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野宿者

◇青木秀男 19891010 『寄せ場労働者の生と死』(解放社会学双書5) 明石書店
まえがき
序 寄せ場と解放社会学
「まず、大藪寿一・大橋薫に代表される社会病理学の寄せ場研究。それは、『解体地域』としての『ドヤ街』に住む『労務者』の『病理性』を摘出して、『問題解決』の処方箋を考えようというものである。しかしはたして、寄せ場は、『解体地域』か。『労務者』とはだれか。働き人の『病理』とは何か。社会病理学は、働き人に対する世の偏見を『科学』の名において追認してきたにすぎない。寄せ場への抑圧を傍観してきたにすぎない。行政の怠慢に手を貸していたにすぎない。この惨たんたる所業。社会病理学者は、寄せ場にはいつくばって来なかった。働き人と語らって来なかった。それで、どうして寄せ場が見えよう。」(p.12)
「次に、江口英一に代表される(労働)経済学の寄せ場研究。江口は、寄せ場労働者を現役労働者と被救恤的窮民層の中間に位置づく流動的・停滞的過剰人口部分と規定する。この『正統的』マルクス主義の立場から、江口は、労働者階級のなかでの寄せ場労働者の階層的『低位性』を強調する。寄せ場労働者の『後進性』イメージである。そこに、寄せ場労働者に内在する『先進性』の契機、人間の主体的な状況の解釈と変革の意志への注目はない。」(p.12)
「最後に、船本洲治に代表される労働運動の現場からの寄せ場研究。船本は、寄せ場労働者を流動的下層労働者と規定する。そして日々『命懸けの飛躍』をよぎなくされる労働者であるという。また寄せ場労働者は、労働力商品の本源的属性を直接に体現する、もっとも労働者らしい労働者であるという。また寄せ場労働者は、みずからの内にさまざまな被差別者を含む、本来的に非市民的な存在であるという。そして他の被差別者とともに資本制社会の前提そのものを覆さずしてはみずからを解放することができない人間であるという。そこに、寄せ場で闘う者の、寄せ場労働者の『先進性』への限りない信頼がある。そのイメージは、大藪・大橋(および江口)のそれと好対照である。」(p.12)

T 寄せ場と社会学
 1 「寄せ場の社会学」の社会学
  はじめに
 一 寄せ場研究の視点と意味
 二 寄せ場研究の全体像
 三 調査・研究の方法
 2 寄せ場の社会学的概念をめざして
  はじめに
 一 スラムの諸類型
@スラムは、それ自体抽象的な概念であるということ。現実のスラムの把握のためには、類型化の作業が不可避となる。
Aさまざまな形態をとるスラムは、結局、次の二つの基本類型へ収斂されるということ。
 a 統合型スラム
「ここでは、居住者は、長かれ短かかれ、スラムに一時的に居住する(つもりの)人びとからなる。J.R.Seelyのいうtemporary necessitariansやtemporary opportunistsが、これにあたる。都市への移民や移住者、都市内の一時退避者たちである。このスラムは、都市に対して人びとのの一時的寄寓的・待機的機能をはたす。居住者に対して、希望のスラムとしての機能をはたす。それは、外社会に対して閉じられたシステムをなす。内部では、第一次的人間関係にもとづく細かい社会関係の網の目が、構造化されている。そこには、一つの集中した権力構造がある。人びとは、支配的ボスの統率のもと、緊密な相互扶助の共同体を形成する。彼らは、独自の生活様式としての文化slum cultureをもつ。そこは、一つの文化地域cultural areaであり、一つの世界a world within worldである。」(pp.47-48)

 b 解体型スラム
「ここでは、居住者は、事情はどうであれ、スラムを永住の場とする人びとからなる。J.R.Seeleyのいうpermanent nesessitariansやpermanent opportunistsが、これにあたる。『不適応』者、『下降者』、犯罪者たちである。このスラムは、都市社会に対して、『不適応』者や『没後者』の廃兵院的機能、犯罪者の隠れ場的機能をはたす。それは、居住者に対して、絶望のスラムとしての機能をはたす。それは、外社会に対して開かれた、無防備のシステムをなす。そこには外社会の過酷な生存競争の法則が、何らの共同性をも媒介することなく、ストレートに貫徹している。そして第二次的人間関係にもとづく、人は人はに対して狼の状況が支配する。人間関係は、匿名的、一時的、皮相的、功利的である。構造化され、定型化された人間関係は、存在しない。人びとは、原子化し、流動化して、潜在的な群衆状態にある、彼らは、共有すべき行動規範をもたず、根なし草として漂い暮らす。そこは、一つの解体地域disorgnized area,アノミー社会である。」(p.48)

