立命館法学  一九九七年六号(二五六号)一三〇四頁(九二頁)




起訴後の勾留の性質
継続的強制処分と処分抗告構造


久岡 康成






一  は じ め に
二  起訴後の勾留の性質
三  国際人権法上の議論
四  勾留に対する手続的権利の保護





一  は  じ  め  に


(一)  起訴後の勾留については勾留更新、保釈などの起訴後の勾留独自の問題、勾留質問などの勾留の手続、代用監獄としての警察署附属の留置場の利用や移監、不服申し立て若しくは救済などの起訴前及び起訴後の勾留に共通の問題、起訴後の捜査のように起訴後の勾留の中で生じる問題など、多様な問題が論じられてきた(1)。起訴後の捜査についてみても、起訴後に被告事件について捜査が行われる場合と、起訴後に起訴されていない犯罪事実(余罪)について捜査が行われる場合の二つがあり、それぞれ多くの論議が行われてきた。前者については、起訴後の勾留されている被告人に対する被告事件についての取調を始め多くの問題があり(2)、後者についても、起訴後の勾留をされている被告人のその間に作成された自白調書の任意性の問題など(3)、深刻な問題が生じている。
  本稿では、これら多様な問題全体が生ずるいわば土台であり、したがってそれらの諸問題を検討する前提となる起訴後の勾留自体について(4)、その性質(特色)を検討したうえで、国際人権法上の到達点をも参考にしつつ、起訴後の勾留における被告人の手続き的権利の保障について考えてみたい。なお、以下に検討する勾留の性質は、基本的には起訴前の勾留にも共通すると思われるが、ここではとりあえず起訴後の勾留の問題として検討している。

(1)  青木=沢田「余罪をめぐる訴訟法上の問題」佐伯千仭編著・続生きている記事訴訟法一一〇頁など参照。また参照、久岡「余罪捜査」別冊ジュリスト法学教室第二期一号一四二頁号一四二頁。
(2)  参照、久岡「公訴提起後の捜査」ジュリスト増刊刑事訴訟法の争点(新版)一〇二頁。
(3)  参照、田口守一「被告人の取調べ」編集代表井戸田侃・総合研究=被疑者取調四八九頁。関連する判例として、昭和六〇・三・二〇旭川地判、昭和五九・八・二七旭川地決判例タイムズ五五九号一一頁等がある。
(4)  起訴後の勾留がこれらの問題の土台であるという意味は、自白調書の任意性の問題は起訴されていない犯罪事実(余罪)についての被告人の取調がなければなく、起訴されていない犯罪事実(余罪)についての被告人の取調は、それが行われている勾留が違法であれば有り得ないという意味である。

