立命館法学  一九九六年五号(二四九号)




朝鮮民主主義人民共和国の
対外民事関係法に関する若干の考察



木棚 照一






一、は  じ  め  に

  朝鮮民主主義人民共和国(以下共和国と略す)の「対外民事関係法」が一九九五年九月六日の最高人民会議常設会議決定第六二号として採択され、同日から施行されている。これは、共和国の対外経済交流・協力政策を促進するための基礎的な法整備の一環をなすものであって、共和国の国際私法に関する成文規定を定めた初めての法律である。しかし、他方では、この法律は、財産関係に関する準拠法を定める規定や紛争解決に関する国際民事訴訟法の規定ばかりではなく、家族関係や相続関係の準拠法に関する規定を含んでおり、私法的法律関係の法的安定が永年の課題であった在日朝鮮人の家族関係・相続関係をめぐる法律問題の解決に重要な意義を有するであろう。わたくしは、最近一〇数年来司法書士を中心とする法律家のグループと「定住外国人と家族法」研究会で主として在日韓国・朝鮮人をめぐる家族法や相続法上の問題を研究してきた。そして、共和国における国際私法規定が明らかでないために生じる問題点を指摘するとともに、そのような問題点の解明に努めてきた(1)。また、そのような関係から、共和国の国際私法制定の動きに着目してきた(2)。本稿では、前記研究会のメンバーである京都大学法学修士の西山慶一氏の協力を得て民事関係法の翻訳を検討するとともに、それにもとづいて家族法・相続法に関する規定を中心に若干の考察を試みることにしたい。
  共和国は、第二次世界大戦後、日本の支配下で施行された全ての法規の効力を喪失させ、主体思想に基づく独自の社会主義法秩序を形成、発展させることを課題としてきた。このような課題を実現するための法制定にはかなりの期間を必要とした。一九四五年一一月一六日の「北朝鮮で施行されるべき法令に関する件」(司法局布告第二号)二条によって、日本の支配のもとで施行された全ての法規が永久にその効力を喪失した、とされている(3)。一九五八年二月一日の共和国民法および民事訴訟法草案を準備することに関する内閣決定第一六号によって、民法および民事訴訟法の立法作業が本格的に開始された(4)。一九七六年一月一〇日最高人民会議常設会議において一三章一七七条からなる民事訴訟法(最高人民会議常設会議決定第一八号)が採択された。さらに、一九八〇年代になって民法典制定の動きが具体化する。一九八二年一二月七日の中央人民委員会政令第二四七号によって四章七二条からなる「民事規定(暫定)」が制定され、翌年三月の中央裁判所指示第二号によって同規定施行細則が定められた。一九八六年一月三〇日の中央人民委員会で「民事規定」が採択された。離婚その他の家族関係についてもこれらの民事規定に含まれていた。その後、一九九〇年九月五日の最高人民会議常設会議決定第四号によって四編一三章二七一条からなる民法と同年一〇月二四日の最高人民会議常設会議決定第五号によって六章五四条からなる家族法が制定され、それぞれ一九九一年四月の最高人民会議で憲法に基づく承認を受けた。これによって共和国の民事関係の基本的な実質法規定が整備されたことになった(5)。また、国際私法に関連する国籍法については、一九六三年一〇月九日法があったが、一九九五年三月二三日最高人民会議常設会議決定第五七号により改正されている(6)
  日本の国際私法の基本法典である法例の規定は、人の身分や能力についてその人の本国法によることが多かった。それにもかかわらず、法務省は、未承認国である共和国の法は原則として適用されないという見解をとり、若干の下級審判例や学説がこれを支持した。裁判所の多数の判例は、これと異なり、共和国法も本国法として適用され得ることを認めながら、当事者が共和国と関連が深いことを主張しているにもかかわらず、本籍地が大韓民国(以下、韓国と略する)であること以外に何等理由を示すことなく韓国法を本国法として適用したり、本国法を共和国法と認めた場合でも、その内容が不明であるとして、民族性を考慮して韓国法を適用したり、法廷地法である日本法を適用してきた(7)。共和国の民法と家族法の制定によって共和国法の内容が不明であることを理由として韓国法や日本法を適用する事例は減少した。しかし、社会経済体制を異にする日本に定住する在日朝鮮人について共和国の民法や家族法をそのまま適用してよいかどうかが、後により具体的に述べるように新たに問題とされるようになった。そこで、在日朝鮮人をめぐる私法的法律関係の安定を保障し、その権利を擁護する観点からも、共和国の国際私法の制定が望まれていたのである。

二、対外民事関係法の特徴


  対外民事関係法の特徴をその規定の内容との関係で三点に分けて概観しておきたい。
  第一に、「基本原則」「当事者」「財産関係」「家族関係」「紛争解決」の五章、六二条からなる総合的な国際私法典であることである。ソ連を中心とする社会主義体制における国際的な協力援助関係の崩壊に伴って従来共和国の目標としてきた主体思想を指針とした自立的民族経済の樹立をどのように実現し、発展させるかという課題が生じる。この課題を解決するための一つの重要な方策として資本主義諸国を含む諸外国との対外経済関係を拡大することが要請される。このような方策を実行するには、対外経済関係の拡大を可能にし、それを促進するような法律を整備する必要がある。共和国においては、経済開放関連法規の整備が行われている。とりわけ、一九九二年四月九日に最高人民会議で修正された共和国社会主義憲法によると、「海外に在住する朝鮮同胞の民主的な民族の権利と国際法によって認められた合法的権利を擁護」するとともに(一五条)、「領域内の外国人の合法的権利と利益を保障する」(一六条)ことを定めている。