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日本における生命倫理学の成立と展開
――加藤尚武・飯田亘之・坂井昭宏先生へのインタビュー――


・インタビューPDF版 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/2004/0308.pdf


日本における生命倫理学の成立と展開
――加藤尚武・飯田亘之・坂井昭宏先生へのインタビュー――

2004年3月8日 於:東京私学会館アルカディア市ヶ谷

出席者:加藤尚武(鳥取環境大学)、飯田亘之(千葉大学)、坂井昭宏(北海道大学)
香川知晶(山梨大学)、金森修(東京大学)、小泉義之(立命館大学)、山口裕之(徳島大学)、
三浦藍(立命館大学院生)、中倉智徳(立命館大学院生)


略年表
1975年 アシロマ会議
1984年 加藤尚武『書斎の窓』(有斐閣)連載(5月から85年4月まで)
1986年 千葉大学『総合科目(講義Manual4)バイオエシックスの展望』
 加藤尚武『バイオエシックスとは何か』(未来社)
1987年 千葉大学『バイオエシックス最新資料集』
 加藤尚武・飯田亘之編『バイオエシックスの基礎――欧米の「生命倫理」論』(東海大学出版会)
1988年 千葉大学『バイオエシックス最新資料集(続編)』
 日本生命倫理学会設立
1989年 日本生命倫理学会第1回国際シンポジウム(青山学院大学)W.T.Reich講演
 加藤尚武・飯田亘之監訳 H.T.エンゲルハート,Jr.『バイオエシックスの基礎づけ』(朝日出版社)
1990年 千葉大学『生命と環境の倫理研究資料集』

――はじめに
香川:生命倫理学の歴史は、各分野の研究者の個人史の累積であるとも言えます。そこで、本日は、加藤先生、飯田先生、坂井先生にお集まりいただき、日本の生命倫理学研究について、研究の個人史という観点からお話をうかがうことにしました。いうまでもなく、三先生は、千葉大学を中心に、日本の哲学・倫理学研究者による生命倫理学研究をリードされてこられました。本日は、日本での研究の草創期から始めて、研究の現状についても、お話をうかがえればと考えております。

1 発端と成立
――ドイツでの経験と英語文献
香川:それでは、まず、加藤先生に口火を切っていただこうと思います。先生は1982年に1年間のドイツ滞在から戻られてから、本格的に生命倫理、応用倫理について研究を開始されていますが、きっかけはどのようなものだったのでしょうか。
加藤:最初のアシロマ会議(Ashlomar Conference)が1975年にあって、それについての報告の本がどやどやっと出た。私が仙台にいた頃*で、中村桂子さんや何人かの人の本を全部買って読んだ。これはたぶん非常に大きな思想的変動の要因ではないか、これについていくのは大変ではないか、おそらくこの問題に対する哲学的リアクションも相当大掛かりなものが起こるのではないかと思っていたので、ドイツに行くときは、たぶんドイツ語で非常に質の高い著作が出ているであろうから、それを読んで日本へ帰ったら紹介しようと思って行った。そうしたら何にもなかった。ドイツに行く時の目的は二つあって、ヘーゲルの『論理学』と『自然哲学』についての資料を集めるという、ヘーゲル関係の資料集めが一つの目的で、もう一つは、生命操作についての哲学的な考察を集めてみようと思っていた。ところが、ヘーゲルの方はそれなりに集まったが、生命操作の方はほとんどなかった。生命倫理学というよりは、生命に関する倫理学的文献を探したけれど、全く無いに近かった。やっと2冊探したくらいだったかな。
*加藤先生は、1982年に東北大学文学部から千葉大学に移られ、94年に京都大学文学部に転出されるまで、文学部教授を務められた。
香川:ヨナスはどうだったんですか?
加藤:ヨナスはそのとき、ドイツで会った。
香川:そのときドイツにいたんですか?
加藤:ニューヨークからミュンヘンに里帰りしていて、ミュンヘン大学で、一週間くらい、授業をやった。それでミュンヘン大学の学生が聴きに行こうって誘ってくれて、最後の授業を聴きに行った。
香川:そのことは、先生お書きでしたね*。ヨナスは、60年代の後半にDaedalusにもうあの人体実験の論文**を書いてるし、続いて"Against the Stream"***も出してますよね。
*「訳者あとがき」(ハンス・ヨナス、加藤尚武監訳、2000、『責任という原理―科学技術文明のための倫理学の試み―』、東信堂)
** Jonas, Hans, 1969, "Philosophical Reflections on Experimenting with Human Subjects", Daedalus 98
*** Jonas, Hans, 1974, "Against the Stream: Comments on the Definition and Re definition of Death," in Jonas, Philosophical Essays: From Ancient Creed To Technological Man
加藤:僕はそれまでヨナスの名前も何も知らなくて、学生がヨナスの『フェアントボルトゥング』*を読むべきであると買ってきて、くれるのかと思ったら、「金払え」って金をとった。(笑)しばらく机の上にツンドク状態だったが、今度この人が授業をミュンヘン大学でやるから一緒に聴きに行こうって誘ってくれた。それで一週間もない間に一生懸命読んで、聴きに行った。ヨナスの本を読むのは、とてもしんどかった。
* Jonas, Hans, 1979, Das Prinzip Verantwortung: Versuch einer Ethik fur die technologische Zivilisation[邦訳、『責任という原理』])
香川:そのころですと、ドイツだとまだ生命倫理学の講座はなかったですか?
加藤:全然なかったと思うな。私はミュンヘンとボーフムしか行ってないから、外ではやってたかもしれないけれど。でもオットフリート・ヘッフェもジープもそんな仕事は全然やってなかったと思う。
香川:1989年のシンガー事件で問題になるような応用倫理学の講座も、先生が行かれたころはほとんどなかった?
加藤:なかったと思う。なにしろミュンヘン大学って、宗教と哲学の開講数を合わせると毎週100を超えたんじゃないかな。
香川:100ですか。
加藤:毎日学会をやってるのと同じ。哲学があり、エヴァンゲリッシュとカトリッシュと二つ神学科があり、全部で三つ哲学科があるのに近い。すごい量の授業が開講されていたけど、その中でバイオエシックスやそれに関連するものはゼロに近かった。わずかに進化論に言及する講義があっただけだった。
香川:それで、英語の方に向かわれることになったんですね。
加藤:そう。ドイツで本が集まらなかったのでがっかりして、東京の北沢書店を見てたら、目の前にContemporary Moral Issues*とかEnvironmental Ethics**とかが出ていて、一番びっくりしたのが、"Environmental ethics"というタイトルで、それが何を含意するのか判断がつかなかった。バイオエシックスという言葉はたぶんもう知っていたと思うけど、"Environmental ethics"というのが、今いう環境倫理学というよりは、情報環境とか、知的環境とか、あるいはエシックスをエンバイロメンタル・モデルで考えるといったものなのか、見たときに見当がつかなかった。ともかく、本を一杯買って、片っ端から読んでみた。Contemporary moral issuesとか、もう一つ割合丹念に読んだのは、グラバーのCausing death and saving life***。あれが哲学的にまとまった単著としては非常に早かったと思います。あれをネタ本に使って、「ダブルエフェクトというのはこういうコンセプトなんだぞ」って、知ったかぶりをする(笑)ネタに使っていたような気がします。
* Cragg, Wesley, 1983, Contemporary Moral Issues.
** Schrader-Frechette, Kristin S., 1981, Environmental Ethics.
*** Glover, Jonahan, 1977, Causing death and saving life.
香川:それで、ドイツから帰国されて、先生は84年から『書斎の窓』に連載、後の86年で未来社から出る『バイオエシックスとは何か』としてまとめられるもの、それを書かれたわけですね。
加藤:でも、結局、アシロマ会議との関連で関心をもった、いわゆる遺伝子操作という問題は、ずっと後になって出てくる。Contemporary moral issuesでは一応扱ってはいたけどね。Contemporary moral issuesそのものには、環境倫理の問題もあったし、アボリジニー・ライトの問題もあった。カナダのトルードー首相が、アボリジニー・ライト論を書いていて、原住民が土地の所有権を請求した場合に政府はどう対応するかというような問題だった。生命倫理だけではなくて、環境倫理の領域も含んでいたし、いわゆる「アボリジニー問題」も含んでいて、何でもありだったんだよね。それで何回か改訂版も出た。そのどれを読んだかは覚えてないけど、片っ端から読んでも、いわゆるDNA操作の問題なんていうのはまだ本格的なものはなかった。一般的に論じられているだけで、あとはハンス・ヨナスの"Against the stream"があったくらいだよね。だからその意味ではがっかりしたというか、ある程度当てが外れたけれど、英語の文献ではいわゆる既成のアカデミズムの領域の中に吸収できないようなまったく新しいものが出てきているということがわかった。で、英語のものは、飯田さんで本を買って、集めてましたね。
飯田:とにかく買いました。それから上智大学のホアン・マシアさんの所に、倫理学関係については、当時集められるものはかなりあった。上智大学図書館の、マシアさん所管の図書があって、そこに一、二週間かなり頻繁に行って、コピーを片っ端からとってきた。それと、後に日本生命倫理学会を作って、初代会長を務める青山学院大の坂本百大さんのところに五・六冊あって、それを借りた。
加藤:そうそう、思い出した。私が北沢書店から本を買って、仙台の家で読んでいたんだよ。そうしたら坂本百大から電話がかかってきた。科研費をとったが、お前たちが全部内容を作れって言うんですよ。科研費で「研究の出前」だなって言って。(笑)
小泉:坂本さんの科研費はバイオエシックスが題目だったのですか?
加藤:生命となんとか…っていうんじゃないのかな。
飯田:そうそう、それに近い。
加藤:出前でやるってことで、僕と森岡正博さんと飯田さんがいたんじゃない?
飯田:そう。伊東かなんかで。
加藤:伊東の温泉か何かで。三人でやりましたね。違う?坂井さんもいた?
坂井:いや、僕は行っていない。
飯田:黒崎さんがいたかな…わかんない。あなたとね、森岡さんはいた。
加藤:黒崎政男がいた可能性はあるよね。赤津晴子は行ってないよね。