Bスラムは、形態はさまざまに異なるものの、いくつかの共通する生態学的特徴をもつということ。

 二 寄せ場とスラム
「スラムと寄せ場は、都市の下層社会として一部共通しながら、生態学的構造、社会構造、文化構造において、互いに異なる。全体としてスラムは統合型スラムに、寄せ場は解体型スラムに近い。」(p.54)

 三 寄せ場とスキッド・ロウ
 四 寄せ場の社会学的概念
「江口英一は、寄せ場・山谷の日雇労働者を対象として、彼らの就業形態や社会的形成過程についての類型化を行なう。図Vおよび図Wをみられたい。それは、綿密な調査にもとづく類型化であるだけに説得力がある。しかし次のような問題もある。(イ)日雇労働者は労働者のなかでもっとも後進的な人びとであるという一面的な視点に立っていること。(ロ)意識と文化の分析が補足的な位置に退いていること。(ハ)労働者の類型化のレベルが低くまだ分類に近いものであること。これらの点が、いま一度検討されなければならない。」(pp.59-60)
「寄せ場の社会構造は、地理・人口・居住・労働等の条件に規定される。それは、社会解体と社会統合の側面をもつ。社会関係もまた、この二側面を合わせもつ。人びとは、一方で競争原理のもとで個別化される。他方でそれへの適応として集団化する。集団や組織ひは、互いの牽引と反発のなかで、寄せ場を統合していく。寄せ場は、固有の社会構造をもつ都市の下位社会である。」(p.62)
「文化構造は、社会構造に対応する。文化構造もまた、二つの側面をもつ。文化解体すなわちうアノミーの側面と文化統合のそれである。寄せ場は、一方でだれの行動をも規制することのできない自由社会である。ゆえに権力による社会統制が巨大化する。他方で自由と統制への反動形成reaction formationとして、固有の文化が形成される。寄せ場のサブカルチャーである。さらにそれは、二つの側面からなる。一つ、日雇労働者の労働過程における『(りっしんべん+)頼惰性』および生活過程における『恣意性』として現象する『刹那的』生活様式である。二つ、その反動としての同類意識consciousness of kinf(F. Giddings)や運命の相互依存interdependence of fate(K. Lewin)の形成である。さらにそれは、下位文化であることを越えた対抗文化counter-cultureとして表れる。」(p.63)
「寄せ場文化は、スラム文化や『貧困の文化』(O. Lewis)とは異なる。」(p.63)

U 寄せ場と差別
 1 寄せ場労働者をめぐる差別の構造
  はじめに
 一 寄せ場労働者の階級規定から被差別規定へ
寄せ場労働者の暫定的な規定
@寄せ場労働者は、さまざまな階級・階層から基本的に個人単位で析出される。(p.83)
A彼らは、さまざまな人生経歴を通して析出される。その地位は、「非生得的な」ものである。(p.83)
B彼らは、本来、不可視な存在invisibleである。その生活様式をとおして、彼らは、目に見える存在visibleとなる。(p.83)
C彼らは、仕事を求めて寄せ場や飯場を移動する。(p.83)
D彼らは、二重の偏見をこうむる。日雇労働者への階級的偏見と、寄せ場への地域的偏見である。図Uをみられたい。(p.83-84)
E彼らは、このようなみずからの存在をともに自覚し、たどりゆくべき未来の運命を共有する。(p.84)

