立命館法学  一九九六年五号(二四九号)




契約法における人的適用範囲画定
−序論的検討・ドイツ消費者保護法の概観−


谷本 圭子






目    次




は  じ  め  に

I.問題意識
  本稿は、いわゆる消費者法を、一般民法とは異なる「人的適用範囲を画定する法」という側面から考察した場合には、どのような姿が現れるか、という問題意識を出発点としている。
  (1)  民法は、「抽象的人格者」をその名宛人として、「相互の立場の互換性」を前提としてきたと言われる(1)
  他方、我が国において契約における「消費者保護」が言われる場合には、そこには、「消費者」対「事業者(企業)」間での契約が想定されるのが通常である(2)。ただ、「消費者」の概念及び「事業者(企業)」の概念については、どのような概念が前提とされているのか不明確な現状にある(3)
  また、「消費者保護」を実現するために、様々な法規定が必要とされる。クーリング・オフ権の規定などはその典型例であろう。これは換言すれば、一般契約法である民法とは一見異なる内容の特別な法規定(4)が、「消費者」対「事業者」間での契約には必要だということである(5)。したがって、民法規定とは異なるどのような内容の特別な法規定が、「消費者」対「事業者」間での取引においてなぜ必要なのか、に答えなければならない。さらに、特別な法規定を検討するためには、その出発点となる「一般法」が確実な法として提示されなければならない。したがって、先の問題を考察することにより、そもそも抽象的人格者同士の契約においてはいかなる法が適用されるかを再考することにもなる(6)
  以上のような消費者保護及び民法に関する認識を前提として、民法と消費者保護との関係を、以下のように捉えることができると思われる。
  すなわち、「抽象的人格者として、相互互換性ある人物間(以下ではこれをAとする)」ではなく、「消費者と事業者という内容規定された人物間(以下ではこれをaとする)」で締結された契約については、「一般民法規定(以下ではこれをBとする)」とは異なる「特別な法規定(以下ではこれをbとする)」が必要となる、という関係としてである。
  このような関係に基づき、消費者保護を検討する際、なぜ抽象的人格者間の契約では一般民法で足りるのに、消費者と事業者との間では特別規定が必要となるかという問題が生ずる。すなわち、ABの関係を出発点とした上での、Aから「いかなる内容のa」への移行により「いかなる理由付けで」Bから「いかなる内容のb」への移行が生ずるのかを解明しなければならない。
  (2)  ところで、民法と消費者保護に見られる以上のような関係、すなわち、A・a・B・b相互の関係は、民法と商法との間にも見られる(7)
  もちろん、その場合にはaの内容は「『商人または商行為をなす人』と『抽象的人格者または商行為をなす人』」である。しかし、消費者保護も商法も、民法のように「抽象的人格者」を主体とするのではなく、「一定の具体的に内容規定された人」を主体として予定している点では共通している(8)
  そこで、消費者保護及び商法に見られる主体における内容規定を、「人的適用範囲画定(9)」と総称したいと思う。その上で、「人的適用範囲を画定する法」という枠組みの中で、商法規定をも視野に入れながら、消費者保護について前述の問題を検討していく。このように商法をも考察の射程距離中に含めることは、消費者保護が「消費者」の相手方として「事業者」を予定しているところ、「事業者」は商法にも関係する概念であることからも有意義と考える。
  (3)  一般民法が抽象的人格を前提として人的適用範囲を限定していないという前提の下では、人的適用範囲を限定する場合には、民法とは一見異なる法規定が現れてくることが仮定されるのは自然である。とすれば、消費者保護は単に民法とは異なる目的を実現するための政策ではなく、民法の具体的な展開である法の発見にすぎないということになる。民法の具体的な展開として、一定の方向で人的適用範囲を画定しながら民法内容を修正した法規定を発見する一つの方向と言えるであろう(10)
II.考察対象
  以上の問題を考察するにあたり、対象を「契約法」に限定する。
  契約法を取り上げる理由は、以下の点にある。第一に、実際的理由として、消費者問題は主に契約に関連して発生していることをあげることができる。しかしより重要なのは第二の理由、すなわち、民事法領域にあって民法中の契約法が、一国の歴史・風俗・慣習などによって左右されない最も普遍的な法領域として位置づけることができるという点である(11)。そのため、民法規定を基準として特別な法規定との対比をなす際に、消費者法においても普遍的な結論を導くことが可能となる。さらには、契約法領域における消費者保護を解明することにより、他の領域における消費者問題解明の基準ともなる可能性がある。
  また、我が国における消費者法分野での立法がまだまだ少ない点から、外国法特にドイツ法を参考にして、検討を進める(12)
  特にドイツ法を選ぶ理由は、第一に、我が国の民法中の契約法がドイツ法を母法とするため比較に適している点、第二に、ドイツにおいては民法に対する特別法という形での消費者保護立法が盛んである点、第三に、ヨーロッパ共同体(Europa¨ische Gemeinchaften.  以下ではEGと略称。現EU)法を国内法化した消費者保護立法も多く、ヨーロッパの動向も同時に見ることができる点にある。
III.本稿における考察の限定
  以上を総括すれば、契約法領域に限定して、ドイツ法を参考とし、消費者法のみならず商法規定などをも共に「人的適用範囲を画定する法」として同一視点から考察することによって、以下の問題、すなわち、「抽象的人格者間」から「いかなる内容により規定された者間」への移行により、「いかなる理由付け」で「一般民法規定」から「いかなる内容の規定」への移行が生ずるかという問題を解明するのが、本稿の最終目的である。これにより、我が国における現行法の解釈及び将来の立法に少しでも役立つことができればと思う。
  以上の最終目的を達成するために、その序論的考察として本稿においては、ドイツの契約法領域での、消費者保護に関連して人的適用範囲を画定する法律例を、特に規定目的と画定内容との関係に着目しながら、成立年の順に、紹介・検討する(13)。その際には、ドイツ契約法における人的適用範囲画定の大きな二つの傾向に沿って紹介を進める。二つの傾向とは、商法上の概念による人的適用範囲画定の傾向と、EG理事会指令を国内法化するという目的によって生じた傾向である。これら二つの傾向は時間的に一九八五年頃を境として明白に前後している。
  ところで、商法も人的適用範囲を画定する法であるが、これに関する独立の考察は後の課題とし、本稿では、消費者保護法に関連する限りでのみ言及する。

