立命館法学  一九九六年三号(二四七号)




ドイツでの「消費者契約における
濫用条項に関するEG指令」国内法化の実現

−約款規制法(AGBG)改正法の成立・施行−

谷本圭子






目    次




は  じ  め  に


  ドイツにおいて一九九六年七月一九日、「普通取引約款の規制に関する法律(以下ではAGBGと略する)及び被産法の改正についての法律(1)」が成立し、これによりABGBの規定が一部改正されることとなった(2)。同法はその告示後、同年七月二五日をもって既に施行されている。
  今回のAGBG改正は、一九九三年四月五日に採択された、「消費者契約における濫用条項に関するEG(3)理事会指令(以下ではEG指令または指令と略する(4))」)を国内法に転換することを目的としている。
  (1)  以下では、まず、指令の成立史を概観しておきたい。
  この指令の主題である、「消費者契約における濫用条項の規制」は、既に一九七五年四月一四日の「消費者の保護及び情報提供に関するEG第一計画(5)」の中に現れていた。
  今日の指令の成立にとって重要な歴史は、EG委員会が指令の草案を提出した一九八七年六月に始まる。この草案を下地にして、EG委員会は、一九九〇年七月二四日に「消費者契約における濫用条項に関する指令についての提案(6)」を提出したのである。
  この提案に対しては、二つの部分について特にドイツから強烈な批判がなされた(7)。すなわち、一つは、この提案が、消費者契約における個別合意にまで濫用性コントロールが拡張されるべきとしていた点であり、一つは、価格と給付の関係までコントロールの対象となる可能性を認めていた点である。すなわち、これらは、加盟諸国すべてに共通している民法の根本原則である契約自由に、深い亀裂を生み出すものであると批判されたのである。
  これらドイツからの批判及び経済委員会及び社会委員会の見解(8)を受けて、EG委員会は一九九二年五月三日に変更提案を決定した。しかし、この中でも委員会は、基本的考えを変更することはなく、民法の基本原則との不一致は払拭されることはなかったのである。
  このような委員会の計画に対して、閣僚理事会は一九九二年九月二二日の共通見解(9)の中で異議を唱えた。すなわち、交渉された個別契約、及び、契約当事者の主たる給付義務については、内容コントロールの対象から外すべきであるとしたのである。
  それに続く協力手続においてヨーロッパ議会は、EWGV一四九条二項cにより変更提案を提出した。これは指令の付表中の条項カタログに関するものであり、ヨーロッパ議会は条項カタログを規定することを加盟諸国に義務づけることを意図していたのである。このようなヨーロッパ議会の意図に理事会は一九九三年三月二日の会議において従わなかった。逆に、採択された指令においては、理事会はこの条項カタログに例示的性質を与えるに留まったのである(10)
  いずれにせよ、委員会提案において猛烈な批判を受けた部分を削除した共通見解の内容は、そのまま一九九三年四月五日の指令の中に取り入れられた。その結果、指令の内容は、「すべてのヨーロッパの法秩序の基礎的制度である」私的自治と一致したものとなったと言われる(11)
  (2)  そこで、EG加盟国であるドイツにおいては、このようにして成立したEG指令を、どのようにして国内法化すべきかについて議論されることとなった。その議論の中でAGBGの変更が主張されたのは、この法律が既に国内において一九七六年以来長年にわたって濫用条項を規律してきたことを考えると、自然の成り行きであった。
  しかしながら、今回の指令を国内法化するために、AGBGを変更するという提案に対しては、根本的な問題が指摘されてきたのである。それは、指令の保護思想とAGBGの保護思想は異なっているという点であった。すなわち、AGBGは、「約款利用者だけが利用している契約の内容形成の自由が、濫用的に使用されることに抵抗するもの」であり、二三条及び二四条による制限はあるが、原則として消費者のみでなくすべての自然人及び法人を保護するものである。これに対して、指令は、もっぱら「消費者保護」を目的として起草されたものである。指令は「消費者」を「その役割に特殊な劣後性」を理由に保護することを意図しているのである。
  このような保護思想の差異から、一方では、指令の転換を、AGBGの外ですなわち消費者契約における濫用条項を規律する独自の法律によって実現することが提案された。
  しかしながら、第一に保護思想の点から見れば、AGBGにおいても、消費者保護という要素は、長年にわたってAGBGの本質的かつ不可欠な要素であり続けているという事実が存在すること、第二に立法技術に関しても、法律の変更が必要となるときには、「もっともわずかな介入」の道を選択するのが、正当な立法の伝統に一致していることが言われる。第三に、仮に「消費者契約における濫用条項に関する法律」を立法した場合には、AGBGとそれ、すなわち、内容的に非常によく似た二つの法律が併存することになり、法律実務家、裁判官及び弁護士にとって仕事が非常に煩雑なものとなってしまうことが危惧される。
  以上のことを考慮して、学説においては、保護思想の差異にもかかわらず、指令の転換をAGBGの変更によって実現するという意見が多数を占めていたのである。
  (3)  この議論を受けて、一九九五年はじめには「AGBGの変更についての法律」に関する参事官草案(12)が、これを土台に政府草案が起草され、同年九月一日には参議院に提出されたのである(13)
  政府草案は、「実務において成功をあげてきたAGBGを、指令が必要とする限りでのみ変更するという目的」に基づき、「AGBGの根本的な改変や、濫用条項から消費者を保護するための特別法を創設することは必要ではない」とし、指令により要求される消費者保護はAGBGの土台の上にも達成可能であるとしている(14)。同じことは参事官草案においても言われていた(15)が、政府草案は参事官草案よりも、まさしく「指令が必要とする限りでのみ」のAGBGの変更しか予定していない。
  同草案は参議院を修正提案なく通過し、連邦議会においてもただ一点を除いて(後述第三章 I 2 ((2))参照)ほとんどそのままの内容で受け容れられ、今回の改正法成立・施行にこぎついたのである。
  (4)  以上のような史的経過を踏まえた上で、本稿においては、今回のAGBGの改正内容について、EG指令の内容とも照らし合わせながら、紹介・検討していきたい。その際には、本改正法は政府草案とほぼ同内容であるため、政府草案理由に特に着目することになるし、また、政府草案ひいては改正法の内容を明らかにするために必要な限りで参事官草案の内容にも触れる。検討順序としては、まず、EG指令とAGBGの大まかな内容を紹介し、総合的な比較をなした上で(第一章)、EG指令の内容と現行のAGBGの内容とを比較しながら、政府草案理由に着目して、EG指令によりAGBGの変更が必要となった箇所を見ていきたい(第二章)。その上で、AGBGの変更が必要とされた箇所について、実際いかなる変更の方法が取られたか、すなわち、改正法においてどのような規定がなされるに至っているか、見ていきたい(第三章)。

