|
> HOME >DATABASE □Jean-Paul, Sartre ◆Jean-Paul, Sartre、『知識人の擁護』(佐藤朔・岩崎力・松浪信三郎・平岡篤頼・古屋健三訳)、人文書院、19670220 知識人の位置(1966年9月20日 東京・慶応義塾大学における講演)/佐藤朔・岩崎力訳 「自己の使命を誤った知識人はすべてについて過ちをおかし、ことに、重大な時期に人民を欺いたといわれています。しかしながら、すぐみてとれるように、知識人が力をもっているという仮定の上にたたなければ、そんなことはいえないはずです。人民を欺くなどということは、たとえ望んだところで、思うがままにできるものではありません。ところが反面、知識人を攻撃する人びと自身が、まさにその力を知識人にたいして拒否しているのです。そもそも知識人たちがひとつの勢力であるなどということはありえません。彼は知識人はサラリー以外のものをもたず、したがって、いつでも好きな時にそのサラリーをたちきることのできる政治権力にたいして、知識人はあまりにも弱い存在だといわなければなりません。経済的・社会的勢力をもたない以上、知識人が自分をエリートだと思いこむのはまちがいですし、じじつ彼はエリートではないのです。」(p.9) 「そのとき、ことに当たったのは、もはや聖職者たちではなく、実践的知識の専門家、すなわちモンテスキューのような法律家、エルヴェシウスのような哲学理論家、ヴォルテール、ルソー、ディドロなどの文学者、ダランベールを代表とする数学者でありました。彼らはそれまで聖職者たちが占めていた位置をうばい、自分たちの新しい役割を明確にするために自ら『哲学者』名乗ったのでした。われわれが今日『知識人』と呼びならわすすものは、まさにそれなのです。」(pp.20-21) 「したがって、哲学者たちは、グラムシの言う『有機体的知識人』であったように思います。換言すれば、彼らはブルジョワジーのなかから生まれ、この階級の客観的精神を表現するという任務をひきうけていたのです。」(p.23) 「知識人とはなにか。それは知識の技術者です。」(p.25) 「彼らの技術的養成を定義し決定するのもやはり支配階級だという事実です。その手段は、初等教育―中等教育―高等教育というふうに、上から形づくられている教育体系です。」(pp.26-27) 「このように知的技術者はひとつの矛盾を負わされた形で、支配階級によって作り出されるのでありますが、彼らはその矛盾にひきさかれています。一方で彼らはその出発点において個別主義のイデオロギーと価値体系とを与えられ、それによって構造の一員として組みこまれるのですが、他方、人は彼らを、真理と思想の自由と普遍性の専門家としているのです。あるいはこういうほうがよければ、一方で彼らは上部構造に属する俸給生活者ないしは役人として支配階級に直属し、第三階層のある種のグループと同様に、個別性のなかに位置しています。しかし他方、科学者・歴史学者・教授等々の彼らの役割の水準においては、彼らは階級を超えた普遍性を実現するための代行者なのです。なぜなら、たとえばブルジョワジーにとってだけ正しいといった科学があろうはずはないのですから。」(p.36) 「とどのつまり、あらゆる知的技術者は潜在的知識人なのです。なぜならば彼はこの矛盾によって定義される存在であり、その矛盾は普遍性を目ざす彼の技術と、支配階級のイデオロギーおよび価値体系とのあいだの、彼らのなかで行なわれる絶えざる闘争に他ならないからです。」(p.40) 「たとえばここに歴史の教師がおり、監督官庁からいくつかの歴史的事実を曲げて教えるよう求められたとします。もしその教師が求められた変更を施したならば、彼はまだ知識人であるとはいえません。しかしながら、たとえそれまでは歴史研究に専念してきた人の場合でも、どうしても変更を加える気になれなければ、彼は必然的に、職業的良心の名において、あるいは日常彼が適用する科学的方法の名において、それまでは受動的に容認していたイデオロギーに意義を申し立て、疑義を抱くことになります。そのとき彼は知識人となるのです。」(p.42) 「ひきさかれ矛盾にみちた社会の産物である知識人は、その社会の証人なのです。なぜならば、彼は社会のなかのこの裂け目を内在化した人だからです。したがって、フランスでは時として知識人は消滅する運命にあるなどといわれますが、知識人は産みだした諸々の矛盾がまず消滅してしまわない限り、そのようなことは全くありえないのです。」(p.43) 知識人の役割(9月22日 東京・日比谷公会堂における講演)/松浪信三郎・平岡篤頼訳 「すなわち、一方では彼は、支配階級によって募集され、つくりだされ、育成され、したがって彼は、この階級のもろもろの必要と、この階級の『個別主義的』で『個別的』なイデオロギーによって構成されており、他方ではまた、彼は実践的な成果に到達しなければなりませんから、彼の方法は『厳密性』と『普遍性』を特色とします。それゆえ、彼のうちには、探求者としての彼に要求される探究および『異議申立て』の自由と、グラムシがいったように、『上部構造の役人』としての彼に要求される、個別主義および伝統主義とのあいだの矛盾があるわけです。」(p.47) 「知識人はそれゆえ、『自分の生活領域では、普遍性など存在しない』、それは、間断なく『つくってゆくべき』ものなのだ、ということを自覚している普遍性の技術者でなければならないのです。」(p.56) 「そういうわけで、知識人が自己を救出するために、自分自身にたいして、また社会にたいして行なうその異議申立ては、ひとつのプラクシス(実践)の消極的モメントにすぎず、このプラクシスの積極的な意味は、遠い未来の世界、多分いまだかつてわれわれの目にしたことのない―あるいは今後も決して目にすることのない、もしかしたら無限の前進にすぎないかもしれない―そんな世界における、真に自由な人間の出現ということなのです。」(p.60) 「じじつ、知識人は徹底的なのです。徹底主義と知識人の企てとは、一体をなすものなのです。なぜならば知識人は、自己の矛盾を理解するために、ぎりぎりのところまで自己に異議を申し立てねばならず、まさにそのことによって、社会的状況にたいしても、厳密な方法をもって異議を唱えるからです。」(p.64) 「すなわち、知識人となった技術者と、恵まれない階級の自然発生的思考とのあいだの、有機的協和のなかでこそはじめて、知識人にとって、自己を眺め、自己の矛盾を克服してゆく可能性が、もっとも見事に実現されるというわけです。」(p.72) 「そういうわけで、支配階級だけしか、研究者を創造することができません。そして研究者とは、知識人になりうる人間のことですから、知識人というのは、たとえ彼のほうで拒否しようと、その起源において支配階級と結ばれています。そういうわけで、知識人はいつでも、ある程度までは、恵まれない階級から引きはなされています。」(p.73) 「(1)不断の自己批判。知識人は、普遍的なもの(知識の専門家として、彼が実際に使用するもの)と、普遍化への努力とを混同すべきではありません。もし彼が、普遍的なものの番人であるなどとうぬぼれたら、彼はまさにそのことによって個別的となります。」(p.80) 「普遍性の専門家が、民衆的な普遍化の運動に奉仕することができるとすれば、それは引き裂かれた意識としてなので、彼は決して、完全に内側に入りこむこともできなければ、完全に外側にとどまることもできません。支配階級からは嫌疑をかけられ、それどころか、なにしろ彼らの与えた知識を、彼らに敵対するために使うのですから、裏切り者とさえ映り、また、彼の教養そのもの、彼の階級のために、恵まれない階級からもやはり、嫌疑をかけられます。だがこれこそ、彼が自分の仕事を達成するための、最良の条件なのです。」(p.83) 「そうした理由からも、大衆政党の内部には、それら機関の政治権力に参与する知識人がいるということが必要で、その存在が、最大限の規律や責任と、可能な最小限の批判とを表わします。同時にまた、政党の外部に、個人的に民衆運動に参加した知識人がいるということもやはり必要で、その存在は最小限の規律と最大限の批判とを表わすのです。」(p.85) 「これでわれわれは、この探究の最後に到着しました。われわれは知識人が、知識の代理人であり、彼の内部における普遍的なものと階級的個別主義との矛盾が、彼をうながして、普遍化を目ざす恵まれない階級の運動に参加させるのだということ、彼は緊張のなかで、大衆との連帯責任のなかで、彼の知識人性を生き、その大衆の目的をわかちもつのだということを知りました。残るのは、やはり、そんな状況のなかにあってさえ、彼は『だれからも』委任状を与えられていないということ、労働者階級からも怪しい目で見られ、支配階級の目にも裏切り者と映り、知識人は、結局それから脱出できないながらも、組織的に自己の階級を拒否し、修正され、しかしいっそう深化されたかたちで、自分自身の矛盾を民衆政党の内部にまで再発見するということです。そうした民衆政党の内部にあってさえ、知識人は、自分が同時に連帯責任をもち、また締出しを食っていると感じるもので、そうした党の内部でも彼は依然として、権力と潜在的な葛藤関係にありますから、彼はいかなるところでも同化されえず、彼自身の階級も、彼がその階級に愛想をつかしている以上に、彼に愛想をつかしてしまっています。そうだとすれば、どうして知識人の『役割』を云々することができるのでしょうか。」(p.88) 「言葉をかえていえば、知識人は、孤独のなかでしか、彼の矛盾にみちた状況を生きることができないのであり、その孤独とは、不断に『追放』の身でありながら、不断に大衆の側に立とうとする努力という、とりわけ有益な孤独なのです。なぜならば、もしこの孤独から脱出しようとするとき、知識人は知識人でなくなってしまうのですから。知識人がもっとも役立ちうるのは、単小的普遍として、つまり単なる学問の人としてではなく、以上述べた矛盾を生きる学問の人としてなのであり、この孤独、この『半追放』のような孤独のなかでこそ、知識人は、彼が奉仕しようとする人びとにもっとも接近することができるのです。」(pp.94-95) 作家は知識人か(9月27日 京都・京都会館における講演)/佐藤朔・古屋健三訳 訳注 用語解説/松浪信三郎・平岡篤頼 後期/佐藤朔 □Michel, Foucault ◆蓮實重彦・渡辺守章監修 『ミシェル・フーコー思考集成Y セクシュアリテ/真理』 筑摩書房 184 知識人の政治的機能(pp.145-151) 「知識人の政治的機能」、「ポリティック・エブド」誌、1976年11月29日―12月5日、31―33ページ。 《La fonction politique de l'intellectuel》, Politique-Hebdo, 29 novembre-5 decembre 1976, pp.31-33. イタリアで1977年に発表されることになる「ミシェル・フーコーとの対話」からの抜粋編集。[No.192参照] 長い間、「左翼」と言われる知識人が言葉を発し、語る権利を承認されるようになるのは真理と正義の大家である限りにおいてであった。彼が耳を傾けられ、あるいは彼が耳を傾けさせるとみなされていたのは普遍的なものの代表としてだったのである。