(1)  北川善太郎「私法学会シンポジウム・消費者保護と民法」私法四〇号(一九七八年)七頁以下。
(2)  消費者法について言われるとき、消費者という概念は、限定された概念ではなく万民の一側面を捉えた概念にすぎないという面が強調される。しかし、消費者問題において最も重要であるのは、そのような独立した存在としての消費者ではなく、「事業者と対置する」存在としての消
費者の存在である。この点につき、長尾治助『消費者私法の原理』(一九九二年・有斐閣)三四頁以下も、強調しておられる。
(3)  長尾・前掲書二四頁は、「法律上の消費者概念は、核となる消費者とその相手方との関係を機軸としつつも、周辺の関係をもとり入れて弾力的に構成されるという特色をもつものである」とされ、消費者概念や相手方について固定的に定義するのではなく、概念に幅を持たせるべきとされる。
(4)  「一見」としたのは、「民法とは異なる内容の特別な法規定」と思われている法が、実は一般民法から導かれる法である可能性も否定することができないからである。
(5)  もちろん、従来、契約締結上の過失や公序良俗違反など既存の民法法理により消費者問題を解決するという方向も示されてきた(これについては、大村敦志「契約と消費者保護」星野英一編『民法講座ー別巻2』(一九九〇年・有斐閣)一〇五頁以下に簡潔にまとめられている)。
(6)  この点、大村・前掲論文一二〇頁も、「契約の基本原理あるいは私法の体系というものの実体は何か(何であったか)ということを検討することが『消費者保護と契約』という問題を考える上では不可欠である。逆に、この問題は、われわれに、契約の基本原理や私法の体系を再検討する機会を与えているともいえるのである」とされ、同じ問題意識に立っておられると思われる。
(7)  その他、民法と労働法においてもこの関係は見られる。長尾・前掲書三四頁以下は、労働者概念と消費者概念とを比較検討する。
(8)  一般的に商法と民法は、抽象的人格者のための私法として並列的に扱われ、消費者法とは対立して扱われることが多い(例えば、北川・私法四〇号七頁以下)。しかしながら、商法も、民法とは異なり、「商人」や「商行為」という概念により一定の内容規定された人を名宛人として予定している点では、消費者法と同列に扱うことができる。したがって、出発点としては商法を人的適用範囲を画定する法として扱うことに問題はない。
(9)  この用語は、ドイツ法において一般に用いられる「perso¨nlicher Anwendungsbereich」にならったものである。もちろん、後述のところからも明らかなように、「人的」と言っても、「類型的な人の属性」に注目する場合と「利用目的」に注目する場合の双方を含む概念である点に留意する必要がある。
(10)  加藤一郎発言「私法学会シンポジウム・消費者保護と私法」私法四〇号(一九七八年)六四頁以下も、企業から市民へ売るというのが消費者保護であるが、「民法と別個に消費者問題があるというのではなく、民法の発展」として捉えておられる。
(11)  中井美雄『債権総論講義』(一九九六年・有斐閣)、奥田昌道『債権総論(増補版)』(一九九三年・悠々社)二七頁。もっとも、なぜ契約法を普遍的な法として位置づけることができるかについては考察の余地がある。奥田・二七頁は、「商品取引の合理性」を取り上げるが、補足すれば、契約において人同士の対話が核心的位置を占めているため、人同士の対話は普遍的に同じ道をたどること、さらに、契約においては大抵二者が契約当事者として出現するが、契約法はやじろべいの軸のように当事者二者間での公平・平等を図る点として絶対的価値を示すことができること、この二点をあげることができよう。
(12)  ドイツにおいて、民法、消費者法、及び商法、それぞれの分野画定につき人的適用範囲という視点から考察するものとして、Vgl. Preis, Der perso¨nliche Anwendungsbereich der Sonderprivatrechte, ZHR 1994, S. 567.
(13)  本稿で紹介する法律以外に、「消費者保護法」と言われる法律は存在する(例えば通信教育法)が、本稿においては「人的適用範囲画定」が法律の規定によりなされている法のみを取り上げ、実質的に消費者保護を実現している法を問題とはしない。