(1)  Gesetz zur A¨nderung des AGB-Gesetzes und der Insolvenzordrung Vom 19. Jnli 1996 (BGB1, IS. 1013).  同法は計三規定から成る。すなわち、Artikel 1 でAGBGの改正を、Artikel 2 で破産法の改正を、そして Artikel 3 で同法の施行時期を規定している。
(2)  一九九五年九月に、京都学園大学ビジネスサイエンス研究所の共同研究「約款規制の比較法的研究」における海外研究の一環として、ドイツ連邦司法省の立法責任者である Hans-Werner Eckert 博士を訪問した際、博士は「間もなく必ずAGBG改正が実現する」と断言しておられた。また、Eckert 博士は、本稿においても引用するが今回の指令の国内法化に関していくつかの論稿を発表しておられる。
(3)  一般には、「ヨーロッパ共同体」の英語版である「European Communities」の略語として「EC」と呼ばれているが、本稿ではドイツ法との関連を扱うので、ドイツ語版である、「Europa¨ische Gemeinschafte」の略語である「EG」として、示す。
(4)  新見育文「消費者契約における不公正条項に関するEC指令の概要と課題」ジュリスト一〇三四号(一九九三年)七八頁以下、河上正二「消費者契約における不公正条項に関するEC指令(仮訳)」NBL五三四号(一九九三年)四一頁以下、松本恒雄=鈴木恵=角田美穂子「消費者契約における不公正条項に関するEC指令と独英の対応」一橋論叢一一二巻一号一頁以下では、いずれにおいても、「不公正条項」としておられるが、これは同指令の英語版における「unfair terms」に依っておられるのではないかと推察される。
  同指令の英語版、独語版、仏語版を比較すると、タイトル中においては、英語版では「unfair terms」、独語版では「miβbla¨uchliche Klauseln」、仏語版では、「les clauses abusives」という用語が用いられているのであるが、指令の検討理由9で述べられている本指令の目的に関する部分では、「事業者の力の濫用(すなわち、英語版では「the abuse of power」、独語版では「Machtmiβbrauch」、仏語版では「les abus de puissance」)に対する消費者保護」が英語版・独語版・仏語版すべてにおいて言われているのである。とすると、英語版のタイトルさらには規制の対象に関してのみ、「abusive」ではなく、「unfair」という用語が用いられた背景には疑問が残る。ただ、イギリスでは一九七七年に「Unfair Contract Terms Act」という法律が成立しており(他方、フランスでは一九七八年の「商品及び役務についての消費者保護及び消費者情報に関する法律」の中で「濫用条項(clauses abusives)に対する消費者保護」を見出しにした章がある)、それに用語を合わせたものとも考えられる。
  いずれにせよ、第一に、指令の公式文書は仏語であること、第二に、本稿ではドイツ法との関係を問題とするという事情、第三に、既に述べた検討理由9から明らかなように、本指令の目的は「力の濫用からの保護」であることからして、その規制対象は、「濫用条項」と理解することができるという点から、本稿においては、同指令のタイトルに関する独語版及び仏語版に依って、「濫用条項」と訳することにする。
  ところで、EG理事会は一九九三年一一月八日以来名称を自ら変更して、EU理事会となっているのであるが、本指令が採択されたのは一九九三年四月五日であったのでEG理事会指令となっている次第である。
(5)  ABlEG 1975, C92 S. 1.
(6)  ABlEG 1990, C243 S. 2.
(7)  Brandner/Ulmer, EG-Richtlinie u¨ber miβbra¨uchliche Klauseln in Verbrauchervertra¨gen, BB 1991, S. 701;Hommelhoff, Zivilrecht unter dem Einfluβ europa¨ischer Rechtsangleichung, AcP 192 (1992), S. 71, 82ff.;Bunte, Gedanken zur Rechtsharmonisierung in EG auf dem Gebiet der miβbra¨uchlichen Klauseln in Verbrauchervertra¨gen, Festschrift fu¨r Locher (1990), S. 325.
(8)  ABlEG 1991, C159 S. 34.
(9)  ABlEG 1992, C283 S. 1(しかし、この中には共通見解の本文は掲載されていない。本文については、Vgl. ZIP 1992, S. 1591.).
(10)  このことは後にも述べるが、指令三条三項、及び検討理由17から明らかである。
(11)  指令の成立経緯については、Heinrichs, Die EG-Richtlinie u¨ber miβbra¨uchliche Klauseln in Verbrauchervertra¨gen, NJW 1993, S. 1817ff.;Hommelhoff/Wiedermann, Allgemeine Gescha¨ftsbedingungen gegenu¨ber Kaufleuten und unausgehandelte Klauseln in Verbrauchervertra¨gen, ZIP 1993, S. 562ff. を参照した。
(12)  Referentenentwurf eines Gesetzes zur A¨nderung des AGB-Gesetzes, BB 1995, S. 110ff.
(13)  Regierungsentwurf eines Gesetzes zur A¨nderung des AGB-Gesetzes, BR-Drucks. 528/95.
(14)  Begrundung des Entwurf eines Gesetzes zur A¨nderung des AGB-Gesetzes, BR-Drucks. 528/95, S. 10.
(15)  BB 1995, S. 110, 112.


第一章  EG指令・AGBGの総合比較


  本章においては、EG指令とAGBGの内容を概観した上で(I)、双方の規律を総合的に比較していきたい(II)。比較に際しては、基本的な用語に関してと、構造に関してと、二つの方向からアプローチすることになる。
I.内容概観
  1.EG指令(16)
  本EG指令は、その他のEG指令と同様にはじめに「EG理事会は『以下の理由を考慮して』本指令を採択する」として、前文で検討理由を計二三項目挙げ、次に条文を計一一条示し、最後に付表を付けている。
  まず、その検討理由においては、消費者契約における濫用条項に関する加盟国の法は著しく異なった内容となっているため、加盟国間で法律を調和させる必要があることや、本指令の中心的目的として「物またはサービスの購入者は、売主またはサービス提供者の力の濫用、特に売主により一方的に設定された標準契約及び契約における濫用的な権利排除から保護されねばならない」旨を述べている。
  次に、その条文の内容であるが、一条は指令の目的ひいては指令が目指す規制の適用領域を、二条は「濫用条項」、「消費者」、「事業者」の定義を示しており、三条及び四条は、契約条項が「濫用的」と見られるべき場合をあげている。その上で、六条一項は、濫用的な条項が消費者を拘束しないようにすることを、同条二項は国際的にも消費者が保護を失わないようにすることを、さらに七条は、濫用的な条項が今後は利用されないようにするための手段(特に団体訴訟)を講ずることを、加盟国に要求している。八条は、本指令の要求は最低限のものであり、国内法においてこれ以上に消費者保護に資する規定が存在する場合にはそれが存在し続けることを認めており、一〇条は、本指令の国内法化の期日を一九九四年一二月三一日に指定している。
  さらに、付表であるが、この付表は、三条三項において定義されている「濫用的と見なしうる条項」を具体的に、一七項目列挙している。
  本指令の核心部を要約すれば、「『事業者』と『消費者』との間で締結された契約において、一定要件を満たす契約条項すなわち『濫用条項』が含まれる場合には、その濫用条項は消費者を拘束しない」、ということを規定したものと言うことができよう。
  2.AGBG
  AGBGは、大きく分けて、第一章の実体法規定、第二章の抵触法、第三章の手続、第四章の適用範囲、第五章の最終規定及び経過規定の、計五章、計三〇条から成る。
  このうち第一章が本法の核心部分をなす。第一章は第一節「一般規定」と第二節「無効な条項」からなる。まず第一節では、一条において本法の適用対象である「普通取引約款(以下ではAGBと略する)」の概念定義がなされている。そして、二条では、AGBが契約の構成要素となるための要件が規定されており、三条では、不意打ち条項は契約の構成要素とならないことが規定されている。また、四条では、個別取り決めがAGBに優先することが、五条ではAGBの解釈において生じた疑義は利用者の負担となること、六条では、AGBが契約の構成要素とならなかったり、無効となった場合の法的処置が、七条では本法の潜脱禁止が規定されている。次に第二節では、まず八条が、九条ないし一一条の規定が適用される場面を限定している。そして、本法のもっとも重要な規定とも言える九条ないし一一条は、約款中の規定が一定要件を満たす場合には当該規定は無効であることを規定する。中でも、九条は「一般条項」として、普通取引約款が無効となる一般的な指針を示している。これに対して、一〇条及び一一条は、約款中の規定が無効となる具体的な場合を、一〇条は七項目、一一条は一六項目をあげている。
  第二章においては、一二条が国家間での適用範囲の問題を規定する。
  第三章においては、一三条が、消費者団体などに団体訴訟による差止め請求を認めており、一四条から二二条において手続上の問題を規定している。
  また、第四章においては、二三条が物的適用範囲を限定しており、二四条は人的適用範囲を限定している。
  本法の核心部を要約すれば、「『普通取引約款』が契約内容となるためには一定要件を満たす必要があり、契約内容となったとしても、その中の規定が一定要件を満たす場合には、その規定は無効である」、ということを規定したものと言うことができよう。
II.総合比較
  1.基本的用語
  まず、もっとも基礎的な問題として、指令とAGBGとでは用いられている基本的な語句に差があるという事実が問題とされるべきである。
  すなわち、規律の対象とされるものは、指令においては、「契約条項(Vertragsklauseln)(三条)」であり、AGBGにおいては、「契約条件(Vertragsbedingungen)(一条)」である。また、指令において契約条項が「濫用的」と評価されることによって導かれる効果は、「拘束しないこと(六条)」であり、AGBGにおいて契約条件が一定要件を満たすことによって導かれる効果は、「無効(九条ないし一一条)」である。そもそも、指令とAGBGは全く別の手続で成立したのだから、指令の内容・前提・用語とAGBGのそれとはほとんど異なっていて当然なのである。
  しかしながら、ドイツにおいてこれらの語句の違いは問題とされることはなく、同じ意味であるとの共通認識に立って、その上で議論がなされているようである。
  実質的内容としても、契約条項と契約条件を違う概念であるとする理由はないし、また、「拘束しない」という効果は、無効とすることにより実現される効果である。したがって、本稿においても、これらの用語の間に実質的な違いはないことを前提とする。
  さらに言えば、ドイツにおいて、指令に関しては「濫用性コントロール(Miβbrauchlichskontrolle)」という語句が用いられるし、AGBGにおいては「内容コントロール(Inhaltskontrolle)」という語句が用いられている。これらの語句は、そもそも「内容コントロール」という語句がAGBGに関して用い続けられており、これを指令に置き換えて「濫用性コントロール」と言われているだけのことである。この「内容コントロール」という言葉は、「当事者間で合意された内容が九条から一一条により無効であると規定されることによって結果的に契約内容が裁判所によってコントロールされている」という意味で用いられている。したがって、「契約内容が裁判所によりコントロールされる」という意味においては、「濫用性コントロール」も同じ意味を有していると言えよう。他方、双方の意味内容が同じであるかどうかは、指令において予定されている「濫用性コントロール」とAGBGにおいて現在なされている「内容コントロール」が同じものであるかどうかの判断にかかっているのである。この結論は、後の検討を待たねばならない(後述第二章III参照)。
  2.全体構造
  以上のような用語上の前提に立った上で、指令とAGBG両者の規律形式を全体として比較してみよう。このような比較をなすのは、指令と国内法、この両者の規律の間に構造上の共通点がないと、そもそも変更作業をなすことができないからである。今回の指令とAGBGとは類似していることが指摘されてきたが、具体的に、根本的な構造上、どの点で共通しているかを明らかにする必要があろう。
  既に述べたところからすると、様々な規律の差異は存在するが、「ある契約条件が一定要件を満たす場合、その契約条件は無効である」という部分が、核心部として共通している。したがって、両者を比較するに際しては、この共通部分を中心として両者の規律内容を考慮しながら、「いかなる人間間での」契約における「いかなる契約条件」を対象として、「どのような要件」の下、当該契約条件が無効となるか、を検討することになる。
  もっとも、本指令とAGBGの規律を比較した場合、根本的な差異も目に付く。すなわち、AGBGはまず契約条件が「契約の構成要素となるかどうか」を評価し、それが肯定されてはじめて無効性の判断に入るのであるが、本指令は、AGBGのように「契約の構成要素となるかどうか」という評価を必要と見ていないという点である。しかしながら、このような差異は、AGBGの方が指令よりも消費者保護に厚い結果をもたらすものであり、その限りで指令八条により、指令との関係では問題とならない相違点なのである(17)