知識人であること、それは幾分万人の良心であることであった。私はそこにはマルクス主義から、しかも精彩を欠いたマルクス主義から持ち込まれた一つの観念が見いだされると思う。この観念によると、プロレタリアートがその歴史的位置の必然性によって普遍的なものの担い手(しかし無媒介的で反省を欠き、自身をほとんど意識しない担い手)であるのと同様、知識人は、その道徳的、理論的、政治的な選択によってこの普遍性の担い手たることを望むのであるが、それは意識的かつ洗練された形態においてである。知識人はある普遍性についての明晰かつ個人的な形象であり、プロレタリアートはこの普遍性についての暗く集合的な形態であることになるだろう。 今や何年も前から、知識人がこうした役割を演じることを人はもはや要請しなくなっている。「理論と実践の(―p.145)結びつき」についての一つの新しい様式が確立されたのである。知識人たちは「普遍的なもの」、「模範的なもの」、「万人にとって正しいものや真なるもの」においてではなく、特定の諸部門、彼らを位置づける明確な地点において労働する習慣を身につけた。それは彼らの労働の職業的諸条件であったり、彼らの生の諸条件であったりする(住居、病院、保護施設、研究所、大学、社会的あるいは性的諸関係)。彼らはそこで確実に、諸闘争について、より具体的かつ無媒介的な意識を獲得した。そして彼らはそこで、プロレタリアートや大衆とはしばしば異なる、特定の(specifiques)、「普遍的ではない」諸問題に遭遇したのである。しかしながら、彼らは現実には互いに似通っていると私は思うのであるが、それには二つの理由がある。問題になっているのが現実的、物質的、日常的な諸闘争だからであるというのが一つ。そしてもう一つは、彼らは異なった形態においてであるが、多国籍企業、司法や警察の装置、不動産投機といった、プロレタリアート、農民あるいは大衆と同じ敵対者にしばしば遭遇するからである。これこそが私が「普遍的」知識人との対比において「特定的」知識人と呼ぶものである。 この新しい形象には一つの異なる政治的意義がある。つまり、この形象は、分離したままではあるが十分隣接している諸々のカテゴリーを、溶接するとは言わないにせよ、少なくとも再分節することを可能にするのである。これまで、知識人はすぐれて文筆家であった。普遍的意識、自由主体である彼は、<国家>や<資本>に仕える専門家(competences)でしかない者(エンジニア、官僚、教授)とは対置されていたのである。 政治化が行なわれるのが特定の活動を通してであるために、知識人を聖別する徴としてのエクリチュールの閾は消失する。そして知から知へ、ある政治化の地点から他の地点への横断的な紐帯を生産することが可能になる。つまり、官僚と精神医学者、医者とソーシャルワーカー、研究所員と社会学者が、各々が固有の場所でそして交換と支援の道を通して、知識人たちのグローバルな政治化へと参与することができるのである。このプロセスが説明するのは、文筆家が中心人物として消失する傾向があるとしても、教授と大学が出現するのは、おそらく主要な要素としてではなく、「交換者」、特権的な諸々の交錯点としてであるということである。<大学>と教育が(―p.146)政治的に超高感度な領域になったということの理由はおそらくそこにある。<大学>の危機と呼ばれるものは力の喪失として解釈されるべきではなく、反対に、知識人たちの多形的集合のただ中における、<大学>の権力的諸効果の多様化と強化として解釈されるべきである。実践的にはこれらの知識人すべてが<大学>を仲立ちにし、それを参照しているのである[・・・・・・]。 「特定的」知識人というこの形象が展開されたのは第二次世界大戦を通じてであるように私には思われる。おそらく原子物理学者―一語で、むしろ一つの名で述べればオッペンハイマー―が、普遍的知識人と特定的知識人の間の蝶番をなしている。制度や科学的知との直接的で局限された関係を持っていたからこそ、原子物理学者は介入したのであった。だが原子力の脅威が人類全体や世界の運命と関わっているがゆえに、その言説は同時に普遍的なものの言説でもあり得たのである。世界全体に関わっているこうした抗議という覆いの下で、原子力科学者は知のオーダーのうちにその特定のポジションを機能させていた。そして初めてだと私は思うのだが、知識人が、もはや彼が語る一般的言説に関連してではなく、彼が保持者である知のために、政治権力によって追求されたのである。まさにこのレヴェルにおいて彼は一つの政治的危険を構成したのであった[・・・・・・]。 十九世紀と二十世紀初頭において機能していた「普遍的」知識人は実際極めて特殊な歴史的一形象から派生したと想定され得る。つまり、正義の人、法の人、権力や専制や悪弊や富の横柄さに対して正義の普遍性や理念的な法の平等性を対置する者である。十八世紀において主要な政治闘争は、法、権利、憲法をめぐって、そして理性や自然において正しいもの、普遍的に妥当し得るしすべきであるものをめぐってなされていた。今日「知識人」と余呼ばれるもの(私が知識人ということで言わんとしているのは語の政治的意味においてであって、社会学的職業的意味においてではない。すなわちその知、能力、真理への関連を政治闘争のオーダーにおいて用いる者である)が誕生したのは、思うに法学者から、あるいはいずれにせよ正しき法の普遍性を援用し、必要があれば法律の専門家に抗する者からである(フランスではヴォルテールがこうした知識人のプロトタイプである)。「普遍的」知識人が派生したのは名土=法学者からであり、その十全な表現を、そこに万人が自らを識別し得るよう(―p.147)な意味や価値の担い手である文筆家のうちに見いだす。「特定的」知識人が派生するのは全く別の形象からであって、もはや「名土=法学者」ではなく「専門家=学者」である[・・・・・・]。 より明確な事柄に立ち返ることにしよう。現代社会における科学技術的諸構造の発達とともに、ここ十数年来の特定的知識人によって担われる重要性、そして一九六〇年以来のこの運動の加速を認めよう。特定的知識人は諸々の障害に遭遇し、諸々の危険にされされている。状況的な闘争、各部門の要求事項に留まってしまうという危険。局地的闘争を導いている政治的政党や組合装置によって操作されるがままになるというリスク。とりわけグローバルな戦略や外的支援を欠くために闘争を展開させることができなくなるというリスク。フランスで、人は現在そうした一例を目の当たりにしている。監獄、処罰システム、警察司法装置をめぐる闘争は、ソーシャルワーカーや元拘留者たちによって「孤独のうちに」展開されてきたが、闘争の拡大を可能にしうるような全てのものから次第に分離されていった。この闘争は、非行者を同時に無垢な犠牲者かつ純粋な反抗者に、大いなる社会的な犠牲の子羊かつ未来の革命の若き狼にしてしまうような素朴で古風なあらゆるイデオロギーによって浸透させられていた。十九世紀末のアナーキズム的テーマへのこのような回帰が可能になったのは、まさに現在の諸戦略への統合の欠落によってである。そして結果はといえば、単調かつ叙情的で、しかも小さなグループにしか聞いてもらえないちっぽけな歌声と、それを本物と間違えない良き理性は持ち合わせているものの、犯罪行為によって入念に整えられる恐怖によって、司法的警察的装置の維持どころか強化すら容認してしまう大衆との間の、根深い不一致である。 私には、特定的知識人の機能が練り上げ直されるべき時点に我々がいるように思われる。ある人々の偉大な「普遍的」知識人へのノスタルジーにも関わらず(「我々は哲学を、世界観を必要としている」と彼らは言う)、この機能は放棄されるべきではない。精神医学において得られた重要な諸結果について考えるだけで十分である。すなわち、それらが示しているのは、局地的かつ特定的なこれら闘争は誤りではなく、袋小路に導かれもしなか(―p.148)ったということである。人は以下のように言うことすらできる。つまり好むと好まざるに関わらず、原子物理学者、遺伝学者、情報科学者、薬理学者、等々である限り取らざるを得ない政治的責任に見合って、特定知識人の役割はますます重要になるべきであると。それは大衆の関心を引かない専門家の事柄だ(このことは二重に誤りである。大衆はそれらに関する意識を持っているし、いずれにせよ彼らもそこに巻き込まれているのである)とか、<資本>や<国家>に仕えている(このことは正しい。しかし同時に彼が占める戦略的な場所も明らかになっている)とか、ましてや科学者イデオロギーを運搬する(このことは常に正しいわけではないし、真なる言説への固有の諸効果という一次的なものと比べると二次的重要性しか持っていない)という口実の下に、局地的知との関連における特定的知識人の役割を失効させることは危険であろう。 重要であると私が思うのは、真理が権力の外にあるのでも権力なしにあるのでもないということである(その歴史と諸機能が取り上げ直されなければならない一つの神話にも関わらず、真理は自由な精神の報酬でもないし、長き孤独の子供でもないし、自らを解放することができた者の特権でもない)。真理はこの世界に属している。つまり真理がそこで生産されるのは数多くの制約によってであり、真理はそこで権力の規則付けられた諸効果を保持している。各々の社会はその真理の体制、その真理の「一般的政治」を持っているのである。すなわち真なるものとして受け入れられ、機能させられるような言説の諸々のタイプ。真あるいは偽である諸言表の区別を可能にする諸々のメカニズムや審級、その一方を許可し他方を罰するやり方。真理の獲得のために価値付与されている諸々の技術や手続き。真として機能する事を言う任務を持つ者の地位。 我々のいる社会では、真理の「政治経済」は歴史的に重要な五つの特徴によって性格付けられる。「真理」は科学的言説という形式やそれを生産する諸制度において中心に据えられている。「真理」は恒常的な経済的政治的誘発に服している(経済生産にとってのそして政治権力にとっての真理の欲求)「真理」は数多くの形態の下で、莫大な伝播や消費の対象である(真理が流通するのは、一定の厳密な限界にも関わらず、社会体において相対的に広い延長を有する教育あるいは情報の装置のうちにである)。「真理」が生産され伝達されるのは、排他的(―p.149)ではないものの支配的な、いくつかの政治的あるいは経済的な大装置による統制の下においてである(<大学>、軍隊、文字、メディア)。そして最後に「真理」はあらゆる政治討論や社会対立の争点である(諸々のイデオロギー「闘争」)。 今や知識人において考慮に入れられなければならないのは、したがって「普遍的諸価値の担い手」ではないように私には思われる。それは確かにある特定のポジションを占める誰かではある―しかし我々のような社会において真理の装置の一般的諸機能に結びつく特定性を持っている。言い換えると、知識人は三重の特定性に属している。その階級的位置の特定性(資本主義に奉仕するプチブル、プロレタリアートの「有機的」知識人)。その知識人という条件に結びついた、生や労働の特定性(その研究領域、研究所におけるその場所、大学、病院等の、彼がそこに服しあるいはそこに対して反抗する経済的政治的諸要請)。