二  起訴後の勾留の性質


(一)  起訴後の勾留の性質としてまず注目されるのは、その継続性である。
  (1)  勾留という強制処分は、「その者の行動の自由を拘束する強制処分」(井戸田侃・刑事訴訟法要説一〇〇頁)と定義される強制処分であり、元来その「行為」自体が継続性を持っているという特色をもっている。勾留を執行する者が被勾留者の自由を拘束する(退去させない)活動を継続することが予定されている。この点が他の強制処分、例えば差押(刑訴法二一八条)などと異なる点である。差押の場合は、管理者の占有を排除して物の占有が取得され、その物が返還されないという限りでは、人権の侵害が継続するが、それは差押という強制処分の結果としてそのような状態が生じているのである。他人の占有を排除して物の占有を取得する活動自体は継続して行われていない。そうして、勾留「行為」自体が継続性を持っていることは、時間の経過とともに被勾留者の自由を拘束する(退去させない)新たな強制処分が創出されていくことを意味する。
  (2)  このような継続性を持つ強制処分である勾留は、その強制処分の直前・直後での勾留「行為」自体の継続性はあっても、何時までも被疑事実や勾留理由において勾留開始時と同一であるとは限らない。これは、勾留の理由たる公訴事実・被疑事実、勾留の理由(刑訴法六〇条一項所定の事由)、勾留の必要性のいずれについても生じ得る点である。その意味では、勾留は事実としては可変性を持つ継続的強制処分である。このことは、起訴後に起訴されているよりも重大な余罪に対する余罪捜査が長期化して、起訴されている被告事件の公判期日が何回も延期されている場合の勾留を想定すれば否定できないと思われる(1)。そこでは余罪が、「起訴後の勾留」の名のもとに、勾留の実際の被疑事実になっているということが生じている。なお、勾留理由開示請求の競合(刑訴法八六条)に関連して、憲法三四条後段が「拘禁の開始の理由のみを問題としていてその後の理由を全く不問に付する趣旨であることはその規定のどこからも出てこない解釈であるし、事柄の性質からいっても合理性を欠く」ことが、既に指摘されている(2)
  もっとも事実としての勾留の可変性については、その枠となる論議が行われている。例えば、逮捕・勾留の基礎についての「事件単位説」を、時間的先後の関係で適用して、一定の場合に「令状差し換え」を要求することは(3)、結果として勾留の理由たる公訴事実・被疑事実の変化に枠をはめることになっている。これに対し勾留理由開示請求が許されない「同一の勾留」の枠を(刑訴法八六条)、訴訟経済上もっぱら公訴事実もしくは機械的に勾留状の同一性を基準にする立場は(4)、刑訴法六〇条一項所定の勾留の理由の相違を許容する立場になり、先後関係のある勾留理由開示請求にあてはめると(5)、刑訴法六〇条一項所定の勾留の理由の変化を許容し、可変性の枠を一定広くとることになる。いずれにしろ、この枠(規範)は勾留に可変性があればこそ意味を持つもので、この枠があることは裏返せば勾留は事実的には可変的なものであることを示している。
  (3)  判例においても、勾留の「継続」という言葉が用いられることがある。例えば判例は、裁判としての勾留更新の告知について、「勾留更新は勾留の継続にほかならないから」(最判昭和二四・四・二六刑集三巻五号六五三頁)、勾留状の執行に準じいわゆる原本執行で足り(6)、勾留更新決定書の謄本を被告人に送達する必要がないと述べている。但し、判例における「継続」の理解は右の判決も含めて、「継続」していることは「同一性」を導き、その「同一性」は、簡易な手続きで十分とする根拠になったり、新たな手続きの必要を否定する根拠になっている。例えば、右の勾留更新の執行方式の判例は(最判昭和二四・四・二六)、前者の例である。