 二 被差別集団としての寄せ場労働者の形成
「外社会の多数者は、寄せ場労働者を差別する側にまわる。彼らが寄せ場労働者に『落ちぶれる』こともある。反対に手配師や親方となって、寄せ場労働者を雇う在日韓国・朝鮮人や被差別部落民もいる。寄せ場で、彼らは、構造上差別する側に立つ。寄せ場労働者をめぐる差別・被差別の関係は入りくんでいる。」(p.87)
「外社会は、単一の基準による差別・被差別という二極的な構造をなすものでもない。差別構造は、いくつかの差別・被差別の軸が交差する重層構造としてである。この限りで、差別・被差別関係は、相対的なものである。この重層構造のなかへ人びとを配置するものが、文化原理としての差別主義である。」(p.88)

 三 寄せ場労働者における差別の構造
「寄せ場は、日雇労働者の流動的な匿名社会である。そこで人びとは、互いの出自や経歴を問わない。また問うことをタブーとする。人びとは、名前を通称で呼びあう。それが本名であるかどうかは、問題ではない。この限りで、寄せ場は、『自由』で『平等』な社会である。社会の差別・被差別関係は、またたく間に溶解する。寄せ場は、二つの顔をもつ。一方でそれは、仮借ない生存競争の社会である。そこには、競争原理がなんらの共同幻想も介することなく貫いている。寄せ場労働者は、その肉体を唯一の手段として生きる。そして労働能力の質と量を基準として、互いに序列づけられる。それは、寄せ場の差別構造の形成である。」(pp.89-90)
「寄せ場は、二つの原理からなる複合社会である。一つ、差別主義。それは、人びとを階層と差別へと構造化する。二つ、平等主義。それは、階層と差別への構造化を押し止める。そこで人びとは、互いに『ナカマ』となる。・・・二つの原理のせめぎあいを通して、寄せ場社会が形成される」(p.91)
「寄せ場労働者の階層構成は、そのまま差別構造となる。差別構造には二つの軸が貫く。」(p.95)
「一つ、老人や身体『障害』者に対する差別である。手配師や人夫出しは、彼らを『顔付け』によって、雇用から排除する。そこに人間としての配慮は、いっさい介在しない。また彼らは、仲間の労働者にさえ相手にされない。寄せ場では『働かざる者、人間にあらず』である。図Yをみられたい。彼らは、被差別者のなかの被差別者の、そのまた被差別者である。彼らは、三乗化された差別のもとで、いつも死と隣りあっている。」(p.96)
「もう一つの差別の軸。寄せ場では被差別部落出身者や在日韓国・朝鮮人もまた、差別される。しかしその構造は、『一般』社会とは異なる。寄せ場で、彼らは、裸一貫の日雇労働者として生きる。その点、彼らは、老人や身体『障害』者や被爆者よりも優位な位置にある。しかも寄せ場は、匿名社会である。その限りで、彼らは、差別されることはない。しかし寄せ場の深部の事情は、単純ではない。労働現場や『ドヤ』で、彼らは、やはり差別される。寄せ場労働者の意識に屈折して浸透する外社会の差別主義の母斑である。寄せ場の『ナカマ』意識は、この差別意識を弱めこそすれ、払拭することはない。否、厳しい生存競争のことで、差別主義は、独特の心理的機能をはたしもする。」(p.97)

  おわりに
寄せ場労働者の差別の構造
@寄せ場労働者は、その階級に規定された被差別集団である。彼らは、日雇労働者としての労働差別と、寄せ場居住者としての地域差別の二乗化された差別のもとにある。(p.98)
A寄せ場は、さまざまな被差別シンボルを溶解して、寄せ場労働者という被差別集団を創りあげる『るつぼ』である。彼らは、出自や経歴がどうであれ、まず、寄せ場労働者として差別される。(p.98)
B寄せ場労働者は、その労働能力の質と量によって序列づけられる。彼らは、職人層(直行型)「アンコ」層(現金型)、被救恤的窮民層(労働「不能力」者)の三つに階層化される。(p.98)
C寄せ場労働者の内部で、老人、身体『障害』者、被爆者は、差別される。またそこには、被差別部落出身者、在日韓国・朝鮮人、沖縄出身者に対する外社会の差別主義の母斑が刻印されている。彼らは、三乗化された差別のもとにある。(p.98)
D寄せ場は、一面、人は人に対して狼の競争社会である。他面、運命を共有する「ナカマ」が創りあげるアジールである。寄せ場は、これら二つの世界がせめぎあいを通して形成される。寄せ場労働者の差別からの解放は、この点にかかわる。(p.98-99)