さらに、経済に関する国家の方針として、完全な平等と互恵の原則に従って対外貿易を発展させる(三六条二項)とともに、共和国の機関、企業所、団体と外国の法人または自然人との合弁や合作による企業活動を奨励する(三七条)。このような方針に基づいて、一九九一年一月の「自由経済貿易地帯法」をはじめ「外国人投資法」「合弁法」「合作法」「自由経済貿易地帯外国人滞留及び居住規定」など全二〇件の法令が制定されている(8)。このような方針がとられると、資本だけではなく人や物も外国から流入してくるのは当然であり、そのための法の整備が必要になる。従来から存在した法、たとえば、民事訴訟法についても一九九四年五月二五日の最高人民会議常設会議によってこのような方針に対応できるように、共和国の領域内にある外国人および外国企業にも民事訴訟法を適用し(六条)、職権主義から当事者の役割を重視する当事者主義へ修正する(一−三条、二三条二項、二四条二項、三九条、四〇条等)などの改正が行われている(9)。今回の対外民事関係法の制定もこのような法整備の一環として位置づけることができる。この法典の構成からみれば、国際民事訴訟法に関する章が含まれているのが注目される。一九八七年のスイス国際私法のような例外もあるが、資本主義諸国の多くの国際私法は原則として準拠法に関する規定を置くのみである。しかし、東欧の社会主義諸国の国際私法をみると一九六三年のチェコソロバキアの国際私法、一九七九年のハンガリーの国際私法、一九八二年のユーゴスラヴィア国際私法のように国際民訴に関する規定が含まれる法典がみられる。これは、社会主義国が資本主義国との関係で経済開放政策を採りながら平和的共存を目指そうとすれば、社会経済体制の相違に基づく実質私法の異質性があるだけに、裁判管轄権、外国の判決や仲裁の承認執行に関する規定を定めておく必要があるからであろう。
  第二に、在外朝鮮公民に関して従来生じてきた諸種の国際私法問題を考慮して在日朝鮮人を中心とした在外公民の権利を擁護し、私法生活の安定性を確保しようとする内容を持つことである。共和国における民法や家族法の制定によってこれまで日本で共和国法が明らかでなかったために生じた多くの困難な在日朝鮮人をめぐる法的問題の解決が一定容易になった側面があったけれども、同時に、社会経済体制を異にする日本に居住する在日朝鮮人にこれらの法がそのまま適用されるとすれば種々の不都合が生じることが予測された。確かに、家族法については前述のように付帯決議三項の規定があったが、しかし、この規定から直ちに、たとえば日本で在日朝鮮人の相続が問題となった場合に、共和国家族法が適用されず、日本法が適用されるということができない。その規定の解釈としてそのような結論を採ることができないわけではないが、議論の余地があり、在日朝鮮人の相続問題につき不安定な要素が残っていた(10)。共和国家族法によると、第一順位の相続人は被相続人の配偶者、子とともに、父母となり(四六条一項)、相続分は全ての相続人につき平等となっている(四七条一項)。さらに、相続人が被相続人より先に死亡した場合にはその子が相続順位を承継する(四九条)。したがって、これをそのまま適用すれば、父母が先に死亡していたとしても父母の相続分が被相続人の兄弟に代襲相続され、財産が分散されてしまう可能性が高い。さらに、相続できる期間も短期間に限られており、その期間が経過すると国庫に帰属するものとされている(五二条(11))。一九九三年九月二三日の家族法改正で若干の手直しが行われたが基本的には状況は変わっていなかった(12)。しかし、対外民事関係法の成立によってこのような点は大きく改善される。日本の国際私法によると、共和国を本国とする在日朝鮮人の相続については共和国法が適用される(法例二六条)。しかし、共和国の対外民事関係法四五条によると、不動産相続については不動産所在地法、動産相続については被相続人の本国法によるが、外国に住所を有している共和国公民については住所地法(13)を適用することになる(四五条一項)。その結果、日本法への反致が認められ、結局日本に所在する不動産および日本に住所を有する共和国公民の動産の相続については日本民法によればよいことが明確になった。また、外国に住所を有する共和国の公民が対外民事関係法施行前に行った婚姻、離婚、養子縁組、後見等の法律行為は、「それを無効とし得る事由がない限り」共和国内で効力を認めることとして、在外公民の法的安定性を保障する規定を置く(一五条)。さらに、たとえば、共和国民法二〇条一項は成年年齢を一七歳とするが、在日朝鮮人の成年年齢も一七歳としてよいかどうかである。共和国において成年年齢が一七歳とされたのは、共和国では通常一六歳で義務教育を終えて職業につくので、それから一年経てば一人前として扱ってよいとみたのである(14)。しかし、社会・教育体制が異なる日本で生活する在日朝鮮人にそのまま適用する場合には、妥当でない結果が生じるであろう。また、共和国家族法二〇条二項は、裁判によってのみ離婚することができる旨を規定するが、在日朝鮮人夫婦は裁判離婚しかできないことになるであろうか。共和国家族法の制定の際には、このような問題が生じることを考慮して、付帯決議三項で、他の国で永住権を取得して生活する朝鮮公民には共和国家族法を適用しない旨の規定を置く。しかし、日本の法例によって共和国法が本国法として適用される場合に、この規定が如何なる意義を有するか、法例三二条の反致によって共和国家族法ではなく日本民法が適用されることになるかどうかについては、議論が分かれるところであった(15)。