立命館法学  一九九六年五号(二四九号)




イギリス保険者免責条項の制限的解釈
−合理的注意条項について−


竹濱 修






目    次




は  じ  め  に

  保険約款には、保険者が保険契約者側に提供する保障の範囲を個別的に限定ないし制限する条項がある。とくに保険契約者側の一定の行為が保険者に悪い影響を及ぼすおそれがあると考えられる場合、その条項により、保険事故が発生しても保険金の支払を拒絶できる法的地位が保険者に与えられることが多い。たとえば、保険契約者側が約款に定める義務を履行していなかったとき、あるいは保険契約者などにより故意に保険事故が招致されたときなどには、保険者が保険金を支払わない旨を定める条項がある。これらを総称して保険者免責条項と呼ぶことができよう。
  保険者免責条項には、((1))危険の引受対価としての保険料あるいは危険の大きさに関係し、保険者の引受危険の範囲を限定するものや、((2))保険契約が不法な行為を助長することがないように配慮するもの、((3))保険者が保険契約の締結・維持・管理や保険事故の処理、保険金の支払事務にあたって、保険契約者側の協力を必要とするために、それらを義務という形で保険契約者側に負担させ、その不履行に対し保険者免責の効果を定めるものがある。これらは一般に合理性を有すると考えられるものが多いが、保険者免責条項が約款に多数組み込まれたり、保険者が広範囲にわたって免責される条項が入ると、保険により保障される危険の範囲が実は見かけ以上に小さくなり、保険契約者側には意外な結果になることが予想される。
  また、すでに我が国の判例上問題となった、保険契約者側が他社との同種の保険契約の存在を告知・通知しなかった場合や保険事故の発生後に一定の事実の通知・説明を懈怠した場合の保険者の全額免責は、必ずしもつねに合理性をもつわけでもないことが明らかになってきた。このような場合、日本では、ドイツのように約款規制に関する法律がなく、裁判所の判決が約款規制に対して最後の重要な拠り所となる。実際、判例によりそれらの約款文言とは相当に異なる「解釈」、つまり保険者免責を文言通りには認めない制限的解釈−保険契約者側の重過失あるいは不正な保険金取得目的などの存在が要件とされた−がなされており(1)、それは、いわゆる約款の司法的修正といえる現象である。
  本稿は、イギリスの保険約款の解釈において司法的修正が行われたと見られる「合理的注意条項(a reasonable care or precaution clause)」を取り上げ、その主要判例を紹介・検討する。イギリスの判例が約款文言からどれだけ離れた解釈を行っているのか。約款文言の字義通りの解釈が採られなかった理由は何か。どこまで文言から離れることが許されるのか。まず、このような保険約款の解釈一般の問題がある。次に、そのような解釈の結果、契約内容がどのように変わったかという問題がある。裁判官による契約内容の改訂が妥当な基準を設定し得たかどうかが問題となる。「合理的注意条項」は、被保険者に損害回避の合理的注意を要求するものであり、それを果たしていないときは保険者は保険金支払の責任を負わないと定める。これは、被保険者が不注意で損害を発生させると、保険者が免責されることになるから、実質的に過失免責条項であるということができる。日本でも、保険契約者側の過失を要件として保険者免責の効果が定められるものがある。自動車保険約款では、事故発生の通知・説明義務の違反による保険者免責には、正当の事由のないそれらの義務違反が要件となっている。傷害保険約款では、他社契約をするときまたはその存在を知ったときは、保険契約者が保険者に通知すべき旨が定められ、その通知をしなければ保険者に契約の解除権が発生する。イギリスの過失免責条項が判例によりどのように修正を受けたのか。具体的に保険者がどのような主観的要件の下に免責されることになるのか。この問題は、保険者免責の主観的要件を考える上で、日本の保険約款の解釈にも参考になるところがあろう。
  なお、イギリスは、一九七七年不公正契約条項法(Unfair Contract Terms Act 1977)が契約・約款の内容を規制しているが、保険約款は実質的にその適用を免れており、包括的な立法的規制が全体に及んでいないという点で日本と同様の条件にあるといえよう。もっとも、保険業界は、同法の適用を免れる代償として自主規制組織を作り、そこで個人(消費者)を相手にする保険契約から生ずる紛争を解決できる制度を設け、相当な成果を上げている。保険オンブズマン事務所(the Insurance Ombudsman Bureau)がそれである(2)。また、ECによる消費者保護規制の調和に関し、「消費者契約における不公正条項に関する指令(COUNCIL DIRECTIVE 93/13/EEC of 5 April 1993 on unfair terms in consumer contracts)」(OJ 21 April 1993 L95/29)を受けて、英国は一九九四年に「消費者契約における不公正条項規則(Unfair Terms in Consumer Contracts Regulations 1994)」を定め、これが一九九五年より保険契約にも適用されることになった(3)。この点については、オンブズマン制度とともに、別の機会に検討することとし、本稿では必要な範囲で言及するに留める。

(1)  たとえば、中西正明・傷害保険契約の法理(一九九二年)二四ス頁以下、石田満・保険契約法の論理と現実(一九九五年)七ス頁以下、鴻常夫ほか編・損害保険判例百選[第二版](一九九六年)(洲崎博史)二八頁、(坂口光男)六ス頁参照。
(2)  道垣内弘人「英国における金融関係オンブズマン制度・1」法律時報六四巻五四頁以下、竹濱修「英国保険オンブズマン制度とその現状」長尾治助ほか編・消費者法の比較法的研究・立命館大学人文科学研究所叢書第九輯(近刊予定)参照。
(3)  Malcolm A. Clarke, THE LAW OF INSURANCE CONTRACTS, FIRST SUPPLEMENT TO THE SECOND EDITION (1996) 59-68.


