2007年度JASRAC寄附講座
音楽・文化産業論U
Top
About
Theme
Past Report



2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
15
▲PAGE TOP
2008.1.12


講師:サイトウ・アキヒロ先生


多摩美術大学在学中から、CMディレクターとして「ラフォーレ」「サントリー」等の多数の作品を手がけ、また25年以上にわたり任天堂他多くのゲームディレクションに携わる。雑誌「ファミコン通信」の立ち上げ、編集も行うなど、活動範囲は多岐にわたる。近年はゲーム制作におけるインターフェイスの基本概念となる「ゲームニクス理論」を提唱。また“感性推理論型人工知能”の開発を完成させ、ネットワーク時代における意味ネットワークでは実現できない「感性レコメンドプロジェクト」を推進中。「ゲームニクス理論」はアメリカにてこの夏に出版予定。国内外の公演多数。

立命館大学映像学部教授・株式会社ビーマットジャパンCFO。




ゲームニクス理論」

―日本発、世界基準のインターフェイス―



はじめに


 今日は日本発、世界基準のインターフェイスについてお話します。

みなさんの周りには、携帯電話やDVDレコーダー、テレビなどをはじめ、たくさんのデジタル家電が存在しています。それらのデジタル家電は多機能になってきていて、操作がややこしく使いこなせていない人も多いのではないかと思います。携帯電話のマニュアルでも、全部読んでいる人なんかいないでしょう。しかし、ゲームの場合は最後まで使わないと話になりません。ましてやゲームをするのは子供なので、マニュアルなど読んでくれないというのが前提です。そのなかで、複雑なゲームをいかにして簡単に理解してもらうかということが、日本では非常に発達してきました。それが日本のゲームの一番の優位性でもあります。そういう意味においても、日本がものを開発するにあたってゲームの開発理論は非常に有効だろうと思います。そのインターフェイス方法論だけを抜き出して理論を体系化したものが、「ゲームニクス」です。これは、僕が「ゲームのエレクトロニクス」からつくった造語です。

僕らのようなゲーム制作の第一世代はそろそろ卒業です。そこで、これまで培ってきたノウハウを次の世代に渡していくために、まとめたことをこれからお話します。



1.日本発の世界産業「テレビゲーム」



 ものづくりの歴史が長い日本ですが、「日本発の産業」で世界の産業にまで発展したものは、そう多くはありません。そのなかでも任天堂のWiiやニンテンドーDSは、世界的に見ても圧倒的な支持を受けています。

日本発の世界産業「テレビゲーム」

 みなさんはゲームに対して、いきなりファミコンが登場してあっという間にブームになり、世界的にも広がっていったという印象を持っているかもしれません。しかし決してそうではなく、日本のゲーム業界のなかでも任天堂はむしろ後発でした。ファミコンが発売された当時はすでに様々なゲーム機が発売されていて、任天堂はブームに乗っかるかたちでファミコンを出したんですね。つまりファミコンはいきなり登場したのではなく、当時すでに発売されていた数十機種のなかのひとつに過ぎなかった。それがなぜ一人勝ちしていったのでしょうか。ゲーム産業はアメリカで生まれ、ゲーム市場はアメリカで確立されたものです。日本はアメリカのゲーム産業をまねたに過ぎず、オリジナルではないんですね。にもかかわらず、いまや市場を覆ってしまいました。
 
 ゲームを創成したのもゲーム市場を作ったのもアメリカです。アメリカでは1962年に業務用のゲーム機が発売され、その後、家庭用のゲーム機も次々に発売されました。日本でのファミコンの発売は1983年ですが、1977年の段階でファミコンの原点はアメリカにすでにありました。「アタリ2600」です。普及率は4世帯に1台。相当な数が売れていたということがわかります。ところが、アタリ社というゲーム会社がこの家庭用テレビゲーム機を発売して一気に大ブームとなり、アメリカのゲーム市場は3億ドルにまで成長したのですが、3年ほどでゼロにまで落ち込んでしまいます(下のグラフ参照)。このことを業界では「アタリショック」と呼んでいるのですが、なぜそんなことが起きたのでしょうか。


