※講演の内容に関しては、主な内容の抜粋となっております。また、用語に関しては担当者が適宜注釈を付けていることがあります。

第2回 講義概要

講師紹介

横澤 優氏(株式会社BMB 海外事業本部中国事業推進室長)

1988年 明治大学文学部文学科英米文学専攻過程卒業

1988年 (株)ポニーキャニオン入社

1995年 ゴールデンポニー上海オフィス主席代表

1997年 ポニーキャニオン台湾董事総経理

1998年 ロックレコード株式会社代表取締役社長

2003年 (株)ボーダレスグローブエンタテインメント設立〜代表取締役社長

2004年〜(株)BMB海外事業本部中国事業推進室

2006年〜瀋陽禾風楽網文化発展有限公司*董事総経理

*(株)BMBと中国国営レコード会社「中国唱片総公司」とのカラオケ事業の為の合弁会社

    

講義:「中国における通信カラオケビジネスと著作権管理の現状」

日本発祥の世界に誇る大衆文化であるカラオケは、日本を離れて各地で新しい形に変化しつつあります。世界的な水準での著作権保護の観点から現在の“著作権整備後進国”として中国のカラオケ文化を見ると非常に多くの問題を抱えており、現在中国がどのように著作権制度を進めているのかを「カラオケ」という言葉をキーワードに紹介していきたいと思います。

1. 日本のカラオケの歴史と著作権整備

(1) 通信カラオケのシステム

カラオケ事業者がカラオケハードをカラオケ店舗に販売して、そのハードに必要なカラオケソフトをレンタルして毎月そのソフトの使用料を徴収するシステムが通信カラオケです。カラオケ事業者は、新曲データを製作し、背景映像を撮影、各店舗へと配信を行います。各店舗、各部屋に1台あるコマンダーに蓄積されたデータは、映像と音とが別々に再生されます(同時に流れはしますが、個別の再生になります。これは映像と音楽が1対1で固定されたときに発生するシンクロナイゼーション・フィー*の支払いを避けるためです。店舗のコマンダーからカラオケ事業者のサーバーに対しては、どの曲が何回使われたかという楽曲の使用実績が流れます。この実績はJASRACがカラオケ使用料を権利者に対して分配する際の指針になります。 通信カラオケの配信会社は現在主に3社あり、第一興商BMBで81.6%のシェアを占めています。市場にはおよそ43万台のコマンダーがあり、レコード会社との相互依頼関係によって早い時期に新曲リリース情報を受け、発売前に新曲が歌えることでユーザーに人気を博しています。

*シンクナイゼーション(synchronization):ここでは音楽と映像とを同期させること。テレビ番組や映画などで、映像にBGMを付与する作業が典型。BGMといえども音楽著作権は消えないので、通常のテレビ番組などでは著作権フリーの曲が使用されることも多い。ここでいうシンクロナイゼーション・フィーとは、映像と音楽とをリンクさせる作業自体に支払われる料金。

(2) JASRACによる使用料徴収システム

JASRACが徴収するカラオケに関する著作権使用料は以下の3つがあります。

「基本使用料」は、カラオケ事業者が所有する楽曲数に応じて月額で支払います(例えば11万曲を所有しているカラオケ事業者の場合、月額およそ1160万円を支払う)。「利用単位使用料」は、カラオケ事業者が各店舗にあるコマンダー1台に貸す月間の情報料、ソフトの貸与、新曲更新対価に対して支払います(例えば10万台のコマンダーを有し、それぞれに毎月1万円の情報料を貸すカラオケ事業者の場合、月額およそ1億円を支払う)。 この使用料規定の施行により、カラオケ事業者が多くの楽曲を搭載できるようになり、ユーザーにとってもカラオケの魅力が増大しカラオケ人口が増えた結果、導入されるコマンダーの数も増え、カラオケ事業者の増収につながり、JASRACのカラオケに関する収益も演奏料と合わせて増加しました。90年代半ばのJ-POPブームはカラオケが作り出したと言えます。たいていのシングルCDの中にはカラオケトラックが含まれるなどレコード会社とカラオケ事業者が協力し、JASRACが合理的な使用料徴収のルートを作り、カラオケ店舗のオーナーが健全な店作りに邁進した結果、カラオケファン、J-POPファンが増えました。全員にとってメリットのある良い関係が作れた時代だったと言えます。結果として現在日本のカラオケ市場は8000億円を越え、JASRACを通じて徴収される著作権使用料は200億円を超える大市場となりました。 2000年代に入るとブロードバンドの普及により、カラオケも新たな局面を迎えています。ハイビジョン映像の配信や、アーティストのプロモーションビデオが使用されるようになり、レコード会社、アーティストマネージメントにとっては「著作隣接権」の新たな収入源となりつつあります。またプロモーションの新しいメディアとしても注目されています。