――『バイオエシックスの展望』:教養部総合科目マニュアル
香川:加藤先生と飯田先生は、86年に千葉大学の『バイオエシックスの展望』を作られました。私は、この『展望』とそれに続く千葉大の一連の資料集【資料1参照】が、日本に生命倫理学を導入する上で極めて大きな役割を果たしたという印象をもっています。特に、英語圏の議論の紹介、これは加藤先生が、先に触れた『書斎の窓』の連載で始められていたわけですが、それがまとまった形でされたことが大きかった。実際には書かれた順序は逆だったのでしょうが、『書斎の窓』の連載がまとめられた『バイオエシックスとは何か』では、紹介された論文についてはしばしば『バイオエシックスの展望』、本の注では『バイ展』と略記されていましたが、それを見よという指示があり、これは何だということになったわけです。そこで、飯田先生にお願いして、一部いただいたことを覚えています。この『バイオエシックスの展望』は「総合科目講義Manual4」と副題がついていて、両先生のほか、土屋俊氏が編集者として名を連ね、千葉大学教養部総合科目運営委員会が発行者となっています。「まえがき」には、千葉大学教養部では13年前から一般教育科目の中に総合科目をとりいれ、授業の充実と改善を図るとともに、理解を深めるために講義マニュアルが作られてきたことが書かれています。この総合科目のマニュアル出版の経緯はどのようなものだったのでしょうか。
飯田:僕は三十年ほど前に、九州にある小さな私立大学、今の長崎総合科学大学から千葉大学工業短期大学部に移ってきた。その工業短期大学部は二年ほどして改組され、教養部に配置転換され、夜間の工学部教養課程で社会学の犬塚先教授と一緒に人文社会系の一般教育担当になりました。そこで、夜間工学部で少ない科目選択肢の中からいかにして効果的な教養教育ができるのか考えたあげく、「総合人間学」という、大風呂敷を広げるような総合科目を開設しました。夜間の講義には、元学長の相磯和嘉さん、すぐれた細菌学者で詩人でもあった相磯さんも評価してくれて、多少歩行が御不自由なのに、数回夜間の講義をしてくれました。まず、それが総合科目との付き合いの始まりです。それから二、三年後、私はおよそ二年間、アメリカ・ミシガン大学に長期海外出張をしました。で、帰国後しばらくは、教育的効果や、研究テーマとして現代的で、かつ様々なディシプリンによってなされるべきテーマは何かを思案していた。おりから『書斎の窓』に加藤さんの生命倫理に関するエッセイが毎月掲載されていて、僕は興味深く読んでた。たまたま通りすがりにか、あるいは意図をもってか、加藤さんが僕の研究室に訪ねてきた。訪ねてきたっていっても、ほんの三、四十メートル離れた別棟からだけどね。そのとき僕は、少々ひやかすように、「加藤さん、『書斎の窓』ちょっとおどっているところもあるよ」と感想を述べたことを覚えている。加藤さんは、冷やかされたと思ったのか、あまりうれしそうじゃなかったけれど、ひやかすつもりなど本当はぜんぜんなかったの。で、加藤さんは何で訪ねてきたかというと、横を向きながらぽつりと、「生命倫理の総合科目をやらないか」と言った。アメリカから帰ってきたばかりの私の研究室にそれ関係の本が二、三冊あるのを知っての発言だったのか、とにかく、それで、二人で始めることになった。
香川:まず、飯田先生と加藤先生が生命倫理の総合科目の立案があったわけですね。
坂井:手元の資料*で振り返ってみると、「バイオエシックスの展望」は特殊で、普通は講議をやった後でマニュアルを作るけど、これは、マニュアルが先にできてる。
*山口晃、1986、「千葉大学における総合科目の現状と問題点」、『一般教育学会誌』第8巻1号(昭和61年5月)、30-39頁;千葉大学教養部総合科目運営委員会、1986、『千葉大学教養部・総合科目の歩み1986』。
加藤:そうそう。それが特徴だってよく言われてたよね。予算取ったりするときに事務局の人が普通と違うって。
坂井:それは総合科目運営委員会の側で総合科目についてもうノウハウができていて、それで先にマニュアルが出せた。
飯田:そう、総合科目バイオエシックスは、千葉大教養部に突如誕生したわけじゃなかった。前後に毎年120単位におよぶ総合科目、100個に近づかんとするセミナー、多数の出版物が、表にあらわれてくるという勢いにあずかったものだった。組織としては、各教員、各グループから出される総合科目のテーマ、運営過程を細かくフォローする教養部総合料目運営委員会、それに、その教養部委員会からの要望を全学部に伝え、受け止めてもらうための千葉大学総合科目運営委員会があって、委員会は、そのつど、学長の出席のもと、確実にその業務を果たしていた。各教員のプランニングと組織の支援が円滑に結びつき、必要な経費を確保するための努力がたえずなされていたから、総合科目バイオエシックスはうまくスタートできたと言える。
香川:総合科目『バイオエシックスの展望』は、今はもう解体されてしまった当時の千葉大教養部での教育に支えられていたわけですね。
飯田:教育研究実践にあたっては大事なのは、まず言うまでもないことだけど、みずからの教育研究に対する展望、目標、志、教育責任。第二点は、強制力をも多少伴う効果的なシステムの構築。第三に、必要最低限の経費の獲得。この三点を、いかに確保するかということ。そのうち、効果的なシステムということでいうと、これはその後の話になるけれど、千葉大学の場合、教養部がなくなった影響は大きい。教養部改組で、教養部総合科目運営委員会はもとより、かつての全学総合科目運営委員会も消滅してしまった。代わりにできたのが、各学部ならびに人文、環境等さまざまな教育研究集団から選出された人びとから成る全学総合科目運営委員会。でも、その性格は不明確。総合科目世話人の相談支援というわけでもないし、テーマ立案のグループでもない。各選出母体に対する総合科目運営委員会の決定・要望を確実に実行させるといったものでもなくて、熱意も強制力もどことなく定かではない寄せ集めの戸惑い集団だった。医学部評議員などをされた藤村眞示先生が初代委員長で、ただ一人孤軍奮闘で熱意ある行動ならびに発言をされていた。僕も、流れに抗すべく、法経学部の嶋津格さん、文学部の土屋俊さん、高橋久一郎さん、忽那敬三さんたちの支援を得て、大掛かりな総合科目を開設した。バイオエシックスから応用倫理全般に対象を拡大した総合科目。計6〜8単位におよぶやつで、技術論・合意論・権利論等、応用倫理学の基礎理論・生命倫理学・環境倫理学・情報倫理学等を網羅した。ただ、僕もその後三代目総合科目委員長をやったのだけど、十分な支援体制がなくなった事態を改善できなかった。教養部解散後、かつての各教養部教員はそれぞれの部局でそれぞれの研究教育業務を果たさなくちゃならないし、総合科目はもとより、一般教育にエネルギーを割くことがなかなか難しかったからなのかもしない。でも、これは大学の教養教育ということからいうと、明らかにマイナスです。その点を考えると、ある程度、強制力を持ったシステムを作らなきゃ駄目なんじゃないだろうか。そのことを、特に教養部がなくなった後の千葉大の総合科目の現状を見ていると非常に強く感じる。
加藤:当時の千葉大学の学長が井出源四郎で、井出一族というのは、日本の医学の中では社会的な問題意識の強い一族で、井出一太郎という郵政大臣や丸岡秀子という評論家も出た。長野県の佐久で井出一族は病院を経営していて、それで共産党系の佐久病院なんかのグループからかなり影響を受けているわけです。だから社会性を非常に強く意識した医療行政とか、医療の社会学的な考察とかを、受け止める精神性を持っている人が、井出さんだった。
飯田:井出さんは、必要参考文献購入のため340万の資金を僕たちの企画に渡し、支援してくれた。
香川:専門は何だったんですか?
坂井:解剖学でしょう。
加藤:ふーん。それで、井出さんを説得して金を出させたのは坂井さんだよ。
坂井:学長特別経費で買ったのはOCR*の方ですよ。総合科目の方は教育方法改善経費でやっていたから。
*『「人文科学の原点研究におけるコンピュータ利用促進のための基礎的研究」昭和62年度科学研究費補助金(総合研究B)・研究成果報告書(研究課題番号62305001)(研究代表者・加藤尚武)、1962(昭和63年3月);坂井昭宏、1987、「OCR:Kurzwell 4000の機能と評価」、東京大学大型計算機センター「センターニュース」Vol.19、No.7・8、74-81頁。
飯田:たぶん僕の記憶に間違いはないと思うけれども、『バイオエシックスの展望』は教育方法改善経費を100万もらって、加藤・土屋・飯田で作った。その後に坂井さんにも協力してもらった。
加藤:それから学長決済研究費とか、毎年違う名目で金をもらうから、飯田さんはそれできりきりまいしてたんだよね。
飯田:井出さんの後の、歴代の学長、吉田亨、丸山工作、磯野可一氏にも、資料集発刊に関する資金の援助を継続してもらった。丸山、磯野両先生には、講座の教授時代に総合科目の講師もしてもらえた。それから、丸山工作学長には今までの資料集が他の文献にどれだけ引用されているのかその状況についても報告を求められたんだけど、そこであらためて自分たちの作品の有用度についても認識を深めることが出来た。丸山学長は大学における基礎研究のあり方を示すものとして高い評価してくれて、遠慮がちに依頼した90万の申請額よりも多くの援助金をもらったことがあると思います【資料2参照】。
坂井:ともかく、最初は、教養部が大学教育方法改善経費を継続的にとってたから、それでマニュアルが出せて、『バイオエシックスの展望』だけは、講議の前に資料を用意した。
香川:マニュアルって、全部あんな厚いものだったんですか?
坂井:いろいろな講義題目のマニュアルを作ったけど、どれも大体同じボリューム。200ページくらい【資料3参照】。
飯田:マニュアルなる名前は、現今、少々軽蔑的な意味を持っているけど、当時の教養部の授業マニュアルはどれも、その内容は行き届いたしっかりとした教材だった。他の文献にかなり引用されたものもある。僕たちは、教養部総合科目運営委員長の援助を得て、文部省教育方法等改善経費100万でそのマニュアルを作ることにした。執筆者は、医学部教官と哲学関係者。医学部教官にはそれぞれの専門分野の主要な問題を学生に明快に述べてもらう、それぞれの専門の立場から自由に書いてもらうように依頼しました。哲学関係者は主として海外生命倫理学文献の紹介。英米生命倫理学をターゲットにし、加藤さんがすでに所持している文献に加え、僕が可能な限り文献を収集し、それらを志ある人たちと要約、紹介することでマニュアル完成をめざしたわけです。きちんとしたサーベイ論文を準備している現今の研究状況から見れば、つたないかぎりかもしれないけど、当時としては最大限の努力はした。ハンドブックには文献表も載せ、重要ないくつかの文献にはアノテイション、註釈をほどこし、それ相応の努力はしたと思います。
香川:これはその後の話になりますが、千葉大の資料集は『バイオエシックスの展望』の後、毎年、刊行されます。全部で何冊ですか。
飯田:正確には86年の『バイオエシックスの展望』から始まって、今度の3月に出る独仏科研の資料集まで、上下になっているのもあるので、全部で24冊、それに副教材が1冊。間が少し飛んでいる年もあるけど、ほぼ毎年出してきた【資料1参照】。
香川:これだけ継続して出すというのは、資金面も非常に重要ですが、事務的な面も大変だったのではないか、と思うのですが。
飯田:編集の実務は大変だった。『展望』でも、最終段階、もたもたしている僕たちのことを見るに見かねて、敏腕な土屋さんが助っ人として登場し、おかげで見事に期限内にできあがった。以後土屋さんにはいつも細かい配慮をしてもらって、助けてもらった。それから、資料集編集活動にとって資料の分析・入力等も重要なんだけど、その点、僕たちが恵まれていたのは、英語の読める有能な事務補佐員の人たちがいたこと【資料4参照】。それに、東大に移った古典研究の今井知正さんにはいつも締め切り間際に研究室に来てもらって、典拠論文・資料掲載細目について、事務補佐の方々と一つひとつ丁寧に駄目押しをしてもらった。
香川:千葉大のその後の資料集では、執筆者のワープロ原稿を写真製版で印刷する形をとられてきましたよね。
飯田:ワープロ入力即印刷という形態をとったのは、次々に発刊した資料集の経費節減のため。当時、ワープロ使用者が少なかったんで、事務補佐員の方々の作業あるいはまた民間企業への委託等、出版はかなりの労苦を要しました。僕が時間が取れないんで、大学院生に千葉市内の印刷所に、代わりに出向いてもらったことがあったことを、今でも覚えている。窮状を見るに見かねて何回も出向いてくれたのは、今、東海学園大学にいる片桐茂博さんだったと思います。当時は機械も性能が悪く思うようにはかどらず、手分けしてあちこち奔走した。原稿は、締め切りのデッドラインにすべてが集中して、予算執行をにらみながら、加藤さんと「危険な橋をいつも渡るなあ」と話しながら、よくお互いに気を鎮め合った。そうした出費は、公的なルートではカバーし切れず、ときには家の者に頭の上がらない状況も招きました。

――『バイオエシックスの展望』:論文の選定
香川:『バイオエシックスの展望』、今もお話に出ましたが、英語文献の紹介が大きな柱になっています。論文の選定はどのような形でされたのですか【資料6参照】。
加藤:私自身は、最初に有斐閣の『書斎の窓』に連載して、『バイオエシックスの展望』を作るときも、そこで使った論文類を下敷きにして、もっとこういうものをみんなに紹介したいと思ってた。そして、主として飯田さんが、紹介すべき論文の選抜をやったんです。私は、連載を書くときに集めていた本や資料を提供して、「この中から選んで下さい」と言った。そして二人で「これはいい、これは悪い」とか、「インフォームド・コンセントって何だろう」とか、二人で首傾げてた。(笑)
香川:加藤先生は北沢書店に行って、英語の本をどっと買ってきたと。飯田先生はまた別に…
加藤:飯田先生はね、主として上智で借りてきたのが多い。
飯田:そう。それと前後してね、僕はとにかくね、一番最初のときは、さっき言ったように上智大学に潜り込んだ。上智大学の外の人が行くにはちゃんとお金出してね、カードを手配して。そのときの紹介者がいて、いま生命倫理学会の会長をやってる青木清さんに紹介してもらって入らせてもらって、二週間通って、ほとんど主だったものを、みんなコピーしちゃった。それは玉石混交だけど、とにかく、これはと思うものをみんなコピーしちゃった。でも論文だけだよ、本全部じゃないよ。思想的ということでは、『バイオエシックスの展望』を企画したとき、まだよくわからないから、ものすごくラディカルな左寄りと、ものすごく右寄りの人を必ず入れよう、哲学者として優れた人のものの考え方を左右(進歩−保守)両方、可能なかぎりバランスよく、それぞれのテーマにつき、取り上げようって、そういう方針をとった。確かそうだったよね。
加藤:そうそう。バイオエシックスは、とにかく彼らがやっていることを、等身大で紹介しようという意識が強かった。ところが等身大で紹介しようと思ったら、案外混乱してて、はっきりわからないと苦情が出た。「もうちょっと基本的なコンセプトは何だか言え」とか言われて、それで「バイオエシックスの五原則」というのを私が書いたけど、あれはもともと名古屋に行ったときに、バイオエシックスを説明しろと言うから、「これから一分間で説明するから書き取ってくれ」と言って、それで五条件というのを書き取ってもらったことから始まったけど、考えてみるとそれで割合カバーできるんだよね。(笑)びっくりした。
香川:ともかく、『バイオエシックスの展望』はわれわれには有難いリーディングスでした。
加藤:その当時はね、バイオエシックスのリーディングスはアメリカにもほとんどなかった。その後はリーディングスが研究開発の中心になったけど。環境倫理を手がけたときも、まだリーディングスができてなかった。その後、自分たちで選んだ論文が、いろんなアメリカのリーディングスと相当重複していることがわかって、飯田さんもアメリカ行って褒められたんだよね。こういう論文を選んで翻訳をしたって言ったら、これはよくできてるって褒められたそうだけど。
飯田:二度目の留学のときにはそういうことを言われた。
加藤:ビジネスエシックスを始めたときには、もうリーディングスがやたらに出ていて、それを一杯買ってきて、登場する回数の一番多いものから紹介していった。そして whistle blowingが一番テーマとして多いとわかったので、whistle blowingから始めたけど、生命倫理のときは、僕らの仕事が終わった頃からリーディングスが出るようになった。
香川:後から見ると、形としてはリーディングスみたいな体裁に見えますね。
加藤:そうそう。
坂井:ビーチャム&ウォルターズなんかはなかった?
加藤:あったかもしれない。
香川:あれは70年代ですね*。
*Beauchamp, Tom L., and Walters, LeRoy (eds.), 19781, 19822, 19893, 19944, 19995, 20036, Contemporary Issues in Bioethics.
加藤:最近 philosophy of mindの文献を一杯集めてみたけど、どかっと出てるよね。ああいう風になると、情報についての情報が一大産業になってる感じですね。僕らのときはそういうのがまだ全然わからなくて闇雲にやってた。
飯田:そうです。
――『バイオエシックスの展望』:執筆者
香川:それにしても、当時を考えると、執筆者を集めるのが大変だったのではありませんか。『展望』には執筆者として29名の方が、名を連ねています。それに、哲学や倫理学の研究者もこうした論文の紹介には不慣れだったのではないかと思うのですが【資料5参照】。
加藤:『バイオエシックスの展望』や『資料集』を作るときに考えたのは、どうせリストを作ってこういう文献がありますよって紹介したって、日本の学者は不真面目だから、読まない。翻訳が出ればまるで初めから自分が原文を読んだようなふりをして、翻訳のページ数も引用しないで、原文から引用したふりをして、さんざん使いまくるけど、文献をリストで紹介したって、日本の学者は読まないし、読む力もない。バイオエシックスという新しい領域を開拓するのに、いわゆる一流大学の倫理学は全然使い物にならなかったけれど、既存の倫理学研究者の面子を潰すようなかたちではなくて、語学力のとぼしい、頭のかたい、そのくせ新しいものには分かっているふりをして見せる先生方でもすぐ知ったかぶりができるような、そういう作り方をした。
飯田:そんなこと言っていいの?(笑)
加藤:俺の考え、これは(一同笑)。実際、一流大学で秀才のほまれの高い大学院生に、ペーパーを渡して「要約を書いて下さい」と言ったら、四苦八苦して、ひどいものを書いてきた。
飯田:そうだったかもしれない。ああ、そうすると結局その人は脱落された人?
加藤:あんまりひどいのは飯田さんが「ボツにする」って言うんだよね。でもボツにすると、人間関係がまずくなるじゃない。だからボツにすると言ったやつを、俺が随分直したんだよ。
飯田:途中でご自分からやめた人がいたかもしれない。
加藤:ともかくね、日本の当時の哲学系の人で、翻訳も内容のアドバイスも何もない文献を読んで、内容を紹介して下さいと言われて、ちゃんとできる人はものすごく少なくて、全文訳を作ってその抜粋を書いて、「要約をした」と称してた。見ると、最初の部分はそっくり原文と同じ「要約」が多かった。
坂井:それは仕方ないですよ。実際、そういうやり方してましたよ。全文訳して、論点を逸らさないように抜粋する。
飯田:これは『展望』よりも後の話だけど、坂井さんは、自分のゼミの優秀な医学部学部生に、生命倫理重要文献を要約させて、何回も議論をしたうえ、それらを僕たちの資料集に掲載させた。それが、教員指導のもと大学院生に要約論文を紹介してもらうというひとつのパターンの元になって、今もなお続いている。特定の問題について、重要文献をサーベイするということのほうが大切なだけど、それは生命倫理学専門研究者のなすべきこと。坂井さんのゼミは、今もそうだと思うけど、徹底的に学生を鍛え上げる個性の強いものだった。今、僕が千葉大の医学部でやってるドクターコースの授業の時に、単位に無関係の医局員がひとりふたり授業にやってきて、「かつて坂井ゼミにいた者だ」と名乗って、今の医療状況のことなど長く話していったりすることがあります。若い学生に古典をじっくりと読ませるなり、重要論文を読ませて鍛えぬくということが、どれほど深い意味をもつか、考えるべきだと思う。
加藤:ともかく、『展望』の時点では、日本の学者がいかに未知の知的領域に対してアプローチする能力を欠いているかということを非常に強く感じていた。というか、もうすでにそうであろうと予測して、それであの資料集の企画を考えた。だからなるべく負担を少なくして、何枚かの紙を読めばいちおう業績になるようにした。しかもあのときは奨学金の免除規定が適用されるんだよね。
飯田:そうそう。要約をした人が全部講師になってる。たった一時間やっても半期とか全期授業したことになった。そうすると、奨学金が一年間待ってもらえる。 加藤:大学で一年に一日でも正式な講師の資格で講義をすれば、その一年間は奨学金の返済をしなくよかった。
飯田:これは全期だから、一つやれば、その年度は大学の教職についた形になった。それはある意味当然な話なんだけど。
加藤:それで千葉大学の授業分の給料を払ったんでしょ?
飯田・坂井:もちろん。もちろん払った。
加藤:無理矢理やらせるエサとして説得したんだよね。山内志朗や黒崎政男もそれでやったんだよ。それで感謝されるかと思ったらあいつらブーブー文句いってね。(笑)特に黒崎はひどかった。加藤さんに騙された、何でもやらされたけど大いに迷惑だった、って。(笑)全然感謝してもらえなかった。
坂井:なんで文句言ってたんですか?
加藤:苦労ばかり多くてちっとも業績にならなかったとか、そんなことを言ってた。
坂井:じゃ別のことをやったらいいじゃないですか。だけど最初のときの講義のメンバーはすごいですよ【資料7、8参照】。
飯田:『資料集』を書くのに名前を残した人は一人残らず講師になった。
香川:特別、生命倫理をやっていたという人たちではなかったわけですね?
加藤:生命倫理っていう言葉も知らない人がほとんどだった。
飯田:唯一、森岡さんはすでにやってた。
加藤:森岡君はすでに論文を幾つか読んでいた。たぶん森岡君が読んでいたのは Contemporary moral issues。
飯田:森岡さんが飛び込もうとしたときに、たまたまやってたのが僕らだった。まさに僕らがこういう企画をしたときに、彼も意欲があったし、サァーッと合流した。彼は一気に要約を四本か五本やってくれた。
加藤:賞金稼ぎみたいによく稼いでくれたよ、森岡君は。
飯田:とにかく頼むとね、早い。
加藤:そのくせ翻訳しろと言ったときに、「嫌だ」って言った。(笑)彼は要約は非常に熱心にやってくれたけど、翻訳をするときは飲みたくない馬に水を飲ませるみたいな難しさがあった。
飯田:エンゲルハートの翻訳のときは断わられた。ただし『バイオエシックスの基礎』は、自分がやったものを二つくらい翻訳した。彼の訳を読むときは、私は、加藤さんもそうだけど、随分気が楽だった。いいですよ、とっても。
加藤:原稿を読むのは地雷の敷設してある原野を歩くようなもので、どこに誤訳があるかは、全部自分で原文を読まなくてはいけない。全然こちらの仕事は楽にならない。
飯田:森岡さんのときは楽だった。さすがだった。
加藤:ほとんどその仕事は飯田さんがやった。「これは誤訳じゃないか」とか、「こんな日本語でわかるはずがない」とかね。
香川:その後、院生がずっとやりますね。その頃は楽になったのですか?
加藤:『展望』の次からは、『展望』と関連したものを読んで、大体こういう論旨の問題があるとか、こういうことが言われているとか、下地作りはできてた。その分は楽になったと思いますよ。