共和国の対外民事関係法は、行為能力については本国法によることを原則とするが(一八条一項)、外国に住所を有している公民については住所地国の法を適用することができるものとする(一八条四項)。日本の法例三条一項によると、年齢による財産的行為能力に関しては行為者の本国法によることになる。在日朝鮮人の成年年齢を如何なる準拠法によって決定すべきであるか。原則としては本国法である共和国民法によって一七歳となる。しかし、外国で住所を有する共和国公民については住所地法によることができるのであるから、「できる」とする規定の意義と反致の趣旨との関係で議論の余地が残るけれども(16)反致が成立すると解することもできると考えるので、住所地法である日本民法によって二〇歳になると解する。けだし、このような場合であっても、少なくとも反致を認めることによって共和国と日本の間で判決の国際的調和が達成できるので、反致を肯定すべき根拠があるからである。同様に、対外民事関係法によって本国法が適用される養子縁組、離縁、親子関係、後見、遺言についても外国に住所を有する公民について例外的に住所地法を適用することができる旨規定する(四七条)。この規定は、その外国における在外公館あるいはそれに準ずる機関、例えば、在日本朝鮮人総連合会での身分関係の処理の基準としても適用されることになるように思われる。そうとすれば、反致を認めることによって、日本と共和国における判決や処理の同一性が得られるので、議論の余地はなお残るであろうが、このような場合にも反致を肯定すべきと考える。なお、このような見解に立ったとしても、婚姻の実質的成立要件の一部(三五条一項)、婚姻の効力(三六条)、離婚(三七条)については住所地法への反致を認めることはできないことは明文上も明らかである(17)。これは、一方では、外国に住所を有する共和国公民が対外民事関係法施行前に行った婚姻、離婚、養子縁組、後見等の法律行為の効力を無効事由がない限り認めることによって、既存の法律関係の安定性を保障しながら(一五条)、他方では、婚姻の実質的成立要件については本国法との密接な関連性から、婚姻の効力や離婚については段階的連結をとったこととの関係からそれぞれ住所地法への反致を否定したものと思われる。
  第三に、この法律が最近の世界の国際私法の傾向を考慮して立法されていることである。とりわけ、日本、韓国、中国をはじめとする近隣諸国の国際私法や東欧の社会主義諸国の国際私法の立法傾向を考慮しているように思われる。たとえば、不統一法国の国民の本国法の決定に関する九条は、原則として本国の準国際私法規則により、そのような規則がない場合には、例外的にその当事者が属している地方の法または最も密接な関係を有する地方の法によるものとする。これは、ハーグ国際私法条約や日本をはじめとする最近の諸国の国際私法の立法傾向を考慮したうえで、間接指定を原則とし、例外的に直接指定を認めるものである。もっとも、但書の当事者が属している地方の法と最も密接な関係を有する地方の法が「または」という文言で結ばれているが、この文言からは両者の法の関係が明確ではないように思われる。この点については改めて後に述べる。また、婚姻の効力、離婚および扶養について最近の国際私法の傾向が考慮されて、段階的連結が採られている。
  まず、婚姻の効力について、身分的効力と財産的効力を区別せず、夫婦の共通本国法、共通住所地法、最密接関係地法の段階的連結が規定されている(三六条)。この場合に日本の法例の規定と異なって夫婦が共通の国籍をもてば共通本国法があることになっていることに注意すべきである。つまり、日本の法例における同一本国法(共通本国法)というのは、重国籍者や不統一法国の国民については、法例二八条一項、三項、および三一条によって夫婦についてそれぞれ本国法を決定したうえで、そのような本国法が同一になるかどうかを問題とするから、国籍が同一であっても必ずしも共通本国法があることにならないのである(18)。それに対して、共和国の対外民事関係法においては夫婦の国籍が共通であれば直ちに共通本国法があることになる点で異なるのである。
  つぎに、離婚についても同様な段階的連結をとり(三七条一項、二項)、一方の当事者が共和国に住所を有する共和国公民である場合には、常に共和国法を適用する旨の共和国条項を規定する(三八条)。
  さらに、扶養についても、扶養権利者の住所地法によることを原則としつつ、この住所地法により扶養を受ける権利が認められない場合には扶養権利者の本国法または共和国法によるという段階的連結主義をとる(四四条)。扶養権利者の本国法が共和国法でない場合には、本国法と共和国法の関係が問題になるが、扶養権利者の本国法か共和国法かのいずれかで扶養請求権が認められていればその法による趣旨であろう。その両法で扶養請求権が認められている場合にいずれの法によるべきかは条文の文言からは明らかではない。この条文は、ハーグの扶養義務の準拠法に関する条約の規定の趣旨を常居所を住所に置き換えてできる限り取り入れようとしたものといえよう。
  親子関係の確定について、嫡出か非嫡出かを問題とすることなく子の出生当時の本国法によるとするのは、チェコ、ソロバキア、ポーランドなどの東欧諸国の立法例に倣ったものと考えられる(三九条)。また、売買契約、運送契約、保険契約等債権契約の準拠法については、原則として当事者の合意した法により、このような合意のない場合には、契約締結地の法によるものとしている(二四条)。これは、文言上は異なる点があり、解釈として異なる点が生じる余地があるが、日本の法例七条、韓国の渉外私法九条の規定とほぼ同一の内容となっている。

三、若 干 の 問 題 点