起訴前に逮捕され勾留されていた被疑者が起訴された場合や勾留更新の場合には、勾留質問(刑訴法六一条)は行われず、問題にもなっていないことは、後者の例である(7)。起訴前の勾留時の勾留質問でことが足りていると解されていること、すなわちそのときから起訴後の匂留までが継続し同一のものと扱われていることを意味している。勾留が継続的強制処分であることは前述の通りである。しかし、この継続的強制処分は可変性のあるものであり、それに対する手続き的権利の保護の視点から、これらについては再検討の必要が出てくるものと思われる。
(二)  起訴後の勾留の性質として次に挙げることのできるのは、起訴後の勾留の中での勾留に関する裁判が、職権で裁判所により行われ、しかもそれが被処分者の関与しない処分抗告構造で行われることである。
  (1)  まず起訴後の勾留は、裁判所の職権で行われる強制処分である。現行刑事訴訟法の強制処分は実施主体からみれば、裁判所が実施する証人尋問請求・証拠保全請求型と(旧刑事訴訟法までは原則型)、捜査機関が実施する捜索・押収・検証型が併存している(8)。この中で勾留は、裁判所または裁判官が行う強制処分であり(刑訴法六〇条一項、二〇七条一項)、ことに起訴後の勾留は検察官に請求権のない裁判所の職権による強制処分である。裁判所の責任は重い。但し、勾留の執行指揮は検察官が行い(刑訴法七〇条)、検察官には移監の権限もあるので(刑訴規則八〇条)、執行されている勾留そのものは外部的には、起訴後の勾留の場合も、検察官の勾留のような印象を与えるときもある。
  (2)  次に、被処分者の関与しない処分抗告構造で行われるということは、次のような意味である。強制処分は令状によって行われるのが原則であるが(憲法三三条、三五条)、逮捕や差押など多くの場合、令状の発布は、強制処分請求者と令状の発布者との間で行われる制度になっている。被処分者は、令状発布の段階では関与せず、執行の段階から令状の呈示や執行の立会などで関与し、令状発布またはその執行に事後的に抗告または準抗告できるだけである。いわば、被処分者を当事者として関与させず(ex parte)、その取消の請求を認めるだけの処分抗告構造となっている(9)
  しかし、このような処分抗告構造は強制処分にとっては、必然的、本来的なものでない。むしろ、「強制処分は社会生活における人間の自由を制限するものであるから、刑罰に準じ、その構成要件と法律効果は勿論、その手続についても法律により規定されなければならない(憲三一ー法定手続の原則(10))」。したがって、憲法三一条の定める法定手続の原則すなわち適正手続きの原則の根本としての告知・聴聞を受ける権利は(11)、本来は強制処分にも保障されてしかるべきなのである。現に、被処分者が令状の発布決定(強制処分を許すか否かの決定)に参加する制度も、イギリスの警察・刑事証拠法附則第一の特別手続における刑事法院判事による(提出)命令(同七条)など、当事者関与の形(inter partes)の立法例が、既に我が国に紹介されている(12)。被勾留者の人権保護の視点からは、可能なかぎり当事者が関与する形が望ましいことは言うまでもない。起訴後の勾留制度の運用にあたってもできるだけこの視点が考慮されなければならない。
  起訴前の勾留については、勾留質問(刑訴法六一条)が必ず行われている。しかし起訴後の勾留においては、被勾留者は殆ど起訴前に勾留されていた者であり、その場合は、前述のように公訴の提起により勾留質問なしに起訴後の勾留に移行し、その後は裁判所が職権で行う決定で勾留更新されることが多い。そこでは被告人の関与はなく、勾留が継続されるだけである。勾留の運用を外部から客観的にみるとき、起訴後の勾留は起訴前の勾留に比べて、処分抗告構造へ後退しているといえよう(13)

