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『ミシェル・フーコー思考集成X 1984-88 倫理/道徳/啓蒙』



Foucault, Michel 1994 Dits et Ecrits 1954-1988, Edition etablie sous la direction de Daniel Defert et Francois Ewald, Ed. Gallimard, Bibliotheque des sciences humaines, 4 volumes
=20020325 蓮實重彦・渡辺守章 監修/小林康夫・石田英敬・松浦寿輝 編『ミシェル・フーコー思考集成X 1984-88 倫理/道徳/啓蒙』,筑摩書房,389p.

作成者:橋口昌治(立命館大学先端総合学術研究科1回生)


目次
1984
339 啓蒙とは何か 石田英敬訳
340 『性の歴史』への序文 慎改康之訳
341 政治と倫理 インタヴュー 高桑和巳訳
342 論争、政治、問題化 西兼志訳
343 ある情念のアルケオロジー 鈴木雅雄訳
344 倫理の系譜学について?進行中の作業の概要 守中高明訳
345 フーコー 野崎歓訳
346 処罰するとは何の謂か? 高桑和己訳
347 真実への関心 安原伸一郎訳
348 歴史のスタイル 安原伸一郎訳
349 ミシェル・フーコーのインタヴュー 原宏之訳
350 真実への気遣い 湯浅博雄訳
351 カントについての講義 小林康夫訳
352 快楽の源へ
353 ミシェル・フーコーに聞く 石田久仁子訳
354 道徳の回帰 増田一夫訳
355 政府に対しては、人権を 原宏之訳
356 自由の実践としての自己への配慮 廣瀬浩司訳
357 生存の美学 増田一夫訳
358 ミシェル・フーコー、インタヴュー?性、権力、同一性の政治 西兼志訳
359 知識人と権力 小野正嗣訳
360 他者の場所-混在郷について 工藤晋訳
1985
361 生命-経験と科学 廣瀬浩司訳
1988
362 真理、権力、自己 原和之訳
363 自己の技法 大西雅一郎訳
364 個人の政治テクノロジー 石田英敬訳
日本語版編者解説(石田英敬)
既刊概要
人名索引
概念索引

内容紹介
1984
◆339 啓蒙とは何か 石田英敬訳
 P・ラビノウ編『フーコー読本』、ニューヨーク、パンテオン・ブックス刊、一九八四年、32?50ページ。

「今や二世紀にもわたって思考の歴史は、様々な形式のもとに、その問いを反復し続けている。〈啓蒙〉と人が呼ぶこの出来事とは何なのか?私たちが今そう在るところのもの〔=私たちの存在〕、私たちが今考えていること〔=私たちの思考〕、私たちが今行っていること〔=私たちの実践〕を、少なくとも部分的には決定してしまったその出来事とは何なのか?ヘーゲルから、ニーチェやマックス・ウェーバーをへて、ホルクハイマーやハーバーマスにいたるまで、直接的にせよ、間接的にせよ、この同一の問いに直面しなかったという哲学はほとんど皆無なのだ。」(本文より)

◆340 『性の歴史』への序文 慎改康之訳
 P・ラビノウ編『フーコー読本』ニューヨーク、パンテオン・ブックス、一九八四年、333-339ページ。
 このテクストは当初、『性の歴史』全体への序論として執筆され、第二巻の冒頭を飾る予定であった。しかし結局フーコーはそれを断念し、新たな序論を書くことになる。n°338を参照。

「性現象に関して-以前、病や非行に関して行われた分析形態のような-認識の一領域の組織化を中心に据えた分析、もしくは、管理と強制の諸技術の発達を中心に据えた分析を繰り返してしまうおそれがあった。自己に対する関係の諸形態それ自体についてより適切な分析を行うため、私は、最初に定めていたよりもさらに古く年代を遡ることになった。」(本文より)

◆341 政治と倫理 インタヴュー 高桑和巳訳
 (マーティン・ジェイ、レオ・レーヴェンタール、ポール・ラビノウ、リチャード・ローティ、チャールズ・テイラーとともに一九八三年四月に行われた会談。フーコーの回答は英訳)、ポール・ラビノウ編『フーコー読本』、ニューヨーク、パンテオン・ブックス、一九八四年、373-380ページ。