アタリ2006の時代

アメリカのビデオゲーム市場とアタリの売上げの推移
アメリカのビデオゲーム市場とアタリの売上げの推移

 

 端的に言うと、当時発売されたゲームはどれもおもしろくないんです。プレーヤーはゲーム屋さんでパッケージだけを見てゲームを買いますが、いざ遊んでみたらつまらない。当時は「ファミコン通信」のような雑誌があるわけでもなく、何がおもしろいのかすら分からない。それで一気に飽きられてしまった。これが「アタリショック」です。原因はいろいろと言われていますが、少なくとも当時の任天堂幹部や上層部は、粗悪なソフトが出回ってしまったためにプレーヤーが飽きてしまったという認識を持っていました。そのような状況を踏まえたなかで、1983年に任天堂よりファミリーコンピューターが発売されます。「ドンキーコング」や「マリオブラザーズ」なども、このときに出たソフトです。1985年には「スーパーマリオブラザーズ」が発売され、これをきっかけに一気にブレイクしていくことになります。翌86年、ファミコンのアメリカバージョンである「Nintendo Entertainment System」がアメリカで発売され、大ブームとなりました。任天堂は完全に冷え込んでいたゲーム市場に再上陸して、アメリカの市場を獲得していったんです。それでは、単なるおもちゃの1分野でしかなかった任天堂のゲームが、ここ10〜20年ほどの間に日本が世界に誇れるソフト産業になった理由は何なのでしょうか。

 なぜ日本のゲームが世界に受け入れられたのかというと、よく「ストーリーや世界観がすばらしいから」とか、「あるいはキャラクターが魅力的だから」、「内容が刺激的だから」と議論されています。しかしそれは、映画やほかのメディアと変わりません。僕は当時、現在は任天堂の社長である岩田聡さんのプロデュースのもと、HAL研究所というところで任天堂から出すゲームの開発を一緒にしていたのですが、そのなかで「任天堂のゲームが世界に受け入れられた理由は、任天堂は独自のゲーム開発ノウハウを構築してきたからだ」と実感しました。そしてそれを理論体系化したものが「ゲームニクス」です。もちろんニンテンドーDSやWiiのヒットは、「ゲームの本質とはルールである」ということに立ち戻った結果でもあると思います。つまりそれまでのゲームは、どちらかと言うとハードとしての表現の向上や、世界観やストーリーなどの映画的要素をバージョンアップさせていった側面がありましたが、ゲームの本質はやはりルールだろうと思います。「どういうルールを作るか」というゲームデザインの基本にもう一度立ち戻って、シンプルなものを作ろうということ。これも、マニアック化していったゲームを一般の人たちに呼び戻した大きな理由でもあったと思います。しかもゲームは生活必需品ではないので、アタリショックのように客が飽きてしまえば見向きもされなくなります。しかもその現象は過去にアメリカで起こっている。そこで、一度冷え込んだアメリカのゲーム市場に再上陸していくにあたり任天堂が一番注意を払ったことは、ソフトウェアの質を管理するということでした。粗悪な商品がなるべく出ないようにするにはどうすればよいのかということを、真剣に考えたわけです。

 そのひとつが、任天堂のなかにある「スーパーマリオクラブ」という独自の審査機関です。開発されたソフトができあがった時点では、まだマニュアルが存在しません。その段階で審査にかけ、どこが良かったか、あるいは悪かったかという、かなり細かなチェックを行います。そして最終的には点数が付けられます。僕が開発していた頃は、80点以上でないと発売できないとされていました。高くても90点くらいなので、審査は非常に厳しいものです。80点に到達しない場合は、悪い部分を修正して再度つくりなおします。そして1年近くかけて修正しなおし、それでも水準にいたらずに発売を見送ったソフトも結構あります。任天堂ではこのように、高品質のソフトをつくる姿勢が高度に形成されていきました。任天堂が考える高品質は「誰にでもあそべる」ということ。だから「分かる人には分かる」とか、「このセンスを受け入れてくれる人に買ってもらえばいい」というようなクリエイター側のエゴは、まったく通用しませんでした。

