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> HOME >DATABASE 1946〜1996 ◆創立同人 武田清子、武谷三男、都留重人、鶴見和子、鶴見俊輔、丸山真男、渡辺慧 ◆思想の科学研究会・索引の会 19991015 『思想の科学総索引 1946−1996』思想の科学社 目次 はしがき 解説 ・安田常雄(1946年5月〜72年3月) ・天野正子(1972年4月〜81年3月) ・黒川 創(1981年4月〜96年5月) 事項索引 凡例 著者索引 凡例 総目次 第1次思想の科学 No:1 1946.5.創刊号 No:2 1946.8.(1-2) No:3 1946.12.(1-3) No:4 1947.6.(1-4) 日本に於ける哲学流行の研究 No:5 1947.10.(1-5) 言語 No:6 1947.11.(1-6) 言語 No:7 1948.1.(1-7) ひとびとの哲学 No:8 1948.2.(1-8) 大衆小説の研究 No:9 1948.3.(1-9) 言語 No:10 1948.4.(1-10) ひとびとの哲学 No:11 1948.5.(1-11) ひとびとの哲学 No:12 1948.6.(1-12) 歴史 No:13 1948.7.(1-13) 映画研究の方法 No:14 1948.8.(1-14) コミュニケイション研究 No:15 1948.11.(1-15) 学問と学問言葉 No:16 1949.1(1-16) 言語 No:17 1949.3.(1-17) No:18 1949.4.(1-18) No:19 1949.5.(1-19) ひとびとの哲学 No:20 1949.7.(1-20) No:21 1949.10.(1-21) No:22 1950.4.(1-22) No:23 1951.4.(1-23) 第2次『思想の科学』 改題『芽』 No:24 1953.1.(2-1) No:25 1953.2.(2-2) No:26 1953.3.(2-3) No:27 1953.4.(2-4) 家元制度の研究 No:28 1953.5.(2-5) 転向について No:29 1953.6.(2-6) 転向について 第2集 No:30 1953.7.(2-7) 戦争特集 No:31 1953.9.・10.(2-8) 身上相談 No:32 1954.5.(2-9) 終刊号 第3次 思想の科学 No:33 1954.5.(3-1) 今日の思想 No:34 1954.6.(3-2) 日本の中のアジア No:35 1954.7.(3-3) あらそい No:36 1954.8.(3-4) 生活綴方 No:37 1954.9.(3-5) 伝記を見直す 1954.9. 英文思想の科学(the Science of Thought)T No:38 1954.10.(3-6) 文学と人生 No:39 1954.11.(3-7) どう生きるか No:40 1954.12.(3-8) 読者の問題 No:41 1955.1.(3-9) 世界の未来 No:42 1955.2.(3-10) 職場は人間を変える No:43 1955.3.(3-11) 女性は何にたのしみを求めるか No:44 1955.4.(3-12) 常識より科学へ 1956.2. 英文思想の科学(the Science of Thought)U 第4次 思想の科学 No:45 No:46 No:47 No:48 No:49 No:50 No:51 No:52 No:53 No:54 No:55 No:56 No:57 No:58 No:59 No:60 No:61 No:62 No:63 No:64 No:65 No:66 No:67 No:68 No:69 No:70 No:71 No:72 No:73 No:74 No:75 No:76 No:77 No:78 No:79 No:80 No:81 No:82 No:83 No:84 No:85 No:86 No:87 No:88 No:89 No:90 No:91 No:92 No:93 No:94 No:95 No:96 No:97 No:98 No:99 No:100 No:101 No:102 No:103 No:104 No:105 No:106 No:107 No:108 No:109 No:110 No:111 No:112 No:113 No:114 No:115 No:116 No:117 No:118 No:119 No:120 No:121 No:122 No:123 No:124 No:125 No:126 No:127 No:128 No:129 No:130 