――『バイオエシックスの展望』から『バイオエシックスの基礎』へ
香川:さて、『バイオエシックスの展望』で紹介された論文のかなりのものが翻訳されて、2年後の88年に東海大学出版会から出されることになります【資料6参照】。今から見ると、順調に進んでいったように見えますが、どうだったのでしょうか。
飯田:いや、マニュアルが出てから、これは本にしようという話になって、『バイオエシックスの展望』を本屋へ持っていったけど、あっちも断られこっちも断られて。
加藤:ああ、そうそう。それはひどい目にあったよ、本当に。『バイオエシックスの展望』の元になった翻訳類を作って、いろいろな出版社に頼みに行った。XX書店は一年以上、審議中ということで返事をしなかったかな。駄目なら駄目で言ってくれればいいんだけど、返事をくれない。YY図書は土屋俊さんのコネでしょっちゅう出入りしてて、それで出してもらえないかと思って、翻訳の監修者を引き受けた。今度は社長に『バイオエシックスの基礎』という本を出してくれって言ったら、「バイオって名前のつく本は売れないから駄目」って、一気に断られた。(笑)それから、田中美知太郎氏がやっていた日本文化人会議という研究会があって、そこでバイオエシックスについて報告しろというので、私は報告した。そこに『諸君!』の編集長が来ていて、そんなに困ってるなら可哀想だから、うちの雑誌に「いまバイオエシックスは」とか書いてみたら、と書かせてくれた*。それを見て、東海大学出版会の山本保之介さんが、「何かお手伝いすることはありませんか」って葉書をよこしてくれたんです。原稿を持って行ったら、うちで出します、ということになった。大学出版会の中で、東大出版会、法政大学出版局は、独立採算制。東海大学出版会は、大学経営で赤字が出てもかまわない。そのせいで出たってわけじゃないけど、ともかく山本さんが引き受けてくれて、あの本を出すことができた。それが、88年。だけど、印税も翻訳料も払わない。それと、原文の著者の印税も極力払わないという方針にした。(笑)それについては、飯田さんが全部の筆者に手紙を何百通と書いて、エージェントの仕事を全部引き受けて、ものすごい苦労だった。
*『諸君』1986年7月号、加藤尚武、1987、『二一世紀への知的戦略―情報・技術・生命と倫理―』筑摩書房所収
飯田:20数編の論文の著者ならびに出版社の版権は、すべて自分たちでやった。また、途中、経費節減のため、すべての註の省略、不要部分の省略ということをせざるをえず、欧米の著者にもその旨許可を得、同意を得られないもの一部については、後で88年に出した『バイオエシックス最新資料集(続編)』に全文掲載ということで承諾してもらったものもあります。
加藤:出版してまた困ったのが、もう印税が出せるようになったから出したいと山本さんがいうので、また飯田さんは何百人の人に、お金を送るけど、どうしたらいいかって、ものすごいたくさんの手紙を書いたんだよね。(笑)
飯田:無料で翻訳権を頂いた欧米の著者たちには、一人ひとり郵送、または直接会えた人にはその場で、かつて無料にしてもらった版権料を少しずつ入るようになった印税から渡しました。それから、『バイオエシックスの基礎』の印税は、加藤さんはもとより、すべての方のご好意で、私がそれらを関係費用として使うことを了解してもらった。それで、後々の資料集編集活動で公的ルートに乗りえない小さな出費を補うことができた。
加藤:『バイオエシックスの基礎』は、今でも刷ってるんじゃないの?
香川:超ロングセラーですね。
坂井:バイオエシックス研究というものが、一般研究者の目に止まったのは、『バイオエシックスの基礎』からですね。マニュアルは千葉大教養部の宣伝の意味もあって、各700部印刷したけれど、これは流布する範囲が限られてますから。
加藤:でもね、あのとき、『バイオエシックスの展望』が出たという噂を加茂直樹さんが聞きつけて、送ってくれというから、30部ともかく最初に送ったんだよね。私は「日本思想と歴史の未来像」*を書いたときに、これが京都におけるバイオエシックスの始まりだって書いたんで、加茂さんは怒ってる。(笑)
*加藤尚武編、2003、『他者を負わされた自我知―近代日本における倫理意識の軌跡』、晃洋書房所収
香川:あちらはそれ以前の動きはあったのですか?
加藤:いや、知らない。

――『バイオエシックスの基礎づけ』
香川:加藤先生と飯田先生は88年の『バイオエシックスの基礎』を出版され、翌年にはエンゲルハートの『バイオエシックスの基礎づけ』を監訳されています。この翻訳には千葉大学元学長の川喜田愛郎先生の発議と斡旋とによってなったという謝辞がつけられていますが、この大著はどのような経緯で翻訳されたのでしょうか。
加藤:これは、後になってわかったけど、僕らが千葉大学にいたときは、川喜田愛郎さんはもういなかったよね?
飯田:あのときはもう退官されてた。
加藤:後で会ったときに、昔、哲学の先生たちが、生命の倫理をやりたいというので、科研費をとって共同研究をしたが、彼らは全然研究をせず、我々は利用された、ダシに使われた、それで非常に腹立たしい思いをしている、とおっしゃっていた。それは東大の岩崎武雄さん、お茶の水大学の藤田健二さんたちらしい。川喜田さんって、ほんとに真面目な人だから本気で怒っていた。
飯田:そう。ものすごく真面目。当時の僕に手紙をご自分の筆で五・六枚くれた。
加藤:その手紙見せてもらったことある。
飯田:僕はいまだに持ってる。
加藤:そういうこともあって、川喜田さんは最初は僕らの動きに対して警戒していた。
飯田:たぶん、『バイオエシックスの展望』が教育方法改善経費を100万もらって出来たのを川喜田先生はご覧になった。その前後に、さっきも言ったけど、井出先生が「340万でお前たち、資料集を作れ」と言ってくれた。そういった情報を川喜田先生が知って、「これはいいことやってる、あなたは非常に見識が高い」と井出先生を大変に褒めたんだ。
加藤:今までけなしてた飯田さんもね。(笑)
飯田:井出さんはすごく喜んで、川喜田先生を招かれて、加藤さんと僕を、あるところに招待してくれたんだよね。覚えてる?
加藤:覚えてないな。
飯田:カトリック教会の前のレストランに連れて行ってくれた。覚えてない?
加藤:覚えてない。(笑)
飯田:僕は覚えてる。どういう感じで座ったかも覚えてるよ。もうそこは潰れちゃったけど、かなりいいところだった。西千葉の正門から歩いて十五分くらいのところかな。要するに、もう年をとられた川喜田先生が一緒に歩けるところだった。そのとき川喜田先生はえらく興味をもってですね、340万なるお金でどういう本を買ったかって、僕のところに来たんですよ。ずっと見てね、これはいまだに記憶に残っていることだけど、「君たち、これは二次資料が多いよね」と言われた。今から思うと当然そうだけど、川喜田先生はすごくいろんなことをわかってらっしゃってた。
加藤:だって川喜田さんはもう医学史*を書いていらしたでしょ?
*川喜田愛郎、1977、『近代医学の史的基盤』上下全2巻、岩波書店
飯田:うん、そう。
香川:バイオエシックスについても、早い時期にきわめて見通しのよい紹介を『科学基礎論研究』に書かれていました*。
*川喜田愛郎、1985、「いわゆる『バイオエシックス』の問いかけるもの」、『科学基礎論研究』17-3
加藤:それで、「エンゲルハートの翻訳しろ」って言ってきたのは…。
飯田:すぐ後であなたにきて、あなたは僕のところにきて…。
加藤:Foundations of Bioethics*が出て、これは大変なことになったと思った。あんな厚い本がどかどか出るようになったら、追いかけていくの大変じゃない。(笑)以後あんなでかい本はそうたくさん出なかったから安心してるけど、あんな本を出されたらたまらないと思ってた。でも出た以上はこなさなきゃならない。それで、どうやってこなそうかって思って、ものすごく負担に感じてたわけ。そしたら川喜田さんが「訳せ」って、朝日出版社を紹介してくれた。朝日出版社の編集員はなんていったっけ?
* Engelhardt, H. Tristram, Jr., 1986, The Foundations of Bioethics
飯田:赤井さんだと思う。
金森:赤井さん。赤井茂樹。
飯田:そうそう。細面で、スマートで。
加藤:彼は愛知県出身じゃないですか?愛知県の杉浦明平の一派で、『ノリソダ騒動記』とか、杉浦明平と共同の農民運動や左翼運動をやってた流れじゃなかったかと思う。彼は別にバイオエシックスにコミットメントしているわけではなかったけど、川喜田さんが「物知りだ」と言うのでやることになった。
飯田:あの本の内容だけど、川喜田先生は、これはよさそうだからやれって言われただけでなくて、もうよく読まれていて、エンゲルハートが使ったギリシャの文章を、これは間違ってるんじゃないかと言ってた。
加藤:実ははまだ解明してないんだよ。(笑)随分調べたけどわからなかった。
飯田:僕らはわからなかった。ところが、川喜田先生は、「これは間違ってる用法だ」と言って、僕がヒューストンに行くときに、エンゲルハートに言ってくれと。エンゲルハートは、仕事仲間の古典がよくわかる人にその辺を聞いたけど、「俺も実はわからなかった」と言ってた。どうもね、最終的にどうなったかはわからないけど、エンゲルハートは間違って使ったらしい。
加藤:あの部分はね、英語をいくら読んでもわかんない。その当時一応調べたけど、それなりに文意が通るならいいけど、文意も通らなくて、これはお手上げだから、よくある手だけど、一見正しいかのように作って(笑)、ごまかしたんだよね。後でなんとかしようと思ってたけど、結局日本語版の二版が出なかった。
飯田:Second Edition、改訂版は出てる*。中国語訳はSecond Editionでやってたかもしれない。Second Editionを見てみれば、エンゲルハートがそれをどんな風に手直ししたかがわかる。結局、エンゲルハートは、自分が間違ってると思ったようで、川喜田先生に手紙を書くと言ってた**。
*ENGELHARDT, H. Tristram, Jr., 1996, The Foundations of Bioethics, Second Edition.
**川喜田愛郎氏が飯田教授宛の1990年7月27日付書簡で疑義を呈したギリシャ語は、The Foundations of Bioethics初版のp.183(邦訳、231頁)にあるογοιで、これは同書の註(p.200, n.66)によればF.-J.-V. Broussais, Examen des Doctrines Medicales et des Systems de Nosologie(Paris: Meguignon-Marvis, 1821), vol.2, p.646の引用である。川喜田氏はつとにBroussaisの著作に注目し、その重要性を『近代医学の史的基盤』(特に上巻、524頁以下参照)で指摘していたが、問題の引用箇所については、氏が所蔵していた1834年版と対照し、οντοιではないかと推測し、邦訳の代案?γκοι(邦訳、564頁訳注参照)にも不同意だとされている。氏は、現代病気論のキーワードとなるontology論との関係からエンゲルハートの医学史研究(Engelhardt, H. Tristram, Jr., and Erde, Edmund L., "Philosophy of Medicine," in Durbin, Paul T. (ed.), 1980, A Guide to the Culture of Science, Technology, and Medicine, Free Press)にも注目しており、飯田教授に、引用のギリシア語とともに、ontology論についてもエンゲルハートへの質問を託された。エンゲルハートはThe Foundations of Bioethics, Second Editionでギリシア語をοντοιに訂正し(p.216)、その注(p.236, n.81)で、"Of special interest is Broussais's use of the term ontology (ontologie) to describe medical accounts referring to disease entities. I am in debt to Prof. Yoshio Kawakita for his suggestions regarding Broussais's usage of the term and his Greek neologism οντοι. See also Thomas J. Bole, "The Neologism οντοι in Broussais's Condemnation of Medical Ontology," Journal of Medicine and Philosophy 20(Oct. 1995)."と新たな補足を加え、川喜田氏への感謝を記している。
加藤:後でエンゲルハートがその次の本を出したとき、下書きか何かを送ってきたけど、それには触れてなかったよ。
飯田:あ、そうなんだ。僕は知らなかった。下書きを送ったということは、場合によっては訳せということなのかもしれないね。
加藤:いや、むしろ、もう一冊本を訳して、俺をもっと有名にしろって意思表示だったんだろう。(笑)ともかく、川喜田さんのおかげでエンゲルハートの翻訳も出せた。一番苦労したのは解説で、どうせあんな厚い本はみんな読まない。(笑)解説だけしか読まない。だから解説の中にすべての論点を盛り込んで、しかも解説だけを読んだ人がさも原文を読んだふりをすることができるように、解説の中の基本的な論点には全部英語の原文を付けておく。そうすれば、ちょっと解説を読んだだけで、エンゲルハートっていうのはこういうことを言ってるんだぜ、原文はこうなんだぞって黒板に書いたりして、すぐ授業に使うことができる。(一同笑)そういう解説を書いた。龍谷大学の谷本光男さんが「あの解説のおかげで使い物になるんですよね」と言ってたから、狙いは当たったんじゃないかな。