最後に、我々の社会における真理の政治の特定性。 そしてまさにそこにおいて知識人のポジションが一つの一般的意義を持つことができる。彼が導く局地的あるいは特定の闘いは、彼と共に単に職業的だったり部門的だったりするのではないような諸々の効果や含意を担うのである。彼が機能し闘争するのは、我々の社会の諸構造や機能にとっては非常に本質的な真理の体制という一般的レヴェルにおいてである。「真理のための」闘いあるいは少なくとも「真理をめぐっての」闘いがあるが、もう一度、真理によって私が意味しているのが「発見されあるいは容認されるだけでよい真なる事柄の集合」ではなく、「それに従って真と偽を分割し、権力の特定の諸効果を真なるものに付与する諸規則の集合」であるということが理解されよう。また、問題になっているのが真理「に賛成する」闘いではなく、真理の地位や真理が演じる経済的政治的役割をめぐっていることも理解されよう。知識人の政治的諸問題は「科学/イデオロギー」という語彙においてではなく「真理/権力」という語彙において思考されなければならない。そしてまさにそこにおいて、知識人の専門化という問い、肉体労働/知的労働という分業の問いが新たに考察されうるのである。 これら全てはだいぶ混乱し、不確かに見えるに違いない。その通り不確かであり、ここで私が述べていること(―p.150)はとりわけ仮説という資格を持っている。しかしながら、これらが少しでも混乱が少ないものであるためにも、私はいくつかの「命題」を述べたいと思っている。―承認された事柄という意味ではなく、単に未来の試論あるいは試練に供する意味において。 ―「真理」を、諸言表の生産、法、配分、流通や機能のための規則付けられた諸手続の集合と解すること。 ―「真理」はそれを生産して支える権力のシステムに、そして真理が誘発し真理を継続する権力の諸効果に循環的に結びついている。真理の「体制」。 ―この体制は単にイデオロギー的であったり上部構造的なのではない。それは資本主義の編成と展開の一条件である。これこそが、いくつかの変更という留保の下に、数多くの社会主義国のいて機能しているのである(私は自分が知らない中国の問いを開いたままにしておく)。 ―知識人にとって本質的な政治問題、それは科学に結びついたイデオロギー的内容を批判したり、その科学的実践に正しいイデオロギーが伴うようにすることではない。新しい真理の政治を構成することが可能かどうかを知ることである。問題は人々の「意識」や人々が頭の中に持っているものを変えることではなく、真理の生産の政治的、経済的、制度的体制を変えることである。 ―問題なのは真理をあらゆる権力システムから解放することではない―真理はそれ自体が権力なのだからそんなことは一つの空想であろう―、その内部でさしあたって真理が機能しているヘゲモニーの(社会的、経済的、文化的)諸形態の真理から権力を引き離すことである[・・・・・・]。 □Jean-francois, Lyotard ◆Jean-Francois, Lyotard, Tombeau de l'intellectuel et autres papiers, Galilee, 1984(=19880615、『知識人の終焉』原田佳彦・清水正訳、法政大学出版局) 目次 T 知識人の終焉 「<知識人>とは、それよりもむしろ、人間、人類、国民、人民、プロレタリアート、生きとし生けるもの=被造物、ないしはこれに類する何らかの実体的存在の立場に身を置いたうえで、すなわち、ある普遍的な価値をそなえた一個の主体の立場に自己を同一化〔一体化〕したうえで、その視点から、ある状況ないし状態を記述し、分析して、その主体が自己を表現するために、少なくともその自己実現の前進のために、何がなされなければならないか、を指示するような精神の持主である、と私には思われる。<知識人>が各人に語りかけるのは、各自がそれぞれこうした実体的存在の受託者、その胎児〔萌芽〕である限りにおいてなのであって、その言明が各人に準拠するのも同じくその限りにおいてであり、この言明が各人から発するのも同様にその限りにおいてなのである。<知識人>の責任は、普遍的な主体という(共有された)理念と不可分である。それだけが(フランスに話しを限れば)ヴォルテール、ゾラ、ペギー、サルトルに対して―人々が彼らに認めた―権威を与えることができるものなのだ。」(pp.4-5) 「一世紀にわたって、自由主義政治を活気づけてきた『啓蒙』思想についても、事情は同じである。啓蒙思想は古びて失効してしまった。啓蒙思想の力量を正確に評価するためには、その有力な拠点であった―最も先進的な社会における―『学校教育』の状況を検討してみなければならない。『啓蒙主義者』および19世紀におけるその後継者たちのような<知識人>たちは、教育が普及すれば市民の自由は強化され、排他的利己主義〔地方主義〕が一掃されて戦争を妨ぐことになる、と考えていたのである。今日、教育はいたるところで信用を失っている。教育に期待されているのは、より教養ある市民をつくることではなく、より遂行的な〔能率的な〕職業人=専門家をつくりだすことだけである。それこそが、フランスにおける高等教育の第一課程の改革がめざす、公式に言明された目的なのだ。もはや、無知は罪、ということではなくて、知識の習得とはよりより賃金を約束する職業上の資格を手に入れることなのである。」(p.15) 「というわけで、もはや<知識人>なるものは存在する筈がないし、もし存在するというのであれば、それは彼ら<知識人>たちが18世紀以降の西欧の歴史におけるこうした新たな事態〔データ〕に眼を閉じているからだ。すなわち、現実のなかから合図を送る普遍的な主体―犠牲者、その名においてこそ、思考が論告―それがまた同時にひとつの<世界観>(それに相当する具体的な名は、よろしく見つけ出していただきたい)でもあるような論告を起草することができる、そんな主体―犠牲者は存在しないのである。サルトルが、不正の錯綜した迷路のなかで自らに指針を与えるべく、その立場に一体化しようと努めた<最も恵まれない人>でさえ、結局のところ、否定的で匿名的な、そして経験的な実体〔抽象的な存在〕にすぎなかった。そうした恵まれない人の運命〔境遇〕にかかずらわるには及ばない、と言っているのではない、倫理的、市民的な責任によって、そうすべきなのだ。しかし、このような立場からは、防禦的で、しかも局部的な介入〔措置〕しか生じてこないのである。それ以上にこの立場を拡張すれば、そうしたことがサルトルの思考を迷わせたように、思考をあてもなく迷わせることになりかねないのだ。」(pp.15-16) U 争異 V 非-文化政策のために W 新しいテクノロジー X ヴィトゲンシュタイン、<以後> 「ヴィトゲンシュタイン以後に残されたこととして、次に、こうした非人間性の、<社会的羈絆>という問題に対するかかわりを分析しなければならない。その場合、主たる困難は、普通そう考えられているように、国家とか<市民社会>とかのうちにあるのではなくて、資本の活動―いかなる政治ないし社会体制〔制度〕よりもはるかに柔軟で、しかもはるかに<非人間的>な(そう言いたければ、抑圧的な)一連の文の体制〔制度〕―のうちにある、ということを、まず理解しておかなければならないだろう。賃金、利潤、支払いおよび信用通貨、通貨市場といった、これらの対象を、各種の言語ゲームに属する様々な差し手、そして/あるいは、諸規則として分析してみるのは、きわめて興味深いことだろう。が、もし資本というものが時間を統禦し、継続してゆくための、いかなる形にもとらわれない〔多形的な〕あり方だとしたら、どうであろうか。」(p.71) Y 知的流行 Z ポストモダン問題への軽やかな補遺 「今日における社会の重大問題は国家の問題である、という話を至るところで耳にするが、それは思い違い、それも大変な思い違いである。現代国家の問題も含めて、他のいかなる問題にもまさる重要問題、それは資本の問題である」(p.85) 「資本主義は、近代性の様々な名称のうちのひとつである。資本主義は、デカルトによって(おそらくはまた、最初の近代人たるアウグスティヌスによって)既に示されていた意志という決定機関に対する無限の投資を前提とするものである。文芸上のロマン主義は、このように意欲を無限の富裕化として捉える現実主義的、ブルジョワ的、小商人的な解釈と戦っている、と信じていた。しかし、資本主義は、諸科学を駆り立てている、知ることへの無限の欲望を、その統制下に置き、この無限の欲望の実現を、資本主義に特有の技術性という基準に―つまり、収入/支出(インプット/アウトプット)関係の果てしない最適化を求める遂行性の規則に―従わせる力を備えていたのだ。」(p.86) 「いわゆる脱工業化(トゥレーヌ、ベル)ということのなかで、決定的なことは、意志の無限性が言語そのものに投資していることである。ここ二十年来の重大な事件は、政治経済学と歴史的時代区分の平板きわまる用語で表現すれば、言語が生産的な商品―つまり、コード化し、脱コード化〔解読〕し、伝達し、(情報をパッケトにして)整理し、再生し、保存し、いつでも使用可能な状態に置き(記憶装置)、統合して結論を引き出し(計算)、対立させる(ゲーム、紛争、サイバネティックス)ためのメッセージとみなされた文―へと変貌したこと、そしてその計測単位―これはまた、価格の単位でもあるが―、つまり情報が確立したことである。言語に資本主義が侵入したことの結果は、まだ出はじめたばかりである。市場の拡大と新たに産業戦略という外観のもとで、来たるべき時代は、最良の遂行性という基準に従って、無限の欲望が言語問題に集中〔投資〕される時代である。」(p.92) 「アドルノをそうした拒絶に駆り立てているもの、それは政治の問題である。というのも、私がここで急いでざっとポストモダンとして記述していることが適切なものであるとしても、それでは正義という問題についてはどういうことになるだろうか。それについて私が言っていることは、新-自由主義の政策を推奨する、という結果を導くことになるだろうか。決してそんなことにはならない、と私は思う。新-自由主義それ自体がまやかし〔幻想〕である。実情は、国家と政治階級にかしずかれた、産業、社会、財政上の帝国への中央集権化ということなのだ。しかし、一方で、これらの独占的な怪物がどんな場合にも遂行的であるわけではなく、意志に(―p.96)対する障壁(われわれがかつて野蛮と呼んでいたもの)でもあり得ること、他方、19世紀的な意味での労働は廃止されるべきもの、それも失業という形をとらずに別のやり方で廃止されるべきものであることが、次第に明らかになり始めたように思われる。すでに19世紀の初頭、スタンダールは、理想はもはや古代人の肉体的な力ではなく、柔軟さ、素早さ、変身の能力なのである(人は夕暮れには舞踏会に出かけ、翌日の明け方には戦争をしている)、と言っていた。軽やかであること、目覚めていること―禅的でもあれば、イタリア的でもあるような言葉だ。それはすぐれて言語の美点なのである。というのも、言語は新しいものを創り出すのに、ごく僅かのエネルギーしか必要としないからだ(チューリッヒにおけるアインシュタイン)。言語機器は高価なものではない。