  以上述べたように、対外民事関係法の制定によって、共和国を本国法とする在日朝鮮人をめぐる相続、婚姻、離婚などの法律関係が明確となり、より安定したものになるであろう。さらに、将来共和国への投資や貿易などを考えている人達にとっても紛争が生じた場合の解決方法が明確になっており、投資や貿易のための法的基礎が固められているといえよう。しかし、如何に完全を期した立法であっても解釈論上の問題が残るのは当然である。共和国の対外民事関係法も解釈上問題となる点が残されているが、ここではそのうちの対外民事関係法に特徴的な若干の問題点に触れることにする。
  まず、必ずしも同じ意義を有するとみられない二つの法が「又は」という言葉でつながれている場合があることである(六条一項、九条但書、一二条、二二条但書、二五条二項、二九条、三三条、四四条二項参照)。例えば、一二条は、本法で準拠法とされる外国の法の内容が明確にならない場合には、当事者と最も密接な関係がある国の法または共和国法を適用する旨規定する。このうち最密接関係国法を定める前半部分は本法で定める連結点によって定められた準拠法が適用できない場合に当たるとみて、それに次いで適切と考えられる補助的連結点、例えば、本国法の内容が不明な場合には住所地を定めその国の法によるとする立場を示すものである。それに対し、共和国法の適用を定める後半は、準拠法として指定された外国法の内容が不明な場合には法廷地法である共和国法を適用しようとする立場を示すものである。これらは、それぞれ異なった見解を示し、異なった法を適用すべきとすることになる。また、二二条は、占有権、所有権などの物権について財産所在地法によるとし、但書で、船舶、航空機等の輸送手段と輸送中の財産に関する物権の準拠法についてその輸送手段の旗国法または輸送手段が属する国の法によるものと規定する。例えば、船舶については、パナマ、リベリアなどの便宜地籍船国に旗国を有する船舶が事実上自国の港を中心として海運に従事する場合には、自国内の港に船籍港をもつことを要するとする立法がみられる。そのような場合に、旗国と船籍港所属国が異なることが生じ得る(19)。この規定によると、どのような場合に旗国法が適用され、どのような場合に船籍港所属国法が適用されるのであろうか。さらに、債権譲渡の準拠法に関する三三条および扶養の準拠法に関する四四条二項にも類似の疑問が生じる規定がある。これらの規定の解釈として、裁判所の適切と考える方の法による趣旨か、前段の法によることができない場合にのみ後段の定める法による趣旨か、それとも、規定によって異なることになるのかなど種々の解釈の余地がある。この点についてより明確な文言に修正するか、明確になるような解釈が示されることが望まれる。
  つぎに、行為能力の準拠法に関する一八条四項、隔地的契約における行為地の決定に関する二五条二項、債権譲渡に関する三三条、国籍を異にする夫婦の婚姻の効力や離婚に関する三六条二項および三七条二項、養父母が国籍を異にする場合の養子縁組の準拠法に関する四〇条一項但書、扶養義務の準拠法に関する四四条一項、外国に住所を有している共和国公民の養子縁組、離縁、親子関係、後見、遺言の準拠法に関する四七条のように住所地法が準拠法になるとする規定が多くみられる。また、国際裁判管轄権についても住所地を基準とする規定がある(五二条−五五条)。ところが、この場合に基準となる住所が如何なるものをいうか明確な規定や解説を見いだすことができない。たとえば、住所地法について「国際私法上、民事法律関係を解決するとき、適用する法を当事者の住所地(現居住地)を基準として選定した法。住所地法は、属人法に包含される準拠法の一つである。住所地法は、人の行為能力、家族法および相続法上の諸問題がその者が生活する住所地の法と一定の関連を有する場合に適用される(20)」。この説明によると、現居住地と同義とされており、住所と居所が必ずしも明確に区別されてはいないように思われる。しかし、果して共和国において住所と居所を同一のものと考えられているのか明確ではない。少なくとも属人法として住所地法が適用される場合には、家族法付帯決議第三項の規定からみてもう少し厳格に「永住権を有して居住するか、それに準じる場合」を指すということもできそうである。この点についても明確な解釈が示されることが望まれる。
  さらに、一条ないし五条の基本原則が対外民事関係法の解釈、適用にどのような影響、効果をもつかも問題となる。とりわけ、一三条の留保規定の解釈との関係で問題となる。すなわち、一三条は、本法により準拠法とされた外国法または国際慣例を適用して定められた当事者の権利、義務が共和国の法律制度の基本原則に反するときは、共和国法を適用することを定めている。この規定は、日本の法例の公序規定に対応するものであり、解釈の幅があることは当然ともいえるが、前述の基本原則がきわめて包括的であるだけに政策的な要素を含め広く適用される余地が残る。しかし、この規定による外国法の適用排除はあくまで例外的なものとして、厳格な要件のもとで適用されることが、渉外的法律関係の安全を保障する本法の法目的にもかなうであろう。このように、一三条が濫用的に適用されることなく、抑制的に適用されることを期待したい。
  最後に、今後問題となるであろう離婚当事者がいずれも共和国の国籍を有するために、離婚準拠法として共和国法が適用される場合について触れておくことにしたい。共和国家族法二〇条二項によると、離婚は裁判によってのみ行うことができるものとする。しかし、離婚判決によって当然に離婚が成立するのではなく、離婚判決を得た後、一定期間(三カ月)以内に身分登録機関に登録することによってはじめて離婚が成立するものとされている。離婚登録はいずれか一方の当事者のみで行うことができる(21)。離婚判決後に夫婦関係が戻ったり、所定の期間内に登録しない場合には、改めて離婚判決が必要とされている。このような点から、共和国の離婚登録に必要とされる離婚判決を韓国民法八三六条の協議離婚の際の家庭法院の確認裁判によると類似の性質を有すると捉える見解もある(22)
