>HOME >DATABASE
坂西志保・石垣綾子「(対談)日本婦人の反省」

1952/06 『婦人公論』38-6(421):38-43,中央公論新社


◆坂西志保・石垣綾子 195206 「(対談)日本婦人の反省」,『婦人公論』38-6(421):38-43,中央公論新社


共にアメリカ生活数十年の後帰国。その豊富な経験と、デモクラシーに養われた良識により、戦後の論壇で精彩を放ちながらも会う機会のなかった両氏は、この日、本誌のために初めて対談のひと時をすごした。

▼解放と逆コース

▼婦人の職業
石垣 パートタイムの仕事のことですが、日本の社会は女性にそういう仕事を提供してくれないのです。なぜかというと、男の人は一日十二時間も働いているでしょう。若しそれがみんな八時間労働になれば、必ずパートタイムの仕事がたくさん出てくるんです。しかし、そういうことをしない。とすれば、そんなに長時間働かないでもやってゆかれるような社会にしなければならなくなってくると思うのです。女性が自覚をしていないのは事実ですが、たとえ自覚してもできない社会になっているということ、つまりどうして日本がこんなに貧乏で、みんなが苦しんでいるかということを知らないと、ただ一方しか見えないものになってゆく、やはりしょっちゅう社会全体の動きを見るということがいまの女性には大切ではないでしょうか。 (p.40)

坂西 そういう訓練ができるのは自分が一つの仕事を忠実にしているときです。それで、今後はあらゆる女性が、学校を卒業したら働くということを一つの常識として、どういう仕事でもいいから全身を打ち込んでほしい。仕事といったって、一生職業に携わるというふうに考える必要ないと思うのです。アメリカやイギリスとちがって日本のいまの状態では、結局は家庭に入るのがいいと思うのですが、家庭に入るまえに一つの職業を身につけて、そのうちに生きて欲しい。 (p.40)

▼女性の自由と恋愛
坂西 [……]けれども職場で働かなければ女の自由も独立もない、職場へ出ればいろいろな危険にさらされる懸念が十分にある。そこでいままでの旧い男女の道徳というものを一応検討して、それを自分に納得のゆくようなところに若い人自身が持ってゆくべきじゃないか。しかしまた一面では、男女交際をみんながもうすこし自由な気持で考えて、傍[はた]が何と言おうと、毎日でも、一日おきでも、一週間おきでも、恋愛して失恋して、それを幾度もくり返してゆきなさい、ただし肉体の交渉ということは最後まで守って、誰がなんと言おうと、堂々と一つの尊い経験、自分を成長させてゆく一つの過程としてやっているのだという信念でやりなさい。そしていやだと思ったらそれでプツンと交際を断ち切って、また次の人と恋愛したらいいのでないですか。 (p.41)

[……]

石垣 私は恋愛はもちろん当人同士のものですが、同時に親、兄弟、お互いの家族の中にまで入るということが必要だと思います。日本の恋愛は、秘密主義になり、それがまちがったところにゆかせると思うんです。 (p.42)

▼女性の幸福

▼女性の反省
坂西 最後に、私、指導者的立場にある女性にお願いがあるのですが、それは「女性が、女性が」といって欲しくないのです。男女平等の原理があるのに、わたしはこれだけしか月給をもらっていないのに、私といっしょに入った専門学校しか出ていない男の人はこれだけの給料だ、わたしはこれだけやっているのに待遇はこれだけだ、というふうに、しょっちゅう女だから自分はひどい目にあっている、男だからいいことをやっているというふうな考えを一応ここで清算して欲しいと思います。むしろ自分を反省して男の人とくらべ、女は、同じ仕事をしていても足りないところがずいぶんある、それを克服することに努力したほうがむしろ進歩が早いのではないかと思うのです。それに団結することはいいと思うのですが、男女同権になったときに、こんどは女は女のキャンプ、男は男のキャンプに立てこもって対立するということはおかしいと思います。 (p.43)

石垣 いまの社会は女にいろいろ不利なことがたくさんあるのです。その意味で女だけでいっしょになってその不合理なところを改めるということは必要だと思います。その意味で婦人団体も必要であり、婦人同士が集ってこういう点の改良をしようじゃないかということは必要だと思います。だけど自分が能力がないのに、職場において男の人と同じ月給を要求するというのはまちがいです。いまの社会においては女性の能力はともすれば落ち勝ちですから、それを気づいて男性と同じ能力を持つように努力するということが必要です。ただ悲鳴をあげるだけではなく、それを積極的に持ってゆかなければならない。それから働く女性が腰かけの態度を直さなければ、ほんとうの能力を持っていても、社会が認めてくれない。今の女性は、どうせよしちゃうのだからという無責任ないい加減な仕事の仕方をしていて、たとえ結婚してよすにしても、働いている間は責任を持つという自覚がすこし足りないのではないかしら…。 (p.43)

坂西 女の人が、専門学校を出て役所に入ってお茶くみさせられた、といっておこりますけれど、若し私がもう一度若くなって、お茶くみさせられたら、私は世界一のお茶くみする人になろうと思いますよ。 (p.43)

石垣 お茶をくまされるということも女性がハンディキャップをつけられているからで、余計な仕事をそこで強いられているのです。しかし社会がそれを要求するのだったら、自分一人でいやだとかいって騒ぐのはつまらないことで、職場の組合がグループになって、そういう不合理を改めるよう努力する必要があります。ただ自分一人でギャアギャア言ったって仕様がないと思います。 (p.43)

*下線部は原文の傍点部を示す

石垣 綾子


作成:村上 潔(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
UP:20050929 Rev: http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1950/5206ia.htm

TOP HOME(http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/)