NHK講座第十四回
NHK講師井上 要先生 講義サマリー

  NHK講座第14回は「双方向授業② 提案の秘訣・提案課題プレゼンテーション」と題して、NHK京都放送局放送部ディレクターの井上要さんを講師にお迎えした。今回は講義に先立って、受講生各自が課題として提出した番組企画書にNHKのディレクター陣が目を通してくださっており、講義の冒頭、指名された企画提案者がプレゼンテーションを行った。その後、井上さんが手がけた作品を事例に挙げて、番組提案・構成の仕方を解説していただいた。

  まずは、NHKディレクター陣が選抜した企画の提案者3名が登壇し、それぞれ約5分間のプレゼンテーションを行った。始めに、立命館大学文学部3回生の蓑田さんが、「またきてね、またくるよ」のいうタイトルで、被災地で活動する学生に焦点を当てた番組企画を提案した。気仙沼で子供向けの写真教室を開催する大学生の活動している姿を追い、現地の人々との交流を描くというものだった。この番組を通じて、蓑田さんは「まだまだ学生も捨てたんもんじゃない」と思ってもらいたいと述べていた。
続いては、立命館大学産業社会学部1回生の小川さんが「高瀬川のサムライ」という番組企画を提案した。小川さんがバイト先に向かう途中に必ず遭遇するという、川岸に袴姿で立っているおじさんについて知りたいという小さな思いから生まれた企画だ。小川さんは、彼が京都の歴史の語り部なのではないかと考えているが、まだ話しかけてみたことはない。いったい彼は高瀬川で何をしているのか。そんな謎に満ちたサムライおじさんの日常に迫るドキュメンタリーにしたいと小川さんは述べる。
そして、最後は立命館大学産業社会学部4回生の佐藤さんが「脱法ハーブの実態」というテーマで番組提案を行った。最近発生した、亀岡市と大阪・ミナミで起こったひき逃げ事故に共通する原因として、脱法ハーブ吸引による意識障害があげられることに着眼した。大麻や覚せい剤との違いは何か?実際の症状はどのようなものなのか? 違法ではないというものの、それが孕む危険性に関して、販売店や元使用者にコンタクトを取って取材調査をし、番組を作りたいと佐藤さんは述べていた。どの企画もそれぞれの独自的な観点が含まれていて、興味深い内容だった。

  そして、マイクが井上さんのもとにわたり、講義がスタートした。まずは、全体の提案企画の総評がなされた。今年は、被災地支援にかかわる番組提案がいちばん多く、その次にSNSにかかわる番組提案が多かったそうだ。中でもSNSに関しては、昨年度の番組提案では、SNSの魅力に関することを報道する内容が多かったが、本年度は、SNSを活用することに伴うリスクをテーマに提案する人が多かったそうで、「時代の流れとインターネット環境の変化に大きな影響を受けている」と井上さんは述べていた。また、同様に井上さんは“発想勝負”の番組提案が多かったとも述べた。しかし、簡単に見えてこれが、企画を考える上でいちばん難しいという。なぜかというと、発想勝負の企画は、完全なる新しさがないといけないからだ。つまり、「あっ、これ見たことある」と言われてしまった段階で、企画として成立しないからである。そのような失敗事例を減らすために、「日々の生活の中で思うことで構わないから、常にアンテナを張っておき、覚えておくこと。そして、引き出しを増やすことが重要です。そして、自分が感じたこと、伝えたい物事を常に自分の中に持っておくことが大切です」と井上さんは述べた。

  では、実際に番組企画とはどのような形で進行されるのか。井上さんの第一声は、「テレビは“具体”のメディアだ」。テレビでは、映像として撮ることでしか成果にはならない。たとえ、それを自らの目で目撃していたとしても、カメラのフレームの中に収まっていなかったら、何も意味がない。つまり、“論より証拠”。番組として伝える上で、具体的な形あるもので提示しないといけないということを強調されていた。

  そんな井上さんが番組企画を考案する際に、チェックするポイントが三つあるそうだ。一つは、“何を見せるのか”。二つ目は、“どこで見せるか”。そして、三つ目は、“設定はどうなのか”、つまり“どう見せるのか”という点だ。この三点を踏まえて、井上さんが実際に手がけた作品「かんさい熱視線 逃げずに向き合え~京都・中学生が挑む人権劇~」を事例に説明された。この番組は、京都市立弥栄中学校の生徒たちが、同和問題を題材とした人権劇を通じて、自分自身を再度見つめなおす、という30分間のドキュメンタリーである。まず、“何を見せるのか”という点に関しては、この番組においては「決して、人権劇ではない」と井上さんはいう。人権劇はあくまで素材であり、その劇を通して、挑戦する生徒たちが何に気づき、感じ取ったのか、という成長のきっかけをつかむ姿が見せるべき映像である。続いて、“どこで見せるのか”。これはロケーションのことだ。つまり、学校での様子、劇の練習風景や、それぞれの学生の家庭内の姿が挙げられる。“どう見せるのか”という点については、演劇の指導を通して生徒と先生との関わりを見せていくことにつながっていく。このような形で、3つのポイントを踏まえて、企画段階から具体的なシーンを当てはめて考えておくのが重要だという。