  確かに、離婚といっても各国の離婚法を比較法的にみるといろいろな性質のものがある。共和国の場合には、離婚裁判は、単なる離婚意思の確認の場としてだけではなく、説得ないし社会教育の場として位置づけられ、かなり時間をかけ実質的に行われているようである。したがって、韓国民法における家庭法院の確認と同視して、手続の問題と法性決定して、協議離婚も認められるとするのは無理があるように思われる。しかし、だからといって、常に裁判離婚を経なければ離婚ができないと解するのも妥当ではない。むしろ、共和国の離婚法の趣旨からみれば、家庭裁判所における調停離婚や審判離婚も許されると解するべきである(23)
  以上のほか四七条をはじめ特徴的な規定がみられるがこの点については既に触れたのでここでは触れないことにする。また、たとえば、本国法が適用される場合に限らず広く反致を認めている一四条の規定の解釈との関係で、当事者の合意によって準拠法を決定する場合(二四条本文)にも反致が認められるか、間接反致や二重反致が認められるかなどの問題が生じる。しかし、これは共和国法に特徴的な問題とまではいえないので、他の多くの問題とともにここでは省略する。

(1)  木棚照一「日本の国際私法からみた朝鮮民主主義人民共和国の家族法の問題点」「定住外国人と家族法」研究会編『定住外国人と家族法IV』(新日本法規、自費出版)三八頁−六八頁、同「在日韓国・朝鮮人の相続をめぐる国際私法上の諸問題」立命館法学二二三=二二四合併号二九七頁−三四八頁(なお、戸籍時報四二五号、四二七号、四二九号に若干の修正を加えた上で転載した)参照。
(2)  たとえば、一九九五年一二月二一日の朝鮮新報におけるコメント、「朝鮮民主主義人民共和国の対外民事関係法の特徴と若干の問題提起」在日本朝鮮人人権協会会報『同胞●●人権●生活』三号九一頁以下参照。なお、対外民事関係法の翻訳については、月刊朝鮮資料一九九六年一月号三〇頁以下、その修正同二月号六四頁、前掲『同胞●●人権●生活』二号七八頁以下、戸籍時報四六四号四八頁以下などがある。
(3)  金圭昇『南・北朝鮮の法制定史』(社会評論社、一九九〇年)三四四頁参照。もっとも、大内憲昭『法律からみた北朝鮮の社会』(明石書店、一九九五年)一四〇頁以下によると、「朝鮮の新国家建設および朝鮮固有の民情と条理に符合しない法令および条項を除いて」「新法令を発布するまで効力を存続すること」を認めた、といわれている。
(4)  この点については、大内憲昭「朝鮮民主主義共和国の民法」関東学院大学文学部紀要四五号九三頁以下参照。
(5)  民法の制定過程やその内容の概観については、大内・前掲書九九頁以下、家族法については同書一八九頁以下参照。民法、家族法、民事訴訟法についても大内・前掲書二八七頁以下、三九一頁以下、三五八頁以下にそれぞれ掲載されている。また、在日本朝鮮民主法律家協会編『朝鮮民主主義人民共和国の民法、家族法』(一九九一年)も有益であろう。
(6)  一九六三年法については、大内・前掲書二五〇頁以下、一九九五年三月二三日の改正法については、前掲・『同胞●●人権●生活』二号七六頁以下参照。
(7)  木棚・前掲立命館法学論文三〇四頁以下参照。
(8)  任京河「『朝鮮民主主義人民共和国対外民事関係法』(国際私法)についての解説」月刊朝鮮資料一九九六年一月号三八頁参照。
(9)  大内・前掲書一七一頁以下参照。
(10)  木棚・前掲立命館法学論文三三三頁以下参照。なお、付帯決議第三項によると、「朝鮮民主主義人民共和国家族法は、外国で永住権を取得して生活する朝鮮公民には適用しない。」と規定されている。
(11)  木棚・前掲立命館法学論文三三二頁以下参照。
(12)  この改正については、大内・前掲書二一八頁以下参照。
(13)  ここで住所というのは、原語ではコジュ(●●)であり、居住地と訳すことができる。英訳文でも被相続人が居所を有した国の法(the law of the country in which the ancestor had a residence)とされている。しかし、ここでは一応『月刊朝鮮資料』一九九六年二月号六四頁の修正訳に従っておくことにする。
(14)  木棚「近くて遠い国、朝鮮民主主義人民共和国を訪ねて」前掲『定住外国人と家族法III』(一九九一年)一二八頁参照。
(15)  木棚・前掲立命館法学論文三三七頁以下参照。
(16)  ここで住所地国法を適用することが「できる」というのは選択的連結を定めていると解することができる。このような場合は日本法に依ってよい場合に過ぎず、法例三二条の「日本法ニ依ルヘキトキ」にあたらないから、反致は成立しないとする有力な見解がある(溜池良夫『国際私法講義』(有斐閣、一九九三年)一六〇頁)。
(17)  婚姻の実質的成立要件については、近親婚を理由とする婚姻障害についてだけ反致が認められないに過ぎない。婚姻の効力、離婚については法例三二条但書にあたることが明らかであるから反致が認められないことになる。
(18)  例えば、山田鐐一『国際私法』(有斐閣、一九九二年)三六五頁以下、溜池・前掲書四一八頁以下、木棚照一=松岡博=渡辺惺之『国際私法概論[新版]』(有斐閣、一九九一年)一七五頁以下など参照。
(19)  例えば、谷川久「旗国法の基礎の変化と海事国際法(1)」成渓法学二二号一二頁以下参照。
(20)  共和国社会科学院法学研究所編『法学辞典』(一九七一年)五九九頁、大内憲昭氏の翻訳による。
