において採用された。そのようななかで、現在、最も主要な判例とされている Piper Aircraft Co. v. Reyno 454 U. S. 235 (1981) 事件(以降、「パイパー航空会社事件」という)判決が下されたのであった。この判決において、最高裁は、渉外事案において適用されるものとして同法理を認め、その適用範囲を拡張したのである(20)
  これが、アメリカにおけるフォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理のおおまかな展開過程である。このような状況を批判して、ロバートソン(D. W. Robertson)は次のように言う。フォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理には、本来区別すべき二つの態様がある。「手続濫用型(abuse of process version)」のそれと「最も適切な法廷地型(most suitable forum version)」のそれとである。アメリカにおける同法理の先駆けとなったゴルフ石油会社事件は、本来、前者型の事案であり、かつ、純「国内」事案であったのであるから、後者型のような体裁を取る必要はなかった。にもかかわらず、後者型をも含むようなあいまいな判決を下した故に、多くの評釈者が後者型の理論を展開し、結果として、同法理が不当に拡張されていった。このように述べた後、ロバートソンは、スプリアーダ事件を中心とする最近のイギリスの判例は、後者型にそって、同法理の拡張を進める傾向にあると評している(21)
  本稿との関係で注目すべき点はもうひとつある。それは、同法理を用いた数多くの判例が、アメリカに管轄権があるとするならば、その場合アメリカ法が準拠法であることを想定しているのに対して、パイパー航空会社事件の判決は、準拠法を決定せずに、同法理に関する問題を解決し得るとしていたのである(22)。その後の判例は、このパイパー航空会社事件判決の意見を無視しているのである(23)。すなわち、アメリカにおけるフォーラム・ノン・コンヴィニエンスの法理のなかでも、とりわけ進んで拡張されてきた類型は、管轄及び法選択に関する規則を包摂したものであると言えるのである。
第三節  今後の展望
  たしかに、準拠法は何かという問題は、とりわけ、準拠法所属国で訴訟が提起された場合、効率的な司法運営という観点からすれば、多大な影響を有するとも言える。
  まず外国法が適用される場合を見てみると、イギリスの裁判所が外国法を適用するとき、外国法は鑑定人によって事実として証明されねばならないだろう。このことにより、当事者は出費を余儀なくされ、訴訟の遅延をもたらす。しかしまた、裁判所の側から見れば、裁判官は複雑な外国法に取り組まねばならないであろうし、外国法の内容について、しばしば異なる証拠を提出してくる鑑定人たちの中からその選択を余儀なくされることもあろう。ここで法的な時間と資源が考慮される必要性がある。外国でならもっと簡単に扱われるであろうそのような複雑な諸問題に裁判所が責任を負わねばならないというのは、公益にかなわない。さらに、間違った答を得る危険が常に存在し、それが重大であることもある。準拠法が正確に適用されるべきということは、両当事者の利益である。さらに悪いことに、外国法は事実として証明されるので、間違った事実認定に対してイギリスでは上訴し得ないのである。これに対して、準拠法所属国の外国で訴訟が提起された場合、法問題に関するなんらかの上訴が可能であることは明らかである(24)
  他方でイギリス法が準拠法の場合、イギリスで訴訟を提起することが理にかなう。その代わりとして外国での訴訟提起を認めることは、外国法ーこの場合イギリス法ー証明に関する問題をすべて外国の裁判所が引き受けることを意味するのである。イギリスの概念と取り組むことを困難とする外国裁判所がいくつか出てくることもあろう(25)
  たしかに、この点は、最高法院規則一一条に基づいて域外への令状の送達が求められる場合を中心に、伝統的規則において、機能してきた(26)。しかし、法選択規則と管轄権規則は、やはり峻別される方向で展開していくのではなかろうか。アメリカ法との関係は参考になる程度かもしれないが、契約債務準拠法条約との一体性および法律委員会の答申並びに前章で見たようなブラッセル条約体系上の間接的な相互の関係といった諸要素に鑑みれば、峻別される傾向にあると言わざるを得ないであろう。最後に、管轄選択規則と法選択規則の質的な相違を指摘する見解が、近時見られる。有益であると思われるので、ここで簡単にまとめてみる。
