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任侠(史)

■定義
◇『広辞苑』(岩波書店、1955年)

【やくざ】
(もと、三枚という博奕で、八(や)九(く)三(さ)の目が出ると負となったから)@役に立たぬこと。用をなさぬこと。また、そのもの。Aばくちうち。やくざもの。―−もの【やくざ者】@ばくちうち。A性行のおさまらぬ人。怠惰で役に立たぬ人。無頼漢。不良の徒。

【侠客】
強きをくじき弱気を助けることを標榜した任侠の徒。江戸の町奴に起源をもつ。多くは賭博、喧嘩渡世などをこととし、親分子分の関係で結ばれている。おとこだて。

【極道・獄道】
@悪事を行うこと。また、その人。A放蕩な者を罵っていう語。女殺油地獄「―の与兵衛めも参り合せ」B人を罵る語。―−もの【極道者・獄道者】@悪人。A放蕩者。

【仁義】
@(孟子の説)儒教で最も重んずる徳目で、博愛と事の宜しきにかなうことと。A江戸時代に、博徒・職人・香具師仲間に行われた親分・子分の間に道徳及び初対面の挨拶。現在も露天商人・遊人などの間で行われている。―−だて【仁義立】義理がたい様子をすること。―−もの【仁義者】仁義を行う正しい人。

【任侠】
弱気をたすけ強きをくじく気性に富むこと。また、その人。おとこだて。仁侠。


◇Frederic M. Thrasher, 1927→1963, The Gang : A Study of 1,313 Gangs in Cicago, The University of Chicago
Contents
PARTT. The Natural History of the Gang
 Introduction
 T. Gangland
 U. Ganging
 V. What is a gang?
 W. Types of gangs

PARTU. Life in the Gang
 Introduction
 X. The quest for new experience
 Y. The role of the romantic
 Z. Playgrounds of the gang
 [. Junking and the railroads
 \. Gang Warfare
 ]. Race and Nationality in the gang
 ]T. Sex in the gang

PARTV. Organization and Control in the Gang
 Introduction
 ]U. Social Patterns and the gang
 ]V. Group Control in the gang
 ]W. The Structure of the gang
 ]X. Personality and the action pattern of the gang
 ]Y. Leadership in the gang

PARTW. The Gang Problem
 Introduction
 ]Z. Demoralization in the gang
 ][. The gang and organized crime
 ]\. The gang in politics
 ]]. Attacking the problem
 ]]T. Crime prevention and the gang

INDEX

◇William Foote Whyte, 1943, Street Corner Society : The Social Structure of an Italian Slum, The University of Chicago Press


【民俗学】
◇折口博士記念会編纂 19570625 『日本芸能史ノート』 中央公論社
 目次
はじめに
一 海の神の芸能
二 山の神の芸能
三 もどき
四 神楽と神遊びと
五 神楽の時
六 神楽の採物
七 花と扇と
八 東遊び
九 なほび(直日・直毘)
十 田遊び
十一 天つ罪
十二 鬼
十三 念沸踊り
十四 出雲の田遊び
十五 田舞に関する結論
十六 田楽の概論
十七 脇能の発生
十八 作りもの
十九 田楽の種類
二十 田楽能と座と
二十一 座と舞台と
二十二 村田楽と風流と
二十三 田楽・猿楽の盛衰
二十四 田楽・猿楽の種目
二十五 田楽の能とその先輩芸
二十六 曲舞
二十七 幸若舞の発生
二十八 幸若舞の詞章
二十九 幸若舞の特質と諸流
三十  幸若舞の先行芸
三十一 念沸踊りと出雲のお国
三十二 念沸踊りから歌舞妓へ
三十三 「かぶき」といふ語(一)
三十四 「かぶき」という語(二)
三十五 「かぶき」という語(三)
三十六 風流踊りと祇園囃しと
三十七 沖縄の念沸踊り・名古屋山三郎
三十八 出雲お国・歌舞妓の座組み
三十九 櫓と花道と
四十  花道と山臺
四十一 相撲の舞台と及び幕
四十二 たぶさき
四十三 芝居・花道及び役人の種類
四十四 野見宿彌・人形芝居の舞台
四十五 鳥の遊び
四十六 桟敷
四十七 見所と見物と
四十八 歌舞妓芝居のほめ詞と悪態と
四十九 狂言と歌舞妓芝居と
五十  神事舞踊
五十一 春日若宮御祭り
五十二 人形の話
 歌舞妓芝居の発生
 家元発生の民俗的意義
 あとがき
 索引

◇折口信夫 19911110 『日本芸能史六講』 講談社
 目次
第一講
 芸能の意義
 芸能の内容
 芸能史の研究
 まつり
 儀式から芸能へ

第二講
 饗宴
 すはま
 まれびと
 あるじ
 庭の饗宴
 舞台の発生
 招かれざる客
 さじき・物見車
 芸能の目的

第三講
 鎮魂
 能の作り物
 をどり
 まひ
 反閇
 こわづくろひ
 歌舞妓の発生

第四講
 あそび
 田遊び
 えぶり
 相撲
 わざをぎ
 こひ
 田楽
 猿楽
 能
 座

第五講
 日本の音楽
 音楽としての日本音楽
 歌垣と蹈歌と
 小歌と大歌と風俗歌
 神楽歌の展開
 神楽
 東遊と風俗と

第六講
 採り物
 鎮花祭
 踊り念仏
 伊勢踊り
 盆踊り
 座敷踊り
 江戸と上方と
 木遣りと歌と石曳き歌と
 蹈鞴を踏む労働
 日本の芸能

三味線唄の発想を辿る
 上方地唄と江戸唄と
 地唄「黒髪」
 歌詞と合の手と
 「雪」について
 「山かづら」
 魂魄とむくろと
 「歌系図」と「歌曲時習考」と
 島
 唄に出て来る発想法
 山岡元隣と西鶴・近松と
 熊野霊験と三味線唄と
 あとがき

翁の発生
 おきなと翁舞ひと
 祭りに臨む老体
 尉と姥山びと
 山づと
 山姥
 山のことほぎ
 山伏し
 翁の語り
 ある言ひ立て
 春のまれびと
 雪の鬼
 菩薩練道
 翁の宣命
 松ばやし
 もどきの所作
 翁のもどき
 もどき
 猿楽
 狂言

解説――岡野弘彦

◇折口信夫全集刊行会編纂 19950410 『折口信夫全集3』 中央公論社
「ごろつきの話」(昭和三年春神奈川県図書館協会主催文芸講演会講演筆記。昭和三年八・九月「民俗芸術」第一巻第八・九号) pp.27-49
 一 ごろつきの意味
 ニ 巡遊団体の混同
 三 野伏し・山伏し気質
 四 治外封建下の悪業
 五 祝言職としての一面
 六 にせ山伏しとの結合
 七 すり・すつぱ・らつぱ
 八 一ニの例
 九 村落制度から生れた親分・子分
 一〇 人入れ稼業の創始
 一一 かぶきとかぶき踊りと
 一ニ 幇間の前駆
 一三 異風・乱暴の興味
 一四 歩く芸
 一五 幸若の影響
 一六 遊女を太夫と言うた訣
 一七 八文字は女六法
 一八 美的な乱暴
 一九 「士道」と「武士道」と
 二〇 気分本位の生活
 ニ一 結び

◇―――― 19960810 『折口信夫全集17』 中央公論社
「道徳の民俗学的考察」(昭和十一年九月「日本民俗」第二巻第二号) pp.381-387


【歴史学】
◇田村栄太郎 19640509 『やくざの生活』 雄山閣
 目次
 はじめに
やくざ
 博奕・やくざ・高市の沿革
 江戸中心の博奕
 丁半と賭場
 旅人
 上州長脇差と貨幣経済
 親分・子分・兄弟分
 八州廻り・目明かし・道案内
 明治以降の与党・野党の博徒
 てき屋のうら
裏返しやくざ列伝
 幡随院長兵衛
 中間部屋頭三之助
 国定忠次
 大前田英五郎
 勢力富五郎
 清水次郎長
 会津小鉄
 加島屋長次郎
 新門辰五郎
 明治の博徒群像
 浅草のてきやの親分訪問記
 武州無宿・松五郎の目籠破り裁判請証文
牢獄の生活
 江戸の牢獄
首切浅右衛門
 首斬一家

  ◇添田知道 19671210 『香具師の生活』 雄山閣
 目次
序詞
1章 神農の由来
 伝説の中なる真をさぐる

2章 神農の渡来
 向う側から見た倭
 公けの渡来と漂着・帰化
 神農の影がさしている
 香具師の源流
 青空の下、市ひらく
 仏教・法会・市
 都は奈良から京都へ

3章 十三香具・虎の巻
 ヤシ・香具師・てきや
 古文献散見
 香具商人往来目録
 香具商人連中へ仰付候注意ノ事
 御宮様御勅言御免書ノ写
 商人帖頭衆
 香具商人諸書
 拾参香具ヨリ相定
 記録ノ留
 香具商人中
 諸国香具商人中ニ相渡置五ヶ条定
 お上と庶民の中間存在となること

4章 江戸の記録
 香具師一件
 職法式目之事
 乞胸頭仁太夫事件
 幕令抜抄
 三廻役の取締願
 徳川禁令考
 人別帳之事
 守貞漫稿
 乾し見世・天道ぼし
 売り物あれこれ
 見せ物

5章 内なる掟と外なる業態
 掟
 親分・子分・一家
 さかずき
 アイツキ
 業種万華鏡
 業態さまざま
 場所わり

6章 明治から大正へ
 取締りとその対策・陳情
 仲間の規約
 その共同体
 行商人先駆者同盟

7章 タンカ・トハ・テッカリ
 タンカ
 トハ
 テッカリ

8章 浅草の香具師
 寺社中心に発展するの典例
 路傍を埋むる香具師
 どじょうもつれる足
 瞞着者の哲学
 大ジメ師の漫談
 路傍のキンケン奨励
 法螺貝を持った行者
 源水こま廻しガセ原田
 公園における親分
 「バイ」の三態

9章 都市近代化と香具師
 市街デパートの構想
 資本攻勢への抵抗
 政治への進出
 戦禍の底からおきあがる
 だが――抗し切れぬもの
 消えるホーエ

10章 ネタモト・ウチオロシ・ヒツジモノ
 ネタモト
 ウチオロシ
 ヒツジモノ

11章 伝統と近代性の谷間
 大阪の神農さん
 露商の明日を担う者

12章 香具師列伝
 坂上松五郎
 飯島源次郎
 倉持忠助

後記・かれこれ章
尾詞

◇長谷川昇 19771125『博徒と自由民権――名古屋事件始末記』 中央公論社
はじめに
「私もこれらの博徒伝説に登場する親分や、その周辺に博徒集団の姿から筆を起こし、それらの"喧嘩史"では触れられることのなかった、もう一つの側面を掘り起こしつつ、幕末・維新期という激動の時代のなかで、彼らがどんな役割をはたし、そして明治十年代の自由民権運動や激化事件につながりをもっていくのかを辿ることによって、明治期博徒の実像を浮き彫りにしてみたいと思うのである。主題が『博徒』と『民権運動』という一見かけ離れた二つのものの、きわどい接点を求めての模索である」(6)

T 博徒の群れ
近藤実左衛門
 戊辰戦争に参加した博徒部隊
 近藤実左衛門の前半生
 博徒に関係する資料
『東海遊侠伝』と博徒史の方法
 『東海遊侠伝』の特徴
 博徒の実像に迫る方法
「博徒史を『博徒喧嘩史』から解放し、無法者(アウトロー)の集団として政治権力との関連性を検討してみる必要がある。」(16)

雲風の亀吉
 平井一家三代目の実歴談
 平井一家の誕生
 清水次郎長一党との闘争
 平井一家の復讐
三河の博徒
 三河地方の特徴
 三河と尾張の違い
尾張の博徒
 博徒集団の分類
 近藤実左衛門と藩との関係

U 尾張藩草莽隊
集義隊
 尾張藩の悲劇
 藩庁からの呼び出し
 「勇猛決死の隊」
 尾張藩と雲風亀吉
 集義一番隊・二番隊の成立
 集義隊の構成分析
 幕末博徒の系列
磅バク[石・薄]隊
 民兵部隊の結成
 藩士との軋轢
出兵から復禄
 出兵
 常備兵
 解隊
 復禄・復籍運動

V 明治初年の博徒
北熊一家
 元草莽隊員の職業
 専業博徒にもどる
平井一家
 勢力を挽回する
 清水次郎長との和解
剣術見世物師
 興行撃剣をはじめる
 撃剣会の様子
 禁止令、そして解禁

W 自由民権運動
その黎明期
 内藤魯一の活躍
 愛知県交親社の組織
愛国交親社
 特異な民権政社
 組織と活動
 おびただしい資料の発見
 民兵的組織
愛知自由党
 成立の経緯
 愛知自由党と愛国交親社との関係
 板垣退助遭難事件の影響
 秋琴楼事件
明治十七年の博徒大刈込
 "松方デフレ政策"の波紋
 激化諸事件の新聞報道
「当時の博徒の多くが『半農半博』であり、『耕作農民』(中貧農)に抱合されているものであることは論をまたない。しかし博徒は耕作農民であると同時に博徒集団という特殊な『党派』に所属するという特殊性をもった存在なのである。それを『耕作農民の代名詞』として農民に解消してしまうことは、当時の新聞が、わざわざ農民と区別した捉えた特殊性を抹殺してしまう結果にならざるをえない。博徒が激化諸事件に積極的な組織者としての役割をはたした原因は、耕作農民がこの時点で置かれた生活困窮という一般原因のみに求むべきではなく、博徒なるがゆえに『流集困(、、、)厄(、)を極むる』状態に追いつめられた特殊的原因を追求しなければ明らかにならないのである。」(150)

 博徒の一斉検挙
 博徒集団に参加すれば検挙
 狙い撃ちされた一家
「戊辰戦争にさいして藩権力は、おのれの脆弱な軍事力を補充し、犠牲を肩代わりさせるためにもっとも戦闘的な博徒集団を選別してこれを利用した。明治政権は、激化しつつある農民騒擾や民権運動に、戦闘的な博徒集団が混入して反体制運動に強力な武力を提供することを恐れて、『博徒犯処分規則』という非常措置をもってこれを予防拘禁し、解体しようとしたものである。」(159)
「権力が危機に直面したとき、博徒集団はいつも民間に存在する最強の軍事力として認識され、それを体制強化のために利用するか、反体制側を強化するものとして弾圧するか、きわめて政治的観点から問題にされたことは注目すべきである。」(159)

X 名古屋事件
 従来の名古屋事件像
 中心メンバーの大島渚
 山内徳三郎とそのグループ
 自由党知識層との結合
 名古屋事件の構造
「名古屋事件の本質を捉えるためには、その発展の経緯からしてもB(実行部隊――引用者補足)に焦点を合わせ、とくにその末端部分に照射を加えてみなければならない。それは博徒の大刈込に対する反抗と、貧農・都市細民の窮乏に由因する抵抗とを基盤にした、多分に自然発生的なもののうえに成り立ったもの/として捉える必要のあることを意味する。」(192-193)

 博徒群の参加
 農民グループ
 平田橋の惨劇
 襲われた側
 軍資金の行方
「名古屋事件における下部実行組織の行動は、その上層幹部らの"革命のための軍資金調達"という目的とは裏腹に、そして名目的には"非道な高利貸の膺懲"という名分をかかげつつも、多分に盗業それ自身が彼らの生存上の自己目的であるかのような状況に陥ってゆくのである。」(210)

 発覚・検挙・処刑

むすび―その後の博徒
 あとがき


【犯罪社会学(/民族社会学)】
◇岩井弘融 19571220 『暴力』 平凡社
目次
 T プロローグ――この暴力の現実
 U やくざの系
  1 愚連隊
  2 博徒
  3 テキヤ
  4 その他
 V 組織の実態
  1 "一家"グループ
  2 親分と子分
  3 血をすすり合う兄弟分
  4 集団の統制法
  5 縄張り
  6 ちかずきの仁義
 W 精神の構造
  1 顔・このふしぎな道具
  2 己を傷つけるもの
  3 守られざる戒律
 X 暴力帝国の裏側
  1 右翼と暴力団
  2 暴力団と政界
  3 暴力団と第三国人
「第三国人(ママ)の反社会的、暴力的な跳梁を下火に向わせるひとつの契機となったものは、正規の国家権力というよりは、むしろ、それから逸脱した実力者の集団」「国内法にも屈しない無法者の一群」(156)
「力そのものからいえば、地下社会の支配権は、親分子分の厳格なヒエラルキーをもつ日本のそれに逆転、復帰したようだ。だが、同時に、そこには別の関係もひらけてきた」(157)
「一家組織の一部に、朝鮮人の不良分子をかかえこんだり」(162)
「反社会集団と外人、第三国人(ママ)との交流」(163)

  4 警察とのつながり
  5 暴力団の財布
 Y 結び――暴力なき社会へ
参考文献
あとがき

◇岩井弘融 19630301 『病理集団の構造――親分乾分集団研究』 誠信書房
 目次
序論
 一 目的と意義
問題、第一――犯罪社会学上の問題点
「このような基本的問題としての犯罪的集団の研究に関しては、夙に鈴木栄太郎の如き卓見の人によってその重要性を指摘されて来ていた(鈴木栄太郎『農村社会学原理』四二頁)にもかかわらず、現実には日本において何人もこれに着手する事なく、未開拓のままに放置されていたところであった。本研究は、かかる先人の未着手の領域、その重要な課題に対してこれを最初に行わんとするものである。即ち、犯罪者社会学上の研究領域としては冒頭に指摘したC範疇に属するところの、日本の犯罪現象の重要部分を構成する特殊病理集団に関し、まず第一にそれがどのような内部的編成ないし組織構造を有しているか、第二には、いかなる内外の活動機能を営んでいるか、そして、第三には、これらの集団を維持存続せしめるところの条件は何か、等について、逐次その分析究明を為そうとするのである。」(4)
「筆者の場合は、その対象が何人より成人集団であると同時に、さらにまたその問題追求の方針においても幾分その方向を異にし、ひろく汎文化的角度からこれらの日本病理集団の特質を探ろうとするものである。即ち、犯罪集団を単に犯罪集団として取扱うだけでなく、さらにひろくこれを民族社会地盤においてその文化や制度との深い関連づけにおいて把握しようとするものである。」(5)
問題、第二――オヤブン・コブン研究系列に対する問題
(A)共通地盤
(B)差異の面
一、特殊領域の問題
二、現代社会的観点
「その特定の全体的社会構造場面における特殊集団的な集団構造(group activity)をすぐれて問題とする。」(9)

三、類型の再編
四、運動的観点
「社会学の集団研究」(10)
・歴史的な類型追求的方法
・集団分析的方法
「即ち、ひろい社会学的観点からは、この両者を相互連関させ、媒介的に深化さるべき性質のものである。社会学の集団研究においては、構造的と同時に動態的な把握を必要とする。構成と力動は共に重要であり、構造的把握と動態的把握は協力して行われねばならぬ。集団類型学は原型を索出する方向に向い、集団力学はその現実機能を追及する方向に向うが、社会学にあっては構造論的接近と力動論的接近との両者を必要とし、その相互の媒介的な統一、前進的な展開をすすめてゆくことが頗る重要なのである。」(12)

五、政治経済的体制地盤の分析

 二 方法と叙述
 三 調査経過
(イ)期間
(ロ)調査源と調査方法
「(A)調査人員は、対象の直接・間接を含め、それぞれ面接し聴取した者約二百九十七名、狭く直接対象者にしぼると、約五十六名である。」(25)


第一篇 博徒・的屋集団
 第一章 集団の発生と歴史
  第一節 博徒集団
   一 歴史的背景
    欧米の賭博
    日本における賭博及び博徒の発生
    賭博諸慣行
    博徒組織の発達
「〔註〕聊か余談に類するが、柳田国男の風格ある文学作品ともいうべき「八丈島流人帳」の底本となっているところの近藤重蔵の長男、近藤富蔵の『八条実記』(自筆卅六冊)によれば、慶長十一年から明治維新までの二百六十年間に一七三四名の流人があり、その中には博徒とおぼしきものが多く含まれている。」(40)

    博徒発生の社会経済的地盤
    庶民民俗としての賭博行為
「ところで、もとよりこのような専門博徒の発生の地盤には、一般の庶民における賭博行為の普遍化ということも併せ考えなければならぬであろう。」(43)