 また任天堂は、サードパーティー(任天堂以外)が開発したソフトにもマリオクラブの審査をかけて点数を付けました。その点数はメーカー側に通知されるので、メーカー側も高い点数が取れるように努力していったわけです。こうやって、ソフトの品質を管理しようとしたんですね。どう遊んでいいのか分からないといった操作性の難しさは、スーパーマリオクラブではおおきなマイナスの要素になります。このような環境のなかでゲームニクス、つまり「人に優しいインターフェイス」「マニュアルなしで遊んでもらえるノウハウ」が熟成されていくことになったわけです。

 みなさんもご存知の、ニンテンドーDSの「脳を鍛えるDSトレーニング」はもともと書籍で、結構売れていましたので、実はパームやザウルスといった、DSと同じペン入力で操作入力をもった電子手帳のデバイスで一度発売されたことがあります。しかし話題にもなりませんでしたし、たいして売れませんでした。それがDSになった途端ブームになったんです。決して広告をたくさん打ったからではありません。広告を打ったのはブームになったあとで、ほとんど口コミで広がっていったんです。コンテンツの中身はまったく一緒なのに、DSの「脳トレ」は、すでに数百万本が売れています。中身は一緒でもインターフェイスによってお客さんの気持ちを惹きつけ、「もっとやりたい」という気持ちにさせることがいかに重要であるかということを端的に示しています。このインターフェイスのノウハウがゲームニクス理論です。ゲームニクスのノウハウが盛り込まれた結果、このソフトウェアはみなさんに楽しんでもらえたんです。


2.ゲームニクス理論


(1)ゲームニクス理論とは

 ゲームニクス理論とは、日本のゲームを世界産業に発展させた「人を夢中にさせる」ノウハウを理論体系化したものです。このノウハウはゲーム以外のメディアにも応用ができます。なおかつ、その一定の操作の約束事が世界基準になっている事実です。つまりそのノウハウを使って開発された商品は、世界に受け入れられる人に優しく使いやすい商品だということになります。

 テレビゲームは、マニュアルを読まなくても操作が覚えられてプレイできてしまいます。またいつの間にか段階的に攻略法を学習して、どんどん次に進んでクリアできてしまいます。そして長時間にわたり集中してハマッてしまいます。そもそも子供は長時間集中してくれません。よくお母さん方から、「先生、うちの子供がゲームに夢中になって困るので何とかしてください」と言われますが、子供たちはゲームだから熱中しているわけではないんです。熱中するノウハウがゲームに盛り込まれているから、熱中してしまうんです。その熱中するノウハウは教育にも応用できるんです。この「むちゃくちゃ楽しくて熱中してしまう」というテレビゲームの特性を達成するためにはどうすればよいのかということを、日本のゲームクリエイターたちはものすごく考えてきました。そしてゲームニクス的な要素を構築して、ゲームの中に投入していったんです。しかしそのノウハウは、ディレクター個人のスキルとして蓄積されて、一般的には企業秘密的なものでした。


(2)ゲームニクスとはなにか

 ゲームの基本は、ストレスと快感のバランスです。障害というストレスを乗り越えた先に、障害に見合っただけの快感があるということが非常に大事です。テトリスでは、細長いブロックが落ちてきたときに一気にブロックを消せるように、一列だけ空けてブロックを積んでいきますが、その段階では非常に大きなストレスがかかります。しかしそこにブロックをはめて一気に消すと、ストレスは快感に変わります。このように、ゲームデザインのほとんどはストレスと快感のバランスによって作られています。つまり、ゲームはユーザーにストレスを与えるということが前提なんです。よってゲームの内容以外のことでストレスを絶対に与えてはいけません。たとえばコントローラーの操作性が悪いとこの時点で余計なストレスが発生しているため、かんじんなゲームのストレスに耐えられなくなってしまうのです。結果としてコントローラーは限りなく空気に近いような存在でなければなりません。触っているということすら忘れるくらい、画面に熱中してもらわないといけないし、できれば操作という行為自体が楽しくなるところまでもっていく必要があります。画面の中の動きとユーザーとの間に生じている距離を、限りなくゼロにしていく。操作性を感じさせず、気持ちよさだけをユーザーに伝えてあげる。そういう意味において、ゲームニクスとは非常に優れたインターフェイスの方法論なんです。