(16)  本指令の内容及び指令全体の邦語訳については、注(4)であげた文献参照。
(17)  この点については、後述第二章Iにおける指令八条に関する言及参照。



第二章  変更を要するAGBGの規律


  本章では、前章の考察で明らかとなった指令とAGBG双方の規律の共通部分を中心に、具体的に双方の規律においてどの点に差異が生じたのか、及び、その結果AGBGのどの点において変更が必要となったのかを、学説の見解、参事官草案及び政府草案における言及を素材として、人的適用範囲(I)、物的適用範囲(II)、濫用性認定の基準(III)、抵触法(IV)、その他(V)、という四つの領域に分けて検討する。また、特に重要な箇所については、指令と現行AGBGの関連規定等につき、最初に仮訳をあげておく。
I.人的適用範囲
【指令】
一条
(1)  本指令の目的は、事業者と消費者との契約における濫用条項に関する加盟国の法規定及び行政規定を調整することにある。
(2)  拘束力ある法規定、または、加盟国もしくは共同体がー特に運送領域においてー当事者となっている国際協定の規定もしくは原則に基づく契約条項は、本指令の規定には服しない。
二条
  本指令の意味において、
(a)  濫用条項とは、三条の定義する契約条項をいう。
(b)  消費者とは、自然人であり、本指令が対象とする契約において、自己の営業活動または職業活動に帰せられない目的で行為する者をいう。
(c)  事業者とは、自然人または法人であり、本指令が対象とする契約において、自己の営業活動または職業活動の範囲において行為する者をいう。その活動が公法領域に入るときもまた同じ。
【AGBG】
二四条〔人的適用範囲〕
  二条、一〇条、一一条及び一二条の規定は、以下の普通取引約款には適用しない。
1.当該契約が商人の商業経営に属するとき、その商人に対して利用される約款、
2.公法上の法人または公法上の特別財産に対して用いられる約款。
  一文にあたるとき、九条は、それが一〇条及び一一条にあげる契約規定を無効とする限りでも適用する/商取引で妥当している慣習及び慣行には、適切な考慮を払うことを要する。
  EG指令一条一項によれば、その適用範囲は「事業者と消費者」の契約に限定されている。そして二条により「事業者」と「消費者」の定義がなされている。「事業者」とは「自己の営業活動または職業活動の範囲において行為する者」であり、「消費者」とは「自己の営業活動又は職業活動に帰せられない目的で行為する自然人」である。したがって、指令は、事業者同士の契約や、消費者同士の契約を念頭には置いていないのである。
  これに対してAGBGは、原則として人的適用範囲を限定せず、いかなる人物間での契約をも射程距離においている。ただ、二四条一文一号により、「契約相手が商人であり」、かつ、「当該契約がこの者の商業経営(Betriebe seines Handelsgewerbes)に属するとき」には、二条、一〇条、一一条、及び一二条が適用除外されている。
  指令とAGBGの違いとして、三点を上げることができる。
  第一に、指令における消費者の定義によれば、ある人が「自己の営業活動又は職業活動を目的として行為する」場合にはその定義に該当しないことになるのであるが、その意味と、AGBGにおける「契約がこの者の商業経営に属する」という要件と一致しているとしても、AGBGにおいてはさらに、契約相手が「商人」であることが要件となっているという点である。
  第二に、指令においては、もう一方の当事者(利用者)にも「事業者」として限定がつけられているが、AGBG二四条においては、なんら限定はなされていない。
  第三に、指令によれば一条一項に該当しない契約については、保護規定すべてが適用されないのに対して、AGBGにおいては、個別規定が適用を除外されるにすぎないのである。
  しかしながら、政府草案においては、以上のような指令とAGBGとの違いにより、AGBGの人的適用範囲を変更する必要はないとされる。その理由としては、指令が加盟国に要求しているのは、事業者と消費者間での契約について、特定の保護水準を設置し、その限りで指令と国内法の規定を一致させるということにすぎず、指令と国内法の規定を完全に一致させることではない(指令八条)ことがあげられる。したがって、指令が問題とする「事業者と消費者間での契約」についてはAGBGは既に適用範囲の中に取り込み、指令の要求を既に実現しているので、この点で変更の必要はないとされるのである(18)。つまり、先の三つの相違点は、指令よりもAGBGの方がより「消費者保護に厚い」という意味での相違点なので、AGBGの変更を要しないのである。
II.物的適用範囲
  ここでは、検討の整理上、まず、一般的に規律の対象となるべき契約条項の範囲について検討し、その上で、適用除外に関する規律について検討していく。
  1.物的適用範囲
【指令】
検討理由9
  「消費者の経済的利益の保護」という表題の下に明確化された原則により、これらのプログラムに準じて、商品やサービスの購入者は、売主やサービス提供者の力の濫用(Machtmiβbrauch)、特に、売主により一方的に定められた標準契約及び契約上の権利の濫用的な排除からの保護を要する。
三条
(1)  個別に交渉されなかった契約条項は、それが信義誠実に反して、契約当事者の契約上の権利義務に重大かつ不当な不均衡を消費者の不利に生じさせた場合、濫用的と見なす。
(2)  契約条項は、それが予め作成されており、かつ、そのために消費者が、特に事前形成された標準契約が用いられたという状況下で、その内容に影響を及ぼすことができなかった場合、常に個別に交渉されなかったものと見なす。
  全体的評価からすれば事前形成された標準契約が問題となっている限りでは、契約条項の一定の要素または個別条項の一つが個別に交渉されなかったという事実によって、契約の残部への本規定の適用が排除されることはない。
  事業者が、標準契約の一条項が個別に交渉されている旨主張する場合、この者が立証責任を負う。
(3)  付表は、濫用的であることを示す可能性のある条項を例示としてあげるが、網羅的にあげるものではない。
【AGBG】
一条〔概念規定〕
(1)  一般的取引約款とは、契約当事者の一方(約款利用者)が契約締結に際して相手方に設定する(stellen)、多数の契約のために事前形成されたあらゆる契約条件である。規定が、外形上契約とは切り離されているかそれとも契約書自体の中に取り入れられているかは問わないし、規定がいかなる範囲を有し、いかなる字体で作成されているか、及び、契約がいかなる形式を採っているかも問わない。
(2)  契約条件が契約当事者間で個別に交渉される限りで、一般的取引約款の存在は認められない。
  指令は三条一項において、規制の対象となる契約条項について規定している。すなわち、「個別に交渉されなかった契約条項(19)」が、濫用性判断の対象となることを規定している。そして同条二項において、「個別に交渉されなかった」場合とは、契約条項が「予め作成されており(im voraus abfassen)、かつ、そのために消費者が、特に事前に形成された(vorformulieren)標準契約が用いられたという状況下で、その内容に影響を及ぼすことができなかった」場合として規定されている。
  他方、AGBGは、一条一項において、「普通取引約款」とは、「契約当事者の一方(約款利用者)が契約締結に際して相手方に設定する、多数の契約のために事前形成されたあらゆる契約条件」であると規定し、そのような普通取引約款中の規定を規制の対象とするのである。さらに、一条二項によれば、当事者間での契約条件が「個別に交渉されていた」限りでは適用を除外される。また、AGBG一条一項一文によれば、契約条項が「事前に形成されている(vorformulierten)」ことが、AGBの定義の中に組み込まれている。
  では、これら双方の規律を比較してみる。
  (1)  まず、指令三条一項によってもAGBG一条二項によっても、規制対象となるのは、契約条項が「個別に交渉されなかった」場合に限られるという点で共通している。また、指令三条二項とAGBG一条一項一文との異同について、政府草案理由は、双方の規律の意図は共に、「消費者が条項内容に影響を及ぼすことができなかったこと」を問題とする点にあり、したがって、その限りでも、双方の規律は一致しているとする(20)
  (2)  ところで問題となるのは、まず、AGBG一条一項においてAGBの定義の中で取り入れられている要件、すなわち、「利用者が」事前に形成された契約条件を契約相手に「設定する(stellen)」という要件に関してである(21)
  指令はこのような「利用者による設定」という要件を、規律対象の定義の中でも、濫用性判断の基準としても含んでいない。
  そこで、この点をドイツ法への国内法化に際してはどのように考慮するかについて問題とされてきたのである。
