立命館法学  一九九七年六号(二五六号)一四四四頁(二三二頁)




商号続用のある営業譲受人の責任
債権者保護の視点から


山下 眞弘






一  問題の所在
二  営業譲受人の責任関係
三  商法二六条一項の法理
四  商号続用の拡張解釈の限界
五  残された課題




一  問題の所在


  営業が譲渡された場合に、営業譲渡人の営業上の債権者との関係で、営業譲受人の責任はどうなるのか。概して一般論の形で、従来、これが議論されてきた傾向がある。しかし、これが現実に問題となる事例の多くは、たとえば、企業が倒産した場合に同時に第二会社が設立され、そこへ営業が譲渡されてこれまで通りの営業が行われるようなケースであり、営業を譲渡した倒産企業の債権者をいかにして保護すべきかという視点から、この課題は検討される必要がある。営業譲渡人が債権者に弁済できるような場合は、債権者が営業譲受人の責任を追及する必要性は、現実問題としてはないであろう。本稿では、商法二六条一項の解釈問題を主として検討する。とりわけ、商号を続用する営業譲受人が弁済責任を負う根拠ならびに商号続用の拡張解釈の限界について、議論を集中させたい。
  通説的見解によれば、営業の譲受人は、債権者に対して当然に義務者となるものではない。営業譲渡の当事者間において、営業上の債務が譲受人に移転しても、営業上の債権者に対する関係では、譲渡人が依然として債務者であり、譲受人は、債務引受などをしない限り、義務者とはならないというのが一般原則であると解されている。この場合について、商法は、譲受人が譲渡人の商号を続用する場合と続用しない場合とに分け、二六条一項は、商号続用のある譲受人は、譲渡人の営業によって生じた債務につき、譲渡人とともに弁済責任を負うものとした。これは、債権者を保護するための規定であり、外観理論あるいは禁反言法理にもとづくものと一般に理解されてきた。しかし、そのように解すると、営業譲渡および債務引受の有無につき悪意の債権者は常に保護されない結果となり、外観信頼保護を根拠とすることには、理論・実際の両面で少なからず問題がある(1)
  営業譲受人の責任に関しては、私もすでに一般論を中心に若干の検討をしたことがあるが(2)、営業譲受人の意思で説明してきた私見を理論面から補強する学説も現れ(3)、また商法二六条に関して、示唆に富む論考にも接し(4)、さらに検討すべき課題を含んだ判例(5)もあるので、具体的に債権者保護の立場から再検討をしてみたい。

(1)  外観信頼保護を根拠とすることに批判的な学説は以前からある。たとえば、志村治美・現物出資の研究(一九七五年)二四一頁、服部栄三・商法総則〔第三版〕(一九八三年)四一六頁以下など参照。
(2)  山下眞弘「営業譲渡の債権者に対する効果−債務引受広告の意義を中心として−」島大法学二七号四三頁、同「営業を譲受けた旨の挨拶状と商法二八条の適用の有無」企業法研究二七一輯三八頁、同「事例研究」法学教室一七八号一九頁、同「営業譲渡と債権者保護の法理−営業譲受人の責任規定の根拠−」岩本慧先生傘寿記念・商法における表見法理(一九九六年)一〇五頁など参照されたい。なお、これらのうち最初と最後の二本の論文は、拙著・会社営業譲渡の法理(一九九七年)二〇九頁以下にも収録されている。
(3)  田邊光政・商法総則商行為法(一九九五年)一四九頁参照。
(4)  小橋一郎「商号を続用する営業譲受人の責任−商法二六条の法理−」上柳克郎先生還暦記念・商事法の解釈と展望(一九八四年)一頁、浜田道代「判例研究」判例評論二〇七号二七頁(判例時報八〇七号一四一頁)、近藤光男「営業譲渡に関する一考察」神戸法学年報三号六五頁以下参照。いずれも説得力がある。
(5)  最近の例では、ゴルフクラブの名称を続用したゴルフ場の営業譲受人に債務の承継を認容した事例(大阪地判平成六年三月三一日判例時報一五一七号一〇九頁)がある。なお、商法二六条一項の適用の関係で、「営業譲渡の事実および債務引受のない事実」を知る悪意の債権者は保護しないとする判例(東京地判昭和四九年一二月九日判例時報七七八号九六頁)が問題となるが、これに対して「個々の具体的な知、不知を問わず」とする判例(東京地判昭和五四年七月一九日判例時報九四六号一一三頁、金融・商事判例五八八号四〇頁)があることに注目しておきたい。