このことは早くも経済学者は落胆させている。つまり、言語機器は、この成長期の終りに際して、われわれが頭を悩ましている巨額な過剰投資を解消することはあるまい、と彼ら経済学者たちは言うのである。多分、その通りだろう。したがって、意志の無限性を軽やかであることと調(―p.97)和させなければならないのだ。つまり、ずっと少なく<働く>こと、ずっと多く学び、知り、発明し、流通させることである。政治における正義とは、こうした方向を推し進めることである(いずれ、購買力の低下を伴わない、労働時間の協調的削減に関する国際的合意に達することが必要とされるようになるだろう)。」(pp.96-98) 原註 訳註 初出一覧 T 知識人の終焉―「ル・モンド(Le Monde)」紙、1983年10月8日。 U 争異―「ル・モンド」紙、1982年4月8日。 V 非-文化政策のために―1981年夏。「ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール(Nouvel Observateur)誌のアンケートに対する回答(未掲載)」 W 新しいテクノロジー1982年1月21日、経済予測中央研究所と社会経済情報研究所におけるセミナー。 X ヴィトゲンシュタイン、<以後>―「リベラシオン(Liberation)」紙、1983年3月1日。 Y 知的流行―「コリエーレ・デラ・セラ(Corrier della Sera)」紙、1983年5月4日。 Z ポストモダン問題への軽やかな補遺―「バビローヌ(Babylone)」誌、1982―1983年冬号。 □Maurice, Blanchot ◆Maurice, Blanchot, Les intellectuels en question: Ebauche d'une reflexion, Farrago, 2000(=20021210、『問われる知識人 ある省察の覚書』安原伸一朗訳、月曜社) 目次 問われる知識人 「知識人の現況とはどのようなものなのか。知識人とは誰なのか。誰が知識人たるに値するのか。知識人だと呼ばれていったい誰が自分の評判を傷つけられたと感じるのか。知識人だって? それは、詩人でも作家でもない。哲学者でも歴史家でもない。画家でも彫刻家でもない。たとえ教鞭を取っていようと、学識者ではない。思うに、ひとは、知識人になりきってしまうことができないのと同じように、つねに知識人であるというわけにもいかないのだ。それは、仕事から一時的に私たちの目を逸らすだけではなく、世の中で起こっていることに目を向けさせ、判断したり評価したりもさせる、私たち自身の一部なのである。言いかえれば、知識人とは、無理に行動しようとはせず、政治権力を行使しないだけに、かえってあらゆる行動と権力とに近いのだ。だからといって知識人は、行動全般や権力に関心をもたないわけではない。彼は、政治的なものの表舞台にはいないものの、そこで手をこまねいているわけではないし、隠居に入るのではまったくない。それどころか彼は、政治的なものからつねに一定の距離を保ち、たえず後退しようと努めながら、政治的なものに身を落ち着けるために(仮住まいではあるが)、自分を退けるこの近さを利用しようとする。あたかも、自分自身へのというよりは他者への配慮の表れである鋭敏な注意をもって、監視し、起き続け、身構えるためにのみそこにいる見張りと同じようにして。」(pp.12-13) 「すると、知識人とは、単なる一市民にすぎないのかもしれない。それでもすでに十分だろう。自分の必要や考えにしたがって票を投じることに飽き足らず、投票した後にそのたった一つの行為がもたらす結果に関心を抱き、必要な行動に対しては距離を取りながらもその意味については考え、発言もすれば、黙りもする一市民。それゆえ知識人とは、知性の専門家なのではない。それならば、専門たりえぬものの専門家なのか。自分が知っている以上のことを知っていると思わせるのに長けた、知性という、精神のもつこの抜け目なさからは、知識人は生まれない。知識人は、自らの限界をわきまえ、自分が精神的な動物の国に属していることを受け入れるが、信じやすくはなく、疑念を抱くものの、必要な時には同意を示し、喚き立てることはない。したがって知識人は、しばしばアンドレ・ブルトンを当然のことながら逆上させた不幸な言葉遣いで言えば、状況参加のひとではない。だからといって、知識人が態度を決めないということではない。それどころか、もっとも重要性をもつと思われる考え、つまり危難についての考え、そして危難に抗する考えに従って決断する彼は、頑固者でしぶとい者だ。なぜなら、思考の勇気に勝る勇気はないからである。」(pp.13-14) 「ドレフェス事件が知識人をはっきりと名指しし、知識人を定義し、ときには称えているように見えるとすれば、この事件はまた、どれほどこの栄誉が重荷になるのか、知識人を変容させ彼らの手には負えないような使命を課すのかをも、示している。」(p.29) 「このことから、知識人が必要とされるのは、恐らく、正義という単純な理念へと、人間一般という理念がそうでありうるような抽象的で形式的な正義の理念へと舞い戻るためなのだ、と結論づけることができるだろう。」(p.33) 「ひとは、一人では知識人たりえないし、(少なくとも作家である限り)引き受けざるをえないような個人的要請によって、けっして無傷では抜け出せない孤独に陥るだけに、知識人であることはなおさら難しい。」(p.34) 「恣意的ながら、私はここで立ち止まって、いくつかの指摘を行なったり繰り返したりしたい。知識人というこの名を担ってからというもの、知識人が行なってきたこととは、自分のあるがままの姿(作家、学者、芸術家)を晒すのを一時的に止めて、正義と自由とに関わるがゆえにおぼろげながらも有無を言わせぬ、道徳的要請に応えるということにほかならない。漠然とした言葉、しっかりと輪郭づけられてはいないが力のある主張。ドレフェス事件からヒトラー、そしてアウシュヴィッツに至るまで、確認されてきたのは、知識人に知識人たることをもっとも啓発してきたのが、反ユダヤ主義(人種差別、外国人嫌いを含む)だということである。言いかえれば、こういう形での他者への配慮からこそ、知識人は、自己の創造的孤独の外に出るのを余儀なくされた(あるいは余儀なくされなかった)のだ。定言命令は、カントによって与えられた理念的一般性を失いながらも、アドルノによってほぼ次のように定式化され命令となった。アウシュヴィッツが二度と繰り返されないように考え、行動せよ。これは、アウシュヴィッツが一個の概念になってはならないということ。そして、一つの絶対がそこで到達されてしまい、他の一切の権利や義務はその前で判断されるということを含意している。」(p.55-56) 「知識人たちが恐らくこれまで解明しえなかったのは、戦争や、戦争と社会的解放との関係という、この問題である。(革命が顕現するのに戦争が必要とされるのは、その革命そのものが一つの戦争であり、戦争の手段―容疑者逮捕令、民主主義的規則の撤廃、強制収容所―が革命を存続させるのに必要だからだと答えたくなるのがつねなのだ。)」(p.57) 「知識人が免れることのできない第三の困難は、ドレフェス事件以来、変わっていない。この事件当時は、大義の正当性ゆえにそれほどこだわらずに済んだ事柄なのだが。つまり、作家、芸術家、学者が、自分たちの手に入れた影響力、自分たちの本来の活(―p.57)動による権威を流用して、政治的選択や道義的選択に役立ててしまうということである。それはゾラのケースだ。それはサルトルのケースだ。それは、さらに最近のところでは、とある高名な芸術家のケースだ。この芸術家は自分の芸術において秀でていたため、そのひとにはあらゆるテーマについて政治的ないし道徳的声明が求められた。その声明に価値があり聴衆がいるのは、そのひとの芸術家としての名声のおかげなのだが、そうした聴衆や価値は、過度のものというわけではないものの、芸術家という一人の市民が他の市民と同等なわけではないことを示してはいる。これは、サルトルの絶えざる困惑でもあった。若くして名を成した彼は、生来の慎ましさがいかほどであろうと、ある責任が自分に与えられていると感じ、それによって、夢や希望のままに話したり、書いたりしながら自分が当然主張してしかるべきことを遙かに越えたところで態度決定を余儀なくされ、明白な事実を前にして自分の夢や希望を否認せざるをえないほどになったのである。そのとき彼は、自分を重要人物と成した栄光、自分がほかのひとの役に立てようと望んでいた栄光をもたらしてくれた、作家としてのおのれの地位に背を向けた。彼はもやは一人の作家ではなくなり、古典的な知識人(―p.58)でもなく、ある『新たな知識人』(高潔ではあるが雑駁な義務をもつ)になったのだ。彼はしかし、失明という試練が沈黙―彼は勇敢にもこの沈黙に耐えた―を彼に強いる日まで、『新たな知識人』が筆をとることを完全に禁じられなかった。」(pp.57-59) 「恐らく、この困難には薬がないだろう。だがこの困難は、知識人が次のようなことをひとに納得させられる場合には軽減されうる。それは、自分が一時的にだけ、それも、ある特定の大義に対してのみ知識人であるにすぎないということであり、また、自分はその大義を支持する一介の人物にすぎず、万人の無名性のなかに見失われ、匿名性に結び合わさることが自分の望み(たとえ虚しいものだとしても)なのだということである。この匿名性は、作家あるいは芸術家としてのおのれの深奥にあって、つねに否認される熱望でさええある。」(p.59) →1968年に関する言及 註記 訳註 訳者解説 文学と政治の間―ブランショによる知識人論 訳者あとがき □Pierre, Bourdieu ◆1970, La Reproduction, Editions de Minuit=(19910425、『再生産〔教育・社会・文化〕』宮島喬訳、藤原書店) 序 第T部 象徴的暴力の理論の基礎 1 教育的働きかけの二重の恣意 2 教育的権威 3 教育的労働について 4 教育システムについて 第U部 秩序の維持 1 文化資本と教育的コミュニケーション 選別に先立つ不平等と選別の不平等 システムの論理からシステム変容の論理へ 2 教養人的伝統と社会の自己保存 教育的権威と言語活動の権威 言語活動と言語活動への関係 会話と自己保存 3 排除と選別 試験―教育システムの構造と歴史のなかで 試験と試験なき排除 技術的選別と社会的選別 4 独立による従属 「一般利益」の特殊的機能 機能の未分化と相違への無関心 教育システムのイデオロギー的機能 付論 高等教育進学機会の構造の変化 ―変形か、それとも転移か― 原注 解説 附録(フランスの教育システムに関する用語説明/フランスの教育制度) 索引 ◆1984, Homo Academicus, Editions de Minuit=(19970330、『ホモ・アカデミクス』石崎晴己・東松秀雄訳、藤原書店) 序にかえて―二十年後 第1章 この本を焼くべきか? 