2. 海外に出て行ったカラオケ:台湾編

日本のカラオケは90年代中頃より台湾で「KTV」という名前で新型のエンターテイメントとなり、新規のビジネスを産み出し独自のシステムへと変化を遂げました。レコード会社が制作したMTV(プロモーションビデオ)をカラオケで合法的に使用するための「カラオケソフト仲介業務」の発生と、大型店舗向け「VODシステム」の発明です。 台湾では日本の“コマンダー方式”(コマンダーという単体のカラオケ機器を使用する方法)と違い、“店舗内の中央管理室に部屋数と同じ数の再生機器を置き、各部屋のリクエストに応じて手動でVHSのビデオカセットを入れ替えて提供するシステム”がとられてきました。一度に同じリクエストが入った場合に備えて楽曲ソフトが大量に必要なため、そのソフトの確保のためにレコード会社とカラオケ店舗の間に立ってソフトを手配する「カラオケソフト仲介業者」が現れました。「カラオケソフト仲介業者」は、「MTVカラオケソフト」(プロモーションビデオを絵素材とし、それに市販されるCDからボーカルトラックのみを消去したカラオケトラックをあてたもの)を製作、その著作権使用料をレコード会社に支払うという関係を築きました。その使用料はレコード会社にとって非常に大きな収入となり、またカラオケに使用される録音・録画機器であるVHSテープは50回ほどの再生で劣化するため、レコード会社には長期的に追加オーダーが入ります。その度に著作権使用料がレコード会社に入ることになります。

ただしレコード会社が「カラオケ仲介業者」に与えたこの「MTVカラオケソフト」の使用権限範囲は、カラオケ業務用目的で台湾地区内での使用に限るものでした。台湾のカラオケシステムである “センター管理方式(VOD方式)”は瞬く間に中国に飛び火し、現在アジア圏のカラオケ方式のスタンダードとなっています。日本で始まったカラオケ文化は台湾に渡ったあと、日本と違った文化環境、すなわち少数乱立する小規模店でのカラオケ事業ではなく、多くの個室を伴う量販式店舗が出現するという形の中で発展しました。そしてそこでの需要によって現れた「カラオケソフト仲介業者」が、MTVを製作して権利を持つレコード会社と、それを使用して生業とするカラオケ店舗の間に合法的なソフトの提供と使用の関係を定着させました。

3. 海外に出て行ったカラオケ:中国編

台湾で著作権処理がなされ合法的に使用される「MTVカラオケソフト」は、許諾地域外である中国では著作権侵害行為となります。また中国では、台湾の「VOD方式」が進化を遂げ、「原唱」(ヴォーカル入り)と「カラオケ」(ヴォーカル無し)の切り替え機能や、「導唱」(音声入力認識による原唱とカラオケの自動切換え)などの新しい機能が加わりました。違法行為という問題を持ちながらも台湾から流入してくるMTVを用いたカラオケシステムが中国に蔓延した理由には、中国の政治的な構造が深く関与しています。 中国では文化娯楽市場を管理する側の政府系下部組織である娯楽業協会が、「MTVカラオケソフト」が違法に使用されている事を知りながら、カラオケ店舗が協会に対して支払う会費と引き換えに店舗での違法行為を容認していました。つまり協会の利益と引き換えに違法行為を容認するという政府ぐるみの行為であったと言えます。狭い国土やネット上の海賊版などの原因により音楽市場が縮小し続けていた台湾や香港の権利者は、中国での自分達の権利の侵害行為に目を付け、2003年末頃から中国のカラオケ店舗に対する著作権侵害訴訟を頻繁に行うようになりました。中国で著作権管理を管轄する国家版権局の許認可のもと、1992年に著作権使用料徴収機構として「中国音楽著作権協会」(日本のJASRACに当たる)が発足しました(しかし徴収した使用料の権利者への分配の不透明さが問題になり、独自に使用料を徴収する旨を宣言する音楽出版社が続出しました)。

カラオケに関する著作権使用料を考えた場合、「演奏料」は店舗が営業面積に応じて「中国音楽著作権協会」に支払えばよいのですが、「複製料」に関しては、支払うべきなのは店舗側ではなくソフトを複製して店舗に販売して利益を得た業者であって、台湾から流入したソフトに対し誰に複製料を支払わせるべきかが問題となりました。既に中国のカラオケ店舗のサーバー内にある何万曲というMTVのそれぞれの権利者に使用許諾交渉をすることはほぼ不可能でした。中国国内のカラオケ産業を維持しながらも、権利者の納得する著作権使用料を徴収し、未解決の訴訟問題を解決するためには、現存する使用料規定を根本的に改善しなければならないという結論にいたりました。  そこで国家版権局は「著作権集体管理条例」を施行(2005年3月1日施行)し、「著作権」と「著作隣接権」を同時に処理するため、「中国音楽著作権協会」の他に「著作隣接権」を管理する「中国音像集体管理協会」を設立しました。国家版権局はカラオケルーム1室ごとに、1日12元の使用料を支払うことを提案し、2006年10月内には正式に「12元/室/日」を基準とした「カラオケの版権使用料使用料規定」が決定され、全国のカラオケ店から使用料の徴収が開始される予定です。しかし、分配規定や分配開始時期、支払当事者である店舗に対する協会の法的保護、徴収強制力や未払い者への制裁行使力など未だに決まっていない問題もあり、100%の施行までは後1〜2年は掛かる見通しです。

終わりに

著作権管理制度の整備が急速に進む中国ではこの先日本のエンターテイメントのビジネスチャンスが増えていきます。中国のエンターテイメントに興味を持って中国の市場や国民性、テイスト、習慣などを理解する事が、日本のエンターテイメントを中国でビジネスに変えていく上でとても重要と考えます。中国のエンターテイメントに興味を持って理解をする事によって、この先日本のエンターテイメントを中国に広めていくビジネスの一翼を担っていただきたいと思います。

関連情報

全国カラオケ事業者協会(「カラオケ歴新年表」も)

中国ビジネス特集・【中国でカラオケを熱唱する】(NIKKEI NET)

JASRAC寄附講座「コンテンツ産業論」(Home)