(21)  大内・前掲書二〇〇頁参照。
(22)  韓国の「北韓法」研究の権威であられる崔達坤教授の見解(一九九六年春の国際法学会における青木清報告「在日韓国・朝鮮人の離婚」、国際法外交雑誌に掲載予定)参照。
(23)  この点については、例えば、木棚照一「異国籍外国人夫婦の離婚の方法」澤木敬郎=場準一『国際私法の争点(新版)』(有斐閣、一九九六年)一七一頁参照。


〔資 料〕
「朝鮮民主主義人民共和国対外民事関係法」(仮訳)
(一九九五年九月六日朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議常設会議決定第六二号)
共訳  西山慶一・木棚照一
              第一章  対外民事関係法の基本
第一条  朝鮮民主主義人民共和国対外民事関係法は、対外民事関係における当事者の権利と利益を擁護しかつ保障するとともに対外経済協力と交流を強固に発展させることを目的とする。
第二条  本法は、共和国の法人ないし公民、外国の法人ないし公民の間の財産及び家族関係に適用する準拠法を定め、さらに民事紛争に対する解決手続を規定する。
第三条  国家は対外民事関係において当事者の自主的権利を尊重するものとする。
第四条  国家は対外民事関係において平等と互恵の原則を具現するものとする。
第五条  国家は対外民事関係において朝鮮民主主義人民共和国の法律制度の基本原則を堅持するものとする。
第六条  対外民事関係と関連して共和国が外国と締結した条約において、本法と異なる規定を定めている場合にはそれに従う。但し、その条約が対外民事関係に適用する準拠法を定めていない場合には、国際慣例又は朝鮮民主主義人民共和国法を適用する。
第七条  複数の国籍を有する当事者については次に掲げる法を本国法とする。
  1.当事者が有する国籍の中でその一つが共和国国籍である場合には、朝鮮民主主義人民共和国の法
  2.当事者が有する国籍が外国の国籍である場合には、国籍を有する国の中で住所を有する国の法
  3.当事者が国籍を有する国に全て住所を有しているか、いずれの国にも住所を有していない場合には、最も密接な関係を有する国の法
第八条  国籍を有しない当事者が、ある一つの国に住所を有している場合には、その国の法を本国法とする。但し、当事者がいずれの国にも住所を有しないか、数国に住所を有している場合には、現に居所としている国の法を本国法とする。
第九条  地方により内容が互いに異なる法を適用する国の国籍を有する者の本国法は、その国の法により定める。但し、そのような法がない場合には、当事者が所属している地方又は当事者と最も密接な関係を有する地方の法による。
第一〇条  共和国に住所を有しながら外国にも住所を有する者については、朝鮮民主主義人民共和国を住所を有する国の法とする。
  当事者が複数の異なる国に住所を有している場合には、その当事者が現に居所としている国の法を住所を有する国の法とする。
第一一条  いずれの国にも住所を有しない者については、当事者が現に居所としている国の法を住所を有する国の法とする。
第一二条  本法に従い準拠法と定められた外国法の内容を確認できない場合には、当事者が最も密接な関係を有する国の法又は朝鮮民主主義人民共和国法を適用する。
第一三条  本法に従い準拠法と定められた外国法もしくは国際慣例を適用して設定された当事者の権利又は義務が共和国の法律制度の基本原則に反する場合には、朝鮮民主主義人民共和国法を適用する。
第一四条  本法に従い外国法を準拠法として適用する場合に、その外国の法が朝鮮民主主義人民共和国法に反致しているときは、共和国法に従う。
第一五条  外国に住所を有する共和国公民が本法施行日以前に行った婚姻、離婚、養子縁組、後見等の法律行為は、そのような行為を無効とする事由がない限り、共和国の領域で効力を有する。
              第二章  対外民事関係の当事者
第一六条  対外民事関係の当事者とは、対外民事関係に関与する朝鮮民主主義人民共和国の法人ないし公民及び外国の法人ないし公民である。
第一七条  法人の権利能力には法人が国籍を有する国の法を適用する。但し、朝鮮民主主義人民共和国法において異なる規定を設けている場合にはそれに従う。
第一八条  公民の行為能力には本国法を適用する。
    本国法によれば未成年となる外国の公民が、朝鮮民主主義人民共和国法によれば成年である場合には、共和国の領域で当事者のなした行為は有効である。
    家族関係ないし相続関係及び外国に所在する不動産に関連する行為には、前項を適用しない。外国に住所を有する共和国公民の行為能力には、住所を有する国の法を適用することができる。
第一九条  行為無能力者及び部分的行為能力者の認証条件には、当事者の本国法を適用する。但し、本国法によれば認証される場合であっても朝鮮民主主義人民共和国法によれば認証できないときは、行為無能力者及び部分的行為能力者と認証しないことができる。
第二〇条  行為無能力者及び部分的行為能力者の認証の効力には、それを認証した国の法を適用する。
第二一条  所在不明者及び死亡者の認証には、当事者の本国法を適用する。但し、所在不明者及び死亡者の認証が共和国国内の法人、公民または共和国に所在する財産と関連がある場合には、朝鮮民主主義人民共和国法を適用する。
              第三章  財産関係
第二二条  占有権、所有権等の財産に関連する権利には、その財産が所在する国の法を適用する。但し、船舶、飛行機等の輸送手段及び輸送中の財産に関する権利には、その輸送手段に表示した旗国の法又はその輸送手段の属する国の法を適用する。
