> HOME >DATABASE

福祉国家


Pierson, Christopher 1991 Beyond the welfare state? : the new political economy of welfare / Cambridge : Polity Press  = 田中浩・神谷直樹訳 19960200 『曲がり角にきた福祉国家――福祉の新政治経済学』 未来社


◆後藤道夫 2004 「日本型社会保障の構造 その形成と転換」 渡辺治編 『高度成長と企業社会』 吉川弘文館

■低消費水準世帯
生活保護の被保護世帯の平均消費水準
1955 約204万世帯(人口比11・3%) 1958 約169万世帯(人口比8・2%)

■二重構造
1957 『経済白書』(1957年度)−雇用状態を完全失業者の多寡ではかることはできない
1959 雇用審議会答申「仕事を主としながら所得の低い就業者が完全失業者の10倍前後」
1960 所得倍増計画−経済成長の一環としての社会保障拡大による格差是正
左社の躍進、支配層の危機感。

■法整備
1946 新憲法−「生存権」の規定
1947 失業保険制度がスタート−退職金制度の充実を求める労組。
1951 社会保障制度審議会「医療保障制度に関する勧告」
1958 新国民保険法成立
1959 国民年金法−5人未満事業所の労働者とその家族を国民健康保険の適用範囲を拡大
1961 国民皆医療保険体制のスタート−60年代後半に世帯主・家族に7割給付

「自由民主主義の政治制度をもつ諸国では、二つの大戦をへて、国民の生活安定のための大規模な施策を含んだ大衆社会統合体制を不可欠のものとするようになり、日本 もまたその例外ではなかった。しかし、日本では、西欧の福祉国家型の枠組みとはことなり、大企業の成長と蓄積に国家努力を集中し、その結果として雇用と賃金が拡大 ・上昇して相対的過剰人口(≒「二重構造」)が吸収される、という道筋が選ばれた。図式化すれば、西欧福祉国家の場合、国家財政の多くを社会保障費や各種の社会的 支援に用いる、直接的な国民生活支援が主であったのにたいし、日本の国民生活安定策は大企業の成長を間においた間接的な支援を中心としたのである。年金保険と医療 保険の分立・格差構造は、こうした開発主義的な大衆社会統合策を前提したものであり、…独特の最低限生活保障枠組みとともに、開発主義的社会保障を形作ったのであ る。」(197)

■高度成長期 欧米との差異
◇日本型雇用
児童手当や無償の高等教育費などを代替
◇児童手当
1971年成立。労働者の流動化のための政策という認識(中央児童福祉審議会)
60年代においては、国は長期雇用・年功賃金を経済発展の桎梏となると考えていた。財界・大蔵省は反発。結果、給付額の低い制度のままである。労働組合も要求 せず。
◇持ち家
労働者の居住要求を企業が吸収、1966年住宅建設計画法、日本勤労者住宅供給法成立。民間労組の要求。
◇最賃
1959年成立(68年産別、72年地域別)。1970年「中央最低賃金審議会答申」により、「労働市場の相場」との関連が強調され、「生活費原則」が否定される。 1970年代末には、生活保護以下の水準となり、それは、女性パートタイマーを基準とする最賃制度であったからである。
◇生活保護
1946年旧生活保護法成立、1950年新生活保護法成立。前者は、生活困窮者一般を対象、後者では「欠格条項」が廃止、「生存権保障」がうたわれた。が、 1957年の「朝日訴訟」がその低水準を告発。60年代初期に改善。が1964年からの「第2次適正化」により、大幅に低所得世帯主が弾かれることになる。

最賃、生活保護でも最低限生活保障は与えられないという特徴の形成。1970年代になると、日本型雇用のポジティブな評価によって、「二重構造」への対処や西欧福祉 国家への接近という課題は後景に退き経済成長が解消していくという認識が確立される。

■福祉抑制への転換から中曽根臨調、そして構造改革へ
40年代には生活保護法・児童福祉法・身体障害者福祉法、51年には社会福祉事業法、60年代には精神薄弱者福祉法、老人福祉法、母子福祉法が成立している。

◆「福祉元年」(73年)
年金ストなどの労働運動の盛り上がり、美濃部都政を中心とした革新自治体の叢生、そして自民党支持率低下を受けて、1973年、田中内閣は「福祉元年」をうたわざるを 得なかった。福祉六法体制は60年代に成立。73年には社会保障関係に占める福祉関係の国家財政は15%台まで上昇した。