一  「合理的注意条項」の概要

1  「合理的注意条項」の規定例
  判例に現れた「合理的注意条項」には次のようなものがある。
  (a)  使用者賠償責任保険
  Fraser v. B. N. Furman (Productions), Ltd.;Miller, Smith & Partners (Third Party) 事件(1)では、まず、保障される危険の範囲が次のように規定されていた。
  「本保険証券は、被保険者と役務提供または研修の契約関係にある者が、英国本土、北アイルランド、マン島またはチャネル諸島において上記の事業につき被保険者による彼の雇用からおよび雇用中に生じる、保険期間中に発生した身体の損傷または疾病の被害を受けるときは、当社は、本証券中のまたはこれに裏書きされた免責条項および条件に従い、その損傷または疾病に関する損害並びに請求者の経費および費用についての賠償責任を被保険者に填補することをここに証明する。」
  合理的注意条項に関する部分は次のようである
  「但し、さらに、本証券の一部として解釈されるべき本証券の条件の正当な遵守と履行は、本証券の下で当社の責任の停止条件となる。」とされ、その条件の一つとして、「被保険者は事故と疾病を防止する合理的措置を講じるものとする。」と規定されている。
  (b)  自動車保険
  Devco Holder Ltd. and Burrows & Paine Ltd. v. Legal & General Assurance Society Ltd. 事件(2)の保険証券の規定は次のようであった。
  第1章「あなたの車の損失または損害」
  Part A「事故による損害の保障」
  「あなたの車が失われまたは損害を受けたときは、Legal & General はその選択により修繕費若しくは代替費を支払うか、または損失若しくは損害の発生時におけるあなたの車の市場価格を限度としてそれと等しい金額を現金で支払います。」
  Part B「火災及び盗難の保障」
  「あなたの車が火災、落雷、爆発、盗難または窃盗未遂によって失われまたは損害を受けたときは、Legal & General は、その選択により修繕費若しくは代替費を支払うか、または損失若しくは損害の発生時におけるあなたの車の市場価格を限度としてそれに等しい金額を現金で支払います。」
  「本証券のすべての章に適用される一般的免責及び条件」
  1「本証券の下で支払をなす当社の責任は、損害填補または保険金を請求する者によるその条項及び条件の遵守、ならびに被保険危険につき当社に知らされた情報の真実と正確性を条件とする。」
  2「あなたは損失または損害からあなたの車を守り、かつそれを安全で効率的な状態に維持管理するすべての合理的措置をとらなければならない。」
  (c)  個人総合(家庭)保険(Private Combined (Hearth and Home) Policy)
  Sofi v. Prudential Assurance Co. Ltd. 事件(3)では二種類の保険証券が問題になった。ここに掲げるのは第一の保険証券の規定である。個人総合(家庭)保険は、通常の家屋所有者の保険であり、第一章が建物の保険、第二章が火災・盗難のような通常の危険に対する家財の保険、第三章が全危険担保の保険である。一般的保険条件が次のように規定していた。条件違反は保険証券の効力を失わせることになる。
  「1解除
当社は、保険証券の別表に記載された住所に宛てて書留による書面の通知を七日で行うことにより本保険契約を解除することができる。保険契約者は、何時でもこの保険契約を解除することができる。保険料は返還されるが、現在の保険期間に保険金請求があったときはこの限りでない。
    2損害の予防
保険契約者および本証券に基づき保険金を請求する者は、被保険財産を保護するためおよび損害または人身被害を生じさせうる事故を避けるため、あらゆる合理的措置をとらなければならない。すべての被保険財産は効率的かつ良好な状態に維持管理されなければならない。」
  (d)  旅行保険
  前記の Sofi 事件の第二の保険証券は旅行保険証券である。その一般条件第六条が合理的注意条項を定めている。
  「各被保険者は、損失、損害、人身被害または病気を予防し、自己の財産を保護し、失った財産を取り戻し、そして犯罪を犯したものを発見するために、すべての合理的措置をとるものとする。」
2  「合理的注意条項」の趣旨・目的
  イングランドにおいては、過失が明示的に除外されていない限り、危険の種類を問わず、過失による損害に対して保険による保障があるものと推定され、解釈される(4)。過失による損害が直接かつ明示的に保険者免責とされ、あるいは積極的な注意義務を課すことにより間接的に過失が保険者免責とされることがあるが、判例はそれに反対の解釈をする傾向がある(5)
  かかる状況の下で、「合理的注意条項」の目的は、判例によれば、被保険者が、保険による保障があることから、とるべき措置を知りながらそれをしないでおくことのないようにすることであると解されている(6)。すなわち、この条項の趣旨は、保険の存在による注意力の弛緩ないし保険の濫用を防止する趣旨であると考えられる。自己の財産について保険がなければ当然に払う注意や採るべき保護措置をしないで、被保険者が保険に過度に依存し、その濫用に到ることを防止する目的があるといえよう。その目的自体は非難されるべきものではなかろう。
  しかし、全く単純な不注意のために、採るべき保護措置を講じていなかったまたは忘れていたということは、一般に見られることであり、その場合には、保険への過度の依存はないし、ましてその濫用の意図などは認められない。損害事故が起こる一つの原因あるいは契機となるものに、このような不注意が多いことは経験的に知られていることでもある。不注意か保険依存かは簡単に区別できるものではないから、「合理的注意条項」の文言通りの解釈によれば、結局のところ、被保険者は過失による損害の填補を受けられないことになる。これで果たして保険が効果的に機能することになるのかどうか。そこに、裁判所は疑問を抱き、判例による保険約款の司法的修正の余地が生じたわけである。
3  「合理的注意条項」違反の効果
  「合理的注意条項」によれば、被保険財産の保護、その維持管理に合理的注意を払うことないし合理的措置を講ずることが保険条件(a conditon of a policy)となっている。これは、上述の Fraser 事件の場合のように、保険証券中に停止条件(a condition precedent)であると明示されたり、単に条件とする旨を記載するものがある。そのときは、この条件が充たされていなければ、保険契約者側に保険金請求権が発生しない。「合理的注意条項」の違反は、損害填補を受けられないという効果をもたらす。したがって、「合理的注意条項」の遵守・履行が保険金請求権の前提条件になる。

(1)  [1967] 3 All E. R. 57; [1967] 2 Lloyd’s Rep. 1; [1967] 1 W. L. R. 898 (C. A.).
(2)  [1993] 2 Lloyd’s Rep. 567 (C. A.).
(3)  [1993] 2 Lloyd’s Rep. 559 (C. A.).
(4)  Cornish v. The Accident Insurance Co. (1889) 23 QBD 453 (C. A.);Re Etherington and Lancashire & Yorkshire Accident Insurance Co. [1909] 1 KB 591 (C. A.);Tinline v. White Cross Insurance Association Ltd. [1921] 3 KB 327 (C. A.);The Diane [1977] 1 Lloyd’s Rep. 61.
(5)  Malcolm A. Clarke, THE LAW OF INSURANCE CONTRACTS, 2nd ed. (1994) 466.
(6)  Fraser v. Furman (Productions) Ltd (above);Devco v. Legal & General (above).