(3)ゲームニクス理論の2大要素

 ゲームニクス理論には2つの大きな要素があります。1つは、理屈抜きで直感的・本能的に操作ができるということです。マニュアル要らずですぐに遊べる操作性が、ユーザーへの敷居を低くするんです。また音楽にしても映画にしても小説にしても、日本のソフトが世界へ出ていく上で一番の障害となるのは言語ですが、ゲームははじめからマニュアルに頼らないという前提があります。ゆえにその操作性は、年齢や人種、異言語格差を超えても理解できます。そしてこの20年間で、このゲームの操作における約束事が世界基準になっているという事実があるんです。

 2つめは、複雑な内容を段階的に理解して上達し、思わず夢中になってしまうということです。簡単な操作の理解から始まって複雑な使用法を、押し付けではなく、楽しみながら覚えていけるんですね。たとえば携帯電話ははじめからすべての機能が提示されていて、それを使いこなすにはマニュアルを読まなければなりません。このため最初から携帯電話を使いこなせるという人は、ほとんどいません。それに対してゲームは、最初は初歩的な操作理解から始まって、その人の習熟度に合わせて段階的に難しいことを攻略していくという楽しみがあります。つまりもっとやり込んでみたくなるような、熱中させるための仕掛けがあるんです。

 以上の2大要素を一言で表すと、「分かりやすくて、やりこみたくなる」となります。


(4)ゲームニクス理論の4原則

ゲームニクス理論には、さらに4つの原則があります。

1)直感的なユーザーインターフェイス…入力デバイスがキーボードなのか、マウスなのか、Wiiのようなモーションセンサーコントローラーなのか、あるいはペン入力なのかといった入力デバイスの特性を理解してゲームデザインをする必要があります。このことによって、マニュアルを見なくても直感的に操作が理解できるということが実現しているわけです。

2)マニュアル不要の操作理解…いきなり目の前に将棋版と将棋の駒を置いて「遊んでいいよ」と言われても、ルールを知らなければどうやって遊んでいいのか分かりません。それはゲームも同じです。マニュアルがなくてもいかに楽しく、知らないうちにゲームが上達するか。そしてそのためにはどうすればいいのか、という方法論です。

3)はまる演出と段階的な学習効果…無意識にはまる効果に作用するゲームテンポの方法論、意欲を持続させる目標設定の方法論、子供に押し付けるのではなくあたかも自分で発見したかのように新しい要素をどんどん身に付けられる方法論です。

4)ゲームの外部化…ゲームのリアルとバーチャルをつなぐにはどうすればいいのか。        

以上4原則には、それぞれ細かい項目とノウハウがあります。いくつか具体的に説明しましょう(下図参照)。


ゲームニクス理論のツリー図

●「マニュアル不要の操作理解―ボタンの信頼性」(2-A)…ゲームニクスには、Aボタン決定、Bボタンキャンセルの原則があります。決定ボタンを押すことによって階層が深くなり、キャンセルボタンで階層を戻すことを徹底しなければなりません。そうすることで「困ったらBでキャンセルして最初のメニューに戻ればいい」という心理が働き、いろんなメニューにトライしやすくなる。携帯電話の場合、戻るボタンや決定ボタンはばらばらだったりします。これだけでも相当なストレスです。

●「マニュアル不要の操作理解―導入部でルールを理解―最初にふれるところでアクション/システムの基本を提示」(2-B-@)…「スーパーマリオブラザーズ」のゲームの導入部では、基本的なアクションやシステムをすべて提示しています。このソフトの基本アクションは、敵をよけながら左から右に移動し進んでゴールを目指す、ジャンプする、ブロックを叩くとアイテムを入手する(大きくなれたり、コインをとれる)の3つで、スーパーマリオの基本操作となっています。これが最初の15秒で体感できるようなつくりになっているんです。つまりマニュアルを見なくても遊べます。

