
みなさんは中国文学についてどのようなイメージをお持ちでしょうか。私がよく耳にするのは「高尚で、難しい」というもので、そのために「気軽に触れられない」と敬遠される方が多いように感じます。おそらく、この原因は中学・高校で勉強してきた漢文にあるでしょう。返り点や書き下し文を作ることに精一杯で、その内容を楽しむことができなかったのではないでしょうか。確かに、漢文や現代文を読むのは難しく、かなり練習が必要となります。しかし、漢詩には詩人一人ひとりの気持ちや個性がしっかりと表れており、歴史書からはその時代だけでなく、編者の特徴や執筆時の流行など、数多くのことが読み取れます。思想に関しても独創的でおもしろみのあるものが多く、小説に至ってはユーモアに富んだものから、怪奇なもの、時代を反映したものまで豊富にそろっています。小説やゲームなどで知られる『三国志演義』も中国文学ですから、より親しみを感じて頂けるでしょう。ここで、ひとつ李白の詩「山中與幽人対酌」(「山中にて、隠者と酌み交わす」)を紹介しましょう。
両人対酌山花開(私たち二人して飲み交わせば、山中の花が開く。)
一杯一杯又一杯(一杯、一杯、また一杯と、グイグイ酒を飲み交わした。)
我酔欲眠卿且去(私はすっかり酔って眠いから、君はしばらく帰ってくれ。)
明朝有意抱琴来(明日の朝、気が向いたら琴を抱いて来てくれよ。)
いかがでしょうか。「高尚で、難しい」というよりも、ユーモアがたっぷりと含まれて、李白という人間のおもしろさや親近感を感じないでしょうか。ここでは漢詩を紹介しましたが、文学とは人々の思いの発露によって生まれるものです。どのジャンルにも人々の思いがしっかりと込められており、それぞれのおもしろさが詰まっています。中国文学を学んでいく過程で、きっと自分の好きなジャンルや詩人・思想家・作家に出会えることでしょう。また、日本文学との比較に興味を持たれたり、ひとつのテーマを通史的に見ることに興味を持たれたりするかもしれません。中国文学はおもしろく、限りなく深い世界です。ぜひ、自分の興味の赴くままに楽しんでみてください。きっと、誰も気づかなかった発見が待っていることでしょう。
また、中国文学を学ぶことによって、今後必要とされる知識も身に付けることができます。現在、日本と中国の政治的、経済的、文化的な関係は年々強まってきており、政治・経済・メディアなどいくつもの分野において中国に対する研究が行われています。しかし、実際のところ日中の信頼関係は強固なものと言えず、中国に進出する日本企業も苦戦を強いられています。これらの原因について様々な見解が出されていますが、中国という国、そして中国人について理解できていないことが根本的な理由として挙げられます。これにより、中国・中国人に対して深い理解を持った人材が求められているのです。先ほども述べたように、文学とは人々の思いの発露であり、それを学ぶことは中国という国を、そして人々について知ることにつながります。また、個人的な経験からではありますが、中国文学の知識は中国の友人、同僚との交流に一役も二役も買ってくれています。中国文学は非実学とされる分野ではありますが、今の時代において非常に実用的な学問でもあるのです。
このように、中国文学は大きな魅力と高い将来性を併せ持つ学問です。ぜひ中国文学専攻への進学を考えてみてください。きっと、楽しみと共にたくさんの知識が得られると思いますよ。
2009年3月 立命館大学文学部人文学科中国文学専攻卒業
京セラミタ株式会社勤務 児玉大
私たち、中国文学専攻の学生は、一回生の時は主に漢文読解の基礎と中国文学の歴史について学びました。このとき学んだことは、これ以降の学習において直接つながらなくとも、教養を身につけるという意味で非常に有意義なものでした。
私は、教養を身につけるという点は非常に意義のあることではないかと思います。昨今、大学教育に対しては社会に出てから直接役に立つ知識を学生に身につけさせることが求められる傾向があります。しかし、それは本来専門学校などが担う分野であって、最高学府たる大学に求められるべき役割ではないはずです。