◆「マイナス成長」(74年)
70年代末まで「保革伯仲」状況が続き、福祉予算は増加を続けたが、79年の統一地方選・80年の衆参同日選挙以降、自民党が盛り返し、労働運動の衰退・革新自治体の崩壊 が重なり、福祉財源の伸び率の低下、国庫負担金の減額、地方委譲なされた。が、あくまで「ブレーキ」的な役割に終わり、本格的な改革(社会保障分野の市場化・営利化 など)は、橋本−小泉構造改革を待たねばならない。

◆「95年勧告」(社会保障制度審議会)
「公私の適切な役割分担」が提唱。社会保障給付の削減、措置制度の見直し、民活、個人単位への切り替えなどが提言される。これに沿って、96年の「社会保障構造改革」 が始まり、手始めに介護保険制度(「措置制度」から「利用契約制度」)が成立させられていく。


◆二宮厚美 2004 「新福祉国家建設と平和建設」 渡辺治・和田進編 『講座 戦争と現代5 平和秩序 形成の課題』 大月書店

 アメリカの世界戦略に「まきこまれ」、新自由主義的改革を通じて国民生活を破壊する構造改革に対抗するためには何をなすべきか。

■3つの対抗点
1.多国籍企業に担われた市場のグローバル化に、国民国家の原理を対置する。
「市場原理を規制できる公共原理、市場を取り締まる人権を発展させることである。新福祉国家構想の原点はここにある。」(199)
戦後憲法の民主主義的条項の否定、国際貢献型軍事大国化、「国民国家の黄昏論」、への対抗として、国民国家の原理を対置。

2.「国民的競争国家」に対抗するために、国民経済に福祉を充填して国民国家を新たな平和=福祉国家として発展させる。
「近代国民国家が自らの構成原理にした主権者=国民の平等な人権保障に立ち返って福祉国家を再構成しなければならない。」(202)
国民の発達保障原理にもとづく消費の拡充をつうじて国民経済を充填、国民の平等な発達保障を対置

3.「ドル帝国主義体制」からの離脱
各国の通貨自主権と両立可能な国際的通貨管理、IMFの民主化、トービン税や債務帳消し運動、アジア通貨圏、ODA改革

■条件と見通し
◆条件
1.所得再分配構造の水平的再編−応益負担原則
2.土建国家型所得再分配の再編−Made in Japan型輸出主導体制から Made by Japan型多国籍的蓄積へ
3.斜陽産業への再分配の再編−利益誘導型政治の解体
◆見通し(福祉国家のニーズの高まり)
「これまで福祉国家の代替役を部分的に果たしてきた「利益誘導政治プラス企業社会」が動揺・萎縮すれば保守支配の基盤が縮小するのにあわせて、国民内部の福祉国家 ニーズが高まる」(214)
「新自由主義的構造改革は多国籍企業型蓄積を推進して、経済的には、内需を萎縮させ、いわゆる需要不足の経済をつくりだす。この需要不足は投資需要と消費需要の 二面にまたがる。」(215)
「新自由主義は能力主義的競争を強めて、社会内部における分断・格差・不平等を拡大する。」(216)

■福祉国家の支柱
1 労働権の保障
2 教育権の保障
3 所得保障
4 社会サービス保障
5 生存の空間を保障

現金給付、現物給付、公的規制・ルールを通じて、上の5つは達成されるべきであり、この方法を貫く視点が「発達保障という福祉観」となる。

このようなニーズを権利に転換さえるために
1 国民の権利意識の源泉が憲法にあること、
2 権利担う国民運動を形成すること
3 福祉ニーズを実現することができるという確信を持つこと
が、必要になる。


◆新川敏光 2002 「グローバル化は国家能力を減退させる?」『現代思想』第30巻第15号 青土社

1.グローバル化は社会保障を最低限のものへと縮減するよう福祉国家減退を促す(「最底辺の競争」)。
2.(1)により、税収構造のレベルから、累進性が緩和される。

(1)90年代以降、政府支出は抑制・減少しているが、「最底辺の競争」には至っておらず、アンデルセンの定義が維持されている。この議論に関連して、資本が国外に 逃避するという議論は福祉国家の経済政策における便益(安定・教育)を無視し、グローバル化に対処すべき政治の責任を回避することに繋がっている。
(2)90年代以降、累進性は緩和されているが総税収は減っていない。また、所得税収入割合の低下が消費課税割合を増加をもたらすという議論も、国際比較で言うと 正しくなく、これまでの、違いを維持していると言える。