二  判例の展開

1  総    説
  「合理的注意条項」の適用にあたって、それを制限的に解釈する判例は、一審裁判所にあたる高等法院や県裁判所の段階のものもあるが、ここで取り上げるのは、指導的先例として大きな影響力をもった控訴院(Court of Appeal)(二審に相当)の判決三件である。これらを判決年月日順に紹介する。最高裁判所としての貴族院の判決は、ここで対象としている問題についてまだ見られない。
  最初の Fraser 事件判決が保険法の教科書類に最もよく引用されている。これはその判決が「合理的注意条項」の解釈に初めて「無謀性」基準−被保険者の無謀な行為があって初めて保険者免責になる−を導入したことに加えて、三ス年前の判決であり、検討される時間的余裕が十分にあったためでもあろう。それに比べて、後の二件、Devco 事件判決と Sofi 事件判決は、一九八八年と一九九ス年の判決であるうえに、判例集に掲載されて公表されたのが一九九三年と新しいこともあって、これらを取り上げて詳しく検討するものはまだ少ない(1)。しかし、この二判決は、Fraser 事件判決以後の「無謀性」基準の解釈適用を展開した重要な判例であり、今後はこれらが当然に引用されるであろうし、現在はこれらを含めて考えなければ、「合理的注意条項」の解釈の現状は把握できないといってよい。いずれの判決もいわば力作であり、英国の控訴院判決の多くの例と同様、やや長文にわたるが、ここでは重要部分を中心に紹介する。なお、各判決の解釈の前提となる約款規定は一1に掲げたものである。

2  従来の指導的判例− Fraser 事件控訴院判決
  Fraser 事件控訴院判決は、この後の判例に大きな影響を及ぼし、ここで判示された Diplock 裁判官の基準がそのまま引用されることが多い。やや長くなるが、判例および学説がしばしば引用する部分の全文を掲げることにする。なお、本判決が引用するWoolfall & Rimmer, Ltd. v. Moyle 事件判決(2)も、「合理的注意条項」に関する控訴院判決であるが、これは、使用者賠償責任保険の「合理的注意条項」が使用者個人の行為に適用されるのであり、被用者の過失による事故に同条項は適用されず、使用者は被用者に対する賠償額について保険金請求を妨げられないという判示が重要視されるものである。
  Fraser 事件は使用者賠償責任保険に関する事件である。しかし、使用者が保険会社に対して保険金の支払を請求した事件ではなく、使用者が保険ブローカーに対して損害賠償を請求した部分の判示がここでの重要な判旨部分である。本件は、原告・被用者と被告・使用者の他に保険ブローカーが第三者訴訟(third party proceeding)の当事者として加わっている点で、特色のある事件である。これは、原告と被告との間の損害賠償請求訴訟とともに、被告が原告に対して負担する損害賠償義務の履行による損害が保険により填補されないことから、被告が保険ブローカーに損害賠償を求めている。
Fraser v. B. N. Furman (Productions), Ltd.;Miller, Smith & Partners (Third Party) 事件控訴院一九六七年五月九日・一ス日判決(3)
事実の概要
  原告・被用者(Miss Fraser=以下、Fと記す)は、一人会社である被告・使用者(B. N. Furman (Productions)=以下、Bと記す)が溶接機または圧搾機の危険な部分に安全のための防護措置を講じなかったため、そこに手を挟まれて傷害を負った。一審において、Bは、被用者に負担させていたその危険をおそらく正しく認識していなかったであろうと認められ、過失および一九六一年工場法(the Factories Act)一四条に基づく制定法上の義務の違反があるとされた。FはBから三三二五ポンドの損害賠償を得た。
  使用者の保険ブローカー(Miller Smith & Partners=以下、Mと記す)は、その賠償責任を保障する使用者責任保険を調達していなかったという点で、Bとの契約に違反していた。Bが、Mに対し、ブローカーの契約違反による損害として、Fに対する損害賠償額を請求した。Mは、Bはそのような保険がなかったことによって損害を被っていないから、損害賠償請求はできないという。その保険があったとしても、保険者は、保険契約者が事故・疾病を防止するため合理的注意をするよう要求する「合理的注意条項」により保険金支払の責任を否定する権利を有していたし、Bは機械の危険な部分に防護措置を講ずる制定法上の義務に違反し「合理的注意条項」の条件を充たしておらず保険保護を受けられないからであるという。相手方の保険者としてBおよびMが想定していたのは Eagle Star Insurance Co., Ltd.(以下、E保険会社と記す)で、それは評判のよい保険会社であった。一審(CHAPMAN 判事)では、BがMに対して勝訴し、Mが控訴した。
判旨
  控訴棄却。
  DIPLOCK 裁判官の判決。本件の「合理的注意条項」は、保険者の責任の停止条件になるから、「本証券が成立し、E保険会社が責任を否定しようとすれば、その条件が充たされていなかったことを証明する責任は保険者にあるであろう。
  考慮すべき第一点は、条件の解釈問題である。もちろん、それは、特定の危険に対する保険証券の趣旨に従って解釈されなければならない。そのように特定された危険は、『損害に対する法律上の責任』であり、工場の所有者または占有者がつねに個人的に責任を負うであろう制定法上の義務の違反、その者が個人的に責任を負う使用者のコモン・ロー上の過失、そしてまた、その者が肩代わりして責任を負う被用者の過失による責任である。それゆえ、条件の解釈をしようとするときは、このような文脈の中で解釈し、契約の取引上の目的に矛盾するような条件の解釈はしないという原則が適用される。