――生命倫理学会設立の頃
香川:『バイオエシックスの基礎づけ』が出た89年には、前年に設立された日本生命倫理学会の第1回国際シンポジウムが青山大学で開かれています。
加藤:さっき言ったように、英語文献を読んでみて、当てが外れて、がっかりしたところもあったけど、既成のアカデミズムには納まらないような新しいものが出てきてることはわかった。なぜそういうものが出てくるのかということについては赤津晴子さんが報告してくれたんだよね。アメリカのバイオエシックスの運動というのが、どれほど下品な運動であるかというと、いわゆる食えなくなってしまった哲学者が食えなくならないようにするための、かなり露骨な売官運動である、と。ポスト獲得運動であるというところまで踏み込んだ形で、報告してくれていたと思う。それでバイオエシックスだとか、ビーチャム、ボウイのコンビが作ってるいろんな領域の本を読むと、今でも少し痕跡残ってるけど、ひどいことに、前半部分の倫理学一般は全部同じ内容。第2部になると、ビジネスのことや生命のことが書いてあったりでも、第1部は一字一句同じっていうひどい本が出てる。だからこれは相当ひどいポストかせぎだというふうに思った。生命倫理学会を立ち上げるとき、アメリカから学者を呼んでいろいろ話を聞いたけど、Encyclopedia of bioethics の編集長をやってた、何といったっけ、あの人?
飯田:ライク*。
* REICH, Warren Thomas (ed.), 1978, Encyclopedia of Bioethics, 4 vols.
加藤:ライクが時間延長して喋りすぎて、みんなやきもきしたけれど、その話が、いかに我々が就職運動に専念したかという、そういう話だったんだよ。あんまり高級でない話をさんざん聞かされたわけだ。我々はそれほどえげつない意識ではなかったけれど、ともかくこれをやらなければ将来哲学者は失業するだろうくらいの意識は持っていた。
香川:その時点で、ですか?
加藤:そう。そのライクの話や、赤津晴子さんの研究報告を聞いて、ポスト獲得やポスト保持のための研究開発という、今まで日本では考えられなかったようなものも、必要なんだなと思った。
香川:ほぼ同じ時期に、加藤先生は「移入している」「移入の現場にいる」とお書きになってますね*。そのときに、非常に批判的なニュアンスを感じたのですが。
*加藤尚武、1987、『二一世紀への知的戦略―情報・技術・生命と倫理―』、筑摩書房、「あとがき」
飯田:日本の哲学界が、批判的に、横目に見てやつらはなんだというような意味ですか?
香川:いや、そうではなくて、その逆に非常にチャレンジングというか、先生の側から日本の哲学界に対する批判があったのかなと思ったんですが。
加藤:いろいろな意味があって、なぜ出来合いのものを持ってくるという形をとらざるを得ないか、その点我々は駄目ではないか、既製品を輸入して持ってくるのはだらしがないではないかとか、そういう気もありましたね。新しいテクノロジカルな発展の社会的なインパクトが大きいときに、国民的な合意形成の問題や別の領域への波及の問題を、一緒になって考えるという文化がなかった。ないからアメリカの既製品を輸入した。輸入はしたけど、あんまりいい仕事ではないのではないか。もしかすると、伝統的な哲学に対して破壊作業をしているかもしれないと、多少自分自身に対してアイロニカルな気持ちにならざるを得なかった。
香川:逆に、飯田先生が言われましたが、「あいつらは何してるんだ」という反応は強かったんじゃないですか?
飯田:とにかく、それは、僕は感じてた。千葉大の学内ではあたたかい支援があったにもかかわらず、当時の日本はバイオエシックスなどはくだらない仕事だと思う向きもあったように感じてた。だから大学院生をこういう仕事に巻き込んでよかっただろうかって、加藤さんは思わなかったかもしれないけど、僕はいつも気になった。
加藤:僕のところなんかひどかったよ。加藤先生はヘーゲル学の指導者だったのに、アメリカ製の変なものを輸入し始めて、「先生ご乱心である」と。(笑)だから先生を早く引きとどめ、ご乱心から立ち直さなければ駄目だと、弟子どもが署名運動して諌める、そういうことをやろうと提案したやつがいるんだよ。そのうち、先生ご乱心じゃなくて、ご乱心でもってみんなメシを食うようになったから、言わなくなっちゃった。(笑)
坂井:僕は典型的にひどかったな。90年から北大行ったけど、これ格下げなんですよね。千葉大学で教授で、北大で助教授だったですから。生命倫理や応用倫理、あれは倫理学じゃありませんから、と言って、何年か教授になれなかった。もっとも当時僕は西洋哲学第三講座だったから、近世のことをやらなきゃいけないのに、北大に行ってすぐ生命倫理の教科書*や安楽死・尊厳死をめぐる共同研究**、そちらのほうばかりやってたから。
*今井道夫・香川知晶共編、1992、『バイオエシックス入門』、東信堂。
**『バイオ-メディカル・エシックス共同プロジェクト・研究成果報告書』(平成4年度北海道大学教育研究学内特別経費・研究成果報告書、研究代表者・坂井昭宏)、1993(平成5年3月);坂井昭宏編著、1996、『安楽死か尊厳死か』、北海道大学図書刊行会。
加藤:邪道だと。
坂井:その先生が定年退官後、どこかの大学に行って、何とか倫理の教科書を作んなきゃいけないんだがどうしようって聞くんだから、しょうがないな、日本のアカデミズムなんてこんなもんだなって思ったけどね。
飯田:僕は、大学院の方に頼んだけど、迷惑かかったら悪いかなという気持ちはいつもあった。
香川:今は、逆にそういうのをやらないと話にならない。
飯田:流れはすっかり逆になった。
香川:それは何のせいでしょうね?
坂井:まだけっこう温度差あるんじゃないかな。まだ頑固に構えている人もいると思うけど。
香川:北大あたりが。
坂井:いや、北大にはない。全部退官された。(笑)

――脳死と臓器移植の問題
香川:ところで、生命倫理学に関心を向けられたのは、加藤先生の場合ですとDNAの問題があったというお話でしたけど、飯田先生の場合は特定の問題っていうのは?
飯田:遺伝子組み換え、あれは加藤さんが言ったように、とんでもないことになるかなという予感はあった。だけど、現実に僕が関心を置いたのは、臓器移植問題とか。
加藤:臓器移植と脳死の問題だよね。
香川:先生のご本は、二冊とも中心は、その問題ですね*。
*飯田亘之、1988、『あなたの臓器は誰のもの―価値の基礎理論と臓器移植―』、東信堂。
飯田亘之、1994、『生命技術と倫理』、市井社。
飯田:そう。だけど、DNAの問題は、これはすごいことになるかな、とんでもないことになるかなって気はずっとあったけれど、こんなに早く、今のようになるなんて思わなかった。いずれはすごいことになるかなっていう気はあった。しかし、当時、僕にとっては、やっぱり脳死と臓器移植が一番。
加藤:立花隆が脳死問題を書くっていうので、資料を貰いたいって来たことがあったな。
飯田:うん。確か僕らのも使ったんじゃない?
香川:彼の『脳死』*には、『バイオエシックスの展望』が参考文献にあがってましたね。
*立花隆、1986、『脳死』、中央公論社
飯田:加藤さんと立花さんは友人だから、きっとあなたのところから個人的に渡ったんじゃない?
加藤:あいつはジャーナリストだから、脳死体に触らなければ書けないというので、どっかの病院に入り込んで触りに行ったんだよね。それでどこかで立ち話しして、こっちも脳死問題をやってるって言ったら、「じゃあ資料よこせ」とか言われて、それで送ったと思うな。
飯田:あれには脳死関係のものも、法律関係のものも使っていた・・・・・
加藤:brain death関係の文献を読んだけど、イギリスの文献で、ひどく大雑把なものがあったね。脳死判定の脳生理学的な精密な研究が、日本では話題の中心になっていたけど、イギリスのbrain deathの論文を読むと、要するに測定方法としては普通の内科的な診断だけで充分だということなんだ。
飯田:パリスなんかの脳幹死のやつ?
加藤:そうそう。brain deathといっても、brain deathに固有なものを脳生理的に測定する方法があるという主張ではなくて、ごく普通の外見からの内科的な診断だけで判断できるという意味でのbrain deathなんだ。だから、brain death問題自体に、レベルの違ういろいろなカテゴリーが入ってきたという感じがした。
飯田:ついでに言うと、竹内一夫さんは、イギリスの概念と僕らの使っている概念とをごっちゃにして、ご自分の中で納得されて済ませちゃった。脳死臨調もその辺の竹内さんの混同をそのまま受け止めている感じがある。
加藤:たしか竹内さんと会って、話し合ったことがあったよね。
飯田:あった。
加藤:だけど、肝心な話になると時間切れになっちゃって。さんざん竹内さんの話を聞かされて、いよいよ本番になるともう時間がありませんっていうことになった。
飯田:竹内先生はごちゃごちゃにしてた。脳神経外科の先生などは、きちんとした脳死概念を持っていたけど、ご自分がいざ脳死臨調に呼ばれたときには、何か知らないけれども、ごちゃごちゃになった概念を、あたかも自分も踏襲しているが如き発言をされていましたね。それはスキャンダルだけれども、脳死臨調の記録を全部読んだらね、そういうところがあった。とにかくその辺に変な話がある*。
*飯田亘之、2003、「脳死とイデオロギー」、千葉大学『生命・環境・科学技術倫理研究VIII』参照。
加藤:お医者さんの話っていうのは、哲学的にはひどいカテゴリーミステイクをしている。本当はそういうときに我々哲学者が乗り込んで、これは混乱していると整理役を買えばいいけど、脳死の時にはそんな役割は回ってこなかった。おそらくこれから先、いろんな生命の問題が起こるときにはカテゴリーミステイクがしょっちゅう発生してくると思う。

――医学研究者との接点
香川:そういう点で、生命倫理は、医学、あるいは医学研究者との関係が問題になると思いますが、最初の頃はどうだったのでしょう?
加藤:千葉大学の医学部の先生は、非常に協力してくれましたよ。
飯田:千葉大学は大変に幸運な船出をした。というのは、普通だったら、医学部に何か書いてくれと言っても、書いてくれないですよ。だけど、千葉大学の総合科目というのは、文学部と教養部の人が企画したけれど、医学部の先生は全部言われた通りに書いてくれた。
加藤:これは東大だったらできなかったことだよね。東大の文学部と教養部の企画で、医学部の先生に「バイオエシックス」を展開するから原稿を書いてくれって言ったら、書くか書かないかだけで数ヶ月もめるよね。(笑)
飯田:書いてくれと言ったら、すぐ。僕らより早くできた。『バイオエシックスの展望』は、見るとわかるけど、僕たち哲学関係者は、ある程度十分な枚数で書いているのに、医学関係者はすべてA4一枚半。僕は原稿用紙12枚と医学部の先生に連絡しておいたんけれど、医学部では200字詰め原稿用紙でのカウントが慣例だったとか・・これが、後日判明した。そこではじめてその少ない枚数のなぞが解けた。医学部教授の方々は、思いのほどが述べられず、さぞかしもどかしく、かつご不満ではなかったかと想像できるんだけど、とにかく、すぐ書いてくれた。
坂井:それはね、その前にそういうシステムを作ってた。教養のカリキュラムも変えていたし、総合科目は必修になってましたから、必ずやらないといけなかった。全学の科目委員会というのがあって、そこで企画を立てて各学部に協力を求めるという体制がある程度定着していた。そこの委員長を医学部の人がやってたんです。
飯田:そう。村山智先生。ともあれ、総合科目「バイオエシックスの展望」は多数の医学部教官の熱心な協力を得て、日本に初めて本格的な姿で生命倫理学として開講された。
加藤:千葉大学の医学部は、そういう点では非常にオープンな体質を持ってた。その後、本間三郎先生などと我々は話し合って、わからないことは手取り足取り教えてもらった。
飯田:加藤さんと僕の二人で、村山先生の研究室を訪ねたような気がする。覚えてない?
加藤:俺は一緒に行かなかったような気がする。(笑)
飯田:あなたと行ったような気がしたけど、まあいいや。二十年三十年も前のことだし。千葉大学の医学部のキャンパスは、バスで行くと三、四十分かかるけど、執筆された先生が全員、授業に出てくれた。だから医学部と僕らが一緒になって授業もできた。それは非常に幸運だったと思います。最初の頃、僕らは医学のことも看護学のこともわからないから、そこは授業で学生相手にやっても信用してもらえない。だけどとにかく医者が来て、自分の体験とかを話してくれて、それをある程度聴いた上で、哲学の人や法学部の人が話をするというので、よかった。
加藤:上智大学なんかでやると、またカトリシズムが発言しないといけないわけでしょ。千葉大学ではそういう制約がなくて、思想的な色分けとしては、まったくフリー。

2 回顧から展望へ
――哲学研究との関連
香川:先ほども少し話題になりましたが、じゃあ、哲学研究と生命倫理学研究の関係はどうだったんでしょうか。
加藤:日本の哲学はどうもいい加減で、僕はヘーゲルをやっていたけれど、何のためにヘーゲルをやるかというと、ほとんどマルクスに対する註を書くため。資本論に対する註を将来書くためにヘーゲルをやっていたんで、ヘーゲル・プロパーに対する関心なんてない。
坂井:僕が学生の頃のヘーゲルやってる連中は、みんなそうだった。
加藤:左翼崩れというか、そういう意識でやってる連中ばかりだった。じゃあ、マルクス主義そのものをどう理解し受け止めるかというと、マルクス形成史の研究という新しいスタイルが開発されていったのに、そもそも社会思想とは何なのかといった正面からのアプローチはなくて、既成の軌道の中でしか動いてなかった。日本の倫理学でも、定着したのはカント主義と和辻哲郎の人間論という感じがしますけど、何か出来合いのものについていく感じですね。そういうものではない、本来なら、輸入されたものを消化するというプロセスの中でも学問そのもののオリジナルな形成はできなければいけないはずだけど、アカデミズムというものは、いい加減なテキスト解釈とか、二次文献解釈とか、要するに西洋文献の間接話法の上に乗っかるばかりで、間接話法を直接話法に転換させる能力をむしろ失ってしまっているという、そういうひどい状態になっている。それをまた輸入した日本の中では、ヴィトゲンシュタインのいう「ざらざらした大地」みたいなものに触れることがほとんど不可能になっている。だから本当の学問をどのように作っていくのかという問題はまたちゃんと考えなければいけない。いわゆる日本のアカデミズムの伝統と言われているものを温存すればいいのかというと、私は必ずしもそうではないと思う。
香川:先ほど先生が言及されていたビーチャムをみても、理論といってもカントとミルが出てくるぐらいで、それでずっと済ましてる感じですね。
加藤:そうですね。
香川:こんなのでいいのかなという…
加藤:彼らの場合はそれなりに既成の論点を集約したり、可能な論点としてこれぐらいしかないだろうと、いろいろな情報の集積の仕方は達者なものがありますよね。ただ、バイオエシックスを作ったアメリカの思想家のほとんどは、実存主義については全然知らないと思う。ハイデッガーなんていったらニヤニヤ笑うだけで「あ〜そんなのもありますね〜」みたいな。
坂井:70年代から80年代くらいのアメリカ・イギリスの倫理学研究では、規範倫理の代表として、カント主義の義務論と功利主義という図式が根強い。その図式だけでは全く不十分だと思いますね。
加藤:だから最近はなぜかやたらハイデッガーにいかれて、ハイデッガーべったりみたいな人が出てきてる。ハイデッガーはドレファスの翻訳で読みました、とかばかりだよ。(笑)ひどいハイデッガー主義者がアメリカには出てきてる。
坂井:ピーター・シンガーの生命倫理の入門書*では、基本的な図式の構え方は変わってきてるでしょ。
* Kuhse, Helga, and Singer, Peter (ed.), 1998, A Companion to Bioethics
加藤:本当のところ、アカデミズムは正しいのかという疑問がある。アカデミズムはクズの文献を温存する悪い効果を持ってる気がする。特にドイツ観念論なんて、アカデミズムという入れ物で守られていなかったら、あんなものは成り立たなかった気がする。もちろんドイツのナショナリズムもあります。ドイツは他のものでは劣っていてもアカデミズムでは断トツに高い位置にあるという虚像を作り上げるためとか、そういう意味もあるけど。例えばデカルトなんてアカデミズムじゃないよね。
坂井:市井の哲学者です。
加藤:ニーチェだってマルクスだってそうでしょう。アカデミズムになった途端に人工的な観念装置が多くなりすぎる。カントだってヘーゲルだって人工的な観念装置以外の何者でもない。カントは、ガチガチのトランプのお城みたいな概念装置を作り上げていくけれども、しかし同時に、リスボンの地震は神の制裁ではないかという問題が出てきたときには、ちゃんと答える。ともかくその当時の科学的な知識と彼の倫理学と彼の宗教哲学を総動員してちゃんと答える仕事もやってる。だから、一方ではすごい人工的な観念装置を作って、カントの自我論なんてあれ全部ウソじゃないかと思うけれど、同時に今でいう応用倫理学みたいな仕事もちゃんとしている。