(1)  公判期日の指定は裁判長が行い(刑訴法刑訴法二七三条一項)、変更は裁判所が行う(刑訴法二七六条)。被告人にたいする余罪が近く追起訴されるということは、公判期日の変更がやむを得ない場合(刑訴規則一七九条の四第二項、一八二条一項)として、一般に認められている(鈴木茂嗣・注解刑事訴訟法中巻四二六頁等)。また、公判期日の指定に際しては追起訴予定ありとの検察官の申し出(起訴状に付記もしくは公判期日の意見陳述)のもとに、その日時が指定されることも日常的に見られる。
(2)  高田卓爾・注解刑事訴訟法上巻〈全訂新版〉二七三頁。この指摘は、勾留理由開示の制度を「勾留の当初に当たって勾留の理由を公にする要求」とする見解(ポケット刑訴上二〇五頁)を批判したものである。なお、勾留理由開示制度が憲法三四条後段に由来することは一般に認められており、ここでも前提になっている。
(3)  例えば参照、中野佳博「逮捕・勾留された被疑者の身柄拘束の限界」法務総合研究所編刑事法セミナーW刑事訴訟法(上)〈捜査〉一二八頁。
(4)  例えば、河上和雄・注釈刑事訴訟法第一巻三二二頁。但しこの立場も、勾留開始時の勾留理由と勾留開示請求時の現在の勾留理由が異なりうることは前提としている。
(5)  判例は一度勾留理由の開示が行われたときは重ねて勾留の理由の開示を請求できないとしている(最決昭和二八・一〇・五刑集七巻一〇号一九三八頁)。
(6)  一般の裁判又は命令の執行の形(刑訴規則三六条一項、四七三条)によるという見解もあったが、実務では原本執行の方法によっているところがほとんどといわれている(参照、刑事訴訟実務書式要覧一巻八一四頁)。
(7)  勾留質問は、従来は抑留・拘禁にあたって理由告知を要求する憲法三四条前段との関連で理解されることが多かったが、今日では、「英米法の常識である司法官への『予備出頭』(なお人権B規約九条三項、四項も参照)がここではじめて実現したことになる」(田宮裕・刑事訴訟法(新版)八三頁)、とも論じられている。いずれにしろ勾留には必須のもので、どこかで行われたと解される必要がある。
(8)  現行刑事訴訟での強制処分の特色について、また参照、久岡「現行刑事訴訟法の性格論」立命館法学一八三・一八四号九四四頁。
(9)  強制処分の構造について、また参照、久岡「捜査における手続保障」刑法雑誌二七巻四号二七頁。
(10)  平場安治・改訂刑事訴訟法講義二六二頁。但し、憲三一条法定手続の原則(適正手続きの保障)と、令状主義の関係など検討すべき問題も多い。
(11)  参照、最大判昭和三七・一一・二八刑集一六巻一一号一五九三頁。
(12)  法務大臣官房司法法制調査部編・イギリス警察・刑事証拠法イギリス犯罪訴追法一二三頁。また、島伸一・捜索・差押の理論一三五頁は、アメリカ合衆国における事前当事者聴聞について論じている。
(13)  勾留質問を、憲三一条の法定手続の原則(適法手続きの原則)にひきつけて、当事者関与の形(inter partes)のあらわれとみるか、可変性のある継続的強制処分である勾留の性質に関わってのものとみるか、両者の関係は、ということが抽象的には問題になり得る。ここでは、それらは別として、起訴前の勾留に比較して、処分抗告構造が表にでていることを問題としている。