「じつを言えば、私がとりわけ欲したことは、政治に対して問いを投げかけることであり、市民権を持っていない問いを、政治の場において、歴史的かつ哲学的な糾問として出現させることでした。」
「あなたがその、支配関係に関する問題を立てるのはまったく正当だと思います。というのは、じつのところ、アーレントによる分析や、その視点からなされている分析の多くにおいては通常、支配関係が権力関係から切り離されてきたと思われるからです。しかし、その区別はいささか、言葉のうえのものにすぎないのではないかと思います。」(本文より)

◆342 論争、政治、問題化 西兼志訳
 P・ラビノウとの対話、一九八四年五月、初出は英語訳、P・ラビノウ編『フーコー読本』、ニューヨーク、パンテオン書店、一九八四年、381-390ページ。

「R・ローティーは、こうした分析で、私が「私たち」-つまり、コンセンサス、価値、伝統が思考の枠組みを形成して、その思考を妥当なものにする条件を定めてしまうような「私たち」-という言い方をいっさいしていないと指摘しています。しかし、問題はまさしく、自分が認める原理や受け入れる価値を主張するためには、一個の「私たち」のなかに身を置くのが本当によいのだろうかという点なのです。むしろ、問いを練り上げることで、一個の「私たち」を将来的に形成することをこそ可能にするべきではないのかということなのです。」(本文より)

◆343 ある情念のアルケオロジー 鈴木雅雄訳
 (C・ルアズとの対話。一九八三年九月十五日)、M・フーコー『レーモン・ルーセル、死と迷宮』所収、ニューヨーク、ダブルデイ刊、一九八四年、169-186ページ。

「〈すでに言われた言語〉、すでにあるものとしての言語は何らかの形で、それ以後に言えることを決定しています。言語一般の枠組みからは独立して、あるいはその中でそれを決定しているのです。そしてこの点にこそ、私は興味を感じました。ルーセルの遊戯とは、その作品のいくつかについて言えば、〈すでに言われたことdeja dit〉と出会う可能性のみを自らに与え、そしてこの〈発見された言語〉によって彼独特の規則に従いつつ一定数のものを構成すること、ただし常にこの〈すでに言われたこと〉を何らか参照しつつ構成することでした。」(本文より)

◆344 倫理の系譜学について-進行中の作業の概要 守中高明訳
 (H・ドレイファスとP・ラビノウとの対話、G・バルブデット訳)、H・ドレイファス、P・ラビノウ『ミシェル・フーコー-哲学の行程』所収、パリ、ガリマール社、一九八四年、323-346ページ。
 この対話(まず初めに、一九八三年、合州国において英語で刊行)のフランス語版のために、M・フーコーはかなりの分量の修正をほどこした。

「計画の来歴」「系譜学的解釈の構造」「古典的自己から近代的主体へ」という章立て。No.326「倫理の系譜学について-進行中の仕事の概要 浜名優美訳(思考集成\所収)」では「計画の歴史」「倫理的問題としての欲望の系譜学」「古典的自己から近代的主体へ」という章立てだった。

◆345 フーコー 野崎歓訳
 D・ユイスマン編『哲学者辞典』、パリ、PUF、一九八四年、第一巻、942-944ページ。
 一九八〇年代冒頭、ドゥニ・ユイスマンはF・エヴァルドに、フランス大学出版(PUF)で準備中の『哲学者辞典』のためにM・フーコーの項目の執筆を依頼した。当時コレージュ・ド・フランスでフーコーの助手をしていたF・エヴァルドは依頼の件をフーコー本人に相談した。そのころフーコーは『性の歴史』第二巻の第一稿を書き上げ、なお手直しが必要だと感じていたところだった。書き上げてあった原稿の序文部分で、彼は自分のこれまでの仕事を振り返って解説していた。ドゥニ・ユイスマンに渡されたのはそのテクストであり、そこに短い全文および書誌が付された。文章は「モーリス・フロランス」と署名されたが、「M・F」という頭文字が誰を指すものかは明白だった。テクストはそうした形で刊行されたが、ここにはM・フーコーによって執筆された部分のみを採録する。