二  営業譲受人の責任関係


(1)  営業譲渡当事者間での債務の移転
  営業が譲渡されると、譲渡人の営業上の活動によって生じた一切の債務は、営業の構成部分として譲受人に移転するというのが多くの見解である。ただし、この見解によっても、営業の譲受人は、譲渡人の営業上の債務を常に引受けることを要するものではなく、当事者間の特約で債務を除外して営業を譲渡することもできる(6)。営業の同一性を害しない限り、このように営業財産の一部を除外することができるのはいうまでもない。
  この通説的見解に対して、営業の意義については通説的に解した上で、営業譲渡の場合には債務は含まれないとする反対説が主張される(7)。すなわち、通説のように、特別の除外がない限り営業譲渡の対象に債務を含むとすると、商法二六条および二八条との関係で整合性を欠くという。たとえば、債務が譲受人に移転するものだとすれば、譲渡人の責任が消滅しないことを定める二六条一項は不要になるとする。しかし、いずれにせよ債権者保護を考慮すれば、二六条一項の存在意義は決して小さくない。この見解は、確かにひとつの考え方ではあるが、営業譲渡の当事者間における債務移転の問題と第三者に対する関係とは、別の場面の問題ではなかろうか。営業は譲渡の対象であるだけでなく、出資・賃貸借・担保などの対象にもなり、それぞれに応じた内容を具体的に定めること自体に私も異論はないが、譲渡の対象たる営業の意義を反対説のように解さなければならない必要性は、二六条・二八条との関係では、さしあたり認めがたいように推測される。

(2)  営業上の債権者に対する関係
  原則として、営業の譲受人は、債権者に対して当然に義務者となるものではないが、これに対して、とくに営業譲受人の債権者に対する責任を定めたのが、商法二六条および二八条である。これらの規定によれば、営業の譲受人が譲渡人の商号を続用する場合には、譲渡人の営業によって生じた債務については、譲受人もまたその弁済の責に任ずる(二六条一項)。しかし、商号を続用する場合でも、営業の譲渡後、遅滞なく譲受人が譲渡人の債務につき責に任じない旨を登記したときは、譲受人はその責任を負わず、また営業の譲渡後、遅滞なく譲渡人および譲受人から第三者に対してその旨を通知したときは、その通知を受けた第三者に対しては譲受人はその責任を負わない(二六条二項)。営業の譲受人が譲渡人の商号を続用しない場合でも、譲渡人の営業によって生じた債務を引受ける旨を広告したときは、債権者は、その譲受人に対して弁済の請求をすることができる(二八条)。このように、営業の譲受人が譲渡人の債務について責任を負う場合には、営業の譲渡または債務引受広告の後二年内に請求または請求の予告をしない債権者に対しては、譲渡人の責任は二年を経過したときに消滅する(二九条)。これらの規定が、営業譲受人による商号続用の有無によって取扱いを区別するのはどうしてであろうか。その本質を明らかにしなければならない。
  なお、営業の譲受人が譲渡人の商号を続用する場合に、譲渡人の営業によって生じた債権について、譲受人に対してなされた弁済は、その弁済した者が善意でかつ重過失のなかったときに限り弁済の効力を有する(二七条)。この商法二七条の場合についてのみ、行為者の主観的要件が規定されている。このことから、商法二六条および二八条については、その文言解釈上、債権者の善意・悪意という主観は問われないものと一応は解しうるのではなかろうか。また実質的にみても、債権者保護の立場に立って、このように解するのが妥当である。