構築の作業とその効果 経験的個人とエピステメ的個人 第2章 学部の争い 疎隔と密着 学問的能力〔=権限〕と社会的能力〔=権限〕 第3章 資本の種類と権力の形態 権力空間の構造 通常の教授たちと集団の再生産 時間と権力 聖別された異端者 共犯的敵対者 刷新 位置と位置〔態度〕決定 第4章 集団の防衛と均衡の破壊 機能の代理化 継承の危機 目的なき合目的性 時間的秩序 均衡の破壊 第5章 危機的瞬間 特殊的矛盾 「したがって次のように想定することができる。第一に、疑う余地なき危機がその最大の強度を見せたのは、不適合な熱望を永続化するのに都合の良い、あらゆる社会的場の中においてであること。第二に、劇的な見直しを余儀なくされる不適合を助長するのに適したこれらの場は、それが約束する社会的将来が具体性を欠くが故に、不適合な熱望を抱く行為者たちを引きつけ、彼らがこの不適合を永続化するのに好都合な条件を保証するということである。」(p.242) 共時化 「しかし、実は現実亜はもっと複雑である。というのも、政治あるいは組合活動の職業的活動家に固有のある種の対立は、被支配者間の相同的な対立、特に、より自覚的でより組織された常勤の労働者と、意気阻喪し動員解除されたルンペン・プロレタリアとの対立によりどころを求めることがある。そういうわけで、労働運動の中において、科学主義的にして権威主義的な、あるいはテクノクラート的とも言える傾向を代表する者―大抵は特殊的能力という資本(理論、経済学、弁証法的唯物論など)を保持している―は、ともすると、より安定的で統合されたプロレタリアートに依拠する傾向があり、これに対して、大衆自発革命主義的・絶対自由主義的立場を擁護する者―多くの場合、文化的資本に劣り、思想家としての活動よりも、運動指導者やアジテーターとしての実践的活動に向かう―は、被支配者のうち、もっとも下層のもっとも組織されていない下位集団、特にルンペン・プロレタリアートの代弁者となる傾向があるのである。」(p.255) 真相を顕示するものとしての危機 「逆に現在においても未来においても、客観的にも主観的にも、システムのかつての状態と特殊的能力の身分的保証に深く結びついていない教員の場合には、混乱を巻き起こした出来事disrupting eventsがもたらした未決定の可能事の中に自己の姿を投影し、検閲の廃止に乗じて、このようにして提供された将来の空白のページに自分たちのファンタスムを投影することになりがちなのは明らかである。彼らは、かつての状態にはそれほど備給〔投資〕しておらず、またそこからの見返りの期待も少ない。大学空間の中での軌道と位置(学部、学科、学校的軌道、社会的軌道)に結びついたハビトゥスと利害とは、危機的な出来事の知覚と評価の原理であり、それ故に、これらの出来事の効果が実践の中に及ぶための媒介なのである。」(pp.262-263) 「しかし、ブルジョワ階級出身の学生たちによる貴族の反乱によって開始された運動には、均衡の局面において行為者たちと暗黙の前提事項との間の直接的共犯性が隠していたすべてのものを、白日の下に暴き出す可能性はほとんどなかった。この共犯性とは、大学空間を構成する位置に見合った形態の性向を所有する諸個人が、分かち難く社会的でもあり学校的でもある選別によって選別されて来たということの結果に他ならない。というのも、学生運動や教員組合(その他)の正式な代弁者は、政治・組合機関の慣用語法の中に適切な呼び名を持つことのない不満を表現するための素質をほとんど持ち合わせていなかったし、支配の純然たる文化的次元を知覚し指摘する態勢にはなかったのである。一方、異議申し立ての運動から出た指導者による大衆自発革命主義的言説の方は、この不満の決定要因を呪術的に否認することを原理としていた。それは『ソルボンヌを労働者の手に!』とか『労働者たちをソルボンヌに!』といったスローガンが語っているところである。」(pp.264-265) 公表された意見 自発性の幻想 「自覚化こそは意識的に把握された共通の利害を核とする集団の意志的な終結の土台である、だとか、こう言った方が良ければ、それは理論的な階級を構成するメンバー全員の個人的意識が歴史に内在する法則と直接的に合致することであり、この法則が彼らを階級となし、同時に彼らの行動の必然的にして自由な目的を彼らに与えるのだ、といった自覚化神話は、集団および世界の集団的なヴィジョンによる構築作業を覆い隠してしまう。」(p.270) 「たしかに、危機的状況は通常の秩序よりも、代弁者たちからなる空間、つまり政治界としての限りでの政治界の転覆のために、より好都合である。というのも、ともすると〔政治技術の〕素人の即興を妨害したり組み込もうとする社会的技術の効果がどんなに強力なものであっても、素人は、類似した性向と出会うことに支えられて、力を増し、検閲の廃止を利用して、おそらく危機の含むもっとも重要でもっとも長続きする効果に貢献することができるのである。すなわち、思考と生活様式の奥深い変化、より正確には、日常生活の象徴的次元全体の奥深い変化としての象徴革命である。」(p.278) 補遺1 使用情報源 2 学部の形態上の変化/学科の形態上の変化 3 フランス知識人のヒットパレード 4 対応分析 原注 訳注 付録<インタヴュー>大学―裸の王様たち(聞き手 ディディエ・エリボン/桑田禮彰訳) 知識人の自律 「知識人たちを操作しているメカニズムを何としても認識しなければなりません。まさにこのメカニズムが、知識人たちから、自分たちの生産活動をしっかり評価する力を奪っているからです。」(p.366) 「知識人の世界の自律に役立つ可能性のあるものはどんなものでも擁護しなければならない」(p.367) 「知識人の役割の根本的核心とは、ありとあらゆる権力を軽蔑する点にあるのですから。」(p.367) 知識人の足元の分析 「私の仕事は、こうしたやり方とは決定的に異なります。私は、『知識人特有の利害関係』と『他人の利害関係について彼らによって行なわれる不十分な洞察』とが、同時に生じるメカニズム全体を、記述したからです。『知識人特有の利害関係』について言えば、マルクス主義者のように、それを『階級的利害関係』に還元することなど、まったく不可能です。つまり、マルクス主義者は知識人たちの『階級的利害関係』ばかり告発するのですが、こうした知識人攻撃は、あまりにもおおざっぱすぎて、相手に少しも打撃を与えないのです。大きな砲弾ばかり使うと、なかなか敵には当たらないものです。問題は、左翼にせよ右翼にせよ、とにかく知識人たちには、自分自身の足元が全然見えていないことです。いい例があります。レイモン・アロン『知識人の阿片』で左翼知識人を、またシモーヌ・ド・ボーヴォワールは『今日の右翼思想』で右翼知識人を、それぞれ批判しました。しかし、おたがい自分の足元については盲目なのです。」(pp.370-371) タイトル「ホモ・アカデミクス」 『ホモ・アカデミクス』の効用 哲学的批判の徹底としての哲学批判 「『知識人界』というのは、その知識人が他の知識人ないし大学人と、つながりを持つと同時に対立しあう競争関係、さらには葛藤関係の全体のことです。」(p.376) 具体的政治状況と社会学 「少なくとも高等教育及び学問研究については、自由放任、自律、自主管理こそ、最も優れた政策だと思います。この点については、ほんとうは十分な論証が必要です。」(p.377) 政治とは何か 日常生活の中の政治的創意 訳者解説 図表一覧 索引 ◆1987, Choses Dites, Editions de Minuit=(19880430、『構造と実践―ブルデュー自身によるブルデュー―』石崎晴己訳、新評論) 日本の読者へ はしがき T 道程 1 哲学のフィールドワーク 学生時代の知的状況 人類学的研究と構造主義への懐疑 "ハビトゥス""卓越化"等の概念の形成 2 目次 社会学界の現状 開かれた概念 構造的な歴史の把握 経済学・マルクス主義 社会学の特質 U 対決 3 規則から戦略へ 構造主義的客観主義からの脱却 戦略・ゲームのセンス 規則と規則性の相違 婚姻戦略 4 コード化 実践産出の原理 コード化の機能 形式化の効果 客観化と公然化 5 信仰の社会学者と社会学者の信仰 宗教の社会学は科学的社会学たりうるか 所属から由来する利害 参加的客観化 6 客観化する主体を客観化する 大学という界の研究 「(…)大学を研究対象とするということは、通常は客観化するところのもの、つまり、客観化の行為、客観化を行なう正当性が与えられる根拠となる地位、こうしたものを対象とすることでした。また同時に、この調査は、恒常的に二重の対象を持っていました。つまり一方には、素朴な対象、外見上の対象(大学とは何か、それはどのように動いているか)があり、他方では、客観化するという独特の行為、しかも、客観性と普遍性を主張する客観化という作業を行なう資格があると社会的に認められている制度・機関を客観化するという行為が、対象となっていたわけです。この研究は行なうに当っての私の意図は、したがって、社会学的研究に関する社会学的実験の如きものを行なうこと、もしかしたら社会学は多少なりとも歴史主義的ないし社会主義的堂々巡りを抜け出すことができるかもしれないとういことを、証明すべく試みることでした。その際、社会学は、社会科学が産出される場である社会的世界について、社会科学が教えてくれるものを用いて、この社会的世界の上に、そして同時に社会科学の上に行使されているさまざまの決定要因の効果を、制御しなくてはなりません。」(pp.148-149) 理論主義的・主知主義的偏り 真理を述べるための闘争の場 7 宗教的なるものの拡散 「新たな聖職者」 <肉体と魂の治療>を行なう界内部の闘争 宗教界の範囲の変化 8 社会学者の利害 諸々の界と利害 ハビトゥスと選考の体系 経済の論理と経済的経済の論理 9 読むこと、読み手、文人、文学 読むとはどういうことか 読み手・解釈者の偏り 儀礼的実践 テクスト解釈の条件 実践的意味 V 開放 10 社会的空間と象徴権力 構築主義 関係的思考様式 社会的空間と距離 社会的位置とハビトゥス 差異の論理と象徴権力 11 知識人界―独特の世界 文化生産の界 正当性の定義をめぐる闘争 界全体の表現としての作品 創造者・象徴革命 12 「民衆の用途」 闘争の賭け金としての「民衆」の概念 文学界・政治界における「民衆」 「民衆的文化」 13 権限委託と政治的物心崇拝 受任者の自己聖別 相同と見過ごし効果 機関より権限委託を受けた者〔代表〕 14 スポーツ社会学のための計画表 スポーツの空間と社会的空間 実践と消費の世界の中のスポーツ空間 スポーツ実践のプログラム 15 世論調査、学者なき「科学」 世論調査におけるさまざまな誤謬 世論調査の市場における拘束 「無回答」の扱い 注(原注・訳注) 初出一覧 人名索引 〔付〕1 訳者解説 〔付〕2 主要著作改題 〔付〕3 著作目録 ◆加藤晴久編 19901125 『ピエール・ブルデュー―超領域の人間学』 藤原書店 日本との出会い―序にかえて 1 現代フランス思想と私―フーコーからブローデルまで(聞き手/加藤晴久) エコル・ノルマルと哲学 「自由擁護委員会」 民族学・社会学への道程 ファノンとアルジェリア よき理解者アロン 師レヴィ=ストロースへの批判 発生論的構造主義 ウェーバーの比較研究 ルイ・アルチュセールとの交友 フーコーの反逆 ヴァンセンヌの哲学者たち 感性の人、バルト 哲学と社会学 デュルケーム学派の新しさ デュルケームがマルクスを根拠づける ブローデルとアナール派第三世代 「サンス・コマン」 2 差別化の構造―日本で『ディスタンクシオン』を読む 『ディスタンクシオン』の試み 実体論と関係論 社会空間の構造 理論上の階級と現実の階級 社会階級から差異の空間へ 3 エリートと学歴資本―日本で『国家貴族』を読む マクスウェルの「悪魔」 二つの区別 合理化のマジック 法服貴族から国家貴族へ 投資感覚 宮廷社会のロジック 変化の要因としての諸矛盾 支配層の矛盾 4 現代世界における知識人の役割―普遍のコーポラティズム―(石崎晴己訳) 「要するに、社会学者として持ち得る能力と権限を、知識人の政治に対する道理に基づいた効果的な介入を促進することを目指す象徴的行動(政治的タイプの)のために用いようというわけです。」