※講演の内容に関しては、主な内容の抜粋となっております。また、用語に関しては担当者が適宜注釈を付けていることがあります。

第10回 講義概要

講師紹介

田代 冬彦氏(株式会社TBSテレビ取締役編成制作本部制作局長)

1952年 神奈川県小田原市生まれ

1977年 東京大学文学部フランス文学科卒業  株式会社東京放送(TBS)入社

1978年 ドラマ制作に関わる

1986年 編成に関わる

1992年 バラエティー制作に関わる

2000年 宣伝部長就任

2003年 編成局長就任

2004年 制作局長就任

講義:「マスは死んだのか?」

はじめに

今回の講義テーマ「マスは死んだのか?」というタイトルは、まさに私達テレビ業界のような一方的にコンテンツを流すメディアが相手とする「マス=大衆」が、果たしてなくなってしまったのか、なくなることがあり得るのかを考えてみようと付けたものです。テレビが誕生してから50年、これまでも「同じものを皆で見る時代は終わった」と言われたことが幾度かありました。特にバブルの時代、人々の暮らしが豊かになってくると他人との差別化のためなるべく違うものを求める、すなわち少品種をそろえなければならない「小衆・分衆論」というマーケティング理論がありました。しかし実際にはその後もメガヒット商品が登場し続け、結局のところ「大衆」という概念はなくなっていないのだと私は思います。ただメディアの方は少し状況が変わってきていて、大衆がそのままこれまで通り存在するから安心だと私達は言っていられない時代になってきたように思います。

1. 多メディア化とコンテンツの基本

日本の1年間の広告費は6兆円(GDPの1.2%)です。そのうちTVの広告費は2兆円、ラジオは1800億円です。インターネットの広告費が急速に伸びていて、2004年度にはラジオを抜き、2005年度は前年比1.5倍の2800億円にまで成長しました。あと数年でテレビに並ぶこの勢いは私達にとって大きな現象ですが、「マス」に対して小さいターゲットに向ける双方向型の「通信」と、私達のような一方通行でコンテンツを出す「放送」とが良い具合に住み分けてそれぞれの特性がうまく生かせられればと思います。地上放送のみで始まったテレビ放送は、徐々に技術革新を経てBSデジタル、CSデジタル、CATV、インターネット、ワンセグを含めたモバイルにまで広がっています。様々なメディアが出てくる中で、実は今が最も放送媒体の多い時期でいずれは利益が出るか出ないか、視聴者が見るか見ないかで選別が行われるでしょう。メディア状況に目を向けるとき、どうしても「多メディア」であったり「通信と融合するかしないか」などの視点になりがちです。しかしコンテンツの基本はいかに大衆に受け入れられるものを作れるかどうかにあると改めて現場の人間として思います。技術的なメディア論よりも、内容としてのコンテンツ、誰が何をどこで見たいかに私達がどう対応していくかが重要だと思います。

2. テレビの役割

テレビは人々が積極的に見たいと強い欲望を持って見るものではなくただ何となく流れているもの、無音の環境がいやだからという程度の理由でつけている人が多いのではないでしょうか。「一億総白痴化」「テレビはバカが見るものだ」と言われてきましたが、私はテレビを「バカが見るものではなく人がバカになりたいときに見るもの」だと思います。あまり一生懸命でいたくないときに必要なのがテレビで、そういった人間の気分がなくならない限りテレビは存在します。したがって深い意味の無い、人々の記憶や心に残らない番組を作ることこそが「テレビ屋」としての誇りだと思います。心に残るものを作ろうとするならテレビではなく映画を作ればいい。人間には抜きたい気分のときがあって、そのときにきちんとしたサービスを提供することが地上波テレビの役割なのではないでしょうか。

3.視聴率の推移とコンテンツの変化

6時〜24時の総世帯視聴率は1970年から35年間大きな変化はありません。ところがゴールデンタイム(19時〜21時)の視聴率を見てみると1998年頃からやや下がり始めています。これはこの時間帯にはいろいろな楽しみが他にあったり、自分から積極的に何かをやりたい時間帯なのでテレビは相手にしない、といった傾向があるからだと思います。またテレビのコンテンツ的な流れは70年代、80年代、90年代で少しずつ変化してきました。1970年代、テレビは自由で新しいことができるメディアというイメージを持たれていました。それが徐々に規制がかかりその分活力が失われてきたように思います。放送局別の視聴率を見ると、1970年代は女性をターゲットにしたドラマに力を入れたTBSがトップ、1980年代にはCXがトップに立ちました。CXは「楽しくなければテレビじゃない」をテーマに、『NG大賞』に象徴されるようなそれまで製作の裏側を見せることのなかったテレビの常識を覆す番組製作を行いました。音楽番組が減少し作り物が受け入られなくなっていった1990年代後半は、『電波少年』など芸人や素人を起用したドキュメンタリー番組を製作した日本テレビの時代でした。そして2000年以降はサッカーワールドカップに代表されるスポーツの時代です。スポーツ中継はまさにドキュメンタリーの極まったもので、視聴者には実際にそこで行われているものの生放送にしか興味を持ってもらえない、作り物がすべて拒否されるのではないかという恐怖感さえ覚えます。作り物になかなか目を向けてもらえない今の時代、改めてこれからの暇つぶしのメディア、人々が疲れたときに見て娯楽になるものは何だろうと私達は考えなければいけない時代になったと思います。

4.放送局=作り手の集団

アメリカの放送局は、ハリウッドにある番組を作るプロダクションから番組を買い付けて放送します。日本は各放送局がそれぞれに作り手という集団を抱えています。ワイドショーやクイズ番組、ドラマなど様々な番組を作る人間が同じ場所に集まっているからこそのスケールメリット、違う志向の人間が同じ場所にいることが刺激的で、作り手としては集団でいた方が新しいものが生まれやすいのではないかと思います。

        

関連情報

「素人バラエティー」に生まれた危険すれすれの事実』(TBSメディア総合研究所「新・調査情報」1996年)田代冬彦

株式会社 ビデオリサーチ

JASRAC寄附講座「コンテンツ産業論」(Home)