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『においの歴史――嗅覚と社会的想像力』

アラン・コルバン 1982=1988→1990 藤原書店,390p.


Corbin, Alain 1982 Le miasme et la jonquille: L'odorat et l'imaginaire social 18e-19e siecles, Aubier Montaigne
=1988 山田登世子・鹿島茂訳,『においの歴史――嗅覚と社会的想像力』,新評論
→19901225 新版,藤原書店 390p. 4900+税 ISBN:4938661160 [boople][amazon][bk1]

cf. http://www.fujiwara-shoten.co.jp/book/book016.htm
  http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9910028719

【目次】

日本語版によせて
新版へのはしがき

序――ジャン=ノエル・アレと悪臭追放の闘争史

I 知覚革命、あるいは怪しい臭い
 第1章 空気と腐敗の脅威
 第2章 嗅覚的警戒心の主要な対象
 第3章 社会的発散物
 第4章 耐えがたさの再定義
 第5章 嗅覚的快楽の新たな計略

II 公共空間の浄化
 第1章 悪臭追放の諸戦略
 第2章 さまざまな臭いと社会秩序の生理学
 第3章 政治と公害

III におい、象徴、社会的表象
 第1章 貧民の悪臭
 第2章 「家にこもるにおい」
 第3章 私生活[アンテイミテ]の香り
 第4章 陶酔と香水壜
 第5章 「汗くさい笑い」
 終章  「パリの悪臭」

むすび

訳者あとがき
原注



■II 公共空間の浄化

臭いに対する認識と取り組みの変遷を、重層的に記述
2種類の臭い−有機物系と化学物質系−とで考え方が異なる:病気蔓延防止と産業推進
=取り組む側についての記述なので? 
臭い=糞尿、屠体解体場、工場

第1章 悪臭追放の諸戦略
○舗装、排水、換気
拙論の目的:18世紀末の公衆衛生学言説の検討
   公衆衛生学的政策は古代的慣習を取り込んだ
   化学の進歩が近代性を保証
1740-1750を境に公衆衛生行政は医学者の指導のもとに活動開始
   「個人的利害には無関係な」「透明な知」の権威のもとで

悪臭除去:人が空気を吸う空間を大地の発散物から隔離
考えられた手段:乾燥、水没、舗装、歩道、塗装
 舗装のジレンマ:悪臭が立ちのぼるのをふせぐ⇔汚水の停滞を助長
 建物の壁、天井を漆喰で固める、塗装する、ペンキを塗る=瘴気に対して装甲すること
 →悪臭の貯蔵所を密封
産業の悪臭公害に対しても同じ戦略=密封工程の製造法実用化=都市中心部での化学物質の製造根拠を提供
→将来の統制手段の基軸のひとつになる

ハーベイの発見以来 血液循環モデル=空気、水、物質にも適用=排水路の建設と、「城壁の取り壊し」
 都市に隣接する瘴気性の沼地の干拓が日程にのぼる
改革者たち:「塵芥の悪臭と社会的な悪臭を同時に排除する計画」(124)
   道路清掃に乞食、困窮者、不具者、徒刑囚をあてる
糞尿の汲み取り方法の改革=下水溝やセーヌ川に流すのを禁じる、通ったあとを清掃、清潔に
 糞尿溜めの消毒が懸賞論文(1777年)
ひどい悪臭に対する戦いは、大した効果をあげず、悪臭はいっそう悪化
 理由:馬車の増加、突起雨どいの禁止、道路清掃をしなくなるショーウインドーの普及
これ以降「換気」=空気の流れが公衆衛生戦略の基軸
空気の流れ=地表近くに溜まった空気の層を一掃、「瘴気の無秩序な循環」を抑制
→悪臭除去の動き=「空気流のコントロール」(126)
無臭状態と行動の監視の関係=重要
「換気を行うさいに、人間のからだの新しい空間性というものが考慮にいれられるようになったとき、また換気によって他人の体臭から身を守ることが可能になったとき、ナルシズムの飛躍の基礎となるような、人間とその体臭とのあの恒常的な対峙が成立しうる」(126-7) ← われわれが検討すべき歴史