  論者は、イギリスにおいて、管轄権の確定が機械的に行われない理由として、過剰な主権の主張とそれに対する外国との関係および当事者に対する公正さの二つがあるとする。法選択規則上、両当事者への公正さが明らかに重要であったのに対して、管轄権規則上、一時、唯一の関心は被告に対する公正さであった。しかし、これは現在変化してきており、フォーラム・ノン・コンヴェニエンス法理における裁量は、両当事者の利益を考慮するよう機能する。この点は、ブラッセル条約ともまた共通する部分である(27)
  また、管轄権と法選択の規則を注視した場合、これらの規則は事案との関連性に重きを置いていることを示している。法廷地との関連が十分強固な場合、このことが管轄権を得ることも法廷地法を適用することも正当化する。しばしば、両分野において用いられる関連性は同じであるので、その結果、共通の規則がある。契約準拠法がイギリス法の場合にも、同じことが当てはまる(28)
  しかし、両者には決定的な差異が存在する。なかでも重要なのは、管轄権も法選択も関連性のみに関係しているのではないということである。管轄権規則においてのみ妥当するより広い考慮が含まれているのであり、次の二つがよい例である。第一に、関連性を注視することと同様に、妥当性に関する管轄権的基準は当事者および証人双方の訴訟上の便宜性の問題を考慮に入れる。この考慮は、法選択においては生じない。もし仮に管轄権が準拠法によって定まるものであるならば、訴訟地決定に際して考慮に入れられるべき重要な要素が無視される事になろう。第二に、法廷地はイギリスで生じた渉外的紛争に関して経済的利益を有するのである。国際訴訟とは、目には見えないが非常に重要ないわば「輸出品」なのである。もし仮に管轄権が準拠法のみを問題とするならば、この法廷地の利益は考慮されないだろう(29)
  反対に、訴訟地を決定する時には機能しない法選択の考慮が存在する。関連性の如何にかかわらず、特定の分野におけるイギリス実質法の内容によってイギリス法が適用されることがあるのである。イギリスの規則は、取引制限のような公序であり得るし、また、一九七七年不公正契約条項法における免責条項に関する規則のように、強行法規を内包している可能性もある。法廷地はそのような場合にイギリス法を適用する利益を有する。しかし、このことは、管轄権付与を正当化するほどのイギリスとの強固な関連性が明らかに存在することを意味するものではない(30)
  このことから、イギリス法が準拠法でありその法が強行法規あるいは公序則を含む場合、イギリスで訴訟を提起すべきという強い主張がある。重要な社会経済的政策基づく内国法を解釈するにはイギリスの裁判所がこそが最適である。しかし、これと同様に重要なのは、準拠法の問題は訴訟地を決定する際の単一の考慮であるべきではないということである。留意すべき他の考慮が存在し、それには関連性と訴訟の便宜性が含まれるし、また、イギリス法が最も妥当な訴訟地管轄権が付与される危険性が存在する(31)
  以上のことから、訴訟地と準拠法の決定における考慮は異なるというのが、論者の結論であり、現在同様、法選択規則とは異なる管轄権に関する別個の規則が必要であるという(32)


(1)  この用語に関する明確な定義はない上に、英米法と大陸法の間で、いわゆる公法と私法の区別に関する見解に大きな相違があることから、少なからぬ問題を残す規定ではあるが、ここではその点を指摘するにとどめる(ただし、租税、関税、行政事件は明確に適用を排除されている)。
    次に、「民事及び商事」にあたるとしても、自然人の能力、夫婦財産制にかかわる財産権、遺言、相続、破産、和議それに類する手続、社会保障及び仲裁に関わる事案の管轄は、この条約の規律を受けない。後に見る契約債務準拠法条約との比較において特徴的なのは、商法に関する事案及び代理、信託といった多面的法律関係を、ブラッセル条約体系は包含しているという点であろう。また、両条約とも、仲裁に関する事案を適用対象から除外している点は、仲裁のもつ実務的意義に鑑みれば、留意すべき点であろう。
(2)  ここにおける「住所」についても条約上定義が存在しない。しかし、伝統的なイギリス国際私法上の「ドミサイル」の概念を継続して用いれば、大陸法諸国と条約の運用が異なってしまうことは明白であり、ひいては条約の実行性にも影響する。イギリスでは、一九八二年法に「住所」に関する特別な規定が定められ、この問題を解決している(これは、ルガーノ条約についても適用される)。
(3)  O. J. C. 282/4-5.