●「はまる演出と、段階的学習効果―目標設定」(3-C-@〜C)…長時間遊んでもらうためには、目標を持ってもらわなければなりません。プレーヤーのモチベーションを喚起することを、われわれの業界では「ステージに上げる」、つまり「つねにお立ち台に上って踊ってもらう」という表現を使います。そのためには目標設定が必要なんですね。この目標設定のバランスがユーザーの自主性を引き出していきます。

@スタート時のユーザー設定…プレーヤーの立場を明確にし、世界観に引きずり込む必要があります。ストーリーの設定やキャラクターの位置づけなどで、ユーザー設定を明確にします。

A最終目標の設定…この場合も目標はつねに明確でなければなりません。「スーパーマリオブラザーズ」の場合は、ピーチ姫を助けるという最終目標があります。最終目標は途中で変更してもいいのですが、つねにわかるように。あえてあいまいにする場合でも、その理由を明確にしなければなりません。

B直近目標の設定…マリオの場合、次はノコノコを倒す、アイテムをとる、コインを集めるなど、ユーザーにつねに5つぐらいの直近目標を持ってもらいます。そのうち2つは、中間目標のためのものとします。

C中間目標の設定…中間目標は明確にせず、ユーザーに設定させます。しかしユーザーが設定するための材料は提示します。マリオの場合、「コインを100枚あつめてレベルを上げる」などが、この中間設定にあたります。この目標は、達成間近になると直近目標に入れ替わります。そして次の中間目標となるヒントをクリエイター側が用意しておく。このようにユーザーは、実は1本のレールの上を走らされているにもかかわらず、中間目標のみをユーザーに設定させ、目標設定をじょうずにコントロールすることで、いかにも自分で選択した道を進んでいるような気にさせることができます。それがユーザーの意欲を引き出すことになります。

●「はまる演出と、段階的学習効果―新しい要素を自分で発見するよろこび」(3-D-@)…押し付けではなく新しい要素を自分で発見する楽しみを知ってもらいます。どういうことかというと、最初は簡単な位置に配置してあるアイテムを手に入れることで発見する喜びを体感してもらいます。次に、似た場所に隠しブロックを配置してアイテムを発見してもらうことによって、いかにも自分がみつけたかのような錯覚にさせて、推理し発見する喜びを持続させるというわけです(下図参照)。

ゲームニクス理論3-D-1(段階的学習効果例)

 以上のように、夢中にさせるノウハウ、長時間遊んでもらうためのノウハウ、マニュアル要らずのノウハウなどが、ゲームの中には盛り込まれているんです。これが、ゲームに夢中になる大きな理由なんです。これをトータル的に理論体系化したものがゲームニクスです。



4.日本文化とゲームニクス



 ではなぜ日本のゲームは、非常に優れたインターフェイスとして発展していったのでしょうか。僕は、日本の文化に深いかかわりがあると思っています。

たとえば「もてなしの文化」。茶の湯に代表されるような、気遣いや気配りの配慮によるものです。つねに先回りして相手に気づかれないように、そっと材料を用意しておく。だからプレーヤーは熱中するし夢中になる。任天堂も、その会社自体が京都にあるという背景がゲームニクスを発達させたひとつの理由なのではないでしょうか。プレーヤーより先回りしてボタンをわかりやすくレイアウトしたり、さりげなくヘルプを表示したり、それとは気づかれないように次の目的を提示したり、操作自体が楽しくなるようなアニメや音の工夫をしたり。これらは、茶の湯時代から日本人の底辺に流れている「さりげないもてなし」という、和の心そのものだと思います。