(3)  商法二六条・二八条とドイツ商法二五条
  わが商法二六条および二八条の規定は、ドイツ商法二五条の内容とおよそ一致することは、すでに周知のとおりである。すなわち、商号を続用する営業譲受人あるいは、債務引受を広告した営業譲受人の責任について、ドイツ商法二五条は、次のように定める。その一項前段(日本法二六条一項)で、「営業の譲受人(取得者)が商号を続用する場合においては、譲受人は譲渡人のすべての営業上の債務に関し、原則として弁済の責に任ずる」旨を規定し、その三項(日本法二八条)において、「営業の譲受人(取得者)が、譲渡人の商号を続用しない場合は、特別の債務負担原因のあるとき、とくに譲受人が商慣行的方法にしたがって債務引受を公示したときに限り、これまでの営業上の債務につきその責に任ずる」旨を規定している。わが商法の上述の規定は、このように大枠においてドイツ商法にならっていることから、その解釈・適用について、さしあたり母法であるドイツ法の規定の解釈が参考となることは否定しないが、ドイツでの議論も錯綜している(8)
  営業譲渡の債権者に対する効果については、昭和一三年の商法改正まで規定がなかった。それまでは、民法の一般原則で解決された。つまり、営業が譲渡された場合に、譲渡の対象となった営業の債権者は、営業譲渡当事者のいずれに対して弁済請求をなすべきかについては、債務引受、譲渡人のためにする弁済の引受(民四七四条)あるいは債務者交替による更改(民五一四条)などの債務負担行為の有無によって決定された。したがって、そのような行為がなければ、債務者は譲渡人であり、譲受人は当然には債務者とはならない。そこで、債権者保護のためドイツ商法にならい、営業譲受人が譲渡人の商号を続用する場合と続用しない場合とに分けて、譲受人の責任について規定したのである(9)

(6)  西原寛一・商法総則・商行為法(一九五八年)一〇八頁、大隅健一郎・商法総則〔新版〕(一九七八年)三一七頁、鴻常夫・商法総則〔全訂第四版補正二版〕(一九九四年)一三七頁、神崎克郎・商法総則・商行為法通論(一九八二年)一四三頁、田邊・前掲(3)商法総則商行為法一四四頁以下など参照。なお、営業譲渡の意義が問題となるが、私は、ここで問題とする商法総則における営業譲渡概念と株主保護をめざす商法二四五条のそれとは自ずと異なるものと解してきた。商法二六条以下については、その趣旨が営業譲渡における譲受人および債権者・債務者などの保護にあるため、営業の同一性が問題とされ、営業活動の承継などが強調される。詳細については、山下・前掲(2)会社営業譲渡の法理一九頁以下、とくに二〇九頁以下参照。
(7)  長谷川雄一「営業の意義」演習商法〔総則商行為〕(一九七一年)一二〇頁、宇田一明・営業譲渡法の研究(一九九三年)八三頁以下参照。
(8)  小橋・前掲(4)上柳還暦記念論文三頁以下参照。なお、小橋論文の六頁に紹介されている表示説は、結論として、あるいは私見に近いかも知れない。すなわち、これは、「商号続用を、前営業主の営業上の債務を引き受けようという営業取得者の表示とみる説である」とされ、この説に対しては、「商号続用を意思表示とみることは意思の擬制である」などの批判が加えられているようである。そして、同論文の一六頁で、「わが国では、商号続用を債務引受の表示とみる表示説は、主張されない。擬制に過ぎるとみられるからであろう。」とされている。いずれにせよ、ドイツにおけるこの学説には、興味深いものがある。なお、財産譲受人の無条件の責任を定めるドイツ民法四一九条およびドイツ商法二五条における営業譲受人の責任については、山下・前掲(2)会社営業譲渡の法理二一六頁以下を参照されたい。
(9)  田中誠二=喜多了祐・全訂コンメンタール商法総則(一九七五年)三〇〇頁以下参照。なお、民法学の多数の見解によると、営業上の債務について、当事者が別段の意思表示をしない限り、譲受人の責任を原則として認める。これは、営業譲渡の場合は債権の担保力を弱くさせる危険のないことをその理由とするが、商法二六条以下との関係が問題となる。これについては、山下・前掲(2)会社営業譲渡の法理二二六頁以下参照。


三  商法二六条一項の法理


  従来の通説は、これを外観理論あるいは禁反言の法理に求め、判例(最判昭和四七年三月二日民集二六巻二号一八三頁ほか)もその方向にあるようである。また、外観保護に加えて企業財産の担保力もその根拠とする立場もある。これに対して、外観保護に由来するものではないとする立場が、複数の方面から主張され、増加の傾向にある。さらに近年、商号の続用は営業活動に参加することであるとする立場まで現れてきた。私見は、営業譲受人側の事情(譲受人の意思)に着眼する立場をとってきたが、ここで諸見解を整理し、それぞれについて批判的に再検討してみたい。

