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> HOME >DATABASE ◆栗原彬・杉山光信・吉見俊哉 19920325『記録・天皇の死』 筑摩書房 目次 まえがき/編者 「日本では『白馬に跨る大元帥』を直接に体験しなかった戦後生れの若い人びとも、自由で自立的にふるまっているつもりでいても、栗原彬が指摘するように『天皇が人を見る視線』が降りそそいでいるなかで、次いで『人が天皇を見る視線』が生まれ、それが『人が他の人を見る視線』を生じさせ、さらに『人が自分を見る視線』へと回帰していくというメカニズムが作用する場においては、再び『天皇から人への視線』がいつの間にか、ある方向へと導かれていくことになるのである。」(p.4) T まなざしの交響―1月7日をめぐる風景写真のイコノロジー/栗原彬 終焉の風景写真 パラタクシス 幻想の共同体 まなざしの上演・カルテット 天皇のまなざし 天皇へのまなざし 人へのまなざし 回帰するまなざし U <天皇の死>と記帳する人びと―吉見俊哉・内田八州成・三浦伸也 1 <天皇の死>と記録すること 準備のプロセス 聞き取りの経過 大葬の礼の観察 <語り>という視点 2 戦争体験世代の<語り> 戦中・戦後体験の中核としての天皇 「天皇を見た」という経験の記憶 自分の父ないし家族と天皇とのイメージ的な結合 「聖なるひと」としての天皇 情緒的に一体化する対象としての天皇 戦後日本に「繁栄」をもたらした恩寵的な力としての天皇 規範としての「日本人」ないし「日本」 戦争体験世代における<天皇の死> 3 若い世代の<語り> 記帳に来た理由 天皇のイメージ 共同性の意識 若い世代における<天皇の死> 4 <語り>における連続と断層 二つの世代の非連続性 二つの世代の連続性 連続と非連続の絡まり合い 「日本人」という規範 V <天皇の死>・国内の風景 1 わたしの天皇体験/知念幸野 2 私たちの天皇(制)体験/新崎盛暉・安里英子・高良勉・城間勝・竹沢昌子・知念幸野 沖縄―一九八九年一月七日 つくられた沖縄像と歴史のなかの屈折感 島共同体の柔らかさ 歴史をとり返す 大喪の礼と慰霊の日 3 <からっぽ>からの出発/伊藤公雄 天皇の死んだ朝 京都・大阪での天皇批判の動き 学生たちの眼に映った<天皇の死> <イヴェント>としての<天皇の死> <気分の政治>の時代 <からっぽ>からの出発 4 高校生の<天皇の死>体験/井上通泰 天皇の病状報道のなかでの感想(一九八九年一二月の調査) 天皇の死去に対する感想 「平成」元号に対する感想 天皇制に対する感想 歴史的<イヴェント>としての<天皇の死> W <天皇の死>・外国の報道 1 韓国の「日王死亡」報道と論調/大畑裕嗣 「日本死亡」記事の比重 「日本(日本人)にとって『天皇(制)』とは何か」という本質論 「日王」と昭和史、現代日本社会 「日王」の戦後責任 日本国内と韓国国内の<日王の死> 八・一五以後の韓国と「日王」 韓国からの弔問使節派遣問題 「日王死去」と今後の韓日関係 写真と漫画による<日王の死> 2 <東洋の神秘=日本>/酒井直樹 戦後天皇制の歴史的評価における両義性 異国趣味を背景にした<天皇の死>報道 3 国際化社会と<天皇の死>/北山晴一 <天皇の死>報道の多様性 ヒロヒト像の変遷 ヒロヒトの戦争責任をめぐって 戦争責任―ヨーロッパと日本との相違 天皇制とデモクラシー 日本経済と天皇制 発言者の分析―コミュニケーション論として 日本国内の反応 X 現代保守主義と天皇制/杉山光信 新聞と天皇の<物語> <物語>批判の立場 多様な考え、多様な感情 Bix, Herbert P., 2000, Hirohito and the maiking of modern Japan, HarperCollins=20020730 『昭和天皇(上)』(吉田裕監修、岡部牧夫・川島高峰)講談社 目次 日本の読者へ 凡例 謝辞 序章 第一部 皇太子の教育 一九〇一(明治三四)―一九二一(大正一〇)年 第一章 少年と家族と明治の遺産 第二章 天皇に育てる 第三章 現実世界に向きあう 第二部 仁愛の政治 一九二二(大正一一)年―一九三〇(昭和五)年 第四章 