    明治以降の博徒とその対策
「明治維新以後は、従来のような博徒の隆盛は一時衰える。しいて注目される問題をあげれば、当時の革命戦争において、官・幕両軍の御都合主義により、博徒親分の勢力がその末端において利用されようとしたことであろう。山梨の博徒、黒駒の勝蔵が乾分を引連れて官軍の徴兵隊の差図役となり、静岡の博徒、清水次郎長が駿府探索方となり、あるいは町田辰五郎が徳川慶喜に随従してその取締となったごときである。さらに余談となるが、長州の高杉晋作がしばしば亡命した大分の灘亀、高松の日柳燕石などもまた博徒親分であった。」(45)
「このような博徒勢力の地下での繁栄とともに、大正から昭和にかけて注目すべき動きは、在来の博徒政策にたいするある種の転換がおこなわれたことである。即ち、大正七年のロシア革命の思想的影響は、国内における資本主義体制の成熟とともに漸次蒸成されつつあった労働運動の急激な発生をもたらすにいたったのであるが、他方、国家権力のこれにたいする反社会主義運動もまた強圧の度を加え、この組合運動にたいする弾圧の暴力的前衛として博徒を懐柔しようとする政策が採用されるにいたったのである。この博徒を手なづけ、堂々と公認し、むしろ、これを組織化しようとする試みは、最初に政友会内閣によってとられたのであり、大正八年、原内閣の内相床次竹二郎が世話役となって、博徒団体のいわゆる『大日本国粋会』が結成されたのである。」(46)

    第二次大戦後の博徒問題
   二 現代的実態
    やくざの語源
    賭博の方法(運営、収入配分)
    戦後の変化とその理由
    博徒の表面業とその実態
  第二節 的屋集団
   一 歴史的沿革
    的屋と香具師
    香具師と売薬業者
    香具師虎之巻
    本郷村市場出入一件
    香具師の諸資料
    香具仲間掟
    職祖期限の諸説
「つまり、これによると、職祖の起源は、文治年間、頼朝の鎌倉幕府創設の時、長野禄郎高友が所領返上し、門弟四百八十八名とともに、准医浪人となり隠密役をかねるにいたったことに始まる。十三香具(十三香具妙法の分)は『丸散丹円膏湯油子煎薬艾之古実』に発すること、また寛文年間、香具修学所を設置されたこと、などがのべられている。このようにみてくれば、前述のものを含め、もとより香具師の起源など定かなものではなく、われわれとしては、このような種々に作製された伝誦のあることを知れば足るであろう。なお享保年間における由緒書上申については同様の下層集団から提出された『長吏弾左衛門由緒書』(享保年間由緒書、同十年書上)、『弾左衛門由緒之記』(享保十年九月)があり、さらに寛文年間に能役者との紛争に当り古来猿楽は自己の分野に属するとの源頼朝免状の写を出した『団左衛門配下帳』などの存したことも併せ考察すべきである。」(78−79)

    香具師と下層集団
「いずれにしても、今日この集団が、わが国の下層集団に特有なあの中世的伝承をにない、いわばその象徴的権威を中心に、テキヤ即神農と称し、また、後述する如き各種の伝統的、歴史的な諸慣行にまとわれて、一種の封鎖社会を構成してきたものであることを指摘できる事実であろう。」(85)

   二 種類と現況
    営業形態と集団―大ジメ・コロビ・サンズン・コミセ・タカモノ・その他
    商業上の特性(資本・仕入・商品・販売法)
    営業の場
    場割り
    明治以降の変化
「明治三十年には露店廃止令が出たが、実際には慣行黙許の形式で継続され、さらにまた明治三十八年頃には、東京都内において一ヶ月に約四百の縁日が存し、露店商約七千人といわれた。しかし、このようにして露店商社会が拡大すると共に漸次紛糾が生じたのであり、明治天皇崩御の青山大祭においては、すでに各種の『集銭』や『棒先き切り』、『ピンハネ』の悪習が生じてきたといわれる。」(109)

    戦後の状況
「場銭、ゴミ銭、カスリなどの貢租的形態における搾取、また不法な脅迫恐喝、集団的闘争は、この時期において、従来その存在すら知られなかった的屋をして博徒にまさる暴力集団としてはじめて世人の耳目を集中せしめるにいたったのであるが、最大の山場ともいうべき昭和二十一年七月中の新橋事件、渋谷事件を契機として、両市場及び上野市場、」関西市場の閉鎖、ついでいわゆる八・一粛正、『露店営業取締規則』の施行、二十二年六月の第一次暴力団狩りの開始という法治体制の再建によって、漸くその無制約的な乱脈傾向は下降の途についたのである。」(113)

 第二章 集団構造と結合の様態
  第一節 集団構造
   一 非行集団・愚連隊
    欧米の非行集団研究
    愚連隊の語源
・阪口鎮雄『不良少年の研究』大正六年

    明治・大正期の不良集団と愚連隊
・山本清吉『現代の不良青年』

    愚連隊の類型
「このように愚連隊と一口にいわれるものにも、いろいろな段階のものを含むのであるが、後者にいたるほど組織化の度合が高くなり、構造性は明確となって伝襲型の親分乾分集団への接近を示す。すくなくとも、専門化、職業化がつよくなれば、どうしても伝統的な組織をもつ強固な集団に関連づけをもたずには、その地盤を固くすることができないのである。博徒、的屋等の集団は、愚連隊の浮動的、遅緩的な構造と異って、より高次の制度的集団としてのつよい組織や勢力を有している。個人的にも、愚連隊としての生活に深入りしてくると、それだけ敵も多く生じ、それからの自己防衛のためには、相互に集団間の連絡や全体的な秩序、ことに明確な内部の連帯制度の確立したこの集団に属することが安全を計る途となる。これはすぐ後述するところであるが、親分の盃をもらうということは、それだけヤクザ社会全般における自己座標軸の確定、防衛・攻撃の集団保障を享受することにつながる。なお、ここに制度的集団とは、慣習性と公認性と組織性をそなえた集団を意味する。この場合、公認性とは、いうまでもなく、かれらの社会内における公認、それぞれの集団系譜の継承性の是認であえり、組織性とは、散発的な行動の集合ではなく、行動の規則性、継続的な人間関係、分節と統合の内部構造の堅確な枠組確立およびその有機的な活動の存在を指すものである。」(127)

   二 徒弟的階梯・身分階層
    経営体としての博徒組織
    経営体としての的屋組織
「さて、右にみてきたところからも明らかなように、このような階梯、すなわち、博徒の総長・貸元・代貸・出方・三下のヒエラルキイや、帳元・帳脇・若衆頭・世話人・若い衆の上下関係は、厳密にいえばそれぞれ異なるにせよ、根本的には一種の徒弟制度の変型であり、いずれも日本の商家の旦那・番頭・手代・丁稚の制度組織に通ずるものをその一部に含んでいるのである。」(131)

    身分組織(親分、乾分、兄弟分、叔父分、隠居分と孫文)
  第二節 集団への参加
   一 乾分志願者
    集団規模
    的屋乾分事例
    博徒乾分事例
    愚連隊からの転化
    その他
「かように乾分志願者となる者も、仔細に観てゆけば、種々の類型、過程の区分を分類することもできよう。しかし、これらを通じて、また、共通の状況が存在することは言を俟たない。概括すれば、規制の集団の親分の側からは、その集団の強化並に拡張の動機によってたえず有力分子の発見・編入の努力がなされており、他方、また、『(実)親のことなんか忘れちゃう』(府中少年院、座談資料)といった浮浪的な非行性のつよい青少年群の側からは、その非行度の進行とともに、(1)職業化してゆく地下的生活の生活基礎の保護と、(2)強力な集団依存―(a)防衛集団、(b)単独では得られぬような利益の獲得、(c)当該社会における地位の上昇の確実な手段―を目的として、それぞれの面における集団加入の指向が漸次芽生えてくるのであり、いわばこの上と下からの相互指向の運動が渦流的に合致して、ここに双方の結節が成就されるのである。」(146)

   二 誓盃儀礼
    盃を受けるまで
    盃式と象徴的意味
    親子盃
    兄弟分の盃
    代名相続の盃式
    喧嘩直りの手打の盃式
  第三節 乾分の行動様式
   一 修行・役割・地位の上昇
    親分に対する基本態度
    一体的行動
    雑用・奴僕的奉仕
    現場での役目
    非常事態
    役割システムの諸段階
    地位上昇と技能
    地位上昇と闘争歴
   二 兄弟分関係
    一家内の兄弟分
    弟分の役割
    兄分の義務
    相互関係
   三 団譜継承
    家名
・野原家暦

    跡目相続者の条件
    身分関係の変化転換
    一乾分と実子
    公示
    先代親分
    一家
    分家
    姐と独立
  第四節 親分の行動様式
   一 親分の特性
    長と親分
    リーダーの属性
    身体的条件
    知能
    旧型親分と新型親分
    危急場面における特殊能力
    社交性
    親分の条件
   二 統率技術
    情緒的交流
    生活庇護
    情深い専制者
    親分の権威の基礎
    統率力の失墜と反逆
    親分の経済力
    親分乾分関係のダイナミックス・擬忠誠
  第五節 集団統制
   一 破門
    私刑
    ヒトマワリ
    破門の条件
    破門の様式
    破門状―構ひ状・奉公講・家業講
    破門と制裁
    集団追放と解除
   二 断指
    指切り慣行
    制裁のエンコヅメ
    謝罪
    誠実の象徴
    断指事例
    紛争の調停・自我の外的憑依
「ヤクザ社会における断指という行動のなかには、複雑な意味が含まれている。まず第一には、通常人には耐えられぬ痛覚を我慢するという見栄、第二には、右にのべたような肉体の一部が自己の生命と精神を表現する――指を切ることは死と自己犠牲をあらわす――という根本的には自我の外的憑依をあらわすところの観念、そして第三には、より現実的に、複雑なヤクザ社会の人間関係がこれに深く絡みあっている、ということができよう。」(229)

 第三章 集団の運動と相互関係
  第一節 存続と拡大運動
   一 身代り制度
    集団の存続
    罪代人
    封鎖的集団道徳
    身代り行為と地位の上昇
    犠牲と報賞
   二 縄張り制度
    縄張りの意味
    博徒の縄張り実態
    的屋の縄張り実態
    セクショナリズムと縄張り主義
「縄張りがひろがれば経済的には親分の収取はそれだけ増大し、ひいては乾分の取得も大となり、また勢威的にも親分のこの社会における権威は益々高められ、同時に乾分の地位も上昇し、より安定したものともなるのであるから、その拡大はいわば全体を通じた集団目標であり、集団の要求となる。こうした、ヤクザであるかぎり、いずれの集団も潜在する強烈な『拡大の欲求』(expansion drive)、の基本性格から、集団の運動方向もおのずと決定されてくるのである。」(258−259)

    拡大の欲動とその調整
    蠶食過程・衝突と緊張関係
  第二節 相互関係
   一 仁義・旅人制度
    仁義の二義
    仁義の語源
「『ジンギ』という言葉の語源は、仁義でなく辞宜の転訛であるという。たとえば、古く曽我物語四、平六兵衛喧嘩事に『今勝負シテハ損ナリ、後日ヲコソト思イ鎮メテ何トナキじんぎニ云ヒナシテ静マリヌ』等とあるように、一種のあいさつを意味していたといわれる。(時宜、という者もある。)現今、『ジンギを切る』とは、周知のように、相互の面識のない者同士が最初の接触に際し、自己の所属集団等を紹介する仲間相互の対外儀礼を指す。」(261)

    ちかづきとアイツキ・メンツー蚕食過程
    博徒旅人仁義蚕食過程
    的屋の仁義
    集会の仁義
    愚連隊の仁義・下層集団の慣行
    緊張的集団の成員の交渉
    現在の変化
    仁義と相互扶助・奉願帳
    廻遊制度
    職人の渡り修業
    一宿一飯・共済制度と浮浪徒
    順達
    取持
    ワラジをぬぐ
   二 義理廻状
    集団連合と防禦の機制
    チラシとその書式
    一家集団外の個人関係としての兄弟分
    異稼業間の同盟
    チラシによるコミュニケーションの分析
    潜在的抗争関係
  第三節 闘争・調停・分裂
   一 闘争実態
    闘争的集団性と不断の闘争的事態
    闘争の諸方法
    同種集団間の闘争―愚連隊相互の闘争・的屋相互の闘争・博徒相互の闘争
    異種集団間の闘争―愚連隊と博徒・的屋と愚連隊・博徒と的屋
    闘争の諸原因
   二 闘争調停・集団分裂・崩壊
    集団封鎖性と隠語の諸機能
    敵対的集団間の相互攻撃と隆替
「はからずもながくなったが、こうした隠語の象徴性にも投影されているように、そこには別箇の世界が構成され、その上において集団間の相互関係が展開されてゆく。再び問題を闘争にもどして、個々の集団はその細胞的な障壁を閉じ、内部的な集団凝集力(group cohesion)を強めるとともに不断の相互的な緊張関係において他集団に拮抗する。前述のように、これらの集団の活動目標は領地基礎(territorial bassis)にもとづく利害関係(interst)の縄張拡大にあり、従って他集団に対する潜在的な敵意(hostility)と強烈な攻撃欲動(aggressive drive)により駆動されながら絶えず他の地盤への蠶食を狙っているのである。こうした個々の集団の拡大過程は所謂、縄張侵入であるが、その実態がきわめて容赦のないものであることはいうまでもない。」(320)

    集団の自己防禦
    共通利害による臨時的結合
    武器
    敵対集団と宿怨
「戦後における多人数が動いた例は、昭和二一年の新橋事件であり、当時相次いで起こっていた第三国人(ママ)と的屋との間の浜松事件、犬山事件、熱海事件、神戸事件等の系列の最大の山をなしたものである。即ち、当時の敗戦下において/第三国人の一部の傍若無人の行動に警察力も殆ど無能力化していた状態の下で、その国際的背景に屈しなかったのは正規の国家権力よりもむしろ国内法にも屈しない無法実力者の一群で、そのうち最も広い横の組織力を暗黒街に有していた的屋組織がこれに対抗したものである。」(326−327)

    闘争自決主義
    屈服と集団崩壊・内部分裂の潜在契機と顕在化
    闘争的世界の安定装置
    仲裁法
    緊張の緩和・闘争的均衡

 第四章 戦後犯罪の諸相
  第一節 暴力団犯罪
   外国の犯罪集団(カモラ、マフィア、デスペラドー、ギャングスター、ラケッター)
   戦後犯罪一般
   暴力的犯罪行為・暴力団体
   暴力団検挙の年次推移
   集団別状況
   罪種別状況
   地域的状況
  第二節 集団存続の社会的条件
   寄生場面と具体相
   警察と所謂くされ縁―自治警時代・捜査上からの関係・意識
   裁判の問題―量刑・保釈・仮釈放
   市民生活と顔役の潜在機能
   政治上の諸問題
   青少年予備軍

第二篇 土建・港湾・炭鉱等における親分乾分関係
 第一章 職人集団
  第一節 日本におけるオヤカタ・コカタ
   オヤカタトリ・オヤコナリ慣行
   ワラジオヤブンと寄親
   兄弟成り
   職親と労働組織
  第二節 杜氏親方と蔵子
   山林労働における親方・山子組織
   製塩・製粉・製麺の親方制
   酒造家
   従業員構成
   季節出稼労働
   蔵人の諸役割
   杜氏・蔵子の経験年数・年齢
   杜氏親方の地位と任務
   賃金
   丹杜氏と農業
   労働組織と母村における人間関係
  第三節 職人集団における親方制
   一 徒弟制度
    親方取りと年季奉公
    西欧における徒弟制度―イギリス・フランス・その他
    年季期間
    契約
    徒弟修業と義務
    技術習得
    兄弟子・職人仲間
    左官・石工・その他
    商家における徒弟制度
   二 親方の義務
    徒弟制度と相互的義務
    居住・食事・衣服
    金銭的給与
    技術教育
    職人気質の形成
    礼奉公
    独立・商家の場合と職人の場合
    奉公講
    親方権
   三 遍歴修行・寄子宿
    大工の渡り
    ジャーニイン・マン・巡歴と宿
    石工の渡り部屋
    儀礼
    職神
    武家寄子・町方寄子
「〔註〕白柳秀湖は、その『親分子分日本史、侠客編』においてこの『寄子』に関し『また一種寄子(よりこ)と称し、人入稼業者の家に寄食し、親分の命によりて、毎日雇先にいで業につくものあり、雇主は毎日何人と人数を定めて約束し、人足人夫に関する一切の責任は、人入業者これを負い、もって雇主にさしつかえを生ぜざるようにするなり。これには人入業者より、手代を出張せしめて取締るものあり。そのしからざるものあり。被雇主の名は雇主に通知せざるをもって通常とす。』(二十八―二十九頁)とのべているが、あの江戸時代の侠客たる『町奴』の親分人入稼業と称するものは、このような『人足請負』と『雇入口入』を兼業したもので、武家の奉公講の浪人者などを日雇人足として供先、使先に労役供給したのであり、他方、この人入親分と寄子の結束がその集団勢力を発揮したのであった。」(414)

    宿の親分
    料理職
    宿の機能
    義理人情的結合
   四 大工・鳶
    親方徒弟的諸職の変化
    大工職・大工仲間―居職と出職・得意場・出入り慣行
    鳶職―日用職としての鳶の発生・鳶の仕事
    変化―請負業の発達と町大工

 第二章 土建業における親方制
  第一節 明治・大正期における土工飯場と監獄部屋
   土建産業の特殊的性格
   発展過程
   請負師と下請機構
   土方部屋
   北海道開拓と下請人並びに飯台部屋の組織
   強制的労働実情
   労働者募集の特殊機構
  第二節 近時における労働飯場と親方制度の変化
   土建業における法・技術の基礎条件の変化
   福島県における土工飯場の場合
   大土建の場合
   親方制の将来

 第三章 港湾労働における親方制
  第一節 若松港の仲仕組
   一 沖仲士
    一九五一年の荷役労働組織―沖仕の種類・沖仕の労務組織・労働事情
   二 小頭組制度
    一九三八年の小頭聯合組―玉井組事例
   三 旧時の港湾事情
    明治・大正期―若松港の発展初期・荷役
  第二節 横浜港における仲仕労働組織
   一 荷役業者
    港湾企業の特質
    下請荷役関係
    荷役業者の性格
   二 仲仕労働の質
    仲仕の種類と雇用形態
    荷役作業の内容
    工程
    集団作業
    経験
    危険作業
   三 労働組織
    作業単位としての組と班
    K運輸の現場事例
    F企業の現場事例
    作業時間と稼動日数
    賃金体系
   四 艀回漕・沿岸荷役仲仕
    回槽業者と労働者
    沿岸仲仕の作業
    沿岸仲仕の組織
   五 風太郎と顔付
    部屋と寮
    日雇労働者
    風太郎
    顔付・直行
    浪人組
    手配師と親分乾分
    賭博
    労組
  第三節 東京港の港湾労働
   一 東京港の場合
    海湾特性
    浮浪層
    請負業の親分
   二 艀と水上生活者
    艀荷役
    艀仲間の親方制度
    仕込制度
    艀労働者と賃金
    水上生活者の種々相

 第四章 筑豊炭鉱地帯における親分乾分関係
  第一節 地域社会とその住民態度
   炭鉱地犯罪の一事例
   川筋気質とボスの系列
  第二節 初期の筑豊炭山
   一 開発過程
   二 生産様式と納屋制度
「貝島太助が、小倉士族島村志津馬の弓削田炭鉱に入った時も、/賃金支払の問題に絡んで、新平民から構成される棹取夫と一般炭鉱夫の間に闘争が生じ、貝島自ら出刃、竹槍を振って之を押え、勢威を張ったことが見えている。」(520−521)
「一、非人乞食穢多の類出入無用の事」(524)