第一章  商法典(HGB)概念による人的適用範囲画定

  一般的な民事法である民法に対する特別法の中で、最も古いものとして挙げられるのが商法典(以下ではHGBと略称(14))である。HGBは、「商人に対する特別法」と呼ばれるように、その人的適用範囲を「商人」さらには「商行為」概念によって画定している。
  HGBが定義する「商人」及び「商行為」概念は、後に成立した特別法が人的適用範囲を画定する際にも、頻繁に用いられてきた。
  以下では、まず、HGBがどのような内容により「商人」及び「商行為」概念を定義しているかを概観した後(I)、次に、HGBの影響を受けて人的適用範囲を限定する法規定を見ていく(II)。
I.一八九七年五月一〇日「HGB」における画定
  1.商  人
  HGBは、民法典には存在しない「商人」概念について定義している。
  商人につき、HGB一条は「必然的商人(Muβkaufmann)」という表題の下、一項において「商業(Handelsgewerbe)を業とする(betreiben)者」と定義している。そして、二項において「商業とは、以下の種類の取引を目的とする営業(Gewerbebetrieb)」と規定する。また二条も「登記による商人(Sollkaufmann)」という表題の下に、「手工業又はその他の事業をなす企業は、その営業が一条二項によってはまだ商業とは見なされないが、性質及び規模によれば商人的に設備した経営組織を要する場合には、企業の商号が商業登記簿に登記されている限りで、本法の意味での商業と見なす」と規定している。
  また、商法四条は、商人の中でも「その営業が性質及び規模によれば商人的に設備した経営組織を要しない」人については、商号・商業登記簿・支配権(Prokura)に関する規定が適用されないとしており、この者を「小商人(Minderkaufmann)」と呼んでいる。この小商人については、商法典自身及びその他の特別法も、一部「完全商人(Vollkaufmann)」とは異なる取り扱いを予定している。
  2.商行為
  以上のような「商人」概念を基礎に、HGBは「商行為」概念を定義している。
  商行為につき、HGB三四三条は「商行為の概念」という表題の下、一項において「商人の商業事業(Betrieb seines Handelsgewerbes)に属する、商人の行為全て」と定義し、二項において「一条二項にあげられる取引」をも商行為に含めている。また三四四条も「商行為についての推定」という表題の下、一項が「商人の実施する法律行為すべて」に商行為としての推定が働く旨を規定する。
  以上のような商行為に関して、商法典は民法典とは異なる規律を用意している。例えば、三四八条は、商人により商行為の中で約束された違約金については、民法三四三条の規定に基づく減額を認めず、三四九条は、保証人にとって商行為となるときは、民法七七一条以下が保証人に認める先訴の抗弁権を認めず、三五〇条は、保証が保証人にとって、もしくは、債務約束・債務承認が債務者にとって商行為である場合には、民法七六六条一文、七八〇条、及び七八一条一文の方式規定を適用しない旨を定める。さらに、三五二条は、双方的商行為について、法定利率を民法二四六条(年四分)とは異なり年五分と定める。これは換言すれば、「商行為」に適用範囲を限定して民法とは異なる規律を予定しているということである。
  もっとも、三四八条ないし三五〇条の規定は、三五一条により小商人には適用がない。
  また、三四五条は、法律行為の当事者の一方についてのみ商行為となる場合でも、規定が別のことを予定していない限りは原則として、当事者双方について商行為に関する規定が適用される旨を規定する。しかしながら、商行為に関する規定を個別に見れば、当事者の一方についてのみ商行為となる場合については、当該商行為についてのみ民法とは異なる特別な規律の適用が予定されているにすぎない。
II.HGB概念による画定
  以上述べてきたHGBにおける「商人」及び「商行為」概念による適用範囲限定が、消費者保護法と呼ばれる様々な特別法に対して影響を及ぼした。その中でも、本稿においては特に代表的な法律または法規定に対象を絞り考察する。
  1.一八九四年五月一六日「割賦取引に関する法律(以下では割賦販売法と略称(15))」
    ((1))  概  論
  同法は、「売買代金が分割で支払われる動産の売却において、購入者にその物が引き渡されており、売主が購入者の債務不履行に基づく契約解除権を留保している場合」(一条一項)の法律関係について、購入者に撤回権を与えるなどして、購入者保護を図っていた。
  同法八条は「商人への不適用」という表題の下に、「商品の受領者が商人として商業登記簿に登記されているときには、本法の適用はない」と規定する。同法は、HGBが可決される以前に既に発効しており、HGBの前身であるADHGB(16)の影響を受けたものと見られるが、ADHGBの商人概念とHGBの商人概念とは本質的には異ならないので、同法八条をHGB概念を基礎とした法の一つに数えることができよう。
  八条の規定によれば、商人は、商業登記簿に登記されているかどうかという一事でもって同法の適用如何につき決定される。したがって、商人が登記されているならば、当該割賦購入が商行為である場合のみならず、明らかに商行為ではない割賦購入すなわち私的領域での取引である場合にも、同法の適用を除外されたのである。
  現在、同法は一九九〇年一二月二七日成立の消費者信用法によって廃止され、その内容は消費者信用法に吸収されている。これについては後述する(第二章I2参照)。
    ((2))  規定目的
  同法における規定は、理由書によれば、「社会の中で、不利な契約締結に対する法律上の保護を必要とする一部についてのみ予定されている」と言われており、かつ、「大規模取引における取引自由の利益においても」登記された商人に同法を適用しないことが正当化されると言われている(17)
    ((3))  検  討
  同法八条による形式的な適用範囲の画定は長年批判を受けてきた。すなわち、登記された商人が適用を除外される理由から考えても、完全商人には十分な取引経験があるにもかかわらず、登記されていないことにより同法の保護が与えられることは擁護できないし、また、同法の適用を得るために未登記が奨励されてはならない、と言われてきたのである(18)
  2.一九三三年一〇月二七日「民事訴訟法改正法(ZPO一〇二七条(19))」
    ((1))  概  論
  同法により挿入された民事訴訟法(Zivilprozeβordnung. 以下ではZPOと略称)一〇二七条は「仲裁契約の方式」という表題の下に、一項において「仲裁契約は明白に締結されねばならず、かつ、書面形式を要する。仲裁裁判所による手続きに関するもの以外の合意を公正証書に含むことは許されない」と規定する。そして二項において「仲裁契約が当事者双方にとって商行為であり、かつ、当事者のいずれもがHGB四条にあげられている事業者(Gewerbetreibenden)に属さない場合」には、一項の規定が適用されない旨を規定している。
  同条二項によれば、「完全商人同士の」かつ「双方にとって商行為」である契約のみを除外して、すべての仲裁契約について、同条の適用がある。すなわち、当事者双方が完全商人であっても当事者の一方にとって商行為でない場合には、あるいは、当事者双方にとって商行為であっても、当事者の一方が完全商人でない場合には、一項の適用を受けることになるのである。
    ((2))  規定目的
  同条は、「取引世界においてあまり経験のない者について、彼が仲裁の取決めの射程範囲を完全に認識することなくこの取決めに服することから生ずる危険」を防ぐために、明白かつ書面による取決めが前提となるべきとの考慮に基づいている(20)
  すなわち、同条は、「取引未経験者」に限って、「取り決め内容を認識させる」ことを目的として、「書面形式」を要求していると言える。
  したがって、「完全商人同士の」かつ「双方にとって商行為」である契約の場合には、「取引未経験」ということは妥当しないことを理由として、適用が除外されていると言える。
    ((3))  検  討