No:131 No:132 No:133 No:134 No:135 No:136 No:137 No:138 No:139 No:140 No:141 No:142 No:143 No:144 No:145 No:146 No:147 No:148 No:149 No:150 No:151 No:152 No:153 No:154 No:155 No:156 No:157 No:158 No:159 No:160 No:161 No:162 No:163 No:164 No:165 No:166 No:167 No:168 No:169 No:170 No:171 No:172 No:173 No:174 No:175 No:176 No:177 No:178 No:179 No:180 No:181 No:182 No:183 No:184 No:185 No:186 No:187 No:188 No:189 No:190 No:191 No:192 No:193 No:194 No:195 No:196 No:197 No:198 No:199 No:200 No:201 No:202 No:203 No:204 No:205 No:206 No:207 No:208 No:209 No:210 No:211 No:212 No:213 No:214 No:215 No:216 No:217 No:218 No:219 No:220 No:221 No:222 No:223 No:224 No:225 No:226 No:227 No:228 No:229 No:230 No:231 No:232 No:233 No:234 No:235 No:236 No:237 No:238 No:239 No:240 No:241 No:242 No:243 No:244 No:245 No:246 No:247 No:248 No:249 No:250 No:251 No:252 No:253 No:254 No:255 No:256 No:257 No:258 No:259 No:260 No:261 No:262 No:263 No:264 No:265 No:266 No:267 No:268 No:269 No:270 No:271 No:272 No:273 No:274 No:275 No:276 No:277 No:278 No:279 No:280 No:281 No:282 No:283 No:284 No:285 No:286 No:287 No:288 No:289 No:290 No:291 No:292 No:293 No:294 No:295 No:296 No:297 No:298 No:299 No:300 No:301 No:302 No:303 No:304 No:305 No:306 No:307 No:308 No:309 No:310 No:311 No:312 No:313 No:314 No:315 No:316 No:317 No:318 No:319 No:320 No:321 No:322 No:323 No:324 No:325 No:326 No:327 No:328 No:329 No:320 No:331 No:332 No:333 No:334 No:335 No:336 No:337 No:338 No:339 No:340 No:341 No:342 No:343 No:344 No:345 No:346 No:347 No:348 No:349 No:350 No:351 No:352 No:353 No:354 No:355 No:356 No:357 No:358 No:359 No:360 No:361 No:362 No:363 No:364 No:365 No:366 No:367 No:368 No:369 No:370 No:371 No:372 No:373 No:374 No:375 No:376 No:377 No:378 No:379 No:380 No:381 No:382 No:383 No:384 No:385 No:386 No:387 No:388 No:389 No:390 No:391 No:392 No:393 No:394 No:395 No:396 No:397 No:398 No:399 No:400 No:401 No:402 No:403 No:404 No:405 No:406 No:407 No:408 No:409 No:410 No:411 No:412 No:413 No:414 No:415 No:416 No:417 No:418 No:419 