  第三節 地方鉱業資本の成立と中央大資本の支配過程
   一 炭鉱経営者
   二 中央大資本の浸透
  第四節 中小鉱をめぐる諸問題(思想・労働・政治)
   玄洋社
   新生右翼と暴力団
   労組と暴力
   地域の政党関係と炭鉱業者の政治運動
「こうした政治問題の中でも、特に大きな話題を投げかけたのは、一九四七年、片山内閣時代に於て、炭坑国管問題に関し行なわれた筑豊炭坑業者の猛烈な反対運動であろう。その反対運動資金は当時の金で二億に近いといわれ、民主党の半分が買収されたといわれたほどで、その溜りの神田の『竜名館』だけで八千万円の資金が流出したといわれ、その裏面工作や潜行運動は猛烈なものであった。その主体となったのは、中小鉱の川筋業者であり、旧互助会系の勢力である。この『互助会』なるものは、昭和五年九月に当時の問題であった採炭抑制高引上、撫順炭輸入阻止を目的として金丸熊太郎、中島徳松、橋上保、野上竜之介、田籠寅蔵、竹内礼蔵等によって作られた筑豊炭鉱業互助会である。互助会の誕生により、互助会幹部は中小炭鉱を網羅的に編成、中小鉱者の生殺与奪の権を握ったのであり、それが戦時中『北九州石炭統制組合』となり、更に戦後、前記幹部や上田清次郎、北代角之助、有吉満、木曽重義、衛藤速、長尾豪等々の主宰する中小鉱の総結集体たる『北九州石炭株式会社』、そして、現在の『北九州石炭礦業懇話会』となり、この互助会系の中小鉱主によって前記運動が行われたのである。互助会は、中小鉱の親分子分的な縦の関係に配する、横の構成であり、右のように旧来からその特異な行動を以って知られてものである。」(537)

  第五節 中小鉱の横の連合
  第六節 中小鉱の縦の関係
   一 中小業者のイデオロギーと経歴
   二 零細坑・斤先掘の人間関係とその労働力
  第七節 労働者の生活
   一 労働者をめぐる諸関係
    労働運動
「なお、右の罷業〔一九二〇年の八幡製鉄『労友会』三万人による〕において弾圧の最先端に立ったのは博徒聯合たる『国粋会』であり、八幡支部はその人夫供給所の親方が総指揮をとったのである。」(565)

    御用組合
    社宅生活
   二 納屋頭制度
    囚徒労働
    旧時における諸炭山の労務組織
    納屋頭の機能
    頭領制度
    納屋経営
    利点と欠点
    直轄制度・世話役制度
    友子組織の問題
    納屋制度の崩壊
    労務管理における納屋的残滓
   三 炭坑労働の性質
    機械化と肉体労働
    賃金給付体系
   四 要約
「さて、われわれは以上において、多少その記述を前後させながらも、一応各種の角度から筑豊炭坑地帯の生活の諸相を分析して来た。大分紙幅の余裕も少なくなったので、ここで簡単に要約してみるならば、次のようであろう。戦後、北九州において起こった数多くの社会問題も、その発生地を探るとき僅か方十里の筑豊地域から発しており、しかも、それらの諸事件の背後には特有の川筋気質、そして親分子分的な精神状況が見られたのであった。ところで、この親分子分的気風は、明治大正にかけての炭坑開発の歴史と密接に関連し、たとえば遠賀川船子の生活や、さらに、と/くにかつてこの地方に普遍的であった納屋制度が、その中核となっており、現在もなおいわばその残滓と遺制とにおいて、右の親分子分の掟が地域生活の底に停流しているものと看做すことができる。従って、ここではこの納屋制度の実態や変遷を幾分くわしく探ってみた。だが、勿論これを大きく動かして来たのは背景としての筑豊炭坑の発展であり、巨視的にこの諸炭山の発達の歴史をも併せ眺めたのである。日清、日露以後の中央の大資本の進出、その間における地方大手経営の成立、そして蝟集する筑豊に特色的な無数の中小鉱の特異な存在が、われわれの視野に上ってくる。とくにこの中小鉱や零細炭鉱群こそは、現在において過去の古い人的結合をその経営や労働関係に絡ませ、この地域の多様な親分子分関係を紡ぎ出す母胎ともなっているのであるから、ここに多くの焦点を当てながら、その横断的、あるいは縦系列の関係を分析するにつとめたのであった。」(601−602)

第三篇 壮士・院外団・右翼
 第一章 権力と暴力の連繋
「政治におけるもっとも基本的な要素は力(power)であり、政治過程は権力の形成・分布と集中・行使の過程である。そして力とは、ラッセルによれば『意図された諸結果の産出』(the production of intended effects)であり、トゥネイによれば『他人又は集団の行動を自分の望むように変えることの出来る能力(capacity)』である。従って、勿論、その中には政治権力の複雑に操作された高次の次元のものから、粗放な物理的強制力までが含まれることはいうまでもない。」(611)

  第一節 政党と壮士・院外団の発生
   一 近代日本の暗殺史
   二 壮士及び院外団
「壮士はかように自由民権の戦闘的な前衛部隊であったが、また、その暴力的な私兵として博徒等の加入したものも少なくない。一八八四年、上州長脇差の地において起った群馬事件は、自由党史も『上毛の俗、古来侠男を尚ぶ、所謂上州の長脇差なるもの是なり、故に人民義に勇み、弱を扶けて強を挫き、慓悍にして、健闘風を成』すと語っているように、地域の反抗と、義侠的な性格を地盤として、積極的な暴力闘争を展開したものであった。即ち、湯浅理兵、清水永三郎等は『博徒や力士、猟夫など』を語らい、運動会の名目で竹槍、蓆旗の軍事訓練を行い、警察の弾圧に際しては、有信社系の侠客山田城之助が数百人の乾分をつれて馳せつけた。後、高崎兵営の攻撃計画では山田が『碓氷、甘楽、南佐久、小県等の博徒二千五百人』を引き連れ、日比、湯浅等は『甘楽、秩父、多胡、緑野方面の党員に博徒野中弥八の都合合せて三千人』で襲撃を企図したものである。群馬事件に関連して起った一八八五年の秩父騒動においても、有信社系の博徒田代栄助等のこれまた『農民、博徒、猟夫等』が『竹槍、刀劔、猟銃』類で武装し、『借金党』、『小作党』の旗印の下にその暴動の戦闘部隊となっている。これらは単に関東のみならず、関西においても自由党員の大島更造と会津の小鉄との結びつきがあり、さらに一八八八年の大阪事件でも、有一館の磯山等が、壮士二十一名の決死隊、爆弾二万個をもって渡韓しようとし、大阪でその資金調達に強盗、恐喝をして、渡韓寸前を捕縛されたものであるが、のちに玉水常治、吉村大次郎が脱獄した際には、茨城町の侠客、吉田寅松にかくまわれた。その博徒吉田は吉村の添書をもって大和に連絡にゆく途中で逮捕され、吉村、玉水ともに獄死している。」(619)

    自由民権運動と壮士の発生
    院外団体の結成
    明治中・後期における政争と壮士
    壮士・院外団の暴力化
「人民の幸福と開明進取を目標とし、政府権力の暴虐に対し正義を持する下からの政治的反抗精神に溢れていたものであるが、運動の拡大展開と質的発展の歴史的過程のうちにやがてその政治過程から後退、脱落した層が漸次に純正な革命活力から逸脱歪曲して暴力団化していったのであった。そのいちじるしく歪んだ姿は、西郷を守り本尊とし頭山満を頭目と仰ぎ、雲井竜雄を先輩とし、清水次郎長と握手するを以てその最高の理想とするがごとき集団と化し、『無職の青年輩茲に一条の活路を得て富家攻撃、金銭強談の風漸く伝染し(時事新聞、明治二五・九・一)」といわれる右の暴行乱酒、恐喝強請の堕落化の側面を濃厚にしていったものである。元来、壮士の層には、『全く資産なくして真実浪人の本性を有する者』と、『些小の資産之なきにあらず、従って表面上一定の生業なきものとは断定し難き輩にして壮士の群に加わり浮浪同然の妨害をなすもの』(時事新聞、明治二五・一・三〇)との職業的、市民的革命家の二層を含んでいたものであるが、こうした壮士層の中からも正規の政治過程に吸収されるものと必要悪に籍口して暴力団化するものとが分離し、とくに後者は内部分裂と政府弾圧に後退して大衆運動の発展を途絶されるに従い、その刃をかえって市民に向ける輩が続出したのであった。」(624−625)

  第二節 右翼集団とその運動
   右翼草創期
   右翼群生期
「この系統の団体は、例えば、一九一八年(大正七年)に土建業の親分、森健二に率いられた『大正赤心団』、政友会系で石井三郎を団長とし反米、皇室中心主義を標榜しながら剣道をその武力とした『皇道義団』、そして、とくに侠客系の団体としての『関東国粋会』、『大日本国粋会』が一九一九年(大正八年)に、また一九二一年(大正十年)には『大和老会』が、一九二二年(大正十一年)には赤化防止団が、一九二五年(大正十四年)には『大日本正義団』、『東海連盟』、その他『大日本神農会』、『国柱軍』、『鉄血団』、等々と陸続とできてきたのであった。」(631)

   国会社会主義と大陸派
   右翼運動の第三期
   軍との結合
   右翼のイデオロギー
   戦中期の右翼
「元来、右翼集団は既成の合法的な政治軌条外に属し、その精神構造は非合理的要素によって充満されている。民主的な合理性や論理を蔑視し、生の意味を簡潔・直截に求める人生観を有している。醗酵した気分の中において被暗示性がつよく、たえず行動への表現を求め、その非合理的衝動の爆発とともに直接行動へと傾斜してゆく傾向を内有する。問答無用的な短絡的行動は、程度の差こそあれ、右翼集団の本質的な属性であり、若干を除いては、その不安の亢進とともに破壊的暴力を許容するのが常である。平衡のとれた判断や妥協の余地を失った場合においては、直截な物理的暴力の行使に趣くものであり、こうした精神心理の地盤からみるならば、もともと右翼集団と暴力集団は共通の地盤に立つものであり、従って両者が結びつきあるいは交錯するは当然の経過というべきである。」(641)
「ここに軍閥とヤクザを比較するのは、一見、異様に映ずるかも知れないが、しかし両者は、これまた、ある共通性をもともと有するものである。その厳重な階級性や命令・服従の関係は別としても、自由社会の思想に対する本能的な反撥のステロ・タイプにおいて、また、不断の危機的思考において、さらに潜在的な破壊行動の嗜好において、すこぶる共通性は多いのである。両者が既成の政党政治を共通の反対軸としてその陰に握手し、発火者としての役割と功績を利用したとしてもあながち不思議ではなかったであろう。」(642)
「(8)丸山真男『現代政治の思想と行動』上巻(一九五六年、未来社)。その〔無法者〕の理念型のメルクマールは、1一定の職業に持続的に従事する意思と能力の欠如、2『もの』への投入よりも人間関係への関心、3不断に非日常的な冒険、破天荒の仕事を追い求める、4仕事の目的や意味よりも、その過程で惹起される紛争や波瀾それ自体に興奮と興味を感じる、5私生活と公生活の区別がない、6規則的な労働により定期的な収入をうることへの無関心、もしくは軽蔑、7非常もしくは最悪事態における思考様式やモラルが、ものごとを判断する日常的な規準になっている、8性生活の放縦、とされている(二〇四頁)が、それは同時に後述のヤクザ気質にも連関する所のものである。」(643)

 第二章 地域社会と人間
  第一節 三多摩壮士
   一 三多摩地域
   二 千人隊
   三 三多摩壮士と政党闘争
  第二節 吉田磯吉伝より
   一 地域社会におけるその支配勢力
   二 地域発展と暴力闘争
   三 中央政界と暴力活動
「公許の暴力ということはこれまでも縷々のべて来たところであるが、これなどはその典型ともいうべきものであろう。実業界における覇権を政党勢力がお抱え暴力団を駆使して手中に握らんとし、これに対抗する権力も亦暴力をその主要手段としてその防禦に当らしめる。この場合、計画は流産に終り、暴力は表面に立たずして市民の眼から隠されて事無きを得たのであるが、いずれの是非を問わず、近代化とともにつみ取らるべき暴力が、憲法の下に合理的に運営さるべき政治権力と密接に抱合して、その露骨な活動を行なっていたのであり、まさにこのような非論理的、非理性的な活動が当時の国家機構や政党政治の間において半公然と重要な機能を果たしていたという事実こそ、我々のここに特に注目して置きたい事柄なのである。それは単なる一地方的な事件に止まらず、中央の政治・実業の中心舞台において演ぜられたという点において、遅れた日本政治の本質を語るものといわなければならない。」(677)

   四 地元民と親分顔役

 第三章 第二次大戦後の右翼活動
  第一節 旧右翼の没落と新生右翼の形成
  第二節 反社会集団と政界
  第三節 独立講和と右翼勢力の台頭
「ここで少しく戦後の行動右翼にふれると、右翼を行動派、組織派、理論派に分けた場合、行動派にはかなりヤクザ的暴力行動が顕著である。一体に、戦前の右翼と戦後の右翼とを比較すると、そこにはかなりの変化が見られるはいうまでもない。たとえばイデオロギーの側面からすると、戦前右翼の精神的中枢であった絶対天皇制が崩壊し、天皇自ら象徴天皇制を声明することにより、その基礎条件が大きく変化している。この基礎的な絶対条件が欠如しているが故に、彼らの主張も空しい響きをもつ事が少なくない。」(697)

  第四節 今後の動向と展望
「このような日本政治の現状は、その近代的な外観はともあれ、真に近代合理的な政治機構とその機能というわけにはゆくまい。そこでは、精密な分析や検討をもとにした科学的な政策や、冷静、緻密な理論が軽視され、もっぱら、私的な情感の人間的要素や勢力均衡の問題が優位を占め、政党エネルギーの大部分がそうしたところに注ぎ込まれくる。権力の座をめぐるこのような非合理的運動の展開されるところでは、その外/側で、いわば無形の外的装置としての暴力が、その連動作用をいとなんでくるのも無理からぬところといえよう。保守党の政治が時としてその一部に暴力分子を許容する傾向のあった底には、こうした感覚の共通性の存したことを知らねばならぬ。」(717−718)
「勿論、ヤクザの場合にかれらが現実の家族生活において親孝行であった等というのではない。それどころか、まさにその反対であるにちがいない。しかし、既に見て来たようにその組織は家族制に模則し家父長制的な絶対的服従原理によって貫徹され、排外的な家族共同体的集団によって構成されている。その厳密な階級制は重要な槓杆であり、上長に対する対立はつよく阻止される。このような強者に対し階級制をもって絶対的に服従するといった行動は、一部旧型政治家の最も喜ぶところの観念である。封建主義は両者に共通のイデオロギーであり、権威や権力には無条件に盲従する権威主義、強大なものに対して卑屈に尾を振る事大主義はその生活原理となる。人間関係における序列や絶対者の肯定は、その究極の道徳として力の讃美にもつらなってゆく。この力の哲学は、自己より強い力の者に対しては絶対に服従しながら、しばしば破壊の超法的行為の礼讃にもみちびいてゆくのである。」(718)
「われわれはさきに保守的要素と反動の暴力分子と本来の右翼との三者を区別すべき事をのべ、主に前二者の関連についてふれて来たが、後二者の未分離的な混合状態、即ち、親分乾分の暴力的集団と右翼との境界線の不明な混入こそ、端的にいって戦後の特徴を形成するものであった。このような右翼の行動暴力化の問題は、一つにはその実質的な中核となるsymbolの欠如が原因である。即ち、戦後の社会変化によってその適帰すべき思想的基盤がなく、統合的イデオロギーを有しないことである。良かれ悪しかれ国家主義の思想が普及され大衆の隅々にまで浸透しそれが基盤をなしていた時代の戦前の右翼と異なって、現在のそれは社会運動としての方向性を欠いた純反動的性質を特色としている。」(723)

第四篇 パースナリティと集団性格
 第一章 精神病理と副次文化
  第一節 ヤクザ気質・その病的性格
   力の原則
「筆者は、まずその心理回路の分析において、基本的な準拠枠組としてアルフ/レッド・アドラーの力の理論(the theory of power)を使用したいと思う。勿論、アドラー理論は、これを不当に拡大する場合、その犯罪分析の一部に見られるような欠陥を生ずるものであるが、少くとも当面のヤクザ集団の分析においては、それは最も有効な理解法たるを失わぬのである。ヤクザ気質の中軸は、(a)第一に、何にもまして原始・粗放な『力』をその信条とする。人間に誰しも存するところの生物心理的欲求としての力の追求(the quest of power)は、この病的集団心性の扇の要であり、すべてはこの力を中心に布置されている。病的は、この力の追求がきわめて原始的であり、単純な物理的暴力として表現されるからに他ならぬ。その過剰な力の追求欲は後述の自己顕示の特徴と随伴し、またその過剰性による神経過敏や、劣等感とその補償作用としての自己膨張や自己卑下を生んで来る。それはともあれ、この社会における地位も支配も、その最後の決定要素は暴力であり、その爆発的な行動が英雄視される。暴虎馮河の勇といわれる単純暴力そのものが、彼らの生命線である。これを抜きにして、ヤクザ気質はありえない。その最大の目的は、力によって他人を支配し、出来事を操作して、その社会での身分を獲得することにある。」(730−731)

   男の観念
「この力の体系は、(b)第二にその象徴としての『男』の観念に連結する。」(731)

   攻撃性
   瞬間的感覚
   宿命主義
   マゾヒズム的性格特徴
   外界の敵視
   退行的原始的諸行為
「それは彼らの恪守すべき特定の行動様式であり、対人関係の持ち方であって『彼奴は仲間の仁義を知らない』というように、相互の接触、交渉の仕方なのである。そして未だ論じなかったところの顔の問題とか、所謂ヤクザの義理人情の問題などの、彼らの生活上の重要な部分がここに存しているのである。本節でのべたような病態心理的な面からさらに進んで、このような彼らの実生活において約束となっている諸事実、その規則や規範の面に入って行くと、一/段と精神心理的要素と文化との連関が問題となってくる。勿論、その規範は歪んだものではあるが、これらの病的性格もまた基礎的な文化の型に従っている」(740−741)

  第二節 顔の構造
   顔の日常的諸用例―顔・貫禄
   欧米における顔
   中国の面子と瞼
   腹
「即ち、『腹を割って話し合う』とか、『腹ぐろい』とか、『清濁併せ飲む』ところの腹であるとか、この観念の生活的な機能は普遍的である。そしてこれは、基本的に日本人の人間関係における言語と意識、表現と本心の二律背反、乃至、二重性にもとづくものと思われる。」(745)

   表現と本心の二重性
   葛藤を前提とする義理人情
「しかしながら、勿論この問題も日本人の一般的な社会生活と無縁ではない。一体、『義理』と『人情』とは、人間の心性にとって相互に矛盾する内容を持つものである。即ち、第一に、義理は『理』であり、人情は『情』であって、換言すれば、それは『理性』と『感性』の対立を示す。次に第二に、例えば姫岡勤が指摘したように、『義理は公であり、社会である。これに反し義理に対立される人情は私であり、個人である』という、社会と個人とまではいわぬも、『公』と『私』の対立を示すものである。」(747)

   義理人情の受動的道徳性
「だが、繰返すようであるが、それにしても彼らがヤクザ気質の一班としてかかげ、強調する義理人情に生きる男というスローガンは、決して彼らの独占物でないことも併せ指摘して置かねばならないのである。その一面が誇張されるところに、ただその病的な性格であるに過ぎない。我々は、映画、講談、芝居、小説等の股旅物、ヤクザ物類において、今日においてもなお彼らの美化、修正された義理人情の映像に対し、これを支持し拍手を送る国民大衆層の多くあることを忘れてはなるまい。その虚構と現実は、ある場合には紙一重の差ともなりうるものである。」(749)

   下層社会における副次文化
「ともあれ、しばしば反復したように、筆者はこれらの集団を正常扱いするのではなく、明らかに退行的集団、正常社会に対抗する原始的な集団と為し、その成員は正常人と異なった精神性の持ち主、異常な行動者と認めるのであるが、それにもかかわらず、その行動様式/の底に、日本人の特有な文化と伝統が病的にまで拡大、反映されていることは、十分注目していよいことがらであると思われるのである。」(749−750)