  本条においては、割賦販売法において批判されていた、形式的な適用範囲の画定は修正されている。第一に、小商人と完全商人を区別しているという点、第二に、形式的に完全商人かどうかのみならず、商行為かどうかも合わせて考慮している点で、きめ細かな処理が予定されている。
  また、限定される人的適用範囲として問題となるのは、割賦販売法においては「購入者」側のみであったが、本条においては「契約当事者双方」である。この違いは、割賦販売法においては「保護される対象」が「購入者」側のみであったのに対して、本条においては、当事者双方が保護の対象となる可能性を有していることに基づく。
  3.一九七四年三月二一日「裁判籍改正法(ZPO三八条一項、同二九条二項(21))」
    ((1))  概  論
  同法により改正されたZPO三八条の規定は「許される裁判籍の合意」との表題の下に、一項において管轄の合意を、「契約当事者が、小商人以外の商人、公法上の法人、または、公法上の特別財産」であるときにのみ許している。他方、同様に同法により改正されたZPO二九条は「履行地の特別裁判籍」という表題の下に、一項において「契約関係に基づく争い及び契約関係の存在に関する争いについては、争いある義務の履行地の裁判所に管轄がある」と規定するが、二項において、「履行地についての合意」が管轄を理由づけるのは「契約当事者が、小商人以外の商人、公法上の法人、または公法上の特別財産」であるときのみと規定している。
  ZPO三八条一項は、将来に生ずる民事紛争についての管轄の合意は「一定の人物間に限ってのみ」許されると規定し、管轄の合意を制限するのであるが、ZPO二九条一項により「履行地」の裁判所に管轄が認められることから、当事者が履行地について合意することによって、任意に管轄を選択することが生ずる。これはZPO三八条一項の規定の潜脱となることから、二九条二項は、履行地についての合意も、三八条一項が規定するのと同じ「人物間に限ってのみ」許されると規定するのである(22)
  これらの規定によれば、管轄の合意が許されるのは、「契約当事者双方」が、「小商人以外の商人、公法上の法人、または公法上の特別財産」であるときのみである。したがって、当事者双方が完全商人ではあるが明らかに私的領域で契約を締結する場合であっても管轄の合意は許されるし、また、当事者双方が完全商人でなければ商行為として契約を締結する場合であっても管轄の合意は許されない(23)
    ((2))  規定目的
  ZPO三八条一項及び二九条二項による管轄の合意についての人的適用範囲の限定は、「法律を知らずかつ取引の経験のない人物」の保護にある。すなわち、このような人物は、BGB二六九条一項によれば履行地についての合意は自由に許されているところ、この合意には実体法上の意味しかないと思いがちであり、民事裁判の管轄についてまで決定することになるとは夢にも思わないからである(24)
  結局、「小商人以外の商人、公法上の法人、又は、公法上の特別財産」は、「法律を知っておりかつ取引経験がある人物」として保護の必要はないとされ、他方、「法律を知らずかつ取引経験のない人物」として、小商人をも含めたその他の人物が保護の対象とされているのである。
    ((3))  検  討
  ZPO三八条一項及び二九条二項も、前述のZPO一〇二七条と同様に、小商人と完全商人とを区別している。しかし、ZPO一〇二七条とは異なり、第一に、当事者双方が公法の法人又は公法の特別財産である場合をも並べて規定しているし、第二に、当該行為が商行為であるかどうかは考慮していない。
  このように、前述のZPO一〇二七条とは異なり、当該法律行為が商行為であるかどうかを問題としない点をどのように評価することができるであろうか。ZPO一〇二七条の規律対象は完全商人であっても一般的に取り扱うとは言い難い仲裁契約であるのに対して、ZPO三八条及び二九条の規律対象は管轄の合意であるため、完全商人として活動していれば一般的に管轄について取り扱うことには慣れておりそれにつき熟知しているので、不利益を被ることはないという考慮が働いているとも考えられる。したがって、この相違には合理的理由があるとも言える(25)
  また、限定される人的適用範囲として問題となるのは、ZPO一〇二七条と同様、「契約当事者双方」である。管轄の合意においても、当事者双方が保護の対象となる可能性を有しているためである。
  4.一九七六年一二月九日「普通取引約款の規制に関する法律(以下ではAGBGと略称(26))」
    ((1))  概  論
  同法は、一条が概念定義する「普通取引約款(以下ではAGBと略称)」を規律対象として、それが契約の構成要素となるための要件を規定し(二条及び三条)、また、AGB中の条項が内容の不当性に基づき無効となる場合を規定する(九条ないし一一条)などして、AGB利用者の相手方の保護を図っている。一条が定義するAGBは、「大量契約のために」「あらかじめ作成された」約款を利用者が相手方に「設定した(stellen)」場合に、認められる。
  同法二四条は、「人的適用範囲」という表題の下に、同法の一定の規定は一定人物に対しては適用されない旨を規定する。すなわち、二条、一〇条、一一条及び一二条は、AGB利用者の相手方が「商人」であり、かつ、「契約がこの者の商業事業(Betriebs seines Handelsgewerbe)に必要である」場合、及び、「公法の法人又は公法の特別財産」である場合には、適用がないと規定する。「商人」であり、かつ、「契約が商業事業に必要である」場合とは、HGB三四三条一項が「商人の商業事業に属する商人の行為すべて」を商行為と定義していることから、「商行為」として契約を締結している場合と同義に考えることができる(27)
    ((2))  規定目的
  まず、同法の一般的な規定目的を検討する。理由書によれば、AGBのように「一方的に事前形成された条件」は、当事者により自由に交渉されたものではなく、AGB利用者の一方的な利益追求の産物となっているという理由から(28)、契約形成の際の利用者の優位を、相手方を保護する規定により「適切かつ理性的に調整」することを目的とするとされる(29)
  次に、同法二四条の規定目的について検討する。理由書によれば、同法は第一にAGBに対する「最終消費者の保護の改良」を目的とするが、他方で、AGBGが信義誠実の原則の表れである点から、原則として万人に適用があり、「商人による商行為」を一般的には排除できないとされる。同法の目的は、「一方的に事前形成された条件」であるAGBが契約の基礎となっていることによる契約自由の機能不全を回復することにあるが故に、一条をみたす限りは同法の適用対象となることが正当化されるからである。とはいえ、「商人間」での法律行為については「商人と最終消費者」間でのそれとは異なる規律が適用されるべき合理的理由もある、すなわち、二条による保護は、商取引においてはAGBを用いるのが通常であるため不要であり、一〇条及び一一条で禁止されている危険転嫁は、大量取引をなす商人間では許されるとする(30)。もっとも、九条の一般条項の適用を制限しない理由として、商人間取引の場合でも同法の一般的規定目的の実現が要求されていることが強調されている(31)
    ((3))  検  討
  同法の規定目的から、同法が原則として人的適用範囲を限定しておらず、例外的に一定規定についてのみ限定しているにすぎない点には、合理的理由があると言えよう。また、限定の基準として、商人であるかどうかという形式的基準のみでなく、「商業事業に必要かどうか」という基準も付加しており、かつ公法の法人又は特別財産である場合も除外されている。同法においては、それ以前の立法に徐々に導入されてきた画定基準が結集されたと言えよう。ただ、二四条がHGBその他の法律には存在しない「商業事業に必要」という語句を用いる理由が存在したかは疑問である(前述のようにこれが商行為と同内容とすれば)。
  二四条により限定される人的適用範囲として問題となるのは、「約款利用者の相手方」のみである。同法による保護の対象は、約款利用者の相手方だからである。
  ところで、AGBGの規律については最近、EG指令の影響により、適用範囲の方向から一部改正されている。これについては後述する(第二章I3参照)。