 また俳句に代表されるような、限られた制約のなかでイメージを膨らますという、日本の「制限の工夫」。これも、われわれ日本人のなかの大きな要素だと思います。俳句は字数制限でイマジネーションを膨らませますし、茶室などもあえて質素さのなかに豊かさを求めます。浮世絵も、表現と色数の制限のなかから生まれた独自の表現様式です。ゲームはどうでしょうか。ファミコンは、十字キーとABボタンしかない状況で15年近く生き延びてきました。ゲームはどんどん複雑になっても、装置は決まっているという限られたデバイスのままという環境のなかで、多様な操作を実現するために非常に高度なインターフェイスが発達してきたんですね。この「制限による工夫」も、日本の表現の伝統だと思います。

 このように日本のゲームは、あきらかに日本ならではの感性が世界産業にまで押し上げたものであると僕は思います。単にストーリーが刺激的だからとか、キャラクターが個性的だからという理由だけだったら、ここまで海外には受け入れられなかったのではないでしょうか。人を迎え入れて快適な時間を提供する作法の条件は、「相手に気付かれてはならない」ということですよね。これ見よがしの歓待や演出ではだめなんです。ゲームも同じで、ユーザーインターフェイスやコントローラーの操作性は、空気のような存在とならなければなりません。だからみなさんは気がつかなかったのですが、とても高度なノウハウなんです。

 話をゲームニクスに戻しましょう。テレビゲームというものは、コントローラーやリモコンを使ってテレビ画面を自由に操作する遊びです。モニターとコントローラーを使っていかに効率よくプレーヤーに情報を伝達するかということが、ゲームにおけるインターフェイスのすべてなんです。だとするならば、ゲームニクスは、対話型のインターフェイスをもつものであれば、他メディアにも応用が利くということになります。



5.ゲームニクスの他メディアへの応用



 現在われわれを取り巻いている環境は、複雑なITやデジタル技術のなかで多様で多機能なものが溢れかえり、かえってストレスとなっています。これをゲームニクスによって、分かりやすく使いこなせるものにすることができるのです。銀行ATMにおいてだいたいの方は、「引き出す」「預ける」しかしないのに、「パスワードを変える」「ローンを組む」などのボタンと配置や大きさは均等で、画面上に並んでいるだけです。よってユーザーはまず「引き出す」のボタンを探すところから始めなければなりません。この時点で僕は、「ゲームニクスがなってないなあ」と思うんです。しかも、ATMの横には機械の操作を教えてくれる人まで立っていることがあります。もはや、直感的に操作を分からせるということを放棄しているとしか思えません。最新家電のリモコンを見ても、ものすごい量のボタンが付いています。誰がこんな物を使いこなせるのでしょうか。Wiiのリモコンはそれらにくらべてボタン数がはるかに少ないということは明瞭です。

 繰り返しますが、ゲームニクスメソッドとは(1)直感的なユーザーインターフェイス、(2)マニュアル不要の操作理解、(3)はまる演出と段階的学習効果です。これはもちろん、ゲーム制作におけるユーザーインターフェイスの基本的理論なのですが、ゲーム以外のメディアにも応用が利くものです。

 日本ではこれまで様々なホームサーバーへの挑戦が試みられてきましたが、どれも成功しませんでした。NECが発売したPC-FXというハードは、テレビを使ってインターネットができるという商品でしたが、まったく受け入れられませんでしたし、バンダイがアップルと組んで発売されたピピン@アットマークも、当時の社長が大プロジェクトとして進めましたがまったく売れず、社長が退陣するきっかけとまでなりました。ほかにもセガのドリームキャストもじつはこのホームサーバーを狙ったものでしたし、ソニーのPSXもそうでした。マイクロソフトのXboxもこれを狙っていたことは明らかです。しかしそのすべてはうまくいきませんでした。

 そんななかで、ITリビング戦略に初めて成功したのが任天堂のWiiです。Wiiのインターネット接続率は40%と言われています。これはものすごい数字です。つまり今までインターネットをしたことすらなかったような人たちが、何となくではあっても使いこなしているんです。これはWiiが、やさしいインターフェイスに満ち溢れているからだと思います。