 第二章 親分のリーダーシップと集団性格
  第一節 指導・従属関係
   最近のリーダーシップ研究
   指導者特性
   事態的アプローチ
   リーダーシップの概念
   集団的次元
   リーダーとフォロアーの動力学
   指導者と父親的役割
   権威主義的指導者
   指導者行動の特殊性
  第二節 親分型リーダーシップと人間関係―一工場主のライフストーリーより
   一 人間関係と管理
   二 略伝
    出生
    徒弟生活
    職人生活
    渡り
    下請
    独立
    苦境
    拡張
    戦後
   三 特性と態度
    性格
    イデオロギー(宗教・信念・仕事)
    対経営態度
    従業員の統率法(基本的方向・個別的統御・生活包括性・慈恵主義・独裁性・無条理性と私的信頼)
    対ストライキ
    対コミュニティ(顔・名誉職)
  第三節 派閥とヤクザ集団
   クリーク・ファクション・ボス
   徒党的派閥
   内外の障壁
   内部結合
   派閥的行動
   政党派閥
   概念規定
「かくして、ここで一応の徒党的派閥の定義を行なうならば、次の如くであろう。即ち、(1)それは任意の社会的関心に対応する一面における組織である。より大なる社会の存在を前提とし、その中に含まれている集団としての派閥なのである。(2)その成員は、パースナルな感情的性格において、支配と従属、庇護と依存の形をとって誰かある中心人物につながる傾向が強く、その集団はかかる求心的な組織によって成立する。しかし、かかる組織は生きた生活としてのみ存在し、一見あいまいであるが、当事者たちは、その組織を感じ拘束されている。(3)かかる集団の人間関係が、より大なる社会にもちこまれ、後者における特定の活動の効果的な遂行自体よりも、その集団成員たる少数者の利益、もしくは少なくとも彼らの主導性において行われるということの方が、その集団成員にとっても主要な関心事となっている。そのため、その集団は排他的であって、その集団以外のすべて、就中、同様の集団に対し/対立的、抗争的である。」(788−789)

   派閥と利得
「ところで、とくにその第三の点に関し、われわれはふたたび本節の冒頭に挙げたヤクザの妻の言葉に帰りたい。派閥集団がその結合の強固を誇るとしても、一歩その奥底に突込んでみるならば、果してそこには真の意味の共感や連帯性があるのであろうか。『親分子分というようなもの、各自にこしらえたものである』との言が正に的を射って示す如くに、その形式的な団結の根底に存するものは各自の利得に他ならない、親分といい、乾分といっても、その奥底には相互利用が潜んでいるのであり、そうした一種のcredit balanceの上に家族主義の枠がはめられているのが派閥の特徴である。先にある意味での強固な結合、といったものもこうした意味に他ならない。」(789)

   親分の統御
   派閥切り崩しと派閥均衡
   集団間の調停と架橋
   徒党的派閥とヤクザ集団
「さて、われわれは、これまで主にヤクザ社会の問題を対象とし、その内部的な構造や機能、制度と現実を見て来たのであったが、ここにおいて、近代の徒党的派閥といわれるものも、その精神ならびに集団原理においてこのヤクザ集団とひとつも変らぬものであることを指摘しなければならぬ。その『支配と人格的隷属』において、『庇護と依存』の関係において、『親分忠誠と内部序列』において、そして、その根本目的としての『私我的結合』において、はたまた集団相互の離隔した社会的距離と各個の狭隘な『範域』を守りつつ利益獲得を目指す『縄張り』の闘争において、さらには集団間の調停の『手打』にいたるまで、すべてヤクザ集団をそのまま模擬するといってもよい程である。否、政党的派閥の如きは、親分乾分間の結合の義理がたさの点においては、むしろヤクザ集団に劣るものがあるとさえもいうべきであろう。」(792)
「いずれにしても、開かれた社会的場における閉じられた集団の対抗関係、また、力関係の支配的社会における、集団運動形態としての同一の行動様式、共通の法則をもつことは変りがなく、広く見てこの近代的衣裳の政治・経済界のトップ・レベルから、最下層のヤクザ集団にいたるまで、その契機と段階の差はあれ一様の類縁性があるのであり、その衣裳を剥いだ基本的な骨格にいわば日本の固有の社会的特異体質とでもいうべきものが貫かれていることを、明瞭に感得せざるを得ないのである。」(793)

結語
「病理集団の種類にもいろいろあるが、一般に街頭で結成される青少年の愚連隊は、その萌芽的においては臨時編成的な流動性が顕著で、伝統や組織の明確さを欠いているが、組織化の度合が高くなり、構造性が明確となるにつれて、伝襲型の親分乾分の制度的集団化への傾向を帯び、またそれらの専門的集団に関連づけられてくる。中心は、かくして親分乾分の組織構造に向けられて来るのであり、その事実について種々の角度から実証的に分析した。そこで、再/びここにその要約を試みることはやめて、さらにしぼって結論づけるならば、この組織構造の問題は、同時に農村、商家、職人等における社会関係の問題、とくに従来のわが国の社会学界における同族団研究(同族的親方子方)とかなり密接なつながりをもつものである。」(795-796)
「それは一般にいわれる如く極めて特殊的集団であるにせよ、その社会関係の制度的側面をつぶさに見るならば、制度的には日本固有のいわゆる同族的諸要素の浸透がかなり明確に看守される。
(一)当該社会における社会的活動の足場を得るため『一家』に所属すること。――農村における新来者が依存すべき親方を求め、また、商家の徒弟奉公人が生家で得られぬ社会的活動の足場を主家に属する事によって求めるのと、その原則は同様である。親分が自己集団化の強化と拡大のためすすんで従属者を吸収しようとする積極性の面では多少差異があると思われるが、従属者の側における要求には変りなく、たとえば『ゲソをツケル』といい、『アヅカリ』といい、その目的の本質は同じである。勿論、これも細かく言えば色々問題もあるし、アヅカリの場合を商売そのもの、非行性の乾分のゲソをツケルのは、家出、失職、喧嘩、浮浪、等の契機や自己防禦といった理由があるにせよ、ともかくその社会において活動するためには依拠すべき親分を求め、どの一家でも構わぬから所属して親分との主従関係を構成することによって、はじめて、生活基礎の保護を与えられ、その社会での第一歩を踏み出すのである。
(二)これに関連し、ワラジヌギの慣行は農村のそれの浸透というべきであろうが、やはりこの場合にも、対等者(客分)でなくその滞在が半恒常的となれば、この世話内と称せられる者も、同家の親分に対し、一般の頼ミ親分のごとく準コブンとして主従関係を新たに形成しやすい。
(三)稼業界における社会的地盤の獲得法は、徒弟奉公的なきびしい忠誠と淘汰は経なければならぬ。――これらの点についてはかなりくわしくのべたところである。
(四)この過程を経て一定段階に達することによって、はじめて一家を分出する。――即ち、奉仕の雑役、賭博技術や露店商売の習得、そして何よりも闘争における実績、等々の積み重ねをし、その年季と功労によって親分から一家名乗りを与えられるようになって、はじめて同稼業界の一人前としての外からの待遇も与えられてくる。そして、この一家の分出は、正に商家における『ノレン分ケ』、『ノレンベッケ』に他ならぬのである。とくに的屋の場合は、その本来が下層零細商業者なのであるから、分家、一家などと称することも一般商家の場合に類するは当然であるが、但し、分家と称しても血縁分家ではなく、奉公人分家または別家だけに相当するものである。/
(五)一家創設に当って、本家から与えられるものは、暖簾・屋号と同等の『家名』である。――伝統の家歴を有する家名、または親分個人の名を冠した『一家名乗り』を与える(的屋では分家という場合もあるが、博徒においては分家といった呼称をない)のは、同じ業界での一本立ちの格を与えること、即ち、一人前としての乾分養成の許可であり、それは基本的にひろく社会的な位置づけを意味するものである。
(六)与えられるものは第二は、家産的な縄張りの分家分産である。――農村の同族関係において、土地、農地の分与あるいは貸与が行なわれ、商家においては中野の指摘したような家屋、家財道具、資本金や商品の分与、貸与等が行なわれるのに対し、これらの集団においては、それらはすべて『島』や『庭場』の縄張りに集約されるのである。しかし、半博徒の炭鉱の親分乾分関係などにおいて、さらにひろく、分産的な坑区のほかに、資本金若干の分与・貸与、器具・設備等の貸与も行なわれる。」(796−797)
「このように、同族的親分子分に類縁的な諸関係の浸透を一方において承認するのであるが、これだけでは十分でない。第一に、こうした旧制度的な面は次第にいちじるしく崩れつつあるし、第二に、基本的に他方、これと異なる点を明らかにすれば次の如くである。
(一)個人単位の結合の性格をもつこと。――その家の内容も、農村、商家の家集団においては、非血縁者を含むとはいえその中心は何といっても矢張り血縁紐帯によるに対し、ここでの対象となる一家(広義の)集団では、明かに肉親の親子とは別箇の異質的な組織である。たとえば、家名に象徴される一家の通世代持続といっても、その継承は肉親や縁者によるものではない。むしろ、そこにはたらくものは、肉親を疎隔、排除すべきであるとする原則であって、代名の名籍を受け集団成員に対する支配権の行使をつぐところの跡目相続は、もっぱら非血縁の腕と能力を有する乾分によるものであり、純粋の家族とは別の体系となっている。この点では正しく擬制という言葉に近いものである。
(二)本家といい、あるいは宗家といっても、これとこれから分出した一家との関係は一代限りの関係で永続性がない。――即ち、当代の親分個人を中心とした関係であって、家としての本家の規制力は少く、本家の伝統的権威に対する服属といったものはない。これを要するに、一家集団を基本としても、その相互の家関係の性格そのものは個人的な社会関係としての性格がつよい。
(三)さらに基本的な大きな問題として、分枝した一家群を包摂する家連合的な団結の性格がきわめて稀薄である。――中心は親分同士の結合の方が重要な意義をもち、現実には、他家名と異稼業を問わずその横の任意結合の連合体の方が、同家名の結合よりも多く優先している。」(797)
「さらに第二に、最も根本的には、それが粗放な力の世界に生きる集団であり、闘争集団性を本質としていることである。そして、この点は何よりこの集団の性格を特色づけるものである。例えば、このような面を反映する重要な点として、次のような諸特徴が挙げられる。
(一)集団維持の安全装置としての代貸や身代りの制度の存在。――その基礎の不安定性に対し、(イ)代貸の常備性や、(ロ)非常事態における乾分一般の身代り、などはこうした集団のみに見られるものである。
(二)親分の強烈な統制力の把持と行使。――家父長的制度において家長が厳格な統制権をもつ事は一般においても同じではあるが、とくにこれらの集団においてはそれが絶大である。その根本理由は、一方において(a)低階層の生活条件の劣悪に対する包括的な生活保障、という問題と同時に、他方、(b)親分からの統制随順の反面におけるこれへの反抗の潜在的な二律背反性の強度、という問題がある。即ち、もともと力の世界の社会関係であり、現実には親分を力で押しのける場合も少くない。このような深い内的な基礎での矛盾ないし不安定性が横たわるが故に、これを支えるための制度としての表われは、(イ)親分権威の絶対的教化(例えば、親分のいうことには、白いものが黒いと言われても従わねばならぬ、の理非曲直を問わぬ絶対服従)や、また、(ロ)物理的強制力の強烈(即ち、あらわな暴力の私刑や、破門、断指、等の制裁体系の存在)等、となって来ているものである。
(三)兄弟分関係原理の重要性。――農村等において、(イ)親方取りをする場合の兄弟成りと、(ロ)親方取りをせぬ場合の兄弟成りとの二種があるように、これらの集団においては、一家内の兄弟分関係と、他集団の成員との兄弟分関係との二範疇があるが、とくに後者の実質的機能はこの社会において極めて大きな比重をもつ。少くとも一家名乗りを許された以後においては、同じ一家系列の兄弟分よりは、他家名でも個人として親密に盟約した兄弟分関係の方が当該社会での有力な連合力となりうる。総じて親分個人との直結関係を除けば、他集団員との兄弟分関係はその重要度においてこれに次ぐものである。/
(四)封鎖集団性と儀礼主義。――この社会の全体としても隠語に象徴される如く封鎖性がつよいのであるが、その闘争集団性を反映し、さらに個々の単位集団は、恰かも細分して閉じられた細胞の諸領域の如き封鎖性を各々備えている。また、親子、兄弟、跡目相続、等の各種の場合の誓盃儀礼などにも見られるように、その繁雑ともいえる密儀的な儀礼主義は、これを通じ集団感情を内面化し、社会統制と集団凝集力を高める特殊な方法となっている。
(五)対抗と闘争。――集団は不断の攻撃欲動を内有し、相互に攻撃と防禦を行なう。従って、そこには集団間緊張が半恒常的に存在し、対立、分裂と、連合、合力は休止する事なく繰返される。それは、各集団の制覇競闘の循環過程である。」(798−799)
「例えば、渡りの仁義や旅人制度などは、そのひとつである。仁義は、一般には、(a)他集団の者と関係を設定する時に行われるものであるが、等の意味があり、即ち、これは地方を移動しつつ雇用と熟練を求める職人の宿や順達組織にその源泉があると見るべきであろう。」(799)
「この前期的労働の側面においては、港湾荷役労働にからまる港湾暴力団の場合も同様である。若松、横浜港、等の具体的分析にも見るように、その労働経営自体の内有する経済的、経済外的な条件による波動性、受動性は、その近代化を阻む一種の弱点ともなっており、その不安定性のうちに親方制を強く残存せしめる原因がひそむ。」(800)
「こうして、右にのべてきた第二篇、第三篇の所論を通じ、これらの病理集団は、日本の経済政治機構の弱点にその培養の根基を有していることが明らかに指摘されうる。われわれは、病理集団を全体社会から孤立させて理解することはできない。私は、かつてこれらの集団の日本における特質として、その半職業性、半公認性を指摘(福武直編『日本の社会』、反社会集団)したことがあるが、このような特質は、ここでも再認識される必要がる。かように、病理集団を運載する下部構造の諸矛盾を含むところの日本の社会体制それ自体が問題であり、それらの集団は、日本という特殊構造の骨格に派生した一分肢であるというべきであろう。」(803)
「仮りに近代云々ということを抜きにしても、この点は異なっている。総じて、第一次集団的性格をもちながらも、第二次集団の社会において展開されているのが、親分乾分集団である。それは、いわば第一次集団的性格と第二次集団との両者の交錯、累積した関係である。それが、現代社会の問題として浮かび上る場合には、自然発生的な家族その他の第一次集団と、現代を特色づける機械的社会との、その人間と組織の裂目に発生して特殊な機能を発揮しているところにさまざまな問題性も生れてくるのである。」(806)

あとがき
事項索引
図版目次
表目次


【文化人類学】
◇Raz, Jacob, (1996****→)20020716, ANTHROPOLOGY of YAKUZA : Japan as Seen from Its "Back Door"=高井宏子訳『ヤクザの文化人類学―ウラから見た日本』 岩波書店
 目次
序 日本文化におけるヤクザ研究の意義
   民俗記号学の不可能性
「しかしわれわれ民族学者が理解しようとし、紹介しようとしているのは、まさにこの主観性自体なのであり、それこそがわれわれの研究テーマなのである。そういうわけで、最終的に内部のインフォーマントの視点が観察者の視点に優越するとは言えないが、彼らの視点はわれわれの研究にとってきわめて重要であり、また信頼に足るものであるとは言える。なぜなら彼らの視点自体がわれわれのテーマであるからだ。」(3)
「複合的社会を扱うときはいつもそうだが、ヤクザ組織を研究するときにもやはり整合性のなさを考慮にいれておく必要がある。矛盾がないことが、ある文化を正確に描いていることの保証にはならない。民族学者が書いたものが優雅でスタイリッシュで才気にあふれている場合には、たいてい描写か解釈に潜む欠点を隠しているのである。本書の真の目的は、格好の良い仮説モデルを提示することではなく、ヤクザ集団がもつ矛盾に満ちた生活そのものを示すことにある。現実の言説の中では、未知のものを明らかにし、それに触れるために、既知の思考モデルを用いるのが普通である『ヤクザは暴力的である』などというように、自分たちがよくなじんだモデルや烙印を、知らず知らずのうちに『事実』と思いこんで用いることもある。いわゆる『典型』に頼るのである。しかしながら重要なの/は、典型ではなく複雑な個別性であり、個々の発見がいかに個別的状況に左右されているかなのである。微妙な相違が重要なのであって、概括的な抽象化が目的なのではない。各事例をつなぐ一般化を行うのではなく、各事例の内部で一般化することが必要なのだ。理論がしなければならないのは、象徴的な行為が自らについて語ることのできる語彙を与えることなのである。」(5-6)

   ヤクザ研究 その理論と方法論についての考察
   フィールドワーク
   文献

第一章 他者/自己としてのヤクザ
 第一節 流動的自己と他者
 第二節 他者の問題
 第三節 ヤクザのイメージ―ヤクザの民話/都会の民話
・『警察学論集』第39巻、1986年

第二章 自己の一変形としての他者―ヤクザイメージ
 第一節 他者のイメージ
「ヤクザは日本人の中心的自我の一つの変形であり、逆もまた真なりと言える。この主張に対してはたいていの日本人が異議を唱えるだろう。たいていの日本人はヤクザの中に自分自身を認めることなどできないだろうし、また認めようともしないであろう。しかし私の考えでは、ヤクザは伝統的社会から排除され拒絶されてはいるが、多くの点が日本人の文化的な自己の一部であって、しかも周縁とは言い切れない一部である。二つの社会が似ているからこそ排除や拒絶が起こるのである。本書においてはこの相互的過程を、さまざまな角度から示し、分析してみようと思う。」(53)

 第二節 日本のヤクザ映画
 第三節 寅さんの現象

第三章 暴力とロマン
「ヤクザのイメージのもう一方の極は大衆の暴力的な敵、社会の寄生虫というものである。これも日本人の自己の変形であり、この暴力的な極は日本人の性格の中の暴力的な要素を表しているのだろうか。いやそのような要素は『日本人』の性格であるばかりでなく、どのような個人にも文化にもその性格の中に内包されるものである。われわれはみな内に暴力を秘めており、建て前の上に非暴力のうわべをつくろい、社会や道徳の規準によってのみ管理できる本音(暴力)を隠そうとする偽善者の群である。それを証明するために、さまざまな状況において政府、企業、警察、そして個人がふるう暴力行為をあえて引き合いに出す必要もないだろう。われわれは暴力映画、レスリング、漫画、サド・マゾ、ボクシングなどを好んで見ないだろうか。この意味でヤクザはわれわれの本音の生活を生きていることでわれわれの身代わりとなっている。われわれは偽善的に彼らを拒絶し、駆逐し、除外し、放逐して、自分たちの精神を癒している。彼らはわれわれのもっとも内なる精神/の鏡であり、つまりわれわれ自身の自己の一つの変形であるのだ。だからこそわれわれは彼らを恐れるのだ。」(73−74)

 第一節 ヤクザジャーナリズム
「これに対して極道ジャーナリズムの場合は『虚構の中の虚構』と『人生の中の虚構』は一つなのである。しかも、この虚構の世界と実人生の世界の区別さえ曖昧である。前章で見たようにかつてヤクザ映画が絶頂期を迎えていたころ(一九六〇年代から七〇年代初期)、二つの世界は大いに異なっていた。ヤクザジャーナリズムもその当時は未発達であった。それがヤクザ映画というジャンルがほとんど消えてしまった現在では、極道ジャーナリズムが両方の役割を果たすようになったのである。実際、極道ジャーナリズムは二つを吸収合併して一つにしたものであると言える。」(81)

 第二節 極道文学
 第三節 読者、ヤクザジャーナリズム、ヤクザ
「このアンテーヌ2の件は別にしても、一見ヤクザに関する報道をしているように見えるヤクザジャーナリズムも、実際には二つの異なる役割を果たしている。一つは、読者に期待通りのヤクザイメージを呈示し、娯楽を提供しており、もう一つは、ヤクザ組織、とくに大きな組織のPRをしているのである。つまりヤクザの指導者たちは、二つの異なる観客にそれぞれ狙いを定めている。一つは、一般読者であり、その読者のためにジャーナリストと協力して娯楽を供給している。もう一つの観客は仲間のヤクザであり、彼らに対しては、ヤクザ世界における政治的争いや縄張り抗争の心理戦に役立つよう、選択された情報を与えているのである」(99)

第四章 ヤクザのアイデンティティと自己呈示(1)―ヤクザテクスト
 第一節 アイデンティティと自己呈示
「ただ彼らの言ったことは『事実か嘘か』という観点から判断することは重要ではないと言いたいのである。ヤクザがいわゆる『嘘』をつくのは警察に尋問されたときであり、ジャーナリストや研究者にインタビューされて嘘をつく必要はない。だが一方で彼らの話すことが完全に事実そのままの報告であるわけでもない。私は自己呈示をする表現すべてを、むしろアイデンティティ創造のプロセスと定義づけているのである。」(103)