  この条件の言葉使いで心に留めておくべき三つの要件がある。(1)  合理的注意を払わなければならないのは保険契約者自身である。被用者による注意懈怠は、使用者が被用者の過失または制定法上の義務の違反について代わって責任を負うことがあるかもしれないが、本条件の違反にはならないであろう。そのことは、Woolfall & Rimmer, Ltd. v. Moyle and Another([1941] 3 All E. R. 304; [1942] 1 K. B. 66)において確立されており、その拘束力のある判決理由(ratio decidendi)であった。(2)  使用者の義務は、事故を防止するために注意を払うことである。このことは、私の見解では、被用者に身体的損傷を生じさせるおそれのある危険を避ける手段を講じることである。(3)  この文脈の中で解釈されるべき第三の言葉は『合理的(reasonable)』である。『保険契約者は事故を防止する合理的注意を払うべきである。』『合理的』とは、使用者と被用者との間の合理性を意味しない。それは、その契約の取引上の目的を考慮する保険契約者と保険者との間での合理性を意味する。その契約目的は、とりわけ、彼(保険契約者)の個人的過失の責任に対し保険契約者を保障することである。それも、私が先に引用した判決によって確立されている。その条件は、保険契約者が自ら予見していない危険を回避する手段をとらなければならないことを意味しえないのは明らかである。合理的に注意する使用者を仮定すればその者はそれらを予見したであろうとしても、同じである。そうでなければ、契約の取引上の目的に矛盾するであろう。というのは、危険を予見しなかったことは、過失責任の最も一般的な根拠の一つだからである。私の見解では、契約の取引上の目的に矛盾せず、保険契約者と保険者との間の『合理的』であることとは、保険契約者が、危険の存在を認識しながら、それを回避する何らかの手段をとることを控えることによって、故意に危険を招致してはならないということである。同様に、その条件は、保険契約者が危険の存在を認識している場合、彼がそれを回避するためにとる措置は、仮説的な合理的使用者のようなものでなければならずかつ正当な注意を払い一九六一年工場法のすべての関係規定の順守が行われるであろうことを意味することはない。そうでなければ、やはり、契約の取引上の目的に矛盾するであろう。そのような措置をとらないことは、制定法上の義務の違反による過失責任のもう一つの根拠だからである。
  私の判断では、契約の取引上の目的に矛盾しない、保険契約者と保険者との間の合理的なものは、保険契約者が、危険を認識している場合、彼自身が知りながらそれを回避するのに不十分な措置しかとらないことによって故意に危険を招致すべきではないということである。換言すれば、使用者が事故を回避する特別の措置を怠っていたことは過失であって、これでは十分ではない。少なくとも無謀なこと(reckless)でなければならず、すなわち、危険の存在につき保険契約者自身に現実的認識がありながら、それが避けられるか否かに注意しないことが必要である。この条件の趣旨は、保険契約者がなすべき注意を知りながら、保険証券により損害の填補を受けられるために、その措置を控えることがないようにすることである。この条件のそのような解釈については、Woolfall & Rimmer, Ltd. v. Moyle 事件の Goddard 裁判官の傍論において明示的に述べられてはいないが、私には黙示的に述べられていると思われるので、次に、私は本件の事実を検討する。」
  以上のような「合理的注意条項」の適用基準に基づき、本件を見ると、被告Bの工場長と業務執行取締役は、新しいプレス機の操作上の危険について被用者に警告をせず、安全な防護策が講じられていなかった。使用者は危険を正しく認識せず、従業員をその危険にさらしたとして、一九六一年工場法一四条違反の責任とコモン・ロー上の過失が認定された。しかし、Bが、被用者に生じる危険を現実に認識しながら、しかも危険回避に注意せず行為したこと、つまり無謀に放置されていたことは認定されなかった。原審判事は、業務執行取締役その他の者も、変更された機械に伴う危険を正しく認識していなかったと認定している。DIPLOCK 判事はこの点だけからでも、Mの控訴は棄却されるであろうという。
  最後に、DIPLOCK 判事は、仮に「合理的注意条項」に関する私見が誤りであるとしても、使用者BおよびブローカーMとの間の契約で想定されている保険者であるE保険会社がその保険契約に基づき自己の責任を否定するこの条件を援用しようとしたであろうかどうかが検討されなければならないという。「私見では、まず、その第三者が想定していた保険会社の特徴と評判、この国における大保険会社の一つで良い評判をもっていることが留意されなければならない。保険者がこの問題を取り上げるとすれば、事実が保険者に分かったできるだけ早い段階でそれを指摘すべきであり、それは、使用者に対する原告による訴訟が行われる前でなければならない。保険証券の条項の一つは、保険者がその訴訟の指揮を引き継ぐことだからである。しかも、保険者がそうして、事実を知りながら支払拒絶をしないとすれば、その後では支払拒絶をすることは禁反言により禁止されるであろう。かかる訴訟において、保険者がこの点を取り上げるならば、保険契約者の行為がその条件に該当することの証明責任は保険者にかかってくるであろう。・・・私が本法廷においてその条件の意味に関して述べた見解(これは、思うに、原審判事にも認められている)は、その条件が保険者に責任を免れさせないであろうことが論証できることを示している。その結果、この点を取り上げて勝訴する見込みは、たとえ保険者が事実を知っているとしても、控えめに言っても、疑わしいであろう。」そうすると、たとえ本条項によりかなりの保険金請求が否定できるとしても、保険会社がそのような主張をした判例集登載判例はほとんどなく、保険者がその主張をして勝訴した事件にも気がつかないという状況の下では、営業の問題として高い評判の会社が、取引の獲得を望みながらこの種の問題を取り上げることはおよそあり得ないと思われる。それゆえ、この点からも控訴棄却は免れないという。
  DIPLOCK 裁判官の判決に WINN 裁判官および WILLMER 裁判官が賛成している。