――生命倫理学の落としどころとアカデミズム
小泉:生命倫理学とその周辺の社会学系や看護学系のものとか、生命倫理学はもうメジャーになったと思いますが、そのことで、ある拘束がかかっているという気がします。生命倫理学はアカデミズム化・図式化していると思うのですが。
加藤:いつか飯田さんもいたと思うけれど、アメリカの女の人が、"Principle oriented attitude"はひどい、何にでもプリンシプルを振りかざして判断の枠組みを作るけど、あんなものでは全然現場ではやっていけないと言って、エンゲルハートみたいな暴力的な人間の言うことを聞いていたら、自分たちは看護をできないという趣旨の説明をしたんだ。そしたらそこにエンゲルハートいた。(笑)アメリカでも、バイオエシックスは一種の食わせ物で、変な判断枠をこねあげて原理みたいなものを作るけど、あんなものじゃ仕事はできないという人もいる。
小泉:現場では使えないという言い方はけっこう前から出てますね。それと、アメリカ型のバイオエシックスだと人種やジェンダーの問題が抜け落ちるとか、ガイドラインや審議会行政に回収されてしまうとか、批判が出されてます。また、臨床倫理化や臨床心理化の動きもますます強まっています。
坂井:応用倫理そのものに幾つもの層があると思う。千葉大学の「バイオエシックスの展望」という総合科目は、市民に対する啓蒙活動として位置づけられているものです。医療専門職に対する倫理教育とは違う。
飯田:僕も、一般学生と医学・看護学・薬学系の学生とでは、多少異なった取り扱いがなされるべきだと思う。生命倫理の中にある、脳死・臓器移植問題、安楽死・生殖補助医療・遺伝子操作等の問題は、みずからの専門を工学あるいは文学とする学生にとっては、一人ひとりの人生のあり方あるいは市民社会の一員としてそれらに関わる問題で、それらを学生あるいは市民としてどのように考えるべきか、どのようにコミットすべきかという問題でしょう。それは、広く社会にあるビッグイシューに対する批判能力、対応能力の養成としての一般教育の課題となるべきものです。一方で、医学・看護学の学生にとっては、生命倫理は、みずからの専門とする医学・看護学の一翼を担うものと考えられる。しかしそこでの学習は、あくまでもテキストを通して医学や看護学を学ぶというレベル以上のものではない。
坂井:僕はエンゲルハートよりビーチャム&チルドレスのアプローチ*を好むけど、これはバイオエシックスとは何ぞやと考える者を養成するために作られた教育課程だと思う。それはそれなりの役割を果たしてる。僕たちがやってきた市民のための一種の啓蒙教育は、ある問題が起きたときの国民的合意や政策ガイドラインを作るのには役立つ。それと現場の医療専門職の人を指導するようなガイドラインとは相当落差がある。そういうことは不思議ではない。むしろ、そういうものに答えるのは、加藤さんや僕とか生命倫理研究の第一世代ではなく、第二世代、第三世代の人たちが展開していくところだろうと思う。
*Beauchamp, Tom L., and Childress, James F., 19791, 19832, 19893, 19944, 20015,Principles of Biomedical Ethics.[第3版邦訳、トム・L・ビーチャム、ジェイムズ・F・チルドレス、永安幸正、立木教夫監訳、1997『生命医学倫理』成文堂]
小泉:いずれにせよ、哲学・倫理学としての生命倫理学、あるいはむしろ生命の倫理をやるという課題があって、そこで迷うところがあるわけですが。
坂井:だから何をやるかなんですよ。漠然と生命倫理というけれど、その対象として教育課程を作るのか、大学院の教育課程を作ろうとするのか、あるいは、現場の医療専門職、医師や看護師の教育課程の一部に組み込むのか。
金森:だから、パラメディカルを養成するということは、哲学や倫理学の文脈で学問的に完成させることとは、そもそも性質が違うと思う。政策決定に対する実質的な介入とかで、ところどころで落としていかないと、概念的にやっても医学の動き方は本当にもっと激しいから、あっという間に医学の現実が先に行き、そっちの方に煽り立てられて、学問的な完成などの暇はない。絶えず落としていかないとそれこそあまり意味がない。
加藤:完成する暇がないのか、それとも、暇があれば完成するのか。(笑)
坂井:それこそ、マスターレベルの教育課程でも作ろうかというときは、みんなで集中して、ビーチャムとチルドレスのようなやり方で何とか成立すると思う。
香川:それなりにね。
坂井:それなりにやらないと。
加藤:暇があれば完成する。だけど、暇がないから完成しない、あるいは永遠に完成しないのか、よくわからないけどね。
金森:200年位前に、医学と哲学の中間みたいなnosographie、疾病分類論のような病気の存在論がありましたね。20年くらい流行ったけど、その後全く無視された。病理の知識が進むと、どんなに20年前に総力結集して最高の知性が作っても全然役に立たない。だからそんなことやっても事実上しょうがない。学問的にバイオエシックスを哲学者や倫理学者がアカデミックに洗練させるというのは、あんまり意味がない。
小泉:ただ、坂井先生の言葉ではマスター・ドクター・コースとしてやる場合に、どういう研究教育プログラムを築いていくか。
坂井:これまでの議論を整理して教科書化して取り込んでいくということは重要な課題だと思いますよ。
飯田:マスター・ドクターといっても、哲学講座の場合もあるし、医学部のドクター・コースではまた違うし。
坂井:それはそんなに違わない。その教育課程と文学部哲学科の教育課程は、相当重なると思いますよ。
飯田:それはそう。それと医学部の純粋に医者向けの生命倫理学とか。
坂井:医者はやんないでしょう。そんな時間ない。
金森:いや、そうも言ってられないみたいですよ。
飯田:やってるよ。千葉大学だってそれがないとドクター出さない。医師として数年の実践を経て、ドクターコースで学ぶ人たちにとって、たとえば生命倫理の課題のひとつにあるエンハンスメントの問題は、その消極的な側面である欠損・欠失を補うたぐいは通常の医療行為に入るとしても、人体能力補填につづく増強、さらには人体改造に結びつくその問題は、専門の医学研究・治療プロセスに直結する高度な見識・判断を要求されるし、その行為は広く文化的な文脈で問い直され、合意を経なければならないものになる。それはみずからのディシプリンだけではなく、法学や哲学などの異なったディシプリンの専門家との議論、さらには社会一般の合意を求めずして、先に進むことのできない文化全般の問題で、人類の運命にかかわるものです。
香川:山梨大学も大学院化したときに、医学系では生命倫理は必修になりました。現場に出てる医師も、忙しいのであまり講義には出てこないけど、とることになってます。
飯田:例えばね、終末期にまつわる安楽死問題も、現代では「鎮静」という、意識レベルを下げる行為によって問題が変容をとげつつある。末期の鎮静対象者の半数以上は法的責任能力喪失状態にあるといわれるけど、その法的責任能力があるかないかの判断も精神医学者の話だと、第一回の面接で5パーセント、第二回の面接で50パーセント程度の確証しか得られない。仮に法的責任能力があるとしても、危機的な状態にある患者が、本人みずからのあり方について発するその言動も本人自身にとってどれほど確かなものであるのかということについても現在、議論されている。法的な制約下にある安楽死問題、それと類似の鎮静、そうした実際的な医療の場でも、法学や哲学の専門家と医学者がそれぞれの学問を背景にした議論を重ねそこでの問題解決に取り組むことが現実に必要になっている。問題は、市民としての知識提供、あるいは医学・看護学生に対する基礎教育の提供といったレベルをはるかに超えています。さまざまなディシプリンを身に帯びた研究者のあいだの議論、さらには文明論一般へと展開する課題が日常的な一般的医療の場面に出てきている、と僕は思っている。
加藤:カント主義者は完成された倫理学がどっかにあるはずだと考え、でも他方で、事実上完成できないから、その都度その都度、アドホックな仮説みたいなものが必要だと考えるけど、本当はどっちなのかというのは非常に難しい問題で、おそらく自転車操業に耐えていくような次世代を次から次に作っていかなければいけないと思う。例えば、細胞を生きたかたちで培養・変形・移植する医学が定着すると殺菌や滅菌ができない。生きたまま使うしかない。もちろん無菌状態でずっと培養する方法を確立するにしても、安全対策として一番重要視されるのは情報のトレーサビリティになる。何年前にどのDNAからどういう部分を取って、どういう組み合わせをして、どういうことをやったのか、という情報のトレーサビリティを確保しておくことが一番の安全策になる。パスツールやコッホが確立した病原体説から消毒・殺菌という安全策ができたけど、それを採れない技術領域が生命の領域で広がってきたとき、安全策が情報のトレーサビリティだとすると、今度はトレーサビリティとプライバシーという問題が出てくる。そのように新しい問題が出てくる出方というのは、例えばビーチャムやチルドレスなんかのプリンシプルを知っていれば、処理できる問題なのかな?
小泉:そこなんですよ。
坂井:僕はクーン流の立場を取るけど、教育では、あるパラダイムをきちんと身に付けるのは基本ですよ。それがあるから、新しい問題が何かもわかってくる。