(1)  外観理論・禁反言法理による見解
  その要旨は、こうである。商号が続用される場合には、営業上の債権者は営業主の交替を知りえず、譲受人である現営業主を自己の債務者と考えるか、かりに営業譲渡の事実を知っていても、商号を続用する場合は、譲受人による債務引受があったものと考えるのが常態であって、いずれにせよ債権者は、譲受人に対して請求をすることができると信じる場合が多い。また、商号が続用されない場合には、このような信頼関係を生じることはないが、譲受人が、とくに譲渡人の営業によって生じた債務を引受ける旨を広告したとき(二八条)は、右にみた信頼関係を生じ、このような外観に対する債権者の信頼を保護するところに、これらの規定の趣旨があるとする(10)
  なるほど、これら商法規定が、商号の続用や債務引受の広告といった外観の存在する場合に限って、債権者を保護していることに注目すれば、外観法理をその根拠とするのも一理はある。しかし、この立場は、現在では通説といいうるかどうか疑わしいほど多くの批判にさらされてきた(11)。すなわち、第一に、外観保護をいうのであれば、債権者の善意もしくは無重過失が問われなければならないが、規定の上でも、またこの立場からもそれがほとんど問題とされていない、との批判がある。主観面を問う商法二七条との対比によっても、この批判は説得力があると思われる。第二に、営業主の交替を知りえない場合に、譲受人に連帯責任を負わせることが、なぜ外観保護のために必要であるのか。この場合の保護としては、譲渡人に債務が依然として存続するということで足りるではないか。第三に、二八条についても、この立場は禁反言法理を根拠とするが、なぜ譲受人が自己に不利益な広告をするのか(12)が不明であるとの批判もある。
  以上の通説への批判は従来くりかえされてきたが、最近になって、通説に対する理論的問題点を示すものとして、次のような指摘がみられる。すなわち、「商号を譲受人が続用しているために、営業譲渡を知らなかった債権者が、旧営業主と取引しているものと誤信して新営業主と取引を継続するという事態は考えられるが、商法二六条は、すでに取引の終わった旧営業主に対する債権(旧営業主の過去の債務)を問題としているのであるから、営業主の同一性に対する外観の信頼を譲受人の弁済責任の根拠とするのは正当でない。商号続用のもたらす営業主の同一性の外観に対する債権者の信頼が問題になるとすれば、債権者が営業主の交替に気付かず、そのため債権回収の機会が遅れたことによる損害ぐらいである(13)。」とされる。この指摘は、説得的である。
  またさらに、実際上も外観信頼保護とすることには、問題がある。仮に、悪意の債権者を保護しないということになれば、たとえば企業倒産の事例を想定すると、そのような状況で営業譲渡がなされる場合には、倒産企業が債務を免れるために営業譲渡を行っていることを債権者が知っている例が多いようであり、しかも譲受人側に債務引受の意思がないことまで知っている場合が多いとされており(14)、このような債権者の保護の必要性は少なくないのではなかろうか。そうだとすると、これを外観保護によって理由づけるのは正しい説明とはいい難いというほかない。
  このように外観保護ではないとして、それでは何に根拠を求めるべきであろうか。以下の諸説は、いずれも従来の通説を批判する立場にたつが、どの見解にも疑問の余地はあり、この問題の困難さを示している。

(2)  企業財産の担保力を根拠とする見解
  この立場は、企業財産の担保力を重視する。すなわち二六条一項について、営業上の債務は企業財産が担保となっているので、債務引受をしない旨を積極的に表示しない限り、譲受人が原則として併存的債務引受をしたものとみなして、企業財産の現在の所有者である譲受人にも責任を負わせた規定であると解される(15)。なお、二八条については、商号を続用しない場合に譲受人が責任を負わないのは、新商号の使用が債務引受の意思のないことを示しており、譲受人が債務引受の意思のあることを広告したときは責任を負うとする。
  この見解は、企業財産の担保力を重視しつつ、商号続用のない場合について、当事者の合理的意思解釈で解決しようとするものであるが、担保力と意思の両面を考慮することで、説明の一貫性を欠くところに問題があるといえよう。商号を続用しない場合に、譲受人が責任を負わない理由をその意思に求めるのであれば、商号続用の場合についても同じく譲受人の意思を根拠としたほうが、説明としては一貫するといえないだろうか。商号を続用する二六条一項についてのみ、企業財産の現在の所有者の責任が問われるとするのは、二八条との関係で、必ずしも一貫した説明であるとはいえないようである。確かに、企業財産の担保力は有力な根拠となしうるが、これを強調すると商号続用の有無で区別する商法規定の説明に窮することとなる。