3  Diplock 基準により保険金請求を否定した判例− Devco 事件控訴院判決
  Devco 事件判決は、「合理的注意条項」に関する Fraser 事件判決以後の控訴院判決として、また、責任保険以外にも Diplock 基準が適用されることを判示したものとして、重要である。もっとも、本件では、原告・控訴人の保険金請求は棄却されている。Diplock 基準によれば、被保険者の「無謀性(recklessness)」が保険者の責任を否定する重要な要件となる。本件判決が被保険者の行為のどこにその「無謀性」を見いだしているかは、合理的注意条項の適用にあたってその基準を明確にする意味で大変重要である。
  Devco Holder Ltd. and Burrows & Paine Ltd. v. Legal & General Assurance Society Ltd. 事件控訴院一九八八年三月一六日判決(4)
事実の概要
  原告 Burrows(以下、Bと記す)が Ferrari 400 Granc Tourer の中古自動車を購入し、原告 Devco(以下、Dと記す)がその会社自体と関連会社のために被告 Legal & General 保険会社(以下、L&Gと記す)とその車について自動車保険契約を締結していた。その保険証券の関係規定は、一1(b)に見たとおりである。
  一九八五年四月一七日、その車が Haslemere 駅前の駐車場で盗難にあった。それは、Bの被用者であるその車の運転者 Mr. Rhodes(以下、Rと記す)がわずかの間、車を無人の状態にし、ロックせずにエンジン始動キーを挿したまま、駅の反対側で、道路の向かい側の建物の二階にある彼の事務所に行っている間に生じた。その車は、同年同月二二日、ひどい損傷を被った状態で取り戻された。損害額は一万一千ポンド程度であると認められた。本件自動車保険契約に基づく原告DおよびBの損害填補請求に対して、被告L&Gは、公共の場でロックせずに始動キーを付けたまま車を離れるというのは、Rが一般条件2(合理的注意条項)にいう損害に対して車を保護するすべての合理的措置をとっていなかったのであり、被告は保険責任を否定する権利を有すると抗弁した。
  一審判決(SHEEN 裁判官)は次のようにいう。Rが数分間車を離れるにすぎないという証言をしていることから見て、車が盗まれるという危険は明らかに彼の知るところであった。Rは危険を認識していながら、その車にキーを残したままにして故意に危険を招致した。Rは車を保護する合理的措置をとっておらず、条件2の違反があるとして、被告勝訴の判決を言い渡した。原告DおよびBが控訴した。
判旨
  控訴棄却。
  SLADE 裁判官の判決。車の盗難損害に関する填補請求は、Part B に含まれ、Part A には含まれない。保険証券上、一般的条件1と2の遵守が保険者の責任発生の条件とされている。「審理において、原告らにより、Rがこれら二つの条件条項の契約上の彼らの義務を遵守するための代行者(agent)であることは認められた。最終的な考慮をするための問題を短くいえば、彼が一般的条件2の意味での損害に対して車を保護する『合理的措置』をとっていたかどうかである。」そして、原審判決を引用し、Rの証言から、キーが車の中に残されたのは故意であって、不注意ではなかったとの認定が肯定され、本件の当該駅の地域が盗難の危険が高い地域ではないこと、車の盗難当時に実際にどのくらいの時間駐車していたのか不明であること、Rが事務所で電話に手間取ったというが、そういうことはよくあることが述べられている。
  その上で、「合理的注意条項」の解釈として、Fraser 事件判決の Diplock 基準を引用する(上記 Fraser 事件判決の判旨の第二段落から第四段落の終わりまでが引用されている。すなわち、「考慮すべき第一点は・・・次に、私は本件の事実を見ることにする。」までが引用部分である)。
  これに依拠して、SLADE 判事は、原審判事が次のように述べたことを肯定している。自動車運転者が駐車するときは、車を止めて始動装置のスイッチを切り、ほとんど自動的にそこからキーを抜くことは誰でも知っていることで、たとえロックしないつもりでも、キーはポケットに入れれば済むから、人がそれを請け合っても何も妨げるものはない。Rは盗難の危険を知りながら車にキーを残し、危険を回避する合理的措置を講じないことによって故意に危険を招致した。どんな短い時間でも、それが軽微な問題のある行為にすぎず、誰にも迷惑をかけない行為であるとしても、それをしないことは合理的ではない。
  最後に、SLADE 判事は、これに対する原告の反論に次のように答えている。「『・・・それは、少なくとも無謀なことでなければならず、すなわち、危険の存在につき保険契約者自身に現実的認識がありながら、それが避けられるか否かに注意しないことが必要である。この条件の趣旨は、保険契約者がなすべき措置を知りながら、保険証券により損害の填補を受けられるために、その措置を控えることがないようにすることである。』
  この基準の適用について、Mr. Grobel(原告代理人=筆者注)は、原審判事の認定したような事実に基づいても、Rは当該意味で無謀であったとはいえないと主張した。その判決から解るように、その車にすぐに戻るというのが、Rの意図であり、少なくとも彼の証言ではそのようにいう。車の中にキーを残したまま車を駐車することは、通常の注意を払わなかったことになるであろうが、Mr. Grobel の申立では、無謀性はないであろうという。そのような行為(彼が想定した)は、過失のある運転に類似しており、それは、本証券の第一章 Part A に基づき保険者の損害填補の拒絶を正当化するに十分な当然の注意を払わなかったことにはならないであろうという。彼の申立によれば、原審判事はこの特別の事件のすべての事情の中で危険を評価せず、自らを誤って導き、Part B の趣旨から見て、条件2は、どんな短い時間であっても車から離れたことで、違反されたと判示した。
  私は、Mr. Grobel の申立を正当に取り扱ったと考えており、私も本件の原告にある程度の同情をすることを述べざるを得ない。車を運転する私たちの多くは過去において類似の大変おろかなことをしてきたかもしれない。しかしながら、Diplock 判事の基準が適用されるべき正しい基準であったという前提の上では、私は、私の立場からは、Sheen 原審判事 が何らかの点で誤った説示をしたとは考えられない。
  Fraser 事件の条件の目的が、被保険者が、保険による損害の保障があるために、知りながらなすべき注意を払わないでおくことがないようにすることであるというとき、Diplock 判事はその条件が保険者により被保険者が保険証券の存在を意識して心に留めていたことが証明されたときにのみ保険者が援用可能になるという意図ではなかったと私は考える。
  本件の事実に基づけば、私に決定的であると思われる点は(博識な原審判事にもそう思われたように)、Rが駐車場に彼の車を止めたとき、彼が始動キーを全く故意に残していたことである。原審判事は、Haslemere 駅の駐車場における盗難の危険がロンドンの危険な隣人がいるのと同じ範疇には属さないという申立を明示的に認めている。それゆえ、私は彼が危険の評価をしなかったということはできないと思う。しかし、これはRが隔絶した国の地域でみすぼらしい車から離れたという事案ではない。Rは、田舎町の駅の公共の駐車場に明らかに魅力的な Ferrari の自動車から離れ、その間に彼は道路の反対側の建物の二階にある彼の事務所へ行ったということが認識されなければならない。原審判事が認定したように、彼は危険を冒していることを知っていた。すべての事情を考慮し、私の判断では、原審判事は、彼が Diplock 判事により使われたその言葉の意味にあたる危険を故意に招致し、それによって原告が一般条件2に違反したとみていることは十分に正当化されたと考える。
  このことは、たとえRが盗難の危険を過小評価しまたはよく考えていなかったとしても、あるいは彼が駐車場からいなくなるのがほんのわずかな時間にすぎないとしても、私の見解では、同じ結果になる。始動キーを挿したままの車は、二分間誰もいない状態にすることも二時間誰もいない状態にすることに劣らず、盗まれる可能性がある。
  キーが単なる不注意で始動装置に残されていたとすれば、その見解はその事実に基づいて全く異なっていたであろうし、法律上異なることになるのも当然であろう。目下の事情の下では、Fraser 事件に適用された基準が適用されるべき正しい基準であるという前提の上でも、私は博学な原審判事が明確に正しい結論に到達したと考えている。この結論は、私の見解では、L&Gが問題の条件を援用することができるということを意味するに相違ない。」
  SLADE 裁判官の判決に GLIDEWELL 裁判官および RUSSELL 裁判官が賛成している。

