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「アナール」(派/学派)についての簡単な紹介


*第1回 アラン・コルバン読書会 報告レジュメ (村上 潔)

◇アナール学派
 近代史家リュシアン・フェーヴル(1878−1956)と中世史家マルク・ブロック(1886−1944)により1929年に創刊された雑誌『社会経済史年報』が提唱した、新しい歴史学に共鳴した一群の歴史家たちの総称。方法的には、それまでの素朴実証主義的な史料解釈に対して社会学、人類学、心理学、地理学などの関連学問の発想や手法に学び応用することを重んじた。事件中心の旧来の歴史認識に対して、事象を超えた歴史の深層構造の理解、全体的把握をめざした。

□前史
歴史学:個別・特殊・逸話の歴史=物語、事実を結ぶ因果関係の呈示、のみ
20c初頭のフランスにおいて権力の道具であった歴史学は、もっぱら政治=軍事的な事実に関心を集中させており、政治的な出来事の細かい歴史的記述だけで満足していた。
哲学出身のアンリ・ベール(1863−1954)はそれを批判、歴史主義の袋小路から歴史研究を救い出そうと尽力。大きな功績。歴史学を学問全体の中心に据えた、諸学の結集と連携。知の「総合」。
ベール、1900年に『歴史総合雑誌』創刊。歴史家を中心に、社会学、地理学、経済学、心理学などの代表人物が集う、学問交流の場。人文諸科学における学際性の考案者。
社会学では、デュルケーム。を、中心に『社会学年報』(1896〜)。
ベール×デュルケームの競合。
狭隘な歴史観を排する態度では共通。
特に社会学者フランソワ・シミアン(1873−1935)は、「歴史記述偏重」の歴史学の限界性を主張、伝統的な歴史家を激しく攻撃。
ベールとデュルケーム派社会学者が共同プロジェクトで仕事。――人間の発達にかんするひとつの科学を構築した「偉大な努力」。

□展開
フェーヴルは1905年から、ブロックは1912年から、『歴史総合雑誌』に参加。
1931年、『総合雑誌』と改名。科学の統一、統一的な知へ。
1924年、アンリ・ベール、〈国際総合センター/科学基金〉を設立。1929年以降、年に一度「国際総合週間」を開催。あらゆる専門の学者が集まる。
1929年、ストラスブール大学で、『社会経済史年報』=『アナール』誕生。
 表層の歴史学(『歴史雑誌』に代表される出来事史と政治史。ソルボンヌ大学中心)に対抗して、深層の力を対象とする研究。こうした、歴史学にたいする闘争が『アナール』の役割のひとつ。個人の歴史より集団の歴史、孤立した出来事の歴史より永続的な要素の歴史。ただし単純な対立でもない。

初期『アナール』:実証主義歴史学への対抗だけではない。経済史を高く評価。フランソワ・シミアンの影響。経済学だけでなく、社会学、政治学の代表者も。
『アナール』に結集した歴史家たちは、教条主義を避けることによって社会諸科学との協力関係を確固たるものにし、歴史学にヘゲモニーを要求できるまでになっていたが、これには、デュルケームが(1917年に)没して社会学の勢いが衰えていたことが影響している。

1939−1941年にかけて、『社会史年報』と改名。1942−1944年:『社会学論集』と改名。 1944年、ブロック没。1945年、『社会史年報』にもどる。

1946年、『年報――経済、社会、文明』と改名。
社会諸科学との交流の場という役割がよりいっそう明確に。フェーヴル中心、ブローデルら参加。
1947年、〈高等研究院第六部門〉創立。『アナール』は知的運動体から、制度として確立。→1975年、〈社会科学高等研究院〉に。全体史の展開。
1956年、フェーヴル没。→後継ブローデル(編集長を1969年まで、部長を1972年まで)。
ブローデルとエルネスト・ラブルース:関心の中心が経済。雑誌は「経済史」→「歴史経済学」へ発展。インフラストラクチャーの分析、不動の歴史の方へ。レヴィ・ストロースの構造主義に対抗して、長期持続理論。
60年代〜70年代:知的飛躍。数量歴史学、歴史人類学、心性の歴史学。
→分散化、マンネリの危機。1980年代〜勢いがなくなる。

▽イタリア「ミクロ歴史学」の出現。エドワルド・グレンディ、ジョヴァンニ・レーヴィ、カルロ・ギンズブルグら中心。個人を再浮上させる。その流れの影響。
近いのが、アラン・コルバン。
これらは『アナール』からは「歴史家が自らのアプローチを反省し、成功と惰性に溺れていささか欠いていた注意力を取り戻そうという健康な要求」と捉えられる。
▽アメリカでの「言語論的転回」。歴史を虚構と現実に股をかけた言説と見なし、歴史学を文学の一ジャンルにしようとする現象。歴史とはつねにひとつの物語である。
▽フランソワ・ドスの批判:歴史学が解体を起こし、ますます断片化した実践に陥っている。構造を重視したために主体が忘れられ、長期持続によって出来事が無に帰し、社会諸科学との連携によって歴史学のアイデンティティーが失われてしまった。

1994年、『年報――歴史、社会科学』と改名。
「批判的転回」。ベルナール・ルプティ。新たな方法を考慮。

◇方法論
「歴史=物語」に代えて「問題史」を据える。
歴史家は、問題を提起し、問題をめぐる体系を練り上げ、それによって問題に答えを与えるべく努めなければならない。

◇傾向
a) 心性史:1960〜1970年に発達。(ブロック:社会集団の意識されざる心の表象=「心性の歴史」/フェーヴル:個人の歴史心理学→「心性の道具」)
b) 量と時系列によってあきらかになる拍動と時間性(シミアン、ブローデルの系譜)

◇コルバンは……[文化史→感性の歴史]
フェーヴルのファン。ジョルジュ・デュビーのファン。ブローデルにおける感性の不在を指摘。ミシュレ好き。アナールの(そして歴史学の)危機、とは思っていない。今から見てもフェーヴルは正しい。心性の歴史≠表象の歴史。用語の混乱がある。アナール学派の新しいものとは「分析スケールを変化させる必要性への注意と、距離を適切に取ることへの配慮」。関心の中心は感性の歴史、とりわけ情動の歴史。

☆アナールのポリシー……革新的であること! それだけ。

★社会史、新しい歴史学
時間と空間の多層化、ヨーロッパ中心主義と進歩主義の否定、民衆文化、日常性の重視、「物質的な生存条件と密接にかかわりながら人々がどのような精神活動を行ない、想像力の世界を形成してきたか」、数量化、心性、「あらゆるものが資料化される」……。
★史料論・史学史での意味

[参考文献]
・イザベル・フランドロワ 2003 尾河直哉訳『「アナール」とは何か――進化しつづける「アナール」の一〇〇年』,藤原書店
・福井憲彦 1987 『「新しい歴史学」とは何か』,日本エディタースクール出版部→1995 講談社学術文庫
・二宮宏之 1986 『全体を見る眼と歴史家たち』,木鐸社→1995 平凡社ライブラリー
・ジャック・ルゴフほか 1999 二宮宏之編訳『歴史・文化・表象』,岩波書店
・竹岡敬温 1990 『「アナール」学派と社会史――「新しい歴史」へ向かって』,同文舘出版


作成:村上 潔(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
UP:20050312 REV:20060324 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/annales.htm

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