三  国際人権法上の議論


(一)  それでは、以上のような性質をもつ起訴後の勾留について、被勾留者の手続き的権利の保護は十分であろうか。被勾留者の人権の手続き的権利の保護としては、従来は刑事訴訟法、憲法の諸規定が問題とされてきたが、今日ではさらに国際人権法の見地を加えて検討されている。
  すなわち戦後、国際的な人権保護の規範として世界人権宣言が国連総会で決議されていたのであるが(一九四八年)、さらに市民的及び政治的権利に関する国際規約(本稿では国際人権((自由権))規約としている)が一九六六年に採択され、一九七九年には我が国も批准し、その効力が発生している。この国際人権(自由権)規約については、今日では自力執行力(self executing)についてもこれを認める議論が有力である(1)。仮になおこれについて論議を残しているとしても(2)、少なくとも、裁判所が司法権の行使として、法律、規則、又は処分が憲法又は国際人権(自由権)規約の違反するかどうかを判断することを、日本政府も、規約人権委員会に対する第三回政府報告書(一九九一年)で認めている(3)。国際人権(自由権)規約を中心とする国際人権に関わる諸文書(条約、宣言、保護原則など)が、我が国の刑事訴訟法の運用において、解釈の枠付けとなり、尊重され、指針となることには争いがない(4)
  以下、起訴後の勾留の問題が関わる未決拘禁に関する、国際人権法上の到達点を再確認しておきたい。
  未決拘禁されている人々の人権保護は、世界人権宣言、国際人権(自由権)規約、受刑者処遇最低基準規則、被拘禁者保護原則などの、多くの人権宣言・規約や国際的な文書の中に定められている。その簡明に整理された到達点は、一九九〇年にキューバの首都ハバナで開催された第八回国連犯罪防止会議(5)で採択された、「未決拘禁(pre-trial detention)」に関する決議が行われた際に、その前提とされた以下の基本原則に見ることができる(6)
(a)  犯罪を犯したとの嫌疑をうけ彼らの自由を奪われている人々は、迅速に裁判官もしくは、法律によって司法機能を行使することを認められ、彼らを聴聞し遅滞なく未決拘禁に関する決定をするべき、他の官憲の前に出頭させらるべきである。
(b)  未決拘禁は、当該者が陳述された犯罪の実行に関わりあったことを信じる合理的な理由があり、そして、彼らの逃亡、またはさらに重大な犯罪を犯す危険が存在するか、もしくは彼らを自由のままにしておけば、裁判の進行に重大な支障が生ずる危険がある場合にのみ命じられ得る。
(c)  未決拘禁が命じられるべきか否かが考慮されるに当たっては、個別事件の状況、特に陳述された犯罪の性質と重要性、証拠の強さ、受けるであろう刑罰、そして当該の者の行為と人物並びに境遇、が考慮されねばならない。
(d)  未決拘禁は、自由の剥奪が陳述された犯罪および予想される量刑に不釣合の場合は命ぜらるべきでない。
(e)  可能なときは何時でも未決拘禁の使用は、保釈金もしくは誓約書に基づく釈放、あるいはまた少年の場合は、厳重な観察、家族によるかもしくは教育的施設またはホームにおける集中的な世話および配置、のような代替的手段を課することにより回避さるべきである。そのような代替手段が適用できない場合はその理由が提示さるべきである。
(f)  少年に対する未決拘禁の使用が回避できない場合は、彼らは、世話、保護、彼らの年齢の見地から必要とする全ての必要な個人的援助を受けるべきである。
(g)  未決拘禁を命じられた人は、彼らの権利を告知されるべきである。特に、
(1)  迅速に弁護士の援助を受ける権利
(2)  法律扶助を要求する権利
(3)  拘禁の有効性をヘビアス・コーパス、もしくは他の手段によって決定してもらう権利、および拘禁が違法な場合は釈放してもらう権利
(4)  合理的な条件と法もしくは合法的な規定による制限に服しつつ、彼らの家族のメンバーによって、訪問を受け、文通する権利
(h)  未決拘禁は、合理的な短期の間隔で司法的な審査を受けるべきであり、上記の原則に照らして要求されるものをこえて継続さるべきでない。
(i)  拘束下にある人々に関する全ての手続きは、未決拘禁の期間を最小限に縮小させるため可能な限り迅速に行われるべきである。
(j)  量刑の決定においては、未決拘禁ですごした期間は、量刑の期間から控除されるか、量刑の期間を縮小させる見地で考慮されるべきである。
(二)  以上のような基本原則に整理される、未決拘禁に関する人権保障の文書(Instruments)は、前示のように世界人権宣言、国際人権(自由権)規約、受刑者処遇最低基準規則、被拘禁者保護原則など極めて多数のものがある。したがってそれらの文書の中で未決拘禁に関する人権として説明されているものも、極めて多数にのぼる。例えば、一九九四年に国連が発行したハンドブック『国際人権と未決拘禁』では、これらの人権が「第一章無差別(Non−Discrimination)」、「第二章  無罪の推定」以下、二一章に分かって説明されている(7)
  被拘禁者の人権の手続き的権利の保護の視点からこれら未決拘禁に関する人権をみるとき、まず気がつくのは「拘禁の司法審査(Judicial Review of Confinment)」であり、抑留が合法的でない場合に釈放を求めて手続きをとる権利の保障である。国際人権(自由権)規約九条四項は、「逮捕されまたは抑留によって自由を奪われた者は、裁判所がその抑留が合法的であるかどうか遅滞なく決定すること、およびその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続きをとる権利を有する」と保障し、世界人権宣言八条は、基本権の侵害に対する実効的な救済を受ける権利を保障すると定めている。
  また、拘禁施設の査察(Supervision)も、被拘禁者の人権保護のために重視されている点である。例えば被拘禁者保護原則の二九条は抑留拘禁場所の、その場所の運営に直接責任を負わない権限ある機関によって任命された者による定期的訪問を定め(いわゆる第三者委員会)、第三三条は、被抑留者または被拘禁者が抑留場所での取扱いについて、要求、苦情申し立ての権利を保障し、その権利は一定の場合には司法その他の機関に申し立てる権利にまで及んでいる。以下、以上の国際人権法上の原則や権利をできる限り参考にしつつ、起訴後の勾留における被勾留者の手続き的権利の保護について考えてみる。