 「大量で複雑な情報から、だれもが使える簡単なインターフェイスで、自分に最適な情報を取得できる」こと。Wiiはこれをひょいっと乗り越えてしまったんですね。今までのデジタル環境は、リテラシーの低い人には使えませんでした。しかしそれではデジタル格差が生まれます。病気になったときに最適な病院や治療法を探したくても、リテラシーが低い人たちは探せない。こういうことも実際に起きています。情報格差が情報弱者を生み出すんです。僕は、ゲームニクスを使うことでこの問題を解決できると考えています。

 僕は、ゲームニクスは日本人の匠の技だと思います。現代はデジタル社会だとか言われていますが、家電でも操作が複雑だと誰も使いこなすことはできません。日本感性による匠のインターフェイス技術であるゲームニクスをデジタル家電などに応用していくことで、Eコマース、教育、介護や高齢化社会などにおける快適な生活環境も提供できる可能性があります。高度成長を支えた、安価で優秀なハードの提供という優位性をアジアに譲ってしまった現状において、快適なインターフェイスを備えた商品の提供こそが、日本ならではの優位性になるのではないでしょうか。その商品は同時に、世界のスタンダードになるのです。

 1985年、アメリカのノースカロライナ州立大学ユニバーサルデザインセンターで提唱された「ユニバーサルデザインの7原則」があります。これは、ユビキタスを実現するための基本的基準となっています。@どんな人でも公平に使えること、A使う上で自由度が高いこと、B使い方が簡単で、すぐに分かること、C必要な情報がすぐに分かること、Dうっかりミスが危険につながらないこと、E身体への負担(弱い力でも使えること)、F接近や利用するための十分な大きさと空間を確保すること、です。僕がこれを知ったのはゲームニクス理論を整理したあとでしたが、ゲームニクス理論はみごとにこれをクリアしています。しかしユニバーサルデザインにはなくて、ゲームニクスにあるものが「人を夢中にさせる」という項目なのです。

 それでは最後に、僕が具体的にしていることを紹介します。

 1つは、IP放送について。IP放送とはいわゆるインターネット放送です。インターネットにつなげば、アンテナがなくても番組を見ることができ、ギガチャンネル時代がやってきます。ギガチャンネル時代になると300〜400ものチャンネルが見られるようになりますが、今みなさんが使っているようなリモコンでどうやってこの多チャンネルを操作するのかという問題が出てきます。現在は12チャンネル以内なので「今どんな番組が放送されているのかな」と思ったら実際にチャンネルを押して見ることもできますが、これが300チャンネルになると当然うんざりするはずです。いや、もうすでに、地上波だの、BSデジタルだの、CSだの、と、すでになにがなんだかわからなくなっている人もいるのではないでしょうか? ではどんなリモコンがいいのか、どんな操作性がいいのか。このことについて、実はどこも解答を出していません。そこで、僕のゲームニクス理論を使ってみてはどうかということで、サンプルのソフトをつくってとある企業の上層部にプレゼンしたところ「これはすごい」と言っていただき、実現化する方向に向かっています。これが実現すれば、おそらくおばあちゃんでも300チャンネルを使いこなせるようになるだろうと思っています。もちろんリモコンには、十字キーと二つのボタンしかありません。

 もう1つは、PLC(Power Line Communication)という、電源を使うだけでインターネットに接続できるサービスと、IPV6(インターネットプロトコルの次世代版で、無限にIPアドレスをサポートできる)サービスの連携です。実現すれば、たとえば冷蔵庫に入っている食品を冷蔵庫が認識して電子レンジにその情報を送り、料理のレシピをレンジが提案してくれるといったサービスや、リビングのインターネットで家族旅行の計画を立てると、その情報が車のカーナビに送られて表示してくれるといったサービスも可能になります。このようなサービスの連携は、実際にすぐそこまで来ています。そのためにはやはり、ユーザーインターフェイスを統一しなければみんなが使いこなすことはできません。これらは、ゲームニクス理論を応用したサービスです。



さいごに



 人を夢中にさせるノウハウは、京都にある任天堂を中心に、日本ならではの匠の技がゲームに応用されながら世界に受け入れられていきました。今では、日本のゲームで育ったニンテンドーキッズたちが世界中にいて、海外から発信されている最近のゲームにも、ゲームニクスがよくできているものが多くなってきました。しかしその優位性はまだまだ日本にあります。ましてやこの技をほかのメディアに応用しようという発想は、海外にはないだろうと思います。このノウハウを使って、日本の産業が世界レベルで発展していける流れをつくれればいいなと思っています。



以下、質疑応答

Q.エミュレーターやPCのスペック次第で、すべてのハード機能の役割を果たすということもありうるのか?

