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日本におけるSARSへの対応
「スーパースプレッダー」― 専門領域から一般社会へ

(報告要旨)
横田陽子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
科学技術社会論学会 2003年度年次研究大会(於:神戸大学)
2003/11/15午前 科学技術コミュニケーションII



■ はじめに
 あたらしく出現し、公衆衛生上問題となる感染症をエマージング感染症とよび、これまでエイズ、BSE、病原性大腸菌O-157などが知られる。2003年3月、このリストに新たに SARS が加わった。SARSは未知のしかも呼吸器感染症であり、感染拡大を防ぎ人々の不安を解消するには、的確な時期に正しい情報が伝えられる必要があった。専門領域から一般社会に伝えられるなかで、「スーパースプレッダー」が、SARSの病気の特徴を表す言葉として使われた。さらになかには、過去にあった感染症患者に対する排除意識を思い出させる意味の報道もあった。
 そこで、この「スーパースプレッダー」という言葉に注目し、その専門領域における生成過程から、今回SARS事例での使用例および一般市民の間に広がった状況について検証したので報告する。

■ 方法
 以下の資料を調査分析した。
1.医学専門誌
 米国国立医学図書館のデータベースPubMed(1960年代以降に発行された資料を収集)、WHO、米国CDC 、(MMWR およびEID を発行)、Lancet、ScienceおよびNEJM の各ウエブサイトで、”super spreader”で検索、もしくは「SARS」で抽出後、さらに”super”などの言葉で検索した。さらにそれらの文献が引用している文献も収集した(WHOおよびCDCのサイトは2003年8月2日、その他は8月22日現在)。
2.一般誌
 国立国会図書館NDL-OPACにより、「SARS」をタイトルに含む記事を抽出し、各記事に当たって「スーパースプレッダー」の使用の有無を調べた。調査した一般誌は『文藝春秋』、『正論』、『中央公論』、『婦人公論』、『世界』、『論座』、『新潮45』、『世界週報』、『週刊新潮』、『サンデー毎日』、『週刊エコノミスト』、『週刊朝日』、『Aera』、『Yomiuri weekly』、『週刊金曜日』、『Newsweek』の各2003年4月から7月号および『Sapio』別冊7月18日号であった。調査した記事は、全部で70件あった。
3.新聞記事
 朝日新聞記事データベースにおいて、「スーパースプレッダー」という言葉が使用されている記事を検索抽出した。

■ 結果
1.専門誌および一般誌記事の抽出結果
 専門誌では、2003年より前の論文は、関連論文も含めて6本あった。2003年SARS関連の論文あるいは資料は、15本あった。一般誌は、調査した70件の一般誌の記事のうち、『週刊朝日』6月6日号、『新潮45』 6月号、『週刊エコノミスト』臨時増刊6月23日号、『Sapio』別冊7月18日号に、各1件計4件に「スーパースプレッダー」という言葉が使われた記事があった。
2.専門誌における”super spreader”(以下SS)概念の形成
 SSを使用した最も古いものは、USAでハンタウイルスが人から人に感染するかを検討した、Wells(1997)であった。しかし、WellsはエボラウイルスではSSが存在するがと、この考えはKhanによるとしている。ついで、フィンランドにおける麻疹の流行事例のPaunio(1998)で、学校から地域に流行が広がった発端の患者をSSとした。Paunioは空気感染によって接触者が多くなったと考察している。ついで、イギリスでの、MRSA およびVRE の、院内感染の病院間における流行を解析したAustin(1999)は、「SS」を大病院に対して用いていた。また、コンゴにおけるエボラの流行を報告したKhan(1999)は、1995年のエボラの流行調査のなかで、主に葬儀の間の接触で多くの人の感染源となった2名の患者をSSとし、このウイルスには新しい概念であると提案している。さらに、同様の概念は溶連菌 や風疹にあると記している。Khanが引用した「溶連菌」とは、Hambuger(1945)、「風疹」とはHattis(1973)であった。Hambugerは、米国における溶連菌の保菌者の調査で、「菌を周囲に撒いている人」の意味で”dangerous carrier”を用いた。Hattisは、ハワイにおける風疹の流行調査で、18人が感染した起点になった患者を”spreader”と呼んだ。
3.2003年のSARS関連専門誌においてSSなどの概念が用いられている論文
 図1に2003年に発行されたSARS、super spreader関連文献およびKhan論文を、引用関係で示す。このなかで、多く引用されているLeo(2003)は、編集者のコメントでSSの現象は宿主、環境とウイルスの組み合わせによるものとしている。他の論文でもSS概念の用いられ方は、人そのものを意味する場合、人であるがそれには状況があるとする場合、現象として捉えられている場合と多様であった。
4.一般誌で使用されたSSの意味
 全体としては感染者や、病気に対する不気味な感じを与えるものであった。「ウイルスを大量にまき散らした患者」(『週刊朝日』)、「ウイルス撒布人」や「毒王」(『新潮45』)、「極端に多くの人に感染を広げる感染者」(『Sapio』)および「ウイルス感染の多数への媒介役」(『エコノミスト』)とあり、4件中2件は病気の恐怖を煽る意味合いがあった。また、4件中3件は記事の一部で「スーパースプレッダー」に言及しているのに対し、『新潮45』は記事全体が「『毒王』追跡ルポ」として、凶悪犯罪者の追跡記事仕立てになっており、感染者が犯罪者であるかのような印象を与えていた。また、『Sapio』はSARSの日本侵入ルートを探るとして、不法滞在者からの感染拡大の可能性を探るという記事であり、潜在的な外国人差別を助長する内容になっていた。
5.朝日新聞記事
 朝日新聞の記事には、「スーパースプレッダー」という言葉を含んだものが、5月11、12および14日にあり、なかでも11日付けの記事は、Leo(2003)を図入りで紹介したものであった。ここでは専門家のコメントとしてSARSに特徴的な現象か検証が必要であると加えられているが、人の意味で使われ、原文にあった状況の考察は抜けていた。

■ 考察
 未知の感染症に遭遇したとき、専門領域の知識を、一般市民に的確に伝えて不安解消や拡大防止を図ることは、公衆衛生上重要な意味を持っている。しかし、今回のSARS事例では、未知の感染症であったがために、専門領域でも鍵となる言葉の使われ方に不一致があった。また、病気の特徴を表すとして使われた「スーパースプレッダー」という言葉は、一般市民には病気の恐怖を煽る言葉として伝わった。さらに「撒き散らす人」の意味や、感染者を犯罪者視する言葉としても用いられていた。


UP:20031211 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/2003/1115yy.htm
◇横田陽子  ◇科学技術社会論学会http://www.arsvi.com/0a/jss.htm 

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