――科学技術と生命倫理的言説
金森:微妙に論点がずれますが、ビーチャム&チルドレスの原則はなかなかいいこと言ってるけど、バイオエシックスがとにかくアカデミズム的に洗練されるときに、何となくの印象ですが、例えば臓器の売買はよくないという基本的な前提でみんなが議論して、ずっとそれが続くと、新参者がアカデミズムで生き延びていくためには、それにちょっとケチをつけるというか、それをちょっと批判して、臓器みたいに大事なものをただで人にあげなくてはいけないんですか、みたいなことを言う人たちがまさにその領域から出てくる。つまり先行する研究者に対する差異化を自分に与えることによって、変なことを言い出す。臓器売って別にいいじゃないですか、みたいに。そういうのが、ぽろぽろと起きつつあるような気がする。
小泉:たぶんそれは私のことです。(笑)
坂井:そこのところは、イエスとノーが共に可能な理論的な研究とノーにはノーと言わざるをえない倫理学な研究とでは、全然異質なものがあるということをちゃんと研究する前に理解しとかないと困るんだよ。
金森:それこそES細胞だとか政策のことに絡んでますが、例えば法学者の町野朔の話を聞いていると、今までの生命倫理は先端医療研究・カッティングエッジの研究に対して、これはよくないとばかり言い過ぎてきたが、生命倫理学の社会的機能はそれだけではないだろう、御破産にしましょう、みたいなことを言い出してる。町野さんの話を審議会でじっと聞いていると、とにかく国益のため、患者のため、とにかくこう進めましょう、みたいな形でやってる。何となくそういう感じがする。先端医療のもたらす倫理的・社会的な問題に対して、より根源的なヒューマンネイチャーがあったとして、それで制約を加えるというのが、素人がもつバイオエシックス観だといっていいと思いますが、そうではなくて、先端医療のもたらす問題をより社会的に円滑に進ませるという、そういう機能にだんだんなりつつある。そうすると、それがもしも大学の倫理学の研究でなされるようになると、ちょっと変なことになる。先端医療によってヒューマンネイチャーがどんどん変わっていくということをまさに大学の倫理学でやるってことになると、いろんな意味でちょっとマズイという気がしてくるけど、どうですかその辺は?
坂井:僕はそこであまりまずいとは思わない。つまり倫理学としての根本原則みたいな…
加藤:町野さんの場合には、刑法の謙抑性っていうコンセプトがある。刑法は倫理よりも狭い範囲を規制しないと駄目。倫理学的に悪であっても刑事的には許容される例は必ず存在しており、刑法が倫理学を完全にカバーすればそれは完全な警察国家にしかならない。だから刑法はそもそも悪の中のある特定の部分を扱う。刑法の謙抑性の細かいところでは、可罰的違法性の概念になる。だから、違法であっても、可罰的かどうかを問題にしなければいけない。町野さんを私が厚生省に引っ張り込んだのは、彼が可罰的違法性についてよく知ってたからです。そもそも刑法は倫理より狭い範囲をカバーすべきである。とすると、残りの部分は何によってカバーするのか、どう判断枠を組み立てたらいいのかという問題が残る。そういう意味では、むしろ刑法学者は倫理と刑法の認識のズレを意識して発言している。それがそのまま倫理になるという発言ではない。
金森:なるほど。
坂井:倫理学の中でも、人格の尊厳や人間の尊厳という概念はよく使われるし、歴史的に形成された経緯もある。それは簡単にいえば人間を奴隷扱いしてはいけないという話です。それを拡張して、人類という種に対する罪でしたか、フランスの生命倫理政策は刑法を変えましたね。
加藤:人間の尊厳アプローチについては、最近のフランス人の話を聞いていると、人間の尊厳を守るのがすべての法の原点であるというドイツの基本法に近づいて、だいぶドイツづいたって感じがするね。
坂井:それは拡張解釈だし、それについてこそむしろ国民的合意って果たしてあるのかどうかと思う。
加藤:でも、クローン人間とかエンハンスメントとか、いわゆる英米流の他者危害原則ではカバーできない技術開発領域がもうドバーッと出てきた。生殖補助医療も全部そうだよね。全部自己決定に委ねるのかというと、う〜ん…。
坂井:だからそこに倫理学の問題がある。
加藤:ドイツ・フランスは、人間の尊厳に反するということで、全部規制可能であると、一網打尽に網を打ってしまう。すると今度は網が広すぎて、許容領域がなくなる。我々は今、ドイツ・フランスの生命倫理という領域を開発しているけど、あれは上手くいくのかな。
坂井:実態は、あれ蛻(もぬけ)の殻ですよ。
小泉:何とか抜け道を作ろうとして、基本法の一条と二条は違うとか議論してます。ともかく、人間の尊厳は、胚細胞やES細胞を念頭においていますが、かつての生命倫理学誕生の時と、問題が違ってきている。その違いは何かということが大きな問題になる。そして、初めに先生方がおっしゃっていた遺伝子操作もリアルなものになってきましたし、何か違う話になりつつある。
飯田;そうですね。
坂井:人間の尊厳は、倫理学者が増幅した概念ですよ。だから、それがかつてどう適用されてきたのかということを無視して、新しい問題に古いものを持ってくるのも間違いだし、一方で、全部、自己決定権、他者危害原則で議論するのも間違いです。そこにやはり倫理学的な課題はある。
加藤:でも、何か既成の倫理学の中に似たようなもの探しても見つからないような気がする。
坂井・飯田:そうそう。
加藤:例えばハンス・ヨナスが、"Against the stream"で遺伝子操作に反対したとき、彼の遺伝子工学のイメージは、一部の遺伝子工学者が人間のDNAを改善するつもりでいじくって、それが全人類に影響を及ぼすというイメージだった。ところが実際には、遺伝子操作は、特定の遺伝子疾患のあるタイプにしか適応できない。もちろん生殖細胞をいじっちゃいけないという原則があるせいでもあるけど、とにかく全人類の遺伝子がこれでもって全面的に変わっていくというイメージは全く成り立たない。やろうと思ってもできるかどうかわからない。そういう点からすると、遺伝子操作についての最初の心配は、ありえないことに対する心配だったという気がする。ところが、アシロマ会議の時に問題になったのは、遺伝子操作された植物や何かが生態系を荒らしまわるのではないかということだったけど、今の遺伝子操作された大豆の問題はかなりそれに近い。改良されたものと改良されてないものの間に20mの緩衝地帯を設ければ花粉が飛ばないなんて嘘をついてやっている。何か倫理問題というとき、倫理問題が想定している状況が、当たっている場合と当たっていない場合があって、今までの例では、むしろ当てが外れた、当て外れ変化が非常に多いと思う。
香川:それほど大したことでもないことに関して、心配しすぎてワーワー言ったと?
加藤:うん。
坂井:今のクローンの話なんかもほとんど…
香川:結果的にはよほどひどくならなかったから、それはそれでよかったということですか?
坂井:いや、そうではなくて。ドイツ・フランスだと規制を強くしすぎてる。日本も同じようなものですが、実験レベルでは相当に自由にやれる体制を作っている。
加藤:ただ人間の胚をいじること自体が人間の尊厳に反するというコンセプトがどっかにあるわけでしょ?
飯田:ある。ドイツにはある。その人間の尊厳っていう概念の使用法がね、インフレーションだと言われるかもしれないけど、人間の元になるような、ある種の細胞の塊に対して特別な意味を置いて、それをいじることそのものが、別な意味での人間の大事なものを損なうのだということです。そこでたまたま尊厳という概念を使うけれど、別の尊厳、というより、ちょっと別のことを意味していて、しかもそこにはそう簡単には取り去ることのできない大きな問題がある。そういう形で今ピリピリとやってるんじゃないかな。僕らが尊厳などと言うときも大体そういうことに近くないかなと思う。従来の尊厳概念とは別の意味を持たせている。
坂井:もともと人間の尊厳というのは、物と人格を区別して、人格には値段がつかない、売り買いできない、相対的なプライスがつかない、売り買いしてはいけない・できないという話です。今、人クローンなどで問題になっているのは、売り買いの話ではないですね。そこだけでも伝統的な尊厳概念とはずれる。
金森:いや、売り買いの話も含んでるのでは?こないだ韓国で、規制が緩いので、女の子の卵子たくさん集めた。女の人にホルモン剤打って卵子吸い出す。痛いはずです。一応無償ということになってるし、インターネットで公募したらワーッと群がってきたことになってるけど、これ金払うとしたらどうなるのか。医学部の若い女の子に4単位やるから卵子くれってみたいな、まあ冗談ですけどね。(笑)そうなるとどうするのかということになる。
坂井:それは卵細胞の採取に関わるから、インフォームド・コンセントの問題でしょう。
金森:インフォームド・コンセントがあろうがなかろうがということになりかねない。何かカリスマの医者らしいんですよ、その韓国のお医者さんね。あの人の研究を進めるためにならということにもなりかねない。ちょっと心配なのは中国とか、こう言ったら何ですが、おおまかな傾向として個人の命というものを極めては重要視しないというか、尊厳に対する尊敬が比較的低いというか、どちらかというと、そういう文明の中ではね。実は僕は、アジア人の前でそれこそ粟屋さん的な発言をした。生殖系列の遺伝子改良も止められないみたいな、そんな理屈をこねたらどんな反応があったかというと、中国人がバーッとやってきて、あなたの話はとても面白かった、と。僕は結構複雑な議論をしているつもりで、アメリカでこんなこと言っていてそれに反論するのは難しいという受け身の議論をつくりたいんですが、中国の若い医者に面白い面白いって言われると、かえって「え、これでいいのかな」というのがある。
飯田:なるほど。
金森:制度化されると、そこにたくさんの人間が関わって、意見の戦場になる。比較的伝統的な訓練と、比較的伝統的な価値判断の中で育ってきた学者数人が活躍している限りにおいては、それほど問題がないし、ビーチャム&チルドレスの4原則もね、やっぱり基本的にはいいこと言ってる。ところが、そこを基盤に先行研究が作られてしまうと、どうしても若い大学院生や若い研究者はちょっと違うこと言わなくてはいけない。そのちょっと違うっていうのが科学みたいに、特殊な新しい現象を見つけるだけならいいんだけど、倫理学だと、思考実験とか無理な条件を付けることによって、我々普通の人間がみればギョッとするようなことをあえて言ってみるということが、だんだん起き始めているという印象がある。
加藤:あえて言ってみることによって、結局、伝統的な原則をもっときめ細かくできるという方法が開発される。
金森:それならいいんですけど。
加藤:反面教師的なね。でも必ずしも世の中そうはいかない。今度『生命倫理サーベイ論集』というのを作っていて、その中では人体組織の売買について英語関係の論文とフランス語関係の文献をやってる。『バイオエシックスの展望』のときは、単発に論文を紹介する形だったけど、今はむしろサーベイという形でやってる。人体売買についてはどういった論点がありうるのか。一番簡単なのは、市場経済化して市場に調整機能を委ねたほうが、個別的な倫理的判断基準に委ねるより、はるかに合理的で効率的な管理方式が可能になるから、むしろ金銭化したほうがいいという金銭化効率論。それに対して、ドイツのEmbryonenschutz(胚保護)法にあるような考え方では、もちろん操作することはいけないし、売買することも実験することもいけないという基準がある。それに対して、人工妊娠中絶問題での人間の尊厳は、個体としての人間が存在して初めて成り立つ概念であって、受精卵にまで尊厳があるという考え方は採用できないという尊厳の適用範囲の議論もある。臓器売買や身体売買についても、可能なアーギュメンテーションの型は決まってくる。今は非常にたくさんの論文が出てきているから、可能なアーギュメンテーション(立論)の型を発見するということと、それについて最も優れた原型的な表現を与えた文献を指摘するということを中心としたサーベイの形をもっと発達させないとうまくいかないと思う。あらゆる問題についてどのような論点が可能なのかということをきちんと整理していくサーベイ型を開発して確立していく方向にもっていきたい。
飯田:変な海賊的な発想は消えてね。
加藤:そうすれば突発的に変なこと言ってる人がいても、あれはもう誰かが言ってることだから引き込まれるなって、あまりヤクザな点数稼ぎはできなくなる。
金森:思考可能性の領域を一応広げておくと、何か変なのがポッと妙なことを言おうとしてもなかなか難しくなるからね。なるほど、おっしゃるとおりですね。
加藤:大体意見が出れば、反論の定石もわかる。今相当の文献がインターネットで検索可能だから、千葉大学の『展望』の時代はもはや過ぎ去って、サーベイの時代が来た。

――政府委員会
香川:行政との関係でさきほども質問が出てましたが、特に加藤先生はずいぶん以前から旧厚生省の関係ですか、政府の委員会の委員をされてきましたが。
加藤:クローン問題で「日本のクローン法は欠陥商品である」って書いたら、今はすっかり干されて、あらゆるガイドラインから外されているような感じがするけど。(笑)
香川:厚生労働省にはどういう形で関与されることになったのですか?
加藤:最初にバイオエシックスを始めたときには、日本でも独自の技術開発がなされたときに日本人自身が輸入品のガイドラインを使うというのはおかしいではないか、だから日本人自身がガイドライン作りを自分でやれるのでなければ生命領域の技術開発はできないと、そういうことを言っていた。それがどういう形になるかってことは全然検討もつかなかったけど、アメリカでは、脳死問題については哲学系の人たちがずいぶん入り込んで判断枠を作っていった。そういう形が必要ではないかと思ったけど、日本ではそういうことは不可能だと思ってもいた。でも、なんとなく段々に哲学者が参加するようになっていったんですよね。最初の参加の仕方はよく覚えてないけど、クローン問題の委員会では、農水省・文部省・科技庁、それといろいろなところでバラバラにクローン人間問題のガイドラインが出来て、結局法案を作るっていう段階になって、要するに「クローン人間は個人の尊厳を侵害するからという理由で禁止する」というのは原理的に間違っているという意見を述べた。ただし、安全性が確立されていないからという理由で禁止するというのならば賛成だという議論を述べたんですよね。ところが、議論の仕方を見ていると、間違っていようとどうだろうと、とにかく尊厳に反すると言わなければ、もう引っ込みがつかないし、収まりがつかないんだからそれでいいじゃないのというひどく俗悪な政治論が支配していって、それでカトリックの先生方はみんなそれに乗っかったという感じがする。だから、そういう意味では、こんな議論の仕方で大丈夫なのかという不安はずっと残るし、今度のES細胞なんかでもどういう基準をみんなが主張しているのか、基準そのものの主張の論拠をみんな明らかにするような形で、外側からでもね、委員会の中に入らなくても、外側からでも、しっかりとしたものを作っておくと将来役に立つと思いますよ。
香川:法学者と哲学・倫理学者には、違いみたいなものがずいぶんあるように思うんですが。
加藤:そうですね。生殖補助医療の委員会は、全部で5年ぐらいやってたのかな、町野さんなんかにも入ってもらった。さっき言ったように、もし法律を作るなら、可罰的違法性の概念が必要になると思ったから。例えば、クローン人間だけじゃなく、他人の卵子で産んではいけないのに産んだ人、産ませる人がいた場合に、誰が可罰的違法性というコンセプトの適応対象になるかというのは非常に難しい問題で、その依頼した患者さんを処罰するわけにはいかないにしても、お医者さんを処罰するというのは全然根拠がない。お医者さんを処罰対象にして、依頼者を処罰対象にしないのはなぜかって聞かれると、訳がわかんないことになる。そんないい加減な議論して法律を作るのはおかしいから、町野さんを呼んだけど、結局とても法律ができるところまでいかないうちにおしまいになったって感じだよね。そういう意味では、法律概念をどう評価するかという法律概念に対する判断力をもった哲学者がいないと駄目じゃないですか。
金森:難しいよね。極めて難しい。(笑)
坂井:そういう必要性はある。
加藤:実際、厚生労働省の生殖補助医療の研究会に参加して驚いたのは、民法の先生は刑法のことは全く知らなくても教授になれるのね。これは驚いた。ともかく生殖補助医療については、大体、刑法タイプの法律を作るという、そういうつもりで委員会ができているんだろうし、そして刑法学者として町野さんと金城清子さんが入ってきたけれど、金城さんはしょっちゅうアメリカばっかし行って肝心なときには全然出てこないし、町野さんもいろんな委員会に出て肝心なときにはちっとも出てこないという感じで、都立大の石井美智子さん、石井さんなんかががんばっちゃって、今度辞めるそうだけれど、看護学の石井トクは途中から第2次委員会から出てこなくて、石井美智子さんがずっと中心になっていた。
金森:本当にそうなんだよ。原発委員会とかでも、毒にも薬にもならないような文化人をたくさん呼ぶ。ただ座らせといて冗談みたいなこと言わせといてなんとなく流す。
加藤:アメリカは脳死委員会のとき、いろいろ人を集めて大雑把な議論をするとひどいことになるので、枠組みを作って、この領域はこの議論だけをするという方式をとった。日本の委員会審議は全部闇鍋方式で、不妊の子供を抱える会のお母さんと刑法学者と憲法学者と一緒になって議論する。不妊の子供をかかえるお母さんは、とにかく遺伝子的なつながりのある子供を作れるように法律を作って下さいと、それしか言わない。そういう人は参考人として呼べばいいわけじゃない。それから小児精神病理学者っていう人が現れて、親が子どもについた嘘はあらゆる極端な精神病の原因になるって言う。だから出生を明らかにしない精子の提供は全部精神病の原因だから禁止しろって言う。初めから終わりまでそれしか言わない。そういう人も参考人として呼んで、小児精神病の原因としてどんなのがあるかとかね。やっぱり婚姻関係の虚偽というのは、確かにいろいろな意味で精神病の原因になってるんですよ。どういう嘘が危険になるかということはちゃんと調べる必要があるけど。小児科の先生は、生殖補助医療に対する根源的な反感を持っている。産婦人科が勝手に子供を作るから全部その尻拭いは小児科に来ると思っている。産婦人科ばかり脚光をあびて予算も取れるのに、小児科は全然脚光を浴びていないから小児科は被害者だ、産婦人科を処罰せよ、という意見しか持っていないんだよ。そういうのが集まって合意形成ができるかって。(笑)
金森:患者グループの主張とか、圧力団体そのものが悪くはないけど、圧力団体が主張するとき、何らかの意味での公共性を持たせて言わないと。要するに自分のことしか言わない。みんなが自分のことだけ言うようになったら、最終的にマジョリティーの自分のことが通ってしまうわけだから、マイノリティーの人が自分のことばっかり言うのは実は駄目なんだよね。
加藤:以前はね、そういう委員会で、適当にあっち揺さぶりこっち揺さぶりしながら、大体この辺でもってまとめたらいいんじゃないんですかっていうのを、偉いおじいちゃんの委員長か何かが、委員長見解でまとめて出すと、それが法案のたたき台になるという状況だったと思う。そういうこともあったと思うよ。ところが最近は全然そういう方式が利かない。道路公団にしても何にしても、全部、闇鍋方式は破綻してるのに、日本のお役所は相変わらず闇鍋方式で法案の下地を作る。それで国会に行くと、めちゃくちゃな政治的アピール狙いの修正が入って、めちゃくちゃな法律ができて、作ったけど何の役に立つかわかんないものになる。日本にもクローン規制法がありますからという、そういう錦の御旗だけ残って実効性は何もない。だから哲学者は法案作成に参加できるようになったけれども、それは日本型闇鍋方式委員会の中に参加できるようになったのであって、それはかえって良かったのか悪かったのかわかんない。
小泉:哲学者しか公共性を発揮しなかったわけですね。(笑)
加藤:でも、民法はどの程度の規制枠が可能で、刑法はこんな枠組みを持っているという、刑法・民法に対する判断枠を持っているのは倫理学者じゃないのかなぁ。法哲学者は民法と刑法の体質のちがいをわかってないと駄目だよね。日本では、法案作成能力を国会が持っていなくて、行政が法案作成能力を発揮してきた。行政の法案作成能力が闇鍋方式委員会で、いろいろなところで行き詰ってる状況なんじゃないか。民主主義国家なのに自前で法案を作る能力のない国家だから、やっぱり出来合いの法律をどっかから借りてきて輸入するのがよいという法案輸入業というのが必要になるんじゃないか。
金森:その辺は、やはりアメリカに見習うところはあるなと思っている。日本だと政治家同士の反対意見は戯画みたいな話になっているけど、アメリカの場合には法律を作るときに、政治家同士の反対意見がちゃんと両方とも理屈にあっていることを言ってる。理屈に合ったことを言ってしのぎを削っているという感じがする。
加藤:政治家がアメリカの場合は、ほとんど法律学者ですよね。弁護士資格を持っている。弁論の訓練も受けている。それにバイオエシックスみたいな論点の整理の仕方は、かなり基礎教育レベルである程度みんな理解してる。ところが、日本の闇鍋方式では、他者危害原則なんてのはいくら説明しても絶対にわからない。小児精神科の先生と産婦人科学会の先生に言っても全然わからないんですよ。法案作成の基礎的なコンセプトの共通了解事項というのは全くない。だから前途遼遠。