(p.104) 「私の話が何か新しい点を持つとすれば、その原因は、知識人というものは、その社会学的特性からして、自分の行動を、自分が行動している世界についての、さらには知識人としての自分自身や自分の行動の理由(つまり社会的決定因)についての社会学的認識の対象とする習慣を持っていないという点なのです。」(p.104) 「知識人とはそれゆえ二つの次元にまたがる存在です。文化生産者が知識人の名に値するためには、二つの条件を満たさなくてはなりません。一方で、自律的な、ということはつまり宗教的、政治的、経済的等々の権力から独立した、知的世界(界)に所属しており、その世界固有の掟を尊重するのでなければなりません。他方では、知識人界の中で獲得した特殊的能力と権威を、政治的行動の中にとまで限定できないとしても、いずれにせよ厳密な意味での知識人界より外の世界に注ぎ込むのでなければなりません。しかも、政治家となることなく、フルタイムの文化生産者であり続けてながら、それを行なうのでなくてはならないのです。」(p.106) 「このようなわけで、自律性とアンガジュマンの間には二律背反があるのではなく、それどころかこの二つの次元を同時に最大限に追求することも可能なのです。学問的能力・権威によって与えられる、権力に対する実際の独立性が大きくなればなるほど(例えばオッペンハイマーの科学者としての権威やサルトルの知的権威)、このような自律性を、とりわけ地上の権力に対する自由な批判の中で主張する傾向は強まりますし、政治的態度表明の象徴的効力もやはり増大します。」(p.106) 知識人の形成過程 知識人 不安定な綜合 自律性擁護のための戦い 「知識人の本性というものが逆説的であることからして、知識人の政治的効力を強めようとする政治行動はどれも、一見矛盾的に見える合い言葉を自らに課さざる得ません。一方では、あらゆる権力に対して自律性を強めること。このためにはとくに文化性産者に自律性の経済的・社会的条件を(まず第一に、知的活動の生産物の発表と評価に関して)確保させるために戦い、それぞれの界の中でもっとも自律的な生産者の位置を強める必要があります。」(p.114) 知識人インターナショナルの成立を期して 「奇妙なことですが、競争の論理が知識人を互いに対立させ、もっとも根底的な形では、前に見たように、各生産者にとって最良の顧客とは最悪の競争相手にほかならないということになるのですから、知識人とはおそらく、もっとも共通の利益を見出すことのできない集団のひとつです(そして知識人が、木を見て森を見ざるのたとえどおり、自分の競争相手に気を取られて、その競争相手の敵が自分自身の敵でもあることに気付かないという事態は、例えば今日のイギリスにおけるように、共通の利益が直接の脅威に晒されるのでない限り、なかなか変りません。)」(p.128) 「文化生産界の特殊的生産物の中にあらゆる種類の客観化の手段があります。社会学もそのひとつです。それは常に個々の知識人ないし知識人全体から固有の利益を奪い去ってしまいますが、その代わりに、知識人に、自分たちのい実践、利益、利害の超越、利害の超越への利益の根源がどこにあるかを自覚し把握する可能性を与えます。(改行)これらの認識用具はとくに、知識人の普遍への自負の土台にある経済的・社会的諸条件、忌避なく言えば諸特権を自ら暴きだすことができるという特権を、知識人に保証しています。従って、知識人が独占権を持っている批判的反省、もしこれを、私が今日そうすべく不断に試みたように、徹底的に行なうすべを知るのであるなら、知識人は、理性、真理、美徳の集団的独占という無分別な自負を、実践の中で正当化する手段を手にするでしょう。(改行)普遍への自負の土台にある特権を自ら暴きだすことを強いることによって、この批判的反省は、知識人に、普遍の追及を、特権的生活条件の普遍化への不断の戦いと結合させるよう強いるわけです。その生活条件こそが、普遍の追求を可能にするのですから。」(p.132) 5 文学生産と「場」の理論 「場」と可能態の空間 「内的読解」の系譜 フーコーの射程と限界 「外的読解」と「場」の概念 構造の相同性と変化の問題 文学場の構造 純粋化のプロセスと自律化の歴史 ハビトゥスと「場」 6 ハビトゥス・戦略・権力―ピエール・ブルデュー/今村仁司/廣松渉 構造化する構造としてのハビトゥス 関係概念としての資本 戦略と戦術 労働表象 権力と支配 理性の現実政治のために 解説 ◆加藤晴久編 20020630 『ピエール・ブルデュー―1930−2002』 藤原書店 「知識人とは何か―新たなヨーロッパ啓蒙主義のために」(Pierre Bourdieu, 2000, "Pour une nouvell Aufklaerung europeenne") 時限爆破装置 理性の現実政策と研究者の役割 □Antonio, Gramsci ◆19620401 『グラムシ選集 第2巻』(山崎功監修) 合同出版 →「知識人」(pp.168-169) ◆19620414 『グラムシ選集 第3巻』(山崎功監修) 合同出版 →「知識人の形成」(pp.79−90) →「都市型の知識人と農村型の知識人との地位の相違」(pp.90−104) ◆19630930 『グラムシ選集 第4巻』(山崎功監修) 合同出版 →「ヨーロッパ・アメリカ・アジア」(pp.184−196) ◆19650325 『グラムシ選集 第6巻』(山崎功監修) 合同出版 →「知識人―マリオ・ミッシローリの退廃」(pp.222−224) ◆片桐薫編 20010418『グラムシ・セレクション』平凡社 →「知識人論」(pp.165−181) 「どの国でも知識人層は、資本主義の発展によって根本的な変化をこうむった。旧いタイプの知識人は、主として農民と職人からなる社会を組織する要素であり、支配階級が国家を組織し、商業を組織するために、特殊なタイプの知識人を育てたのであった。[それにたいして]工業は、新しいタイプの知識人、すなわち技術の組織者、応用科学の専門家を生み出した。経済力が国民活動の大部分を資本主義的方向に吸収するようになった社会において、秩序と知的規律という特性によって優位を占めたのは、この第二のタイプの知識人だった。それにたいして、農業がなお支配的で重要な役割を演じている国々にあっては、旧い第一のタイプの知識人がいぜんとして優勢であった。彼らは、、国家官吏の大部分を供給し、そのうえ地方の農村部都市で、一般的に農民と行政機関のあいだの媒介的機能をはたしている。…(改行)知識人はその性格やその歴史的な役割のため、他のいかなる社会集団以上にきわめて緩慢に発展する。彼らは、民衆の文化的伝統のすべてを代表し、歴史全体を要約し統合しようと望んでいる。このことは、とりわけ旧いタイプの知識人、すなわち農民的土壌に生まれた知識人についていえることである。(改行)現在、われわれが関心を抱いているのは、個々人としての知識人だけでなく、集団としての知識人である。一人もしくはそれ以上の知識人が、個人的にプロレタリアートの綱領や理論に同意し、プロレタリアートに合流してその構成部分となり、また彼自身そう自覚することは、プロレタリアートにとってたしかに重要であり有益である。プロレタリアートは階級として組織的要素にとぼしく、自分自身は知識人層をもたないし、きわめて緩慢にしかもたいそう骨をおって、そして国家権力を獲得したあとでしか知識人を形成することができない。だが、知識人集団の内部に、歴史的に特徴づけられた有機的性格の分裂が起きることもまた重要かつ有益である。言葉の現代的な意味でいえば、左翼的傾向、つまりプロレタリア革命志向の傾向が集団の形成として生まれることも、また重要かつ有益である。」(p.166-167)[一九二六年―「南部問題に関する若干の主題」『スタート・オペライオ』一九三〇年一月] 「そもそも私は知識人という概念をずっと広げ、大知識人だけに当てはめてきた従来の観念に限定しないのです。この研究はまた、国家の概念の明確化をもめざすものです。国家はふつう政治社会(すなわち、一定の時代の生産様式と経済に人民大衆を適応させるための独裁または強制装置)と理解されていて、政治社会と市民社会との均衡(すなわち協会・組合・学校などのいわゆる私的組織をつうじて国民社会全体にたいして行使される一社会集団のヘゲモニー)としては理解されていません。しかも、まさにこの市民社会のなかで、とりわけ知識人は働いているのです。」(p.171)[一九三一年九月七日―タチャーナへの手紙] 「それゆえ、すべての人々は知識人であるということができるだろう。しかし、すべての人々が、社会において知識人の役割を果たすわけではない…。支配権をめざして成長するあらゆる集団のもっとも重要な特徴の一つは、伝統的知識人を同化し、『イデオロギー的』に獲得するために闘争することである。この同化と獲得は、その集団が、同時に、自己の有機的知識人をより多く養成すればするほど、より急速かつ効果的におこなわれる。中世世界から生まれた社会における(広義の)教育活動と教育組織の巨大な発展は、知識人のカテゴリーと機能が、近代世界でいかに重要性を帯びたかを示すものである。……このことは、いわゆる『高度な文化』を促進させるための諸機関をふくむ、すべての科学と技術の分野における諸段階の教育機関によっても明らかである……。」(pp.178-179)[一九三二年―「知識人の形成」「ノート」12,§1] ◆Norberto Bobbio, 1990, Saggi su Gramsci, Feltrinelli=20001001 『グラムシ思想の再検討―市民社会・政治文化・弁証法―』(小原耕一・松田博・黒沢惟昭訳)御茶の水書房 →「知識人の問題」(pp.170−171) 「そしてグラムシはこの研究から、知識人の機能は歴史的時代によって一様ではないという明確な歴史主義的特徴をもつ結論を引き出したのであった。イタリア史に関しては、伝統的知識人と有機的知識人を区別することができると考えたが、このことは幅広い議論を引き起こし、いまも議論が尽くされてはいない。この区別は普通考えられているような政治的提言という以上に、一つの歴史的事実確認として受け取られるべきものである。言い換えれば、有機的知識人をもたない社会とか社会集団はないとという事実確認である。