換気装置:扇子、ふいご、風車、馬車、大砲、滝、噴水
   大砲=砲火が汚れた空気を清め、脱臭化、滝=最も強力なふいご
伝染病予防:都市の外部の風通しのよい場所に設けられた「掘っ立て小屋」「あばら家」「バラック」

気体論の理論が啓蒙主義の建築に影響:
 丸天井、丸屋根=瘴気を吸い取る機械、拱廊=建物の下部の換気を可能、瘴気の逆流を断ち切る
 塔、螺旋階段の廃絶=気体論的強迫観念の強まり
  2階以上に住むようになった(ジャン=クロード・ベロー)

都市計画にも影響:
 悪臭源となる職業、墓地、病院、屠殺場:都市の外へ放逐
 工場は郊外に建築
 噴水を配した広場

1783年4月10日の王令:悪い空気に対する戦いを開始=通りの広さと建物の高さ

○密集回避、消毒
「自然の均衡に対する絶え間ない挑戦である人間の密集は、調節的規範の制定権を持つ公衆衛生行政を生み出す。」(134)
肉体的相互の空間性=吐息を規準 → 感覚的不寛容 → 各人の間に必要な距離を決定
肉体間に距離=軍隊、ベッド、墓、病院
 死体の分散埋葬=墓地の悪臭減少を目論む 当初言説次元、大革命の前に現実化

18世紀末 反汚染素の探求=化学的消毒剤/除臭剤の開発の開発
  火のもつ消毒力:伝染病のあと街から追い出された病人の隠れ家を焼き払う習慣/焚き火
  石灰水=糞尿の脱臭
  薫蒸
「悪臭は、その当時まで、瘴気が物質化したものと思われ、病原となる脅威と同一視されていた。」(139)
「もはや、問題なのは、胸のむかつくような悪臭を覆い隠すことではなく、それを破壊すること」(140)
ラヴォワジェ[*1]の発見からヒントを得たギトンの理論:瘴気を含む腐敗性物質の燃焼を促進する酸化剤の推奨

○新たな戦略と実験室
公衆衛生学者の関心:人の密集する場所に集中 人体と空間の除臭化
 → 半世紀後、農家と労働者用住宅に転用
私的空間を除臭化する実験室=兵士のテント、軍艦、病院、監獄
 身体衛生の規範=軍隊 規律はあったがさほど守られていなかった
 病院:建物自体の構造、病人の脱臭=病院が規律の多い場所へ
  個人的衛生観念を身につけるための学習の場所となった > 私的空間にはまだ
 刑務所:人間の移動は制限し、空気の流れを確保
  更生的価値:労働に加えて、身体的清潔であること
  「生理整頓・清潔」の要請、掃除・洗濯の学習=教化的狙いと本能の必然的抑制
  「体を洗う術を心得ていると犯罪者は更生が早くなる。」(145)
「健康的で脱臭化された家畜小屋、元気で清潔で秩序づけられた家畜といった要素は、集団的な健康を確保すると同時に各自の行動を規制しようとする点で、病院や監獄と同じ意図に貫かれているのである。」(147)

[*1] ラヴォワジェ(1743−1794):フランス科学の最盛期に活躍し、化学革命を成就した化学者。燃焼理論の提唱、呼吸も燃焼であることを明らかにした。ルイ16世支配時の1791年に国家財政委員に就任し、フランスの金融・徴税システムを改革しようとした。フランス革命で処刑。

第2章 さまざまな臭いと社会秩序の生理学
○臭覚論の短い黄金時代とラヴォワジェ革命の結果
臭気を定義・分類する試みの増加 → 主観的であり、科学的用語の網の中に補足は困難 判明
 1821年クロケ 臭覚論を集成 20世紀の半ばまでの基本論文