第二三条  著作権、発明権等の知的財産に関連する権利は朝鮮民主主義人民共和国法に従う。但し、共和国法に規定されていない場合には、それに関連する国際条約に従う。
第二四条  売買、輸送及び保険契約の締結等の財産取引行為には、当事者の合意により定めた国の法を適用する。但し、当事者が合意した法がない場合には、財産取引行為が行われた国の法を適用する。
第二五条  互いに異なる国にある当事者が電報または書信等を利用して契約を締結する場合に、行為が行われた国の法は申込発信地国の法とする。
    申込を発信した地が不明の場合に財産取引行為が行われた国の法は、発信人の住所地又は所在地国の法とする。
第二六条  財産取引行為の方式は行為が行われた国の法に従った場合にも効力を有する。
第二七条  共和国の自由経済貿易地帯における外国人投資企業設立等の財産関係には、朝鮮民主主義人民共和国法を適用する。
第二八条  海難救助契約には、当事者間で合意した法がない場合には、次の法を適用する。
  1.領海内においてはその国の法
  2.公海では海難救助契約に関する管轄権を有する裁判所が所在する国の法
  3.公海で船籍を異にする数隻の船舶が救助した場合には、救助を受けた船舶に表示された旗国の法
第二九条  共同海損には、当事者が合意して定めた法がない場合には、その航海の最終目的港所在地国又は船舶が最初に到着した港が所在する国の法を適用する。但し、損害を負担しなければならない当事者が同一の国籍を有している場合には、その国の法を適用することができる。
第三〇条  事務管理又は不当利得には、その原因となる行為もしくはその事実の発生した国の法を適用する。
第三一条  不法行為には、不法行為が発生した国の法を適用する。
  外国においてなした行為が朝鮮民主主義人民共和国法によれば不法行為とならない場合には前項を適用しない。但し、不法行為となる場合にも朝鮮民主主義人民共和国法が定める範囲内においてのみ責任を負わせることができる。
第三二条  公海上において、同一船籍の船舶が不法行為により衝突した場合は、船舶に表示された旗国の法を適用する。但し、船籍の異なる船舶が不法行為により衝突した場合は、船舶衝突に関する管轄権を有する裁判所の所在地国の法を適用する。
第三三条  債権譲渡には、譲渡行為が行われた国の法又は債務者が住所を有している国の法を適用する。
第三四条  債権者代位権又は債権者取消権には、債権債務関係の準拠法と債務者が第三者に対して有する権利の準拠法を累積的に適用する。
              第四章  家族関係
第三五条  婚姻要件には、各当事者につきその本国法を適用する。但し、本国法によれば婚姻要件が認定されたとしても、朝鮮民
主主義人民共和国法によると現在存続している婚姻関係又は当事者間の血縁関係が認定される等の婚姻障害がある場合にはその婚姻は許されない。
  婚姻の方式には、当事者が婚姻を挙行する国の法を適用する。
第三六条  婚姻の効力には、夫婦の本国法を適用する。
  夫婦の国籍が異なる場合には夫婦が共通に住所を有する国の法を適用し、夫婦の住所地が異なる場合には夫婦と最も密接な関係を有する国の法を適用する。
第三七条  離婚には、当事者の本国法を適用する。
  離婚当事者の国籍が異なる場合には夫婦が共通に住所を有する国の法を適用し、離婚当事者の住所地が異なる場合には夫婦と最も密接な関係を有する国の法を適用する。
  離婚の方式は、当事者が離婚する国の法に従った場合にも効力を有する。
第三八条  離婚当事者の一方が共和国に住所を有する共和国の公民である場合には、本法第三七条に拘らず、朝鮮民主主義人民共和国法を適用することができる。
第三九条  実父母、実子女関係の確定には、父母の婚姻関係の如何に拘らず、出生当時の子女の本国法を適用する。
第四〇条  養子縁組と離縁には、養父母の本国法を適用する。但し、養父母が国籍を異にする場合には、養父母が共通に住所を有する国の法を適用する。
  養子となる者の本国法において、養子となる者もしくは第三者の同意又は国家機関の承認を養子縁組の要件としている場合には、それらの要件をも備えなければならない。
  養子縁組及び離縁の方式は、当事者が養子縁組と離縁を行う国の法に従っている場合にも効力を有する。
第四一条  父母と子女の親子関係の効力には、子女の本国法を適用する。
  父母と子女いずれか一方の当事者が共和国に住所を有する共和国の公民である場合には、朝鮮民主主義人民共和国法を適用する。
第四二条  後見には、被後見人の本国法を適用する。
  後見の方式は、後見を行う国の法に従っている場合にも効力を有する。
第四三条  共和国に住所を有し、又は、在留している外国人に後見人がいない場合には、朝鮮民主主義人民共和国法に従い後見人を定めることができる。
第四四条  扶養関係には、被扶養者が住所を有する国の法を適用する。
  被扶養者が住所を有する国の法によれば扶養を受ける権利が認められないときには、被扶養者の本国法又は朝鮮民主主義人民共和国法を適用することができる。
第四五条  不動産相続には、相続財産の所在する国の法を適用し、動産相続には被相続人の本国法を適用する。但し、外国に住所を有する共和国国公民の動産相続には被相続人が住所を有していた国の法を適用する。
  外国に居住する共和国公民に相続人がいない場合、その相続財産は、その公民と最も密接な関係にあった当事者が承継する。
第四六条  遺言及び遺言の取消には、遺言者の本国法を適用する。
  遺言及び遺言の取消の方式には、朝鮮民主主義人民共和国法、遺言を行った国の法、遺言者の住所を有する国の法又は不動産の所在する国の法に従っている場合にも効力を有する。
