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石垣綾子「結婚期からの解放」

1955/05 『婦人公論』40-5(457):129-134,中央公論新社


◆石垣綾子 195505 「結婚期からの解放」,『婦人公論』40-5(457):129-134,中央公論新社

「男でも女でも、好きな相手にめぐり逢って結婚し、子供を産み、育て、幸福な家庭生活を築きたい、と思っています。これは人間として無理のない願いなのですが、事実は、結婚したくとも、結婚できない場合があります。女の人口過剰はその原因の一つです」(p.129)

「それにしても、"三十娘"と呼ばれる年齢層の女性が、結婚難に遭遇している一つの大きな原因は、太平洋戦争のあおりを受けて、適齢期男性の数が減っていることです。[……] / 人口の上から見て、女にとって結婚は狭き門となり、"三十娘"の問題が戦後に現われた新しい現象として登場したのは当然でした」(p.130)

「現在の日本では、男はある程度の経済力がなければ、結婚する資格はないとされています。[……]男は夫として妻を養い、やがて生れる子供たちを養育する経済力を期待されているのです。その期待を果すことができなければ、男は結婚できません。経済的な事情によって、強いられた独身者となります」(p.130)
「失業や低賃金、その他の経済事情で、男性の中に強いられた独身者がふえてゆきます。男の人口が少い上に、男の独身者が存在すれば、女の結婚難はますます増加すると云わなければなりません。男のうちには、自ら選んで独身で通す人もあります」(pp.130-131)

「こうしてみると、"三十娘"が結婚できないということは、彼女たち自身の落度でもなく、欠陥でもなく、社会的な条件によって、結婚をはばまれているにすぎません。けれども長い間の習慣として、女は家庭に入り、妻となり母となるのが、天職であるとされているので、結婚できない女は、生理的にまた精神的に、不具者のように、世間も、また自分でも考えるようになっています。女は結婚しなければ、人生の幸福から取り残され、女のつとめを果すことができないとするならば、社会は一夫多妻を許さなければ、女にこの目的を果させることはできないではありませんか」(p.131)

結婚市場ははげしい競争。女は狭い結婚市場に殺到。
「女の人生は結婚と家庭にあると説いていながら、社会はすべての女に妻となる機会をあたえていません」(p.131)

未開の民族の間では母権制度がまだ存続しているから、男が女に媚び、愛を求める。
「ところが文明国になると、母権制度は完全に消滅して、男の支配する社会となります。この社会では女が、男に媚びて、男を誘惑し、結婚という枠に男を捕えようとします。こんなことになったのは、女の方が男よりも多数であること、夫をもつことによって女は生活を支えるということ、女は結婚以外に、性の要求を満足させる手段はないこと、こうした社会的必要によって、女のばかげた虚栄心がうまれたのです。どうしたら男に気に入るかと、女同士が競争していますが、もし、女性が男性にたよりかかり、従属することのない社会になれば、現在、女の特色とみられるこうした欠点はなくなるでありましょう。男性を獲得するための競争が、どんなに女をゆがめてきたか、身のすくむ思いがします」(p.131)

「女の結婚難をもたらす根本原因は、人口の不均衡と経済事情であることをのべましたが、女も男と同様に、経済的な理由で独身を強いられる場合もあります。"三十娘"といわれる人たちの中には、一家の生計をたすけるために働きつづけて、婚期を逸した場合がかなりあるでしょう。うちの娘に結婚されては生活が困るといって、結婚を延期させておきながら、"三十娘"となった彼女を、こんどは「一人前」ではないと、身内の者までが軽蔑の対象にします」(pp.131-132)

「多くの女性が、結婚できない状態におかれているのに、女は結婚し家庭があればそれだけで十分だとして、女の経済的な独立と職場での進出に反対することは、現実を無視しているわけです」(p.132)

「近代女性の生活は、一世紀前の女性とちがって、活動範囲がぐっと拡げられてきました。職業を身につけた女は、独立した生活ができるという強味をもっています。したがって、女の幸福は結婚にだけ限られるものではなくなりました。その生活は幅ができ、深みが加えられました。女の能力も、伸びてきました。愛する人に出逢わなければ、また、それでひとり住いの楽しさや気楽さもあります。結婚生活に伴う家事のわずらわしさや、うるさい人間関係から、解放される時点もあります」(p.132)

「では、実際問題として、"三十娘"はどうすればよいのか、彼女たちの結婚をはばんでいる根本の原因は、社会制度の欠陥にあるので、その害悪をとり去ることが、究極の目的になりますが、現在、この日本の社会で、どのようにしたら、女のひとり住まいを、楽しくゆたかにできるであろうか、を考えてみましょう」(p.132)
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「私は結婚期というものに捉われてはならないと思います。また現在の社会では、それをきめることは不可能でありましょう」(p.132)

「私たちの周囲を眺めるとき、魅力にとんだ三十娘がふえてきました。彼女たちは職業人として、しっかりした足場を社会に持ち、それと同時に、独身女を冷視する風習におし負かされず、有能な人間として自信にみちています。男性とともに仕事をし、男性とともに、話しあい、遊び、たすけ合う勇気をもっています」(p.133)

「男と女をわけへだてている社会の偏見を突き破ってゆくとき、結婚の可能性をますことができます。その過程を通してお互いに愛する人にめぐり逢えば、それは祝福されてよいことであります。また、めぐり逢わなければ、ひとり住いの特典を充分に生かす生活を送ることです。あらゆる自縛から解放されて、自分のおかれた境遇を、有利に導くことが、幸福な人生をくらす鍵でありましょう。その場合、大切なことは女が生活能力を、できるだけ身につけてゆくことです。日本の社会では、特定の少数の女性をのぞいて、一般には女の職場は限界があって、年を重ねるとともに職場で肩身の狭い思いをさせられます。"三十娘"は職場から閉め出される不安や人間性をうばわれた機械のような毎日に、ともすると絶望的になり勝ちです」(p.133)

「自分の職業に生き甲斐を見出している人ならば、仕事に真剣に打ちこむことによって、ひとり住いの欠乏感を補うこともできます。一つの仕事に魂を打ちこむことができれば、欠乏感を補うという消極的なものではなく、積極的なよろこびが、その仕事の中から限りなく湧き出てくるでしょう」(p.134)
「しかしながら、日本の今日の社会は、職業に生きるひとりの女が自分の精神的な、また肉体的なエネルギーを、力一杯に注いで、生き甲斐のある仕事をなかなかあたえてくれません。こうした社会条件のもとで、"三十娘"は動揺します」(p.134)

「強いられた独身は、彼女たちの至らなさでもなく、心得ちがいでもないことがわかれば、その次には、こんなことになった現代の社会組織を批判する段階に到達します」(p.134)

「"三十娘"は結婚という個人の愛情の問題が、社会の仕組みのからくりの中で、どんなに阻止されているか、身をもって知る立場におかれています」(p.134)

石垣 綾子


作成:村上 潔(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
UP:20050916 Rev: http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1950/5505ia.htm

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