4  現在の指導的判例− Sofi 事件控訴院判決
  Sofi v. Prudential Assurance Co. Ltd.事件控訴院一九九ス年三月六日判決(7)
事実の概要
  原告 Mr. Sofi(以下、Sと記す)は、被告 Prudential Assurance Co. Ltd.(以下、P保険会社またはP社と記す)との間で通常の家屋所有者の保険である個人総合(家庭)保険契約(Private Combined (Hearth and Home) Policy)を締結していたが、フランス旅行に備えて同社と旅行保険契約(Travelwise Insurance)も締結した。前者の保険契約では、家財の保険金額が二万ポンド、全危険担保の章に基づく保険金額が四二、ス三五ポンドで、この章に関する年間保険料は一、四七一ポンドであった。旅行保険契約は、Sの他に四人の指定被保険者について個人の手荷物の損失を一万ポンドまで、現金を二千ポンドまで保障するものであった。
  一九八六年一月一二日、Sは、妻、娘、娘の婿、その婿の母の五人でサロン・カーに乗ってフランス旅行に出かけた。家を出る前に、Sは、以前に強盗にあった経験から宝石を一緒に持っていくことにし、その旨をP社の代理店に告げていた。予定よりもかなり早く一一時半頃にドーバーに着き、時間が余ったので、義理の息子が城を見物に行くことを提案し、車で城内の駐車場まで行き、そこに駐車して城山を登ることになった。その駐車場は、実は警備職員用の駐車場で、当時、誰もおらず、そのことがわからなかった。Sは、義理の息子と貴重品等を持って行くべきかどうか簡単な相談をし、トラベラーズ・チェックと三千ポンドの現金は持って出るが、宝石は車の中の小物入れに入れて鍵を掛けておくこととした。三人の女性は、ハンドバッグを車の後ろの棚にカーディガンで隠しておいた。車は鍵を掛けられた。彼らはその駐車場に戻ってくるまでに一五分以上の間離れていたと認められるが、その駐車場は、登坂中の道からその半分以上の時間彼らの視界に入っており、見えなかった時間は五分程度であった。その間に強盗が入り、彼らが戻った時には、トランクが開けられ、フロントガラスが粉々に壊され、さらに小物入れが壊して開けられ、彼らの持ち物すべてが、五個のスーツケース、三個のハンドバッグを含めてなくなっていた。Sは、P社に対して二つの保険証券に基づき自らと家族の被った損害の填補を請求した。
  P社は、Sに本当に損害が発生したのかどうか疑問であること、Sには「合理的注意条項」の違反があることを主要な理由にして、保険金の支払を拒絶した。
  原審判決(WHITE 裁判官)では、Sが駐車場で警備員を見たと言ったり、スーツケースに関する保険金請求額が過大であると思われる点から、Sの証人としての信頼性に疑問が残ること、本件のような強盗が真昼の五分ほどの短い時間に誰にも気づかれず行われたことの疑問はあるが、家族全員が共謀したとは考えにくいし、警察の調査からも本件盗難事故の発生はあったと認められた。宝石の価額については宝石商の証言があった。このような事情から、原審判事は次のように述べ、原告の請求を認容した。「その車は五分から七分の間見えないまたは音の聞こえない状態にあったといえる。これは、明らかに襲われやすい場所に長時間車が無人で放置された場合ではない。このような価額の財産を持っていれば、そのような行為は明白に無謀であったであろう。後から考えて見れば、その判断は同じではなかったかもしれないが、私は、その状況において彼らがした判断を、当時の彼らに思いついたであろうものと考えなければならない。私は、原告が合理的分別の範囲内で行動したという結論に到った。他の者は別の判断をしたかもしれないが、責任の除外を正当化する程度の無謀性はなかった。」
  被告が控訴した。
判旨
  控訴棄却。
  LLOYD 裁判官の判旨は次のようである。「合理的注意条項」に関する被告代理人「Mr. Wadsworth の主張の要旨は、条件2の文言はその通常の意味を与えられるべきであり、原告は宝石を小物入れに入れて無人の状態にしたことによりその条件に違反したということである。原告がなすべきであったことは、彼が城山を登るときに宝石を持っていくか、あるいは彼の一行のうちの一人を車に残すべきであった。その一行が五つのスーツケースすべてを持って行くべきであったとは主張されなかった。
  Mr. Wadsworth の主張に入る前に、私が言及しておくべき予備的問題がある。原審判事は、一般条件2は停止条件(a condition precedent)であり、その証明責任は原告にあり、彼がその財産を保護するためすべての合理的措置をとったことを証明すべきであると判示した。大いに考慮すべきであるが、私はそれについて原審判事に賛成できない。この証明責任は、被告にあり、その条件の違反を証明すべきであって、原告がその条件の遵守を証明するのではない。私は、通常の証明責任を転換する条件の文言を見いだすことができない。・・・(中略)・・・
  その主張の主要な流れに戻ると、ある程度の限定が一般条件2の文言の全範囲に加えられなければならないことは直ちに明らかとなる。このことは、その条件が保険証券の全章に適用され、第三章だけではないという事実から明らかである。もしこの条項が、保険契約者が被保険財産についてあらゆる合理的注意および事故を避けるためにあらゆる合理的注意をしなければならないという意味に解すべきであるとすれば、保険者は第一一章の下では決して責任を負わないであろう。というのは、第一一章の下での責任は、保険契約者またはその家族の一員が第三者に対して法的に責任を負うことを想定しているからである。法的責任は、その大多数の場合に、合理的注意の不足による。したがって、保険契約者にすべての合理的注意をするよう要求する一般条件2の広い解釈は、この保険証券の第一一章によって明らかに与えられる保障と全く調和しないであろう。同様に、保険者は、火災が保険契約者の過失により起こったとすると、その火災(被保険危険の一つ)による家屋またはその家財の損害のごくありふれた事例において第一章および第二章の下ですべての責任を免れるであろう。それは正しくないであろう。
  それゆえ、ある程度の限定は一般条件2に加えられなければならない。実際に、Mr. Wadsworth 自身がその文言にある程度の限定が必要であることを認めている。たとえば、彼は、その財産が原告側の瞬間的な不注意の結果、盗まれたならば、本件において被告は責任を負うであろうことに合意している。したがって、最初の問題は、本条項の全範囲にどのような限定が加えられるべきかである。第二の問題は、一旦限定的意味を与えたならば、それが本件の事実にどのように適用されるべきかである。」
  これに続けて、LLOYD 判事は、言葉の意味について Fraser 事件判決のDiplock基準を述べた二つの部分を簡単に引用する。すなわち、「『合理的』とは、使用者と被用者との間の合理性を意味するものではない。それは、その契約の取引上の目的を考慮する保険契約者と保険者との間での合理性を意味する。その目的は、とりわけ、彼(保険契約者)の個人的過失の責任に対し保険契約者を保障することである。」これを敷衍するものとして DIPLOCK 判事の判決の次の部分が引用される。「私の判断では、契約の取引上の目的に矛盾しない、保険契約者と保険者との間の合理的なものは、保険契約者が、危険を認識している場合、彼自身が知りながらそれを回避するのに不十分な措置しかとらないことによって故意に危険を招致すべきではないということである。換言すれば、使用者が事故を回避する特別の措置を怠っていたことは過失であって、これでは十分ではない。少なくとも無謀なこと(reckless)でなければならず、すなわち、危険の存在につき保険契約者自身に現実的認識がありながら、それが避けられるか否かに注意しないことが必要である。この条件の趣旨は、保険契約者がなすべき注意を知りながら、保険証券により損害の填補を受けられるために、その措置を控えることがないようにすることである。この条件のそのような解釈については、Woolfall & Rimmer v. Moyle における Goddard 裁判官の傍論において明示的に述べられてはいないが、私には黙示的に述べられていると思われるので、次に、私は本件の事実を検討する。」の部分であるという。
  そして、このような無謀性基準は、責任保険だけではなく、物保険にも適用されるという。とりわけ、本件のような総合保険の場合は、その条件がある章との関係で一つの意味を待ち、他の章との関係では別の意味を持つことはできないとされる。
  「最後に、無謀性のその基準が本件の事実にどのように適用されるか。
  Mr. Wadsworth は、原告が城山を登るときに宝石を携帯しなかったこと、または宝石の価額を考慮しながら、車に人を残さなかったことが無謀であると主張した。私はその意見を採用しない。原告が宝石に何の考慮も払わなかったとしたら、その主張は成功したかもしれない。あるいは、別の例を挙げると、原告が宝石を人の目に見えるところにむき出しにしていたような場合である。しかし、ここでは、原告と彼の義理の息子はどうするのが一番良いか一緒に考えた。彼らは長くとも半時間以上は車から離れるつもりはなかった。本件では、彼らは半時間よりはるかに短い時間無人にしていたにすぎない。彼らはそのような状況では最も安全なことは宝石を鍵を掛けた小物入れに入れておくことであると判断した。私はその判断が無謀になされたと見ることはできない。」
  「この事件を離れる前に、私は簡単に一九八五年の保険オンブズマンの年度報告書に触れるのが適当であろう。その報告書には、オンブズマンが一般条件2のような条項に関連して一定の指針を示している。2.5 項の終わりのところで、彼は特別な事件が提示されたときにいつも自問している一定の問題を述べている。それらの問題は以下のようなものである。
  (a)  危険にさらされていた物の価額はどうであったか。
  (b)  盗まれた物がその場所にあった理由は何か。
  (c)  それらを守るために実際にどんな注意が払われていたか。
  (d)  保険契約者に使える他の方法があったか。
  原告代理人 Mr. Legh-Jones は、それらの問題を批評し、とくに彼が Diplock 裁判官による主観的基準と呼ぶものに基づいて、物の価額は、厳密にいえば、重要ではないというように我々に求めている。私はその意見に同調することはできない。常識の問題として、保険される物の価額が大きければ大きいほど、それらが盗まれる危険が大きくなり、保険者は、保険契約者が故意にその危険を招いたこと、Diplock 裁判官の言葉を使えば、彼が不十分であると知っている措置をとることによって危険を招致したことの証明が容易になる。それを超えてさらに、私は、無謀性の基準を定義し、または保険オンブズマンによって提示された問題を解説することまでの用意はない。私は、Diplock裁判官の言葉によることでよいと思う。」
  GLIDEWELL 裁判官および WOOLF 裁判官が賛成している。

