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京都教育センター編 『峠のむこうに春がある 蜷川虎三教育論集』 民衆社

京都教育センター編 19730609 『峠のむこうに春がある 蜷川虎三教育論集』 民衆社 

目次
はじめに
第1章 教育は住民のもの
T 道はただ一つ この道を
 1 教育の理念−正しい希望をもつ人間を
 2 憲法・教育基本法のもとに
 3 地方自治は住民のために
 4 なにが真の”革新”か
U 子どもたちのしあわせを期待できない中教審答申
V 国民こそ主人公−教育への権力支配を排した杉本判決
 1 教育は権力支配の道具ではない
 2 はっきりした”国民のための教育”
第2章 教育のしくみと住民の暮らし
T 憲法と京都の教育
 1 「京都の教育」への三つの悪口
 2 教育の基本は憲法・教育基本法
 3 蜷川府政の三つの柱
 4 これからの教育をめぐる三つの問題
U 勤評は教育をゆがめる
V 「学テ」は科学的ではない
 1 目的と対象が不明な「学テ」は意味がない
 2 「学テ」の強行自体がトラブルのもと
W 教育委員会制度は民主的に
X 民主教育をすすめる校長とは
 1 校長自身が勉強家であること
 2 働く者に停年はない
 3 管理職手当とは
第3章 すべての子どもに後期中等教育を−高校教育を中心として
T 高校教育にたずさわる先生方に
 1 いま困難になっている壁
 2 学ぶ力の養成と教える力の涵養を
U 高校三原則はすばらしい
 1 一五の春を泣かせるな
 2 総合制は三原則の柱
 3 間に合わせ教育は住民のためにならない
V 総合制のなかで職業教育を
 1 山頂への登り道はたくさんある
 2 実業科と普通科には差別がない
 3 教育は「労働力確保」のためでない
W 一五の春を泣かすまい
 1 せめて高校教育までは
 2 入れない悲劇をなくそう
X 生きることと結合した学習を
 1 考えることを身につけよう
 2 考える畑をたがやそう−口笛ふいて勉強を
 3 欠かせない四つの要素
第4章 主権者を育てる−大学・政治・ふるさとと教育
T 暴力学生はノラ犬だ!
 1 暴力学生の「主張」と行動
 2 憲法にしたがって暴力学生は鎮圧する
 3 大学の自治は固く守る−自ら組織・運営の民主化
 4 校内外に責任をもつ大学の自治
U 選挙は”政治教育”−暮らしのなかで考えよう
V ふるさとを守る公民館に望む−公民館活動はいま大切
W 民族教育の保障を
第5章 国民の教育権を守るために
T 障害児に光を
 1 できるだけ正確な実態調査を
 2 必要な社会的予防と個人的衛生の予防
 3 どの子にも生きる権利・教育をうける権利がある
 4 社会復帰への途の確保を
 5 「戦闘機」よりも国民の暮らしを
U 父母の教育費負担の軽減を−おしつけ寄付をやめていこう
V 子どもと社会
 1 社会を民主化し非行をなくそう
 2 子どもたちにしあわせを
 3 子どもに夢・青年に希望・おとなに平和な暮らしを
W 労働と教育
 1 定通教育について−教育運営・内容の改善・工夫を
 2 健康と知恵と腕と情熱を−たんなる技術者でなく人間を養成しよう
資料 京都府議会での教育に関する諸決議・意見書
あとがき




はじめに
第1章 教育は住民のもの
T 道はただ一つ この道を(昭和四八年一月一四日、「日教組第二二次・日高教第一九次教研全国集会」記念講演)
 1 教育の理念−正しい希望をもつ人間を
 2 憲法・教育基本法のもとに
 3 地方自治は住民のために
「そのような”暮らし”を守るのが、地方自治体であり、その運営が地方自治なんだと私は考えます。
 そうして、その場合、つぎの三つの問題があります。第一は”暮らし”それ自体です。
 第二は、”暮らしの周辺”ということ。人間は、社会的動物ですから、いろいろの人間的な関係(文化、芸術、教育、経済、政治)ってものをもって暮らしてる。人間関係と自然との関係があるんです。
 第三は、”暮らしの基盤”の問題です。これは、人間がみずから出すエネルギーと、自然がだすエネルギーとをカクテルにして、人間は生きている、暮らしているってことです。このカクテルは世間では”産業”ともよばれていますが、この自然のエネルギーってものを、人間社会のために、私たちの暮らしの中に、生きがいのために、本当の意味でひき出せるかどうかが問題なんです。
 以上の三つの問題を総合しながら、なお、その一つひとつを掘りさげていくことが、”暮らしの研究”だと、わたしは、考えます。」(38−39頁)

