NHK講座第四回
NHK講師長村 中先生 講義サマリー

  NHK講座第4回目のテーマは「公共性と公共放送」。日本で唯一の公共放送であるNHKにおいて、切っても切り離すことのできないキーワードが“公共性”である。その“公共性”を軸にして、NHK営業局計画管理部長である長村中さんにご登壇いただいた。

  長村さんは1982年にNHKに入局されて、現在、営業局の計画管理部の部長を務めている。計画管理部の主な仕事は、全国75拠点ある営業職場の管理や人事業務などで、営業セクションの人・モノ・予算管理全体を統括している。また、総務省対応や国会対応など、経営スタッフ機能も担っている。長村さん自身は、6年前までNHKの労働組合の役員を担っていた際に、日本マスコミ労組の代表として国際ジャーナリスト連盟(IJF)の世界執行役員も3年間務め、任期の間に世界の公共放送に関して様々な情報交換や議論を重ねてきた。NHKの中でも、いわば公共放送のスペシャリストのような存在である。

  長村さんは講義を始めるにあたって、「今回は他の講義と比較すると面白くないかもしれない。ただ、普段あまり考えないことにみんなで目を向けて考えてほしい。90分後には今とは違う考えが芽生えてくれたら嬉しい」と述べてられていた。講義は、タイトルにもある“公共性”についての話からスタートした。“公共性”は英語に訳すと“Public”となる。このPublicはオックスフォード英英辞典では3つの単語で定義されている。ひとつは、“Official”。つまり、国家に関係する公的なもの、という意味だ。二つ目は、“Common”。特定の誰かにではなく、すべての人に関係する共通のもの、という意味だ。「このふたつは公共性とは何かを問えば、誰でも答えられるかもしれないキーワードです」と長村さんは述べる。そして、最後の一つが、“Open”である。誰に対しても開かれている、という意味だ。この3つ目の意味である“Open”はなかなか出てこないキーワードで、NHKの新卒入局の研修で訊ねても、なかなか答えられる人はいないそうだ。「ぜひ書き留めておいてほしいキーワードが“Open”。公共放送を名乗っているNHKは開かれた放送局であり、開かれている必要性がある」と長村さんは加えて述べられていた。

  公共性の一般的な定義に続いて、長村さんは、「放送における公共性」と、「公共放送に関する定義」について述べられた。長村さんの考える公共放送には4つの柱が存在する。「普遍性」、「独立性」、「特殊性」、「多様性」の4つである。この4つの柱に受信料や寄付金、税金といった財源が整うことで公共放送が成立するのだ。普遍性とは、どこでも同じ情報・放送を確保することができるという「全国あまねく放送を見られる条件整備」のことを指す。独立性とは、放送で民衆をコントロールできるような国営放送とは異なる、「非営利性・非国家性」を指している。特殊性とは、放送業界を先導し、世論調査をはじめとした調査研究開発を行うことを指す。最後の多様性は、視聴率・接触率を重視する民間放送の番組制作の手法とは異なり、“多くの人が視聴するものだけを作ることが良いわけではない”という考え方のもとで、少数派を対象とした主題の番組を制作することで調和を図ることを指している。

  そのことに加え、新聞記事に現れる公共性の意味についてNHK放送文化研究所が調査した結果を踏まえて、「新聞記事においても、事実を伝える際に必ず、記事に関わる誰かの目線で物事は伝えられる。この場合、どの立ち位置を公平と捉えて伝えることができるのかが、公共性という観点で大切になってきている。公共放送を謳っているNHKにおいては猶更で、事実から一歩離れた立場に立って、状況を客観的に俯瞰することで、公平に伝えることができているかを考えることが必要である」と述べられた。

  しかし、世界に目を向けてみると、先ほどの公共性の定義とは異なる姿が存在している。その具体例として、アメリカにおける消防隊の民営化を挙げ、憲法で保障される人権や公共サービスにお金という価値観が入っている実態が、マイケル・サンデルの『究極の選択』という番組ダイジェストを使って紹介された。そして、サンデル氏の「市場原理や経済理論だけでは、良い社会や良い生き方は決められない」という言葉を引用したうえで、長村さんは「自らが望んで手に入れる情報やサービスに対してのみ、対価を支払うという市場原理的な仕組みだけが、より良い社会を構成していくのではない。公共性を確保するために市場原理の立ち入り禁止の一線も設ける必要があるのではないか」と自身の見解も踏まえながら述べていた。

  放送の公共性を担保するために存在するのが、公共放送の財源、つまり受信料という仕組みだ。ドイツでは2013年から受信機器の有無にかかわらず、すべての世帯と事業所から「放送負担金」を徴収するという法案が発効される。デバイスの多様化と普及により、従来のテレビジョン以外の媒体を通じて情報を取得することが可能となった。そのため、放送負担金の徴収という観点においては、テレビの設置や、番組の視聴の有無を尊重すると公共放送が成立しなくなるのではないかという危険性を予見し、十数年の議論の末に、公共放送の受信料の在り方に新しい考え方を確立させたのである。

  NHKのパンフレット等でこんなコピーが使われている。『私が見る番組のために。みんなが見る番組のために。NHKの受信料』。このコピーには、たとえ、自分にとって興味関心のない情報が流れていたとしても、自分の家族や友人、それ以外の人々に有益な情報を提供したり、新たな発見や知の獲得などを行ってもらうために受信料が存在しているというメッセージが込められている。「情報の発信者と受信者の受益関係のためだけではなく、直接受益のない第三者も含めたあまねく人々のために受信料が存在している」と長村さんは述べていた。
講師:長村 中先生
NHK営業局計画管理部長。1982年入局。 全国に75拠点ある営業職場の管理、人事業務、労働組合の対応などを統括。 また6年前までNHKの労働組合役員を務め、日本のマスコミ労働組合代表として、「国際ジャーナリスト連盟(IFJ)」の世界執行委員を3年間務めた。

ピックアップ動画

第4回講座動画

長村 中先生

長村 中先生

D-PLUSレポート

  今日の日本のテレビ番組の多くが視聴率を意識し、いかに視聴者を惹きつけるか、いかにして視聴率につながる番組を作るかという流れにある中で、唯一の公共放送であるNHKの果たす役割と使命を深く感じる時間となった。長村さんが述べた、「事実を伝える時、どんな事実も伝える側の誰かの立場に立って伝えられる。そうではなく、一歩、距離を置いて、公平に伝えることを考える」という言葉が非常に印象的であった。常に客観的で公平な報道姿勢と、少数意見も掬い上げるような制作姿勢が、近年の“NHKって、なんかおもしろいよね”というその“何か”新しいイメージの形成につながっているのではないだろうか。(山田裕規)

受講生インタビュー

産業社会学部 3回生

産業社会学部 3回生 
羽渕 麻未さん

  大学生になってから、受信料を意識するようになりました。NHKの番組を見るときには、お金を払ってみているわけだから、もっと自分から積極的に情報を手に入れようと思うようになりました。

産業社会学部 2回生

産業社会学部 2回生
竹山 直毅さん

  民間の放送と違って、より多くの人に対応させることを心掛けていて、少数派にもちゃんと対応された番組作りが素晴らしいと感じました。民間放送がやらないような番組を作る理由が講義を通じてわかりました。

 

このホームページに含まれるいかなる内容も無断で複製・転載を禁じます。
home