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社会保障制度からみたハンセン病
応用購読演習(2003.06.19)        reporter 小林勇人


・所得保証(国民年金保険)と医療保障(国民健康保険)、社会保険と福祉

<略年表>
1907 「癩予防ニ関スル件」〈法律第一一号〉の成立
1909 公立療養所の設立
1931 財団法人癩予防協会設立
   「癩予防法」に改名
1936 三井報恩会(らい根絶計画に多額の拠出)
1938 国民健康保険法制定
1946 生活保護法公布
1946 療養所で初の投票(参政権)
1947 新薬プロミン臨床実験開始
作業賞与金の予算化:予算の保健衛生対策費の中に登場するのは1968年から
1948 慰安金支給開始(それまでは生活扶助。生活保護法とは独立:生活扶助とリンクだと地域差)
1951 全国患者協議会発足
1953 らい予防法
1954 らい予防法第一次改正
不自由者慰安金
1957  退所決定暫定準則
1959 国民健康保険法施行
国民年金法施行:免除扱い、障害年金にも該当可能
1961 国民皆保険成立(全市町村において国保成立)
1970 給与金制度成立(慰安金、日用品費などの統一):予算の保健衛生対策費の中に登場するのは1965年度から
1971 自用費方式(基本処遇の確立)
1996.04.01 らい予防法の廃止に関する法律
2001.05 熊本地裁国家賠償訴訟判決
    「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」公布・施行
2002.04 「国立ハンセン病療養所等退所者給与金」支給制度開始

T.らい対策立法の展開と福祉(『国立療養所史』を基に作成)

1.前史、宗教、慈善活動時代 1886〜1906
・共同体的救済の基盤は弱体化→らい患者の多くは流民化
cf1886年から1948年まで、日本の衛生行政は警察行政の中に組み込まれていた(コレラ対策:効果的な防疫)

2.浮浪らい救済期 1907〜1929
「らいの伝染防止を目的とする以上に、浮浪らい患者の存在、外国人宣教師らに全面的に依存した救らい事業が国威宣揚の重大な妨げであるとの認識が先行したからにほかならなかったからであろう」(『国立療養所史』)
「地域共同体、血縁共同体に国家に先んじての救済を期待し、老齢廃疾者に対してさえ労働不能が確実か否かの調査を要求した当時の救?的立場の枠組みの中にあっては、浮浪らい患者の収容保護すらも思うにまかせず、今日的視点に立っての患者個々の福祉は望むべくもなかった。」(前同)
・法律第一一号:費用は患者本人か患者の扶養義務者の負担→収容すべき患者の範囲狭い、入所費用も徴収困難→患者の相互扶助、患者労働力の施設運営への導入(作業奨励金制度の発足等)

3.隔離収容、予防医学時代 1930〜1950
「従来の法律は、中産階級以上の出身患者の入所を排除するため、患者のそれぞれについて、徹底した身元、資産調査を行い、資産を有する場合は、費用を支弁させたうえ、扶養義務者に引き取らせ、無資力なら出身町村に弁償を求めるなどしたため、一家一族の破滅する例すらあったといわれている。」(前同)
・癩予防法:らい入所費用は公費負担(国または地方)
      療養所への収容対象は伝染の恐れのある全患者に拡大
      患者家族の生活援助
・民間の援助増大
・人権闘争の拡大

4.更生医学時代の福祉 1951〜1995
「「法律第一一号」は、いわばらい予防のための警察法規としての取締法規的色彩が
濃く、患者の医療及び福祉に関する規定に乏しかった。このため、国民の基本的人権を
尊重する趣旨から法律第一一号の全面的な検討が行われた。」(『厚生省五十年史:記述篇』)
・患者の医療福祉の向上が図られる→患者作業や不自由者介護は徐々に職員の手に移されていったcf労務外出(社会復帰の前段階)
・らい予防法:「・・・入所させるよう勧奨することができる。」
→強制収容の規定はないが、治療を受けるためにはどうしてもらい療養所へ入らねばならない→強制隔離に近い(入院診療を受けられるのは京大病院のみ。小笠原登の信念:強制隔離は不要→違法にならない範囲で保険を適用)cf一宮市の県立病院での外来診療(再発防止を目的とする追跡調査と療養相談)
・入所者、退所者(軽快退所者、長期帰省者、事故退所者)、再入所者、非入所者(在宅者)、患者家族
・社会復帰支援:就労助成金制度cf患者作業(自発的就労→義務的性格:療養所運営に不可欠な制度)
・らい予防法第一次改正
「未入所患者の中には、入所後における家族の生活困窮を考え、入所を渋るものが多かった。制度的には、生活保護による保護が行われるのであるが、現実の問題として、福祉事務所が行う保護の決定に必要な世帯構成員調査、扶養義務調査等を介し、患者の家族であることが知られることを恐れ、生活保護の申請をしないものが多かった。これらの点から、『生活保護法』とは、別建ての適切な生活援護制度が求められ、昭和二十九年に『らい予防法』が改正されることとなった。」(前同)
患者家族の援護:全額国庫負担
患者やその家族:国民年金納付免除

