立命館大学文学部 ピタッと学ぶ

日本史研究学域

小関 素明 教授

人に支配されることが好きな人はあまりいないでしょう(支配されておくのが楽な場合は間々ありますが)。人を支配することが好きな権力欲の強い人はしばしば存在しますが、人を支配することもまた簡単ではありません。簡単ではなく、また多くの人がそれを必ずしも望んでいないにもかかわらず、支配、すなわち「少数の人間に多くの人がつき従っている」状態が成り立っているのは不思議なことです。これを日本近代史の中で解いてみようというのが私の研究の目標です。それは多くの人の顔写真を見るよりも、それ1枚ですべての人の顔を示すモンタージュ写真を作るにも似たような研究です。

桂島 宣弘 教授

現在、私たちの多くは、「日本国」において、「日本人」として、「日本語」で生活しています。しかしながら、江戸時代までは、「日本国」「日本人」「日本語」という意識は存在していませんでした。実は、江戸時代に東アジア・西洋を「他者」として把握することで、「日本国」「日本人」「日本語」は徐々に形成されていった意識でした。私の研究は、その形成過程を、東アジアを舞台に明らかにしていこうとするものです。東アジアの多くの大学の先生、学生たちと共同でこの研究テーマを追求しています。東アジアの人びとがどのように「日本」を見てきたのかを知ることで、「グローバルな17〜19世紀像」を共につくっていきませんか?

高 正龍 教授

考古学は物質資料を扱う歴史学である。石器、土器、鉄器などや大地に残された貝塚、建物、古墳などの遺跡がその対象となる。これらの資料の多くは発掘調査を通して得られる。発掘調査は忍耐のいる作業であるが、土の中から過去の人々の生活の痕跡を発見していく過程は何ごとにも代えがたい喜びがある。これらの考古資料から歴史を復原していくのは簡単なことでない。失われたものも多い。たとえれば、ピースが半分しかないジグソーパズルを組み立てている感じであろうか。ただ、新たな発見によりピースが埋まる可能性がある。これによって、自分のたてた仮説が裏付けられるもよし。修正されるもよし。一歩一歩、真実に近づいていく。

杉橋 隆夫 教授

日本中世史の研究は大きく動いています。鎌倉新仏教も実は「異端」でしかありませんでした。他にも「見直し」が進行しています。武士の発生については、「農民の武装化」というような説明では済まされなくなってきました。棟梁級武士の本拠は一貫して京都にあったのです。鎌倉幕府に対する従来の評価も過大です。私は、承久の乱以前を「鎌倉」時代と呼ぶことには反対です。乱後の武家法も朝廷法を超えるには至りませんでした。「歌人」将軍源実朝はもとより、父頼朝の作品も意外に優秀ですが、和歌は鎌倉独自の文化とはいえません。運慶・快慶、禅宗も「移入」です。公武を中心に寺社を視野に入れつつ、全体像の再構築に取り組んでいます。

畑中 敏之 教授

「身分」といえば、江戸時代の「士農工商」がイメージされるであろう。生まれによって職業・住居地等が政治的に固定化されてしまうというイメージであるが、しかし、この「身分」の捉え方は正しくない。政治制度的側面から主として説明されてきた従来の「身分」の捉え方を改め、歴史社会のなかでの人間存在の一般的なあり方を「身分」として捉え直す必要がある。日本近世社会におけるこのような身分史の追究にあたって、私は、雪踏(雪駄)などの伝統履物の生産・流通・消費の社会的経済的構造から考えている。「もの」を媒介にして形成される社会的人間関係=身分関係をキーワードに、歴史社会を描くことをめざしている。