 4 なにが真の”革新”か
U 子どもたちのしあわせを期待できない中教審答申

V 国民こそ主人公−教育への権力支配を排した杉本判決
 1 教育は権力支配の道具ではない
 2 はっきりした”国民のための教育”

第2章 教育のしくみと住民の暮らし
T 憲法と京都の教育(昭和四五年六月一三日「第二〇次京都教育研究六月集会・子どもを守る運動交流集会」記念講演)
 1 「京都の教育」への三つの悪口
 2 教育の基本は憲法・教育基本法
「第二に申しあげたいことの一つは、わたくしは知事ってのは教育においては裏方だと思うんです。主役は先生がたや、あるいは、教育委員会や、お子さんたちであって、それは舞台で演技してるんです。われわれは裏方で、舞台の上で、奈落でロクロを回してるほうなんですね。「学校教育法」ばかりでなく「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」ってのがあります。これは教育委員会の職務権限を第二三条で規定してるわけなんです。地方教育行政のこの第二三条にですね、ずらっと書いてあります。それから、第二四条で、自治体の長の職務権限が書いてある。結局、自治体の長、市町村長も府県知事も、教育委員会に対しては裏方である。したがって、教育委員会とよく相談して裏方の務めをするのであって、今申しあげた京都の教育の方針や、やりかたってものについては、教育委員会が合議するということになっているわけなんです。」(61−62頁)

「京都の教育ってものをどこに方針を置いているかといえば、わたくしどもはどこまでも憲法を基礎にして、教育基本法の精神と条項によって教育をしている。だから、それにはずれることがあるならば、太鼓をたたいて攻めよせてくれといっているのです。教育基本法の前文はご存じのとおりです。「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して・・・」と。忘れないでくれって政府にいってるんですけども、カンボジアなんぞに手をだすのは世界の平和を守ることじゃないんです。」(67頁)

 3 蜷川府政の三つの柱
 4 これからの教育をめぐる三つの問題

U 勤評は教育をゆがめる(昭和三三年二月二二日「府議会答弁」から)
「一つは勤務評定、勤務評定といって話し合っているが、いったい勤務評定というのは何だということはだれも決めていない。ただ、先生の勤務状態を調べる云々だくらいにしか考えていない。それでいいの悪いのといっているのでありますが、少なくも勤務評定というものは教員の勤務成績を調査し、この調査に基いて教員の勤務成績を評価するというのが勤務評定なんです。したがいましてそうした概念規定からくれば、とうぜんに調査方法と評価方法が具体的に規定されない限り勤務評定の資格はないというのがわたしの意見なんです。」(77頁)

V 「学テ」は科学的ではない
 1 目的と対象が不明な「学テ」は意味がない
 2 「学テ」の強行自体がトラブルのもと

W 教育委員会制度は民主的に

X 民主教育をすすめる校長とは
 1 校長自身が勉強家であること
 2 働く者に停年はない
 3 管理職手当とは

第3章 すべての子どもに後期中等教育を−高校教育を中心として
T 高校教育にたずさわる先生方に(昭和四四年八月七日「高校教育に関する講演会」から)
 1 いま困難になっている壁

 2 学ぶ力の養成と教える力の涵養を
「ところが、日本で教育というと、なにか、どこの学校を出たというようなこと、あれはどこの大学をでたということがすぐ問題になる。わたくしは教師をしている間、学生たちが大学の門をでていくときに、いつもいいました。世間では就職すれば、君どこの学校をでた、と他の同僚や先輩が聞くだろう。そしたら、でた小学校の名前をいえ、と。それはみんなでているから。あとは、社会や、親や、自分の努力で、自分が好きで学んできただけで、自分のでた学校なんぞはなんにもいうことはない。自分の出た学校は、第二の故郷にはちがいないけれど、何も人にふりまく必要はない。こういうことを固くいいつけて別れたものです。そういうような立場からいうと、われわれはまず自分の人生というものをだいじにしなくてはならない。生きがいのある人生に。つまらないことにかかわりあって、そして命をなくするということも人生をだいじにするゆえんではない。自分の人生をだいじにするということは、同時にまた人の人生も尊重するということである。そこに民主主義は生まれる。そこに、いい社会ができてくる。そういう自分の人生をたいせつにするということが、教育の基本でなければならない。ものを知るということは、その人生をたいせつにすることによって、そして三つの問題をすこしでも解きほどいていくことに、教育の意義があるというふうに私は考えます。」(104頁)