ラヴォワジェ革命の結果 感覚的印象後退、物理−化学的分析が前面に
 瘴気把握の試み:汚物のリストを検討、ガス分析
 空気の分析:開放空間は困難、関心は閉鎖空間へ 空間の健康度の規準作り
 とはいえ、科学的にも瘴気の存在の確信は強かった
 汚染空気の分析・その浄化度の測定の論文:技術的困難があり「感覚的体験にすがらざるを得なくなった」(152)

○功利主義と公共空間の臭い
19世紀の半ばまで 汚物の脅威は嗅覚的不安を導いた
1826年 ターニングポイント パリに汚物が充満する危険が現実化

既存の「都市の血管」では汚物を押し流せない
腐敗物質や糞尿に対する不安の激化ではなく、この感情が功利主義と衝突or結合したこと
→瘴気に対する恐怖が損失の強迫観念と二重写し/排泄物を再利用する欲望が嗅覚的警戒心を刺激

これ以降糞便についての言説:利益という言葉
「功利主義と節約の必要性が、衛生への気づかいを一層強いものにする。この三つの要素が相まって悪臭追放を促進させる。」(154−5)

「損失の強迫観念、排泄作用にかんする社会生理学の健全な歩みを確実なものにしようという意志、人間と財産を記録しその流れを確保しようという配慮、こういったものが一つの総体を形づくっている。」(155)

これ以降排泄物を回収して、価値あるものに変え、再利用する方向に
生活困窮者、「老人」に汚物を回収させる 排泄物もまた社会福祉の一部に組みこみ
人糞の肥料としての使用:1760−80年に一旦落ち込むが、再度上昇 功利主義の上昇のため

功利主義の正反対の効果:完全下水放流方式採用にブレーキ

王政復古下:人糞は化学工業の一次原料に昇進
→ アンモニアの製造 衛生上の要請と功利性の要請が結びつく
1825年 屠体解体処理に新しい時代=死骸から石鹸、溶解液の製造工場
 脱臭化、廃棄物から塩化アンモニア、乾燥剤の製造 → 死体の残骸も回収 → 町も清潔に
「利潤の追求は非衛生に対する強迫観念よりはるかに確実に公共空間の脱臭化を導いた。」(160)
「悪臭が消滅することによって瘴気は悪魔ばらいされたように突然生みだされなくなる。屠体解体作業が示したモデルはこれ以後人びとを魅了する。」(161)

人間の死体の利用可能性=まだタブー

○塩化物の革命と気流の制御
科学的脱臭法の普及
ラバラク:さらし粉(塩化カルシウム)による腐敗の進行停止の発明

空間の脱臭化
空気の流れの制御→開放していた部屋を閉め、空気の流れを誘導=新しい換気法の登場
脱臭化の実験:独房、教室、工場、養蚕所、金銀精練所、タバコ工場
→ 悪臭工場はその後も都市の真ん中に居座って操業を続けることができるようになった