(1)  たとえば、John Birds, MODERN INSURANCE LAW, 3rd ed. (1993) 190 は、Fraser 事件判決を引用し、かろうじて Sofi 事件判決を LEXIS から取り上げたことを記している。当時はまだ Lloyd’s Rep. に登載前であったようである。
(2)  [1942] 1 K. B. 66 (C. A.).
(3)  [1967] 2 Lloyd’s Rep. 1; [1967] 1 W. L. R. 898; [1967] 3 All E. R. 57 (C. A.).
(4)  [1993] 2 Lloyd’s Rep. 567 (C. A.).
(5)  Veronica Cowan,”Lack of reasonable care conditions , (1993) 3 Ins L & P 4.
(6)  一審にあたる高等法院(High Court of Justice)のこの問題に関する最新の判決である Amey Properties Ltd. v. Cornhill Insurance PLC. [1996] Lloyd’s Reinsurance Law Reports 259 では、ここに掲げた三つの判決が引用されいる。
(7)  [1993] 2 Lloyd’s Rep. 559 (C. A.).


三  学説の対応

  1  判例の解釈論に対する評価および態度
  (1)  被保険者の行為が「無謀」であるときにのみ「合理的なものではない」とした「合理的注意条項」に関する判例の解釈論について、いくつかの点でなお未解決であるという指摘はあるが、全体として見れば、学説は概ね肯定的評価をしていると思われる。批判的な見解はあまり見られないからである(1)
  したがって、学説は、保険約款の規定が損害を回避するすべての合理的注意・措置をとるべき義務を保険契約者側に課していても、そこにいう「合理的」とは「無謀ではない」という意味であると読み替えている。その言葉の一般的な用法ではそのような意味には読めないとしても、その解釈が保険契約の目的に合うというのが判例の見解であった。学説もそれらの判例を引用しており、契約の目的により約款文言を制限的に解釈する立場を肯定するものと考えられる。かかる解釈は、約款文言に拘泥せず妥当な結果を導くことを重視したものといえよう。
  (2)  学説には次のような点を指摘するものがある。すべての保険条件に適用される解釈の一般原則に応じて、過失免責は制限的に解釈される。過失を含む旨が明確に表現されていても、その免責条項は被保険者のコモン・ロー上の過失を填補しないという文字通りの解釈は行われない。例外として、((1))過失がなくても被保険損害が存在し、((2))過失のない損害に対する保険が保険契約の目的を達するのに十分であるとき、が挙げられている(2)。これは、自然災害等の危険に対する保険などが想定されていると思われる。とくに、責任保険証券において「合理的注意条項」を字義通りに解釈することは、責任保険からその意義の多くを奪ってしまう。過失のないときにのみ填補を受けられるとすれば、被保険者が賠償責任の負担に直面する多くの場面が保障範囲から除外されることになるからである。さらに、被害第三者が被保険者から救済を受ける現実的な可能性を奪う結果になることも考えられるという(3)
  (3)  今日では、「合理的注意条項」は、責任保険におけるように、その他の保険においても、無謀性なく行為すること以上の義務を課すものではないと見られている(4)。もっとも、たとえば、自動車総合保険においては、被保険者に要求される注意の水準が一つには限らないというのはあり得るといわれる。被保険者が過失で第三者に傷害を負わせた場合に填補がないのは、公序政策に反するかもしれないが、盗難または損害から車を保護する合理的注意を要求することは可能であるという(5)。異なる種類の保険が一つの保険証券ですべて填補される場合、Sofi 事件判決では、一つの「合理的注意条項」が異なる基準で異なる部門に適用されるのは、解釈論として難しいと判断された。しかし、保険営業上好都合であるというだけで一つの保険証券にまとめられているときに、果たしてすべてが同じ基準で規律されるべきものか疑問を呈する見解もある(6)。異なる種類の危険に関する保障が含まれる保険について同様の見解を採るものとして次のような判例がある(7)。興行保険(entertainment risk policy and entertaiment package policy)では、小道具の整備に関する注意と出演者に対する注意は同じ基準では適用できないとされ、小道具の自動車のブレーキが効かないことによって起こった傷害事故に対し、被保険者が自己の財産の損害を避けるための「合理的注意条項」を出演者の保険には適用しないと判示された。保険者側のその抗弁が排斥されている。
  (4)  被保険者の「合理的注意条項」違反の証明責任は保険者側にあるというのが判例の立場であった。したがって、保険者は被保険者が無謀に行為したことを立証しなければならないとされる(8)