U 高校三原則はすばらしい
 1 一五の春を泣かせるな(昭和三八年一二月一六日「府議会答弁」から)
「高校の問題ですが、これはできるだけ収容を多くする。わたしどもの目標は一五の春に泣かせるなというのが目標なんです。といいますのは、最近これがたんなるスローガンではなしに、中学校自体にそれが現れてきています。すわなち一四、五の子どもたちが前途にいろいろの問題をもって、ひじょうに悪の道に走るものもあるし、投げやりになるものもあるし、またこの間大阪でございましたように、六人の少年が働こうというような、変な出世主義で、大学へ行ってもつまらないというようなことが出てきた。これはわれわれ大人としてひじょうに考えるべきことなんで、ですから、一五のときに試験勉強なんぞさせないで、やっぱり一七、八まで延ばさしたい。ですから高等学校まではすなおに行けて、それからまた相当考える力ができてきたときに、自分は大学へ行こうか、商売しようか、あるいは農業をやろうかというふうに考えるところに、本当に教育の目標があるのではないか。わたしはそういう考えで急増対策に臨んできたわけです。」(106−107頁)

 2 総合制は三原則の柱
 3 間に合わせ教育は住民のためにならない

V 総合制のなかで職業教育を(昭和四五年一二月一九日「府議会答弁」から)
 1 山頂への登り道はたくさんある
 2 実業科と普通科には差別がない
 3 教育は「労働力確保」のためでない
「時代にそぐわなくなったということは、人間を教育するのではなく、労働力を涵養するというふうに、世間が変わってきたというところに、一つの問題がある。そして社会の非行少年も、そこからでてきているということを、わたしは申しあげる。」(119頁)

W 一五の春を泣かすまい
 1 せめて高校教育までは
 2 入れない悲劇をなくそう

X 生きることと結合した学習を
 1 考えることを身につけよう
 2 考える畑をたがやそう−口笛ふいて勉強を
 3 欠かせない四つの要素

第4章 主権者を育てる−大学・政治・ふるさとと教育
T 暴力学生はノラ犬だ!
 1 暴力学生の「主張」と行動
 2 憲法にしたがって暴力学生は鎮圧する
 3 大学の自治は固く守る−自ら組織・運営の民主化
 4 校内外に責任をもつ大学の自治

U 選挙は”政治教育”−暮らしのなかで考えよう

V ふるさとを守る公民館に望む−公民館活動はいま大切

W 民族教育の保障を

第5章 国民の教育権を守るために
T 障害児に光を(昭和四三年一二月一六日「府議会答弁」から)
 1 できるだけ正確な実態調査を
「憲法二五条の第二項は、いま吉村議員のご指摘になったような点は、社会福祉やあるいは公衆衛生、そうしたものについて、国はその向上をはかる、また前進するように努力しなければならないということを二五条の第二項が規定しているのでありまして、国民が主権者であるかぎり、国民がそういう意図をもって政府に働きかけてやっていくべき、自治体も、いま吉村議員のご指摘のような点について、その立ち遅れについて反省しなければならないと思っております。」(163頁)

 2 必要な社会的予防と個人的衛生の予防

 3 どの子にも生きる権利・教育をうける権利がある
「予防について第二の問題は、精薄の子どもさんたち。本当にかわいそうだと思うのです。しかしひじょうに朗らかで、無邪気で、われわれ桃山学園で会った子どもなんぞ見てますと、何とかしてやらなければならない。そこで児童には、吉村議員のご指摘のように、学齢前の子どもだと、はやいほど、はやくいろいろのことを訓練したほうが、かりに精薄そのものは改善されないにしても、それによって一個の人間としてその力を発揮することができるわけです。
 必ず何かもっているのですから、そのもっているものを引きだしてやるというのが教育なので、よく擁護学校の教育で、重度の子どもは入れないとか、入れるとかいうようなこともありますし、いろいろありますけれども、重度であろうとなかろうと、その子どもには人間として生きる権利があるし、教育を受ける権利がある。その教育というのは、ふつうの子どもの教育とはちがうのです。その子どものもっているものを引きだしてやるというやり方ですね。それから、ほかに身体の障害の起らないように防いでやる。」(166−167頁)

 4 社会復帰への途の確保を
 5 「戦闘機」よりも国民の暮らしを

U 父母の教育費負担の軽減を−おしつけ寄付をやめていこう

V 子どもと社会
 1 社会を民主化し非行をなくそう
 2 子どもたちにしあわせを
 3 子どもに夢・青年に希望・おとなに平和な暮らしを

W 労働と教育
 1 定通教育について−教育運営・内容の改善・工夫を
 2 健康と知恵と腕と情熱を−たんなる技術者でなく人間を養成しよう

資料 京都府議会での教育に関する諸決議・意見書

あとがき


製作:山本崇記(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
UP:20050321 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1970/7306kc.htm

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