 第二節 ヤクザテクスト(1)出版物、声明書
「現在のところ機関誌は先にあげた連載コラムを継続している。一九九〇年の号に登場した二つの記事はおそらく読者の要求に応えてであろうが、現在の編集方針を如実に示している。その一つは『日本は国際人権を担えるか』というもので、小数民族、中でも在日韓国/朝鮮人に対する差別や冷遇を行う日本政府を厳しく批判している。この記事ではまず二十一世紀に向けて国際舞台における人権の状況を概観し、次に第二次大戦前と後における日本の少数民族者の歴史を目を向けている。B会(そしてヤクザ世界一般)には韓国/朝鮮系の会員が数多くいる(その中にはB会指導者も含まれる)ことを考え合わせれば、その機関誌が日本社会内部における少数民族者の権利について書き、またその擁護のために戦うのは当然である。自身在日韓国人であるA親分や他の人々がしばしば在日韓国/朝鮮人は日本社会で受ける差別ゆえにヤクザになるのだと述べていた。A親分は日韓親善協会の活動もしていた。」(126)
「まず第一にヤクザは両義的な価値観やアイデンティティの両義的な記号表現を恐れている。日本の『中心』にいる人々から周縁者、アウトサイダー、寄生者、あるいは人民の敵とまで呼ばれ、自らの日本人としてのアイデンティティに常に葛藤が生じている。だからこそヤクザは絶対的で明確で単純な価値観を必要としているのである。彼らに対する拒絶感をますますつのらせている社会において、そのアイデンティティ内に自らの地位を正当化してくれるような明白な焦点を必要としているのである。そして右翼活動やそのスローガンは彼らのこのような必要をすべて満たすものなのである。」(133)
「しかしながらこの本[『任侠大百科』]にはヤクザの自己呈示における古典的矛盾が見出される。ヤクザを周縁的なものとして示すかと思えば、一転して中心的なものとして示し、流れ者のアウトローとして示すかと思えば、中心におくべき主要な価値観の護り手として示す。私が提案した用語を用いて言えば、この本はヤクザ世界の『排他的』な呈示と『包含的』な呈示の間を常に揺れ動いている。」(142)

 第三節 ヤクザテクスト(2)私的な書き物
 第四節 ヤクザのテクストと情報化時代

第五章 ヤクザのアイデンティティと自己呈示(2)―多層的自我と烙印
 第一節 自己と他者性―多面安定という概念
 第二節 ヤクザのイメージ作り
「言い換えれば単純な自己など存在しないし、単純な『ヤクザという自己』もないのである。『カタギ』のわれわれが、自分の生きる世界を何とか扱いやすくするために単純化した『ヤクザの自己』を作り上げるのである。」(179)

 第三節 反転と多層的自己
 第四節 見栄/見得―ヤクザの生活におけるパフォーマンスの役割
「生得的なヤクザ的人格などありえない。新参者はヤクザという人格を外見的な行動様式によって形作り、そしてそれを内在化するのである。つまりヤクザという人格は外見から始まって、内面へと広がっていくのであり、それゆえに後得的に獲得される人格と言える。その意味ではそれは人格というようり、獲得された(外的な)行動様式であると言うこともできよう。しかしそう言ってしまうことには私は反対である。なぜなら二つを完全に区別することはできないからである。」(194)
「ヤクザは心の一つの状態であり、一つの役割である。ということは潜在的にはどんな日本人の人格の一部にもなりうる。一つの役割として、ヤクザはこのような潜在的な可能性を実現したものである。」(194)

 第五節 レンズを通して眺められるヤクザ

第六章 ヤクザという烙印
 第一節 逸脱
 第二節 逸脱者のアイデンティティ形成
「ある意味では逸脱はあとから現れてくるもので、社会がそれを管理するとその結果として事実として固定化される。ラマートによれば『古い社会学では逸脱の結果、社会の側に管理の動きが起こるという考えをとりがちであった。だが私はそれとは反対の考え、つまり社会の管理が逸脱を生み出すという考えも劣らず有効で、現代社会における逸脱の問題を研究する前提としては、潜在的にはより豊かな実りを約束してくれると考えるようになった』(Lemert,1951,傍点筆者)。」(225)

 第三節 「ヤクザ」という烙印とパフォーマンス―二重の逆転
「ヤクザになる理由にはいろいろある。不幸な過去、恵まれない家庭、民族差別(在日韓国/朝鮮人)、社会差別(被差別部落出身)、刑務所での生活、不充分な教育、社会的烙印などである。このほかに自己が『他者』を形成することでヤクザとなることを正当化することもある。しかしこの場合、ここで形成することでヤクザとなることを正当化することもある。しかしこの場合、ここで形成された『他者』(「自分ではないもの」)は自分自身であり、通常社会の範囲内にほかにアイデンティティ(職業やその他の集団への所属など)を得られないがために、『他者性』を自らのアイデンティティに選んでいるのである。」(227)
「ヤクザのインフォーマントは、社会差別や民族差別をよく自己正当化に用いていたが、もちろん年齢、地位によってそのニュアンスやコンテクストも変わる。社会差別がヤクザになった理由であるという議論は、年齢や地位があがると、ますます洗練され、知的になり、政治化さえされる。しかし彼らはそのような差別を、ヤクザとして生きていることの動機とはしない。いまでは自分は満足しているし、誇りさえ感じており、ヤクザの生活を/カタギのものと交換しようとは思わない。自分の人生は『環境』によって決められたのではなく、自己の選択に基づいて生きられたものなのだと主張する。言い換えればヤクザとしての人生を、否定的にではなく、肯定的に生きているのである。」(227−228)
「普通の人間であるわれわれカタギは、強さと自由とさまざまの選択肢と道徳的統一性を有しており、それをもとに選択するのだという幻想は、不適切で自己欺瞞的であり、中心社会特有の偽善性の表れなのである。社会の他者である敗残者、犯罪者、ヤクザなどは、弱く無能で邪悪で不適応であるから必然的にそのような選択をするのだとわれわれに信じたいのだ。」(238)
「『ヤクザ』という言葉が、『敗北者』というもとの意味を薄れさせていったとすれば、この『暴力団』という新しい言葉は、暴力を前面に押し出し、ヤクザのアイデンティティの中心がこの属性にあると一般の人々に思わせるように仕向けた。」(240)
「『ヤクザ』という言葉が、『敗北者』とを全面に押し出し、ヤクザのアイデンティティの中心がこの属性にあると一般の人々に思わせるように仕向けた。」(240)
「この呼称の変化は重大である。いくぶん受け身的な烙印であった敗北者としての『ヤクザ』は、烙印を押されて者たちによって、ロマンにあふれた積極的なレッテルへと変えられた。消極的で不能を表すレッテルは、積極的で活力ある『任侠』という意味を吹き込まれた。ところがここに当局が登場し、破壊的で恐ろしい新しいレッテルを作り出し、その焦点をロマンから恐怖へと移したのである。」(240)

第七章 テキヤの日常―祭りと逆転
 第一節 高市―テキヤの旅回り生活
 第二節 逆転、不信、パフォーマンス

第八章 逸脱と社会
 第一節 現実か烙印か?マスメディアと逸脱
 第二節 ヤクザ、地域社会、警察、マスメディア―一力一家事件
 第三節 マスメディアと逸脱
 第四節 ヤクザ抑制への道―地域社会と法の制定

付録
 第一節 A親分
「A親分はまさに周縁の人であった。韓国で生まれ、子ども時代に日本に移り住んでそこで成長した。母親は韓国に残った。日本で教育を受けたので、その後韓国にいる母を何度も訪ねていったが、通訳なしに話すことができなかった。韓国にいる親戚とも同様だった。日本の国籍はもらわなかった。彼の夢の一つは投票権を得て日本の政治に影響を及ぼすことだった。」(331)

 第二節 ヤクザ点描―エピソードと人柄
あとがき
「警察の自己とヤクザの他者(あるいはヤクザ側から言えば、ヤクザの自己と警察の他者)は絡み合い、切り離すことができない。両者は多くの点において相互に依存し合う以上、愛/憎、敬意/軽蔑、協力/争いという関係はこれからも続くだろう。ヤクザは組織、価値体系、語彙、法と無法の定義に対するアンビヴァレントな考えなど、多くの点においてきわめて『日本的』世界を表象している。私は本書で、ヤクザは日本人的であると同時に非日本人的であるというダブル・バインドの中で生きていると述べた。ヤクザがカタギの人々にとって恐怖と軽蔑と憎しみの対象となると同時に、ロマンにあふれ、魅力的な人物となり得るのは、まさにこのためなのである。つまりヤクザは、内部にいながら同時に外部にいる者であるがゆえなのだ。言い換えればヤクザは神話と儀式の世界にいる一人二役の存在なのである。」(362)

訳者あとがき
訳者あとがき―文庫版によせて
参考文献

◇――――20000214 「ヤクザと日本社会」『犯罪と風俗』(近代日本文化論6) 岩波書店
一 ヤクザとは何か
二 ヤクザの現在
三 ヤクザの世界化とそのイメージ
四 ヤクザ者の二重のイメージ
五 「ヤクザ」という烙印とパフォーマンス――二重の逆転
六 結論――「同一性」をもつ「他者」としてのヤクザ


【その他】
◇和田信義 19300501 『談奇館随筆・香具師奥義書』(第三編) 文藝市場社
香具師細見
 香具師を知る為の予備知識
 香具師の沿源
 神農
 神農と露店商人
 商売の大別と小別
 親分と其の分附
 威嚇、機智、口上
 香具師への入門
 香具師の特質
 ガゼバイ
 サクラ
 アイツキ
 バワリ
 ゴロとクロブタ
 メンチョウ
 ドヤ

香具師一般(上)
 大じめ師
 ごと師
 ろくま
 演歌師
 ごみ師
 はこ師
 がせみつ打ち
 はぼく
 たかもの師
 ぬけ打ち
 とざん打ち
 うべ師
 がんすい屋
 はぢき
 ねた元
 さんずんとこみせ

香具師一般(下)
 香具師と逸話
 香具師の変装術
 ネタの打ち枯れ
 ナオコマシとナオチラシ
 新らしいヨイチ
 文盲の醫大生
 マツサンとカエン
 窮余の戦法
 オトシマヘ
 打ち込み
 偽技
 香具師と賭博
 香具師は一代
 雪国と香具師
 殖民地と香具師
 段々に寂びれる縁日

香具師語彙
 隠語の集成

香具師の思想的活動
 発端
 同盟の創立
 全国行商人先駆者同盟創立に就て
 第一次リーフレットの発行
 商人と行商人
 支部の設定
 第二次リーフレットの発行
 同盟支部の激増
 第三次リーフレットの内容
 不浪人根性に就て
 真面目にやれ

附録
香具師変愛術
 おことはり
 ナオコマシ
 ヨツニカマル
 ラリコ
 シヤリマ
 チラシ
 ツキ
 ポスト
 ロクマ
 タカモノ
 ヤサバイ
 モミ
 バシタ
 ドヤ
 ビリツリ
 オトシコミ
 ヤセリ
 其の他

◇尾形鶴吉 19330703→復刻19810330 『本邦侠客の研究』 西田書店
緒言
第一章 侠客の概念
 第一節 名称の歴史的考察
  侠客の意義
  侠客の源流
  男伊達
  侠客の特称
  奴
  旗本奴及町奴
  火消人足
  目明
  角力
  博徒及侠賊
  人入
  金侠
  女侠
 第二節 侠客の範囲
  侠の意義
  広義の侠客
  狭義の侠客
  義侠
  遊侠
 第三節 総括

第二章 侠客を中心せる江戸時代社会概観
 第一節 前半期(慶長―元禄)
  前半・後半期の区分
  封建制確立
  戦国風潮
  文化政策
  対諸侯政策
  浪士の輩出
  歌舞伎者の横行
  男伊達横行の最盛時代
  風俗匡正禁止
  令表
  旗本奴の横行
  町奴の決起
  旗本奴・町奴の争闘
  商業資本主義の台頭
 第二節 後半期(寛永―慶應)
  支配階級の勢力失墜と町人の天下
  倹約・禁奢侈令表
  武士の堕落
  侠客の堕落
 第三節 総括

第三章 侠客発生の原因
 第一節 侠的精神の源流及其転化
  国民性と侠的精神との関係
  武士道と侠的精神との関係
  侠客は本邦独特の存在
 第二節 人情気質の地方的差異
  江戸気質
  京気質
  浪華気質
  全国城下町及邊陬地の状況
 第三節 戦国時代思想の影響
  江戸時代初期の戦国殺伐風潮
  男伊達の出現
 第四節 階級制度
  階級制度確立の因由
  支配階級
  被支配階級
  侍中心の社会制度
  町奴の出現
 第五節 対諸侯政策
  浪士発生の原因
  江戸時代除封表
  無嗣に依る除減封
  新賜加封と浪士問題
  武士の人口増加に依る浪士輩出
  戦国気風に依る浪士輩出
  浪士気質
  浪士に対する幕府の態度
  浪士の末路
  浪士侠客の出現
  参勤交代及交通政策の影響
 第六節 特権階級間の暗闘
  奴の分類
  奴の源流
  初期奴の行状
  奴の堕落
  広義の旗本奴出現
  旗本は対武人政策の犠牲者
  窮乏に依る旗本の不平
  旗本と大名軋轢の好例
  文化政策に対する旗本の不平
  旗本奴の行状
  旗本奴に対する禁圧
 第七節 武士階級に対する庶民階級の模倣
  武士階級中心の社会
  庶民階級の羨望と模倣
 第八節 武士階級に対する庶民階級の反抗
  庶民の反抗
  町奴の行状
  旗本奴と町奴の衝突
  大名と町奴との関係
  女侠の出現
  花街繁昌の因由
  花街遊客の変遷
  花街の奢侈
  侠風の感化
  武士に対する反抗
 第九節 演劇及講談等の影響
  劇場繁昌の因由
  演劇・講談に仕組まれたる侠客の正体
  演劇・講談の影響に依る侠客の輩出
 第十節 角力より侠客への転化
  角力気質
  江戸初期角力の行状
  角力の営業化
  抱角力
  江戸末期角力の行状
 第十一節 消防制度
  江戸火災の原因
  江戸大火及消防に関する諸制表
  消防組織の消極的方面
  消防組織の積極的方面
  定火消
  臥煙の行状
  町火消
  江戸市街発展表
  江戸人口増加表
  町火消の編成及其配置
  鳶の行状
  江戸末期鳶の行状
 第十二節 民政の失策
  幕府及大名の対農民策
  浪人の輩出
  幕府地方民政の失策
  博徒の横行
  縄張
  旅人
  江戸末期博徒の行状
  賊徒の横行
  目明の横行
 第十三節
  経済中心の社会展開
  町人階級の台頭
  前半期侠客の輩出と経済的関係
  後半期侠客の輩出と経済的関係
  武士階級と町人階級との位置転倒
  武士階級と町人階級との経済的関係
  金侠の輩出
  金侠の行状
  金侠の展開
 第十四節 総括

第四章 侠客に対する幕府の態度
 第一節 法令に現れたる幕府の態度
  侠客取締の二方面
  前半期取締令
  後半期取締令
  取締令の要約
  法令活用上の二方針
 第二節 幕府の侠客取締方法
  積極的方面
  消極的方面
 第三節 総括

結言
図版目次

◇ダーレル・ベリガン(D.Berrigan) 19480825 『やくざの世界』(The Construction of Japanese Society and Family) 近代思想社
第一章 ヤクザ組織の内幕
 家族制度の延長・ヤクザ組織
 侠客の組織と信念
 血と鐵の修行
 現代型侠客と「地下政府」
 警察の籠絡と暗黒街の支配
 住宅建設を妨げる賄賂と脅迫
 松田親分と死と「組」民主化の偽瞞
 親分制度は根絶できるか
[参考]☆與太者組織についての総司令部の見解 ☆親分プロフィール

第二章 江戸浪人・侠客・振興ギャング
 ヤクザの創始者・徳川家康
 浪人の没落と振興江戸の暗黒化
 武家・町人の確執と侠客組織の発展
 ヤクザの尊王攘夷論
 縄張の確率と地下の別世界
 軍国主義者の裏切り
 振興ギャングと新圓財閥
[参考]☆江戸浪人の発生とヤクザ化の経路 ☆江戸の新興と町奴・町火消 ☆公事師 ☆幕末期のヤクザと浪人 ☆ヤクザの戦争協力 ☆玄洋社と黒龍会 ☆日本のファシスト群像

第三章 與太者の温床・日本社会
 尾津喜之助の生い立ち
 氾濫するヤクザの卵
 家庭の制肘に反発する良家の子女
 武勇傳への憧れと騎士の実態
 転落の道を開く「忠臣孝子」
[参考]☆徳川期における浮浪人 ☆アメリカのギャング

第四章 政治の裏道とヤミの世界
 裏舞台に踊る元老たち
 安田・尾津の政界進出
 新興ギャングと政府の関係
 土建ボスの政治支配
 不正取引委員会と憲政の神様
 当世処世術
 日本を蓋うヤミ生活
 われらが生涯の最悪の年
[参考]☆藩閥政府と元老政治 ☆地下政府の問題 ☆総司令部当局者の「労働ボス」廃止要望 ☆隠退蔵物資処理の経過と不当財産取引委員会 ☆炭鉱国管案をめぐって

第五章 パンパンの街・東京
 上野驛のジゴク特急
 貧富の別なき人身売買
 淫売窟の生態
 怖るべき健康証明書
 古き社会のはてまで
[参考]☆結婚媒介業の裏面 ☆日本の売淫史と奴隷制の経済的基礎
附録・年表

◇相田猪一郎 19570910 『暴力団』 平凡社
目次
テキヤ
 仁義を破ったテキヤの自殺
  家出から幹部までへの道
  親分や兄弟分を殺傷
 テキヤの組織と商売
 戦後のテキヤ
 隠語の語源
 テキヤの隠語

バクト
 小松島事件
  バクチに手を出すな
  昔さながらの出入り
 バクトの組織
 戦後のバクト
 バクトの隠語

愚連隊
 金ボタンのヤクザ
  処刑の部屋を地でゆく三人組
 三十娘の貯金で同人雑誌
 愚連隊の今昔
 愚連隊の予備軍"太陽族"
 外国の夜の"豆帝王"たち
 愚連隊の隠語

ヤクザの憲法
 ヤクザの指つめ式
  政吉あにと山田刑事の因縁
  誤解も弁解できぬヤクザの世界
  せいさんな指つめ式
 ヤクザ憲法二十七ヶ条
  代々伝わる野原家会則書
 ナワ張り争いがもとの別府事件
  死の街と化した湯の街
  死をかけて守るナワ張り
 西部の町にもあった九つの掟
 跡目相続と仁義の切り方、一家の収入源
  不肖の子のため実子分をつくる
  命をささげる親分子分の盃
  バクトの親分子分の契は"盃はじめ"の儀式
  "大義名分"の立つ収入源

全国の親分衆の顔ぶれ
 テキヤ
  公職についた親分たち
 バクト
 哀れな女親分たちの末路
  麻薬で死んだ女親分第一号
  三畳間でさびしく死んだ"夜の女王"
  堅気になった"ラク町のお時"
  泥沼にあえぐアネゴたち
  夜の女にもナワ張り

政治家と暴力団
 政治家とヤクザ

ヤクザとピストル
 戦後はドスからピストルへ
 ピストルの入手ルートと相場
 海のギャング

外人のヤクザ

ヤクザはほかにもいる
 ホワイトカラーヤクザ
 金融ヤクザ
 まだある庄屋制度

右翼
 鳩山首相暗殺未遂とソ連代表部への殴り込み
 被害続出の出版、映画界
 右翼の語源と指導理論
 右翼の台頭と変遷
 終戦から二十五年までの右翼
 朝鮮動乱を機にさらに強力
 夢さらぬ旧軍人たち