――おわりに
香川:だいぶ予定の時間を超過していますが、飯田先生、何か言い残されたことはございませんか。
飯田:僕らがやっていた今から20年位前は、いわゆる人格論とか自己決定論とかで一応生命倫理問題はカバーされていたかもしれない。でも、現代の胚研究の問題などは別の新しい考え方でやらないと対処できない。それはもう了解事項だと思う。看護倫理などが新たに問題になってきているようですがそれは、古典的な昔流の枠組みでいいと思う。ただ、従来の枠組みが通用するものでも、やはり対象に即した理論構築がそれぞれの領域でなされるべきだと私は考えていて、医者向けのメディカルエシックスの場合と、看護者に対するエシックスの構築の仕方は別ではなかろうかと思う。医者は、いわゆる検査データ、バイオメディカルデータで病気を捉えた上で、患者に治療選択などに関して「あなたはどうするか」、とコンセントを求める。ところが、同じ同意を問題にするにしても、看護の場合には、ポイントの置き所が少し違ってくるのではないだろうか。看護でも同じように、インフォームドコンセントをすべきだと盛んに言っているようだけれど、一番大事なコンセントのとり所は別のところにあるかもしれない。看護にとって大事なデータは、バイオメディカルデータみたいにうまくとれないのではないか。看護でも、看護診断ということが語られるけれど、医者の診断と看護のナーシングダイアグノーシスでは少々事情が違っている。看護の場合は、病気に対する患者の反応をどう診断するかが問題で、それに関してバイオメディカルデータは、決定的な役割を果たしてくれない。つまり、看護の場合、自分たちのとるデータにどの程度信頼が置けるか、そこが問題です。そのことに関心というか懐疑というかそういったことをあまり持たずに、あたかも自分たちの捉え方で十分捕らえられる、大丈夫だと思っているのか、その辺を重大視せずに、患者に看護行為を施すときだけ、医者の場合と同じように一生懸命イエス・ノー、イエス・ノーを問いただしているように見える。アメリカでは、反省がされているようで、自分たちは、こういう風にあなたのデータを取っているが、本当にこれがあなた自身の現実の問題なのかといつもそのつど確認を取るんですね。看護の場合、健康問題に対する反応とそのケアが大事なことなんだけど、心理的なことなどを多分に含むその反応はなかなか捕らえにくい。それが、いわゆるバイオメディカルデータによる対象の把握と違うところで、看護の場合、看護過程の最初のところに最も重要なことがあるように思われます。こんなわけで、医療の倫理といっても、それぞれの領域に即した問題の捉え方が必要なんじゃないか。同じ伝統的な医療の場面でも、看護と医学の場合は、ポイントが別なところにあるかもしれない。胚やエンハンスメントの新しい問題は今までと違った対応をしなければいけないのは当然のことなんだけれど、伝統的なところでもそれぞれ違うものが出てきているんじゃないか、それを一緒くたにしないで丁寧に区分けしていくのが重要かと思っています。
香川:坂井先生は、いかがですか?
坂井:最近、北大大学院の医療人類学、文化人類学の学生のドクター論文の一歩手前くらいの論文に付き合わされてる。それは臓器移植の臓器提供者の家族を探し出して何件かインタビューを取った話です。その話を聞いて、やはり僕は基本的には自由主義の原則に立ってこういう医療問題を考えるべきだと思っていたけれど、そういうところを見ていくと、問題を解決する原則や枠組みとしては、まったく足りなかった。やはり共同体主義、家族中心の共同体主義の議論を持ち込まないといけない。現実に日本で臓器提供者が非常に少ないという現実を踏まえれば、もうすこし違ったアプローチをここに加える必要があるだろうと思う。それから、これも逆の意味だけど、クローン反対の論拠として、この前、日本にやってきたストラスブール大のコランジュって言う人、フランスの国家生命倫理諮問委員会の委員も務めている人は、子供は両親を持つ権利があるって書いてる。
小泉:複数形ですね、しかも。
坂井:こういう権利概念はおそらく聞いたことがない。
加藤:権利の概念や約束の概念は、いわば応用倫理学という形で、出たとこ勝負で、いろいろ原則やガイドラインを立てていくと、クラシックな定義とは違う部分がたくさん出てくるんだよね。僕ね、この3人で応用倫理学を開発してやってきたけど、一番教訓として残すべきことは、アカデミズムで作られた学問の枠組みをそのまま使うか使わないかという判断を、アカデミシャンそれ自身がしなければならなくなったという、そのことですね。ヘーゲル学をやってればいいとか、カント学をやってればいいとか、そういうことについて、これではおかしいのではないかという判断、アカデミズムの枠組みそのものを、ある意味ぶち壊すような判断が必要になってきているということ、それが大きな意味じゃないかな。
飯田:加藤さんが具体的に言いたいのは、多分ね、例えば、二つの義務、完全義務と不完全義務の区別を取り払う方向で考えているっていうことでしょう。
加藤:完全義務とか不完全義務というのは、今まで倫理学では主流になってない。だけどよく調べてみると、ずっとキケロを中心として議論は綿々と連続していたはずです。そういう伏流水みたいな論点を再開発すること、それはかなりアカデミックな仕事ですね。大体一番いけないのは哲学史というやつで、そういう伏流水みたいな問題意識を全部抹殺して、カントからヘーゲルまで必然的に論理が発展したみたいな嘘を作る。ヘーゲルの必然的発展という論理で組み立てられた哲学史ほどひどいものはないと思う。哲学史という概念の弊害を脱却することがどうしても必要じゃないかな。
坂井:哲学史研究や倫理学史研究の中で出来上がってきた概念は、応用倫理の問題を解決するときにどのくらい役に立つのかというと、あまり役に立たない。そういう現実の問題を踏まえた上で、基本的な概念そのものを作り直す必要がある。つまり、応用倫理はただ何らかの規範的原則を応用する学問ではなくて、むしろ現実的諸問題を通して規範的原則を再構築する試みであるということですよね。
加藤:既製品で出来た概念史は実は使いものにならない。既製品ではない概念史を再構築する必要はいつも出てくると思う。それで私は最近「有機体の概念史」っていう論文を書きました。既製品はね、嘘が多い。特に哲学史関係は嘘が多い。
飯田:胚の研究や操作は、今までの自己決定論とかそういうものではうまく処理できないということで、やはり今までの考え方をもう一度問い直してみることになった。環境倫理も今までの完全義務と不完全義務ではうまくいかない。同じように、案外僕らの日常の生活の中でも、そういうことが起きているんじゃないかな。介護の問題もよく考えると、いろいろな社会の変化によって今まで不完全義務だったことをそうではないものとして法制度化している。文化人類学者の話だと、アフリカだか南米で50人くらいの人が共同生活をしていて、そこでは、僕らにとっての不完全義務なんてある意味完全義務らしい。もちろん法律はないけれど、それを守らなかったら制裁がくる。生存の条件が適応というか在りようを教えているのかもしれない。介護保険も環境倫理と同じように、人間や社会のおかれた厳しい状況に迫られて新たに生み出されたものではないだろうか。それは、われわれの考え方、社会制度そのものを変えていくように迫っている。そういう風に状況の変化の中で、根本的な反省を迫るものがバイオエシックスの中にも出てきていると思う。応用倫理は単に応用ではすまない。新しい状況で昔の概念をモデイファイして使うなりあるいはそれを捨てるなりなんとかしなければやっていけないような状況に迫られている。本来的な反省がここにある。応用倫理は引け目を感じることなど何もないと思っています。それは、社会制度とも深く結びつくものじゃないかな。知らぬうちにもうすでに社会は動いているかもしれない。知らないのは哲学者だけなのかもしれない。僕はそんな気がする。
小泉:そうですね。本当に今日はありがとうございました。



千葉大学総合科目バイオエシックスの展望関係参考資料
(以下に飯田亘之先生に提供していただいた資料を中心に、関係資料を参考に掲げる)


資料1 千葉大学生命倫理学・応用倫理学関係資料集一覧

発行年 資料集名 編集者 ページ数
1986年 バイオエシックスの展望 飯田亘之・加藤尚武・土屋俊 244
1987年 バイオエシックス最新資料集 加藤尚武・飯田亘之 216
1988年 バイオエシックス最資料集(続編) 加藤尚武・飯田亘之 197
1990年 生命と環境の倫理研究資料 加藤尚武・飯田亘之 228
1993年 応用倫理学研究I 加藤尚武・飯田亘之 215
1993年 応用倫理学研究II 加藤尚武・飯田亘之 200
1994年 プラクティカルエシックス研究 千葉学教養部倫理学教室(代表飯田亘之) 292
1995 生命・環境・科学術倫理研究資料I 藤村眞示・嶋津格・高橋久一郎・忽那敬三・飯田亘之 150
1995年 生命・環境・科学術倫理研究資料II 藤村眞示・嶋津格・高橋久一郎・忽那敬三・飯田亘之 230
1996年 生命・環境・科学技術倫理研究資料集 続編 「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会(藤村眞示・武田敏夫・土屋俊・嶋津格・多賀谷一照・藤井良治・落合武徳・高橋久一郎・忽那敬三・飯田亘之) 265
1997 生命・環境・科学技術倫理研究I 「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会(藤村眞示・土屋俊・嶋津格・高橋久一郎・飯田亘之) 165
1997年 生命・環境・科学技術倫理研究II 「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会(藤村眞示・土屋俊・嶋津格・高橋久一郎・飯田亘之) 225
1998年 生命・環境・科学技術倫理研究III 「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会(藤村眞示・土屋俊・嶋津格・高橋久一郎・飯田亘之) 302
1999年 生命・環境・科学技術倫理研究IV 「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会(藤村眞示・土屋俊・嶋津格・高橋久一郎・飯田亘之) 298
2000年 生命・環境・科学技術倫理研究V 「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会(土屋俊・嶋津格・高橋久一郎・飯田亘之) 289
2001年 生命・環境・科学技術倫理研究VI 「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会(土屋俊・嶋津格・高橋久一郎・飯田亘之) 184
2001年 生命・環境・科学技術倫理研究VI 「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会(土屋俊・嶋津格・高橋久一郎・飯田亘之) 184
2001年 生命・環境・科学技術倫理研究VI-2 「科学技術の発達と現代社会II」企画運営委員会(土屋俊・嶋津格・高橋久一郎・飯田亘之) 176
2002年 生命・環境・科学技術倫理研究VII-1 「先端技術と倫理」企画運営委員会(野崎亜紀子・嶋津格・土屋俊・高橋久一郎・飯田亘之) 166
2002年 生命・環境・科学技術倫理研究VII-2 「先端技術と倫理」企画運営委員会(野崎亜紀子・嶋津格・土屋俊・高橋久一郎・飯田亘之) 148
2003年 生命・環境・科学技術倫理研究VIII 「先端技術と倫理」企画運営委員会(野崎亜紀子・忽那敬三・嶋津格・土屋俊・高橋久一郎・飯田亘之) 270
2003年 独仏生倫理研究資料(上) 平成14年度科学研究費補助金・基盤研究(B)研究グループ 258
2003年 独仏生倫理研塵資料集(下) 平成14年度科学研究費補助金・基盤研究(B)研究グループ 234
2004年 続独仏生倫理研究資料集(上、下) 平成15年度科学研究費補助金・基盤研究(B)研究グループ
1994年 科学技術の発達と現代社会II(副教材) 藤村眞示・飯田亘之







資料2 千葉大学生命倫理学・応用倫理学関係・研究助成金一覧 *は間接的援助

1985年 文部省大学教育方法等改善経費(代表者:千葉大学教養部総合科目運営委員会委員長?)(100万)
1986年 千葉大学学長教育研究特別経費(代表者:飯田)(340万)
1986年 生命科学振興会(代表者:加藤尚武)(50万)
1986年 木原記念横浜生命科学振興財団(代表者:飯田)(20万)
1987年 千葉大学学長教育研究特別経費(代表者:飯田)(200万)
1987-
1988年
文部省科学研究費補助金[一般研究(C)]「生命倫理のカテゴリーに関する哲学的分析と社会的文化的背景に関する総合的研究」(代表者:飯田)(160万)
1989年 千葉大学学長教育研究特別経費(代表者:飯田)
1992年 千葉大学学長教育研究特別経費(代表者:飯田)
1992年 文部省科学研究費補助金[一般研究(C)]「権利の概念に基づく応用倫理学の諸問題の組織的研究」(代表者:飯田)
1992年 文部省科学研究費補助金[一般研究(C)]「権利の概念に基づく応用倫理学の諸問題の組織的研究」(代表者:飯田)
1993年 千葉大学学長教育研究特別経費(代表者:飯田)
1994年 千葉大学学長教育研究特別経費(代表者:飯田)(申請額90万交付額不明)
1994年 文部省大学教育方法等改善経費(代表者:千葉大学総合科目運営委員会委員長:藤村眞示)
1994-
1995年
文部省科学研究費補助金[一般研究(B)]「生命倫理、環境倫理、情報倫理等の諸課題の分析に基づく実用倫理学の体系化の試み」(代表者:飯田)
1995年  千葉大学学長教育研究特別経費(代表者:飯田)
1996年  千葉大学学長教育研究特別経費(代表者:飯田)
1996年 五峯ライフサイエンス国際基金「積極的安楽死の倫理的法的問題」(代表者:飯田)
1996-
1999年
文部省科学研究費補助金[基盤研究(B)(2)]「境界問題の根一分別体制の制作論的研究一」(代表者:藤本隆志)*
1997年 千葉大学学長教育研究特別経費(代表者:飯田)
1997年 五峯ライフサイエンス国際基金「遺伝子治療、遺伝子診断の倫理的問題の研究」(代表者:飯田)
1998年 千葉大学学長教育研究特別経費(代表者:藤村眞示)
1998-
2002年
日本学術振興会「未来開発学術研究推進事業」「情報倫理の構築」プロジェクト(千葉大学拠点代表者:土屋俊)*
2002-
2003年
文部省科学研究費補助金[基盤研究(B)(2)]「独仏を中心としたヨーロッパ生命倫理の全体像の解明とその批判的考察」(代表者:飯田)(1070万)
2003-
2005年
ファイザー財団国際共同研究(B)「英米、独仏、日本における生命倫理思想の比較思想論的検討およびその社会的応用に関する研究」(代表者1飯田)*