◆消費課税割合の高い社会民主主義福祉国家が否定するグローバル化論
◇政策発展の経路依存性
◇国民の政策支持
日米で税への不信が強いのは、両国が福祉国家発展と課税ベース拡大という政策的積極的相乗効果の実現に失敗した結果である=「政治の失敗」

1.公共事業の土木から福祉関連への変更
2.福祉関連サービスへの消費拡大
3.包括的社会保障プログラムの作成とそれを実行する指導力
などが必要。


◆宮本太郎20000300「日本型福祉国家の構造と転換―最近の福祉国家論の動向から―」『総合社会福祉研究』第16号、総合社会福祉研究所

1.いまなぜ福祉国家論か
福祉国家論活性化の背景
「第1には、福祉国家の構造分析への新しい視点の登場」(p.78)
→「権力資源論」
「第2には、産業構造や市民社会の変容に対応した、福祉国家の新しい役割とその再編の可能性が指摘されるようになったことである。」(p.79)

2.日本型福祉国家の構造
新しい比較分析への視角
・日本やアメリカは福祉国家ではない(橘木1998)
「しかし、近年の福祉国家研究の基本戦略は、福祉国家を可能なかぎり広く定義しそれを比較のフィールドとして、なぜA国とB国の福祉国家の量的・質的相違は生まれたのか、その背後にある政治的な力関係はどのようなものかを明らかにしようとするものである。」(p.79)
→コルピ、エスピン=アンデルセン
・70年代初めの福祉国家の危機
しかし、北欧など一部の国では階層やジェンダーの間で平等化が進んだ。
「彼らは、福祉国家を階級的な権力機構に還元するのではなく、かといってその権力性を否定するのでもなく、多様な政治勢力の戦略と力関係によって異なったタイプの福祉国家が生み出されていく道筋とそれを捉える福祉国家類型を検討した。」(p.79)
・2つの指標
「脱商品化指標」「階層化指標」→3つのモデル
社会民主主義モデル、自由主義モデル、保守主義モデル

比較のなかの日本型福祉国家
・新川敏光(1993、1999)―コルピの制度的福祉国家と残滓的福祉国家という2類型
「新川は権力資源論の枠組みを駆使して、日本が公的福祉を残滓的にしか位置づけない残滓的福祉国家であった点で一貫しつつも、市民運動等の影響力の拡大で70年代初頭に一端は残滓的モデルから離れかけたこと、にもかかわらずそれが挫折した背景として、日本の労働市場におけるデュアリズムやその制度的表現としての企業福祉などの固有の構造の存在を指摘していた(新川、1993)。」(p.80)
・埋橋孝文―エスピン=アンデルセンの3類型 保守主義モデに自由主義モデルを加味したものとして日本を位置付ける 「すなわち、社会民主主義モデルにおいては雇用政策が福祉政策を『補完』したのに対して、日本では雇用政策が福祉政策に『代替』したのである。埋橋はこのような体制をある種の『ワークフェア』体制として捉え、日本はこの点にかんしてはエスピン=アンデルセンの3類型に収まりきらない体質を持つと説明している。」(p.81)
「筆者は、(埋橋も主張することではあるが)エスピン=アンデルセンの類型モデルが日本型福祉国家のすべてを説明するものであるとは考えていない。しかし、この類型モデルはそれ自体としてきわめて見通しがよいものである上に、ここまで影響力をもった比較分析のコードには、とりあえず『住所登録』しておくことが外に向けてのコミュニケーションのためにも、また外からのレスポンスをふまえた研究の深化のためにも、必要であると考える。その際筆者は、この埋橋のいう代替関係についての視角を重視しつつも、エスピン=アンデルセンの類型論に新たな指標を付け加えるという仕方ではなく、その類型モデルがもともと福祉国家形成における政治の主導性を重視し、政治的イニシアティブのあり方から構成した類型であったという原点に立ち戻り、代替関係という問題を独立変数としての政治が生み出した従属変数として処理することができるのではないかと考えている。」(p.81)
「すなわち、わが国ではその後発性とも関連して『企業福祉』的要素や地域の共同体を利用した公共事業型の救済施策が予め見られたが、それが、保守主義勢力と自由主義勢力(わが国では政治勢力として両者は必ずしも明確に分離されてこなかったのではあるが)の均衡のなかで、むしろ拡大再生産され、システム化されていった経緯こそが重要であると考えるのである。」(p.81)