(1)  東京高判平成五・二・三外国人犯罪裁判例集(法曹会)五五頁は、国際人権(自由権)規約一四条三(f)に規定する「無料で通訳の援助を受けること」の保障は無条件かつ絶対的のものであって、刑訴法一八一条一項本文により被告人に通訳に要した費用を負担させることは許されないとして、これを負担させた原判決を破棄している。自力執行力が認められた例といえよう。通訳費用負担を認めた浦和地判平成六・九・一判例タイムズ八六七号二九八頁も、自力執行力自体は肯定と考えられる(参照、佐藤文夫ジュリスト別冊重要判例解説平成七年版二四八頁)。
(2)  参照、日本弁護士連合会『国際人権規約と日本の司法・市民の権利』三六頁。但し、日本政府は、規約人権員会に提出した第一回政府報告書(一九八一年)の審査(一九八一年)では、政府委員は自力執行力肯定の見解を表明している(参照、宮崎繁樹「国際人権規約の批准」ジュリスト別冊法律事件百選二六〇頁)。第三回政府報告書(一九九一年)の審査では(一九九三年)、政府委員は、作為の規約違反は主張できるが、不作為の規約違反は主張できないという見解を表明している(参照、日本弁護士連合会『世界に問われた日本の人権』一三〇頁)。第四回政府報告書での見解も、第三回政府報告書と同趣旨と解される。なお参照、斉藤功高「国際人権規約B規約の我が国裁判所における適用B規約の国内法的効力と直接適用性について」現代国際社会と人権の諸相・宮崎繁樹先生古希記念五五頁。
(3)  第三回政府報告書 Third periodic reports of States parties due in 1991 Addendum Japan は、CCR/C/70. Add. 1 30 March 1992 で見ることができる。日本語訳は、日本弁護士連合会・日弁連カウンターレポート問われる日本の人権三一九頁にある。
(4)  国際人権と刑事法については、北村泰三・国際人権と刑事拘禁、宮崎繁樹・五十嵐二葉・福田雅章編著・国際人権基準による刑事手続ハンドブック、などを参照。
(5)  同会議自体については、「特集・第八回国連犯罪防止会議の概要」法律のひろば四三巻一二号等を参照。
(6)  Eighth United Nations Congress on the Prevention of crime and the Treatment of Offenders, Havana, 27 August 7 September 1990:report prepared by the Secretariat (United Nations publications, Sales No. E. 91. IV. 2), chap. I, sect. c. para 2.
(7)  Human Rights and Pre−trial Detention;Professional Training Series No. 3;(United Nations;1994.)