(3)  企業財産の担保力を根拠に通説の原則と例外を逆転させる見解
  この立場も企業財産の担保力を重視し、債権者は企業財産の担保価値に着目していることから、この担保物が移転すれば商号続用の有無にかかわらず債務も共に移転したものとした上で、原則と例外を通説と逆に立論する。すなわち、まず、債務の帰属につき特約のない場合は、原則として譲渡人と譲受人とは債権者に対し不真正連帯債務の関係にたち、重畳的債務引受が成立するものと推定し、特約により債務の移転がない場合に商号続用の有無で区別する。つまり、商号続用のある場合に、二六条一項は、譲受人にも重畳的債務引受をしたのと同じ効果を定め、商号続用のない場合でも、譲受人が債務引受の広告をした場合は、二八条が広告を信頼した債権者を保護する。そして、当事者間で債務承継をしない約定がなされ、かつ譲受人が商号続用も債務引受広告もしない場合には、譲受人は債務につき責任を負わず譲渡人のみが責に任ずる。それは、譲受人が新商号を使用して、債務引受の意思のないことを表示していることに求められるとする(16)
  この見解は、二六条は、営業譲渡当事者の間で特約により債務承継を排除した例外的な場合にも、商号を続用した譲受人に債務引受の効果を認める規定であるとするところに特色を有する。しかし、企業財産の担保価値を重視しながら、商号続用の有無で区別しているところに疑問がある。また、外観保護ではないとしながら、二八条のところでは、広告を信頼した債権者を保護するとしていることにも疑問が残る。さらに、営業譲受人の債務引受があることが原則であると解してよいのかどうかなど、この説明には解釈論として無理が多いとの指摘もある(17)

(4)  商号続用を営業活動への参加とみる見解
  これは、商号続用のある二六条一項について、合名会社の社員の責任(商八二条)との対比において説明する考え方である。すなわち、商号は営業に密着しており、営業の譲受人が譲渡人の商号を続用する場合には、譲受人は、対外的には譲渡人の営業活動に参加するものとして扱われ、それは、あたかも合名会社の成立後に加入した社員が、加入前に生じた会社の債務についても責任を負うのと同じであるとする(18)
  この見解は、比較的近年になって主張されたものであるが、これまでの諸説とはかなりその発想を異にするものとして注目される。しかし、場面を大きく異にする営業譲受人の責任が、はたして合名会社の社員の責任との対比によって合理的に説明できるものかどうかについて、さらに検討を要するのではなかろうか。

(5)  譲受人の意思を基準とする見解
  この立場は、商法の規定の立場を解釈論の範囲内で説明するには、債権者側からではなくて、営業譲受人側の事情から説明するほかないとの認識にたち、譲受人の意思を根拠とするものである。すなわち、商号を続用する譲受人には、営業上の債務をも承継する意思があるのが通常であり、商号を続用しない譲受人にはその意思が通常はないものとして、商法の規定がなされたと解さざるをえないとする(19)。商号を続用する譲受人が、登記や通知によって債務を負う意思のないことを表明すれば、譲渡人の営業上の債務について責任を負わず(商二六条二項)、また商号を続用しなくても、譲受人が債務引受の広告をすればその弁済責任を負う(商二八条)と定めているのも、譲受人の意思を基準にしていると解して、はじめて商法の立場を総合的に理解できるとする。
  商号続用の有無によって、このような意思解釈ができるかどうかにつき、疑問の余地もあろうが、実際上、商号を続用する事例の多くが、個人商人が会社として営業を継続したり(東京地判昭和三四年八月五日下民集一〇巻八号一六三四頁、同昭和四五年六月三〇日判例時報六一〇号八三頁など)、前述のように倒産会社が第二会社を設立して営業を承継している場合(大阪地判昭和四〇年一月二五日下民集一六巻一号八四頁など)であることにも留意したい(20)。この見解にも議論はあろうが(21)、商法の諸規定の立場を最も一貫して説明するものといえよう。