換気産業の発達 悪臭の根強い抵抗で、長く繁盛
換気設備が整ったイギリスに比べて、フランスは遅れていた
建築に換気の理論家の意見は聞き入れられることはなかった

第3章 政治と公害
○コードの成立と嗅覚の優位
形を整えつつあった統制主義
墓地、くさい民衆の多く集まる場所を非難
 →公衆衛生学の進むべき道=不安モデル、警戒モデル、干渉モデル
産業公害に対する決定は首尾一貫
公衆衛生学の標的=空間と社会の総体
  1790、1791年 産業技術と衛生状態についての法律→効果は極めて限定
  1802年 セーヌ県衛生委員会創設 永続的諮問・統制機関
  1804年 学士院 非衛生的で危険な施設の段階評価表提出 行政の指針 [分類]
  1806年 行政命令:警視と「専門家」が現場を視察、適否を判定
  1809年 ソーダ製造工場の苦情 → 学士院の協力要請
20年ほど前から、工場の発展が都市住民の苦情を招く=屠殺場、腸処理場、獣脂溶解場は警戒の対象
悪臭を放つ他の施設が特別の位置:プルシャン・ブルー、強力接着剤、乾燥人糞の製造工場
学者の態度:酸性蒸気の毒性を告発する口調は、腐敗性瘴気の有害さを取り上げたときほどではない
世論:濃硫酸、酢酸鉛、塩化アンモニウムなどや、ソーダ工場に対しては厳しかった
皇帝:非寛容な態度
 → 1810年 化学分科会は分類の見直しを進言
結果だされた勅令、王令の哲学:
「規制は産業主義的な発想からきていた。工場経営者を近隣の妬みと悪意から守り、安寧を保証し、そうすることによって、その企業の発展を可能にすること、これが主要な関心」(172)
かつてと同じ:近所に迷惑な職業(蹄鉄屋、金物屋、鋳物屋、機織り)に慣れるように世論を誘導した
18世紀末の化学者の警告的調子は後退
しばらく、楽観論が支配
産業の無秩序な発展に対する唯一のブレーキ=地主、家主
 迷惑をはかる規準=工場近くの不動産の価格の下落
工場経営者と地主・家主の仲裁/工員や近隣住民の健康は考慮なし
1832年 新しい規制法 工場や作業場の無秩序な増加に歯止め、公害と近所迷惑を防止する制御が確立

○寛容の訓練
新しい規制法を監視:衛生委員会=技師、化学者、医者
 使命:悪臭による不安の解消、工場近隣住民の平安な生活を保証
    必要悪は甘受、公害への寛容が生まれるよう運動
    監視官というより、調停者

産業的臭気の除去は進まなかった
 ⇔立法府が嗅覚に与えた重要さとは相矛盾
専門家:近くで吸い込む工員以外危険ではない
   化学的蒸気を発するという理由だけで工場の閉鎖は思いつかない
労働者は環境に順応
衛生委員会が都市住民に工場を受け入れさせた手順:
新しい技術革新による近隣住民の苦情 → 諦め → 新たな近隣関係を黙認
 石炭の例)18世紀末見捨てられた → 社会に根をおろす → 蒸気機関も容認されねばならない
      酸の蒸留、照明用ガスの生産と燃焼も同様

7月王政初期の数年:1832年のコレラの流行 民衆的私的空間の消毒開始=衛生的統制主義活発化

変化:視角の要求
   新たな集団的、民衆的感受性が輪郭
   呼吸現象が人びとの精神状態に対する支配力を強める
軌を一にしていること:
 石油使用、ウイルキンソン式溶鉱炉の普及、ガス照明の採用
パリで増えた苦情:
 石炭の利用、蒸気機関の稼動、タール、ゴムを造る工場の開業
 煙=臭いではなく、光線を通さない、肺に害、建物の正面を汚す、大気を曇らす=日照に対する気づかい

行政当局と専門家:高い煙突=石油の燃焼、タバコの葉脈の焼却、砂糖の精錬に対応

人びとの不安の質の変化:
1846年 嗅覚的話題の減少、煙に対する関心の高まり
第二帝政の政策:感受性の変化を表す
セーヌ知事オスマンの都市計画(1853):
 中心部の薄暗さを取り除く
 公共空間の管理に、嗅覚的関心の役割は重要さを失い始めていた
 悪臭がパリの内部で社会学的に再分配
「教育によって感覚的許容度の敷居が平準化されない限り、浄化への欲求は当然ながら、選別的なものとならざるをえない。」(179) [?]
指摘するまでもないこと:ブルジョアジーの発展のための空間を消毒=不動産的価値を高める