  学説においては、様々な意見が主張されてきた。一つは、指令が「設定」を要件として予定していないのかどうかは不明であるという見解であり(22)、一つは、指令の目的からしてやはり事業者による「設定」は要件となっており、したがってこの点でドイツ法の変更は不要であるとする見解であり(23)、また一つは、指令は「設定」を要件として予定していないのだから、ドイツ法においてもAGBGの中で規制対象となるAGBを「中立的な人物によって事前に形成された契約条件」にまで拡張する必要があるとする見解である(24)
  このような議論の中、参事官草案はAGB概念の拡張を不要とし、AGBG一条一項をそのまま変更せずにおいていたのである。その理由としては、「指令の保護目的からは、中立的な人物により−特に公証人により−事前に形成された条項は濫用性コントロールに服さないことが認められる。検討理由9によれば、契約条項が相手方によって消費者に設定される場合にのみ考慮される力の濫用から、消費者を保護することが指令の目的である」ことがあげられていた(25)。第二の学説の見解と同旨である。
  しかしながら、このような参事官草案における見解は、政府草案において完全に覆されている。その理由書においては、「消費者を力の濫用から保護するという指令の目的は、たしかに、自然人により−特に公証人により−事前形成された条項は濫用コントロールに服さないことを示唆している。しかし、指令本文は設定というメルクマールを含んでいないのである」、したがって、「その文言によれば自然人により事前形成された契約条件も濫用コントロールに服する」とし、「EG指令の要求を確実に満たすために」、AGBGにおいて「設定」要件に関して修正をなすべきである、と言われているのであ(26)(27)る。
  (3)  さらに、問題となるのは、AGBG一条一項の定義の中で取り入られているもう一つの要件、すなわち、契約条件が「多数の契約のために」事前に形成されているという要件に関してである。
  指令はそのような要件を含んでおらず、したがって、事前に形成された契約条項であれば、「一回きりの利用のためだけに」事前に形成された条項も、濫用コントロールに服することになる。
  そこで、このような差異をどのように考慮すべきかであるが、政府草案においては、AGBGの物的適用範囲は指令のそれには達していないことが認められ、EG指令の保護範囲を満たすためにはドイツ法の変更が必要であると言われている(28)
  2.適用除外
  (1)  物的適用範囲の例外については、まずEG指令一条二項をあげることができる。すなわち、「拘束力ある法規定、または、加盟国もしくは共同体が−特に運送領域において−締約当事者となっている国際協定の規定もしくは原則に基づく契約条項」は、指令の規定に服しない旨を規定するのである。さらに、四条二項は、「契約の主たる目的や給付と対価との適切性」には濫用性の評価は関係しない旨を規定する。
  これに対応する規定として、AGBG八条をあげることができよう。八条は、「法規定と異なっているかまたはこれを補充する規律を合意するAGB中の規定」に九条から一一条の規定の適用を限定するものである。
  政府草案は、指令の規律はAGBG八条により実現されているとする(29)。すなわち、AGBG八条により規定される限定された適用領域によれば、指令一条二項と同様に単に法的規律を繰り返すにすぎない「宣言的条項(deklaratorische Klauseln)」は適用除外されるし、また、指令四条二項と同様に、「主たる給付」や「対価と給付の関係」も、その性質上法的規律に服さず、市場システムに服するものであるという理由から、適用除外されるのである(30)
  (2)  また、指令は、本文中には明言していないが検討理由10において、「特に労働契約並びに相続法、家族法、及び団体法の領域における契約」を適用から除外している。
  他方、AGBGにおいても、二三条一項が同じことを規定しており、この点で双方の規律に差異はない。
III.濫用性認定の基準
【指令】
検討理由19
  本指令の目的にとって、契約の主たる目的又は物品供与又はサービス提供の価格/給付関係を述べる条項は、濫用的とは評価されない。しかし、契約の主たる目的及び価格/給付関係が、他の条項の濫用性の評価に際して考慮される可能性はある。したがって、とりわけ、保険契約において保証される危険及び保険業者の義務を明白に確定していたり限定している条項は、消費者により支払われる掛け金の算定にあたりこの制限が考慮されている限りで、濫用的とは評価されないことになる。
三条
(1)  前述
(2)  前述
(3)  前述
四条
(1)  契約条項の濫用性は、七条は別として、契約目的である物またはサービスの性質を考慮して、契約締結に伴うすべての事情並びに同じ契約または当該条項が関係する別の契約のその他の条項すべてを考慮して、契約締結の時点で、評価する。
(2)  条項の濫用性の評価は、当該条項が明白かつ理解可能に作成されている限りは、契約の主たる目的にも、価格・対価とその反対給付であるサービス・物品との間の妥当性にも、関係しない。
【AGBG】
九条〔一般条項〕
(1)  AGB中の規定は、それが信義誠実に反して約款利用者の相手方を不当に不利にする場合、無効である。
(2)  不当な不利化は、疑わしいとき、以下の場合に認められる。
1.ある規定が、そこから乖離しているところの法律上の規律の本質的な基本思想と一致していない場合、または、
2.ある規定が、契約の性質から生ずる本質的権利義務を、契約目的の達成を危殆化するほどに制限する場合。
  指令によれば、契約条項が「一定要件の下濫用的」な場合に、「消費者を拘束しない」という効果が導かれるのであるが、これと比較対照されるべきAGBGの規定は、九条の規定である。すなわち、AGBG九条によれば、一条で定義されたAGBが「一定要件」を満たす場合に、「無効」という効果を導くのである。
  そこで、ここでの指令とAGBGの比較としては、まず、指令により濫用的と評価するにあたって基準として提示されている「一定要件」と、AGBGにより無効という効果を導く為の「一定要件」とが比較されることになる。さらに、それに関連する相違点二点についても、検討していくことになる。
  (1)  まず、EG指令三条一項は、個別に交渉されなかった契約条項が、「濫用的」と評価される基準を規定している。すなわち、それによれば、それが「信義誠実に反して、契約当事者の契約上の権利義務の重大かつ正当化されない不均衡を消費者の不利に生じさせた」場合に、濫用的とみなされる。
  他方、AGBG九条一項は、約款中の規定が、「信義誠実の命令に反して、約款利用者の契約相手を不当に不利にするとき」を問題とする。
  学説は、双方の規律を比べた上で、ドイツ法の変更は必要ではないとする(31)
  政府草案理由も、指令三条一項における内容は、AGBG九条一項により満たされているとする。ただ、AGBG九条に基づく不利益は「不当」であることを要件としているが、これに対して指令は「契約上の権利義務の重大かつ正当化されない不均衡」を要求しているという差異が存在することは認める。しかし、これによりドイツ法の変更が必要にはならないとするのである(32)
  (2)  また、EG指令四条一項は、濫用性の判断に際して考慮されるべき事情を挙げている。それによれば、契約条項の濫用性は、1.契約目的である物又はサービスの性質を考慮して、2.契約締結に伴うすべての事情、並びに3.同じ契約または当該条項が関係する別の契約のその他の条項すべてを考慮して、4.契約締結の時点で評価する、と規定されている。
  これに対して、AGBG九条一項における「不当な不利益」の判断にあたって、どのような事情が考慮されるべきかについては同法においては規定されていない。
  しかし、九条一項に関する判例が手がかりとなる。判例によれば、指令が規定する四つの事項のうち、4は問題なく、1及び3も九条一項による不当な不利益の評価にあたって考慮されてきた事情である。不当性の評価にあたっては、一つの条項だけに注目して評価することはできず、契約内容全体を見なければならないのは当然と言えば当然である。
  問題なのは、3の事情である。
  まず、この「契約締結に伴うすべての事情」の意味は、何を表すのであろうか。政府草案においては、「具体的・個別的な事情」をも考慮するという意味であると理解されている。そこで従来の判例を見れば、九条による評価に際しては、「類型的な考慮方法をもって一般化された検討基準が基礎とされねばならない」と言われてきたのであり、「具体的・個別的な事情」は考慮されてこなかった。つまり、九条の判断においては、契約当事者の利益が考慮されるのであるが、「個々の当事者の具体的利益」ではなく、その契約に入る顧客層の典型的利益が問題とされていたのである(33)
  そこで、このような差異をどのようにドイツ法の中で考慮すべきかが、従来から論議されてきた。
  学説においては、AGBG九条を根本的に改定する必要があるとする見解(34)や、AGBG九条の改正は必要であるが、「契約締結に伴う事情」を評価基準に付加して補充するだけでよいとする見解(35)、「契約締結に伴う事情」を考慮するのは九条の「指令に一致した解釈(richtlinienkonforme Auslegung)」により裁判所の手に委ねるだけで十分であって、九条の改正までは必要ではないとする見解(36)が主張されてきた。