(4)  その他、問題となるものとして、手続と実体の性質決定がある。契約に関する伝統的イギリスの規則は契約債務準拠法条約中のECの規則によって大幅に退いている。準拠法の確定はおそらくいまや条約に含まれた統一規則の問題である。実を言えば、一一条のこの条項に対して、
旧来のプロパー・ロー理論が引き続き適用されるべきであるという主張がある。この根拠となっているのは、契約債務準拠法条約が手続問題を適用対象から除外しており、一一条管轄が手続問題ということである。しかし、これに反して指摘されねばならないのは、何事も締約国が契約債務準拠法条約中の規則を国内抵触規則の一部とすることを妨げることはできないということである。イギリス法は、望むならば、一一条を契約債務準拠法条約に沿って改正することは可能なのである。現在規定されているように、もちろん、同条項は明らかにそのように定められているわけではないが、黙示にはそのように意味されているのである。なぜなら、この条項の実際的な唯一の解釈としては、変更に応じてその時々のイギリス法選択規則を指定していると言うべきである。
(5)  アミン・ラシード事件がそうである。[1984] A. C. at p. 64.
(6)  例えば、Coast lines Ltd., v. Hudig & vender Chartering N. V. [1972] 2 Q. B. 34. を参照。
(7)  法律委員会については、西賢「イギリス国際私法と法律委員会」国際七三巻二号一頁を参照。
(8)  「並行原則(Gleichauftheorie)」は、ドイツにおいて、相続に関する非訟事件を中心に発展したことが、わが国においても知られている。
(9)  Law Com. Working Paper No. 87(1985) and Report No. 193(1990).
(10)  Law Com. Working Paper No. 87(1985) at paragraphs. 4. 26, 4. 29.
(11)  Id. at paragraphs at 4. 24-4. 34.
(12)  Law Com. Report No. 193(1990) at paragraphs. 3. 1-3. 13.
(13)  本章注(9)以下の法律委員会の作業参照。
(14)  この概念については、西賢「不法行為のプロパー・ロー理論について」『国際私法の基礎』(一九八三年、晃陽書房)一九一頁以下、本浪章市『英米国際私法判例の研究  国際債権法の動向』(一九九四年、関大出版部)一二五頁以下等参照。
(15)  この事件については、本浪章市「『渉外不法行為に関する英国の伝統的規則とプロパー・ロー』ー序章ーボーイズ事件再考開始(控訴院までに限定して)」関大法学三九巻四ー五号二六七頁等参照。
(16)  [1971] A. C. at p. 389.
(17)  アメリカ抵触法上のフォーラム・ノン・コンヴィニエンスの理論については多数の研究が行われている。例えば、三浦正人・松岡博・川上太郎「アメリカ国際私法における裁判管轄問題ー status を中心として」国際七〇巻五号一頁、山本敬三「アメリカ法におけるフォーラム・ノン・コンヴィニエンスの法理」民商七四巻五号七二〇頁、同「国際訴訟におけるフォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理の適用」広法一四巻四号三八七頁、江泉芳信「アメリカ合衆国におけるフォーラム・ノン・コンヴィニエンスの法理とその国際的適用」青法二一巻三=四号一六七頁、小山昇「フォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理と国際裁判管轄権の判断基準について」関学三九巻一号七五頁、熊谷久世「フォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理の新たな動向」名城論一六号一七五頁、原強「アメリカにおける外国人原告により提起された国際的訴訟とフォーラム・ノン・コンヴィニエンスの法理の適用」札幌学院大学現代法研究所年報一九八八年所収等がある。
(18)  これは州籍の相違に基づく事案であって、すべてがバージニアで生じた不法行為について、連邦地方裁判所において提起された訴訟であった。最高裁は、フォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理に基づいて、ニューヨーク地裁が訴訟を棄却したことを認めた。その理由として、たとえ連邦裁判所が被告に対して人的管轄権を有していようとも、そして裁判所が適切な場合であっても、裁判所は管轄権行使を抑制する裁量的権限を有するということをあげた。
    この判決は、フォーラム・ノン・コンヴィニエンスに基づいて訴訟を却下する場合を類型化せず、かわりに、この法理の適用を受ける事実状況を二つに分けた。裁判所によれば、「訴訟当事者の私的利益」と「公益に関する諸要因」の二つがそれである。精緻な規則を採用する代わりに、「被告にバランスが著しく傾くかないかぎり、原告による法廷地の選択が害されるはずはない」と裁判所は述べた。しかし、先に上げた二つの利益が被告の側に大きく偏る場合で、かつ、それに代わる適切な裁判所が存在する場合には、フォーラム・ノン・コンヴィニエンスの法理により訴訟の却下が認められるのである。
(19)  同項は次のように定めている。「公正の利益の点から、当事者及び証人の便宜のため、地方裁判所はあらゆる民事訴訟を、訴訟が提起されるべきであったであろう別の地裁に移送し得るものとする」。この規定は、連邦裁判所間の移送にのみ適用され、外国裁判所を念頭においた移送には、従前のフォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理が適用され続ける。しかし一般的にいって、同項は、従前の法理と同様に解されるとされている。
(20)  以上の認識は、G. B. Born, /D. Westin, INTERNATIONAL CIVIL LITGATION IN UNITED STATES COURTS 2nd ed. (1992) at pp. 275-277. によった。
(21)  D. W. Robertson, Forum non conviniens in America and England:A rather fantastic fiction. 103 L. Q. R. 398, at p. 413.
