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宮沢賢治
―存在の祭りの中へ―
見田 宗介 1984
岩波書店



見田 宗介 1984 『宮沢賢治──存在の祭りの中へ』(20世紀思想家文庫),岩波書店.→20010615 岩波現代文庫,岩波書店.

   
目次

序章 銀河と鉄道

1 りんごの中を走る汽車――反転について
2 標本と模型――時空について
3 銀河の鉄道――媒体について
4 『銀河鉄道の夜』の構造――宮沢賢治の4つの象限

第1章 自我という罪

1 黒い男と黒い雲――自我はひとつの現象である
2 目の赤い鷺――自我はひとつの関係である
3 家の業――自我はひとつの矛盾である
4 修羅――明晰な倫理

第2章 焼身幻想

1 ZYPRESSEN つきぬけるもの――世界にたいして垂直にたつ
2 よだかの星とさそりの火――存在のカタルシス
3 マジェラン星雲――さそりの火はなにを照らすか
4 梢の鳴る場所――自己犠牲の彼方

第3章 存在の祭りの中へ

1 修羅と春――存在という新鮮な奇蹟
2 向こうの祭り――自我の口笛
3 〈にんげんのこわれるとき〉――ナワールとトワール
4 銀河という自己――いちめんの生

第4章 舞い降りる翼

1 法華経・国柱会・農学校・地人協会――詩のかなたの詩へ
2 百万疋のねずみたち――生活の鑢/生活の罠
3 10月3日の手帳――装備目録
4 マグノリアの谷――現在が永遠である



補章 風景が離陸するとき――シャイアンの宮沢賢治

年譜
あとがき
同時代ライブラリー版によせて
現代文庫版あとがき

銀河と鉄道

●りんごの中を走る汽車――反転について

わたしたちが外部に見ているものの内部に存在している.
内部にありながら同時に外部にあるという二重化された眼の位置.
(e.g. 銀河)

 ⇒空間の性質・時間の性質・対象的「世界」の性質・主体的「自己」の性質

●標本と模型――時空について

〈標本〉:存在しないものの存在のあかし →現在(nunc)の中に永遠をよびこむ様式.

cf
ミンコフスキー空間:過去とは上下・左右・前後とならぶ第4の〈方角〉.
三世実有:過去・未来・現在ともに世界内部に存在する.

 ⇒存在し続ける過去 (*〈感官の遥かな果て〉に)

〈模型〉:この場所(hic)の中に無限をつつみこむ様式.(e.g. 銀河の模型=手の中の宇宙)

cf
インドラの網

 ⇒空間のかたち(それぞれの場所がすべての世界を相互に包摂・映発しあう)
  時間のかたち(それぞれの時がすべての過去と未来をその内に含む)
  主体のかたち(それぞれの私がすべての他者たちを相互に包摂・映発しあう)

●銀河の鉄道――媒体について

異世界に向かう交通の手段

鉄道=想像力の解放 →近代化の幻想装置(〈東京〉の閉空間) →現実の執着駅の喪失
 →彼方への旅(〈宇宙〉の閉空間)=想像力の解放の解放

●『銀河鉄道の夜』の構造――宮沢賢治の4つの象限

『銀河鉄道の夜』

〈祭りの外〉:銀河と鉄道の〈模型〉,後ろ姿のカンパネルラ,祭りの外
   ↓
〈祭りの軸〉:〈本統の生〉の生の模型,幻想のカンパネルラ,祭りの上
   ↓
〈祭りの中〉:その後の生涯の範例,死んだカンパネルラ,祭りのあと

転回:否定性 →肯定性,〈世界〉の外にあること →〈世界〉の内にあること

存在否定
幻想形態 II:〈焼身幻想〉 I:〈自我の羞恥〉 現実形態
III:〈存在の祭り〉 IV:〈地上の実践〉
存在肯定

4つの原主題

 I:〈自我の羞恥〉
 II:〈焼身幻想〉
 III:〈存在の祭り〉
 IV:〈地上の実践〉

自我という罪

●黒い男と黒い雲――自我はひとつの現象である

主体の問題:「主体」の存在の危うさ.

宮沢賢治の2つのオブセッション:
(1)〈雨のオブセッション〉:身体をとおして主体を解体する(e.g. 死)力としての自然の表象.
(2)〈黒い男のオブセッション〉:〈私〉を対象化する他者のまなざしの表象.

物と他者:〈現象としての自我〉を支えるもの+解体しつくすもの →自我の限界

●目の赤い鷺――自我はひとつの関係である

直接な関係性の〈外からの声〉=直接な関係性を批判する客観性=倫理性
→自我の内部に存立せしめる.