A.ゲーム機はそのつど新しい技術が投入されているので、われわれがゲームを作るうえで一番怖いのは、ゲーム機が出るたびに今までのノウハウがまったく使えなくなってしまうこと。Wiiの場合、モーションセンサーコントロールになるということは、十字キーといくつかのボタンにおけるゲームデザインを捨てるということであり、いままでのゲームコントローラーにおけるゲームニクス的なノウハウを自ら捨てるということ。だからWiiは、スポーツゲームに関しては誰でも理解できるが、それ以外のゲームに関してはどうするのかという点において、任天堂もゼロからのスタートで相当苦しんでいるだろう。つまり、ゲーム機はつねにその時代の最先端のデバイスやノウハウが投入されるので、どんなゲーム機が出てもエミュレーターできるかというと、そうではないだろう。


Q.アメリカではゲームのソースを公開し、一般の消費者に改造されることを前提として売り出されているので、プログラマーが勝手に育つ土壌ができて一から育てなくても優秀な人材が出てくるのが可能だと言われている。日本は逆で、ゲームの中身を極力守ろうとするが、どちらのほうがいいと思うか。

A.確かにそのとおりで、海外のマイクロソフト社はXNAという規格をオープンにして、Xboxでゲームを開発できるソースやツールが無料で公開されている。ソニーもその方向に行こうとしているが、任天堂だけは今のところそれをしない方向。なぜなら任天堂は、公開することによって出回るコピー商品や粗悪なソフトを、「マリオクラブ」の歴史から見ても体質的に恐れているということもあるから。またグローバリゼーションの流れによって、世界の情報を吸収したうえで世界に対しても発信していくことがいかにも正しいことのように言われている中で、任天堂は鎖国をしているとも言える。つまり情報の入口・出口が非常に狭い。その代わり独自の文化を社内の中に熟成させようという会社の風土がある。情報を上手にカットすることによって自分たちだけのノウハウを守るんだという意識が、任天堂にはあるのではないか。このことについて、どっちが良いとか悪いという意識はない。

Q.今後ソニーはどう巻き返してくるかと思うか。

A.任天堂はかなり明確に、現時点で自分たちが進むべき道を定めているが、ソニーは迷走している状態で、自分たちがどうすればいいのかということについて答えが出ていないだろう。


Q.個人的に、高画質で3Dの完成度が高いゲームが好きだが、先生はどう思うか?

A.ゲーム開発者には、映画のように壮大な世界観をゲームで実現したいというタイプと、とにかくゲームのルールにこだわって作りたいというタイプの2種類がいるので、どちらも違う性質のもとで作られたゲームだが、ゲームの本質的なことを考えるとやはり「ルール」なので、ファミコンでもいいと思う。


Q.映像の中心は東京だが、京都についてどう思うか?

A.映像に限るならば、その中心が東京だという事実は否めないだろう。しかし京都におけるクリエーションに関して言うならば、当然任天堂があるので、いけるのではないか。


-参考文献・HP-

・『ゲームニクスとは何か―日本発、世界基準のものづくり法則』(サイトウアキヒロ著、幻冬舎新書)

・『ニンテンドーDSが売れる理由―ゲームニクスでインターフェイスが変わる』(サイトウアキヒロ・小野憲史著、秀和システム)

・秀和システムHP(http://www.shuwasystem.co.jp/)

・東京大学 日本デジタルゲーム学会講演
(http://www.watch.impress.co.jp/game/docs/20070702/digra09.htm)

・ほぼ日刊イトイ新聞―担当編集者は知っている。「ゲームニクスとは何か」
(http://www.1101.com/editor/2007-08-28.html)




▲PAGE TOP