(14)  Handelsgesetzbuch vom 10. 5. 1897 (RGBl. S. 219).
(15)  Gesetz betreffend die Abzahlungsgescha¨fte vom 16. 5. 1894 (RGBl. I S. 450).
(16)  Allgemeines Deutsches Handelsgesetzbuch von 1861.
(17)  Reichstag-Drucks. 1892/93, Nr. 69.
(18)  Marschall von Bieberstein, Gutachten zur Reform des finanzierten Abzahlungskaufs (1978), S. 120 und 213;H. P. Westermann, Mu¨nchener Kommentar zum BGB, 3. Bd. 2. Aufl. (1989), § 8 AbzG Rdnr. 4.  しかしBGHは、同法八条の修正解釈については、「立法者の意識的な意思決定」を尊重する立場から、法の修正解釈は裁判官の権限を越えるものであるとして拒絶した(BGHZ 15, 241, 243;BGH DB 1987, 929.)。
(19)  Gesetz zur A¨nderung der Zivilprezeβordnung vom 27. 10. 1933 (RGBl. I S. 780).
(20)  Gaupp/Stein/Jonas, ZPO, 15. Aufl. (1934), § 1027 Anm. I;Stein/Jonas/Schlosser, ZPO, 20, Aufl. (1980). § 1027 Rdnr. 1.
(21)  Gesetz zur A¨nderung der Zivilprozeβordnung vom 21. 3. 1974 (BGBl. I S. 753).
(22)  Kornblum, Kaufmann und die Gerichtsstandsnovelle, ZHR 138 (1974), S. 478.
(23)  法務委員会の議事録(BT-Drucks. 7/1384, S. 3)においても、「完全商人の私的な取引を管轄合意の禁止に服せしめることは規定目的に合致しない」ことが言われている。これに対して、Diederichsen (BB 1974, S. 473, 474) は、完全商人による私的取引については管轄の合意をなすことは、許されないとする。
(24)  Kornblum, ZHR 138 (1974), S. 478, 480f.  もっとも、立法過程においては、裁判籍改正により保護される人物の範囲として、「法律を知らずかつ取引経験のない人物」並びに「社会的又は経済的弱者」まで予定した見解が多く見られる。さらに、学説においても、裁判籍改正の目的について見解の統一を見ていない(立法過程及び学説の見解については、Vgl. Udo Kornblum, ZHR 138 (1974), S. 478, 479f.)。しかし、ZPO三八条一項及び二九条二項が予定する人的適用範囲からは、Kornblum の見解が適切と思われる。
(25)  Vgl. Kornblum, ZHR 138 (1974), S. 478, 483f.
(26)  Gesetz zur Regelung des Rechts der Allgemeinen Gescha¨ftsbedingungen vom 9. 12. 1976 (BGBl. I S. 33179.  本法全般に関する邦語文献として、ホルスト・ロッヒャー著/岩崎稜=山下丈監訳、生命保険文化研究所訳『西ドイツ普通取引約款規制法』(一九八四年・生命保険文化研究所)、石原全「西ドイツ『普通取引約款法規制に関する法律』について−」ジュリスト六三七号 (一九七七年)一四九頁以下。
(27)  Ulmer/Brandner/Hensen, Kommentar zum AGB-Gesetz, 7. Aufl. (1993), § 24 AGBG Rdnr. 15.
(28)  Begru¨ndung des Entwurfes eines Gesetzes zur Regelung des Rechts der AGB, BT-Drucks. 7/3919, S. 9.
(29)  BT-Drucks. 7/3919, S. 13.
(30)  BT-Drucks. 7/3919, S. 43.
(31)  BT-Drucks. 7/3919, S. 44.