脚注「(27)日雇労働者や被救恤的窮民層にせよ、手配師や親方にせよ、これらの出身[被差別部落出身者、在日韓国・朝鮮人、身心『障害』者、被爆者、沖縄出身者、アイヌ―補足]の人びとが寄せ場人口のどれくらいを占めるかは、知りうるはずもない。そのような調査など、ありえない。」(p.101)

 2 野宿者をめぐる差別の構造
  はじめに
 一 野宿者をめぐる基礎的事実
野宿者の構成
@日雇労働者
 a 寄せ場労働者の常態的野宿者
 b 非寄せ場労働者の常態的野宿者
 c 寄せ場労働者の一時的野宿者
 d 出稼ぎ労働者(一時的野宿者)
A社会的窮貧層(寄せ場から排除された人びと)
 a バタヤ(ダンボール・あき缶・あきビン・紙等の廃品回収)
 b 拾い食い生活者
 (イ)労働「不能力」者(老人、身体「障害」者、病人)
 (ロ)労働意欲を喪失した(させられた)人
 (ハ)アルコール依存症
B『寄生的』職業者
 a 路上強盗(シノギ・モガキ・マグロ)
 b 暴力団員(路上賭博・薬物販売・売春管理)
 c 売春婦(夫)(主に日雇労働者相手)

 二 被差別者としての野宿者
 三 野宿者の生存様式

脚注「(27)釜ヶ崎差別と闘う連絡会『準』の前掲釜ヶ崎調査より。(改行)問 あなたの友人や顔見知りのなかに被差別部落出身者、もしくは在日朝鮮人の人たちがいますか。(改行)いる56人、いない35人、分からない5人、無回答7人(改行)しかし野宿者についての資料はない。」(p.133)

V 寄せ場と文化
 1 寄せ場労働者の文化の構造
  はじめに
 一 寄せ場文化の基礎概念
 二 寄せ場文化の構造
 三 寄せ場文化の展開
 四 寄せ場文化の下位類型
  おわりに
 2 生者と使者の対話―釜ヶ崎「越冬闘争」
  はじめに
 一 越冬闘争をめぐる基礎的事実
 二 越冬闘争の過程
 三 越冬闘争の舞台
  おわりに
「寄せ場労働者の<生>の闘いとしての寄せ場文化は、四つの特徴に要約される。それらは、一般的に、被差別文化をの特徴に対応する。そこには、生のリアリティに直結した無限の多様性とダイナミズムがある。」(p.176)
@有用性
 寄せ場文化は、何よりも生活のための知恵と工夫の体系である。寄せ場労働者の基本的存在条件に規定されて、それは、三つの文化部分から成る。一つ、労働の文化、寄せ場労働者は、一見無意味で過酷な労働のなかで、さまざまな情感を生み出す。二つ、貧困の文化(O.ルイスの概念とは異なる)。寄せ場労働者は、極貧の生活のなかでさまざまなシノギの方法を考え出す。三つ、漂流の文化。寄せ場労働者は、仕事の旅のなかで固有の仮宿生活を生み出す。ドヤ的生活様式である。それは、モノと人間に固有の意味を与える。」(p.176)
A両義性
 寄せ場文化は、両義的である。社会構造上の位置に規定されて、寄せ場には、境界文化が形成される。寄せ場は、隔離された地域であり、アジールである。寄せ場は、地獄であり、天国である。そこには、差別の文化があり、解放の文化がある。懐疑があり、信頼がある。ある者は、「ラーメン一杯」で無二の親友を裏切る。ある者は、「ラーメン一杯」で見知らぬ人に心を委ねる。(pp.176-177)
B極限性
 寄せ場には、社会と人間の極限がある。そこでは、競争原理と共生原理が、激しくせめぎあう。ゆえにそこでは、社会の収奪と差別と抑圧の仕組みが、はっきり見える。その仕組みを越える道筋もまた、はっきり見える。寄せ場文化には、あいまいさがない。それは、地獄と天国の屹立する狭間に成立する。(p.177)
C超越性
 寄せ場は、「無縁」の地である。だからこそそこでは、一切の幻想が、暴かれる。一切の虚偽が、覆される。一切の価値が、転倒される。「ゆたかさ」とは何か。「やさしさ」とは何か。奪われたモノと人間関係の意味が、取り戻される。かくして寄せ場は、批判の原点となる。そこで、社会と時代を越える理念が、先取りされる。そこで、人びとは、<ミジメ>から<ホコリ>へ移行する。「ヒトリ」から「ナカマ」へ移行する。寄せ場は、めざされるべき「解放」と「自由」の千年王国となる。(p.177)

