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レイプで妊娠した女性の産む・産まないの自己決定
―産育切り離しからみえてくるもの―

(配布資料)
小宅理沙 (立命館大学大学院先端総合学術研究科)
第56回関西社会学会 (於:大阪市立大学) 2005/05/29 午前 社会病理・社会問題U


T.問題の所在―レイプ◆1被害と中絶―
 どのような妊娠においても、その先には妊娠の継続か妊娠の終結のどちらかしかありえない。人工妊娠中絶(以下、「中絶」と省略)に関しては様々な議論がなされており、レイプによる意図しない妊娠に対する中絶・出産に関しても、様々な議論がなされてきた。ただ、それらは常に、強姦や近親姦が原因の妊娠における中絶が、法的にあるいは倫理的に認められるか否か、これに賛成か反対か、といったようなものに限られていた。そしてこれらを論じてきたのはたいてい第三者だった。他方で、女性達が、レイプによる妊娠をどのように受け止めているかに関して調査した文献として、Malcolm Potts, Peter Diggory & John PeelのAbortion(1977)やRoger RosenblattのAbortion(1992)が挙げられる。そこでは、レイプによる中絶を女性達の権利として獲得するために闘った裁判記録や中絶合法化を認めさせるための運動が、様々な文化においての共通点として数多く記されている。これらの先行研究において、第三者がレイプによる妊娠の中絶賛否を論じる際は常に、「レイプ被害者女性は中絶を希望することが当然」とされ前提となっている。◆2
 これらのことから判断すると、一般的に、レイプで妊娠した女性は中絶を希望する、あるいは中絶を実施していることが当然のことのように考えられてきたのではないだろうか。すると、レイプで妊娠し中絶を希望しない女性は、いわゆる「一般通念」に反するがゆえに奇異な存在だとされる可能性がある。しかし、レイプによる望まない妊娠ではあるが中絶を希望しない女性が存在するとすれば、このような「一般通念」は偏見であり、またこの決めつけは女性の自己決定権を侵害することになっているのではないか。
 そこで報告者は、レイプで妊娠した女性に関して実態を把握するため、性被害女性を支援する団体へのインタビュー調査を実施した。それは、社会資源が豊富なアメリカのテキサス州で望まない妊娠をした女性のための電話相談を行うAmerican Pregnancy's Helpline スタッフへのインタビューであった。◆3 またアメリカとの比較をするため日本においてもインタビュー調査を実施しようと考えた。しかし、日本においては性被害女性が支援を受けることのできる相談機関は無いに等しい。レイプによる妊娠を経験してしまった性被害者女性が相談するとすれば日本ではどのような機関が考えられるであろうか。報告者がこの話をDV(ドメスティック・バイオレンス)サポートグループのメンバーとしていたところ、病院や養子縁組を斡旋している支援団体ではないかということになり、今回は養子縁組の斡旋を行うWにインタビューをお願いした。

U.養子縁組斡旋を行う民間団体「W」サポーターへのインタビュー調査
1.Wについて
 WのサポーターY(以下、「Y」と省略)へのインタビュー調査を、2004年1月と2004年8月、Wの事務所にて実施した。Wへの相談件数は年間に「電話、Eメールやファックスにより500件以上多種多様な相談を受けて」おり、2002年度のレイプ被害者女性からの妊娠相談は全体の「5%」となっている。さらに、2003年度レイプ被害相談に関して、WのサポーターYは「全体の1/3」であり、「年々(レイプによる妊娠相談が)増えている」と答える。

2.Wに電話相談する女性
 この民間団体へ電話相談に電話をするという行為は、ホットラインナンバーを知らずにはできないことである。被害者女性のそれの認知方法は、「病院からWを紹介されたなど第三者から知らされた」または「何らかの手段で自ら調べた」、と大きく二つに分かれる。このように認知の手段は様々であるが、実際に電話相談にアクセスする被害者女性とは、養子縁組斡旋の団体だと認識したうえで、それを利用する女性ということになる。

