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  NHKのスポーツアナウンサー刈屋富士雄さんは、これまで数々の名場面の実況中継を担当してきた。アテネオリンピック体操団体での「栄光への架け橋だ」を始め、放送史に残る名コメントの数々を残したことで知られているが、それは単なる思いつきや偶然で出てきたものではなく、地道な情報収集の積み重ねと、「どうやったら伝わるか」を常に真剣に考えてきた努力の賜物なのだ。

 そして、スポーツアナウンサーの役割は、茶の間にいる視聴者と競技の生中継を同時体験したときに、その場の空気をどのタイミングで、どんな言葉を選択して、どうやって伝えていくのかにかかっていると刈屋さんは言う。そのために必要なのは、実況力(何が起こっているか、何がポイントなのかを選択し伝える力)、会話力(ゲスト、解説者、レポーターとの会話を膨らませていく力)、取材力(データ収集、最も大切なのは選手のコンディションを見抜く力)、そしてプレゼン能力(どこが見所か視聴者に分かりやすく誘導する力)なのだそうだ。

 トリノ五輪で荒川静香選手がフィギュアスケートでアジア史上初の金メダルを取った時も刈屋さんが実況を担当していた。その瞬間を刈屋さんは「トリノのオリンピックの女神は、荒川静香にキスをしました」とコメントした。この「オリンピックの女神」のコメントには、刈屋さんの緻密な取材力と、荒川選手のライバルたちに向けた敬意が込められていた。この時、荒川選手の過去10年のデータを分析すると、実力どおりに評価すれば3番目、つまり銅メダルは取れる状態だったという。荒川選手はフリーの競技に向けてどんどん調子を上げていく一方で、ライバルのスルツカヤとサーシャ・コーエンは、調子がいまひとつ…。刈屋さんは、荒川選手は金メダルを狙えると直感した。では、そうなったらどうコメントするか思案したところ、今回は荒川選手が勝利の女神に選ばれた、そういうニュアンスにすることで、スルツカヤもサーシャ・コーエンも素晴らしかったが、荒川選手はもっと凄かったということを伝えられると考えた。そして、対戦相手に敬意を示す、「礼に始まり、礼に終わる」という日本文化の価値観も踏襲したのである。

 インターネットの登場で、若い世代のテレビ離れがすすんでいるが、刈屋さんが実況したバンクーバー五輪の浅田真央VSキム・ヨナの女子フィギュア決勝の中継は視聴率48%、占有率は70%を超えた。刈屋さんは、「これだけ多くの人が同時間に一緒に味わうことが出来るメディアはテレビだけだ」と述べ、これがテレビの強みであり、これから時代が変わっていってもテレビは残っていくと語った。

 そしてスポーツの伝え方は、いま大きく2つに分かれているという。NHKではスポーツは報道、ジャーナリズムだと位置づけ、そこで起こっていることをどう伝えるのかに重点を置いている。一方、民放各局にとって、スポーツはソフトの一つで、エンターテイメントである。ゆえに、いかに見ている人を感動させられるかに重きを置くことになる。この捕らえ方の違いで、スポーツの伝え方は全く違ってくるという。刈屋さんは、どちらがいい悪いではなく、お互い違った道を行きつつも、スポーツがテレビにとって大切な要素であることは間違いないと指摘した。スポーツの実況はその場一回しかない瞬間に、何をしゃべり何を伝えていくのかが勝負だと刈屋さんは言う。今回の刈屋さんの講座は、これから私たちがスポーツ中継を見る見方を大きく変えていくだろう。

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刈屋 富士雄(かりや ふじお)
(NHKアナウンサー)

 1960年4月3日静岡県生まれ。早稲田大学卒。1983年NHK入局、福井放送局に赴任。1987年、千葉放送局に転任。その後、東京本局アナウンス室→京都放送局→本局アナウンス室と転任、現在に至る。
 スポーツアナウンサーとして、スポーツ全般の実況を担当。バルセロナ大会以降のオリンピックでも実況中継を担当する。



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産業社会学部1回生 
井上立夏さん

 アテネ・オリンピックの男子体操団体競技など、実際に中継を見ていたので、実況の裏話を伺うことができて、とても面白かった。刈屋さんが実況用に使ったメモを見せていただいたが、すごい量の情報が書かれていて驚いた。また、情報収集にものすごい時間をかけていることを知り、すごいと感じた。スポーツ実況は視聴者と空気と時間を共有することと、刈屋さんは仰っていたが、これからスポーツ中継を見る見方が変わると思う。

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映像学部1回生 
藤原貴弘さん

 とても面白かった。普段聞けない裏の話や、スポーツ実況で何を伝えることが重要なのかについて伺うことができてよかった。特に印象的だったのは朝青龍の話。今日の話を聞いて、とても情に厚い方だったのだというのが分かって嬉しかった。
いままで、アナウンサーは書いてあるものを読んでいるだけだと思っていたが、実は裏に地道な取材があったり、すごく長い時間をかけて、一瞬の感動を伝えているといいうことが分かった。今後スポーツ中継を見るときは、そういったことを踏まえて見ていきたい。

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