このことは、日々確認されていることであって、我々の一人一人がとっぷり浸かっている進行中の歴史に照らして考えれば、我々は有機的であるとは知らずに、また有機的であるとは信じていなくても、有機的なのである。」(p.171) ◆松田博 20030220 『グラムシ研究の新展開―グラムシ像刷新のために』御茶の水書房 →第四章 知識人論の構想と展開 はじめに 1 『知識人論ノート』の構成 「従来、旧版レヴェルの理解においては、民衆層と実践的に連携し、いわば民衆層に『奉仕』する『有機的知識人論』像や『集団的知識人としての政党論』などがグラムシ知識人論の意義として一面的に語られてきた。そこでは知識人層の自立性や自律性の主張は、否定的言説として、つまり知識人の『プチブル的動揺性』として階級還元主義的に消極的に位置付けられてきた。グラムシ知識人論もまたそのような偏狭な枠組みのなかに閉じこめられてきことは否定できない。グラムシ知識人論の真意はそのような単純かつ短絡的解釈の誤りと危険性(「公認教義」に忠実でない知識人や異論を表明した彼らへの抑圧と粛清の事例は枚挙にいともがなく、歴史的にも多くの『証言』がなされており、ここで説明を加える必要はないであろう)を、換言すればヘゲモニー論の重層的・多面的形成における知識人各層の積極的・能動的意義の解明を含意するものであった。」(pp.72-73) 2 知識人論の構想とその「刷新・拡張」 「知的要素を含まない『純粋な肉体労働など存在しない』のであり、その意味で『すべての人間は知識人である』といえるのだが、同時に『しかしながらすべての人間が社会において知識人の機能を果たすわけではない』。ここにおいてグラムシの知識人概念は、肉体労働・精神労働の機械的分割を超えて『拡張』される。すなわち知識人の労働(ないしは階級)還元論的規定(その背後には経済決定論が控えているのだが)を超えて社会的諸関係の総体とりわけ支配と従属・指導と同意の複合的諸関係における知識人(層)の位置と機能に焦点化される。」(p.76) 「端的に要約すれば、『ノート』旧版の主要な研究史の看過出来ない問題点は、グラムシの『オルディネ・ヌオーヴォ(新秩序)』期つまり『工場評議会』運動のリーダー期の言説と、このQ22の言説『ヘゲモニーは工場から発芽する』を短絡的に直結させて(経済決定論や階級還元主義的背景もその要因となり)、アメリカの特殊な一時期の特質(『構造』の急速な発展と『上部構造』の未成熟・脆弱性にかんしてグラムシが指摘したこと、換言すれば『上部構造』における体系的な『ヘゲモニー装置』の未発達)を単純化し、『ヘゲモニーの工場発芽論』をある種の普遍的『参照基準』、グラムシのヘゲモニー論の主要な一契機として短絡的に一般化したことにある。」(p.86) 付論 すべての人間は知識人である―グラムシ知識人論の射程― 1 「知識人問題」の輪郭 「つまり知識人論は、『国民的特質の正確な解明』『国民的土壌の解明や市民社会の諸要素によって体現される塹壕や洋裁(ママ)の諸要素の解明』(Q7§16B)というヘゲモニーの歴史的特質・形態の探求という領域と、機械的唯物論(=第三インターの公認教義)にたいする批判的刷新の理論的契機としての領域(ヘゲモニー論の理論的深化)という二重の射程をもちつつ展開されるのである。」(p.99) 「若干付言しておけば、『伝統的知識人』と決別し民衆(従属的社会集団=サバルタン)と提携する『有機的知識人』をグラムシが提唱した、などというレヴェルのみでグラムシ知識人論の特質を語るとすれば、それはグラムシを矮小化し、ポピュリズムに還元することに他ならないし、そのヘゲモニー論の発展とも乖離してしまうことになる。」(p.100) 2 知識人概念の刷新と拡張 (1)階級還元論的知識人論の刷新・拡張 (2)知識人概念の分節化:伝統的知識人と有機的知識人 (3)知識人のアルケオロジー ◆Edward W. Said, 1994 ,Representation of the Intellectual : The 1993 Reith Lectures, Vintage=19980315 『知識人とは何か』(大橋洋一訳) 平凡社 はじめに 「わたしが示唆しようとしたのは、知識人個人にとって、人間の悲惨と抑圧に関する真実を語ることが、所属する政党とか、民族的背景とか、国家への素朴な忠誠心などよりも優先されるべきだということである。知識人の自主規制、リスクを意識してのは沈黙、愛国主義的な大言壮語、そして過去をふりかえる過去のラディカルな自分を否定する芝居がかかった転向―こうしたことほど、知識人の公的活動の信用を傷つけるものはないのである。」(p.15) 第一章 知識人の表象 →グラムシの知識人論についての言及(p.27−37) 「わたしにとってなにより重要な事実は、知識人が、公衆に向けて、あるいは公衆になりかわって、メッセージなり、思想なり、姿勢なり、哲学なり、意見なりを、表象=代弁し肉付けし明晰に言語化できる能力にめぐまれた個人であるということだ。」(p.37) 「ここでいう普遍性の原則とは、以下のことをいう。あらゆる人間は、自由や公正に関して世俗権力や国家から適正なふるまいを要求できる権利をもつこと。そして意図的であり、不注意であれ、こうしたふるまいの規準が無視されるならば、そのような信仰行為には断固抗議し、勇気をもって闘わねばならないということである。」(p.38) 「知的自由、これこそ、知識人の行動における重要課題である。頑迷固陋な狡猾漢、あるいは徹底した毒舌家というだけでは、目標として不十分である。知識人の活動の目的は、人間の自由と知識をひろげることである。」(p.47) 「知識人の使命は、ハウツーものの手引きから学べるような固定されたものではなく、むしろ現代の生活そのものと対決しながら選びとられる具体的な経験として描かれている。」(p.50) 「知識人の表象とは、懐疑的な意識に根ざし、たえず合理的な探究と道徳的判断へと向かう活動そのものである。」(p.50) 「言葉をいかに効果的に使うかを学ぶこと、言葉を使って介入すべき頃あいを知っていること。」(p.50) 「わたしが使う意味でいう知識人とは、その根底において、けっして調停者でもなければコンセンサス形成者でもなく、批判的センスにすべてを賭ける人間である。」(p.54) 第二章 国家と伝統から離れて 「知識人にはどんな場合にも、ふたつの選択しかない。すなわち、弱者の側、満足に代弁=表象されていない側、忘れ去られたり黙殺された側につくか、あるいは、大きな権力をもつ側につくか。」(p.68) 「集団や国民的アイデンティティをめぐるコンセンサスに関して、知識人がなすべきは、集団とは、自然なものでも神があたえたもうたものでもなく、構築され、造型され、ときには捏造されたものであり、その背後には闘争と征服の歴史が存在するということを、必要とあらばその歴史を表象しつつしめすことなのだ。」(p.69) 「知識人にとってなすべきことは、生存の問題を超えて、政治的解放の可能性を問うことであり、指導層に批判をつきつけることであり、代替的可能性を示唆することである―たとえ、この代替可能性が、いつもまぢかにひかえた戦いには無関係なものとして周辺化されたり一蹴されるとしても。」(p.79) 第三章 知的亡命―故国喪失者と周辺的存在 「知識人をアウトサイダーたらしめるパターンの最たるものは、亡命者の状態である。」(p.93) 「知識人にとって、こうした比喩的な意味でいう亡命状態とは、安住しないこと、動きつづけること、つねに不安定な、また他人を不安定にさせる状態をいう。」(p.93) 「知識人が、現実の亡命者と同じように、あくまでも周辺的存在でありつづけ飼い馴らされないでいるということは、とりもなおさず知識人が君主よりも旅人の声に鋭敏に耳を傾けることであり、慣習的なものより一時的であやういものに鋭敏に反応することであり、上から権威づけられてあたえられた現状よりも、革新と実験のほうに心をひらくことなのだ。漂泊の知識人が反応するのは、因習的なもののロジックではなくて、果敢に試みること、変化を代表すること、動きつづけること、けっして立ち止まらないことなのである。」(p.110) 第四章 専門家とアマチュア 「自分が波風をたてていないか、あらかじめ決められた規範なり限界なりを超えたところにさまよいでてはいないか、また、自分の売り込みに成功しているか、自分がとりわけ人から好感をもたれ、論争的でない人間、政治的に無色の人間、おまけに「客観的な」人間とみられているかどうか」(p.123) 「アマチュアリズムとは、専門家のように利益や褒章によって動かされるのではなく、愛好精神と抑えがたい興味によって衝き動かされ、より大きな俯瞰図を手に入れたり、境界や障害を乗り越えてさまざまなつながりをつけたり、また、特定の専門分野にしばられずに専門職という制限から自由になって観念や価値を追及することをいう。」(p.127) 「知識人なら誰しも聴衆と支持者がいる。問題は、そうした聴衆が、知識人の話すことに満足し、そのままずっと、心地よい気分でいられるか、さもなくば、疑問をつきつけられたり、全面対決にひきずりこまれたり、より大がかりな民主的社会参加に動員されるかの、いずれかであるということだ。しかし、いずれの場合でも、権威と権力を避けてとおることはできないし、知識人が権威と権力と関係をもつことはどうしても避けられない。それなら、いったい知識人はいかにして権威に語りかけるのか。知識人は権威筋に、専門家としてにじりよるのか、それとも、報酬を得ることのない、アマチュア的良心として接するのか。」(p.137) 第五章 権力に対して真実を語る 「妥協なき言論と表現の自由こそ、世俗に生きる知識人が死守すべき砦である。」(p.144) 「知識人とは、きわめて偏った権力にこびへつらうことで堕落した専門家として終わるべきではなく―これまで語ってきたことのくりかえしになるが―、権力に対して真実を語ることができるような、べつの選択肢を念頭におき、もっと原則を尊重するような立場にたつ、まさに知識人たるべきではないか」(p.156) 「自分自身の社会において制度化され権威づけられた権力が一般市民にとってゆるがせにできないものになるとき、たとえば、そのような権力があきらかに弱小国いじめの観のある不道徳的な戦争において行使されたり、あるいは意図的に計画された差別と抑圧と集団的暴力というかたちになって行使されるときに、そうした権力に焦点をしぼることこそ、知識人にとって、すべてに優先されるべき特別の責務であると思う。」(p.158) 第六章 いつも失敗する神々 「二十世紀の偉大な作家ジャン・ジュネがかつて述べたように、自分の書いたものが社会のなかで活字になった瞬間、人は、政治的生活に参加したことになる。」(p.175) 「つねに失敗する神々は、どんな場合にも、最終的に知識人から、一種の絶対的確実性や、全体的で継ぎ目のない現実の姿を、誰が味方で誰が敵かがはっきりと区分されているような現実の姿を語らせるのである。」