(22)  Id. at 406.
(23)  Ibid.
(24)  J. J. Fawcett, Trial in England or Abroad:The Underlying Policy Considerrations. 9 Ox. J. L. S. 205, at p. 221.
(25)  Ibid.
(26)  Id. at 222.
(27)  J. J. Fawcett, The interrelationships of jurisdiction and choice of law in private international law, 27 I. C. L. Q. 39. at p. 50.
(28)  Id. at 51-52.
(29)  Id. at 52.
(30)  Id. at 52-53.
(31)  Id. at 53.
(32)  Ibid.


第四章  結びに代えて
  以上見てきたことを、ごく簡単にまとめる。
  イギリス国際私法において、ブラッセル条約体系の及ぼす影響は、管轄権規則にとどまるものではなかった。とりわけ渉外契約の分野では、それ以前から契約準拠法を直接の管轄原因(正確には令状送達の根拠)としていた最高法院規則一一条一項(d)(3)を媒介として、管轄権規則と法選択規則は密接な関係を有していたからである。さらに、新たな管轄規則のひとつとしていわゆるフォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理がイギリスにおいても見受けられるようになり、その「裁量」の枠内で、契約準拠法がいかなる役割を果たすかが新たな課題として明確になってきたところであった(第二章)。
  EU域内を適用対象として発効したブラッセル条約は、このような伝統的規則と併存する形で機能することになった。しかも、契約準拠法と管轄権規則の関係は、伝統的規則と異なり、「間接的な」規律方法をとった。その上、契約準拠法の分野においては、同じくEUを基盤とした契約債務準拠法条約が続けて発効した。契約債務準拠法条約は適用範囲が広く伝統的規則とブラッセル条約の両方にかかわるだけでなく、そもそもその制定において、ブラッセル条約と一体となって機能することを目的と掲げていた(第三章)。このようなある種複雑ではあるが、さまざまな問題を包含した論点はそうはないと考えられる(第一章)。
  では、今後、この問題はどのように考えられるのか。その指針として検討した三つの素材は、いずれも契約準拠法が管轄権規則に影響を与えないことを是とするものであった。すなわち、まず、フォーラム・ノン・コンヴィニエンス法理の拡張的適用が進むアメリカにおいては、それに対する批判の根拠として、法選択規則と管轄権規則の一体化があげられた。また、イギリスにおいても、同じく債務法である不法行為法の分野において、両者を一体として考える方法論が、十分な議論の末に「積極的に否定」された。さらに、これらのいわば間接的な否定論と合わせて、両者の質的差異を根拠に、明確にその関係を否定する見解も見た。
  以上のような趨勢を見るかぎり、最高法院規則以降、何らかの形で両者が関係してきたイギリスにおいても、これを明確に区別する時期が来るように思われる(1)。この点について、最後に歴史的な契約準拠法の議論とからめながら、若干思うところを述べたい。
  冒頭でも述べた通り、英米国際私法において、法選択規則と管轄権規則は、後者の主導のもと密接に関連してきた。すなわち、管轄権の抵触の解決を第一義としたまさに「抵触法」として発展してきたのである。そのようななかで、一九世紀に現代的なイギリス契約準拠法理論が形成された。しかし、イギリス国際私法上、契約準拠法問題は、ウエストレイク(J. Westlake)の唱えた「客観的」プロパー・ロー理論とダイシー(A. V. Dicey)によって唱えられた「主観的」プロパー・ロー理論の長い対立状態にあった(2)。しかし、趨勢は後者にあり、最高法院規則一一条一項一号(d)(3)もその立場をとっている。