自我はひとつの複合体:あらゆる透明な声やまなざしの複合体.(cf 標本と模型「インドラの網」)

〈彼方からの声〉=〈わたし〉や〈われわれ〉の主観の外からやってくる存在の暗闇
→世界の不安の客観性=〈業〉

●家の業――自我はひとつの矛盾である

自我:ひとつの複合体 ⇒自我の内部の他者が相克する→矛盾として存立.

主観の如何にかかわらず,関係の客観性.→羞恥の自意識,矛盾

〈外からの声〉の内化をとおしての自己超出.

親密に生きる世界を外部から批判する声を聞くこともなく,遠くからまなざすものの目を感受することもできない.
(e.g. 文明世界の生活水準が第三世界の間接的な殺戮の上に存立.)

●修羅――明晰な倫理

〈恩愛の両義性〉:
無垢の恩愛であると同時に,そのようなものとしていっそうの抑圧.
(恩愛の絆をもって人・他者を拘束. eg. 家族)

⇒抑圧として行動=〈忘恩〉の徒,恩愛として行動=〈諂曲(こびへつらうこと)〉の徒

宮沢賢治にとっての〈修羅〉=矛盾の存在,苦悩する存在,原的に罪の存在
(∵生が罪業に前払いされてあるという構造)

〈明晰な倫理〉:自己自身の存在の罪にたいする仮借なき認識.

〈わたくしという現象〉=ひとつの関係,ひとつの矛盾,ひとつの〈痛み〉

焼身幻想

●ZYPRESSEN つきぬけるもの――世界にたいして垂直に立つ

〈諂曲模様〉⇔ZYPRESSEN(糸杉)

〈諂曲模様〉:修羅のあり方

⇒ZYPRESSEN:修羅のあり方の否定・浄化・昇華
 →〈あたらしくまっすぐに起つ〉ものの表象,まっすぐにつきぬけてゆくあり方の具象化.

●よだかの星とさそりの火――存在のカタルシス

〈存在の罪〉に対応する〈焼身〉・焼却・消滅=宮沢賢治の作品世界の中の死

宮沢賢治の〈焼身〉の観念:再生を前提,あたらしい存在のしかたへ

→存在のカタルシス

「〈明晰な倫理〉→ニヒリズム」 ⇒「〈明晰な倫理〉→存在の転回」

●マジェラン星雲――さそりの火はなにを照らすか

〈プレオシスの鎖〉:つながっているもの,拘束するもの,解き難いもの

→食物連鎖,生活依存の連鎖

〈食物連鎖〉という事実=生命界の〈殺し合い〉という位相・見え方
  ⇔「わたし」の生命を絶対化する立場からはなれることができれば,生命たちの〈生かし合い〉の連鎖.

生活の相互依存の連鎖=相互収奪の連鎖
  ⇔エゴイズムの絶対化をはなれることができれば,人間たち相互の生の〈支え合い〉の連鎖.

→生命連鎖の世界の全景の意味の転回.

●梢の鳴る場所――自己犠牲の彼方

〈自己犠牲〉のモラルをとりかこむ闇=〈倫理の相対性〉
(∵自己犠牲が正しいことであったと保証するものはどこにもない.「けれどもほんたうのさいはいは一体何だらう.」)

〈自己犠牲〉=効用と自己抑圧の図式を前提.
(自己があり,他者があり,それぞれ欲望の相克があり,そのうえで自己の欲望を禁圧し,他者の幸福のために役立てる)

〈焼身〉=効用と自己抑圧の図式を身にまとっていない →〈自己〉を灼きつくすことへの端的な衝動.
(*〈自己〉:禁圧すべきもの < 解き放たれるべきもの)

⇒宮沢賢治が本当に行こうとした世界:自己犠牲もその他のことと同じに自在におこなえる自由,解き放たれた世界.

存在の祭りの中へ

●修羅と春――存在という新鮮な奇蹟

世界感覚:存在という奇蹟.

カルヴァンの自我(近代の自我の原型):遍在する闇の中をゆき孤独な光としての自我.

⇔宮沢賢治の自我(修羅):遍在する光の中をゆく孤独な自我.

⇒自我の彼方へゆく=解放として把握.

●向うの祭り――自我の口笛

〈向うの祭り〉:疎外感

「役目」:私はどういう人間なのか.

「役目」をとおしてはじめて,私はここにいることができる.
「役目」は疎外を橋わたしする.
けれども「役目」は,また疎外を生みだしもする.