  構想段階を終えて、実際に提案をする段階に移った時には、三つのポイントを提案書にまとめ上げる作業になる。この提案書が一種のラブレターにもなるし、企画が通れば、制作チーム全体で一つの共有財産にもなる。それは、この一枚の提案書に、制作者側の“何をどこでどう見せたいのか”という番組への愛が込められているのと、番組の流れやポイントがこの一枚にすべて収まっているからだ。井上さんは次のように述べる。「どんなものを作るときでも、おそらく同じようなことが言えて、何をどこでどう見せるっていうことはやっぱり必須だなと感じます。番組に限らず、映像作品は何でもそうですけれど、時間で流れていくものなので、構成の流れを組み、最初の何分間で問題設定をして、次の何分間で主人公を紹介して、そこから何分間で最初の事件が起こり…、というようなことを想定します。これは、番組を作る間ずっと、終始修正が加えられていくものです。そうやって制作者の中で意識共有しながら作っています」。

  企画が通れば、実際にロケーションを組んで、撮影段階に移る。ここでは、チームとして、提案の構成を軸に、撮影・音声・照明・PDの四つの役割が存在する。撮影段階では、環境の条件によって、構成が変更になることもあるそうだ。実際に、井上さんの手がけた先述の作品では、撮影チームの存在感を消すために、ディレクターがプロ仕様のカメラからデジカメに持ち替えるということを行ったりもしたそうだ。いろんな出来事やシーンを想定して、撮る瞬間ごとに、機材や体制を臨機応変に変更していくことも重要になってくるという。撮影を終えると、編集作業に移る。編集作業は、提案書に記載したことが伝わるように撮影した素材を再構成することを指す。事実の歪曲はもちろんいけないが、時系列を逆転させたりすることで、番組内において伝えたい事柄の核になるものをはっきりと伝える。

  構想から始まり、編集が終了すると、ようやく一つの番組として、放送される。最後に、井上さんが番組制作に必要なことを話してくれた。井上さんが思う、番組制作者にとって必要な力はいくつかあるそうだが、まず、一番には、「自分の提案を面白いと思えるか?」ということだそうだ。面白がる力である。「このことが今とっても面白い、私は興味がある、ということが表れた提案かそうでないかで、読む人の心が動くかどうか、番組にしてみよう、作ってみよう、一緒に作品にしようって思わせるかどうかが、全然違ってくる。自分が面白いと思わないと、当然それを面白く伝えることはできないし、面白い作品にすることもできない」と井上さんは述べる。そして、もう一つが、共感させる力だという。番組という形で情報を発信した時に、どれくらいの人がその番組内で伝えたかったことに共感してもらうことができるかということを指す。「番組制作の提案を伝える相手、そして、画面の向こう側にいる視聴者の方に、番組で取り上げるテーマとメッセージに共感してもらえる見込みがないと番組作りはスタートしない。ポイントが明確になっていないと、なかなか共感してもらうこともできないから、いかに共感してもらえるかという点で、伝え方と表現方法は非常に大事になってきます」と述べて、講義を終えた。

NHK京都放送局公式ツイッター

講師:井上 要先生
1990年入局。主に福祉・人権、学校教育、アジア地域のドキュメンタリー、阪神大震災関連等の番組制作に携わる。一方でNHKエデュケーショナル、NHK厚生文化事業団に出向した経歴ももつ。代表作品は「アジア発見」、NHKスペシャル「シリーズ阪神大震災」「人権特集」「きらっといきる」など。

ピックアップ動画

第14回講座動画

井上 要先生

井上 要先生

井上 要先生

D-PLUSレポート

  今回の講義の大きなキーワードである「提案」という行為自体は、日常的に行うことは少なくないと思う。井上さんの述べる通り、大学生は発想で勝負する傾向にあるということに非常に共感した。私自身も発想やひらめきで物事を考え始めることが少なくない方ではあるが、その考え方がいかに狭い世界の中で考えらえたアイデアや答えであるかということを思い知らされた。アイデアの裏に隠れる綿密な構想と、それを想定した中での段取りと流れを汲んだ、提案やプランニングが自分にもできるようになりたいと思わせる講義だった。(山田裕規)

受講生インタビュー

産業社会学部 1回生

産業社会学部 1回生 
小川 茉莉花さん

  大講義で前で発表することは初めての経験だったので緊張しました。気になる人を追いかけるという番組提案だったのですが、番組構成を考えることはとても難しいと思ったのと同時に、自分が興味を持ってやらないとうまく構成が考えられないということを学びました。実際に自分で会って話してみたいと思いました。

 

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