No:420 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鎌倉アカデミア―くろこ・つねお 京都人文学園―駒尺喜美 民主主義科学者協会婦人問題研究部会―井出文子 山脈の会―大竹勉 『文学者』十五日会―小林トミ 東京山草会―小林トミ どてかぼちゃの会―大竹勉 全世界伝道キリスト信徒の集団―阿伊染徳美 戸山歌会―寺井美奈子 ガラス張り経営運動の教組―天野正子 独立華道研究会―溝口明代 下丸子文化集団―井之川巨 「大井詩人」の活動―中村紀代士 緑の会―天野正子 川崎の地域サークル"ひろば"―くろこ・つねお 杉の子会―長岡弘芳 WRI(ウリ)・ひとりの組織―向井孝 酪農民から見た山岸会―岡田米雄 大東塾―大竹勉 「奄美大島出身者の会」について―本田徹夫 「かくし念仏」の一講中―阿伊染徳美 V―一九五五年〜六四年 草の実会―天野正子 折鶴の会―越智道雄 白菊会―大河原昌夫 若芝の会―天野正子 「いずみ寮」から「かにた婦人の村」へ―小林トミ 「エミール」の会―天野正子 名古屋女性史研究会―稲葉誠也 大正会―越智道雄 方向感覚の会―野見隆介 ドーナツクラブ―くろこ・つねお 日本ジャーナリスト会議日経大阪支部―田村紀雄 じゃぱんきゃっとくらぶ―伊藤登志夫 平沢貞通氏を救う会―佐々木元 底点の会―伊藤益臣 熱河会のひとびと―横山貞子 工華会の山吹探石会―小林トミ 『たいまつ』新聞―大竹勉 土日会―小林トミ おろかものの碑―佐々木元 東京解放運動旧友会―隅田繁雄 プルナの会―隅田繁雄 香里ヶ丘文化会議―大淵和夫 W―一九六五年〜七六年 きのこ会―長岡弘芳 アンガラ会―伊藤登志夫 坂本国際学生館とその周辺―小林トミ 五日でタバコがやめられる会―伊藤登志夫 市川日中学院―小林トミ 金嬉老公判対策委員会―志沢小夜子 「坂ちか子の歩み」刊行委員会―天野正子 楯の会―伊藤登志夫 水俣病を告発する会―藤川治水 第二土曜会―小林トミ 原爆体験を伝える会―長岡弘芳 東京光頭親睦会―伊藤登志夫 都錦穂の琵琶の会―山下和久 日大全共闘―小沢信夫 女通信―天野正子 パイド・パイパー・ハウス―小林トミ 「なんとか団」残党―小林トミ 健全な農産物をつくる会―天野正子 非暴力行動準備会―丸山睦男 あとがき―「集団の会」編集委員会 ◆19780223『改訂増補 共同研究 転向 上』平凡社(→初版 19590110) 目次 改訂増補版について/鶴見俊輔 序言 転向の共同研究について/鶴見俊輔 第一篇 戦前 第一章 昭和八年を中心とする転向の状況/藤田省三 第二章 急進主義者 第一節 前期新人会員―赤松克麿・麻生久/判沢弘・佐貫惣悦 第二節 後期新人会員―林房雄・大宅壮一/鶴見俊輔 第三節 日本共産党労働者派―水野成夫/しまね・きよし 水野成夫と私―批判の1/河合悦三 「日本労働者派」その他について―批判の2/春日庄次郎 第四節 一国社会主義者―佐野学・鍋山貞親/高畠道敏 第五節 ある大衆運動家―タカクラ・テル/魚津郁夫 第六節 ある農民文学者―島木健作/西崎京子 第七節 あるマルクス主義者―河上肇 第八節 日本浪漫派―亀井勝一郎/山領健二 第九節 虚無主義の形成―埴谷雄高/鶴見俊輔 第三章 自由主義者 第一節 ある自由主義ジャーナリスト―長谷川如是閑/山領健二 第二節 新興仏教青年同盟―妹尾義郎/しまね・きよし 第三節 ある自由主義左派の知識人―三木清/魚津郁夫 ◆19780424『改訂増補 共同研究 転向 中』平凡社(→初版 19600220) 第二篇 戦中 第一章 昭和十五年を中心とする転向の状況/藤田省三 第二章 自由主義者 第一節 翼賛運動の設計者―近衛文麿/鶴見俊輔 第二節 創立期の翼賛運動―有馬頼寧/安田武 第三節 翼賛運動の学問論―杉靖三郎・清水幾太郎・大熊信行 第四節 生産力理論―大河内一男・風早八十二 第五節 誠実主義と文学―山本有三/安田武 第六節 総力戦理論の哲学―田辺元・柳田謙十郎/後藤宏行 第七節 キリスト教の人びと―プロテスタントを中心にして 第八節 労農派と人民戦線―山川均をめぐって/判沢弘 第三章 急進主義者 第一節 アナキスト―岩佐作太郎・萩原恭次郎 第二節 労働者作家―橋本栄吉・山田清三郎・徳永直 第三節 偽装転向について―神山茂夫/しまね・きよし ◆19780822『改訂増補 共同研究 転向 下』平凡社(→初版 19620420) 第三篇 戦後 第一章 昭和二十年、二十七年を中心とする転向の状況 第二章 国家主義者 第一節 右翼運動家―津久井龍雄・穂積五一・石川準十郎/判沢弘 第二節 教育者の転向―東井義雄/原芳男・中内敏夫 第三節 満州国の建設者―石原莞爾・浅原健三/仁科悟郎 第四節 軍人の転向―今村均・吉田満/鶴見俊輔 第三章 