(10)  前掲(6)における大隅・商法総則三一七頁以下(ただし、大隅説は、営業財産が担保となっていることもあわせてその根拠とされ、上柳克郎「演習」法学教室五二号八九頁もこの立場を支持される。)、鴻・商法総則一四二頁以下および神崎・商法総則・商行為法通論一四四頁以下、宇田・前掲(7)営業譲渡法の研究八二頁、田中=喜多・前掲(9)コンメンタール商法総則三〇一頁および三〇八頁、今井宏「営業譲受人の責任」大阪府大経済研究一八号六五頁、大森忠夫「判例研究」民商法雑誌三二巻三号四〇頁、大原栄一「営業譲受人の責任」商法演習U〔旧版〕(一九六〇年)三六頁、境一郎「判例研究」民商法雑誌四九巻五号七〇七頁、本間輝雄「判例研究」商事法務二一〇号一〇頁、藤井昭治「営業の譲渡」契約法大系U(一九六二年)二七〇頁以下など参照。なお、結論としては、この立場に賛成しつつも、独自の理由づけをなすものとして、永井和之「判例研究」法学新報七九巻九号一一八頁参照。ところで、昭和一三年(一九三八年)の商法改正により新設された二六条以下に関する当時の著書でも、表見責任を根拠としていた。たとえば、梶田年・改正商法総則論(一九四一年)二三二頁以下参照。
  これらの見解に対して、外観信頼保護をいうのであれば債権者の主観的要件を問うべきであるとの批判があるが、渋谷達紀「企業の移転と担保化」現代企業法講座1巻(一九八四年)二三二頁は、外観保護の立場から悪意の債権者は保護しないことを明言する。これに関連して、外観信頼保護と営業財産の担保力の双方を根拠とされる大隈=上柳説では、悪意でも保護することとなるのであろうか。
(11)  従来の通説への批判としては、前掲(1)から(4)に掲げた諸文献のほか、現在ではこのような批判的見解が多数となってきた。
(12)  この点の説明について、宇田・前掲(6)営業譲渡法の研究九七頁以下によれば、要するに、営業の譲受人が譲渡人の得意先などとの関係を順調に保つためであるとされる。
(13)  田邊・前掲(3)商法総則商行為法一四八頁参照。
(14)  浜田・前掲(4)判例評論二〇七号三〇頁、近藤・前掲(4)神戸法学年報三号七九頁参照。
(15)  服部・前掲(1)商法総則四一八頁以下参照。浜田・前掲(4)判例評論二〇七号三一頁以下も、二六条の趣旨をこのように解した上で、解釈論は別として、営業を譲り受ける以上、少なくとも債権者に対する関係では債務引受をなすべしとの規範を立てるべきであると主張される。そして、判例においてもこのような傾向がみられるのは、企業倒産に際し債務のみを切り捨てつつ同一営業を継続することをよしとしない取引界の規範意識の影響であろうとされる。この指摘は重要である。また、近藤・前掲(4)神戸法学年報三号八二頁以下も基本的に服部説に立ちつつ、商号続用の場合に限って債権者を保護する理由について、商号を含めた営業譲渡がなされると、譲受人は、譲渡人と名実ともに同一営業を行っており、譲渡人の営業のすべてを利用しているのであるから、債務引受を強制されてもやむを得ないとされる。これも説得的である。
(16)  実方正雄「判例研究」法律時報三五巻一三号一〇五頁、志村・前掲(1)現物出資の研究二四一頁以下参照。
(17)  江頭憲治郎「判例研究」法学協会雑誌九〇巻一二号九九頁によると、営業譲渡の際に、譲受人が債務引受をしないきわめて例外的な場合に二六条・二八条を適用するとなると、なぜその例外的な場合に、法は一定期間経過後は免責的債務引受になる旨を規定したのかという点で、二九条の説明に苦しくなるなど、形式および実質の両面から問題点の指摘がなされる。近藤・前掲(4)神戸法学年報三号八一頁もあわせて参照。
(18)  小橋・前掲(4)上柳還暦記念一七頁参照。
(19)  田邊・前掲(3)商法総則商行為法一四九頁、山下・前掲(2)会社営業譲渡の法理二三三頁参照。
(20)  この点を重視するものとして、田邊・前掲(3)商法総則商行為法一四九頁参照。商号を続する事例のすべてが、本文でのべたようなケースであるとは限らずしも断定できないが、判例をみる限り、そのようなものが目立つ。
(21)  近藤・前掲(4)神戸法学年報三号八一頁によれば、具体的に、どのような場合を想定されるのか必ずしも明らかではないが、私見のように譲受人の意思から二六条一項を解釈すると、債権者保護に欠けるのではないかとの疑問を示される。