第二章  EG法の影響を受けた人的適用範囲画定

  ヨーロッパ共同体(EG)においては、「消費者保護政策」の下、EG理事会によりいくつかの「消費者保護指令」が採択されてきた。それら指令についてEG加盟国には国内法化が義務づけられていたため、ドイツにおいても指令の国内法化が実現されている。
  EGにおける「消費者保護指令」の特徴を本稿の目的の範囲で概括すれば、二点を挙げることができる。第一に、保護されるべき「消費者」とその「相手方」の双方から概念定義されている点である。言い換えれば、契約当事者である利益を受ける者と不利益を受ける者双方の側から、人的適用範囲が限定されている点である。第二は、その限定の方法は、もっぱら契約当事者の当該契約における「目的」を基準としている点である。これら二点とも、従来のドイツ法においては見られなかった特徴である。
  このような指令における人的適用範囲画定基準は、ドイツ国内法にほぼそのまま取り入れられ、さらに、その後の立法にも影響を及ぼしている。
  以下では、EG指令を国内法化した法をEG指令にも言及しながら紹介・検討する(31a)(I)。また、その他のEGの影響を受けたと見られる人的適用範囲を限定する規律をもあわせて紹介する(II)。
I.EG指令の国内法化
  1.一九八六年一月一六日「訪問取引及び類似の取引の撤回に関する法律(以下では訪問販売撤回法と略称(32))」
    ((1))  概  論
  同法は、「特定の契約締結の態様」の場合に、顧客に撤回権を与える。すなわち、一条は「撤回権」という表題の下に、有償の給付に関する契約の締結に向けられた意思表示は、表意者(顧客)が、「1.職場もしくは私的住居における口頭の交渉により」、「2.契約相手もしくは第三者により少なくとも契約相手の利益のためにも行われたレジャー行事において」または「3.交通機関や公衆の立ち入り可能な通路内で不意に話しかけられたのに続いて」、意思表示をなすべく決定づけられた場合には、顧客が当該意思表示を一週間以内に書面で撤回しないときはじめて効力を生ずる、と規定するのである。
  また六条は「適用範囲」という表題の下に、「顧客が独立の取得活動の実施において契約を締結した」か、または、「契約相手が取引として行為していない」場合には、同法の適用がないとする。
    ((2))  EG指令との関連
  同法は、一九八五年一二月二〇日の「取引場所以外で締結された契約の場合の消費者保護に関するEG理事会指令(以下では指令と略称(33))」が採択される以前からその立法手続きに入っており、指令採択の二五日後に可決された。したがって、同法をもって指令を国内法に転換した法と即座に性格づけることはできない。ただ、同法は指令を予定してそれに合わせたものと見られてはいる(34)
  指令は、一条においてその規律対象を、一定要件を備えた「事業者と消費者との間の契約」と規定しており、二条において「消費者」とは「本指令の適用がある取引において自己の職業活動または営業活動に帰することはできない目的で行為する自然人」、「事業者」とは「当該取引の締結において自己の営業活動又は職業活動の範囲内で行為する自然人又は法人、並びに、事業者の名においてかつその計算で行為する人」と定義している。
  内容的には、同法と指令とは一致している部分も多いが、完全には一致しておらず、その限りにおいては指令に一致した解釈が必要となる(35)
    ((3))  規定目的
  理由書によれば、同法は、一条が予定する「訪問などによる」契約締結態様にあっては固定店での契約締結と異なり、顧客には不意打ちの危険などにより前もって別の提供を検討したり契約締結について熟考することが十分にはできないため、その埋め合わせとして顧客に撤回権を与えるものであると言われている(36)
  六条において人的適用範囲が限定される理由としては、同法が消費者保護を規定目的とすることが挙げられる(37)
  したがって、「顧客が独立の取得活動の実施において契約を締結しておらず」かつ「契約相手が取引として行為している場合」に、不意打ちの危険が生じ、消費者保護が問題となるということになろう。
    ((4))  検  討
  同法は直接にはEG指令の国内法化を目的としていないにもかかわらず、人的適用範囲を限定する際に、従来ドイツ法がとってきた手法すなわち商法上の概念を持ち出すということはせず、EG指令と類似した概念を持ち出し、かつ、EG指令と同様、「保護を受ける者」の側からのみでなく「(保護の反射として)不利益を受ける者」の側からも定義している点で、特徴的である。
  しかしそもそも、EG指令のとる適用範囲画定の方向について根本的に検討する必要はあろう。これについては、EG法の影響を受けたドイツ法全般に関わるので、まとめて後述したい(おわりにI参照)。
  2.一九九〇年一二月一七日「消費者信用法(38)
    ((1))  概  論
  同法一条は「適用範囲」という表題の下に、「与信者(又は信用仲介者)」と「消費者」との間での「信用契約(及び信用仲介契約)」を同法の適用対象として規定する。「与信者」とは「自己の職業活動又は営業活動の実施において信用を供与する人」であり、「消費者」とは「契約内容によれば既に実施されている自己の営業活動又は独立の職業活動のために信用を受けたのではない自然人」とされている。
  同法は、原則としては人的適用範囲を限定することなく例外的に限定するにとどまっていた従来の規律とは異なり、規定の冒頭から法の規律対象として人的適用範囲を限定している。一条の表題はまさに、「人的(perso¨nlich)」及び「物的(sachlich)」双方を含めた「適用範囲」なのである。
  以上のような適用範囲の下に、同法は信用契約に一定の方式を要求し(四条)、消費者に撤回権を与え(七条)、従来判例において一定の解決が示されていた第三者融資取引(drittfinanzierte Gescha¨fte)について「結合取引」として立法的解決をなし(九条)、遅延利息を一定利率に固定し(一一条)、解約告知・解除について制限する(一二条、一三条)など、消費者に有利な規律を置いている。
  なお、既に述べたように、同法の施行(一九九一年一月一日)により、従来消費者信用に関して中心的規律を担ってきた割賦販売法は廃止され、その規定内容は同法に組み込まれている。
    ((2))  EG指令との関連
  同法は、一九八六年一二月二二日の「消費者信用に関する共同体加盟諸国の法規定と行政規定の調整のためのEG理事会指令(以下では指令と略称(39))」の国内法化、及び、一九九〇年二月二二日の「指令の変更のためのEG理事会指令(40)」の一部国内法化を実現するものとして、成立した。
  同法の成立は、指令が直接の契機となっているため、その内容も指令をほぼ実現した内容となっている。したがって、適用範囲も指令と同法は規定文言上もほぼ一致している。
    ((3))  規定目的
  同法は、EG指令の国内法への転換、いわゆる「現代の債務者監獄」問題の解決、割賦販売法の組み込み、以上三つを直接の立法目的とする(41)。したがって、同法の規定内容は、この三つの目的を実現するための規定が互いに関係しながらも列挙された内容となっている。
  とはいえ、同法が一条において規定する適用範囲のために、同法は信用領域での「消費者保護」を一致した目的としていると言えよう。
    ((4))  検  討
  前述のように同法が複数の目的を実現するために成立したという経緯から、問題が生ずる。
  まず、EG指令が予定する規定内容及び人的適用範囲とは、同法のそれは一致しているため、その限りで問題はない(EG法全般については後述する。おわりにI参照)。さらに、割賦販売法との関係では、その八条による人的適用範囲は従来から問題とされており、同法を契機としてこの点が改められたことは意味がある。
  しかし、「現代の債務者監獄」問題の解決のために必要なのは、「信用暴利(Kreditwucher)」の規制であると言われていた。にもかかわらず同法はそれに関する規制を含んでいない。また人的適用範囲を見ても、従来から問題とされてきたのは職業的与信者であるので、職業的与信者以外の者にまで同法による不利益を課す点で問題があると言えよう。
  3.一九九六年七月一九日「AGBG改正法(42)
    ((1))  概  観
  本改正法の核心は、AGBGに新たな規定二四条aを付け加えたことである。二四条aは「消費者契約」という表題の下に、「消費者契約」については通常のAGBGの規律とは異なる特別な規律(より約款利用者の相手方の保護に厚い規律)が適用される旨を規定する。
  「消費者契約」とは、「事業者」と「消費者」との間の契約であり、「事業者」とは「自己の営業活動又は職業活動の実施において行為する人」、「消費者」とは「営業活動または独立の職業活動には帰することはできない目的で契約を締結する自然人」と定義されている。
  二四条aの導入により、AGBGはその人的適用範囲を、二つの異なる方向から(二四条と二四条a)限定されることとなった。
    ((2))  EG指令との関連
  本改正法は、一九九三年四月五日の「消費者契約における濫用条項に関するEG理事会指令(以下では指令と略称(43))」の国内法化を実現するものとして成立した。
  指令を国内法化するにあたっては、いかなる方法が採られるべきかについて議論がなされた。一方では、従来から濫用条項を規律してきたAGBGを指令の要求にあわせて変更すべきことが、他方では、既に述べたようにAGBGは「消費者保護」を直接の目的とせず原則として万民への適用を予定している点から、独立の法を定立すべきことが言われた。結局、AGBGは人的適用範囲を限定しておらず指令より適用範囲が広いため、内容的に指令と一致している部分については手を加える必要はないという理由から、指令の要求を満たしていない部分についてのみ、人的適用範囲を指令の要求している「消費者契約」に限定して、特別な規律を規定するという方法が採られたのである。
  成立したAGBG改正法は、指令内容をほぼ踏襲した規定となっている。
    ((3))  規定目的
  本改正法は、まさにEG指令の国内法化のみを目的とする(44)。したがって、本改正法は、EG指令の規定目的である「消費者保護」を直接目的とする。
    ((4))  検  討
  同法はEG指令が要求する規定内容と人的適用範囲をそのまま実現しており、その限りでは問題はない(EG法全般については後述する。おわりにI参照)。
  ただ、EG指令の国内法化という国家が立法を義務づけられた状況下では、このような規定もやむを得ないとは言え、AGBGの中に仕方なく異質な規律を押し込めたという感は拭えない。
II.その他の画定
  直接EG法を国内法化した立法ではないが、EG法の影響を受けた人的適用範囲画定の方向性が見える法が存在する。
  一九八五年三月一四日の「価格記載命令(45)」七条によれば、「自己の独立の職業活動又は営業活動、もしくは、自己の官庁活動又は労務活動において」商品又はサービスを利用する最終消費者に対する申込みや宣伝が、適用範囲から除外されている。
  また、一九八六年七月二五日に創設された民法六〇九条a(46)一項二号に規定される特別の解約告知権は、同条一項二号後段により、消費貸借の全部または大部分が「営業活動又は職業活動を目的とする」場合には、認められないとされる。