  参事官草案は、前述のような現行のAGBG九条の運用状況は存在するが、九条の文言自体は、「具体的な契約締結における特別な事情」をも考慮することを許しているので、指令に一致した解釈がなされされば十分であるとし、今後裁判所は内容コントロールに際しては個別事例の事情も考慮しなければならないが、AGBGの変更は要しないとしていた(37)
  これに対して政府草案においては、指令の要求を満たすために、ドイツ法において消費者契約に関して「契約締結に伴うすべての事情」を考慮しなければならないということが補充される必要がある、と言われたのである(38)
  (3)  さらに、指令の付表は、濫用的と見なされる条項を列挙している。
  他方、AGBGは一〇条及び一一条において、無効とされるべき約款中の規定を列挙している。
  そこでこの双方に列挙されている条項又は規定の内容の異同を見ると、一致している部分もあるが、完全には一致していない。
  政府草案は、このような不一致により現行法の変更が必要となるとは見ていない。その理由として、指令三条三項によれば、指令の付表に列挙されている条項カタログの性格は単なる指示(Hinweis)にすぎず、加盟諸国はいかなる条項禁止を国内法に転換するかを自由に決定することができることをあげる。つまり、加盟諸国は三条三項が列挙する条項すべてに規制を加えることについて義務づけられていないとするのである。このことはたしかに、指令の成立経緯及び検討理由17から明らかである。その上で、実質的に判断しても、条項の相手方の妥当な保護を達成するためには、現行一〇条及び一一条の条項禁止で十分とするのである(39)
IV.抵触法
【指令】
六条
(1)  加盟国は、事業者が消費者と締結した契約中の濫用条項が消費者を拘束しないように規定し、かつ、これに関する国内法規を整備する。さらに、加盟国は、当該契約が濫用条項がなくとも存続可能であるときには、当該契約を基礎として契約が当事者双方を拘束し続けることを規定する。
(2)  加盟国は、第三国の法が契約に適用される法として選択された場合に当該契約が加盟国の領土と密接な関連を示すとき、消費者が本指令によって保証された保護を失わないように、必要な処置をとる。
【AGBG】
一二条〔国際的適用範囲〕
  契約が外国法に服すときとドイツ民主共和国の法に服すときとにかかわらず、以下の場合には本法の規定を考慮する。すなわち、
1.契約が公然の申し出、公然の宣伝、または利用者の本法の適用範囲において展開した類似の活動に基づいて成立しており、かつ、
2.契約相手が契約締結に向けた自己の意思表示を発したときに自己の住所または常居所を本法の適用範囲に有しており、かつその意思表示を本法の適用範囲において発した場合。
【民法施行法(以下ではEGBGBと略する(40))】
二九条〔消費者契約〕
(1)  権利者(消費者)の職業活動または営業活動には帰せられない目的での動産提供またはサービス提供に関する契約、並びにそのような取引の融資に関する契約においては、以下の場合、当事者の法選択により、消費者が常居所を有する国の法の強行規定によってこの者に与えられている保護が、奪われてはならない。すなわち、
1.この国において明示の申込または宣伝がなされた後に契約締結があり、かつ、この国において消費者が契約締結のために必要な法的行為をなした場合、
2.この国において消費者の契約相手またはその代理人が消費者の注文を受けた場合、もしくは、
3.契約が物の売買に関するものであり、かつ、この国から消費者が他国へ旅行しその国で注文をする場合には、この旅行が、消費者に契約締結をうながすのを目的として売主によって引き起こされたとき。
(2)  法選択がないとき、一項にあげる事情の下成立した消費者契約は、消費者が常居所を有する国の法による。
(3)  一項にあげる事情の下締結された消費者契約には、一一条一項ないし三項の規定は適用がない。この契約の方式は、消費者が常居所を有する国の法律による。
(4)  前項は以下の契約には適用しない。すなわち、
1.運送契約、
2.サービス提供に関する契約であって、かつ、消費者に対して負担されるサービスが、消費者が常居所を有する国とは別の国でもっぱら提供されなければならない契約。
  しかし、代金総額に組み込まれる運送給付及び宿泊提供を予定する旅行契約には、前項の適用がある。
  指令六条二項は、「加盟国は、第三国の法が契約に適用される法として選択された場合に当該契約が加盟国の領土と密接な関連を示すときに、消費者が本指令によって保証された保護を失わないように、必要な処置をとる」ことを要求している。
  他方、抵触法について規定するAGBG一二条は、「契約が外国法に服すときとドイツ民主共和国の法に服すとき」であっても、一定の場合には、本法の規定が考慮されるべきことを規定している。
  ところで、本条は今はなき「ドイツ民主共和国」の名を規定中に留めているが、ドイツ再統一の後にあっても、本条が「ドイツ民主共和国の法に服すとき」まで本法の規定に服する旨を規定している点は、意味を失ってはいないのである。なぜなら、EGBGB二三〇条二項によれば、一九九〇年一〇月三日以前に成立した債務関係については、まだドイツ民主共和国の法律が適用力を有しているからである(41)
  政府草案理由においては、指令六条二項の要求を満たすために、AGBGの規定のみでなく、EGBGB二九条四項の規定が問題となってくることが言われている。すなわち、EGBGB二九条も一項においては原則として、「・・・(消費者契約)においては、当事者の法選択により、消費者が常居所を有する国の法律の強行規定によってこの者に与えられる保護が、奪われてはならない」と規定しており、これによりAGBG一二条の規定は実質的にほとんど意味を失っているのであるが、他方においてEGBGB二九条四項は、「運送契約」や「サービスが、消費者が常居所を有する国以外の国でもっぱら提供されるべき、サービス提供契約」については一項の規定の適用を排除しており、契約類型によって例外を設けているのである。つまり、EGBGB二九条四項に該当する契約については、AGBGが適用されないことになり、そうすると指令六条二項が憂慮する事態、つまり、消費者が保護を失うという事態が生じてしまうのである。
  このような問題をも考慮して、政府草案は、指令六条二項の規律により、ドイツ法の変更がわずかに必要となるとする(42)
V.その他
  (1)  指令は、四条二項において「条項の濫用性の評価は、当該条項が明白かつ理解可能に作成されている限り、契約の主たる目的にも、価格・対価とその反対給付であるサービス・物品との間の妥当性にも関係しない」と規定し、さらに五条一文において、「条項は常に平易かつ明瞭な言葉で起草されなければならない」と規定しており、条項の明瞭性を問題としている。
  政府草案は、たしかにAGBGは指令のように明白には条項の明瞭性を要求していないが、九条の解釈においても、二条一項及び三条においても実質的にはこれは要求されており、したがって、その限りで現行AGBGの変更は必要ではないとする(43)
  (2)  指令は、六条一項において、契約条項が濫用的であった場合の法律効果に関して「当刻契約が濫用条項がなくとも存続可能であるときは、当刻契約を基礎に契約が当事者双方を拘束し続ける」旨を規定している。
  他方、AGBG六条一項は、「AGBの全部もしくは一部が契約の要素とならなかったときまたは無効のときは、契約は残部につき有効である」と規定する。そして二項において、「約款中の規定が契約の要素とならなかったときまたは無効のときは、契約の内容は法律規定に従う」とする。また、三項は、「二項による契約内容の変更を考慮しても、契約への拘束が契約当事者の一方に期待不可能なほど過酷となるときには、契約は無効である」と規定する。
  学説においては、個々の条項が無効でも契約は残部において有効なまま残るという原則からの例外について、指令とAGBGの規律内容が異なっていることが指摘されている。すなわち、指令は、濫用条項がなくとも契約が「存続可能かどうか」という客観的基準を問題とするのに対して、AGBG六条三項は、契約への拘束が「契約当事者の一方に期待不可能なほど過酷となる場合」に、全体的無効を許しており、ここで考慮されるのは約款利用者の利益である。したがって、両者の規律の間には、消費者に不利な方向での相違が存在することになる。そのため、六条三項の変更が学説において主張されていたのである(44)
  これに対して政府草案理由は、指令は現行ドイツ法に一致しているとする(45)
  (3)  指令七条は、個別事例のコントロール以上の手続、すなわち、濫用的な条項が継続して使用されることを阻止するための手段が保証されるべきことを規定する。その方法として、消費者保護について正当な利益を有する人又は機関が、裁判所又は行政庁に対して契約条項が濫用的であるかどうかの判定を求めることができるようにすることが要求されている。
  現行ドイツ法においては、AGBG一三条により、九条から一一条により無効である規定を利用している者に対して、消費者団体などには、使用の差止めを要求することができるという、団体訴訟が認められている。
  理由書は、これにより指令の要求は満たされているとする(46)