四  商号続用の拡張解釈の限界


(1)  商号続用の判断基準
  商号続用の有無の判断が重要となるが、判例の傾向としては、必ずしも同一商号であることは必要でなく、その主要部分に共通点があれば、商号の続用が認定される方向にあり、妥当であると思われる。その点で、実質上同一の営業を継続している事例に関し、会社の種類を異にし、かつ「新」の字を付加した場合には、商号続用にあたらないとした判例(最判昭和三八年三月一日民集一七巻二号二八〇頁)は、問題である(22)。商法二六条を外観信頼保護とする立場によれば、商号続用の有無は債権者の信頼(誤認)が生じるような場合か否かで判断され、その続用の認定はある程度限定的になるであろう。その意味でも、二六条について従来通説とされた外観保護による考え方は問題である。
  企業が倒産し第二会社が設立され、そこへ営業が譲渡されたような場合には、譲渡人の債権者保護の要請が大きく、商号続用の認定が緩やかになされるべき実際上の必要性がある。債権者が詐害行為取消権(民四二四条以下)を行使しようとしても、その立証は困難であると予想される。法人格否認は、もとより容易ではなさそうである。二六条の活用が期待される所以である。いずれにせよ、商号続用を緩やかに認定しても、譲受人の救済は二六条二項で満たされるのではないか(23)

(2)  商号続用と屋号の続用
  屋号が商取引上重要な機能を営む場合には、その続用についても商号続用と同様に考えて、二六条一項の適用ないし類推適用が問題となる余地がある。これを肯定した判例としては、@東京地判昭和五四年七月一九日判例時報九四六号一一〇頁、A東京高判昭和六〇年五月三〇日判例時報一一五六号一四六頁、B東京高判平成元年一一月二九日東京高裁判決時報民事四〇巻一二四頁の三件がある(24)。いずれの判決も、譲渡人が商号(あるいは商号の重要な構成部分)を営業自体の名称(屋号)としても使用している場合に、営業譲受人が譲渡人の商号でもある屋号を屋号として続用するときは、商法二六条一項の適用ないし類推適用があるとした。
  これらの判決の射程範囲について、判決が、屋号を譲渡人の商号と同様に扱うことまで認めたと即断することには慎重でなければならない。いずれも、譲渡人においては商号でもある屋号が、譲受人に屋号として続用されていることに留意する必要がある。したがって、その当否は別として、これらの判決が、譲渡人の商号と屋号が全く別物である場合にまで及ぶものとは断定できない(25)
  これに関連して、ゴルフクラブの名称を続用したゴルフ場の営業譲受人の責任を肯定した最近の判例(前掲・大阪地判平成六年三月三一日判例時報一五一七号一〇九頁)がある(26)。ゴルフ場の経営については、その経営主体の名称が使用されるよりも、そのクラブの名称が使用されるのが一般的であるとされ、一般にはゴルフクラブの名称で営業の主体が表示されるものと理解されているようである。本判決は、このような理解を前提に、商号続用の意義を広げて、営業の主体を表示する名称の続用がある場合にも、二六条一項を類推適用したものとして注目される。営業主体を表示する機能を有する名称続用の場合にまで同条項が及ぶかどうかは、これまであまり議論されずにきたが、この適用範囲については、ある程度限定的に解すべきであるとの指摘も早くからみられた(27)
  思うに、本条項の類推適用が無限定となるような拡張解釈はとるべきではないが、ゴルフクラブの名称は営業の主体を表示する名称であり、商号に実質的に近い性質を有するものと評価でき、いわゆるマークの類とは異なる。したがって、この程度までの拡張は許容されるべきではなかろうか。