摂政時代と大正デモクラシーの危機 第五章 新しい皇室、新しい国家主義 第六章 政治的君主の誕生 第三部 陛下の戦争 一九三一(昭和六)年―一九四五(昭和二〇)年 第七章 満州事変 第八章 昭和維新と統制 第九章 聖戦 ◆Kenneth J.Ruoff, 2001, The People's Emperor Democracy and the Japanese Monarchy,1945-1995, the Harvard University Asia Center=20031220 『国民の天皇 戦後日本の民主主義と天皇制』(高橋紘監修、木村剛久・福島睦男訳)共同通信社 目次 はじめに 第1章 「紀元前六六〇年」から一九四五年までの天皇 近代君主としての天皇 第一次世界大戦後の天皇 天皇制と十五年戦争 第2章 立憲的象徴君主制 象徴天皇という伝統 天皇の新たな役割をどう見るか 叙勲制度の復活 象徴天皇制への異議 戦後体制の承認と憲法調査会 国民主観下での「立憲的象徴君主制」 第3章 いまも続く内奏―戦後政治と昭和天皇 占領期と新憲法下の内奏 政治に関心を持ち続けた昭和天皇 占領終結後の時期 内奏はなぜ必要か 第4章 天皇の戦争責任と謝罪 昭和天皇の新しい服 浄化された戦争の記憶―日本とフランスの場合 象徴天皇制を承認する右派 天皇の謝罪と憲法 第5章 天皇制文化の復活と民族派の運動 建国記念日の制定運動 「二月十一日」をめぐる論議 元号法制化に向けての運動 戦後民主体制と愛国心 第6章 「大衆天皇制」 昭和天皇は国民の天皇だったか 皇太子明仁の登場 皇室流「恋愛結婚」 大衆天皇制への反発 温かくファジーな平成の皇室 結び 日本語版のためのエピローグ 注 索引 ◆加藤哲郎 20050711『象徴天皇制の起源 アメリカの心理戦「日本計画」』平凡社 プロローグ 「米国は、日本人の国民性と天皇制を利用し、日本を、軍部を排除した立憲君主制資本主義国家として再建する対日心理戦略『日本計画』を作成していた。」(p.12) 「それがさらに遡り、真珠湾攻撃直後から、英国政府と調整した米国情報機関の心理戦戦略として、対中国戦略や対朝鮮戦略とも結びつけて、公的に形成されたことを示す。」(p.13) 「二一世紀の戦争は…『情報戦』『言説戦』になる」(p.14) 「米国風『自由と民主主義』の永続戦争のなかでは、時に意図せぬ『反米・嫌米』の日本ヴァージョンが生まれたが、ハリウッド映画からジーンズ、マクドナルドにいたる米国文化は、日常生活に深く浸透した。その受容の受け皿が、奇妙なことに、通常最も「日本的」とされる象徴天皇制、天皇制民主主義だった。」(p.14−15) 第一章 象徴天皇制をめぐる情報戦 第二章 一九四二年六月の米国「日本計画」―最終草稿の発見 第三章 戦時米国の情報戦体制―戦略情報局(OSS)調査分析部 第四章 「敵国日本」の百科全書―真珠湾攻撃時の調査分析部極東課 第五章 「平和の象徴」天皇観の形成―「日本計画」第一・第二草稿 第六章 もうひとつの源流―情報調整局(COI)の「四二テーゼ」 第七章 第三の系譜―英米共同計画アウトライン 第八章 「日本計画」と「ドラゴン計画」―対中国・朝鮮戦略との連動 第九章 「日本計画」をめぐるOSS対OWI―マッカーサー書簡の意味 第十章 「日本計画」と象徴天皇制のその後―心理戦・情報戦は続く エピローグ―研究案内を兼ねて 「日本のネイションとは、明治以来の日本のピープルによって『想像された共同体』であった。一九四五年以降、他者であるアメリカからイマジンされ、構想され、設計されて提示された『象徴天皇制』を、ステイトの中心においている。 それは、より正確に言えば、占領軍の「押しつけ」ではなく、日本のピープルにより歓迎され、受容され、定着したものであるにしても、太平洋戦争開戦直後から、米国によってイマジンされ練り上げられた『設計された共同体(Designed Community)であり、『天皇制民主主義』である。」(pp.245−246) 作成:山本崇記(立命館大学先端総合学術研究科) UP:20051101 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/tennou.htm |