(18)  BR-Drucks. 528/95, S. 5.
(19)  もちろん、この「個別に交渉されなかった」という事実を、濫用性認定のための要件として位置づけることもできるが、ここでは、AGB
Gの規定との対比のために、物的適用範囲の問題として論じることにする。
(20)  BR-Drucks. 528/95, S. 6.
(21)  「Stellen」の意味自体、従来から問題とされてきた。すなわち、一方では、単に具体的契約の中に契約条件を入れる提案をなしたことと解され(Ulmer/Brandner/Hensen (Ulmer), AGB-Gesetz, 7. Aufl. (1993), § 1 Rdnr. 26ff.)、他方では、利用者が力関係により一方的に契約条件を押しつけることと解されている(Wolf/Horn/Lindacher (Wolf), AGB-Gesetz, 3. Aufl. (1994), § 1 Rdnr. 27.)。AGBG立法当初の政府草案理由書(BT-Drucks, 7/3919, S. 15)によれば、実質的には後者の理解が基礎となっていたと思われる。
(22)  Hommelhoff/Wiedermann, ZIP 1993, S. 562, 568 (Fn. 50).
(23)  Ulmer, Zur Anpassung des AGB-Gesetzes an die EG-Richtlinie u¨ber miβbra¨uchliche Klauseln in Verbrauchervertra¨gen, EuZW 1993, S. 337, 342;Frey, Wie a¨ndert sich das AGB-Gesetz?, ZIP 1993, S. 572.
(24)  Heinrichs, NJW 1993, S. 1817, 1818f.;Damm, Europa¨isches Verbrauchervertragsrecht und AGB-Recht, JZ 1994, S. 161, 166.
(25)  BB 1995, S. 110, 112.  この理由付けに補足する形で、Eckert, Der Referentenentwurf zur Umsetzung der EG-Richtlinie u¨ber miβbra¨uchliche Klauseln in Verbrauchervertra¨gen, ZIP 1994, S. 1986, 1987. は、指令による力の濫用からの消費者保護という目的は、「事業者による濫用条項の利用に・・・終止符を打つ」(指令七条一項)ことによって実現されるべきであり、「誰が」事前に形成された契約条件を「設定」したかが重要なのであり、公証人等が契約本文を事前に形成している場合には力の濫用は問題とならない旨を述べている。
(26)  BR-Drucks. 528/95, S. 6.
(27)  この点に関して、参事官草案、政府草案が述べていることに対しては、若干の疑問がある。それは、両草案ともに「誰が契約条件を設定したか」と共に、「誰が契約条件を事前形成したか」をも問題としている点に関してである。というのは、AGBGの立法当初の政府草案理由書(BT-Drucks. 7/3919, S. 16)によれば、「誰が契約条件を事前形成したかは重要ではない」と言われていたのである。このようなAGBG立法理由書から、並びに、根本的に考えてみても、事業者が事前形成したから問題なのではなく、事業者が自ら設定したから問題なのである。
(28)  BR-Drucks. 528/95, S. 7.
(29)  BR-Drucks. 528/95, S. 5.
(30)  Wolf/Horn/Lindacher (Wolf), AGB-Gesetz, 3. Aufl. (1994), § 8 Rdnr. 8ff.;Ulmer/Brandner/Hensen (Brandner), AGB-Gesetz, 7. Aufl. (1993), § 8 Rdnr. 8ff.
(31)  その理由としては、指令の言う「重大かつ不当な不均衡」よりもAGBGの「不当な不利益」の方が認定されやすい点(Ulmer, EuZW 1993, S. 337, 345)、また、AGBG九条の適用にあたっても「不当な不利益」は「重大であること」が司法の場において問題とされてきたこと、「契約上の権利義務の不均衡」は、九条二項二文にあげられている場合と一致する点(Eckert, WM 1993, S. 1070, 1074f.)、があげられる。
(32)  BR-Drucks. 528/95, S. 7.
(33)  代表的判例として、BGHZ 98, 303, 308=ZIP 1987, 85;BGHZ 105, 24, 31=NJW 1988, 2536.
(34)  Hommelhoff/Wiedermann, ZIP 1993, S. 562, 568f, 571.
(35)  Heinrichs, NJW 1993, S. 1817, 1820f.;Eckert, WM 1993, S. 1070, 1075;Damm, JZ 1994, S. 161, 172f.
(36)  Ulmer, EuZW 1993, S. 337, 346.
(37)  BB 1995, S. 110, 112.
(38)  BR-Drucks. 528/95, S. 8.
(39)  BR-Drucks. 528/95, S. 9.
(40)  Einfu¨hrungsgesetz zum Bu¨rgerlichen Gesetzbuche, (BGB1, I S. 2494).
(41)  Vgl. Ulmer/Brandner/Hensen (H. Schmidt), AGB-Gesetz, 7. Aufl. (1993), § 12 Rdnr. 5.
(42)  BR-Drucks. 528/95, S. 9.
(43)  BR-Drucks. 528/95, S. 8.
(44)  Frey, ZIP 1993, S. 572, 579;Eckert, WM 1993, S. 1070, 1077;Heinrichs Umsetzung der EG-Richtlinie u¨ber miβbra¨uchliche Klauseln in Verbrauchervertra¨gen durch Auslegung, NJW 1995, S. 153, 154 und 159.
(45)  BR-Drucks. 528/95, S. 9.
(46)  BR-Drucks. 528/95, S. 9.