【担当:横田】



■III におい、象徴、社会的表象

○カバニスと親和力の感覚
化学の諸発見によって、感覚としての嗅覚に新しい意味
動物性の香りが廃れ、植物性の香りがもてはやされる:医学と同様人類学も正当な根拠
ほのかな香りの分るブルジョア
十九世紀の特徴=階層分化が細分化・複雑化し、社会的生活習慣が洗練される過程
嗅覚もそのプロセスの一環を担う

第1章 貧民の悪臭
○貧困の分泌物
臭覚史上の[関心の]変化:生命的なもの(土、水、屍体、動物の屍骸)から
             社会的なもの(貧乏人とそのあばら屋)へ
この変化は、ブルジョアに表象体系と行動規範をつくる動きが起こってきたことと、関係
個人の体から発する臭い=自我の深いアイデンティティ
→臭気を放つ民衆には、人格が育ちにくい証拠
社会的意味:
悪臭を発しない→悪臭の民衆から自己を区別→民衆の扱われ方を肯定
[悪臭を嫌う=差別を正当化]

18世紀に考えられた悪臭を放つ人:気候、食物、職業、体質であり、貧乏人はほとんどない
ある種の人々は動物的な体臭=プロレタリア像のさきがけ、売春婦、ユダヤ人、屑屋
「呪縛と排斥のあいだを揺れうごくたえまない往復運動が、嗅覚に関する言説のリズムをつくりなおしており、衛生学者や社会調査にたずさわる人びとの姿勢を規定」(194)
水夫:悪臭がするが、鼻は鈍感

コレラの流行[1832年]後、摘発されるのは民衆全体の悪臭
ステレオタイプの通念:プロレタリアは嫌な臭いがする

十九世紀前半:パイプ、葉巻、紙タバコの登場
タバコははじめ嫌われたが、やがて勝利
タバコの普及と軌を一にして、勤労階級は悪臭を発散するという見方が固まる[199]

民衆の臭いに対する嫌悪
「嗅覚の許容度は、社会的帰属を明らかにする」[200]
悪臭嫌悪はブルジョアから庶民階層にも拡大
労働者のなかのはずれ者が、新しい感性に目覚めていく

○小屋とあばら屋
コレラの流行のあとの新しい強迫観念=汚水溜めから「屋内のよどむ空気」に
[民衆の住む住居の実況]
「悪臭は、瘴気のありかを明らかにするというより、むしろ窒息の脅威」[203]
これは重要な心理の変化
医師、衛生学者:換気の必要性を訴え

採光への関心、視覚への転換が始まっていた

農村に対する見方:
 牧歌的:ルソーや弟子たちの描く芳香を放つ田園 →
 不衛生な農民:バルザック、医学論文、調査書
新しい知覚のあり方、新しい不寛容=エリートのなかに起こった感覚の変容と、その起こした言説の波が、衛生革命を命じ、近代への道を開く[297]
公共空間の悪臭を排除し、都市は腐敗するもののない場
田園は貧困と腐臭を放つ排泄物の象徴に

十九世紀後半:
都市では特定の労働者が嫌悪の対象→ルンペン、浮浪者→囚人の臭い

○貧乏人の垢おとし
七月王政時代:臭いにまつわる道徳的意味あいが著しい
衛生学は「精神的な悪徳にたいする」特効薬
入浴は限られた職業だけ
重要なことは清潔であること=脂じみていない、臭くない服を着ていること
都市の共用便所の半プライベート化=排便の規律の確立=悪臭の根絶
「共同的なもの」→「私的なもの」

1832年のコレラ流行で、街区委員会組織=民衆の住まいを視察する動き
イギリスの例:1848年、衛生本部設立、それ以前から民衆の住まいは「衛生取り締まり重点地区」
フランス:1850年、非衛生な住居の取り締まる法律を発布:ほとんど施行されなかった

【担当:横田】


作成:川端美季横田陽子・松本尚美(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
UP:20051108 REV:20060215 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1980/8200ca.htm

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