本来大学に求められている、教養という分野に対してまじめに取り組むことができる中国文学専攻という専攻で学ぶことは、社会に出て直接役に立つことを学ぶことを期待するべき場所ではないかもしれません。しかし、教養を身につけることは、社会人としての幅を得るということであり、それは直接仕事に役立つことはなくとも、善い社会人としての役割を担うためには必要なことではないかと思われます。また、様々な考え方がある現代日本においても、漢文は教養の柱の一つであることは紛れもない事実であり、身につけておいて損はありません。
2009年3月 立命館大学文学部人文学科中国文学専攻卒業
新日本海フェリー株式会社勤務 小柴 俊明
「中国文学」と言葉だけ聞くと、なかなか取っ付き難いイメージがあるかもしれません。立命館大学文学部は専攻別の受験ですから、入学時から専門を決めてしまうことに不安をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、だからこそ中国文学に若干でも興味をお持ちの方には、ぜひ中国文学専攻へお越しいただきたいと思います。
中国文学に関しては一回生時から専門の研究授業がありますので、自分で課題について調べたり、友達の発表を聞いたりしているうちに、自然と中国文学の世界に馴染み、自分の興味のある分野を見つけることができます。ひとくちに「中国文学」と申しましても、その分野は多岐に亘り、膨大です。概要を学ぶ授業を通じて興味を引かれることもあるでしょうし、入学前から気になっていた人物や作品について知識を深めたいという気持ちが強くなることもあるでしょう。私は入学前から『封神演義』という作品について興味を持っていました。大学に入ってから詩や他の小説についても面白そうだと感じましたし、中国の陶器などについて調べたいという気持ちも持ちましたが、結局『封神演義』について何か新しい発見をしたいという初心を貫くことにし、卒業論文では『封神演義』の登場人物の一人について論じました。もし自分が追究したい分野が見つかったら、先生方や先輩方は、全力でそれをサポートして下さいます。ゼミも大変柔軟性があり、分野をむやみに限定されることはありません。自分が興味を持ったことに対する探究心を躊躇する必要はないのです。
しかし、中国文学を自分の専門と限定するのにはまだ抵抗があるかもしれません。でも安心してください。文学部内の他専攻の授業は比較的自由に受講できますし、むしろ受講していかなければ単位はとても足りません。私は国語の教職課程を取っていましたから、特に日本文学の授業は中国文学と同じか、もっと受けたかもしれません。入学前に国文学も学びたいと思っていた私には願ったり叶ったりでした。そしてやはり中国文学や中国史に最も心躍らされると再確認できたという意味でも、一分野だけに捕らわれない受講形態は良かったと思います。もちろん日本文学だけではなく、様々な専攻の授業を受けることが出来ますし、他学部受講もできます。一般教養の授業では、嫌でも文学にはおよそ関係ない授業も受けなければなりませんが、せっかく大学に来たのですから視野を広げるという意味でも制度として用意されているのは喜ばなくてはいけないのかもしれません。数はそこまで多くはないので大丈夫ですが、侮ると痛い目を見ます。
語学に関しても、意欲があれば必修以外でも二年次から副専攻という形でもっと学べる場が用意されていますし、他の言語も学ぶことができます。私は中国語コミュニケーションコースという副専攻を取っており、曲がりなりに四回生まで中国語の授業を受けていました。中国語の必修は二回生前期までですが、学ぼうと思えばいくらでも学ぶ環境は整えられていますし、留学に行った友達もたくさんいます。
なにより嬉しかったのは、図書館の蔵書数の多さです。文学部を目指される方には、天井まで届く書棚を見渡しただけでわくわくするという方も多いのではないでしょうか。見たこともない装丁の古い漢籍を初めて見たときの感動は忘れられません。卒業論文を書く時も、資料が見つからずに困ることはあまりありませんでした。総合大学の良い所は、文学に関係のない資料だとしても大抵どこかに収まっていることです。もし立命館にない本でも京都には大学が多いですから、近隣の大学にならあるということがほとんどです。その本のある大学まで行けば閲覧させてもらえますし、取り寄せてもらうこともできます。