  しかし、主観主義理論には、無視し得ないいわば副産物があった。それは「法廷地法主義」あるいは「法廷地優位」であった(3)。要するに、主観主義理論は、事実上、法選択と管轄規則を一体化する傾向にもあったのである。しかし、本文でも見たように、フォーラム・ショッピング防止をはじめ、国際民事訴訟法上、国際契約法ほどには、主観主義論を受け入れる土壌はまだないといえる。国際契約法上の当事者自治から生じる法廷地優位傾向を、理論的にも実務的にも克服する必要があろう(4)。いずれにせよ、現状では、いまだ法選択規則と管轄規則の明確な区別が必須のように思われる。


(1)  アメリカの学者の中にはこれをその究極的な結論にまで昇華させ、管轄権は法廷地法が適用されることが示される場合にふつうは適用されるだけであるべきであると論ずる。現在のように、単なる管轄の基準のひとつとしての準拠法の代わりに、準拠法は単一あるいは主たる基準となり得る。名目上のみ管轄権と法選択の両方の基準が存在するのである。実際、あらゆる場合においてただ一組だけの基準が事実上重要なのであって、それは法選択規則であり、管轄権に関する判断は準拠法に関する判断から機械的に導かれるのである。これは、基礎にある関心が管轄権も法選択も共通であるということを根拠にした急進的な考え方である、その関心とは過度に主権を主張するものである。この点については、Stein, Styles of Argument and Internstate Federalism in the Law of Personal Jurisdiction (1987) 65 Texas L. Rev. 689 参照。
(2)  契約のプロパー・ロー理論については、拙稿「『契約に関するプロパー・ロー』理論の意義ー一九世紀のイギリスにおける契約準拠法理論の潮流ー」立命館法学二四五号四〇七頁等がある。
(3)  O. Lando, The Proper Law of the Contract, 8 Scandinavian Studies in Law p. 113 等を参照。
(4)  例えば、客観主義理論にたったとされる事例に、両規則の分離を見ることができる。The Hollandia [1983] 1 A. C. 565がその例である。この事件では、オランダの裁判所を指定した管轄権選択条項が「船荷証券に関する若干の規則の統一のための条約(Convention internationale pour l’unification de certaines re´gles en matie´re de conaissent, signe´e a` Bruxelles, 25 aou^t 1924)」いわゆる「ヘーグ・ルールズ」上無効となるかが問題となった。といのもヘーグ・ルールズは、一九六八年の議定書により改正され、「ヘーグ・ビスビー・ルールズ」となったのであるが、オランダはヘーグ・ルールズしか批准していないのに対して、イギリスはヘーグ・ビスビー・ルールズも国内法化していたのである。両ルールズにはさまざまな相違点があるが、この事案との関係で重要であったのは、運送人の責任限度額の上限であり、その格差は四五倍強にもなった。
    船荷証券上のアムステルダム裁判所への管轄指定を無視して、イギリスにおいて訴訟が提起された。結論として、貴族院は、イギリスにおいて、ヘーグ・ビスビー・ルールズはいわゆる「優先適用法規(overriding rule)」であるので、ヘーグ・ビスビー・ルールズが適用されるとした。これは要するに、「優先適用法規」すなわち内国実質法の存在をもって、管轄を認めたことになろう。ここで注意すべきは、貴族院がイギリス裁判所における「準拠法」は何かを検討しなかったうえに、オランダで訴訟が提起された場合の準拠法についてもなんら言及していない点である。おそらく、いずれの場合においても、事案の性質から、準拠法はオランダ法であったろう。これもある意味で、法選択規則と管轄権規則の分離を示すものであろう。
    なお、この事例及びヘーグ・ルールズと国際私法の問題については、拙稿「EUの契約債務準拠法条約上の『強行法規』についてー国際海上物品運送契約をを中心にー」立命館法学二四二号三一頁も参照されたい。