(p.190) 原注 訳者あとがき 平凡社ライブラリー版 訳者あとがき 解説―「失敗する神々」に抗して/姜尚中 索引 ◆紀葉子 20040505「学問の自律性の危機と知識人の役割」『いま、大学で何がおきているか―市民のための『大学改革』をめざして―』かもがわ出版 *pp.54-65 「その武器を人々に伝えていくのが知識人の役割であるとするならば、私たち、もちろん大学人というものも知識人に含まれていくわけですけれでも、何らかのかたちでネットワークを構築していくことによって共働していく。そして、その共働のなかで、現実のなかで隠蔽されている、さまざまなものを顕わにしていくことが必要なのではないかと思います。」(p.59-60) 「知識人の役割というもの、つまり、言うなれば現実を顕わにするという啓蒙の担い手としての知識人の役割というようなものが、あまりにも軽視されてしまった背景には、20世紀の後半に広く浸透したポストモダニズム的風潮というものを無視して考えることはできないのではないかと思います。すなわち、学問は無力である。すべてを脱構築していくなかで、学問は無力であるという考え方が、どんどん広がっていったということです。」(p.60) 「ですから、知識人の役割というようなものを考えていくときに、日本の社会において、たしかにフランスのような知識人の伝統というものとは連動しない歴史があるかもしれません。しかしながら、いま私たちが何も語らない。いま語っても無駄だからとか、もうすでに決まってしまっていることだからと沈黙をきめこんでしまったならば、より過酷な「現実」が次世代に負の遺産となって残っていくのではないでしょうか。だからこそ、それこそ傷みを受けながら知識人の連帯、さまざまな思想的な対立というようなものも乗り越えて共働できる最低限のところで連帯していくということだが、いま必要なのではないかと考えております。」(p.63-64) □Noam, Chomsky ◆Noam, Chomsky, American Power and the New Mandrins, Pantheon Books, 1969(=19701210、『アメリカン・パワーと新官僚―知識人の責任―』木村雅次・水落一朗・吉田武士訳、太陽社) 目次 まえがき 学問と客観性 A・J・ムステの革命的平和主義 撤退の論理 痛恨の遺産―書評 知識人と学校についての考察 知識人の責任 抵抗について 抵抗についての補遺 エピローグ 訳者あとがき ◆Noam, Chomsky, Intellectuals and the State, 1980(=19810520、『知識人と国家』河村望訳、TBSブリタニカ) 序章 知識人の役割(日本語版書下ろし) 本書の課題 ベトナム戦争の教訓 ベトナム戦後の人権キャンペイン 第1章 知識人と国家(Het Wereldvenster Baarn,1978) 二つの課題 「新しい階級」の登場 「世俗の聖職者」としての知識人 三極委員会の学者の研究 現代のテクノクラート的知識人 ベトナム戦後のイデオロギー的課題 リベラル知識人の立場 マス・メディアのはたした役割 国家イデオロギーの「再生」 第2章 学問とイデオロギー―「正当化の熟達者」としてのアメリカの歴史家たち―(Social Scientist, February 1973) 外交政策を左右する大企業 「正当化の熟達者」としての知識人 「自由世界」におけるイデオロギー統制 「改訂主義者」にたいする批判 リベラル正統派の見解 民主主義の擁護と知識人 第3章 ベトナムの第一の教訓―歴史の改造(Ramparts, Angust 1975) 歴史の審判 どこでわれわれは間違ったのか―T どこでわれわれは間違ったのか―U 反対と支持 書きかえられた敗北 第4章 インドシナ報道―ニュース・メディアと偽りの正当化(Social Policy, September/October 1973) パリ協定―さかのぼっての降伏 われわれの公の顔 新聞の共謀の危険性 戦争捕虜の謎 欺瞞と暴力のエスカレーション もっと戦争を? 第5章 国内における抑圧―FBIの陰謀(by Nelson Blackstock, The Anchor Foundation, 1976) ウォーターゲート事件の教訓 FBIの防諜活動 ブラック・パンサーにたいする弾圧 「新左翼」にたいする弾圧 FBIの破壊活動の全貌 イデオロギー制度の役割 帝国主義の反共攻撃 第6章 新しい冷戦に向かって(日本版書き下ろし) ベトナムの後遺症を克服する課題 新しい冷戦の戦士たち ふるい冷戦の特徴―ギリシャおよびその他での経験 反共十字軍の戦略 三極主義と人権外交 西側の「人道主義」―カリブ海、インドネシアなどでの経験 知識人にたいする「英雄主義的扱い」 役者あとがき ◆Noam, Chomsky, American Power and the New Mandrins, The Newy Press, 2002(=20060121、『知識人の責任』清水知子・浅見克彦・野々村文宏訳、青弓社) 第1部 知識人の責任/ノーム・チョムスキー 第1章 知識人と学校についての考察/清水知子訳 第2章 知識人の責任/浅見克彦訳 「真実を主張することが知識人の責任だとすれば、出来事を歴史的な視座からとらえることも知識人の責務である。」(p.60) 第3章 抵抗について/野々村文宏訳 第4章 「抵抗について」の補遺/野々村文宏訳 第2部 「知識人」という文体 第1章 普遍的知識人の現在/浅見克彦 第2章 チョムスキー、知識人の十字路/上野俊哉 第3章 音の不服従、映像の不服従/野々村文宏 訳者あとがき/浅見克彦 ◆仲正昌樹 20020422 『ポスト・モダンの左旋回』 情況出版 →第七章 ポスト・モダンの「左」転回―デリダ、ローティ、そして柄谷行人(?) 1 ポスト・モダンの(非)政治性 「[浅田→東]ラインのスキゾ・キッズたちの迷走は、ある意味で、『ポスト・モダン』をその歴史的・伝統的な『文脈抜き』に、お手軽に輸入してしまった日本的な『情況』に起因しているとも言える。ただし、存在論的に固定的された二項対立の無効を宣告する『ポスト・モダン』の言説が、『現存する社会』に対して批判的・左翼的な立場を取り続けることを困難にしているのは、程度の差こそあれ、西欧近代の思想圏全般に認められる傾向のようである。」(p.208) 2 「ポスト・モダン」派の政治的マニフェスト 「こうした『他者』の扱い方の難しさは、高橋自身が九八年に刊行された彼のデリダ論の中で、デリダの視点を通して指摘していることでもある。『脱構築』のレベルで考えれば、『他者の顔』が、(現前性の)形而上学の『暴力』を免れているという主張自体が、形而上学の一形態にすぎないはずである。そうした問題を―理論的には―十二分に分かっているはずの高橋が、引用した箇所を見る限り、驚くほど素朴に"具体的な他者"の顔のイメージを、『倫理的可能性』『政治的可能性』に結びつけているように見える。『恥ずべき記憶』と言い切る『語り口』は、率直に言って、七〇年代以降よく見かけた心情左翼的な知識人たちとさほど変わらない。」(p.212) 「こういう内容の『宣言』は、どこかの左翼政党(党派)の『綱領』とか『活動方針』にありそうな気がするし、"少しだけ"修正すれば、新右翼の『綱領』でも通用しそうだ。『ポスト団塊の世代は暗い』という世間の風評を払拭することを意識しているせいなのか、彼らの『マニフェスト』は、むしろ異様なほどに"ネアカ"なトーンになっている。」(p.223) 3 「マルクスの亡霊」たちと「文化左翼」批判 「それに対して、六四年以降に台頭してきた(ヨーロッパから輸入された)『マルクス主義的左翼=新左翼』は、『プロレタリアートの解放』などという形而上学的な念頭を掲げ、行動の"ラディカルさ"を追求するだけで、ほとんど具体的な成果をもたらしていない。」(p.234) 4 「可能なるコミュニズム」の可能性 ◇鈴木良・上田博・広川禎秀編 20051020 『現代に甦る知識人たち』 世界思想社 目次 はじめに 「われわれが知識人個人を取り上げる理由は二つある。一つは、日本社会の生きた思想―たとえば、外来思想であっても日本社会に定着し、日本社会の一要素となった思想―の真髄をとらえることが目的であり、そのためには個人の思想を具体的に、個性も含めて多面的にとらえる必要があるからである。もう一つの理由は、時代のさきがけとなった多くの思想が忘れられていることに気づかせ、歴史に埋もれた豊かな知的遺産を掘りおこすことの大切さを多くの人、とくに若い人にしって欲しいからである。」(A頁) 「関西の知識人を取り上げることには、『中央』(東京)に対し『地方』(京都・大阪・他)を対抗軸にして埋もれた知的遺産を掘りおこし、『地方』あるいは『地域』の思想的活力や個性を明らかにし、地域に深く根ざした普遍的思想を探究したいという"ねらい"もある。」(A頁) 「丸山の成果と問題点も念頭におけば、社会と知識人との相互関係の解明が課題となろう。より具体的には、自由主義的民主主義的知識人グループと現実社会との相互関係を分析すること、これを知識人個人に即していえば、その学問研究や芸術的創造活動とその社会的政治的実践活動との関係―関係の欠如、希薄さも含めて―を分析することが課題となろう。(改行)知識人と社会を媒介した思想は、対象に即して社会科学的、文学的その他の方法を総合してこそその真髄に迫ることができる。それはひとつの歴史学的方法といってもよいだろう。」(C―D頁) 1 西田天香と知識人 笠原芳光 一 知識人とはなにか 二 西田天香の人と思想 三 知識人とのかかわり 2 明治末期の自由主義者―岡村司と河上肇 鈴木良 はじめに 一 研究への出発 二 当時の京都帝大法科大学 三 河上肇と沖縄事件 四 岡村司と岐阜事件 むすびにかえて 3 社会学者高田保馬―学問と現実とを結ぶもの 上田博 一 『終戦三論』―国の民とぞなりはてにける 二 『思郷記』―汽笛は高く火の国に入る 三 『社会学原理』―野辺の小草の安けきを 四 『洛北集』―この生業を離れかねつも 五 『洛北雑記』―新しい未成品の美 4 宮武外骨の滑稽 福井純子 はじめに 一 『団団珍聞』批判 二 頓智の採用 三 滑稽雑誌の衰退 四 新式滑稽 おわりに 5 田畑忍の思想形成と「抵抗」 出原政雄 はじめに 一 青少年期の思想形成 二 憲法論の変遷と戦時下の「抵抗」 三 戦時下「抵抗」の評価と平和思想の芽生え 6 恒藤恭の少年小説―ほんとうの心の満足を求めて 古澤夕起子 一 恒藤恭の文学を味わう 二 『ハガキ文学』での文章修業 三 『中学世界』へのデビュー―読んでおもしろい合格体験記 四 「鈴かけ次郎」の登場 五 隅の隅の一つの礎でも堅めたい「王冠をつくる人」 六 <親を亡くした兄妹>の意味するもの 七 ほんとうの心の満足―少年小説に追究したもの 7 恒藤恭と平和問題談話会―戦後平和主義思想の源流 広川禎秀 はじめに 一 平和問題談話会と恒藤恭の非武装中立論 二 平和問題談話会と恒藤の横田喜三郎批判 三 恒藤の平和主義における民族の位置 おわりに あとがき 索引 編者紹介・執筆者紹介 作成:山本崇記(立命館大学先端総合学術研究科) UP:20051103 Rev:20060411,0413,0415,1223 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/intellectual.htm |