・「大企業の長期的雇用慣行と福利厚生および地方の利益誘導政治の複合に福祉国家の対応物をみようとする視角」
cf.林健久、神野直彦、カルダー、渡辺治
⇔比較分析の立場:埋橋、宮本
・より広義の政治経済体制
「この事実をふまえて、日本型福祉国家をめぐる代替構造を『特殊的に特殊uniquely unique』とするのではなく、福祉国家と政治経済体制の相互浸透のあり方そのものを比較する枠組みに置いてみることで逆にその特質を深く把握することができるのではないか。」(p.82)

生産レジーム・セーフティネット・福祉国家
cf.ゾスキス、金子勝

日本型福祉国家とジェンダー
シーロフ―「無償労働からの自由」「有償労働への自由」
武川正吾―商品化―脱商品化に、家父長制化―脱家父長制化を加える。
→二つの指標において低い日本
「つまり、狭義の福祉国家に代替した構造には、それ自体のなかに、より積極的にジェンダーバイアスをつくりだす仕組みが備わっていたのである。」(p.85)
・大沢真理(1993)
「すなわち、大企業の長期的雇用慣行と地方の利益政治が男性労働者の所得保障をおこなったとしても、それはまだ代替構造としては未完成であった。なぜならば、所得保障はそれだけでは介護や育児をめぐる社会サービスの欠落を補うことはできないからである。したがって、この点にかんしては、女性労働力を縁辺労働力として活用しつつ同時に家庭に『根づかせる』賃金体系や各種の控除制度等が不可欠となったのである(宮本、1997)。」(p.86)

3.福祉国家の新しい可能性
福祉国家の可能性にかんする視点
「経済グローバル化と産業構造の変容のなかでの、福祉国家のサステナビリティやその新しい可能性に議論は及んでいること、そしてこうした動態論が、部分的には類型論に基づく構造分析を基礎として展開されていることこそ重要である。」(p.86)
・欧米の議論の特徴
「第1には、経済グローバル化や産業構造の変容のなかで、西欧社会でかって福祉国家を推しすすめた組織された労働運動が相対的に弱体化しても、このことがただちに福祉国家の解体には結びついていないことが指摘され、その意味が分析された。」(p.86)
福祉国家がいったん定着するとその固有の受益層が広範に形成される
全ての階層とジェンダーを巻き込んだ「新しい福祉国家政治」への場面転換
「第2には、福祉国家は単に既得権層の支持に守られるだけではなく、より積極的に新しい環境に適合していく可能性を有しているという議論である。」(p.86)
新保守主義とは異なったかたちで労働市場を柔軟化し、産業構造の高度化を押しすすめる可能性を有している。
cf.「社会的投資戦略」(エスピン=アンデルセン)、「社会的投資国家」(ギデンズ)
「第3には、こうした福祉国家の可能性を引き出す上で、社会民主主義レジームをふくめて諸福祉国家体制がなんらかの形で再編される必要性が指摘されていることである。」(pp.86-87)
資本の国際化に対抗するグローバルな次元の福祉国家の模索
なぜ福祉国家理念が根づかなかったか
「わが国の社会科学や社会運動のなかで福祉国家の理念が正面から掲げられることがあまりに少なかったという事実である。」(p.87)
・武川正吾
「わが国で長い伝統を誇り大きな影響力を有してきた社会政策学会の主流が、福祉国家にかんして『無理解』であり、とくに石油ショック以降の日本の福祉国家が著しく停滞することになった背景には、この学会サイドでの福祉国家理念の軽視があったと主張した。」(p.87)
・後藤道夫
「戦後の日本においては、西欧において福祉国家形成を担った労働運動が有効な影響力行使のための力量を欠いていたばかりか、社会運動の理念としても、マルクス主義と近代主義が旧体制の残滓を拭い去ることを一義的な課題として協同したがゆえに、国家からの自由を求める自由主義と、国家をとおしての積極的自由を求める左派の間で、国家観をめぐる思想的な格闘がなされないまま終わった。こうして、近代市民社会論的な福祉国家批判と社会主義的な福祉国家批判が無媒介に共存し、この左派の気分が、70年代のラディカリズムによって継承された、というわけである(後藤、1996;後藤、1997)」(pp.87-88)
→「企業社会統合」