四  勾留に対する手続的権利の保護


(一)  以上のような勾留の性質と未決拘禁における国際的な人権保護の水準を考えると、勾留に対する手続的権利の保護は、強制処分一般に要求される手続的権利の保護と、勾留の性質(特色)から要求される手続的権利の保護の二つのレベルに分けて考える必要がでてくる。前者としては、例えば、差押などその他の強制処分と同様に、処分の取消を訴える利益の問題、上訴の利益の問題などが、裁判を受ける権利の保障(憲法三〇条)との関係で吟味されることになる。「強制処分」法定主義(1)、令状主義、適正手続き原則(2)なども同様である。以下、後者の場合について、若干の試論をのべ、問題の提起としたい。
  (1)  勾留の性質(特色)から要求される手続的権利の保護として、第一に、起訴後の勾留は可変性のある継続的強制処分であるから、勾留を正当化する要件と手続き的権利の保護は、勾留の開始時において考えられるだけでなく、勾留の継続に応じて後の段階でも考えられる必要がある。勾留の開始要件と存続要件が考えられなければならない。後者についていえば、勾留開始時に必要な手続的保護が当該時点でも満足されていること、当該時点までの先行する勾留が違法でないこと、勾留の開始後に要求される手続的権利の保護が履践されることが必要となる。最後の保護としては、憲法三四条前段後段の保障、国際人権法上では未決拘禁の司法的審査(Judicial Review of Confinment)の観点、ことに国際人権(自由権)規約の九条二、三、四項、世界人権宣言八条などが、考えられる。
  国際人権(自由権)規約第九条第四項の「釈放を命ずることができるように、裁判所において手続(proceedings befor a court)をとる権利」は、逮捕後速やかに司法官憲等の前に連れて行かれる権利(同規約第九条第三項)とは別のものであり、前者は後者に附け加えられたものとして保障されている(3)。継続的強制処分としての未決拘禁(勾留)が、時間の経過の中で事実上その理由について変化が生じていないかを吟味する規定である。なお、同条の釈放を得るために裁判所の前で手続をとる権利は、世界人権宣言第八条の基本権の侵害に対する効果的救済に対応すると解されている(4)
  我が国の法規定では、勾留理由開示、勾留取消、人身保護法による釈放などがこれに関連すると考えられるが、国際人権(自由権)規約第九条第四項の「釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利」との関係では、それぞれ不十分な点があり、再検討の必要がある。
  勾留理由開示制度についてみれば、まずこの制度自体は理由開示に止まり、効果的救済(世界人権宣言第八条)、釈放の命令(国際人権(自由権)規約は第九条第四項)の要請を満たしていない。また、一度勾留の理由の開示が行われたときは重ねて勾留の理由の開示を請求できないという前示の判例の立場は(最決昭和二八・一〇・五刑集七巻一〇号一九三八頁)、勾留の存続要件を組み込むことができず、国際人権(自由権)規約が第九条第三項に加えて、第四項を定められている趣旨を無視している。ヨーロッパ人権裁判所では勾留(Remand)の事件において、拘禁の必要性についての司法審査の要求は、拘禁の必要性を定期的に審査する要求を含むと解されている(5)。一度勾留の理由の開示が行われたら重ねて勾留の理由の開示の請求ができないというのでは、国際人権(自由権)規約第九条第四項等が求める拘禁の司法的審査(Judicial Review of Confinment)のレベルに至らない。少なくとも、余罪捜査が行われている場合、ことに公判期日の指定や変更に考慮されている場合は、重ねて勾留理由開示を請求することが認められるべきである。勾留更新の場合も検討の余地がある。
  勾留取消制度についていえば、それらが認められる事由の狭さが問題であるほか(6)、それが決定手続きで口頭弁論を保障していない点が(刑訴法四三条二項)、裁判所の前での手続(proceedings befor a court)を求める国際人権(自由権)規約第九条第四項との関係では根本的に不十分となる(7)
  人身保護法は、現在はその運用が人身保護規則第四条の請求の要件で制限された結果になっており、刑事手続きにおいて利用されることは必ずしも多くない(8)。しかし、人身保護法は、立法の経緯からみても(9)、口頭弁論による釈放手続きという内容からみても、憲法三四条後段や、国際人権(自由権)規約第九条第四項の趣旨に最も近い制度である(10)。活用が、もう一度検討されるべきである。少なくとも、人身保護規則第四条但書の「他に救済の目的を達するのに適当な方法」として、口頭弁論を必要としない抗告(準抗告)、勾留取消請求の制度を考えることは、裁判所の前での手続(proceedings befor a court)を求める国際人権(自由権)規約第九条第四項との関係では再検討の余地が生じている。
  (2)  さらに、勾留の性質(特色)から要求される手続的権利の保護の第二としては、勾留に関する裁判が、職権で裁判所により行われ、しかもそれが被処分者の関与しない処分抗告構造で行われることとの関係から、逆に被告人の人権保護の役割を果たす裁判所の責任が浮かび上がってくる。起訴後の勾留に関わっている裁判所は、公判手続では当事者主義を基本としつつ、当事者対等の原則を実質的に保障する見地から、被告人の劣った立場を補う後見的立場からの職権の行使が期待されている(11)。起訴後の勾留自体においても、被告人の人権保護の役割を果たすことは、この公判手続きにおける当事者主義を基本としつつ、被告人の劣った立場を補う裁判所の立場からも要請される。
  国際人権法の視点からは、拘禁施設の管理者とは別の第三者による拘禁施設の査察(Supervision)が、被拘禁者の人権保護のために重視されている(12)。その根拠としては被拘禁者保護原則(13)の二九条(抑留拘禁場所の定期的訪問)、三三条(要求、苦情申し立ての権利)などが考えられる。我が国では不十分な点であるが、この不十分さを現行法下で補うためには、裁判長が移監の同意(刑訴規則九〇条一項)の権限をもち、拘禁施設の運営について一定の権限のある裁判所に期待するほかない。保釈、勾留取消、勾留理由開示等の起訴後の勾留の中で認められている裁判所の職権行使にあたっては、いわば拘禁施設の査察(Supervision)を行う立場にたち、被告人の人権保護の役割を果たすことが求められてくる。
(二)  以上、起訴後の勾留を対象に、その二つの性質(特色)を検討し、それに国際人権法上の到達点を対応させて被勾留者の手続的人権の保護の問題を考えてみた。もちろん未だ抽象的な枠組みの試論の域をでないが、現在の勾留、ことに起訴後の勾留について、なお検討の余地のあること、ことに国際人権法上の到達点との対比の必要については、一定示すことができたのでなかろうか。具体的問題については、あえて若干の提起を試みただけである。今後詳しい検討の機会を得たいと考えている。

