NHK講座第二回
NHK講師兄部純一先生 講義サマリー

  第2回NHK講座は、NHK編成局より編成主幹である兄部純一先生を講師に迎え、「NHKのデジタルサービス展開 ~テレビはどこに行くのか~」をテーマに、NHKが進める多角的な公共放送の展開とテレビの未来についてお話を伺った。

  兄部さんは、25年間の記者生活を経た後、2003年から10年近く、デジタルサービスの仕事に携わってきた。テレビ放送開始から約60年、テレビは人類の進化を映してきた。兄部さんは、「デジタルテレビによってテレビの世界は変わり始めている」と述べる。それは、地上波のデジタル化によって「電子情報」というメリットをテレビに付与することが出来たことだ。この電子情報によってアナログ放送では出来なかった、コピー、加工、共有、保管、検索など、様々な連携や展開が可能になる。

  この10年の間にSNS、YouTube、スマートフォンなど様々なデバイス、サービスが発達してきた。人は等しく24時間という限られた時間しか持つことはできない。これらのサービスが発達してきた以上、テレビの存在感の相対的な低下は避けられない。こうした中でテレビが生き残るために何をしなくてはならないのか?

  その答えを導くためのきっかけの一つとして、兄部さんは、東日本大震災の災害報道を挙げていた。3・11の震災当日、NHK和歌山放送局のデータ放送では、地域別に詳細な被害状況や、避難情報を、各市町村が発表してから3分以内に提供することが出来た。また、NHKホームページでは、大災害時の特別措置として、Google社と連携した安否情報の提供、Ustream、ニコニコ動画、ヤフー動画などと連携したストーリミング再生による映像配信など、外部と連携して様々なサービスを提供した。これらの取り組みはNHK単独よりも他社と連携した方が、被災者にとって利便性が高いという、視聴者重視の判断によるものであった。

  テレビ離れを食い止めるためには、従来のテレビの枠に縛られないこうした展開こそが必要なのではないか。そうした考えから兄部さんは「NHK 3-screens」という取り組みを始めている。「3-screens」とは「TV」「Web(PC)」「モバイル」を指しており、テレビだけでなくこれら3つのスクリーンを連携させていく取り組みだ。

  テレビをはじめ、「放送」は最も効率的な情報共有手段であり、これはインターネットにはない大きな長所である。3-screens展開では、このテレビの強みにネットを加えることで、場所や時間、環境に影響されず、それぞれの人が多様な楽しみ方ができるようになるそうだ。兄部さんはこれを「ロングテールの法則」で説明された。需要が高く認知度が高い部分を「ボディ」と呼び、これらを放送でカバーする。個々の需要は少ないが集積することで大きな需要となる部分を「ロングテール」と呼び、ここをインターネットでカバーしていく。こうしたそれぞれのメディア媒体の特徴を活かした総合的な放送形態の確立をNHKでは進めている。

  この20年の間に、メディアの在り方は大きく変化してきた。兄部さんは、テレビが新しいメディア環境を生き抜くキーワードとして「繋がり」「共有」を挙げた。先のエジプト動乱では、SNS、YouTubeなどが大きな役割を果たした。また、Appleが開発を進めているSmartTVを始め、テレビはインターネットや様々なアプリケーションに利用される一つのデバイスとなりつつある。こうした状況の中で、兄部さんは「公共情報コモンズ」の重要性を提案された。これは、災害時にインターネット上で蔓延したデマなどで情報が錯綜してしまう危険を踏まえて、インターネットの弱さを放送の強みでフォローできないかという考えだ。公共情報コモンズでは、市町村や自治体など信頼性のある情報源から発信された情報を一か所に同じ形式で纏めることで、一般の視聴者だけでなく発信者同士も情報共有することが出来る。こうした様々な情報を共通の価値判断を通して双方に提供するネットワークの構築を目指している。

  さらに、兄部さんはこのシステムを平時にも活かすことで、個人を世界に繋げることが出来ないだろうかと考えている。現在のインターネットは、個々[individual]が仲間内[local]で情報のやり取りをしているに過ぎない。だが、ここに放送が関わることで、それらの情報を集め、全国[national]に、更に世界[global]に繋げ、また個々[individual]に還元するという仕組みが出来る。このように通信と放送をより上手く使えば、個人を世界に繋げることが出来る。そうして生まれる新しい「繋がり」「共有」こそが、新しいテレビのキーワードだと兄部さんは考えている。

  近年、[glocal]という言葉が生まれてきた。これは、自分たちの地域[local]と世界[global]を結びつけるという考え方だ。今、localに留まっていた情報をglobalに共有することで、新しい発見やひらめきが生まれつつある。こうした状況の中で、glocalなメディアは確実に必要とされており、社会を変える原動力となり得るのではないだろうか。新しいメディアによってglocalは加速する。そうした道を模索することが新しい時代を切り開く、と講義を締めくくった。

講師:兄部 純一先生
編成局編成主幹。山口県出身。1977年入局後、記者として全国各地の放送局で勤務。グリコ森永事件、「政治と金」取材を担当し、阪神大震災の現場取材なども行った。2003年からは10年近く、デジタルサービスの仕事に携わっている。

ピックアップ動画

第2回講座動画

兄部純一先生

兄部純一先生

D-PLUSレポート後記

テレビ離れが叫ばれている現代、私達は「テレビの時代は終わった」と考えがちではないだろうか?大学でメディアを勉強している私自身、そうした考えを持っていた。しかし、今回の講義からその考えがいかに短絡的であったかと思い知らされた。
 メディアの形は常に変化しており、昨今のインターネットの発達もその一つにすぎない。未だ多種多様な可能性が存在している。私達は、「新しいメディア」と言われると、アメリカのベンチャー企業や世界的なIT企業が生みだすものだと思いがちだ。しかし、そうした思い込みが、無限に広がる可能性を潰している。glocal時代を迎えた今、明日のメディアを作るのは私たち自身かもしれない。(島田嶺央)

受講生インタビュー

産業社会学部 1回生

産業社会学部 1回生 
上紺屋伸彦さん

 自分たちは、デジタルネイティブ世代でありテレビに対する思い入れは薄い。しかし、テレビが従来の枠を超えて生き残りをかけ進化し続けていることは意外だった。スマートフォンとの差別化を図る上で、テレビのイメージを破壊して新しいデバイスイメージを構築していくことも必要だと思う。

文学部 3回生

文学部 3回生
浅井萌香さん

 社会が変化し、生活も多様化する中でテレビの役割も変わってきたように感じる。今の時代に合わせて変わっていく努力も必要だが、変わらない努力も必要だと思う。NHKの持つ自由度の高さを生かしてGlocalの扉を開いてほしい。

 

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