ここまで、いかにも真面目に学生生活を送ってきたようなことを申し上げてきましたが、私が最も力を注いだのは部活動でした。部活動を心から好きになれたのも、好きなことを学んでおり、迷いや後悔がなかったからこそだと思っています。部活動を十分に楽しみ、私が大変充実した学生生活を送れたと思えるのは、やはり四年前に、興味をもった中国文学を大学で学んでみたいという気持ちを大切にしてこの専攻への入学を決めたところから始まったと感じます。昨今、不況だ、就職難だと連日耳にし、少しでも就職に有利な学部学科への進学をお考えの方も多いことだろうと思います。しかし、例え四年間であろうとも、好きなことを精一杯学べたという満足感と自信の方が、嫌々義務感で学ぶ就職に直結しそうな知識よりはるかに勝ると私は思います。私の専門はこれです、と断言できるものが、仕事や趣味のほかに一つくらいあっても良いではありませんか。中国の歴史や文学は壮大で幽遠です。その大きさを感じることは、自分にとって必ずプラスになるものだと思います。きっかけは何でも良いと思います。もし少しでも興味をお持ちであれば、その先を探って魅力的な中国文学の世界をご覧になりませんか。
2009年3月 立命館大学文学部人文学科中国文学専攻卒業
京都信用金庫勤務 中村小百合
『私が中国文学専攻を選んだ理由!』
「東京?大阪?京都?福岡?」「法学部?経済学部?文学部?教育学部?」「私立?国公立?」進学の悩みは本当に様々!
ただでさえ受験勉強で忙しいのに、大学の進路を決めるのなんて、もっと大変!大事な進路選択なのに、どうすればいいか分からない!
そんな高校生活を経験した私が、立命館大学の中国文学専攻を選んだ理由を、入学後の中国文学専攻の実情を交えながら、ここで紹介します。
私が立命館大学文学部中国文学専攻を選んだポイントは、“どこで”“誰と”“何をして過ごすか”の3つでした。
その1:情緒溢れる街・京都!(どこで)
4年間という限られた時間を、どこで過ごすかは、とても重要な要素。
京都には、清水寺をはじめ、二条城、上賀茂神社等、多くの世界文化遺産があります。立命館大学の周りにも、金閣寺や龍安寺等の歴史的建造物があります。授業の合間を縫って、それらの名勝を訪れることが出来るのも、京都ならではのことでしょう。週末は寺社巡りをし、中国文化の影響を受けた日本文化に触れ合い、日本の歴史における中国の重要性を肌で感じました。
その2:色んな地方から学生が集う大学!!(誰と)
立命館大学の大きな強みは、ズバリ“人”です。高校生の時、立命館の主催するオープンキャンパスに足を運びました。そこには、関西だけではなく、北は北海道から南は沖縄まで全国津々浦々の学生が参加し、私の地元・福岡では出会うことの出来ない人々と交流することが出来ました。このことは、入学後も変わりません。同じ志を持った全国の学生と接し、色んな話をすることで、自分の持つ視野を広めることが出来ました。
その3:中国文学だけでなく、幅広い分野の学問に挑戦出来る!!!(何をする)
白川静先生を輩出した中国文学専攻ですが、専門分野以外の研究にも挑戦出来るのが中国文学の魅力。勿論、専門分野の研究に力を注ぐ学生も少なくありません。
私の場合、中国語に興味を持っていたので、「副専攻」を受講し、中国語の資格取得に励みましたし、大学が開講する『異文化理解セミナー』に参加し、中国に短期留学する学生もいました。現在は、孔子学院との提携により、よりレベルの高いでの中国語の授業が受講可能となっているのも、中国文学専攻の魅力の一つです。
また、文学部にはバリュエーション豊富なプラグラムが組まれています。映画や美術等の芸術系の授業をはじめ、地理学から京都学まで様々な講義が用意されています。つまり、文学部は、自分の興味のあるものなら何でも勉強出来る学部なのです!
以上が、私が中国文学を選び、実際に経験した内容です。多くの人と出会い、切磋琢磨し合うことで、私の大学生活はとても充実したものとなりました。進路でお悩みの学生の皆さん、中国関係の学問に興味のある皆さん、是非中国文学専攻の門を叩いてみては如何でしょうか?
2009年3月 立命館大学文学部人文学科中国文学専攻卒業
伊藤忠商事株式会社勤務 福本亘
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