あとがき

◇子母沢寛 19720410 『子母沢寛全歴史エッセイ集3――任侠の世界』 新人物往来社
目次
座頭市物語
 座頭市物語
助五郎一家
 あれやこれや
 飯岡助五郎
 茂蔵と造酒先生
 平手造酒
 屋敷を売った男の気持
 勢力富五郎
 佐原の喜三郎
 喜三郎島抜け
 藤屋の和十郎
 相模屋政五郎
近世遊侠ばなし
 松陰の『留魂録』を引受けた吉五郎
 敗けてやるのが遊侠の仁義
 坊主になった子分を引取った平太郎
 真の遊侠は大抵畳の上で大往生
 子分の女房を妾にした岡っ引
 遊侠になっても二足草鞋ははくな
 利口者の次郎長と荒神山
 けんかの仲裁に黒札と白札
 箱函脱走余聞
 けんかとばくちの標本は
 勝蔵の死因に二つの説
 殺された笹川茂蔵
 助五郎の残した仕事
 指を切った梅津翁
 仲裁で売りだした梅津翁
 生涯に喧嘩をしなかった遊侠
 寿命が十年縮むという旅修行
 小金井小次郎の最期
大前田栄五郎
 栄五郎の生涯
 おもちゃの長脇差
 栄五郎、新助の出会
 刃物をもつは恥
 橋の上
 本所の上万
 怨念の三十年
吃安のこと
 黒駒勝蔵
 甲州雑記
 竹居の吃安
 日光円蔵の墓
 やくざ槍寅の一生
 十年穴居盲となる
てまえ生国と発しまするは――やくざ作法
 妓夫仁義
 旅人
次郎長外伝
 真伝次郎長ばなし
 清水の次郎長
 次郎長外伝 御幸山鎌太郎
 次郎長外伝 森の石松、小さな男
 真説・追分三五郎伝
解説対談 子母沢寛の世界――江藤文夫・藤久ミネ


[海外研究]
◇David E. Kaplan and Alec Dubro, 1986, Yakuza : the explosive account of Japan's criminal underworld, Mass.(=19910410 松井道男訳『ヤクザ――ニッポン的犯罪地下帝国と右翼』第三書館)
 目次
日本語版への序文 ディビット・E・カプラン
プロローグ
第1部 ヤクザの起源と近代
 第一章 名誉ある無頼
第2部 児玉の時代
 第二章 日本の占領時代
 第三章 手をつなぐ右翼
 第四章 黒い霧
第3部 現代のヤクザ
 第五章 シンジケート
 第六章 日本的構造腐敗
第4部 海外へのヤクザの進出
 第七章 ヤクザの進出する地――東アジア
 第八章 第四八番目の県ハワイ
 第九章 アメリカ本土での足掛かり
エピローグ 新しいヤクザ

文献目録
解説 鎌田慧
訳者あとがき

◇Peter B.E. Hill, 2003, The Japanese Mafia : Yakuza, Law, and the State, Oxford University Press.(=20070410 田口未和訳『ジャパニーズ・マフィア――ヤクザと法と国家』三交社)
 目次
はじめに/謝辞
第1章 マフィアと国家
第2章 ヤクザの進化
第3章 現代のヤクザ――その構造と組織
第4章 シノギ――資金源
第5章 暴対法
第6章 平成ヤクザ――バブルの崩壊と暴対法
第7章 ヤクザと法と国家
 付録
 原著者注
 訳者あとがき
 参考文献


[行政調査]
◇近現代資料刊行会編 20011023 『京都市・府社会調査報告書[1][明治36年〜昭和19年]全53巻25昭和3年(2)』 同会
 目次
香具師名簿(京都府警察部刑事課・昭和三年八月二十日)


[ジャーナリズム]
◇毎日新聞社(大阪)社会部同人編 19490815 『ボスの生態』 蘭書房
 目次
序文――末川博
はしがき――毎日新聞社会部長・齋藤栄一
その典型
白龍事件――市警察はかくて屈服した
 裸の暴君
 記者の触覚
 とり残された街
 暴君生誕記
 暴力旋風
 恫喝者
 不逞の暴力
 捨石
 激流
 古きもの新しきもの
博徒の街――封建制に巣くう警察官
 供出しにくい理由
 町の地形学的考察
 バクチをする町長
 署長は町長の小使
 正義派巡査の立場
 事後承諾機関―公安委
 不祥な出来事
 前科町会と選挙公式
 懲役六ヶ月の町長さん
その展望
 1 ボス及び暴力団と警察
 ボスの餌食
 自治体警察はなぜ弱い
 いかに蝕んだか
 大宮鴻巣事件
 白龍社事件
 志波一家事件
 市川組事件
 2 暴力の地図
 生きていた暴力団
 分類・犯罪傾向
 博徒―的屋―土建請負業者―街の紳士ギャング―グレン隊―チンピラ―政治ボス暴力団的政党結社
附録・暴力団検挙状況――国家地方警察本部調査


[朝倉喬司]
◇文・朝倉喬司/イラスト・貝原浩 19900620 『ヤクザ』(FOR BEGINNERSシリーズ53)現代書館

◇20030620 『ヤクザ・風俗・都市』 現代書館
 まえがき
 T
  ヤクザとおんな、そして市民社会
  ザ・パンチパーマ物語
  都市のなかの異界・ラブホテル街の民俗学
 U
  「学校の怪談」はなぜ血の色が好きなのか?
  「フードル」の始原に向かって
  歌の"解体"とカラオケ
  日系人プロレスラーに見る<黄色い禍い>
  「血」と「性」の間に揺れる国民的スター―美空ひばり・山口百恵・松田聖子の場合
 V
  「不たしかな自己」の死への旅路
  「酒鬼薔薇聖斗」から「猛末期頽死」へ
  無表情な戦後の、無表情な犯罪者たち
  銃の魔性と情報化社会
  現代の犯罪に潜む呪術性
 W
  日本近代「速度」小史―鏡花、一葉、久作から深作欣二まで
 初出一覧


[猪野健治]
◇19940215 『戦後任侠史の研究』(アウトロー論集・2) 現代書館
 はしがき
序章    ヤクザ維新
第一章   白竜社と国際ギャング団
第二章   つくられた抗争
第三章   「窮民群団」の解体
第四章   反共抜刀隊と火炎ビン闘争
第五章   反動化の季節
第六章   広域集団の財源
第七章   安保闘争前夜
第八章   安保体制の確立とヤクザ極道集団
第九章   組織の急膨張と高度経済成長政策
第十章   「大弾圧」前夜
第十一章  組と独占との対立
第十二章  治安体制完了
第十三章  第一次頂上作戦の"成果"
第十四章  「解散」と「未解散」の意味
第十五章  任侠帝国主義
第十六章  終わりなき戦い
第十七章  秘密結社への道
第十八章  「不退転」の極道と左翼血盟団
第十九章  広域組織の寡占体制と資金源の変容
第二十章  日本ヤクザ海外進出のの実態
第二十一章 山口組分裂の背景
第二十二章 大山口組の形成
 あとがきにかえて

◇(197406**三笠書房→199311**現代書館→)19990624 『やくざと日本人』 筑摩書房
 目次
 プロローグ
第一章 カブキ者と遊侠無頼
 1 下級武士に発した無頼
 2 旗本奴・町奴登場の社会的背景
 3 旗本奴の形成土壌
 4 町奴の台頭の基盤
第二章 火消人足全盛時代
 1 遊侠無頼から火消しへの系譜
 2 新門辰五郎
第三章 アウトローの本流・博徒
 1 博奕の流行
 2 明治維新
第四章 博徒指導の秩父困民党一揆
 1 蜂起前夜
 2 困民党蜂起の光と影
第五章 近代やくざの登場
 1 吉田磯吉の登場
 2 籠寅こと保良浅之助
 3 土建業との癒着
第六章 テキヤの社会主義運動
 1 テキヤ小史
 2 社会主義運動の展開
第七章 やくざと政治権力
 1 政党政治時代
 2 戦後保守政権とやくざ
 3 安保闘争下のアウトロー機動隊
第八章 血と泥の叛逆―谷川康太郎論
 1 被差別窮民の尖鋭化部隊
終章 暴力団の現実的意味
 1 壊滅キャンペーンの背景
 2 資本の論理
 3 叛乱の原点
 4 "蜜月時代"の終わり
補遺―あとがきにかえて
 参考・引用文献
 解説 鈴木邦男

◇(19941115現代書館→)20010606 『暴対法下のやくざ』 筑摩書房
 目次
第一章 暴対法体制下のやくざ
 凶悪犯罪が急増
 マフィアの日本進出
 破門・絶縁組員の行方
 改正暴対法の問題点
 暴力団追放運動の行方
 親分子分制は解体できるか
 「元組員」という差別
 系列化進む総会屋業界
 新グレン隊とマフィアの進出
 モーターサイクル・ギャングスター登場の可能性
 凶悪犯罪の時代
 住友銀行名古屋支店長射殺事件の闇
 最高裁「トップの責任認定」判決の衝撃波
第二章 暴対法のウラにあるもの
 ―座談会 正延哲士・坂田桂三・安孫子誠人・猪野健治
第三章 暴対法体制下では何が起こっているか
 ―四代目会津小鉄・高山登久太郎会長(当時)インタビュー
第四章 シノギの研究
 タニマチ
 みかじめ料
 キリトリ
 ノミ屋
 事件仕事
 ヒモ稼業
 覚せい剤市場
 民事介入暴力T
 民事介入暴力U
 合法企業
 独立組織の台所
第五章 マフィアとヤクザの比較研究
 マフィアとヤクザ
 コロシモとトリオ
 全米を分割支配
 最高意思決定機関
 ファミリーの苦悩
 有力ファミリーの実力
 合法企業浸透戦略
 ガンビーノ・ファミリーの危機
 チャイニーズ・マフィア
 やくざをマフィアに追い込むもの
解説―遠藤誠

◇猪野健治 20011210 『やくざ外伝柳川組二代目・小説谷川康太郎』 筑摩書 房(下記)


[宮崎学]
◇宮崎学 20080110 『ヤクザと日本――近代の無頼』 ちくま新書
 目次
序章 ヤクザ観の相克
第一章 ヤクザの源流――カブキ者から博徒まで
 ヤクザの源流に遡る
 近世ヤクザの始原――カブキ者
 近世ヤクザの第二世代――町奴
 近世後期における侠客の存在形態
 近世ヤクザの第三世代――町火消し
 専業アウトローとしての博徒
 労働力供給業としての人入
 近世ヤクザの特質

第二章 近代ヤクザの成立――川筋から、港から
 近代ヤクザの原型
 親方・子方へ
 ヤクザと保安官
 各地に叢生する近代ヤクザ
 近代ヤクザの特質

第三章 親方・子方関係とヤクザ――下層労働力統括者としての近代ヤクザ
 ヤクザ世界と堅気社会の距離
 近代日本社会の鋳型としてのムラ
 近代労働組織を支配していた親方・子方制
 友子に見る相互扶助とヒエラルキー
 飯場に見られる中間搾取の性格
 不熟練型同職集団とヤクザ
 日本資本主義の二重構造とヤクザの役割
 親方・子方関係の精華としての近代ヤクザ
 親分・子方の間の利害関係と人格関係
 ギルド的労働組織とヤクザ集団との分岐
 上組と山口組――水平的同職組合はなぜできなかったのか

第四章 ヤクザと芸能の世界――周縁仲介者としての近代ヤクザ
 どんな街にも劇場があったころ
 身分的周縁と周縁社会における芸能者
 芸能の商品化と流通
 周縁仲介者としての侠客
 芸能集団の解体と新たな周縁社会の形成
 近代大衆芸能の開花
 近代の悪場所としての小屋
 近代芸能興行の実態
 興行界と顔役
 近代社会の周縁仲介者

第五章 ヤクザと近代国家――社会的権力としての近代ヤクザ
 ヤクザ合法的な存在だった理由
 社会的権力と政治的権力
 社会的権力と政治的権力の編成――近世と近代
 ヤクザの草莽隊
 権力による利用と切り捨て
 農民要求と民権運動を媒介したヤクザ
 明治の博徒大刈込
 近代ヤクザにおける社会的権力
 日本型近代化の特質とヤクザの政治的役割
 米騒動と下層社会の流動

第六章 義理と人情、顔と腹――日本的社会関係と近代ヤクザ
 義理と人情の葛藤
 欧米社会の「義務」と日本社会の「義理」
 ムラの互酬的義理
 イエの契約的義理
 義理は協同体的な場でこそ成り立つ
 義理は人情の器である
 義理と人情が背反するとき
 武士道、義理、任侠
 武士道・任侠道が形骸化するとき
 顔と腹
 土木建設請負に見る社会関係
 「封建的」=「近代的」社会関係に対抗するふたつの方向
 自治としての談合
 義理・人情による権力との対抗

第七章 山口組概略史――近代ヤクザの典型
 近代ヤクザとは何だったのか
 初代山口組と港湾労働
 組織の質的変化と"代替わり"
 闇市自衛隊からの再出発
 質的な転換をみせた山口組
 下層労働者の組織化
 事業部門と武闘部門の並立
 大衆芸能のドン、田岡一雄
 共同社会型から利益社会型へ
 不死身の山口組の変化と未来図


【会津小鉄会】
◇飯干晃一 19861225 『会津の小鉄(上)』 角川書店
◇―――― 19861225 『会津の小鉄(下)』 角川書店

◇高山登久太郎 19920423 『警鐘――無謀なる権力の狭間にて』 ぴいぷる社
暴力団新法の是非を問う
―まえがきに代えて
第一章 「暴力団新法」の中身が問題
 ヤクザ壊滅なら憲法違反でもいいのか
 たった一日で可決したひどい国会審議
 実際の審議はわずか八時間四十五分だけ
 「平成の治安維持法」という声もあるが
 警察官僚にめっぽう弱い自民党のセンセイたち
 情けない土井たか子前社会党党首の政治姿勢
第二章 "権力の暴走"はないのか
 目覚めてほしい全国九万人の任侠道の同胞よ
 まず逮捕・懲役ありき、理由は二の次
 「暴力団」と「ヤクザ」を見分けてほしい
 失業警察官救済の犠牲だという情報もある
 堅気は怖い、被害を受けているのは私らヤクザだ
 パトカー横付け「タマ(犯人)出せい!」は無茶すぎる
 警察に命を張って協力したこともある、しかし今は
 庶民いじめの張本人は大手の銀行や大企業だ
 「暴力団新法」より「不渡手形取締法」の方が先決だ
第三章 新左翼も新右翼も同調の動き
 遠藤誠弁護士の勉強会でわかった"ヤクザ観"
 新左翼との「新法粉砕集会」と銀座デモの意味
 暴力団新法粉砕運動の"バイブル"にしたい講演内容
 隠された八つの問題点を指摘する永嶋講演
第四章 "建白書"で暴かれた新法の実態
 「建白書」という紙製爆弾と佐藤立夫弁護士の「鑑定書」
 警察官僚の野望を込めた新法は「コロモの上のヨロイ」
 税金を払わぬ金閣寺の坊主も腐敗しきっている
 警察の中にも悪者がいる、だから権力の暴走こそが危険
 警察の不正、腐敗、癒着は全部知っている
 政治家や警察当局に捨て身で協力してきた
第五章 九万人訴訟で徹底的に粉砕する
 警察庁長官とテレビを通じ公開討論がしたい
 暴力団新法には本当に憲法違反の個所があるのか
 ヤクザの社会的復帰の唯一の道までふさいでいる
 暴力団の指定取り消し「九万人訴訟」を検討中
第六章 ヤクザ・サミットでの検討内容
 「やめろ」といっても「あずかってくれ」という親たち
 マスコミ人は高い見識と勇気を持ってもらいたい
 「ヤクザが死んでも葬式はいかん」とはあんまりだ
第七章 悪の根源は政治家にあり
 私は政治家のウラの裏をみんな知っている
 ヤクザだからすべて悪いという考え方を捨ててほしい
 役人の天下りだって法律違反じゃないのか
 いざという時には政治家のスキャンダルを全て暴露する
 警察署長の要請で治安維持にあたる
第八章 暴力団化する政治家の裏側
 ゴルフ場はなぜヤクザをしめ出すのか
 ヤクザは精神異常者でも動物でもない
 暴力団化する政治家のためにまずz「政治家新法」を
 政治家たちはみんな二重人格者ばかりだ
 ある法律学者が指摘する数々の問題点
第九章 四代目会長の生きざま
 弁護士を志して猛勉強、そして喧嘩の半生
 六十二歳の誕生日にもらった一通のラブレター
 「堅気に迷惑をかけるな」「親を大切にせよ」
 博打をやめて会社を設立し、汗を流して働く
 暴力団不当行為防止法鑑定書
 あとがき

◇高山登久太郎 19930122 『警鐘パート2――差別・権力・悪政への挑戦』 ぴいぷる社
 序に代えて
第一章 再度問う!「暴力団新法」とは何なのか
 暴対法はヤクザを"非人間"扱いしている
 肉を斬らせて骨を斬る覚悟
 暴対法は"差別"を助長する悪法だ
 警察の横暴を監視する機構をつくることこそ重要だ
第二章 なぜヤクザだけを差別するのか
 ゴルフ場へ行くと必ず刑事がいる
 私はヤクザであって暴力団ではない
 警察は隙あれば捕まえようと網を張っている
 弱者ほど差別されるという悪い風習がある
第三章 まだ残る日本の三大差別の中身
 日本人社会の"差別"の実態について検証する
 在日韓国人・朝鮮人は「富国強兵策」の犠牲者だ
 第三国人へのさげすみと大きな差別
 日本の先住民族・アイヌ人に対する差別問題
 ヤクザの原点は幡随院長兵衛の生き方
第四章 政治家と警察官僚の"なれ合い政治"
 メシが食えなくなった庶民は死んでしまえばいい
 堕落した政治家と警察官僚の実態
 真のグレーゾーンは政治家や官僚組織の中にある
第五章 第四の権力「マスコミ」という名の暴力的集団
 法に触れなければどんなことを書いてもいいのか
 ヤクザは"悪"で、堅気はすべて"善人"か
 マスコミはヤクザの言い分も公平に報道しろ
第六章 堅気の犯罪こそ悪質で陰湿だ
 凶悪犯罪のほとんどは堅気衆が起こしている
 警察さえ認めれば法に触れてもいいのか
 地上げの張本人は大企業と銀行と政治家
 航空会社と保険会社にうごめく差別と矛盾
 公営ギャンブルやパチンコは賭博ではないのか
第七章 初代会津小鉄・上坂仙吉の生涯
 初代会津小鉄に本当のヤクザを見た
 「会津の小鉄」の誕生と仙吉の生きざま
 「池田屋騒動」の陰の功労者だった会津小鉄
 会津軍の征くところ会津の小鉄あり
 不死身の小鉄、波瀾万丈の五十三年の生涯
第八章 暴対法で生き甲斐を見つけた
 "弱きを助け、強きを挫く"真の任道を貫く決意
 世の不条理が私は極道の世界に追いやったのだ
 警察官僚の悪どい仕打ちに発憤する
 無謀なる権力との闘いこそが我が生き甲斐
終章 それでも我々を「暴力団」と呼ぶのか
 暴対法は堅気が合法的に"悪事"を働くためのものか
 政治家は利権をあさり私腹を肥やすことだけを考えている
 犯罪を予定して取り締まる法律がどこにあるのか
 私はあらゆる"差別"と闘いつづけていく
巻末特別附録
陳述書

◇山平重樹(199202**→)19990115 『残侠――会津小鉄・図越利一の半生』 双葉社
目次
 序
「昭和三十二年十二月五日、会津黒谷墓地保存会によって記されたものだった。(改行)侠客・上坂仙吉は京都における会津藩の部屋総取締りであった。つまり、会津小鉄の"会津"とは、会津二十八万石の会津藩からきていた。"小鉄"のほうは、仙吉の愛刀が『長曾根入道虎徹』であったこと、仙吉が小柄ということもあって、小鉄と呼ばれるようになったという。」(p.12)

第一部 激流編
 1 京都刑務所
「図越利一は大正二年九月十七日、京都市下京区東七条上之町に、兄二人、姉、妹が一人ずつという五人兄弟の三男として生まれた。父は利三郎、母は小ゆみといった。(改行)東七条上之町近辺は内浜といい、高瀬川水運の施設として、河原町通りと洞院通りの間、七条通りの北側に設けられた船溜場だった。内浜は、利一が生まれる前年の大正元年、電車軌道敷設の際に、埋めたてられたのである。」(p.19)
「利一は近くの下京区川端町の崇仁尋常小学校へ通ったが、学校でも近所でもその腕白ぶりは手に負えなかった。」(p.20)
「利一はまもなくして、食肉加工業を営む塩小路の叔父・図越助次郎のもとで働くことになった。(改行)油小路にある食肉検査場で処理した食肉用の牛や馬を荷車に積み込んで、叔父の家に持ち帰るのが利一の仕事だった。重量のある肉を車に積みこむ作業は、嫌でも首や腕、足腰が鍛えられ、体力をつけるのに大いに役立った。」(p.23)

