※講演の内容に関しては、主な内容の抜粋となっております。また、用語に関しては担当者が適宜注釈を付けていることがあります。

第6回 講義概要

講師紹介

黒水 則顕氏(株式会社 WOWOW常務取締役)

1954年生まれ

1978年 上智大学 文学部 新聞学科卒。大学卒業後、アール・エフ・ラジオ日本に入社。報道記者、営業分野に従事。

1990年 日本衛星放送株式会社(現、WOWOW)に入社、入社後8年は編成担当として日本発のプレミアム・ぺイテレビジョン編成の立ち上げに参画。編成担当以降は映画、スポーツの番組調達・制作の責任者を歴任。

2002年 執行役員プロデュース局長就任。その後、取締役として人事、経営企画局担当。

2005年 常務取締役就任。現在は放送・事業統括本部長兼編成制作局長として放送全般を担当している。

講義:「音楽・映像、放送コンテンツと国際市場」

1.日本のエンタテインメント産業と国際市場の動向

(1)エンタテインメント産業の環境変化

エンタテインメント産業は急速なデジタル化により制作方法、配給・配信等が大きく変わりつつあります。これまでの大衆メディアによる情報の一方伝達から相互のコミュニケーションへ、ソーシャルネットワークサービスやブログなどを利用して消費者が自由にメディアの中で情報発信ができる時代になりました。さらに「いつでも、どこでも、誰とでもコミュニケーションができる、エンタテインメントを享受または発信できる」ユビキタス社会へと変化していくと言われています。

(2)日本のコンテンツ産業市場規模

日本のコンテンツ産業市場は1,091億ドル(2000年経済産業省レポート)です。これはアメリカの5分の1の規模になります。海外での売り上げもアメリカが855億ドルに対して日本は31億ドルと、日本のコンテンツ産業市場規模はアメリカと比べ大きな差があります。国内のコンテンツの流通はある程度の基盤が確立されていますが、世界に対してはゲーム・アニメーション以外の活躍が非常に乏しい状況です。輸入超過のエンタテインメント産業から、エンタテインメント立国へどうシフトしていくか。欧米、アジア各国に遅れつつも2002年に知的財産基本法が制定され、エンタテインメント産業育成を国家戦略として位置づけ、ようやく取り組みが始まりました。

(3)海外のコンテンツ産業―国家政策としての「エンタテインメント戦略」

日本の5倍もの市場を持つアメリカがどうエンタテインメント産業を育ててきたか、その背景には国がエンタテインメント産業を戦略産業として取り組んできた歴史があります。第一次世界大戦時アメリカは「自由と民主主義」の宣伝材料として映画の輸出に力を入れ、アメリカ製品を世界にアピールするために映画づくりを国家戦略として位置づけました。1940年代には映画産業をより活性化させるために映画の製作と興行を分離させて競争を促し、1970年代にはテレビの発達が映画の衰退につながらないように3大テレビネットワーク(ABC・CBS・NBC)に規制をかけました。テレビ局、映画制作会社、ケーブルテレビ等が分散状態である日本と異なりアメリカではこれらが垂直統合され、メガ・メディアという1つの大きなエンタテインメントグループを形成しています。アメリカはこういった政策で1世紀をかけてエンタテインメント産業を育ててきました。またアジアにおいて近年追い上げの激しい韓国も1998年からエンタテインメント産業を国の基幹産業として位置づけ、映画の海外輸出の推奨、国内映画の保護策など国を挙げての取り組みを行っています。

(4)メディアの多様化による市場変化と今後の課題

昨今、日本国内では各エンタテインメントの分野で市場が変化しています。音楽においては、市場の縮小と構造の大幅な変化が生じています。1998年を境にしてCDの売り上げが下降傾向にあり、配信系へのシフトという大きな構造的変化が見られます。映画分野では近年、シネマコンプレックスの増設により映画が見られる機会が増えました。特に邦画部門の興行成績の伸びがめざましいですが、その反面未だ年間100本もの邦画作品が未公開のまま滞留し、制作費の回収ができない状態にあります。またスポーツでは特にサッカーやオリンピックがメガコンテンツとして発達してきている傍ら、今まで国内スポーツコンテンツのベースであった野球のテレビ放送が減少するなど国内スポーツの停滞が見られます。海外進出への課題としては、言葉の壁はやはり世界に進出する上で障害になっています。ハリウッド映画が英語のままで全世界に流通するのに対し日本のコンテンツはなかなか世界に進出することは難しいですが、映画『リング』のようにリメイク権のセールス等でその壁は越えられると思います。またアニメーションでは既に世界で通用する地位を確立しています。

2.エンタテインメントを産業たらしめるもの

エンタテインメントは著作権法上に定められている権利と、権利者がビジネスにおいて必要な体形としてまとめたさまざまな権利との固まりと言えます。その権利をどう活用し、コスト回収につなげるか。言い換えれば「コンテンツを持っている」ということは非常に大きな強味でもあるのです。

(1)ハリウッド映画のコスト回収モデル

制作費が百億単位規模のハリウッド映画は、アメリカ国内だけでは制作費の回収は不可能です。劇場公開後、世界中へ配給しコスト回収を行います。通常6ヶ月後にDVD発売・レンタルが開始、9ヶ月後にPPV(Pay Per View)・VOD(Video On Demand)など映画1本につき視聴料を払うシステムで配信され、12ヶ月後にWOWOWのようなプレミアム・ペイTVが地上波よりも早い先行放送を行います。ハリウッドのメジャー作品は、世界各国の劇場、ビデオ、放送業にとって必須のコンテンツですので、これら様々なメディアから収入を得ることができます。このように全世界からコスト回収ができることがハリウッド映画の最大の強みです。

(2)日本のテレビ業界の再編

産業界では様々な業界で再編は加速しています。放送業界も例外ではありません。如何に放送事業を中心に業態を拡大し基盤を強化することが重要な要素となって来ています。日本においても「コンテンツを保有していることが有利である」ことに着目し、テレビ局がここ数年で映画製作に進出し始めました。昨今、ほとんどの邦画のヒット作にはテレビ局がからんでいます。テレビ局が積極的に製作投資し、映画を作る。作った作品は保護期間の70年間をかけてコストを回収できます。いかに映画の製作に関わり、コンテンツをストックするか、今後そういった構造にテレビ局の方向性が変わっていくと思います。

(3)放送と通信の融合

放送と通信の融合」*と言われますが、メディアが異なる中で「融合」というイメージを持ち得ないまま言葉が空回りしている面があるのではないかと思います。通信業界と放送業界がコンテンツを媒体として「連携」・「協業」していくことと捉えたほうが相応しく、この連携は今後さらに発展していくと思います。

*キーワード解説「放送と通信の融合」を参照。

        

3.世界に向けて

日本がコンテンツ立国をめざす取り組みの1つとして来年春には日本初のエンタテインメント・コンテンツ・ポータルサイトが立ち上がります。これは映画、放送、音楽、写真、ゲーム等各種団体が日本経団連を母体にとりまとめを行い国内外への情報発信を行うものです。日本のエンタテインメントを担うプロデューサー、コンテンツクリエーターをいかに生み出すか、その人材と能力の育成が最大の成功要因となります。次世代を担う皆さんの活躍を願います。

関連情報

『「知的財産推進計画2006」の策定に向けて』(社)日本経済団体連合会

『コンテンツ・ポータルサイト運営協議会設立』日本経団連タイムス

JASRAC寄附講座「コンテンツ産業論」(Home)