(22)  本件の最近の判例解説として、鈴木千佳子「営業譲渡と商号の続用」商法〔総則商行為〕判例百選〔第三版〕五四頁参照。
(23)  商号続用の緩やかな認定に対して、大塚龍司「営業譲渡と取引の安全」金融・商事判例五六五号六〇頁は、債権者保護のために商号続用を広く解釈するのは本末転倒であり、債権者保護は詐害行為として取消すのが正道であるとされる。
(24)  @の判例研究として、近藤龍司・法学研究(慶応義塾大学)五八巻七号八七頁、田村茂夫・西南学院大学法学論集一五巻四号一二五頁、丸山秀平・金融・商事判例五九三号四七頁、Aについて、志村治美・商事法務一一五七号三九頁がある。
(25)  丸山・前掲(24)五〇頁以下によると、判旨が、譲渡人が商号を同時に屋号としていることを前提に、屋号の続用につき二六条を適用する点に注意すべきであるとされる。
(26)  本件研究として、小野寺千世・ジュリスト一一一九号一四二頁参照。それによれば、本判決の結論はともかく、二六条一項の類推適用は行き過ぎであり、事実認定を詳細にすることで譲受人の債務引受を認定すべきであったとされる。しかし、一般論としては、このような事例で債務引受を認定するのは、必ずしも容易なことではないのではなかろうか。ただし、本件については、その認定が可能な事例であるということもできようか。
(27)  丸山・前掲(23)五一頁によると、屋号を事実上の商号と評価して、二六条を類推適用すると、サービスマークの続用にまで問題が発展し、同条項の適用範囲が無限定になるとの危惧を示される。確かにその危惧は否定できないが、商号と類似の機能を有する屋号などに限定して拡張することは、妥当であるといえないであろうか。


五  残された課題


  債権者保護のためには、商法二六条一項による解決の必要性の大きいことが明らかとなった。これが否定された場合の債権者保護は、債務引受広告による二八条の責任追及もしくは譲受人の債務引受の認定によるほか、認められるのが決して容易でない詐害行為取消権の行使、あるいは法人格否認の法理を持ち出す以外に手段はなさそうである。しかし、二八条の適用についても、単なる営業譲受の広告では足りず、それが認定されるのは容易ではないし(28)、また一般に債務引受も認定が容易であるとはいえない。
  営業譲渡であることが否定された場合は、一般的な救済方法によるほかないであろうが、営業譲渡が認定された以上、二六条一項を広く活用することで、債務のみを切り捨てて、債権者の犠牲によって同一営業を継続するという問題のある行為を除去すべきではなかろうか。そのためには、二六条の適用範囲をさらに明確にすることが求められる。
  一貫して、私は、商号の続用がある場合に営業譲受人も債務者となる根拠をその者の意思に求めた。ただし、具体的な意思の存否は問わず、商号続用という事実にそのような意思の存在することを認めるわけである。この立場は、商号を含めて営業を譲り受ける場合には、それ相応の負担を覚悟すべきであるとの考え方にも依拠している。さしあたり、このように営業譲受人側の事情から説明するのが、比較的無難であると思われるが、ほかの立場を否定するものではない。複数の根拠を組み合わせて説明するというような方法も検討されてよいが、たとえば、外観保護と企業財産の担保力の双方を根拠とすると、債権者の善意・悪意がどのように問われるべきかが問題となるし、また、企業財産の担保力を根拠としながら譲受人の意思も考慮に入れると、一貫性を欠くこととなる。このように、複数の根拠による説明にも、問題が予想される。

(28)  これについては、最高裁判例は分かれている。ひとつは、営業を譲受けた旨の新聞広告の事例で、「今般弊社は事業を甲会社より譲受け、乙会社として新発足することになりました」という旨の広告は、営業上の債務の引受けを意味するものと解しうる(最判昭和二九年一〇月七日民集八巻一〇号一七九五頁)と判示し、もうひとつ、営業を譲受けた旨の個別的挨拶状の送付事例では、業務の承継の文字のみでは、債務引受の趣旨とは解されない旨判示している(最判昭和三六年一〇月一三日民集一五巻九号二三二〇頁)。いずれにせよ営業譲受の事実のみの広告では不十分であると解すべきである。詳しくは、山下・前掲(2)会社営業譲渡の法理二三三頁、二四七頁以下を参照されたい。