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「(座談会)主婦よ新しい自覚を持とう――各世代の主婦の手記をめぐって」

石垣綾子,ドクトル・チエコ,平林たい子,和田夏十 1957/06 『婦人公論』42-6(482):98-105,中央公論新社


◆石垣綾子(評論家),ドクトル・チエコ(医師),平林たい子(作家),和田夏十(シナリオライター) 195706 「(座談会)主婦よ新しい自覚を持とう――各世代の主婦の手記をめぐって」,『婦人公論』42-6(482):98-105,中央公論新社


本誌に石垣綾子氏の『主婦第二職業論』が載って以来、いくたびか議論が重ねられたが、五十代から二十代まで、各世代の主婦の悩みがすべて論じつくされるものではない。ここでは、前掲の四つの手記をもとに、主婦と妻の別という新しい自覚をめぐってお話しいただいた。

▼あきらめきれない世代

▼時代の思想と女性の生き方

▼主婦と妻の違い
石垣 わたしは、主婦と妻は必要があれば離れていいと思うんですよ。わたしが主婦職業論を書いたときに、妻は職業じゃない、といわれたんですよ。でもそれは主婦と妻をゴッチャにしているんです。私は主婦は職業だと思っているけれども、妻は職業じゃないと思っているんですよ。もし妻が家庭にいる場合は主婦としてやるのはあたりまえだし、よき主婦になるのはあたりまえだけれども、その妻が仕事をもっていて、主婦の仕事ができないときは、その主婦業はある程度――全部とはいえないと思いますが、ほかの人に任せていいと思うんですよ。それが家のなかの家事を全部任せちゃうと、自分がナンかお客さんのような扱いを受けるという悩みも出てくるかもしれませんよ。(笑声)けれども、これは日本だけじゃないかもしれませんが、夫の考え方とか、周囲の考え方に、「主婦業をしていないと妻として権威がない」と見られるものがあるからじゃないかと思うんですよ。 (p.101)

平林 主婦ということはハウス・キーピングというようなものでしょうかね。 (p.101)

石垣 それは雇った人と妻の主婦業では、ニュアンスはいくらか違ってくると思うんです。しかし仕事をもっていたら、妻は主婦業をしなくともいいじゃないの。 (pp.101-102)

平林 だけどね、雇った人が子供をみてやることはなかなか…。衣食の必要を満すだけで、子供の人格を養成するということはできないわね。 (↓p.102)

石垣 それは父と母の二人の仕事になってくると思うの。いままではそれを奥さんだけに押しつけていたと思うんだけれども、どうでしょう。

ドクトル・チエコ そうですね。子供は二人のものですからね。

石垣 常に子供といっしょにいなければならないというものじゃないと思うんです。

平林 もっと離れていいと思うんですよ。

石垣 わたしは、どうしてくっつき過ぎているのか、と思っていろいろ考えるんだけれども、それは夫婦としての横の結びつきが薄いからなんですよ。

ドクトル・チエコ そうなんです。薄いんです。

石垣 まア男の人は家へ寝に帰るくらいのもので、便利な働き虫がいるぐらいに考えていて、夫婦の愛情はたとえあっても、押えつけておかなければならないということがあるから、みんな愛情は子供の上にかかってゆくんじゃないかしら。 (↑p.102)

▼子供ができたら仕事をやめるか

▼二十代と共稼ぎ
石垣 これからも共稼ぎは多くなると思うんですよ、ですけれどもわたしは働いている主婦が完全な主婦になろうと思うのは欲張りすぎていると思うのよ。お料理もできるし、部屋もいつもきれいにしてあるしというふうにはなかなかできませんよ。人生、二人分の仕事を一人がやるということはできないんだから、合理的に割り切って行ってもいいと思うんです。 (p.105)

石垣 綾子


作成:村上 潔(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
UP:20050929 Rev: http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1950/5706ia.htm

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