W 寄せ場の風景
 1 働き人が生きる
 2 釜ヶ崎・冬景色
 3 旅する働き人の歌
あとがき


◇中根敏光 19930831 『「寄せ場」をめぐる差別の構造』 広島修道大学総合研究所


◇丸山里美 20051101 「数々の脱出(エクソダス)をつなぎあわせて―女性ホームレスたちとの出会いから 」 『現代思想』Vol.33No.12、pp. 206-215、青土社

◇丸山里美 20060331 「野宿者の抵抗と主体性―女性野宿者の日常的実践から 」 『社会学評論』Vol.56No.4、pp. 898-914、日本社会学会
 1 はじめに―野宿者の主体性と抵抗への関心
 2 野宿者の中における女性
 3 女性野宿者たちの日常的実践
  3.1 女性野宿者たちの生活史
  3.2 生活に埋めこまれた制約と生活戦術
  3.3 野宿生活における創造性と<共同性>
 4 野宿を続けること/野宿を脱すること
 5 おわりに―断片的であること
「これまでの野宿者研究は、野宿者は更正すべき存在や救済の対象とするまなざしに対して、人びとの主体性や自立性を見る必要があると主張し、そこに状況変革へ向けた可能性を見いだしてきた。しかしそのときに、女性野宿者をはじめとする『勤勉な男性寄せ場労働者』的ではないような存在を見落とすことになってしまったことは否めないだろう。さらに、ここで見てきた3人の女性たちのような、周囲の人びととの関係性に応じて変化する実践は、『排除のイデオロギーに対抗』するために野宿者の『主体的』で『個人レベルの抵抗』に着目しようとする視点からは、抜け落ちてしまうものである。しかし彼女たちにとっては、主体的な意志にもとづいて野宿を続けることも、意識的にせよ無意識的にせよ生活戦術を用いながら野宿を生きぬいていくことも、福祉制度を受け入れて野宿を脱することも、それぞれたえず生起され続けていく野宿者の<共同性>の中で営まれている日々の実践の、一場面としてあらわれているようなことがらだった。ここに、野宿をすることと野宿を脱することの間に明確な境界が想定されるような、野宿者の抵抗や主体性を読みとることはできないだろう。」(p.909)
「これまでの研究では、野宿者の主体性や抵抗の姿に着目しようとするあまり、一貫した自律的な意志のもとに合理的な行為を選択していく主体が前提とされてきたのではないだろうか。そのため、周囲の人びとと取り結ぶ関係性に依りながら、日々変化していく状況に対応する過程であらわれていくような、行為遂行的な生活実践がとらえられなかったのだろう。しかしときには支配を受け入れ、ときにはそれに正面から抵抗し、ときには工夫をこらしつつ支配をくぐりぬけている野宿者の日々の生活のなかでは、主体的であったり抵抗として解釈されるような行為は部分的なものにすぎない。それにもかかわらず自律的な主体に想定し、自らの意志にもとづいた行為の結果として野宿をしていると野宿者を表象してしまうことは、野宿者自身の意志が援助を受ける際の選別の基準となるような特措法が制定された現在の状況では、『排除のイデオロギーに対抗』しようとする研究者の意図を超えて、排除を正当化する現実的効果をもってしまうことになる。むしろ、ここで見てきたような女性野宿者たちの実践に接近することに先立ってある、野宿者の抵抗の姿や主体性を見たいという研究者の欲望が、このような実践のうち、野宿しているという一時的な場面だけを切り取り、女性野宿者の存在やその生のあり方を見落としてしまうことに荷担してきたのではないか。」(pp.909-910)
「デイペッシュ・チャクラバルティはサバルタンの歴史を指して、『必然的に断片化されていて挿話風である』(Chakrabarty1995=1996:100)と述べているが、女性野宿者たちの実践も、長期的な視野にたった一貫性をもたない、断片的でしかないようなものとしてあらわれていた。つまり、野宿者の<共同性>が存在し続けることを前提に野宿を続けていきたいと語るHAさん、女性である自分が生活保護を受給できると思わなかったが、日々生起していく<共同性>のなかで野宿を脱することになったKSさん、『いつも男の人に頼』った結果、野宿生活と野宿からの脱出とを繰り返すTNさんの実践は、限られた資源や暴力という制約のなかにおかれ、伝統的に女性に期待されてきた役割に添って行為を遂行しているために、一貫性や主体性のなさと見えるようなものとしてあらわれている。こうした断片的でしかないような生のあり方は、野宿者であり女性であるということで、二重に周縁的な場においやられている女性野宿者たちの置かれている状況をよく示すものである。しかしこれは、女性野宿者に本来的に固有なものでも、女性野宿者だけに見られるようなものでもない。むしろ、主体性や合理性の残余としてあるネガティブなものが伝統的に女性におしつけられてきたことの結果として、女性に顕著に見られるようなことがらとしてあらわれているのだろう。ここで見られるような女性野宿者たちの断片的で一貫しない実践に着目することは、人びとの生が営まれている日常的な場から、自律した主体であることを欲望する知のあり方を問いなおす手がかりとなるのではないだろうか。」(p.910)

