※講演の内容に関しては、主な内容の抜粋となっております。また、用語に関しては担当者が適宜注釈を付けていることがあります。

第13回 講義概要

講師紹介

烏賀陽 弘道氏(音楽評論家)

1963年 京都市衣笠に生まれる

1986年 京都大学経済学部卒業後、朝日新聞社入社。津・岡崎支局、名古屋本社社会部を経て、

1991年〜2001年 ニュース週刊誌「AERA」の記者に。その間、

1992年〜1994年 ニューヨークのコロンビア大学 School of International and Public Affairsに自費留学し、国際安全保障論で修士号を取得

1998年〜1999年 「AERA」のニューヨーク駐在記者

2003年 早期定年退職で朝日新聞社退社。現在、フリーランスの記者として活躍中

講義:「『Jポップ』とは何か?〜その成功と挫折」

はじめに

私はJポップを、「一度は成功したが挫折してしまったもの」と捉えています。Jポップの歴史を1980年代にまでさかのぼり、いったいどのような技術革新があり、どのような消費者の変化があって、日本のポピュラー音楽はどう変わったのか。その点についてお話したいと思います。

1.1988年から1998年にかけての日本の音楽市場

1986年から88年にかけてCDの生産量がアナログレコードを抜き日本の音楽媒体の主役がアナログからデジタルに変わりました。再生プレイヤーの劇的な価格下落により急速に普及したCDは、1988年から1998年の10年間で日本のレコード産業市場が二倍に拡大する基盤となります。この時期に多かったのがテレビタイアップというセールス手法です。「CDの誕生」がJポップを生んだ「技術的な変化」とするならば、「テレビタイアップ」は音楽の「セールス手法の変化」と言えるでしょう。この時期のヒットチャートベスト50曲のうち90%がテレビタイアップのものです。CMやドラマなどテレビで音楽を売る手法が定着し、1990年代はタイアップがなければヒットしなかった時代でした。そして広告代理店がクライアント企業と音楽業界の橋渡しをするキャスティング業務を大々的に繰り広げるようになると、それぞれの人材や予算、情報が共有化されるようになりました。私はこれを「Jポップ産業複合体」と呼んでいますが、歌手が歌だけにとどまらずファッションモデルやテレビ番組のパーソナリティ、コマーシャルに登場するといったような、それまでの歌手やタレントの枠には定義しきれない新しい職業形態も生まれてきた時代です。

2.「Jポップ」という言葉

1988年頃、当時洋楽しか放送されていなかったFMラジオ局で日本の音楽を放送して売り込みたいと考えたレコード会社が、洋楽と一緒にオンエアしても差し支えないジャンルとして日本の音楽に名前をつけたのが「Jポップ」という言葉です。「Jポップ」という言葉はそこに音楽上のムーブメントがあったわけではなく、レコード会社がレコードを売るために作った言葉であること、これが実に興味深い点だと思います。

3.なぜJポップは失速したのか

1998年に6070億円と言う戦後最大の売り上げを記録して以降、日本のレコード産業市場は急激に縮小しました。失速の原因は様々に言われていますが、その1つはレコード会社がテレビタイアップに依存しすぎたためだと思います。テレビタイアップで使われる曲の最終決定権はクライアント企業にあります。当然企業イメージに合わない曲は採用されませんし、レコード会社はクライアント企業が避けるような歌を最初から作らなくなりました。またタイアップ依存はヒットの寿命が短く、持続しないという問題点がありました。3つ目は、インターネット人口の急増です。問題なのはその人口ではなく、流行のトレンドを作る情報感度の高い層がテレビに接触する時間を削ってインターネットに接続する時間を増やしていることです。テレビに触れる時間が減ったことでテレビタイアップは力を失っていきました。これが90年代のJポップの成功が挫折してしまった最も大きな原因だと思います。

4.Jポップの海外進出

日本の音楽のうち、国外で売れている曲は全体のわずか0.5%しかなく、世界のマーケットで売れる音楽を作り出しているアメリカやイギリスとは比較になりません。日本の音楽には国際競争力はないというのが残念ながらの結論ですが、日本には大きな国内マーケットがあるのでそもそもレコード会社に海外進出する動機がないということも言えるでしょう。

5.「CD不況」ではあるが「音楽不況」ではない

日本は今、CD不況ではありますが、音楽の需要は増えています。コンサートの市場規模も拡大していますし、音楽配信も増えています。ただインターネットによるデータ販売が主流になるかはまだ数年様子を見なければわかりません。レンタルCDという日本独特のシステムがインターネットのデータ販売を抑えているのではないかとも思います。日本の音楽産業が今後どうなるかは、現在まだ過渡期にあるので先が読めないというのが現状です。CDが退潮してデータ販売が伸びているという非常に大きな変化が起こっている時代です。次に何が来るのか予測がつかない、5年先には全く違う世界が出現しているかもしれません。今は過渡期で先が読めないという結論がレコード業界や取材をするジャーナリストとして言わざるを得ない状況にあります。

関連情報

Jポップとは何か〜巨大化する音楽産業』烏賀陽 弘道著、岩波新書、2005

Jポップの心象風景』烏賀陽 弘道著、文春新書、2005

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