U.その後
●らい予防法の廃止に関する法律「附則第十条」:国民健康保険法の一部改正
「国民健康保険法」第六条:「適用除外」の規定、八号:「国立のらい療養所の入所患者」
*適用除外になっているのは共済組合法による他の健康保険の組合員で、疾病で対象になっているのは、「らい」のみ。
1996.03.31「らい予防法の廃止に関する法律の施行について(依命通知)」厚生事務次官
→被保険者としては認めるが、省令=施行規則によって加入は認めない:全協患の意向(記名アンケート)を反映したとの説明

昭和三十四年法律第百四十一号=国民年金法
第十一条 国民年金法(昭和三十四年法律第百四十一号)の一部を次のように改正する。
第八十九条第二号中「又はらい予防法(昭和二十八年法律第二百十四号)によるこれに相当する援助」を「その他の援助であって厚生省令で定めるもの」に改め、同条第三号を次のように改める。
三 前二号に掲げるもののほか、厚生省令で定める施設に入所しているとき。
第九十条第一項第二号中「又はらい予防法によるこれに相当する援助」を「その他の援助であって厚生省令で定めるもの」に改める。

退所者(年300人くらい:1995〜2001)の年金給付は→生活扶助と年金?

●熊本地裁国家賠償訴訟判決
「厚生省としては、すべての入所者及ぴハンセン病患者について 隔離の必要性が失われた昭和三五年の時点において、新法の改廃に向けた諸手続を 進めることを含む隔離政策の抜本的な変換をする必要があったというぺきである。 そして、厚生省としては、少なくとも、すべての入所者に対し、自由に退所できる ことを明らかにする相当な措置を採るぺきであった。のみならず、ハンセン病の治 療が受けられる療養所以外の医療機関が極めて限られており、特に、入院治療が可 能であったのは、京都大学だけという医療体制の下で、入院治療を必要とする患者 は、事実上、療養所に入所せざるを得ず、また、療養所にとどまらざるを得ない状 況に置かれていたのであるが、これは、抗ハンセン病薬が保険診療で正規に使用で きる医薬品に含まれていなかったことなどの制度的欠陥によるところが大きかった のであるから、厚生省としては、このような療養所外でのハンセン病医療を妨げる制度的欠陥を取り除くための相当な措置を採るぺきであった。」
(「らい予防法」違憲国家賠償請求事件 判決要旨)
一 厚生大臣のハンセン病政策遂行上の違法及び故意・過失の有無について(争点一)違法性及び過失の検討

→医療保障制度の欠陥が大きかった。

?薬自体は、普通の病院に出回っていたのか?

●2002.04 「国立ハンセン病療養所等退所者給与金」支給制度開始
既退所者(平成14年3月31日以前):月額176,100円
新規退所者:月額264,100円
cf障害基礎年金1級:月額83,025円、生活扶助

・国庫(平成14年度)
一般会計:税負担
歳出
社会保障関係費
 公衆衛生費
  保健衛生諸費
   ハンセン病対策費:以前は、患者家族の生活援護、私立の療養所の補助等
  国立ハンセン病療養所費
特別会計:保険料+税(社会保険(国庫負担))。借入金の導入、資産の効率的活用、予算の弾力的運用が可能。独立性、営利性でてくる。疾病構造の変化→新たな医療需要→施設設備や医療体制の革新。一般会計からの繰り入れ金。社会保険(国庫負担)
cf特別会計化への患者運動の抵抗:特別会計化したのは1968年度から

→所得保障制度の欠陥
全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)が昨年9月に行った調査では、全国15のハンセン病療養所(国立13、私立2)の入所者約4400人のうち、退所の意向を示した人は90人近くいた。

 ところが、4月だけで130人以上の退所者が出る見込みだ。最大の理由は、国が同月から、退所者の生活費にあたる「給与金」の支給を始めたからだ。

・政府の見解では、給与金=年金
・国の謝罪の意味を考える場合、給与金から年金を差し引いて考える必要あり
・医療費無料化の運動

感想:温度差
「保険証には、一般の医療機関への通行手形ということばかりでなく、それを所持することによって、人並み、世間並みになれるという、差別からの切実な解放願望がこめられています。だから、保険証は人権回復の確証となる唯一ものでした。」

非入所者や退所者の暮らしはどうだったのか?

参考文献(あいうえお順)
会計検査調査会『国の予算と決算 平成15年版』会計検査調査会、2003
厚生省医務局療養所課内国立療養所史研究会編『国立療養所史 総括編、らい編』厚生省医務局、1975
厚生省五十年史編集委員会編『厚生省五十年史:記述篇、資料篇』中央法規出版、1988
国立社会保障・人口問題研究所偏『社会保障統計年報 平成14年版』社会保障法規研究会、2002
財政調査会『国の予算』はせ書房、各年度
島比呂志、篠原睦治『国の責任 : 今なお、生きつづけるらい予防法』社会評論社、1998
日本患者同盟四〇年史編集委員会編『日本患者同盟四〇年の軌跡』法律文化社、1991
広井良典『日本の社会保障』岩波新書、1999

UP:20050713 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/2003/0619kh.htm
小林勇人 

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