3.Wのサポーターからのレイプで妊娠した被害者女性像
 まず、レイプ被害者女性への対応に関するインタビュー@(資料a.インタビュー@参照、以下「a.@」と省略)の結果から明らかなように、Wに相談をしたレイプ被害者女性のすべてが出産を実現させているわけではない。まだ被害女性が希望する場合には、Wは安全に中絶手術を受けることのできる病院を紹介している(資料a. Y2・Y4・Y5、以下「a. Y2」と省略)。そして、「プロ・ライフではない」といったYの表現からわかるように、どのような理由が原因であろうと出産しなければならないという信条がWにはない(a. Y5)。その意味でWはレイプ被害者女性にも出産を誘導しているとは言えないだろう。しかしそのうえで、出産を実現する女性も「けっこう」存在するということであった(a. Y5)。
 このように、レイプ被害者女性の出産実現が「けっこう」存在するということは、日本社会全体に一般化できることではないかもしれない。また日本は、宗教の信仰が深くもなく◆4中絶手術が容易に実施できる社会であり、レイプで妊娠した女性の場合、女性は中絶を希望するであろうとも考えられている。しかし、この状況の中で、被害者女性が中絶を実行せずWに支援を求め、出産を実現するケースが実際に存在した。
 では次に、被害者女性達がどのような理由、またどのような経緯により「一般通念とは逆の選択」となる出産を決意したかを検討する。
 インタビュー(a.A)の結果からは、当初「産みたい」と言う被害者女性がWにはおらず(Y7)、この部分の事実は「一般通念」と矛盾しない。しかし、Wは産むことと育てることを切り離して考えることに肯定的で(a.Y9・Y11・Y13)、「産んだとしても育てなくてもいい」という「具体的な」選択肢が提示されたことにより、レイプ被害者女性は中絶あるいは出産のどちらかを選びやすくなるということであった(a.Y16)。ここから推測できるのは、あらかじめ、「中絶する」や「出産する」という明確な決意のもと、Wに電話相談してくるレイプ被害者女性ばかりではないということである。彼女達は、中絶と出産のどちらをも希望しておらず、そのどちらかを選択しなければならないことを不可能だと感じていると解釈でき得る(a.Y7・Y17・Y19)。なぜなら、「(中絶と出産を選択するにあたっての)具体的な話をすると(被害者女性はどちらかを)選びやすくなる」(a.Y16)というYの発言は、具体的な話を聞く前の被害者女性は出産と中絶どちらかの選択という状況が困難であったことを意味するからである。
ただし、これは出産を全く意識していなかったことを意味するのかと言えばそうではない。彼女達はWが養子縁組斡旋を行う団体だと認識したうえで電話相談を実施しており、このような行動を、被害者女性達は産まない選択(中絶)に全くためらいがなかったとは解釈しがたいからである。
 そして、このようにどちらかの選択に困難を感じ混乱する被害者女性(b.事例B)に対し、支援者が具体的な選択肢を示すことで、余儀なくではあろうが当事者はどちらかの決定が可能となる。またYには出産を決定する被害者女性達が、「ある部分だけやれば」「気が楽になる」と映っている(a.Y13)。つまりそれは、出産だけして育てなくてもよいということであれば、重荷が減少する(b.Y24)ということである。このような結果により、産育切り離しが出産を決意させる大きな要因であることを意味するといえるであろう。

V.産育切り離しからわかること・いえること
 インタビュー結果からは、出産と育児の切り離しが子どもの出産を決意させる要因の一つであることが明らかとなった。
 そこで、出産と育児を切り離し、それを単なる選択肢の組み合わせとして考えてみる。すると、次の4つが考えられる。(1)出産と育児の両方の選択、(2)出産のみの選択、(3)育児のみの選択、(4)出産と育児の両方を回避する選択、である。

  出産出産
   するしない
育児する1)3)
育児しない2)4)

 そして、レイプ被害者女性の中絶の決定について考えてみる。すると、それはあたかも(4)の選択を行ったようにみえるのではないか。一般的には、中絶=出産回避であると短絡的に結びつけられがちである。しかし出産願望のみではなく、育児回避のために中絶を決定する(中絶=育児回避)という可能性が、改めて考えられるのではないだろうか。
 それではなぜ、育児のみを回避したい女性が、選択肢としては(2)と(4)の両方があるにもかかわらず、出産さえも回避する(4)の選択を決断するのか。それは、(2)の選択、つまり女性の育児回避という行為があまり浸透されていないためではないだろうか。言い換えると、女性自身や周囲も(2)出産のみの選択という選択肢に気づいていないがために、育児回避のために中絶という手段(育児回避=中絶)を用いてしまうのではないか。このように考えると、育児が回避できるという(2)の選択肢とは、レイプ被害者女性の産む/産まないの自己決定を出産というかたちにおいてのみ実現させるものである。
 この産育切り離しが、何も迷わず中絶を決断する女性に出産を促すかどうかは不明である。けれども、出産をしなければならない理由はどこにもない。とすると、中絶をあまり積極的に望まない被害者女性達が中絶を回避できればよいだけのことであり、今回の研究対象のような出産の選択肢をもつ被害者女性の産む、産まないの自己決定の実現のために、(2)出産のみの選択を見落としてはならないのである。