(31a)  さらに、一九八六年七月二五日の民法施行法二九条(Gesetz zur Neuregelung des Internationalen Privatrecht vom 25. 7. 1986, BGBI. I S. 1142)も、一九八〇年六月一九日のEG契約債務準拠法条約(Der EG-U¨bereinkommen vom 19. 6. 1980. u¨ber das auf vertragliche Schuldverha¨ltnisse anwendbare Recht, BGBI. II S. 809)五条を国内法化した規定である。同条は、「消費者の職業活動または営業活動には帰することができない目的での」動産提供又はサービス提供に関する契約などにおいては、一定要件の下、当事者の法選択により、消費者が常居所を有する国の法の強行規定によってこの者に与えられる保護が奪われてはならない、と規定しており、消費者保護に関連して人的適用範囲を画定している。しかし同条については、その国際私法という性質のため本稿の考察対象からは除外しておく。
(32)  Gesetz u¨ber den Widerruf von Haustu¨rgescha¨ften und a¨hnlichen Gescha¨ften vom 16. 1. 1986 (BGBl. I S. 122).  本法全般に関する邦語文献として、岡孝/山本豊「西ドイツ訪問取引法の批判的検討−日本法への示唆を兼ねて−(1)」判例タイムズ六四八号 (一九八七年)五三頁以下、ペーター・ギルレス著/竹内昭夫編『西ドイツにおける消費者法の展開』(一九八九年・法学書院)一二五頁以下。
(33)  ABl. Nr. L372/31 vom 31. 12. 1985.
(34)  Beschluβempfehlung und Bericht des Rechtsausschusses, BT-Drucks. 10/4210, S. 9.
(35)  Ulmer, Mu¨nchener Kommentar zum BGB, Bd. 3, 3. Aufl. (1995), HausTWG Vor § 1 Rdnr. 8.
(36)  Begru¨ndung des Entwurfes eines Gesetzes u¨ber den Widerruf von Haustu¨rgescha¨ften und a¨hnlichen Gescha¨ften, BT-Drucks. 10/2876, S. 1 und 8f.
(37)  Ulmer, a. a. O., HausTWG § 6 Rdnr. 1f.
(38)  Verbraucherkreditgesetz vom 17. 12. 1990 (BGBl. I S. 2840).  本法全般に関する邦語文献として、泉圭子「ドイツ消費者信用法について(1)−(3・完)」民商法雑誌一〇七巻四・五号七一七頁以下、一〇八巻一号二五頁以下、同二号二五二頁以下(一九九三年)。
(39)  ABl. Nr. L42/48 vom 12. 2. 1987.
(40)  ABl. Nr. L61/14 vom 10. 3. 1990.
(41)  Begru¨ndung des Entwurfes eines Gesetzes u¨ber Verbraucherkredite, zur A¨nderung der Zivilprozeβordnung und anderer Gesetze, BT-Drucks. 11/5462, S. 11ff.;Beschluβempfehlung und Bericht des Rechtsausschusses, BT-Drucks. 11/8274, S. 19f.
(42)  Gesetz zur A¨nderung des AGB-Gesetzes und der Insolvenzordnung vom 19. 7. 1996 (BGBl. I S. 1013).  本法に関する邦語文献として、谷本圭子「ドイツでの『消費者契約における濫用条項に関するEG指令』国内法化の実現−約款規制法(AGBG)改正法の成立・施行−」立命館法学二四七号(一九九六年)一頁以下。
(43)  ABl. Nr. L95/29 vom 21. 4. 1993.
(44)  Begru¨ndung des Entwurfes eines Gesetzes zur A¨nderung des AGB-Gesetzes, BR-Drucks. 528/95, S. 10.
(45)  Preisangabenverordnung vom 14. 3. 1985 (BGBl. I S. 580).
(46)  Gesetz zur A¨nderung wirtschafts-, verbraucher-, arbeits- und sozialrechtlicher Vorschriften vom 25. 7. 1986 (BGBl. I S. 1169).


