NHK講座第十回
NHK講師
磯 智明先生
講師:磯 智明先生
1990年入局。ドキュメンタリー番組を制作していたが後にドラマ部へと異動し、助監督の仕事を経て演出を担当するようになる。2005年、プロデューサーへ転身。2010年から大河ドラマ「平清盛」制作統括になり、現在に至る。代表作は大河ドラマ「毛利元就」「風林火山」、終戦特集ドラマ「15歳の志願兵」など。ギャラクシー賞等受賞作も多い。
講義サマリー

  NHK講座第10回の講義は「大河ドラマ『平清盛』の制作舞台裏」。日曜の夜8時から絶賛放送中の「平清盛」の制作統括を務める磯智明さんをお迎えして、大河ドラマ制作の裏側・出演者とのやり取り、そして、テレビから少しずつ消えていく時代劇のこれからについてお話しいただいた。

   磯さんが映像制作に興味を持ったきっかけは、高校2年生の時だった。磯さんの通う高校では、2年生が学園祭の出し物として映画を作るというのが習わしだった。磯さんは、その時に初めて、映画製作というものに触れたそうだ。しかし、結果的に完成はしたものの、納得いくものにはならなかった。そこで、どうしたらもっとうまく撮ることができたのか?ということを知りたくなったという。

   その後は、一橋大学に進学し、大学時代は、映像制作に没頭した。アルバイトで稼いだお金はすべて映像制作に費やすというほどに、作品作りにのめりこんでいったという。しかし、それでも脚本が進まなかったことが何度もあったそうだ。そんな磯さんがNHKに入局しようと思ったきっかけは、大学で開かれていた講演会での出来事だ。その講演会には、現役の映画監督が来ていた。磯さんは監督に、当時、自分が考えていた疑問や悩みをぶつけ、相談に乗ってもらったそうだ。その時に監督から返ってきた答えが「NHKに行ってみるといい」というものだった。この一言がきっかけで、磯さんはNHK受験を決意し、見事に入局することとなった。

   入局後、最初の配属先は名古屋だった。初めは、地域情報番組の担当になり、中部地方の漁村や農村をまわる仕事についていた。「どんな魚が取れました?」とか、畑で「きょうはこんな野菜が取れました」というような中継をしていた。そして、少しずつキャリアを積んでいくと、もう少し難しい番組を作ろうということになったそうだ。磯さんは当時の心境を次のように述べた。「NHKでは、番組を作るときに構成表を作成するんですが、自分で言うのもなんですが、面白いんですよ。ただ、上司に提出すると、いつも怒られるんです。そのようなことが何度か続くうちに、「ドラマだったらこれ、面白く作れるのに」なんて思うようになってくるわけです。フィクションを作るというのは、やっぱり面白いなと、だんだん思うようになってきたんです。」

   磯さんは名古屋で番組をいくつか手がけたのちに、東京へ移り、本格的にドラマの制作に関わるようになっていった。磯さんは、今、自身が手掛けている「平清盛」についてもお話しされた。「平清盛」が大河ドラマの企画として立ち上がったのは3年前のことだそうだ。当初は、上司から「これまでとは違う時代のドラマを開発してほしい」と言われ、何か重いものを背負わされたような気分だったという。そこで上がってきたのが、清盛であった。大河ドラマでは実に、40年ぶりに扱われる題材だ。この「平清盛」の制作を決断する決め手になったのは、それまで培われてきた磯さん自身の価値観と、両親に小さい頃から言われ続けていた言葉であった。磯さんは先天的に右手がない。普段も義手をされている。それを理由に幼い頃は、けんかをすることが多かったそうだ。そんな時に両親から「あなたは普通の人と一緒に仕事をやっても、それはかなわない。だから、あなたは人と違うことをやりなさい。人と違うことを考えなさい」と言われたそうだ。これが、いまでも磯さんの価値観や行動・思考の原点となっている。磯さんはこう述べる。「ものを作っていく上で、何が大事かっていうと、新しいものには価値がある、と思っています。面白い、面白くないはもちろんあるし、それはいろんな人の感じ方があるかと思うけれど、新しいものを作ることは価値があるし、それが世の中を変えていく、世の中を動かしていく、と思っているところがあります。平清盛という、幕末でも戦国でもない、誰もやったことがない時代。それをやってみるのが僕の運命かなと思って、引き受けてやろうと思いました。」