W.産育切り離しにより出産を実現する女性とその権利
 以上のことから、産育切り離しがレイプ被害者女性の出産を決定させる要因の一つであることが明らかとなった。つまり育児の回避とは、中絶を回避したい被害者女性の産む、産まないの自己決定を実現させるための要因であることが判明した。またそれと同時に、レイプ被害者の中絶決定要因の背景には、育児回避という要因が考えられ、その決定が出産回避であるとは単純に結びつかない可能性も感じられた。
 これらのことを考慮すると、レイプ被害者女性への支援やレイプ加害者責任を考える場合、中絶を選択した場合だけではなく出産を選択した場合においても想定し、検討していかなくてはならない。また、レイプで妊娠をした女性の人権とは、法律により中絶が許されていることでは十分な配慮とはいえない。これは、あくまでも最低条件にすぎずそれ以上でもそれ以下でもないのである。

X.今後の研究課題
@ 性被害女性に対する支援…養子縁組斡旋を行う支援団体が中絶に関する支援までも提供するというように、レイプ被害者への支援システムの乏しさが浮き彫りになった。したがって、性被害の支援システムそのものへの再検討が必要であり、また出産を希望する女性の存在が明らかとなったため、被害者女性のための支援機関は入所施設をも考慮しなくてはならない。2004年アメリカテキサス州のAPHへのインタビューにおいては、レイプ被害者女性が、望まない妊娠をした女性のための入所施設やDVシェルターで、周囲からの偏見をさけながら妊娠継続することが明らかとなっている。
A 産育切り離しについて…産育切り離しがレイプ被害者女性の産む自己決定を実現できる要因の一つであることが確認できた。Wはレイプ被害者女性の育児回避を、当然の権利であるという前提のもと支援を提供していたが、これは日本社会において肯定的に受け入れられない可能性がある。したがって、産育切り離しに関して検討が必要であり、それは、どのような場合に産育切り離しが許されるかという理念としての問題や、誰が産まれた子どもを育てるのかという制度としての問題である。またその際、アメリカの先行研究ですでに明らかとなっている養子や里親制度における性的虐待などの問題への対応策も考えなくてはならない。


◆1 「rape」レイプを日本語に訳すと強姦である。レイプとは、望まない性行為を暴力や脅迫により強要する性暴力をいう。しかし、強姦はレイプと比較すると狭い概念となるうえに、強姦罪とは女性側の親告なしには成立しないため、本文ではレイプに統一する。なお、法律の条文に強姦とある場合、あるいは、会話文で強姦という言葉が使用された場合には強姦と記す。
 ちなみに、刑法177条では強姦を次のように定義する。第177条 暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、2年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
 また、キャサリン・マッキノンは、ジェンダー不平等社会におけるレイプと普通のセックスとは連続していると主張するが(MacKinnon 1987=1993)、ここでは若年層の望まない妊娠や親密な関係にある者や顔見知りによるレイプと見知らぬ者からのレイプによる妊娠とを区別し、前者の近親姦や顔見知りによるレイプの妊娠問題は扱わず、後者の見知らぬ者からのレイプによる妊娠や産育問題を扱う。なぜなら、例えば近親姦による妊娠には性虐待という変数が入ってくるため見知らぬ者からのレイプとは質が異なり、また、加害者は加害者であると同時に当人の父親などでもあることから問題が非常に複雑となるからだ。そのため、今回は、望まない妊娠に対する出産や中絶の決定の際、レイプ加害者とは被害後、物理的にも精神的にも何の繋がりも関わりもない場合に焦点をしぼり、出産か中絶かの決定要因を考える際には、「加害者擁護」という要因は考慮しない。
◆2 日本において強姦が原因での中絶が認められたのは、敗戦直後の1948年に成立・施行された優生保護法においてであった。戦争直前1940年に成立した国民優生法に取って変わり、優生保護法では人工妊娠中絶の項目が追加された。第三章の母性保護では医師の認定による人工妊娠中が認められる条件に以下があげられている。一 本人又は配偶者が精神病、精神薄弱、精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇型を有しているもの 二 本人又は配偶者の四親等以内の血族関係にある者が遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇型を有しているもの 三 本人又は配偶者が癩疾患に罹つているもの 四 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの 五 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの
 このように、中絶が認められるための理由の5つめに「暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」が含まれることにより強姦による妊娠の中絶は合法化にいたった。その後、優生保護法から1996年母体保護法へと改正されるが「暴行や脅迫」による中絶の項目はそのまま残された。
◆3 2004年度報告者が実施したアメリカテキサス州におけるこのAPHへのインタビュー調査の報告は、2005年日本社会学会にて詳しくおこなう。
◆4 APHスタッフへのインタビュー調査においては、レイプで妊娠した女性が出産を希望する理由の第一位が「宗教による理由」であった。

「参考文献」
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太田典礼, 1967, 『堕胎禁止と優生保護法』, 経営者科学協会
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山根純佳,2004, 『産む産まないは女の権利か−フェミニズムとリベラリズム』,勁草書房
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UP:20050603 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/2005/0529kr.htm
小宅理沙 

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