第三章  改  正  内  容

  今回の改正においては、AGBGが二カ所変更されている。一つは、一二条の内容変更であり、もう一つは、二四条の後への新たな規定二四条aの導入である。
  本章においては、改正法の内容を見ていく。これにより、第二章で見てきた、変更が必要となった箇所について、改正法においてはどのような変更方法が採られることになったかを見ていくことになる。検討に際しては、参事官草案の内容とも比較していく。検討の順序としては、最初に新二四条aを見た後に、新一二条を見ていくことにする。というのも、新二四条aの導入が今回の改正の核心部と言えるからである。
I.新二四条a
【改正法】
新二四条a〔消費者契約〕
  自己の営業活動または職業活動の実施において行為する人(事業者)と、営業活動または独立の職業活動には帰せられない目的で契約を締結する自然人(消費者)との間の契約については、本法の規定は以下の条件で適用する。
1.AGBは、事業者により設定されたものと見なす。ただし、それが消費者により契約の中に挿入された場合にはこの限りではない。
2.五条、六条及び八条ないし一二条は、事前形成された契約条件に、それが一度だけの利用を目的とする場合であっても、消費者が事前形成のためにその内容に影響を及ぼすことができなかった限りで適用する。
3.九条により不当な不利益を判断するに際しては、契約締結に伴う事情も考慮しなければならない。
【参考ー参事官草案】
新二三条〔物的適用範囲の拡張〕
  五条、六条および八条ないし一二条は、事前形成された契約条件に、それが一度だけの利用を目的とする場合であっても、契約条件を設定される契約相手が事前形成のためにその内容に影響を及ぼすことができなかった限りで適用する。
  新二四条aの創設により、EG指令によって要求される事項を、EG指令が画する人的適用範囲すなわち「消費者契約」に限定して規律するという方法が採られることとなった。指令の要求は「消費者契約」に対象を限定した上でのことにすぎないという理由から、「EG指令により必要とされる限りでのみ変更する」という目的の下、新二四条aは消費者契約に関してのみ特別な規律を挿入したのである。
  このような方法を採ることによって、指令とドイツ法との乖離を意識しながらもAGBGの物的適用範囲という重要項目に手を加えることに躊躇していた参事官草案とは異なり、改正法においては真っ正面から指令の要求に応えることが可能となった。
  1.消費者契約
  新二四条aにおける特別な規律は、既に述べたとおり、「消費者契約」に限定される。すなわち、同条により「自己の営業活動または職業活動の実施において行為する人(事業者)と、営業活動または独立の職業活動には帰せられない目的で契約を締結する自然人(消費者)との間の契約」について、適用されるのである。
  新二四条aは、前述のような「消費者契約」においてはAGBGの規定が「一号から三号までに挙げられる一定の条件」下で適用される、という規律形式を採っている。すなわち、新二四条aにおいて、「消費者契約」に関しては、AGBGの規定内容が一号から三号により個別に修正されることによって、EG指令の要求がドイツ法において実現されているのである。
  2.一号ないし三号
  新二四条aにおいて、それが規定する「消費者契約」については、AGBGの規定がどのような条件で適用されるか、以下では、一号から三号の条件を見ていく。
    ((1))  一号---「設定(Stellen)」
  既に述べたように(第二章II1(2))、EG指令がAGBGとは異なり、事前に形成された契約条件を「利用者が設定した(stellen)こと」を要件とはしていない点を、ドイツ法においてどのように考慮すべきかについて、政府草案は参事官草案とは異なり、AGBGの変更を必要と見た。
  政府草案は、AGBG一条の中の「設定」要件を削除することは不可能であるとしている。この点では、参事官草案の見解と一致している。その理由として、このように「設定する」ということがすなわち「利用者」の定義の一部となっており、この「利用者」は数多くのAGBGの規定に関係してくることが挙げられる(47)。すなわち、「設定」という要件を削除すればAGBGの人的適用範囲までもが崩れてしまうことが危惧されているようである。
  そこで、政府草案、改正法は新二四条a一号において、「AGBは事業者により設定されたものと見なす。ただし、それが消費者により契約の中に挿入された場合はこの限りではない」と規定することによって指令の要求に応えたのである。参事官草案とは異なり、適用範囲を「消費者契約」に限定することにより、このような規定が可能となったと言えよう。
  「AGBは事業者により設定されたものと見なす」ことにより、消費者契約においては「中立的な人物により事前に形成された取引条件」に関しても「事業者により設定された」と「見なされ」、その結果、AGBG一条の要件が満たされることになり、最終的にAGBGの規律全体に服することになるのである。
  ただし、消費者自身が特定の条項が契約内容となるよう要求する場合のように、「消費者自身がAGBを契約の中に挿入する場合」には、但書により、一号本文の適用はなく、したがって、AGBG一条の要件は満たされないことになる(48)
    ((2))  二号---「一度だけの利用」
  規律対象を「多数の契約のために事前に形成された契約条項」に限定しない指令内容を国内法化する必要性については、立法者は当初から認識していた。
  参事官草案は、指令の国内法化のため、一条が規定する物的適用範囲を拡張するという方法を採らず(49)、新二三条を設け、「五条、六条、及び八条ないし一二条は事前形成された契約条件に、それが一度だけの利用を目的とする場合であっても、契約条件を設定される契約相手が事前形成のためにその内容に影響を及ぼすことができなかった限りで適用する」と規定し、一部の規定についてのみ適用範囲を拡張することを提案していた。その理由として、AGBG一三条以下による不作為請求権に関する規律及び二条による組込規定は「一度だけの利用」を目的とする条項にはふさわしくないこと、したがって、指令の要求を国内法に転換するに際しては、物的適用範囲の拡張を、一度だけの利用のために予め作成された契約条件についてもふさわしいようなAGBG規定に限定すべきであることをあげていた(50)
  以上のような参事官草案の考えは政府草案においても踏襲され(51)、新二四条a二号はそれとほぼ同内容の規定となっており、わずかな相違点が二点存在していたにすぎない。まず一点目は、参事官草案と異なり、「三条」の規定の分、適用条文が増えている点である。その理由としては、指令は四条二項及び五条一項において、事前に形成された契約条件すべては明白かつ理解可能に書かれていることを要求しているという事実が考慮されるべきことがあげられていた。すなわち、このような指令の要求する「契約条件の明白性・理解可能性」は、三条による不意打ち条項の禁止に関連し、したがって、一度きりの利用のためだけに作成された契約条件についても、三条の規定が適用されるべきとされたのである(52)。次に二点目は、参事官草案における「契約条件を設定される契約相手」が、政府草案においては「消費者」とされた点である。この変更は形式的なものであり、政府草案二四条a一号の規定に関係している。すなわち、政府草案の規定にあっては、「消費者」ということによって「契約条件を設定される契約相手」であることを言うことができるのである。
  しかしながら、改正法において新二四条a二号は政府草案を若干修正した内容となっている。すなわち、参事官草案と比べ付加された「三条」が再び削除されたのである。その理由として、三条はある条項が契約の構成要素となるかどうかという問題に関わるが、指令はこの問題を扱っていない(前述第一章II2参照)ことがあげられている(53)
  では、新二四条a二号の規定内容を詳しく見ていこう。
  まず、AGBG五条の不明確規律の適用範囲の拡張は、指令五条二文により必要となっているとされ、AGBG六条の適用範囲の拡張は、指令六条一項により必要となっているとされる。さらに、AGBG八条から一一条の適用範囲の拡張により、指令の要求に一致して、一度だけの利用のために作成された契約条項もAGBの内容コントロールと同じ基準に服することになるのである。
  また注目すべきなのは、契約条件が一度だけの利用のために事前形成されたという場合には、「消費者が事前形成のためにその内容に影響を及ぼすことができなかった限りで」しか、AGBGの規定の適用を認めていない、という点である。すなわち、AGBG一条一項が予定する本来の物的適用範囲である「AGB(多数の契約に利用するために事前形成された契約条件)」とは異なり、AGBGの適用要件が厳格化されているのである。このような要件の付加は、契約条項が濫用コントロールに服する前提要件を規定する指令三条二項(「契約条項は、それが予め作成されており、かつ、そのために消費者が、特に事前に形成された標準契約が用いられたという状況下で、その内容に影響を及ぼすことができなかった場合、常に個別に交渉されなかったものと見なす」)、及び、検討理由16(「信義誠実の判断に際しては、特に、当事者の交渉地位の間にいかなる力関係が存在しているか、消費者が当該条項に同意するにあたって何らかの方法で影響力を行使されたかどうかを考慮すべきである」)を根拠とするものであろう(54)
    ((3))  三号---九条において考慮すべき事情
  既に述べたように、EG指令が「濫用性」の判断にあたっては、「具体的な契約締結における特別な事情」をも考慮すべきことを要求している点に関して、政府草案は参事官草案とは異なり、AGBGの変更を必要と見ていた。
  そこで、改正法新二四条a三号は指令の要求を満たすために、「九条により不当な不利益を判断するに際しては、契約締結に伴う事情も考慮しなければならない」と規定する。この規定により、消費者契約においては、従来AGBG九条の判断において考慮されることのなかった事情が考慮されるべきこと、個別具体的な考慮が実現されるべきこととなる。
II.一二条
【改正法】
新一二条〔国際的適用範囲〕
  契約が外国法に服するときでも、当該契約がドイツ連邦共和国の領土と密接な関連を示す場合には、本法の規定を適用する。密接な関連は特に以下の場合に認められる。すなわち、
1.契約が公然の申し出、公然の宣伝、または利用者が本法の適用範囲において展開した類似の取引活動に基づいて成立しており、かつ、
2.契約相手が契約締結に向けた自己の意思表示を発したときに自己の住所または常居所を本法の適用範囲に有しており、かつその意思表示を本法の適用範囲において発した場合。
【参考---参事官草案】
新一二条〔国際的適用範囲〕
  契約が外国法に服するときでも、以下の場合には本法の規定を適用する。
1.契約が公然の申し出、公然の宣伝、または利用者がEU加盟国もしくはEWに関する協定のその他の条約国において展開した類似の取引活動に基づいて成立しており、かつ、
2.契約相手が契約締結に向けた自己の意思表示を発したときに自己の住所または常居所をEU加盟国もしくはEWに関する協定のその他の条約国に有している場合。
  指令六条二項の要求を満たすために、AGBG一二条の規定内容が変更された。
  しかし、新一二条は指令よりも消費者保護に厚い規定となっている。というのは、指令六条二項は「法選択がなされた場合」にのみ保護を予定するにすぎないのに対して、新一二条は外国法が適用される理由を限定していない。この点について、連邦議会において法務委員会から批判されたが(55)、変更は可決されなかった。結果的に、旧一二条の規定形式と類似したものとなっていること、また、区別が煩雑にならないという点で評価に値するであろう(56)
  新一二条の規定内容と旧一二条のそれとを比較すると、まず、改正法においては「当該契約がドイツ連邦共和国の領土と密接な関連を示す場合」という要件が加えられた点をあげることができる。これにより、旧法において一二条の規定目的は「国内の顧客を保護すること」にあるとされていたが(57)、改正法においては「ドイツ連邦共和国の領土と密接な関連を示す場合には」広く一二条の適用が認められるので、規定目的は旧法のような「国内の」顧客保護には限定されず、「EU加盟国の消費者保護」を目的とすることになる。
  また、旧一二条によれば「契約が外国法に服するときであってもAGBGが適用される場合」は、示されている一つの場合に限定されていたが、新規定によれば、EG指令の要求を受けて、それ以外の場合であっても「密接な関連」があればAGBGの適用を受けることになる。例えば、第三国において、ドイツ人提供者により宣伝がなされドイツ人消費者と契約が締結されたような場合であっても、密接な関連は認められるのである(58)
  さらに、旧一二条によれば、「・・・本法の規定を考慮する」という効果が予定されていたにとどまり、AGBGの直接適用は否定されていたのであるが、新規定においては、「・・・本法の規定を適用する」とされている。旧一二条が直接適用を否定した理由としては、AGBG成立時の政府草案の理由書によれば、「直接適用は、適用される外国法の基礎となっている体系のために、たいていは不可能であろう」とされていた(59)。今回の改正の理由書は、直接適用を規定した理由についてなんら言及していない。しかしながら推察するに、AGBG成立時の状況とは違い現在では少なくともEU圏では、「法の近似化」の目標の下、直接適用を可能とする状況が生まれていることを前提としていると思われる。
  このように直接適用を認めたことにより、AGBG一二条は特別規範としてEGBGBに優位することになる(60)。したがって、従来はAGBG一二条の要件を満たしているがEGBGB二九条四項の例外にあたるためにAGBGが適用されなかった契約についても、AGBGが適用されることになるのである。