新しい福祉国家とは何か
・後藤ら
日本のマルクス主義者から正面切って福祉国家理念を掲げる有力な潮流は注目に値。 「著者たちの『新福祉国家』論の力点は、どちらかといえば、新しい条件のもとで福祉国家理念の担い手が転換・拡大したことや、日本においては福祉国家形成の課題が『企業社会的統合』によって代替された部分の奪回を含めて重層的なものとなること、さらにはその『反帝国主義』的性格に求められているといえる。」(pp.88-89)
・武川
成長問題とフレキシビリティ問題
「これまでの固定した構造を与件とした福祉政策は適合性を失うが、逆に福祉政策の再編によって人々の選択の自由を拡大し、福祉国家を新たな水準に引き上げていくこともまた可能なのである。」(p.89)
「後藤らが強調する再分配と平等化にかんする課題も、武川が強調する持続的成長と選択の自由にかんする課題も、相互に排他的なものとはいえない。しかし、2つの課題の比重をどのように設定するかは、新しい福祉国家体制の主要な支持基盤の設定ともかかわって、小さな問題ともいえない。」(p.89)

福祉国家と福祉社会
・武川と後藤の議論 →武川がNPOの役割を重視している。
「つまり、しばしば新保守主義的な福祉国家解体論と混同されてきた福祉多元主義あるいは福祉ミックスの理念について、政府財源を基礎とした民間非営利組織の拡大をとおして、サービス受給者の離脱の自由(Exit)を伴った参加(Voice)の拡大、サービス供給組織内部の民主主義拡大を追及するものとして再定義し、これを福祉国家再編の一つの軸としていこうとする考え方である(宮本、1999a)。」(p.90)
「したがって、福祉多元主義や福祉ミックスをめぐる議論は、先にも示唆したようにそれがいかなる福祉多元主義あるいは福祉ミックスなのかという点がまず明確にされなければならないのと同時に、本節が言及してきた日本型福祉国家の代替構造を新しい福祉国家ないし福祉体制によって『再置換』していく戦略の一環として位置づけられる必要がある。」(p.90)
cf.平岡公一
・福祉国家から「福祉政府」へ(神野直彦)
中央政府、地方政府、社会保障基金

4.展望
「第1に、日本型福祉国家の構造を比較論的に捉えていく試みはこれからも深化されていくことが期待される。」(pp.90-91)
「第2に、日本型福祉国家の構造論をふまえた新しい福祉国家体制の展望についても、議論は興味深い一致点と相違点を見せていた。小さな福祉国家を可能にしてきた代替構造が揺らぎ、これを新しい福祉国家体制によって置換していくという条件が生まれているという認識については一致しつつも、新しい福祉国家体制の機能やその『福祉社会』との重なり方についてはやはり議論には幅がある。」(p.91)
「著書自身は、ピアソンの議論にも触発されつつ、『新しい福祉政治』という視角からこの問題にアプローチしたいと考えている。これは、一方においてピアソンが(そして後藤らが)注目している福祉国家をめぐる支持基盤の変化をふまえ、他方においては、武川らが強調するフレクシビリティ問題などの福祉国家の新理念を重視しつつ、構造変容のなかで諸アクターのいかなる部分が、福祉国家のどのような理念や政策と結びつくのか、あるいは反発しあうのかをまず明らかにしようとするものである(宮本、1999c)。」(p.91)
「その際の著者自身の仮説は、代替構造のなかでならんかの所得保障を得ている人々のインタレストは広範で階層的拡がりもあるが、そのほとんどが企業、地域、家庭に『根づかされて』いることを考えれば、自らの人生の選択の自由を拡げることを可能にするシステムと政策提起こそがその支持を集約できる(したがって新しい福祉体制への移行を促すことができる)のではないか、というものである。この点でスウェーデン福祉国家が中間層の支持をいかに獲得していったかという教訓は吟味に値すると思われる(宮本、1999b)。」(p.91)



作成:山本崇記(立命館大学先端総合学術研究科)
UP:20050224 Rev:20051228, 20060808 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/ws.htm
ベーシック・インカム  ◇グローバリゼーション

TOP  HOME(http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/)