お  わ  り  に

I.総  括
  以上、ドイツにおける人的適用範囲を画定する立法例を二つの流れに即して概観してきた。
  (1)  まず、商法を基礎とした人的適用範囲画定について見ていく。民法とは異なり一方当事者を保護する規定について、以前から民法より厳格な規律が適用されてきた「商人」にはこれを適用しないという考慮は、当然に生まれるべくして生まれてきたと言えよう。したがって、割賦販売法八条が商人観念を基礎に適用範囲を限定したことにも、批判はあるにせよ(47)意味があったのである。その後、これを一歩進め、商人かどうかだけではなく、商行為であるかどうかをも基準に加え、さらに、完全商人と小商人を区別するという詳細な処理もなされている。いずれにせよ、人的適用範囲を画定する法(商法)が既に存在している場合には、これが定義するのと同じ概念を用いることは、立法技術上煩雑さを避けるという観点から有意義であったと思われる。
  また、商法を基礎とした人的適用範囲画定は、主として「保護を要しない人物」は誰かという視点からなされてきた。さらに、「商人や商行為が関わる場合には、商法の規定が適用されるべきであり、商法上の固有の利益がまさに擁護されるべきである」という視点も考慮されてきたと言えよう。ここで問題とされているのは、「保護を受ける側」という一方当事者の側からの画定のみである。保護を受ける側の相手方の範囲は問題とされることはなかった。
  (2)  他方、EGによる「消費者保護政策」の推進により、ドイツでの人的適用範囲画定にも変化が生じた。EG指令などが適用範囲として予定する「自己の職業活動または営業活動を目的としない自然人」と「自己の営業活動又は職業活動の実施において行為する自然人又は法人」との間で締結された契約という限定が、そのまま国内法の人的適用範囲として取り入れられるようになった。EG法の国内化という目的の下、従来国内法には存在しなかった概念である「営業活動・職業活動」を基礎とし、保護を受ける側の「契約目的」とその相手方における「契約の意義」を基準として、適用範囲を画定しているのである。
  さらに、従来の規定と異なり、「保護を受ける側」と「その相手方(=保護の反射として不利益を受ける側)」の双方から、画定がなされている。これは、従来の規定とは異なり、「どのような人的適用範囲において、特別な規律(いわゆる消費者保護規律)を妥当すべきか」という視点が出発点となっていることに由来すると思われる。
  (3)  いずれにせよ、人的適用範囲画定が、EG法の影響により、商法規定とは一見無関係に独自の基準でもって実行されるようになっている。今後さらに消費者保護立法がなされる場合には、商法規定に基づき人的適用範囲画定がなされることはまずないであろうし、EG法の影響を受けた画定がなされることが予想される。しかし、他方では、商法規定に基づき人的適用範囲を画定された法律も存在し続けているのである。
  以上のような二つの方向をもつ法の現実をどのように捉えるべきか。わが国の今後のいわゆる「消費者法」のあり方を検討する際にも、重要な示唆を含む問題である。現在の法状態が維持されるべきなのか。それとも、いずれかの方向に統一されるべきなのか。従来の商法概念による人的適用範囲画定の方向は不適切であり、EG法の示す方向が適切であるのか。個別の法分野での人的適用範囲と特別規定との関係解明に加えて、少なくとも以上の問題にも答える必要がある。
  これらの問題の検討は後の課題としたいが、本稿ではEG法の示す方向に対して若干の批判を加えておきたい。EG法はたしかに、消費者とその相手方(=事業者)の双方向から定義をなし、従来の法秩序とは異なる新たな消費者法領域を作り出しているかのような印象を与えている。しかし、その内実を見れば、消費者については、事業者ではないということを述べているにすぎず、さらに、事業者についても、商法が予定する「商行為」をなす者と同義である。とすれば、消費者と事業者との契約は、結局、「商行為をなす者が商行為をなさない者と契約を締結している場合」として捉え直すことができる。すなわち、そこには、従来から存在する概念である「一方的商行為」が現れる。したがって、EG法が高らかに歌っている消費者法とは、「一方的商行為」法にすぎないと言えるのである。その上で、EG法が「消費者法」の適用範囲に含めていない領域は、結局、「双方的商行為」及び「商行為が介在しない契約」と言うことができるのである(48)
  それでもなお「消費者」という言葉を用いる意味があるかどうかについては、後の検討課題としたい。
  (4)  さらに、人的適用範囲を画定する法において特徴的なのは、取引態様や取引種類が注目され、そのようないわゆる「物的適用範囲」に限定して法が規定される点である。例えば、「割賦販売」、「仲裁契約」、「管轄の合意」、「訪問取引」、「信用契約」、「約款を用いた契約」などである。したがって、人的適用範囲画定の問題を考察するとき、物的適用範囲との相関関係も視野に入れる必要がある。
II.今後の課題
  本稿においては、人的適用範囲を限定しながら多様な立法を経験してきたドイツ法を、概観・紹介し、その基本構造を明らかにしたにすぎず、検討も規定目的という一つの視点からのみで十分ではない。
  今後、本稿で明らかとなったドイツの状況を素材として、以下の検討をなす必要があろう。
  ((1))  本稿では「一般的な規定目的」と「人的適用範囲画定」との相関関係を明らかにしたにすぎないが、一歩進めて、「規定内容」と「人的適用範囲画定」との相関関係を明らかにする必要がある。
  ((2))  本稿でも若干検討したが、現在のEG法に従った画定が本質的にどのような意味を有しているのか。
  ((3))  現在のドイツにおける二重の画定基準の存在をどのように評価すべきか。基準は統一されるべきか。
  ((4))  最も古い人的適用範囲を画定する法である商法における人的適用範囲画定と法規定との相関関係についても、考察する必要がある。
  ((5))  先に指摘したように、人的適用範囲画定のみでなく、物的適用範囲画定をも視野に入れた考察が必要となる。
  ((6))  わが国における人的適用範囲画定に関する法状況を検討し、ドイツ法をわが国の法解釈・立法への示唆とする必要性については言うまでもない。
  いずれも、今後の課題として検討していきたい。

(47)  そもそも商人概念を基礎とするHGBの構造自体が、批判の的となっている。Vgl. Karsten Schmidt, Handelsrecht, 4. Aufl. (1994), §§ 3 und 4.
(48)  Gartner, Zivilrechtlicher Verbraucherschutz und Handelsrecht, BB 1995, S. 1753, 1757.は、私見と同じ見解である。