  キャスティングについてもお話しいただいた。ドラマのキャスティングは、主役が最初に決まり、次に脇を固めていくという形で進んでいくそうだ。「平清盛」は、平安から鎌倉へ、貴族の世から武士の世へと移り変わっていく時代を生きる、平氏と源氏の二大武家を三世代にわたって描く巨編である。今回のドラマの主役は、もちろん平清盛。つまり、松山ケンイチさんを軸として、続いて源義朝役の玉木宏さんの起用を決断。そして源平三世代をはじめとして、脇を固めていく。キャスティングのプランを固めたところで出演交渉に向かう。後日、皆が口をそろえて言うことがあるそうだ。それは「松山君とやりたくて、この仕事を受けた」という言葉だ。磯さんはこの言葉の背景について、次のように語ってくれた。「やはり松ケンは、非常に同世代の役者から人気があります。なぜかっていうと、毎回毎回、芝居を変えるんです。例えば、リハーサルをやった後、本番という時に、普通の役者は、芝居を変えないんだけど、松ケンは変えるんです。彼に言わせると、彼なりの勘なり、相手の表情を受けて、芝居をしたと。ただ、その相手の役者にとっては、それが非常に脅威みたいです。だから、現場は最後までずっと、緊張感が続いたままになっています。」

  大河ドラマを制作する上での困難もある。それが、史実の問題だ。史実とは、学説によっても大きく異なり、すべてが事実に基づいているわけではない。真実は誰もわからないというのが史実だ。磯さんは、大河ドラマ「平清盛」を手掛けることを決意してから、何度も京都に足を運ぶようになったそうだ。このドラマでは、時代考証の先生が二人、制作に携わっている。東京大学の本郷和人教授と、神戸大学の高橋昌明名誉教授だ。「東と西で全然違う歴史観を踏まえて色々と混ぜないと、ドラマとしてバランスが取れない」と磯さんは述べる。そして、「みなさんはパソコンを使って、ウィキペディア等で、情報を手に入れることがあると思います。しかし、ネット等に書かれていることは様々な学説の継ぎはぎで、1つのストーリーが作られています。それが本当に正しいかどうかというのは、一度確かめたほうがいい。文末にちゃんと論拠が書いてあって、その根拠は妥当なのか。この時代にもいろいろな学説がありますけど、史料はほとんど残ってないです。みんなが限られた史料を組み合わせて、いろんな解釈を構築しているのが、この時代の学問だと思います」と述べ、私たちにむけて、今一度、歴史について考えてほしいというメッセージを残してくれた。

ピックアップ動画

第10回講座動画

磯 智明先生

 

磯 智明先生

 

磯 智明先生

D-PLUSレポート

  私自身は大河ドラマに対して、1年間通して観るのが非常に億劫になってしまい、苦手意識を持っていた。しかし、今年放送されている「平清盛」は、初めて毎週欠かすことなく観ている大河ドラマである。自分たちと同じ世代の役者の方々が演じているというのも、ポイントの一つとして大きいと感じている。それに加えて、「平清盛」という作品自体に、時代劇ドラマとして大きな期待がかかっているということも考えられる。地上波で現在、連続ドラマとして時代劇が放送されているのはNHK大河ドラマだけとなってしまった。新しい試みを行う大河ドラマ「平清盛」の今後の展開だけでなく、時代劇としての今後の行方にも期待してみたいと思わせる講義だった。 (山田裕規)
受講生インタビュー

映像学部 3回生

映像学部 3回生
加藤 大貴さん

  史実は史実に過ぎず、真実ではないということで、多くの見解があることから、制作することのむずかしさを感じました。また、平清盛は今までにない工夫がなされている作品でもあるので、制作にかかわる話は魅力的でした。

映像学部 1回生

映像学部 1回生
古橋 彩帆さん

  大河ドラマの現プロデューサーのお話が聞けるということがなかなかないので貴重な機会でした。多くの人に受け入れられる時代劇を作って、次の世代にまで時代劇という文化を繋いでいきたいと思いました。

 

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