(47)  BR-Drucks. 528/95, S. 12.
(48)  BR-Drucks. 528/95, S. 12.
(49)  学説においては、AGBG一条一項から「多数の契約のために」という要件を削除すること(Ulmer, EuZW 1993, S. 337, 342f.;Frey, ZIP 1993, S. 572, 579)や、一条に、消費者契約における条項は原則としてAGBに等置する、という規定を一つつけ加えること(Heinrichs, NJW 1993, S. 1817, 1819)などが提案されていた。
(50)  BB 1995, S. 110, 113.
(51)  BR-Drucks. 528/95, S. 12f.
(52)  BR-Drucks. 528/95, S. 13.
(53)  Bericht des Rechtsausschusses, BT-Drucks. 13/4699, S. 6.
(54)  理由書(BR-Drucks. 528/95, S. 14)は、このような新二四条a二号のために、事前に形成されていない契約条項や、事前に形成されているが事前形成以外の理由から影響を及ぼすことができないという契約条項は、AGBGの濫用コントロールに服さないが、BGB一三八条及び二四二条の規定により、その内容やその契約への組込の方法を理由として濫用的である可能性はある、としている。
(55)  BT-Drucks. 13/4699, S. 5.
(56)  Vgl. Eckert, Das neue Recht der Allgemeinen Gescha¨fsbedingungen, ZIP 1996, S. 1238, 1241.
(57)  このことは、旧一二条の適用要件、及びAGBG成立時の政府草案理由書(Begrundung des Entwurf eines AGB-Gesetzes, BT-Drucks. 7/3919, S. 40f.)から明らかである。
(58)  BR-Drucks. 528/95, S. 11.
(59)  BT-Drucks. 7/3919, S. 41.
(60)  BR-Drucks. 528/95, S. 11.


お  わ  り  に


  (1)  今回のAGBG改正の規定内容、とりわけ新たに創設された二四条aに関して、若干の検討を試みたいと思う。
  まず第一に、二四条aという新しい規定を設けて「消費者契約」という新たな項目を立てた点に関してである。指令の要求を実現するという目的でこのような規律になったのではあるが、結果として、従来AGBGにおいては「商人」概念を基礎とした適用範囲の画定がなされていたところ、それに修正が加えられ、「商人と営業活動または職業活動をなしている非商人とが、等しく取扱われる」という規律が出現したことになる。
  この点に関して、従来から「商人」を適用範囲画定のメルクマールとするという考えに対しては、批判されていたところである。さらに、ドイツにおける適用範囲を限定する立法も、商人概念を基礎とする方向から「消費者契約」を問題とする方向へと、もちろん指令の影響もあるが、動いている現状にある。今回の改正議論にあっても、これを機会に二四条自体の根本的な見直しも提案されていた(61)。また、そこまでいかずとも、「商人」要件から離れた規律が出現することには歓迎の意が表されているところである(62)
  今回の改正によりまた一般と適用範囲画定のメルクマールについての議論が深まることが期侍される。
  第二に、消費者契約においては利用者による契約条件の「設定」の要件を外している点である。
  この点については疑問がある。すなわち、そもそも規制の根本理由として、AGBGの本来の保護目的である「一方的な私的自治の利用」からの保護、あるいは、指令の保護目的である「力の格差による消費者の劣位」からの保護を持ち出す場合には、「利用者による設定」がない場合には、規制理由が見あたらないことになるであろう。したがって、参事官草案が指摘していたように、そもそも指令が「設定」を要件としない規制を問題としていたかという根本問題はやはり残るのである。もっとも、政府草案が真っ正面から「設定は要しない」と規定せず、「設定と見なす」という規律形式に留めた点は評価できると思われる。
  第三に、消費者契約においては「一度だけの利用のために」事前形成された契約条件も適用対象に入れている点である。この点に関しては、そもそもAGBG一条一項において「多数の契約のために」という要件を入れたことに対して、根本理由が問われることになろう。
  AGBG成立当時の立法理由を見ても、この要件が入れられた理由は、「個別交渉されていない」「利用者により一方的に設定された」契約条件の典型であるからにすぎないようである(63)。したがって、この要件は実質的な規制の根拠とはならないとも言える。しかし、それが典型を示す外部的な表象であるという点では、「多数の契約のために」という要件も意味があるとも言えるのである。結局は、指令のようにこの要件を外して実質的な内容を見るか、外部的表象を考慮するか、規制方法の違いに帰着すると思われる。
  第四に、九条の適用にあたって今後は「契約締結に伴う事情」も考慮されるという点に関してである。
  この規律が実現されることにより、消費者にとっては一概に有利に働くとは限らない。すなわち、一方では、契約締結の事情からは今までは生じなかったような不当性についての理由、すなわち、無効についての理由が生ずる可能性があり、消費者保護が拡大するのであるが、他方では、例えば消費者が銀行員である場合、この者に設定された与信条件を専門知識があるために適切に判断することができるときには、消費者の不利に機能する場合も生ずるのである。とすると、消費者を「より保護する限りでの」指令の要求実現にはならず、消費者を「より不利にする形での」指令の国内法化が生じてしまうことになる。
  この点に関して学説においては、AGBG九条の規律を、それが指令よりも厳格な限りでは変更する必要はない、すなわち、従来の考慮によっても無効な条項については、個別事例の事情を考慮する必要はない、反対に、従来の考慮によれば不当ではなく無効とならない条項については、個別事例の事情を考慮して無効となる幅を広げるべきだ、と主張されていたところである(64)
  立法においても、このような学説の見解を考慮すべきであったと思われる。
  (2)  ところで、今回の改正過程にあっては、指令とAGBGとの内容上の差異は意識しながらも、一方では、成立してから約二〇年にわたって積み重ねられてきたAGBGの実務に影響を及ぼすことによる不利益が懸念され、他方では、かといって別の新たな立法をなすにはAGBGとの一致部分が多く問題であることが憂慮されていた、という状況があった。そのような状況下で、AGBGの中で範囲を区切り箱庭的に指令の要求をうまく実現する方法を考え出したものだとつくづく感心する。
  今回の指令の転換を目的とした立法作業は、これにより、AGBGの規定内容の意味・妥当性を検討する機会が得られたという点で、ドイツ法にとって有意義であったと思う。ドイツにおいては従来から次々と新たな立法が実現されていたが、近年それに加えてEUからも指令などにより国内法が影響を受ける機会があり、このことは法律が時代の要請に合わせてどんどん変化を遂げるのを可能にしている。この点、我が国の状況とは全く異なり非常に恵まれた環境にあると言えよう。
  今回の立法により、ドイツ法全体の構造から見れば、また一つ、EG指令を国内法化した立法が実現し、加えて、従来から進んできたドイツにおける「消費者保護立法」ひいては「人的適用範囲を画定した立法」に新たな一ページが付け加えられることとなった。
  他方、我が国における状況と言えば、様々な問題点が指摘される中にあっても、「不当約款」に関する規制は、立法はおろか司法における取扱いにおいても、惨憺たるものであることは周知の通りである。EG指令の採択により、ますます「不当約款」に関する議論が世界で深まる中、我が国も不当約款に対して一定の法的措置を講ずべき時期が、そろそろ来ているのではなかろうか。

(61)  Habersack/Kleindiek/Wiedermann, Die EG-Richtlinie u¨ber miβbra¨uchliche Klauseln in Verbrauchervertra¨gen und das ku¨nftige AGB-Gesetz, ZIP 1993, S. 1670 は、営業活動又は職業活動をなす商人でない者も商人に加えてABGB二四条の範囲に入れるべきことを主張する。このような見解に対して、Eckert, Regierungsentwurf zur A¨nderung des AGB-Gesetzes, ZIP 1995, S. 1460f. は、問題の中心はそもそもHGB一条以下の商人概念にあるので、この問題解決はHGBの修正から始めるべきであり、AGBG改正の中でなされるべきものではないとする。
(62)  Eckert, ZIP 1995, S. 1460.
(63)  BT-Drucks. 7/3919, S. 16.
(64)  Heinrichs, NJW 1993, S. 1817, 1821.

追記  本稿は、京都学園大学ビジネスサイエンス研究所の共同研究「約款規制の比較法的研究」の成果の一部である。
  なお、今回の改正法成立の情報・資料の入手については、右共同研究のメンバーである龍谷大学の中田邦博助教授(ドイツ在外研究中)より御協力頂いた。