〈私〉はほんとうは「役目」をぬ脱ぎすてて,存在の祭りの中に

→〈解放〉・〈融合〉 ⇔〈羞恥〉(∵〈すっぱだか〉).〈罪〉

●〈にんげんのこわれるとき〉――ナワールとトナール

体験を社会の説明様式で概念化 →「世界(トナール)」をつくりあげている.

ほんとうの〈世界(ナワール)〉:この「世界」の外に,真に未知なるものとして無限に広がっている.

「世界」・〈トナール〉=守護者=看守・牢獄
(トナールのつくりあげている〈ひとのせかいのゆめ〉だけを,正気の世界であると信じている.)

→みずからの「明晰」を相対化する力をもった,真の〈明晰〉

幻想・「説明のつかないもの」=真の〈明晰〉への出口,光の散乱反射する空間.

●銀河という自己――いちめんの生

『おきなぐさ』・『いてうの実』の〈死〉:生命連鎖の恍惚(自己犠牲の暗さも息苦しさもない.)

∵〈意識ある蛋白質〉としての自分のかりそめの形に愛着しない

⇒死の向こうにまで一面に生の充溢した世界.

舞い降りる翼

●法華経・国柱会・農学校・地人協会――詩のかなたの詩へ

〈法華経〉
  ↓
〈国柱会〉
  ↓
〈農学校〉:宮沢賢治の下降欲求を,賢治の身体=存在の画する限界の破綻する手前のところで充足.
  ↓
倫理の徹底性=〈自分でやらなければだめだ〉
  ↓
〈羅須地人協会〉:〈実際の下層農民〉の生活形態に限りなく近いと観念される生活の仕方まで下降.
  ↓
 病臥

思想の靭さ・深さ・限界・破綻.

●百万疋のねずみたち――生活の鑢/生活の罠

下降に導いた衝迫力=〈倫理〉

〈倫理〉を,生を主導するほどの動員とした欲求=自己解放の衝迫.

→〈生活の共同性〉の中へ,いっそう下にある〈自然性〉へ.

⇒〈自然性〉からの疎外の問題と〈共同性〉からの疎外の問題との離接不全.
(e.g. 〈生活〉の功利・打算・怨恨・体面・通俗道徳)

〈功利性の罠〉:生計を父親の〈家〉にゆだねることによって〈無垢〉を守り通す.

→〈生活〉の間接化・延払いにすぎない.

〈身体の罠〉:〈粗食と労働〉→富豪の御曹司としての社会的存在を集約している身体の前に破綻.

●11月3日の手帳――装備目録

自己の限界:
(1)直接的な身体性の罠(「からだはさうはいかないんだ.」)
(2)間接的な功利性の罠(〈家〉に生活を依存.)
  ↓
(1)自己の身体=存在の再構築.
(2)エゴイズムとしての「慢」の解体.

〈雨ニモマケズ/風ニモマケズ/雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ/丈夫ナカラダヲモチ〉

→雨にも風にも雪にも夏の暑さにもさらすことのできる身体であること.

〈一日に玄米四合ト/味噌ト少シノ野菜ヲタベ〉
〈野原ノ松ノ林ノ蔭ノ/小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ〉

→装備目録.最低限必要なもののリスト.

〈欲ハナク/決シテ瞋ラズ/イツモシヅカニワラッテヰル〉
〈アラユルコトヲ/ジブンヲカンジョウニ入レズニ/ヨクミキキシワカリ/ソシテワスレズ〉

→エゴイズムとしての「慢」の解体.

〈東ニ/西ニ/南ニ/北ニ〉

→〈大地のみじんにちらばる〉生き方のかたち.

〈ヒデリノトキハナミダヲナガシ/サムサノナツハオロオロアルキ〉

→技術と変革を意味あるものとする「慢」の解体.

〈ミンナニデクノボートヨバレ〉

→存在の祭りの中に在ることが,他者の眼から無に等しくても意にかけない宣言.

●マグノリアの谷――現在が永遠である

賢治の生涯=「挫折」?

革命に到達しなかった →挫折でなかったような革命があっただろうか.
11月3日の手帳に書きつけたことを生きられなかった →その生のうちに到達した生涯というものがあっただろうか.

⇒力及ばずして倒れるところまで至りぬくことのほかに何があろうか.

マグノリアの花=至福の花
(必死に歩いてきた峠のひとつひとつに咲いている.w/o かなたの峯・道のゆく先)

でこぼこ道のほかにはかなたなどありはしない=でこぼこ道だけが彼方である.



製作:竹中聖人 UP:20030902 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1980/8400mm.htm
真木悠介/見田宗介  ◇BIBLIO.  ◇WHO 

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