>HOME >2006

先端総合学術研究科公募研究会 「都市-文化-記憶」研究会企画
「1980年の広島に戻って――音楽・身体・都市」~~東琢磨氏を招いて


日時:2006年12月16日(土) 11:30~14:30

会場:立命館大学衣笠キャンパス創思館403+404号室 (アクセスマップキャンパスマップ

報告者: 東琢磨(音楽・文化批評 / 大学非常勤講師)

■報告趣旨
 2005年、長年暮らした東京・西新宿から、生まれ育った広島市旧市街東南部に戻った。ここ二十年近く、帰郷することはあっても、ほとんど長居することもなかった故郷は、既に私にとっては見知らぬ街だった。しかし、どこかで、私は間違えて1980年の広島市に戻ってきたように感じている(1980年の意味については、報告中で述べたい)。自然と、身体の奥深くに沈殿していた音楽の記憶が蘇ってくるような不思議な体験を、ここ数ヶ月で味わっている。この期間は、沖縄の運動にも関わりながら、東京、大阪、広島を「おちこち」と動いている時間でもあった。
 この時空の歪みをどのように捉え直すか。東京で、音楽流通のプロフェッショナルとして、また、音楽産業批判をも明確に打ち出す「音楽批評」家としてのキャリアを積んだ年月のなかでの、いくつかの「現場」を想起してみること。そこから、1980年以降に通ってきた個人的なルート、音楽文化(産業)状況、世界状況をあくまで一人称で検証してみること。
 音楽業界の仕事を選択するきっかけになった、世界的な音楽状況とそれをめぐる「語り」の再検証(サルサと河内音頭の類似、ヒップホップの登場、ブラック・ロックや先駆的な「ミクスチャー」など)。音楽業界の流通・販売・ジャーナリズムの「専門家」として情報収集に明け暮れた、ラティーノの1980-90年代(レーガン時代のNYラティーノ、USポストコロニアル・フェミニズム、NAFTA締結前後の音楽状況)。1992年渋谷のちんどんから、1995年神戸震災後のちんどんへ。95年から2006年へ。
 近年取り組んでいる、「沖縄」という場/「在日音楽」という問い。音楽という「異物」との格闘から、文学、映画・映像、美術などの他領域への言及。「都市と/のなかのシマジマ」という視角から「広島独立論」に至るまでの、「音楽批評(家)」からの極端な逸脱。それらも、音楽そのものと「私」自身の身体の衝突によって生み出されたものであることをも強調しておきたい。
 さらに、見知らぬ故郷、軍都=国際平和都市・広島市で、最近、繰り広げられている盛り場での外国人に対する差別的な不当捜査にもふれたい。「風営法」など、「踊る」身体(特に、女性の身体、異邦人の身体)を取り締まる、根深く空疎な「日本近代」の生活安全的な「生政治」の現在に、「音楽批評」という立場がどのように立ち向かわなければならないかをも提起できればと考えている。

◆参考
東琢磨「(コラム)緑地帯」(全8回),『中国新聞』20060519,20,23~27,30

■おおかまなタイムテーブル
11:30~13:00 報告
13:00~13:10 休憩
13:10~14:30 質疑応答

*参加自由です。

*なお、終了後、同会場にて、上映&トーク・セッション「映像から考える東アジアの戦争と記憶」を行ないます(15:00~18:00)。

■お問い合わせ
村上潔(立命館大学大学院先端総合学術研究科)

「都市-文化-記憶」研究会


UP:20061117 REV:20061213 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/2006/1216a.htm

TOP HOME(http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/)