 2 親子盃
 3 恋
「そうしたさなか、図越は軍の肝入りもあって、各地の親分衆と図らって、義勇軍を結成していた。(改行)『国家の危急存亡のとき、何かお国のために御奉公したい』という純粋な愛国心から生まれたものだった。(改行)すなわち四地区―七条、東三条、五番町、鞍馬口からそれぞれ図越、吉田栄次、橋本円次郎、松本常保らが各地区の隊長となって義勇軍をつくり、日本軍に協力し、いったん事あらば、いつでも国のために働くという主旨のものだった。(改行)普段は若い衆を軍隊に勤労奉仕に出していた。義勇軍の腕章や徽章をつくり、すべて手弁当での協力だった。(改行)こうした極道部隊からなる義勇軍は、京都だけでなく、大阪や神戸にも生まれていた。(改行)いずれも軍の後ろ盾があってのものだったが、実際のところ、この義勇軍は憲兵隊に所属していた。つまり、戦争に協力させるというより、日本国内で三国人(ママ)などの暴動があったとき、彼らを使ってそれを押さえさせようというのが、お上の真の狙いであった。」(pp.95-96)

 4 七条署事件(pp.106-148)<1946年1月24日>
「図越は真っ向から不良三国人と対峙した。徒党を組み、鉄パイプや日本刀、ときには拳銃で武装する彼らも、図越相手となると、警察とは勝手が違うようだった。(改行)図越は彼らの暴虐、傍若無人の振るまいを見聞きするにつけ、怒りに震えた。許せなかった。若い衆を引き連れては、連日、その攻防戦に血道をあげるハメになった。(改行)彼らが『朝鮮人連盟』『台湾人連盟』などと看板を掲げると、図越も向こうを張った。『自警団』の提灯とともに、自宅玄関に『日本人連盟』の看板を掲げたのである。(改行)日本広しといえど、当時、『日本人連盟』の発想など、図越だけのものであっただろう。」(p.107)
「五日前の一月十八日のこと、七条署員は京都駅構内で一人の朝鮮人をヤミ米の買い出し現行犯で逮捕した。だが、連行途中、犯人は京都駅構内にあった『朝鮮人連盟京都本部出張所』へ逃げこんだ。(改行)『いま逃げこんだ男を引き渡してくれ』と七条署員は要求したが、(改行)『日本警察に引き渡せない』(改行)と拒否され、結局、引きあげざるを得なかった。ヤミ米買い出しの現行犯をいったん捕まえておきながら、目前でとり逃がすことになったのだ。(改行)三人の七条署員は歯がみし、『クソッ』と一人が腹立ちまぎれに相手の看板を蹴飛ばしたかに見えた。が、それも強くは当たらなかった。」(pp.118-119) 「朝鮮人連盟側は翌日、この事件と看板問題について、『七条署の責任を問う』と強硬な姿勢を示した。二十四日午後一時に代表が大挙して同署を訪ねることを通告してきたのだ。」(p.120)
「事態を収拾したのは、進駐軍のMPだった。(改行)MPはジープに乗って出動してくると、七条署前でピストルを地上へ一発、もう一発を空へむけて発射した。MPの出動で騒ぎはようやく沈静化しようとしていた。」(p.136)
「七条署乱闘事件は新聞で大きく報じられたが、人々はその詳細まで知ることはできなかった。(改行)数多くの死傷者を出したにもかかわらず、そのはっきりした数字さえ、明らかにされなかった。(改行)当事者の朝鮮人連盟と華僑連合会、日本人ヤクザともども、それをウヤムヤにしたためだし、京都府警本部も事件については慎重な態度を保持し続けたからだ。すぐには逮捕者さえ一人も出なかった。」(p.138)
「図越組の武本勇、林貞澤、高峰康彦の三人が、九条にあった朝鮮人連盟の本部に引っ張りこまれるハメになったのだ。(改行)五条通を歩いていて、彼らの一群と遭遇した三人は、たちまち囲まれ、七条署事件の恨みつらみをぶちまけられた。」(p.143)

 5 三階松抗争
 6 対決

第二部 王道編
 7 二代目襲名
「中島連合会会長(二代目―引用者補足)には図越が就き、初代中川組組長中川芳太郎、初代篠原会会長篠原梅松、初代北進会会長大島岩蔵の三人が副会長、初代いろは会会長の橋本円次郎が会長代行兼幹事長に就任したのだった。」(p.263)

 8 木屋町事件
「この当時、日本のヤクザ組織は膨張の一途をたどっていた。最も勢力を伸ばした時期が、昭和三十六年から三十九年にかけての四年間であった。(改行)そのピークにあたる昭和三十八年には、その構成員数は、実に五千百七団体、十八万四千九十一人に達した。」(p.273)

 9 刺青
10 白扇
11 大瓢箪
「その話を聞いて、真っ先に、(改行)『そら会長、ええ話やないですか。会津の小鉄いいうたら、名門も名門、継がはったらよろしがな』(改行)と賛意を示したのは、中島連合会理事長で、二代目中川組組長の高山登久太郎だった。(改行)高山は中島連合会発足以来、理事長の要職を担って図越の片腕をつとめ、図越から全幅の信頼を置かれていた。」(p.337)

12 金の馬車
13 代がわり
14 夢
解説 猪野健治
「図越利一の半生記は、京都の戦後裏面史の証言でもある。平和ボケの時代に、京都の七条署が不良三国人(ママ)の武装グループに包囲され、警察官が襲われた事件があり、やくざが総動員をかけてそれを守ったなどと言っても信じる人は少ないだろう。でもこれは本当にあった事件である。」(p.412)

◇映画『炎のごとく』
製作=大和新社、配給=東宝
1981.05.09、147分
製作:松本常保・大志万恭子
監督・脚本:加藤泰
応援監督:倉田準二
原作:飯干晃一 「会津の小鉄」
仙吉:菅原文太
おりん:倍賞美津子
大垣屋清八:若山富三郎
女房お栄:中村玉緒
大風呂敷専吉:藤山寛美
お富:きたむらあきこ
佐々木愛次郎:国広富之
あぐり:豊田充里
和多田なか:桜町弘子
近藤勇:佐藤允
土方歳三:伊吹吾郎
沖田総司:琢磨一生
山崎烝:岡八郎
芹沢鴨:川合伸旺
山南敬助:平井昌一
佐伯亦三郎:水上保広
田中土佐:丹波哲郎
松平容保:小倉一郎
岡田以蔵:東龍明
田中新兵衛:倉丘伸太朗
島田左近:清川新吾
本間精一郎:出水憲司
赤蝮の権次:汐路章
手伝い留:名和宏
賭場の代貸:松崎真
梅屋のお辰:菅井きん
国右衛門:船戸順
いろは幸太郎:誠直也
上場熊五郎:青野真弓
「八百藤」の藤兵衛:谷村昌彦
焼餅屋の親爺:田中春男
高津の顔役水音:倉田準二
女房おつね:北川めぐみ
若頭梁平吉:荒井岱志
和多田安正:川津祐介
薩摩絣の浪人:高木均
フロック:遠藤征慈
名張屋新蔵:藤田まこと
新門辰五郎:大友柳太朗
薬師の梅吉:遠藤太津朗
小金井小次郎:高田浩吉

◇映画『残侠(ZANKYO)』
上映時間・111分
公開情報・東映
初公開年月・19990213
 監督・関本郁夫
 製作・安田敏彦/村井信夫/丹波淳一
 プロデューサー・厨子稔雄
 原作・山平重樹
 脚本・黒田義之/大津一瑯
 脚色・類充兵衛
 構成・類充兵衛
 企画・真鍋亘/川勝正昭
 撮影・佐々木原保志
 音楽・宮川泰
 音楽プロデューサー・高桑忠男
 主題曲・尾形大作
 美術・井川徳道
 衣装(デザイン)・大本猛
 録音・伊藤宏一
 スクリプター・森村幸子
 スチール・渡邉俊夫
 音響効果・竹本洋二/和田秀明
 その他・俊藤浩滋
 助監督・比嘉一郎
 照明・沢田敏夫
出演
 ・高嶋政宏(岩城辰五郎)
 ・高橋かおり(岩城千代子)
 ・天海祐希(紫垣市子)
 ・加藤雅也(遠山吾一)
 ・松方弘樹(森脇重三郎)
 ・中条きよし(朴仙黄)
 ・中井貴一(諏訪政次郎)
 ・水野真紀(諏訪里子)
 ・ビートたけし(梅川弦次)
 ・中野英雄(竹村新之介)
 ・横山たかし(赤羽進)
 ・尾形大作(山内峯雄)
 ・小林健(生方庄蔵)
 ・薬師寺保栄(溝口安次)
 ・古田新(浅見利三郎)
 ・本田博太郎(繁八)
 ・そのまんま東(岩男)
 ・ゆうき哲也(井崎安二郎)
 ・古谷一行(仙野)
 ・火野正平(田丸)
 ・俊藤光利(輪形次郎)
 ・福薗由布樹(李)
 ・朴永禄 (金)
 ・不動産屋ゆうじ(岩坪)
 ・蒲地宏 (香田)
 ・倉一平 (前田)
 ・西村正樹(湊)
 ・福本清三(米沢仙之助)
 ・小林滋央(青木)
 ・三谷昌登(春日)
 ・峰蘭太郎(警察幹部)
 ・白井滋郎(警察幹部)
 ・谷口高史(北条)
 ・司祐介(下田)
 ・木下痛博(榎本)
 ・若林しほ(芳枝)
 ・安岡真智子(北村あき子)
 ・北林早苗(岩城和江)
 ・岡田正典(網定)

◇画・高橋晴雅/原作・山平重樹 20041030 『実録残侠三代目会津小鉄図越利一――激突!!七条署編』(BAMBOO COMICS) 竹書房

◇宮崎学 20020228 『突破者異聞・鉄(kurogane)――極道・高山登久太郎』 徳間書店
序にかえて
「『子供の頃は親に守られていたため、外の社会で行われていた在日朝鮮人に対する差別を感じることはあまりなかったが、敗戦後は親が韓国に帰国してしまったので自分一人では為すすべくもなく、衣食住を得るために私と同様に差別される人間が身を寄せ助け合っていました。任侠の団体に入ることは、自然現象のごときものでありました。食っていくために他に選択肢がなかったのです。任侠の世界における「親」は中川芳太郎であります。』」(p.2)

第1章 日本人・姜外秀
「差別を受けた者がとる対応は、差別の質と程度、そしてその怒りの度合いによって異なるはずだ。登久太郎は、朝鮮人として受けた差別についてはそう多くを語ろうとしない。いやむしろ際だった差別は受けなかったさせ言う。」(p.34)
「しかし、登久太郎の生まれ育った時代を考えると、逆にそうした発言はいかに深い差別を受けていたかという証ではないかと考えることもできる。」(p.34)
「差別を受けた人間がそれを苦しみと考えた瞬間、それは差別をした人間に対する敗北を意味することになる。登久太郎は、そう考えているのではないだろうか。悪意に満ちた差別意識に対する逆説的な対応として、つまり『ワシはそんなこと堪えてないぞ』と表面的に受け流そうと。登久太郎は、被害者となることを弱者の感性として否定しているのかもしれない。」(p.34)

第2章 戦争を生き抜く
「しかし一方で、登久太郎の名はあくまで姜外秀である。本人の意識がどうであれ、周りから見ればその名が彼の出自を明らかにしている。小学生自分はあからまさに『チョーセンジン』として差別を受け、キムチ入りの弁当を揶揄された。日本人と『チョーセンジン』は決して同じではなく、その間には歴然とした溝があった。そうした差別や揶揄に対して、少年・姜外秀は『やかましい』と力で対抗していったが、そんな単純な喧嘩も中学生となると少なくなってくる。しかしそれは、日本人の朝鮮人に対する差別意識がなくなったことを意味するわけではない。差別する"暇がない"ほどに時代が切迫していたということだろう。」(p.47)
「登久太郎は当時を振り返り、『意識は日本人と同じ』『考える余裕はなかった』と言う。実際、余裕などなかったのだろう。だからこそ多くの少年たちと同様、自らの命をも捧げる気になったはずである。だが自分が朝鮮人であることを"意識しない"ということこそ、実は"意識している"ことを意味しているのではないだろうか。」(p.47)

第3章 敗戦という「解放」
「登久太郎らが門司で船を待っている頃、港を挟んだ本州側・視も積で、釜山への船を待っている一人の朝鮮人の若者がいた。この青年は、ほんの手違いから家族の乗った船に一人乗り損なうことになる。青年の名は梁元錫(ヤンウォンソク)。後に、ヤクザ界に旋風を巻き起こす、柳川組初代組長・柳川次郎その人であった。」(p.87)

第4章 今里少年愚連隊
「一種の争乱状態ともいえたその頃、登久太郎自身も朝鮮人ということを改めて意識した。それまでは父・文吉の方針もあり、また日本という国自体の皇民化政策の中で、まだ子供だった登久太郎には朝鮮人意識が希薄だった。自分が日本人とは違う朝鮮人だと知ってはいたが、意識そのものは日本人とまったく変わらなかった。少なくとも登久太郎自身、日本人とは違う生き方を選択したり主張するといったことはなかった。ほんの少し前まではお国のため、つまり日本のために日本人とともに死のうと思っていたのである。それは登久太郎の無知に起因していたともいえるのだが、今まで自分が知らなかった同胞の朝鮮人が突如として、登久太郎にとってはまさに降って湧いたように社会の表舞台に登場してきたのである。それは改めて朝鮮人と日本人の違いを意識させることだった。彼らは日本人とは違う権利を主張し、日本人との違いを明確に求めたのである。」(pp.97-98)
「『ただ自分の中にはね、戦勝国民ていう意識はなかったね、全然なかった。だってそれまでもそんなつき合いがないやんか。その頃は親もおらんようになっていたし、自分らはもうアウトローやったからね。もし親がおったらヤクザになってへんかも分からんな。少なくとも墨は入れたりしなかったやろな』」(p.98)
「この頃、朝鮮人で腕っ節が強く度胸のある男は、朝鮮人連盟の一員として先頭に立って活躍するか、あるいは愚連隊になって勝手気ままに暴れるかのいずれかだった。登久太郎はその後者だったわけだが、すでにその頃、仲間内の何人かで腕に小さな入れ墨を入れている。」(p.98)
「同じ朝鮮人でも、すでに創氏改名時から日本名を名乗っている者が多く、当時としては日本名を名乗るほうが一般的であり、むしろ自然ともいえた。登久太郎は親の決めたこととして公な場や公式な文書では姜外秀を使ったが、親がいなくなったいま、姜外秀を使用する必要もなくなったのである。こうして、登久太郎は戦後しばらく『高山徳太郎』を名乗る。」(p.101)
「以来、その名を使い続けることになるのだが、現在韓国籍を持つ登久太郎の『外国人登録証』には、本名・姜外秀(カンウエス)、そして日本名である通称名は高山登久太郎となっている。」(p.103)
「戦後闇市では、ヤクザ、愚連隊、そして警察が微妙なバランスの上に成り立っていた。それぞれが反目しあい、その一方で依存する一面をも持っていた。」(p.108)
「そのことを顕著に表しているのが、一九六四(昭和21)年六月に起きた新橋事件と、続く渋谷事件である。」(p.108)
「警察が、このように武装した朝鮮人、旧台湾省民ら、いわゆる『不良三国人』の鎮圧にヤクザを利用したのは東京に限ったことではない。」(p.109)
「同じ四六年の一月二十四日には、京都の七条署が白昼、『不良第三国人』グループに襲撃されている。この時に警察を守るべく、署の前に結集した朝鮮人、旧台湾省民と血みどろとなってやりあったのが、京都のヤクザたちであった。その中には、後に三代目会津小鉄の名跡を継ぐ若き日の図越利一総裁がいたし、序に記したように図越総裁の兄弟分であった私の父・宮崎清親もいた。彼らが自らの土地を守ろうとしたことは疑うべくもないが、警察の依頼を受けたこともまた事実である。」(p.110)
「事件を報じる京都新聞の第一報には、『七条署で乱闘騒ぎ 中国、朝鮮連盟両保安隊と付近住民が』(一九四六年一月二十六日付。傍点は筆者)との見出しが打たれているが、同二十八日付の記事中には、『(前略)署長の非常ベルで駈けつけた職員との間に小競合いが生じ、これに応援のため附近の親分ら百余名がとつて替り棍棒、相口などをふるって乱闘となり(後略)』と記されている。」(p.110)
「ヤクザ、愚連隊、朝鮮・旧台湾省民、警察、そして庶民。戦後闇市はしたたかに生きようとする者の覚悟や欲望の温床となり、新たな秩序を生む時代を孵化させようとしていたのである。」(p.110)

第5章 朝鮮と日本の狭間で
「そんな中で、民団が『在日韓僑自願軍』という名のもとに志願兵を求めたのである。その第一陣は一九五一(昭和26)年二月に"出征"していた。」(p.144)
「登久太郎は、その軍隊に志願した。かつては親を騙し、内緒で予科練に入隊しようとした登久太郎だったが、今回はその親会いたさに志願したのである。」(p.144)
「ちなみに、以来登久太郎は民団との関係を深め、その後は自らを韓国人と言うようになる。ただし、この時点では国籍はあくまで『朝鮮』であり、登久太郎を含め民団支援者が『韓国』籍を取るのは、日韓の国交が結ばれる一九六五(昭和40)年以降のことである。」(p.147)

第6章 任侠の世界へ
「登久太郎が高山組組長として、いわば愚連隊を卒業する形で本物のヤクザとなり、任侠の道に入ったのは一九五一(昭和26)年、登久太郎が二十三歳の頃。大阪時代すでに中尾のもとでヤクザに馴染んでいた分、その"卒業"も少々早かったといえるのだが、実はその後各地にあった在日朝鮮人の愚連隊は、徐々にヤクザに吸収合併されていくことになる。」(pp.159-160)
「中でも三代目山口組と柳川組の関係、これが戦後在日朝鮮人とヤクザの典型的な形といえる。」(p.160)
「柳川組は初代組長・柳川次郎(韓国名・梁元錫)と二代目組長・谷川康太郎(韓国名・康東華[カントンファ])を中心にした戦後を代表する武闘派ヤクザである。全盛期には二〇都道府県に亘り、七三団体一六九〇人の組員を擁し、三代目山口組の傘下でありながら、単独で広域暴力団に指定されたことからも、その脅威のほどは分かるだろう。」(p.160)
「"解放"された在日朝鮮人のパワーをまず吸収したのがヤクザであったこれと全く時を同じくして『政治』としてそのパワーを取り込んだのは、在日朝鮮人連盟と同盟した日本共産党であったといえるだろう。」(p.162)
「だがその後の両者、つまり在日朝鮮人とヤクザ、在日朝鮮人と共産党の関係を見てみると、ヤクザという共同体の方が左翼の共同体と比べて明らかに柔軟であったということが分かる。それは同時に、ある意味では"差別的ではなかった"ともいえる。ではなぜ左翼ではなくヤクザだったのか―」(pp.162-163)
「左翼は言う。『差別とは社会が生むものである。不条理な差別をなくすためにはまずは社会を根本から変革して行かなければならな』。こうした論理は正論ともいえるし、いまもその理屈は生きている。だが、不条理で、悲惨で、苦悩に満ちた差別が社会的な変革を待たなければ解消されないとするならば、今まさにその差別に苦しむ朝鮮人にとってその論理は説得力を持たなかったのではないだろうか。『いったいその日はいつやって来るのか?』。直面している苦しみが大きい人ほど、そういった左翼の理想に耳を傾けることはしなかった。差別は目の前にあるのであり、苦しみは今なのである。変革のために闘うということは、いつやって来るのか全く保証のないその日まで、現実の苦しみに耐え続けなければならないということなのである。」(p.163)
「一方、"力"の世界は違った。暴力であれ財力であれ、あるいはスポーツや芸能の世界の実力であれ、その力を日本人以上に持った瞬間から自らを苦しみの現実から解放してくれるのである。もちろん差別という根源的な問題は解決されないにせよ、現実には力を持てば、特にその力が他人をも凌駕するほどに、その人間の前で人は屈するのである。」(p.163)
「そうした中で、既存の日本人のヤクザは朝鮮人に対して柔軟な姿勢を示した。すでに記したようにそれまでのヤクザ、つまり博徒、テキヤ集団は数人から数十人の規模である。そこに突如として在日朝鮮人の若く、力のある集団が登場したのである。既存のヤクザはこの勢力と敵対するよりは、結果的に取り込み融合することによって自らの生き残りをはかった。もともと日本のヤクザ自体も社会から落ちこぼれたり差別されていた者の集まりであったのだから、朝鮮人を受け入れやすい体質があったのだろう。また同時にヤクザは力の世界である。力のある者こそ強者となり人の上に立てるのである。そういう意味では出身や人種に対する差別意識は生来希薄であったし、同時に共存のためには在日朝鮮人に対する差別を払拭するしかなかったのである。」(p.164)
「登久太郎はよく口にする。(改行)『ヤクザに民族差別はない。ヤクザに差別があってはいかんのや』」(p.164)
「戦後、日本の混乱が収まる中で次第に社会が在日朝鮮人を受け入れ始めるのだが、ヤクザ社会は一歩も二歩も早く朝鮮人との共生の道を歩んでいたのである。それは、左翼が"力"としてその存在を利用するにはそれなりの論理が必要だったことと比較して、ヤクザの場合にそんなものは全く必要がなかった。ヤクザの存在そのものが、生きることそのものであるからだ。それは理屈ではない。ここに当時の在日朝鮮人愚連隊をヤクザが無条件に受け入れることのできた理由があった。」(p.164)
「登久太郎に限らず、戦後のヤクザの世界で"活躍"した在日韓国・朝鮮人は、有名無名を含め、かなりの数にのぼる。彼らが"活躍"しあ理由には差別や貧困からの脱出、あるいは職業としての選択肢の幅の狭さなど、日本の社会構造がもたらした要因は多い。が、そうしたある種外的な要因とは別に、韓国・朝鮮人自身が持つ家族の絆、あるいは親や年長者に対する忠誠心という彼ら自身が持つ内的要因が成功の裏にあったからではないかと私は推測している。」(p.173)
「『親孝行せなあかんということはね、子供の頃は当たり前の教育やからね。それは先祖からずっと流れている教育や。親を大事にするということは、家庭で生活してれば分かることや。、まあ、それが儒教の精神やね。親孝行とかのね、儒教の精神というのは、生活の中で自然と身についていったんや』」(p.173)