◇丸山里美 20060801 「自由でもなく強制でもなく」 『現代思想』Vol.34No.9、pp. 211-221、青土社

◇中桐康介 200609** 「野宿を肯定する」 『情況』9・10月号、情況出版
自立支援と排除―野宿すらできない社会
野宿の肯定
「私は野宿を肯定し『健康で文化的で豊かな野宿生活を』と主張してきた。」(p.194)
「強制排除とは、テントを奪われ生活の基盤を失うだけのことではない。じつは仲間との共同性に基づく生活や、地域で築いてきた信頼関係といった無形の財産をも奪われることだった。」(p.195)
「一人ひとりの仲間は、野宿に至った経緯はどうであれ、ここで何しろ生きている。けがや病気があっても気を張って生きている。『だらだら野宿する』とか『社会生活を拒否する』といったことではない。彼らは皆、地域で働きながら生きている。そのような労働者の日々の生活そのものを肯定したいのだ。」(p.195)

野宿=非人間的とする固定観念への疑問
「『野宿脱却』は、生活の改善という観点からすればじつは手段の一つでしかない。」(p.196)
「闘いは、野宿労働者の生活の営みの中から生み出される。野宿者のための闘いとして最も重要なのは、行政との対決や地域への訴えかけではない。仲間と地域の中で、日々の生活をしっかりと築き上げることなのだ。活動はここに依拠せぬ限り、逆説的に『自立支援』を肯定することになるだろう。なぜなら、野宿脱却とシェルター入所は必ずしも矛盾しないからだ。野宿からの脱却ゆえに失われてしまう大切なものに目を向けぬ限り、自立支援に対する批判は難しい。」(p.196)

野宿と非野宿の境目の不分明化
「働き方の観点に絞っても、非正規雇用・ワーキングプアの増大のなか、テント村にやってくる若者の多くがフリーターであり、大学生もアルバイトをしているひとがほとんどだ。私としては、フリーターとしての生活、大学生としての生活のために、知識を身につけ経験をふみ、自らの闘いのうえに生活を築き、その闘いでもって野宿労働者に連なってほしいと思う。」(p.196)

実践的な連帯・協同を


作成:山本崇記(立命館大学先端総合学術研究科)
UP:20060926 Rev:20060927,0928,20070129  http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/homeless.htm

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