保守主義者 第一節 保守主義と転向―柳田国男・白鳥義千代/橋川文三 第四章 自由主義者 第一節 民主社会主義の人びと―ロウ山政道ほか/松沢弘陽 第五章 急進主義者 第一節 学生運動の推進者―大島渚・大野明男/大野力 第二節 転向論の展望―吉本隆明・花田清輝/鶴見俊輔 第四篇 討論 T 日本思想史と転向<共同討議> U 現代世界と転向<共同討議> 第五篇 増補 『転向』以降の転向観<共同討議> 転向思想史上の人びと 日本近代転向思想史年表/しまね・きよし 文献解題 転向研究グループについて 改訂増補版の「あとがき」に代えて 索引 ◆19780805『共同研究/日本占領軍 その光と影・上巻』徳間書店 目次 まえがき 凡例 総論 占領したものとされたもの―袖井林二郎 占領の世界史―弱肉強食の論理―佃実夫 占領史研究の現状と課題―竹前栄治 主体論 GHQ―構造と権力―木村正明 占領初期における新聞検閲―福島鑄郎 天皇制機構温存過程考―降伏前のアメリカにおける対日占領政策作成者の日本観―近藤淳子 戦後世代アメリカ人の見たマッカーサー―ベトナム戦争以後の視点から―ビクター・カーペンター 地方軍政部 T島根県の場合―笹本征男 U岐阜軍政部教育アドバイザーの六四〇日―日野誠 客体論 占領政策と官僚の対応―天川晃 占領初期の租税行政―井上一郎 労働運動の渦 Tレッドパージ―竹前栄治 U労働省婦人少年局時代―はみだし役人の記―隅谷茂子 Vある闘いの記―東京中央電話局の場合―牧瀬菊枝 W労働運動の渦の中の女性―ゲール・M・ノムラ 占領と日本学術会議―中山茂 占領政策における家族制度改革―依田精一 農地改革 Tアメリカ側からの照射―岩本純明 U草の根民主主義の変容―佃実夫 日本共産党と占領 T出獄前後のこと<私の証言>―志賀義雄(ききて―袖井/竹前/牧瀬/久米) U"人権指令"前後―久米茂 社会と世相 T部落解放運動と占領<私の証言>―朝田善之助(ききて―しまね・きよし) U瀬長市政の一一ヶ月―占領下沖縄のミニコミ―田村紀雄 V犯罪と売春―加太こうじ W一億総白痴化の構図―力道山プロレス・進駐軍・テレビ―牛島秀彦 執筆者紹介 ◆19780830『共同研究/日本占領軍 その光と影・下巻』徳間書店 客体論・続 宗教と占領 T神道・占領政策への対応と抵抗<私の証言>―葦津珍彦(きき手―久米/佃) U仏教・敗戦と仏教徒―久米茂 Vキリスト教・うたえども変らず―阿部美哉 W振興宗教・モダーンな変身―占領期宗教集団の転向<PL教団を中心に>―後藤宏行 東京裁判 T児島襄『東京裁判』論―山田宗睦 U清瀬一郎論―丸山睦男 主体&客体論 <対談>軍政下の沖縄―大田昌秀/竹前栄治(司会―佃実夫) 占領軍のわくぐみと被占領者のわくぐみ―鶴見俊輔 《日本占領関係年表》 さまざまな占領―あとがきにかえて―佃実夫 執筆者紹介 総索引 ◆19780830『日本占領研究辞典 共同研究『日本占領軍』別冊』徳間書店 * 思想の科学研究会占領研究サークル編 まえがき 凡例 《本土編》(大野力、加太こうじ、久米茂、しまね・きよし、袖井林二郎、竹前栄治、田村紀雄、松浦総三他=執筆) 《沖縄編》(新崎盛暉、宮城悦二郎、由井晶子、吉田健正=執筆) 本土編項目別索引 沖縄編項目別索引 執筆者紹介 ◆19920625『『思想の科学』・『芽』別巻 戦後「啓蒙」思想の遺したもの』平文社 T 初期『思想の科学』の主題と方法 序―はじめに―安田常雄 人々の思想を知るための戦中、戦後の背景―課題の発生と探究―上野博正 思想における言論―上野博正 コミュニケーション研究について―宮崎洋一 初期「思想の科学」における心理学と性の思想―大河原昌夫 「民主主義科学」と「思想の科学」―戦後思想の発想と方法―安田常雄 初期転向論について―大河原昌夫 軍隊・兵士・戦争体験―古田佳之 民衆思想への方法的実験―「ひとびとの哲学」から「身上相談」への位相―天野正子 cf.天野による『思想の科学』に関する言及(『「生活者」とはだれか』) 方法としての大衆芸術―上野博正 『思想の科学』との縁―鈴木正 U 『思想の科学』と私―創立同人へのインタビュー 職能としての学問のために―武谷三郎 『思想の科学』に寄せた期待―都留重人 出発が重なりあった―鶴見和子 「ひとびとの哲学」を探る―武田清子 同人結成のころのこぼれ話―丸山真男 暮らしのおもり―鶴見俊輔 V 解題、その他 『思想の科学』・『芽』解題―安田常雄 先駆社版・『芽』以後の「思想の科学」―安田常雄 復刻版の製作にあたって あとがき―安田常雄 執筆者紹介 創立同人紹介 第一次『思想の科学』・『芽』総目次 執筆者索引 ◆川本隆史 199705** 「老いと死の倫理―ある小児科医の思索を手がかりに」『現代日本文化論9・倫理と道徳』(河合隼雄・鶴見俊輔共同編) 岩波書店 おわりに 「前述した『思想の科学』創刊五十周年記念講演会の全体テーマは「私の哲学」だった。