本郷 真紹 教授

政(政治)と祭(宗教)は、本来不可分の関係にある。前者は理論に基づく強制的従属、後者は観念に基づく自発的従属を促す要素をもち、双方を機能させることで、為政者は効果的な支配を目指した。日本古代の律令国家も、律令という法制に基づく行政と共に、在来の神祇信仰と外来の仏教を利用する形で、安定的な支配を目論んだが、とりわけ、国家の中心に位置する王権にとっては、宗教的権威こそが、支配の正当性を保障する重要な要素となっていた。その実態と、段階的な特質を究明する事が、研究の中心課題であるが、併せて、各地方で見られた神祇信仰と仏教との交渉に関する歴史的特質についても、研究を進めている。

矢野 健一 教授

農耕社会のはじまりは、国家や文明が成立する前提条件です。日本では、本格的な農耕社会は縄文時代の終わり(もしくは弥生時代のはじめ)に水稲耕作が取り入れられた時にはじまったと考えられています。私は、1万年間以上続く縄文時代に、住む場所や人口が環境の変化に応じて変化する中で、水稲耕作を必要とし、また、それが可能な状態に近づいていったことを明らかにし、稲作のはじまりが偶然ではなく、必然である、と考えています。また、縄文時代であっても、鉱物の種類まで砂粒を選別していることがわかるような、土器の科学的研究も行っています。

山崎 有恒 教授

明治維新後の百年間に、日本は世界史上かつてないほどの大変革を遂げました。それが具体的にどのように政策立案され、どのような政治過程を経て定着していったのか、そのことが日本の人々の暮らしをどのように変化させ、どのような影響を与えていったのかを総合的、多角的に研究しています。私の研究の面白いところは、おそらく題材の取り方ではないかと思います。治水や競馬など、従来政治史の素材としては扱われることの少ない題材を取り上げ、そこから日本の近代化・西欧化の本質に迫っていこうとする研究は、他に類例を見ません。オーラルヒストリー(聞き取りによる歴史叙述)を積極的に用いているところも、特徴の一つだと思います。

和田 晴吾 教授

私は、日本列島に最初の稲作農耕社会が定着してから古代(律令)国家が形成されるまでの長い歴史過程を、考古学的方法でもって解明したいと希望しています。「日本」ができてくる重要な歴史段階です。私たちにはかっこいいタイムマシーンはありませんが、発掘は一種のタイムトラベル。下へ下へと時間をさかのぼっていきます。絶えず新たな情報が掘りだされ、仮説が常に検証される緊張感があります。これからは研究で明らかになった考古資料を含む文化遺産の価値を市民に伝え、その保護・整備・活用をはかるための思想や方法を考えることも大学の重要な任務になります。デスクとフィールドの活動が適当に融和しているのも魅力です。

佐古 愛己 准教授

平安時代は律令制が変質し、新たな王権、政治、社会のあり方が模索された時代です。私は、貴族社会における人事・昇進に特に関心を持っています。立身出世を望むのは人の普遍的な欲求でもありますが、「イエ」や家格が成立する古代末から中世においては、とりわけ昇進をめぐる貴族たちの活発な活動が史料から窺え、朝廷や権力者はそうした心理を利用しつつ社会編成を行ったと考えられます。この時期、主従関係などの人格的関係や縁故を重視する昇進制度や、経済的奉仕によって官位が売買される制度が築かれました。現代の日本における社会問題を考える上でも、縁故や賄賂、家の継承といった問題は、興味深いテーマだと 思っています。

下垣 仁志 講師

日本列島に王権が誕生し、巨大な古墳が造営された疾風怒濤の古墳時代はいったいどのような社会だったのか。国家形成や王権の誕生、天皇制成立の前史など、日本史を考えるうえで大切なテーマが古墳時代には満ち溢れています。私の研究は、大王を頂点とする列島レヴェルの有力集団間関係を、器物の流通・古墳群構造・古墳祭式の生成システムなどから追究し、各地の有力者集団の編成のあり方を複数埋葬の分析から検討することで、上記の問題にせまることができるものです。文献史料のほとんどない時代を、考古資料(発掘された物質資料)から解き明かしてゆく、探偵的でスリリングな面白さがあります。