  2  無謀性基準の適用要件
  (1)  無謀性の有無は、不法行為の注意義務違反を判断するときのように、事実に即して評価することになる。損害発生の蓋然性、損害の重大性、損害に対する予防手段の実行可能性と費用、過失の発生時に行われていた活動の重要性がその評価の対象になるといわれる(9)
  保険オンブズマンの示した基準は、Sofi 事件判決の中でも触れられているように、危険にされされている物の価額、物が盗まれた場所にあった理由、その物を保護するためにとられた実際の予防措置、保険契約者に使えた選択肢が挙げられている。
  (2)  判例理論によれば、過失を無謀なもの(重大な過失)と、保険者免責にならない不注意に分けることになる(10)。学説もこれを肯定すると考えられる。
  この枠組みの適用を考えると、まず、被保険者が故意に危険を招致するときは填補を得られない。次に、被保険者が危険の存在を正しく認識しているときは、被保険者がその危険を冒す無謀な行為をしたかどうかが問題となる(11)。貴重品を持つ被保険者が盗難の危険を知っていることを前提にして、被保険者が貴重品を守るために何もしていないかあるいは自分の措置が不十分であると気づいているに相違ないときは、それは無謀であって、損害が発生すれば填補を受けられない(12)。しかし、誤って不注意で、十分であると思う措置をとるときは、填補が受けられる。もっと不注意が大きい場合でも、短時間のものは、ほんのわずか注意をそらした隙にハンドバッグを奪われるような事例は填補される(13)。つまり、被保険者が不注意で自己の財産を危険にさらしたときは、被保険者は無謀に行為したことにはならない。同じく自動車にエンジン始動キーを挿したままにして、車を離れても、不注意であると認定できる限りは、「合理的注意条項」違反にはならない(14)。Devco 事件では、運転者が故意にキーを挿したままにしていたという点が強調されている。無謀性は Devco 事件では存在するが、Sofi 事件ではないと判断された。これは事実関係如何に懸かってくることになる。
  そこで、被保険者が危険を冒していることを正しく認識していたかどうかの基準は、全く主観的であると指摘されている(15)。つまり、一般人がその状況でどう考えるかという基準ではなく、その被保険者が実際どうであったかということが基準になる。それでは、ほとんど被保険者のいうなりの判断になるおそれがあるため、客観的要素も加えられるべきであるというものがある。すなわち、合理的な人ならば被保険者のおかれた状況において、その措置が不十分であって、そのような最小限の措置では危険を招く結果になることを認識していたかどうかの基準によるべきであるという見解である(16)

3  「合理的注意条項」の法的性質
  この条項は、その違反が保険証券を無効にする厳格なワランティとして定められるかまたは条件として規定されるか、あるいは保険者の免責事由とされるか、いくつか考えられるが、いずれにしても保険者がそれによって保険金支払の責任を免れうる規定であることに変わりはない(17)。しかし、これは、ワランティよりは免責事由として解釈されることが多いであろうといわれ、免責事由として約款作成者不利の原則に従って解釈され、その行為が損害を発生させるものでなければ、適用されないといわれる(18)

(1)  Veronica Cowan,”Lack of reasonable care conditions, (1993) 3 Ins L & P 4 は、「合理的注意条項」を過失免責のように扱う習慣になっていたことが保険者の誤ったアプローチであったことを判例が明確にしたという。
(2)  Malcolm A. Clarke, THE LAW OF INSURANCE CONTRACTS 2nd ed., 1994, 467.
(3)  Robert Merkin, Insurance contract law, 1996 revised ed., B. 6. 2-42 to 44;Clarke, supra 467.
(4)  John Birds, MODERN INSURANCE LAW 3rd ed. (1993) 190;Merkin, supra B. 6. 2-46.
(5)  Clarke, supra 468.
(6)  Cowan, supra 5.
(7)  H. T. V. v. Lintner [1984] 2 Lloyd’s Rep. 125.
(8)  Merkin, supra B. 6. 2-52.
(9)  Clarke, supra 469.
(10)  Clarke, supra 470.
(11)  Merkin, supra B. 6. 2-52.
(12)  Clarke, supra 469-470.
(13)  Clarke, supra 470.
(14)  Merkin, supra B. 6. 2-52.
(15)  Merkin, supra B. 6. 2-52.
(16)  Cowan, supra 4.
(17)  Birds, supra 190 fn. 24.
(18)  Clarke, supra 471.


む    す    び

  本稿は、イギリスの保険判例および学説における最近の動向の一断面を考察してきた。「合理的注意条項」について行われたような、約款文言から相当に離れた解釈が一般的であるわけではない。それは、やはり例外に属する。しかし、必要があるときには、判例が踏み込んで保険約款について実質的な契約内容の修正を行うことが見て取れたと思う。その結果、判例法が設定した規範が契約内容となり、「合理的注意条項」は「無謀条項」といってもよい中身に改変された。その新規範の適用にあたっては、日本法が重大な過失と軽過失に区別して問題を処理する場合と同じ当てはめの問題−主観的・客観的基準の立て方の問題を含めて−が残ることになった。これは、イギリスの一般的な過失論−重過失と軽過失の区別は物品寄託の分野を除いては行われないといわれる(1)−から見れば、やや特色のある解釈になるかもしれないが、判例の解釈論に本質的な欠陥を生じさせる問題ではないように思われる。

(1)  田中英夫編集代表・英米法辞典(一九九一年)三九三頁「gross negligence」の項を参照。