第7章 ヤクザとして生きる
「頼まれたのは地元の親分・中川芳太郎であるし、頼んだ方も公式の依頼である。つまり登久太郎ら中川組の組員は、いわば嘱託、臨時雇いとして、競輪を管轄する県・市の警備員となったわけである。」(p.191)
「当時は、"力"のあるヤクザに、"力による解決"を依頼することは度々あった。先に紹介した新橋事件、渋谷事件はもとより、当時台頭してきていた左翼勢力の防波堤としてヤクザは重宝されたし、公営ギャンブル場の暴徒鎮圧には既述の通り絶大な力を発揮した。当時の殺伐とした時代の中では、競輪場の警備はヤクザにしか成し得なかったであろう。」(p.194)

第8章 故郷・家族
「『人間一回会っても人間性いうのはなかなか分からんけどな、ワシらの前では礼儀尽くす人やったな。もちろん力道山が朝鮮人やゆうことは知っとったよ。ただそういう話はしないね。だいたいヤクザの中ではね、朝鮮人やからとか日本人やからとかそんな感覚はあまりないねん。差別のないとこがヤクザの世界とワシ思うとるから。本人の実力世界や。力道山かて、実力の世界やったから頑張ったちゃう』」(p.234)
「美空ひばりが、三代目山口組田岡一雄組長率いる神戸芸能社と深い関係を持っていたことは誰でも知っている。小林旭と結婚したときにしても、田岡組長は堂々と隣席に座っていたではないか。しかも、既に述べたように、常にリスクを背負う興行―博打には興行主が必要なのであり、その興行主がいなければ興行を成り立たせるのは難しい。もちろん美空ひばりに限らず当時の芸能人の多くの興行にはヤクザが絡んでいたのだが、いわば美空ひばりはその見せしめとなった。」(pp.240-241)

第9章 四代目会津小鉄
「この事件(『青い城事件』―引用者注)登久太郎の胸にも苦いものを澱のように残した。明友会はもとより、攻め込んだ柳川組をはじめとする山口組勢をはじめとする山口組勢にも多くの在日同胞がいたからである。」(p.255)
継承する難しさ
四代目に
「かつては、京都を一本にし、由緒ある会津小鉄の名を残すためにと奔走した登久太郎だったが、そのときにはまさか自分がその名跡を継ぐことになるとは思ってもいなかった。」(p.167)
「確かに創設当初より登久太郎は三代目会津小鉄会の理事長職にあり、実務面を含め様々な活躍をみせていた。しかし、また『ハチは回ってこんやろ』と思っていたのも事実である。それはやはり、国籍のことであった。」(p.267)
「登久太郎に限らず、ヤクザ社会には在日韓国・朝鮮人は多い。ヤクザの構成は、全国的にごく大雑把に三分の一が在日韓国・朝鮮人、三分の一が被差別部落民、残りの三分の一が落ちこぼれなどの社会不適応者、と言われている。その数字の信憑性はともかくも、現在の在日韓国・朝鮮人の割合が日本の人口の一パーセント未満ということを考え合わせれば、その比率は驚くほど高いといえるだろう。その背景には戦争直後の朝鮮人愚連隊の誕生から始まり、その後の差別構造から生まれ続ける落伍者の誕生、就職口の極端な狭さなど様々な要因がある。実際会津小鉄会にも、登久太郎の他にも多くの在日韓国・朝鮮人がおり、しかも幹部クラスに占める割合も高い。」(p.267)
「一方、日本人でありながらも同じ様な理由からヤクザの社会に身を置くのが、いわゆる被差別部落出身者である。」(pp.267-268)
「被差別部落といえば差別反対を訴え、差別自体を否定しているが、実はその被差別部落の人々の間にも差別はあるのだ。」(p.268)
「例えば京都では、被差別部落は穢多部落と非人部落との大きく二つに分けられるが、穢多部落の人間は非人部落の人間に対し、『お前らは犯罪者の子や、ワシらは何も悪いことはしていない』と言い、一方非人部落の人間は穢多部落の人間に対し、『お前らは生まれながらの穢多や、ワシらはもともと部落民ちゃう』というのである。つまり差別されている者同士がさらに差別しあうという構造だ。さらにそこに日本で差別されている在日韓国・朝鮮人が加わるのだから差別構造はいっそう複雑になる。」(p.268)
「『結局ね、一部の被差別部落の人間は自分たちが差別されてきたから朝鮮人を下に置きたいんやないか。そういうことで、昔からの差別構造が背景にあるんとちゃうんかな、とは思うけどね。だから一概にどやとは言えんけども、誰でもね、自分とこの筋のもんに継いでもらいたいいうのが人間の情とちゃうか。そりゃ親方が言わんでも下の者が言いよるわな。』」(p.268)
「ヤクザの世界に差別があってはならない。常々そう言い続けてきた登久太郎だが、その実態をよく知るのも登久太郎だ。任侠という生き方と差別の構造は最も遠いところにあるべき存在だが、現実にあるのもまた確かなのだ。実際、どこの誰が登久太郎の四代目継承に反意を示したか分からないが、反対する者がいたのは事実であるし、そこには朝鮮人ヤクザと非(ママ)部落出身ヤクザ間、そしてそのどちらでもない人間たちとの溝があったことは否めないだろう。」(pp.268-269)
「実際、その当時、登久太郎の四代目襲名にあたってはちょっとした"事件"が起こる。京都の公衆トイレのあちこちに落書きが書かれたのだ。それは『高山登久太郎、本名姜外秀』というものであった。それは登久太郎が日本人ではないということを示すものであり、明らかに差別的意図のあるものである。」(p.272)
「繰り返すが、登久太郎にとっては『ヤクザの間に差別はあってはあかん』というのが持論である。そこには、たとえ日本人と韓国・朝鮮人の違いがあったにせよ、それを認めつつも、ヤクザはヤクザであることを優先するという思想が見て取れる。つまり韓国・朝鮮人、日本人である以前に、自分たちはヤクザなのだと。それは、登久太郎にとってのある種の誇りでもあると同時に、日本の社会の中で、ヤクザ世界こそがもっとも差別の少ない社会であるとの自負でもあろう。実際、その出自にかかわりなく自らの持つ実力を正当に評価してくれるという意味において、ヤクザ社会は日本でも差別がほとんどない稀な社会だといえる。」(p.272)
「四代目としての登久太郎は、ヤクザ社会を次に伝えることが使命だと固く思っていた。そのことを全うしようと。またそこには、自分の生きる道を与えてくれた感謝の念もあった。戦前、朝鮮人はヤクザにさえなれなかったのである。日本古来の伝統社会でありながら、戦後のヤクザ社会は朝鮮人を受け入れたのである。もちろんそこには先に触れたように様々な理由があったが、少なくともいち早く朝鮮人を受け入れ、生きる道を与えたのは事実である。」(p.276)

第10章 権力の不条理との闘い

執筆を終えて
「高山登久太郎の半生に見られる、在日朝鮮人と日本のヤクザ社会のこの関係性こそが、アジア的共生の原理であると私は考える。」(pp.315-316)
「民主主義的な規範に基づいて、民族の共生を『あるべき姿』として上から見る見方ではなく、自らの骨肉となっているものから共通する感性を徹底して追究し、そうして生き抜く時、そこに初めて『連帯感』が生まれてくるのではないだろうか。そうでなければ、混沌を極める現代アジアに我々は何を持って向き合うことができるというのか。それだからこそ現に生き抜いた高山登久太郎のあり方は、高山登久太郎が意識していたかどうかに拘らず、きわめて示唆に富むものなのである。」(p.316)
◇原田弘 20040417 『会津小鉄と新選組』 歴史春秋出版株式会社
 目次
序章
第一章
 会津の小鉄の晩年
 小鉄の墓所黒谷西雲院
第二章
 侠客と博徒
 「めし安」殺し
 小鉄の親分大垣屋清八
第三章
 小鉄と大垣屋清八の出会
 京都会津部屋
第四章
 会津公入洛
 新選組誕生
第五章
 芹沢鴨暗殺の疑惑
 池田屋騒動
 土方歳三の疑問
第六章
 誓願寺の喧嘩
 蛤御門の戦い
第七章
 小鉄刺客の凶刃を浴び京を去る
第八章
 鳥羽伏見の戦いと小鉄
第九章
 鳥羽伏見の戦い後の小鉄
第十章
 明治の小鉄
侠客 会津の小鉄―追想録―後記
※当初平成二年発行の『侠客会津の小鉄』を加筆、訂正したものです。

◇映画『極道・高山登久太郎の軌跡・鉄(KUROGANE)』
製作=「KUROGANE」製作委員会
販売元=GPミュージアム
20040625
99分 カラー
 企画・樹和裕仁
 製作・渡来猛人
 監督・辻裕之
 脚本・霧島雄一
 原作・宮崎学
 撮影・田中一成
 音楽・奥野敦士
 美術・橋本千春
 出演・小沢仁志、遠藤憲一、本宮泰風、天宮良、山田辰夫、峰岸徹、待田京介、張本勲、松方弘樹、渡辺裕之


【柳川組】
◇飯干晃一(197807**徳間書店→)19820915 『実録・柳川組の戦闘』 徳間書店(文庫)
 目次
第1章 鬼頭組との死闘
第2章 柳川次郎
第3章 三宮梁山泊
第4章 激動の日々
第5章 柳川組結成
第6章 驀進する殺し屋軍団
第7章 獄中引退声明
第8章 やくざ撃滅作戦始動
第9章 柳川組壊滅す
第10章 二人の親分
 あとがき

◇ 猪野健治 20011210 『やくざ外伝柳川組二代目・小説谷川康太郎』 筑摩書 房
 目次
第一章 焦土のなかから
第二章 彷徨する群狼
第三章 隠退蔵物資摘発隊
第四章 柳川組の誕生
第五章 私設国税庁
第六章 殺しの軍団、進撃開始
第七章 二代目襲名
第八章 全国頂上作戦発動
第九章 柳川組壊滅指令
第十章 柳川組解散す
あとがき

解説 正延哲士
「『貧困と差別』、それは猪野健治という著者が一貫して取り上げてきたテーマ である。暴力、時にはテロルという行為を、政治体制の側にあるものは、戦争と 区別し『差別』して犯罪とみなす。暴力やテロルは否定されるべき行為だが、そ れらの土壌となる貧困や差別は、そうである人々が無能だから生み出されるので はなく、多くは政治経済の歪みから派生している。」(p.380)
「テロルが『悪』で報復戦争は『正義』という論理に、多くの国家の指導者はテ ロル発生の土壌から目を逸らして賛成している。しかし、ともに殺人行為である 事に変わりはない。やくざを暴力団と決めつけ存在自体を罪悪視するのと同義で あり、なぜその発生風土の解明と根治にエネルギーを傾けないのか奇異なことで ある。そういう意味でも、本書は厳しい示唆を与えてくれる。」(p.380)
「本書の主人公である谷川康太郎(康東華)はまさしく、虐げられ差別された朝 鮮人の子として大阪市東淀川区に生まれている。朝鮮半島が日本の植民地下にあ り、さらに日本が満州(中国東北地方)への侵出を企てていた昭和三年のことで ある。その時代の差別がいかに凄まじいものであったか、おそらくい戦後生まれ の多くの読者には想像もできまい。」(p.381)
「ここに記される『柳川組』の短い歴史はまさしく、戦前から続く韓(朝鮮)民 族への差別とそこから派生した貧困の中から生まれたものである。不当に生活手 段を奪われ、半ば強制的に日本へ連行され都市における工場や炭鉱などで過酷な 労働に追いやられ、日本の敗戦と同時に路頭に放置された多くの韓国人に、生き ていくためにどのような手だてが残されていたであろうか。」(p.381)
「6、"組"は前科とか国籍とか出身とかの経歴を一切問わないただ一つの集団だ。 だから、社会の底辺で差別に苦しんできた人間にとって、"組"は憩いの揺籃とな り、逃避の場となり、連帯の場となる。」(p.382)
「7、やくざに朝鮮人が多いのは、社会に出ても、あらゆる門戸が閉ざされている からだ。残されているのはみじめな雑業だけ。差別と極貧。それにじっと耐える ものもいる。しかし、ガマンできないものもいる。よいも悪いもない。柳川組は そういうものが寄っかかる"支え"としてあった。」(p.382)
「昭和三十三年ころに結成された柳川組は谷川が二代目を引き継ぎ、昭和四十四 年四月に解散するまで僅か十年ほどの間に、大阪、奈良、京都、滋賀を中心に、 北陸、中京、山陰、北海道などに勢力圏をおよぼし、総勢力は三千人ともいわれ る巨大団体となっている。そのエネルギーの源泉は、『貧困と差別』の桎梏から 解き放され、よりましな生活を求めてはい上がろうという必然である。」(p.383 )
「『やくざとは哀愁の結合体だ』という谷川語録には、凝縮された人間の怨念を 見ることができ、谷川康太郎の生きざまには、弱者への限りなく深い連帯がみえ る。」(p.383)

◇映画『実録柳川組・大阪戦争百人斬り』
製作=真樹プロダクション
販売元=タキコーポレーション
20020726
製作総指揮・真樹日佐夫
プロデューサー・ゆうき哲也/佐藤敏宏
監督・宮坂武志
脚本・石川雅也
原作・飯干晃一
出演・竹内力、小沢和義、永澤俊矢、山田辰夫、遠藤憲一、小沢仁志、やべきょ うすけ、松方弘樹、 ジョニー大倉、金山一彦、山口祥行、益子智行、ERIKU 、高知東生

◇映画『実録柳川組2・西日本征圧報復』
タキコーポレーション
20021025
94分
製作総指揮・真樹日佐夫
プロデューサー・ゆうき哲也/佐藤敏宏
監督・宮坂武志
脚本・真樹日佐夫
音楽・奥野敦士
出演・竹内力、小沢和義、山口祥行、やべきょうすけ、ジョニー大倉、天宮良、 松方弘樹、橋本真也

◇映画『実録柳川組3・柳川次郎伝説完結』
タキコーポレーション
20030328
90分
監督・辻裕之
脚本・真樹日佐夫 石川雅也
原案・監修・真樹日佐夫
音楽・奥野敦士
出演・竹内力、やべきょうすけ、峰岸徹、小沢和義、ジョニー大倉、松方弘樹、山口祥行、ゆうき哲也

◇映画『実録柳川組外伝死神・立川康太郎の日本侵攻作戦』
製作=エクセレント・フィルム
販売元=タキコーポレーション
20030221
80分
企画・白竜/伊藤秀裕
監督・横井健司
脚本・石川雅也
出演・白竜、力也、中島宏海、宮本大誠、國本鐘建、川島庸介、藤田浩


【千本組】
◇柏木隆法 19920222 『千本組始末記』 海燕書房
目次
序章 「天久」爽春譜

第一章 千本組誕生
 幕末・嵯峨たいどん町
 筏士三左衛門
 虎退治の伝説
 千本組誕生
 子安の死

第二章 明治から大正へ
 末三郎の誕生
 明治から大正へ
 京都国技館
 静一の苦悩
 荒寅と米騒動
 アナキストと大日本国粋会の同居
 中村還一の訪問

第三章 川崎・三菱造船所大争議
 久板卯之助とともに
 宮嶋資夫との邂逅
 和田久太郎の来阪
 永田雅一の不良少年時代
 文盲のアナキスト吉田一
 賀川豊彦との対立
 川崎・三菱両造船所大争議の敗北
 和田信義のテキヤ仁義

第四章 末三郎出奔
 大正十年春―浅草の光景
 馬嶋なかとの別れ
 家出の繰返し

第五章 大杉栄と血桜団
 血桜団全員集合
 関東大震災前後
 もう一つの波

第六章 ギロチン社事件
 福田雅太郎暗殺未遂事件
 高嶋三治登場
 吉田体次郎の逃亡
 ギロチン社全滅
 福田暗殺の二番手

第七章 大堰川の決闘
 ホンゴウマツヤラレタ
 大堰川事件
 喧嘩の後始末
 末三郎の転向
 「ラ・ミノリテ」

第八章 日活撮影所時代
 物品検定所
 カツドウ屋たち
 墓石が鼾するころ
 引抜き合戦
 日活太秦撮影所
 末三郎の結婚

第九章 宮嶋資夫出家の波紋
 業風に吹かれて
 『矛盾』の瓦壊
 宮嶋資夫の出家
 毘沙門堂をめぐる人々
 喜劇俳優<神戸光>の周辺
 ニード ダモーレ

第十章 マキノトーキーの興亡
 池永浩久の失脚
 宝塚キネマの倒産
 大都映画と河合徳三郎
 頭角を現した永田雅一
 マキノトーキー時代
 笹井静一の入獄事情
 借金地獄

第十一章 長二郎(長谷川一夫)遭難
 第一映画社創立
 「利根の川霧」の行方
 白井信太郎の使い
 林長二郎の立場
 顔斬り前夜
 幻の「源九郎義経」
 事件の影響
 「藤十郎の恋」前後
 荒寅の死
 ツケの決算
 此男一代御意見無用
 笹井家の人びと

第十二章 千本組分解
 末三郎満州へ行く
 笹井静一の最期
 任侠の世界
 幻の三代目
 千本組分解
 東映誕生の背景
 松本常保の旗揚げ

第十三章 岡本潤追放
 渡辺プロダクション
 レッドパージ
 岡本潤の追放

第十四章 松本常保との出合い
 嵯峨遠塵庵
 東映との訣別
 渡辺銕蔵と映倫
 笹井烈アジア競技大会へ
 高嶋三治の侠気

第十五章 「琴姫七変化」前後
 麩屋町三条
 「明治天皇と日露大戦争」
 マキノ光雄の死
 「氷壁」異聞
 「日蓮と蒙古大襲来」
 凶優・天津七三郎
 日本電映と「柔」ブーム

終章 故郷へ
 映画界を去る末三郎
 生れ故郷へ
 末三郎の死

あとがき


作成:山本崇記(立命館大学先端総合学術研究科)
UP:20070123 Rev:20070125,0130,0225,20080105,0108,0109,0111,0118,0119,0122  http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/ninkyou.htm

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