資料3 千葉大学総合科目マニュアル一覧〈教材印刷物〉

マニュアル(150-250頁) 平成5年度(1993)までに5冊(なお、関連の書籍は、同年度までに14点刊行されている)
1.房総の自然 吉田治・近藤精造・古谷尊彦編、1981年
2,形――右と左 福田泰二・西田孝編、1982年
3.琉球方言と周辺のことば 松本泰二編1983年
4.バイオエシックスの展望 飯田亘之・加藤尚武・土屋俊編、1986年
5.中国 岡本サエ編、1987年





資料4 千葉大学生命倫理学関係〈事務補佐員+学生〉数


1986年 1987年 1988年 1990年 1993年 1994年 1995年 1996年 1997年 1998年
8名 11名 6名 2名 4名 5名 6名 4名 2名 2名
1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2003年
3名 6名 5名 7名 8名 10名





資料5 総合科目講義Manual 4 バイオエシックスの展望 目次

総合科目講義Manual 4 バイオエシックスの展望
発行者 千葉大学教養部総合科目運営委員会
発行 1986年3月31日

編集者 飯田亘之(千葉大学教養部)
加藤尚武(千葉大学文学部)
土屋俊(千葉大学文学部)

執筆者 50音順
執筆者名 所属機関 備考
飯田亘之 千葉大学教養部 18、41章
遠藤,R. 千葉大学外国人講師 40章
岡本昭二 千葉大学医学部 36章
落合武徳 千葉大学医学部 37章
小野谷加奈恵 千葉県立衛生短期大学 20章
片桐茂博 成城大学非常勤講師 5章
加藤尚武 千葉大学文学部 序論、2章
菊地恵善 東京農業大学非常勤講師 23、28章
木阪貴行 東京大学大学院 39章
木村 康 千葉大学医学部 25章
久保田顕二 東京大学大学院 8章
黒崎政男 東京理科大学非常勤講師 10章
坂本百大 青山学院大学 12章
佐藤壱三 千葉大学医学部 1章
佐藤和夫 千葉大学教養部 9章
佐藤三夫 千葉大学教養部 11章
鈴木 登 千葉大学非常勤講師 14章
高見沢裕吉 千葉大学医学部 13章
谷口佳津宏 東京大学大学院 7、10章
谷田信一 群馬大学非常勤講 26、34、40章
円谷裕二 駒沢大学非常勤講師 27章
デルウフ,C. 千葉大学外国人教師 21章
藤村真示 千葉大学医学部 35章
星 敏雄 千葉大学非常勤講師 15、24、31章
マシア,J. 上智大学 3章
水口公信 千葉大学医学部 19章
森岡正博 東京大学大学院 4、16、17、21、29、30、32、33、42章
山内志朗 東京大学大学院 22章
山口 晃 千葉大学教養部 前書き


目次
 序 論
    1  生命についての科学と倫理
       1 生命論―精神医学の視座― 佐藤壱三       7
       2  生命意識と功利主義 加藤尚武	            9
       3 生命倫理とカトリシズム J.マシア    	   11
       4 バイオエシックスの日本的変様 森岡正博  22

    2 人格と権利
       5 〈ひと〉の生と死―プチェッティ論文の紹介と批判―	        27
       6 「快い経験」と人格」 グローバー	                        32
       7 道徳的人格性の基準―ファインバークによる五つの基準の検討―	42
       8 社会的役割としての人格―エンゲルハートの議論に即して―	46
       9 動物の生存権―シンガーの問題提起とその意義―	                51
    3 生命の尊厳
       10 生命の尊厳と質その両立可能性―カイザーリンク論文の紹介―	57
       11 人間の尊厳 佐藤三夫	                                        62
       12 科学技術と倫理―その現在― 坂本百大	                        70
    4 試験管ベービー
       13 体外受精 高見沢裕吉	                                        85
       14 その倫理的諸問題―ワーノックによる倫理学者の観点からの検討― 87
    5 人工妊娠中絶
       15 女性の自己決定権と胎児―トムソン論文の紹介と分析―    	95
       16 人工妊娠中絶は道徳的に正当化されるか―ブロディー論文の紹介―	109
       17 嬰児は人格を持つか―トゥーリーにおける人工妊娠中絶と嬰児殺しの正当化―	113
       18 パーソン論と人工妊娠中絶 飯田亘之                   	116
    6 安楽死をめぐる諸問題
       19 ターミナル・ケア 水口公信	                                123
       20 積極的安楽死と消極的安楽死(1)―レイチェルスの論点紹介―	125
       21 積極的安楽死と消極的安楽死(2)―ビーチャムの修正意見―	129
       22 欠陥新生児の幸福と生存―ブラントの主張とその問題点― 	131
       23 積極的安楽死―フレッチャーの功利主義的主張の紹介―   	136
       24 安楽死論のまとめ 星敏雄                             	142
    7 死の定義と脳死
       25 脳死 木村康                                           	149
       26  死の定義と再定義―ヨナスによる批判的考察の紹介―     	151
       27 脳死と人格の同一性―グリーンとウィルカーによる存在論的議論―	155
       28 死をめぐる諸観点―ヴィーチによる倫理学的、哲学的、政策的検討―	160
       29 人間の死の基準:一つの提案―カンザス法に対するキャプロンとカスの批判―	164
       30 死の定義の諸相 森岡正博                             	167
    8 医者による告知と患者の同意
       31 患者の同意と正当な手続き―カルヴァーとガートの提案した条項―	175
       32 インフォームド・コンセントの倫理学的基礎―ラムゼイの忠誠中心主義の紹介―	180
       33 代理人による同意―エンゲルハート論文の紹介―         	182
       34 医学における実験の条件―ヨナスの綱領的提案の紹介―   	184
    9 現代医学技術と社会.
       35 DNA、遺伝子操作(遺伝コントロール) 藤村真示          	193
       36 AIDS 岡本昭二                                        	195
       37 臓器移植のbioethics 落合武徳                          	197
       38 「混合システム」 J・グローバー                        	199
       39 高度救命医療の配分方法―レッシャーによる提案とその吟味―	206
       40 社会正義と医療機関の平等利用―オートカによる五つの分配基準とその検討―	210
       41 健康維持の要求と分配における正義―ダニエルスの議論にたくして―	215
       42 医療における平等と権利―現代医療に対するフリードの問題提起―	217

典拠論文と著者紹介
文献案内
あとがき





資料6 『バイオエシックスの展望』典拠論文及び掲載誌

(*は『バイオエシックスの基礎』に翻訳されたもの)

引用著者 原論文名 掲載誌
*Puccetti, R. The Life of a Person (1983) Bondeson, W. B, et al.: Abortion and the Status of the Fetus (Reidel Pub.)
*Feinberg, J. The Problem of Personhood (Abortion) (1980) Regan, T.L.: Matters of Life and Death (Random House)
*Engelhardt, H. T. Medicine and the Concept of Person (1978) Beauchamp, T. L., et al.; Contemporary Issues in Bioethics 2nd ed. (Wadsworth)
*Singer, P. Animal Liberation (1973) Schrader-Frechette, K.S.: Environmental Ethics (Boxwood Press)
*Keyserlingk, E. W Sanctify of Life and Quality of Life-Are They Compatible (1983) Cragg, W.: Contemporary Moral Issues (McGraw-Hill)
*Warnock, M. In Vitro Fertilization: The Ethical Issues(2) (1983) The Philosophical Quarterly vo1.33, 132
*Thomson,J. A Defence of Abortion (1971) Arthur, J.: Morality and Moral Controversies (Prentice-Hall)
Brody, M. The Morality of Abortion (1975) Arthur, J.: Morality and Moral Controversies (Prentice-Hall)
*Tooley, M. Abortion and Infanticide (1972) Arthur, J.: Morality and Moral Controversies (Prentice-Hall)
*Rachels, J. Active and Passive Euthanasia (1975) Arthur, J.: Morality and Moral Controversies (Prentice-Hall)
*Beauchamp, T. A Reply to Reachels (1978) Mappes, T., et al.: Social Ethics (McGraw-Hill)
*Brandt, R. B. Defective Newborns and the Morality of Termination(1978) Arthur, J.: Morality and Moral Controversies (Prentice-Hall)
*Fletcher,J. Ethics and Euthanasia (1973) Williams, R. H.: To Live and to Die: When, Why, and How (Springer)
*Jonas, H. Against the Streams: Comments on the Definition and Redefinition of Death (1974) Jonas, H.: Philosophical Essays From Ancient Creed to Technological Man (Prentice-Hall)
*Green, M. B., Wikler, D. Brain Death and Personal Identity (1980) Cohen, M. et al.: Medicine and Moral Philosophy (Prenceton Univ. Press)
*Green, M. B., Wikler, D. Brain Death and Personal Identity (1980) Cohen, M. et al.: Medicine and Moral Philosophy (Prenceton Univ. Press)
*Veatch, R.M. Definition of Death: Ethical, Philosophical Policy Confusion (1978) Abrams et al.: Medical Ethics (The MIT Press)
*Capron, M., Kass, L. A statutory Definition of the Standards for Determining Human Death (1972) Beauchamp, T. L. et al,; Contemporary Issues in Bioethics 2nd ed, (Wadsworth)
Culver, C., Gert, B. Valid Consent (1982) Beauchamp, T. L. et al,; Contemporary Issues in Bioethics 2nd ed, (Wadsworth)
*Ramsey, P. Consent as a Canon of Loyalty (1970) Ramsey, P.: The Patient as Person (Yale Univ. Press)
Engelhardt, H. T. Proxy Consent (1983) Beauchamp, T. L. et al.: Ethics and Public Policy 2nd ed. (Prentice-Hall)
*Jonas, H. Philosophical Reflections on Experimenting with Hum an Subjects (1969) Reiser, S. J. et al.: Ethics in Medicine (MIT Press)
*Rescher, G. The Allocation of Exotic Medical Lifesaving Therapy (1969) Ethics: An International Journal of Social, Political and Real Philosophy vol. 79 3
*Outka, G. Social Justice and Equal Access to Health Care (1974) Gorovitz, S. et al.: Moral Problems in Medicine 2nd ed. (Prentice-Hall)
*Daniels, N. Health-Care Needs and Distributive Justice (1981) Cohen, M.: Medicine and Moral Philosophy (Prentice-Hall)
*Fried, C. Equality and Rights in Medical Care (1976) Hasting Center Report, vol.6

『バイオエシックスの基礎』には、上記(*)の他、下の論文も翻訳されている。

Harris, J. The Survival Lottery (1980) Harris, J.: Violence and Responsibility





資料7 1986年開講総合科目・バイオエシックスの展望 講義予定表


講義題目 世話人 曜日 時限 単位
バイオエシックスの展望 飯田亘之 3 4


日程 分担者 分担課題
4月19日 高見沢裕吉(医学部) 体外受精
4月26日 世話人 バイオエシックス展開のための方策
5月10日 井上達夫(法経学部) 堕胎論
5月17日 鈴木登 M.ワーノックの体外受精論をめぐって
5月31日 菊地恵善 R.ヴィーチの死の定義
6月7日 木村康(医学部) 脳死
6月14日 円谷裕二 M.グリーンとD.ヴィクラーの「脳死とパーソナルアイデンティティ」論
6月21日 加藤尚武(文学部) 死の観念の歴史
6月28日 水口公信(医学部) ターミナル・ケア
7月5日 伊藤俊太郎(東京大学) 科学と生活世界
7月12日 岡本昭二(医学部) AIDS
7月19日 C.DeWolf(教養部) Abortion=An Historical and Crosscultural Perspective
7月23日 谷田信二 H.ヨナスの「人体実験の倫理的意味」論
7月23日 佐藤和夫(教養部) 人間の近代化とアニマルリベレーション
9月6日 世話人 医療資源の配分と倫理
9月20日 土屋俊(文学部) 自由とプライバシーの問題―脳生理学の発達と人格の概念―
10月4日 村上陽一郎(東京大学) 科学・人間・死
10月11日 斉藤静敬(教養部) 死刑
10月18日 黒崎政男 E.カイザーリンクの人間の尊厳論
10月25日 川本隆史(跡見学園女子大学) 生命倫理と文化―文化的相対主義は越えられるか―
11月8日 丸山工作(理学部) 現代の生命科学からみた生命
11月15日 佐藤壱三(医学部) 生命論―精神医学の視座―
11月22日 落合武徳(医学部) 臓器移植のbioethics
11月29日 坂本百大(青山学院大学) 科学技術と倫理
12月6日 坂井昭宏(教養部) 人格論とバイオエシックス
12月13日 片桐茂博 R.プチェッティのパーソン論
12月20日 今井知正(文学部) バィオエシックスとパーソナルアイデンティティ
12月25日 星敏男 アメリカにおけるインフォームド・コンセント(informed consent)論の展開
1月10日 藤村真示(医学部) DNA、遺伝子操作(遺伝コントロール)
1月17日 森村進(立教大学) 生物技術・自由主義・逆ユートピア
1月31日 佐籐三夫(教養部) 人間の尊厳
2月7日 加藤尚武(文学部) バィオエシックスの展望






  資料8 1987年開講総合科目・バイオエシックスの展望 講義予定表

講義題目 世話人 曜日 時限 単位
バイオエシックスの展望 佐藤三夫・飯田亘之 5 4


日程 分担者 分担課題
4月15日 世話人(佐藤・飯田) ガイダンス
4月22日 世話人(飯田) 序論
5月6日 加藤尚武(文学部) バイオエシックスの根本問題
5月13日 丸山工作(理学部) 現代の生命科学からみた生命
5月20日 高見沢裕吉(医学部) 体外受精
5月27日 水口公信(医学部) 終末期医療の展望
6月3日
6月10日
円谷裕二 人格同一性と死
6月17日 加藤尚武(文学部) 死の観念の歴史
6月24日 木村康(医学部) 死学序論(生と死の間)
7月1日 斉藤静敬(教養部) 死刊制度
7月8日 唄孝一 バイオエシックスと法律の役割
7月15日 岡本昭二(医学部) AIDS
9月2日 菊地恵善(東京大学) 人間における自然と非自然
9月9月 久保田顕二 エンゲルハルトの「バイオエシックスの基礎づけ論」
9月16日 世話人(佐藤・飯田) テスト
10月7日 村上陽一郎(東京大学) 科学者の倫理・医師の倫理
10月14日 佐藤和夫(教養部) 人間の近代化とアニマルリベレーション
10月21日 谷田信二 人体実験に関する倫理学的諸問題
10月28日 星敏男 valid consentについて
11月11日 坂井昭宏(教養部) 人格論とバイオエシックス
11月18日 片桐茂博 人格をめぐる諸問題
11月25目 落合武徳(医学部付属病院) 臓器移植のbioethics
12月2日 坂本百大(青山学院大学) 科学技術と倫理
12月9日 世話人(佐藤) 人間の尊厳
12月16日 今井知正(文学部) 生命倫理と超越論的人格
12月23日 黒崎政男 生命の価値
1月13日 川本隆史(跡見学園女子大学) 倫理の生物学は可能か―E.0.ウィルソンの「社会生物学」批判
1月13日 川本隆史(跡見学園女子大学) 倫理の生物学は可能か―E.0.ウィルソンの「社会生物学」批判
1月20日 藤村真示(医学部) DNA―遺伝子操作(.遺伝コントロール)
1月27日 木坂貴行 レッシャーの医療配分論
2月3日 世話人(飯田) 医療資源の配分と倫理
2月10日 世話人(佐藤・飯田) テスト


UP:20040426 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/2004/0308.htm REV:20040505

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