久野収、木野花に続く三番手に登壇した私は、「「思想の科学」の哲学は有効性を取戻しえたか―社会倫理の観点から」という演題で報告をした。その趣旨は、雑誌の創刊に先立って出された鶴見俊輔のマニフェスト『哲学の反省』(先駆社、一九四六年)を評価軸に使って、「思想の科学」運動の当初の目標がどこまで達成されたかを私なりに総括するところにあった(タイトルは、雑誌の創刊号に掲載された武谷三男の論文「哲学は如何にして有効さを取戻し得るか」をひねったつもり)。 たしかに「哲学は次の三条の道に従って把握される場合、現代の社会においても生きた意味をもつことが出来る。第一に思索の方法の綜合的批判として把握される場合、第二に個人生活及び社会生活の指導原理探求として把握される場合、第三に人々の世界への同情として把握される場合、即ちこれである」という半世紀前(!)の鶴見の鋭い見通しにそって振り返ると、最初の「思索の方法の綜合的批判」は論理学・記号論やコミュニケーション理論として展開され、最後の「人々の世界への同情」は『庶民列伝』や『現代人の生態』のような調査、大衆芸術や転向の共同研究として結実している。この二方面の成果を評価するのに私はやぶさかでない。だが二番目の「生活の指導原理探求」については、『ひとびとの哲学』や「身の上相談の論理」という方向で個人レベルの究明は進められたものの、「社会生活の指導原理探求」は手つかずのまま終わっているのではないか。 そう判定した私は、鶴見(たち)が社会倫理を棚上げにできた理由を三つばかり推測してみた。(一)当時、隠然たる影響力をふるっていた「民主主義科学者協会」およびこの団体が信奉するマルクス主義の革命原理に対する「気がね」(宮城音弥の証言)があったこと。(二)「思想の科学」の原型の一つと目される論理実証主義が「科学的世界把握」を合い言葉にして、事実認識(「〜である」という命題)と価値判断(「〜すべきである」という規範命題や善・美の判断)とを鋭く切り離し、後者は検証不可能で「無意味」な命題だと断ずる傾向にあったこと。(三)その結果、鶴見(たち)は道徳や倫理の原理を共同して探り出す作業をあらかじめ断念していた可能性が高いこと。だからこそ、のちにたもととをわかった藤田省三から次のような反省の促しが、研究会に対して投げつけられたのではないか―「倫理をもっと純粋に倫理として、生き方の問題をもっと生き方の問題として追求することが必要です。哲学の分野が単なる学問の分野ではなくて、倫理を含んだ近代的な哲学として考えるべきだと思います。…そうした方が、きびしい倫理と徹底した学問追求の方向がはじめて出てくるのではないかと思うのです」(「思想の科学研究会―回顧と展望」『思想の科学』一九五九年一月号)。 結果的に鶴見(たち)の場合、「原理」を立てることを警戒するあまり、「気ぐみ」「思想の底にある態度」「反射」への期待を語るだけにとどまっており、集団をつないでいた「義」(安田常雄)や「悔恨」(丸山眞男)の直観の内実を互いに検討しあう場を設けてこなかった。そう私は(やんわりと?)かみついておいた上で、鶴見と違って規範倫理学の原理を提出しようと努力した市井三郎(故人)の仕事の再検討に向かい、彼がたどりついた「"不条理な"苦痛―つまり各人が、自分の責任を問われる必要のないことから負わされる苦痛―を減らさねばならない、とうい価値理念」(市井、一九七一)を評価するとともに、水俣の総合調査団の報告書に掲げて物議をかもした「人間淘汰」(市井、一九八三)という概念の問題点を指摘した。もちろん、これは市井に対する個人攻撃ではなく彼の失敗から学ぶ(プラグマティズムの方法!)という意味での批判のつもりだった。 この講演会からしばらくたっての執筆要請だったのだ。私の報告に対する鶴見なりの返礼に応え切れたかどうか。老いと死の倫理について「受け身の思想」がなんとか展開できたかどうか。これらの点は、読者の判定に委ねるほかない。なお鶴見(たち)の「思想の科学」運動において未開拓のまま残されていると診断した社会倫理の探求については、こころ、記憶、制度の三つの局面から《いのちのケア》を推進する方向で私は構想している(川本、一九九七a)。これが「現代日本文化論」に対する私の実質的な貢献となればよいのだが…。」(pp.144-146) 作成:山本崇記(立命館大学先端総合学術研究科) UP:20051105,1102,1031,1020 Rev:20080401http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/shisouk.htm |