(1)  法定主義が、強制処分に限られるか、強制処分だから要求されるのか、それが要求される理由についてなど、いわゆる「強制処分」法定主義には、法治国原理との関連も含め検討の余地が残っている。
(2)  平場安治・改訂刑事訴訟法講義二六〇頁は、強制処分法の基本原則として、必要性の原則、補充性の原則、法益秤量の原則、国家補償の原則、憲三一ー法定手続の原則(適法手続きの原則)を指摘している。
(3)  Human Rights and Pre−trial Detention;Professional Training Series No. 3;(United Nations;1994.) at 40.
(4)  id., at 40. なお、国際人権(自由権)規約九条二項は、刑事訴訟法上の令状の呈示及び公訴事実・被疑事実の告知に対応し、国際人権(自由権)規約九条三項は憲法三四条前段及び勾留質問(刑訴法六一条)に対応することになろう。
(5)  ヨーロッパ人権裁判所は勾留(審判前の拘禁)の事件において、拘禁の必要性についての司法審査の要求は、拘禁の必要性を定期的に審査する要求を含み、特に、被拘禁者が最初の審査後一ヶ月で彼の拘禁の二回目の審査を求めることも合理的であるとした。参照、Human Rights and Pre−trial Detention;Professional Train ing Series No. 3;(United Nations;1994.) at 41.
(6)  法が認めているのは、勾留の理由の消滅(刑訴法八七条)と不当に長い拘禁(刑訴法九一条)の場合だけである。申し立て理由を、違法な勾留の取消という強制処分に対する救済制度一般のレベルに高め、さらに可変性のある継続的強制処分に対する救済のレベルに高める方向が検討される必要があろう。なお参照、久岡「勾留取消請求等における申立人の手続的権利」平場安治博士還暦祝賀現代の刑事法学(下)一三五頁。
(7)  なお、勾留に対する抗告及び準抗告制度についても、それが決定手続きで口頭弁論を保障していない点が(刑訴法四三条二項)、裁判所の前での手続(proceedings befor a court)を求める国際人権(自由権)規約第九条四項との関係では根本的に不十分となる。また、勾留に対する抗告及び準抗告の申立理由を勾留の裁判の原始的瑕疵とする限りは、むしろ強制処分一般に対する救済手段の勾留への適用と理解されるべきである。処分に対する取消訴訟もしくは上訴の利益に関わって、裁判を受ける権利の問題となろう。
(8)  数的には、子の引き渡し請求の事例が多い。これにつき参照、富田哲「人身保護請求事件の動向と問題点−最近の最高裁判例から〈研究ノート〉」行政社会論集〔福島大学〕八巻一号二七頁。
(9)  人身保護法の立法の経緯については、また参照、久岡「アメリカ合衆国における連9845人身保護令状制度の展開」立命館法学一三三・一三四・一三五・一三六合併号五七〇頁。
(10)  我が国の人身保護法がヘビアス・コーパス制度に由来していることは一般に認められている。そして、国際人権(自由権)規約九条四項の、釈放の命令を授権されている司法機関の前で自己の拘禁を争う権利の保障手段の典型は、ヘビアス・コーパス制度である。参照、Human Rights and Pre−trial Detention;Professional Training Series No. 3;(United Nations;1994.) at 40.
(11)  井戸田侃・刑事訴訟法要説三七頁、田宮裕・刑事訴訟法(新版)二三八頁など。
(12)  Supervision の重要性については、参照、Human Rights and Pre−trial Detention;Professional Training Series No. 3;(United Nations;1994.) at 35.
(13)  被拘禁者保護原則とは、Body of Principles on Detention for the Protection of all Persons under any Form of Detention or Imprisonment のことで、一九八八年一二月九日の国際連合総会第四三回会期決議四三・一七三である。法的拘束力のある条約ではないが、国際慣習法化している部分の確認的なものも多い(参照、北村泰三・国際人権と刑事拘禁五三頁)。但し、東京地判平成四・四・一(判例時報一四一六号七一頁)は消極。