第四七条  外国に住所を有する共和国公民の養子縁組、離縁、父母と子女の親子関係、後見、遺言には、住所を有している国の法を適用することができる。
              第五章  紛争の解決
第四八条  対外民事関係において発生する紛争に対する解決は、本法に規定していない場合には、朝鮮民主主義人民共和国の関連法に従う。
第四九条  財産取引に関連して発生する紛争に対する裁判または仲裁の管轄は、当事者相互の合意によって定める。
第五〇条  財産取引と関連する紛争について当事者が裁判又は仲裁の管轄を合意していないときに、朝鮮民主主義人民共和国の所轄機関が管轄権を有するのは、次の通りである。
  1.被告が共和国領域内に現在しているか、住所を有している場合
  2.紛争の原因となる財産損害が、共和国の領域内で発生した場合
  3.被告の財産又は請求の客体が、共和国の領域内に所在する場合
  4.紛争の原因が共和国に登録された不動産に関連する場合
第五一条  行為無能力者、部分的行為能力者、所在不明者及び死亡者の認定に関する紛争に対しては、共和国領域内の法人、公民、財産と関連があるときは、当事者の国籍、住所地に拘らず、朝鮮民主主義人民共和国の所轄機関が管轄権を有する。
第五二条  婚姻に関連する紛争及び離婚に対しては、訴え提起の当時被告が共和国に住所を有しているか、原告が共和国に住所を有する共和国公民であるときは、朝鮮民主主義人民共和国の所轄機関が管轄権を有する。
第五三条  夫婦の財産関係に関する紛争に対しては、当事者が共和国に住所を有するか、原告または被告が我国に住所を有し、かつ、その財産が共和国の領域に所在する場合に、朝鮮民主主義人民共和国の所轄機関が管轄権を有する。
第五四条  朝鮮民主主義人民共和国の所轄機関は、養子縁組、離縁、父母と子女の親子関係、後見、扶養関係に関する紛争について、当事者が共和国に住所を有する場合にのみ管轄権を有する。
第五五条  相続に関する紛争に対しては、相続人が共和国に住所を有する共和国公民か、相続財産が共和国領域内に所在する場合には、相続人の国籍及び住所地の如何に拘らず、朝鮮民主主義人民共和国の所轄機関が管轄権を有する。
第五六条  次の場合には当事者の請求の如何に拘らず、裁判もしくは仲裁を拒否又は中止する。
  1.本法に従い当該紛争に対する管轄権が認められない場合
  2.同一内容の紛争について外国において裁判又は仲裁を既に開始した場合
  3.当事者が紛争解決を中止することに合意した場合
  4.朝鮮民主主義人民共和国法に従う何等かの正当な事由がある場合
第五七条  外国の領域で行う証拠の収集及び証人尋問等の紛争解決の手続又は外国の所轄機関が下した判決もしくは裁決の認定もしくは執行に関して朝鮮民主主義人民共和国の所轄機関は、外国の所轄機関に必要な資料を請求することができる。
第五八条  外国から共和国の所轄機関に提供された証人尋問調書及び証拠物等は、その国の公証機関の公証を受けなければ、紛争解決の証拠として使用できない。
第五九条  外国の所轄機関の判決は、それを互いに承認するという国家的合意がある場合にのみ承認する。但し、家族関係に関する外国の所轄機関の判決執行の当事者となる共和国公民がその執行を請求するか、又は、同意する場合には、外国において下された判決を承認することができる。
第六〇条  次の場合には、外国の所轄機関が下した判決及び裁決は承認されない。
  1.判決又は裁決の内容が朝鮮民主主義人民共和国の法律制度の基本原則に反する場合
  2.判決又は裁決が朝鮮民主主義人民共和国の所轄機関の管轄に属する紛争に関連する場合
  3.判決又は裁決が朝鮮民主主義人民共和国の所轄機関の判決又は裁決と関連がある場合
  4.判決又は裁決が共和国において既に承認した第三国の判決又は裁決と同一の内容である場合
  5.判決又は裁決が正当な事由なく当事者の関与がなく下された場合
  6.朝鮮民主主義人民共和国法に従う何等かの正当な事由がある場合
第六一条  本法第五九条及び第六〇条の規定は外国の所轄機関が下した判決又は裁決の執行にも適用する。
第六二条  外国の所轄機関が下した判決または裁決の執行について、共和国領域内の当事者が利害関係を有する場合は、その判決又は裁決が確定した時から三か月以内に朝鮮民主主義人民共和国の所轄機関に意見を提起することができる。

〔訳注〕  原文にできるだけ忠実に翻訳することを基本としたが、英文等を参照して日本語の条文として相応しい訳に努めたが、他は次の通りである。
1原文を直訳すれば「居住」となるところは一律に「住所」と訳した。
  (七、八、一〇、一一、一五、一八、二五、三三、三六、三七、三八、四〇、四一、四三、四四、四五、四六、四七、五〇、五一、五二、五三、五四、五五各条)
2「結婚」は「婚姻」、「立養」は「養子縁組」、「罷養」は「離縁」、「未成人」は「未成年」、「成人」は「成年」、「我国」は「共和国」、「他国」は「外国」に訳することとした。

〔後記〕  中井美雄先生には、昭和四五年(一九七〇年)私が立命館に着任して以来、研究会や学内行政、とりわけ、学内役職などで多大のご助力、ご教示を賜わった。
  また、長尾治助先生には、消費者保護などの分野で教えて頂くことが少なくなかった。事情あって、私も両先生とともに立命館大学法学部を去ることになった。本格的な論文ではないが、本稿で両先生への感謝とお礼の気持に代えさせて頂くことにした。「定住外国人と家族法」研究会の友人西山慶一氏の協力を得て本稿を完成することができた点については、同氏および研究会の会員諸氏に謝意を表したい。