「この対象化と主体化とは互いに独立したものではない。両者相互の発展、そして両者相互の絆から「真理のゲーム」とでも呼びうるものが生まれる。つまり真なるものの発見ではなく、ある種の物事について主体の語りうることが真偽の問題に委ねられる、その規則なのである。要するに、思考の批判的歴史とは真理の獲得の歴史でも隠蔽の歴史でもない。それは真理のゲームの出現の歴史である。」(本文より)

◆346 処罰するとは何の謂か? 高桑和己訳
 (ファウレク・リンゲルハイムとの対話。一九八三年十二月に録音され、一九八四年二月十六日にフーコーが校訂)、「ブリュッセル大学雑誌」、一九八四年次、第一-三号(「気になる処罰刑罰の理性のために」)、ブリュッセル、一九八四年、35-46ページ。

「私たちの社会において、罰せられるべきものと見なされうるものが何であり、罰せられるべきでないものと見なされうるものが何であるかを、はっきり定義づける刑法、という真剣な考えに戻ろう、と言いたいのです。社会におけるゲームの規則を定義づける一体系、という考え自体に戻ろう、ということです。」(本文より)

◆347 真実への関心 安原伸一郎訳
 「ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」誌、第一〇〇六号、一九八四年二月十七日-二十三日、74-75ページ。(歴史家フィリップ・アリエスの死に際して)

「彼は、かつて植民地だった国々で農業の発展に専心しなければならず、資料センターを整えねばならなかったし、しかも、そのセンターに情報革命を初めて導入した一人でもあった。彼は、世界を駆け巡っては、その決定いかんによっては時として人口の大部分が生きるか死ぬか、救われるか飢餓に置かれるかが定まるような、かの偉大な国際的テクノクラートたちに出会った。/「日曜歴史家」、彼は自分自身のことをこう呼んでいた。だが、彼の歴史家としての週末を充実させていたのは、右のような本職の活動であり、多忙を極める週日だった。」(本文より)

◆348 歴史のスタイル 安原伸一郎訳
 (ミシェル・フーコーとA・ファルジュ、「ル・マタン」紙のジャーナリスト、F・デュモンとJ-P・イオミ=アミュナトギとの対談)「ル・マタン」、第二一六八号、一九八四年二月二十一日、20-21ページ。

「アリエスは、自己への関係、自己自身に与えられる重要性、自己の文化が、普段言い慣わされるのとは異なって、個人主義の純然たる結果ではないということを、思うに完璧に掴んでいました。私たちは、個人主義的でないけれども自己の文化があるような社会集団を、申し分なくもつことがあります。」(本文より)

◆349 ミシェル・フーコーのインタヴュー 原宏之訳
 (一九八一年五月二十二日、J・フランソワとJ・ド・ヴィットとの対談、H・メルラン・ド・カルウェによる仏訳)、「クリシス」誌、一九八四年第一四年度、三月号、47-58ページ。

「残念ながら、私は絶対自由主義者たちと同じではありません。それというのも、人間の根源的欲求に信を置く、ある絶対自由主義的な(リベルタリアン)哲学が存在するせいです。私は権力によって位置をつきとめられたいと思いませんし、とりわけアイデンティティーを特定されるなんて真っ平御免です……。」(本文より)

◆350 真実への気遣い 湯浅博雄訳
 (フランソワ・エヴァルトによるインタヴュー)、「マガジン・リテレール」誌、二〇七号、一九八四年五月、18-23ページ。

「-あなたは「あなた自身から離脱する」ということを語っておられます。なにゆえそんな特異な意志をお持ちになるのですか?
-一人の知識人の倫理とは一この知識人という言葉は現在ある種の人々には嘔気を催させるようですが、私はこの言葉の復権を要求します一、そうである以外にどうありえましょう?つまり自己自身から離脱することを恒常的に自分に可能にすること以外に一それは改宗という態度とは正反対のものです一。」(本文より)

◆351 カントについての講義 小林康夫訳
 「マガジン・リテレール」誌、二〇七号、一九八四年五月、35-39ページ(一九八三年一月五日のコレージュ・ド・フランスに於ける講義の抜粋)。

「すなわち、出来事として、つまり哲学がその意味、その価値、その哲学的な特殊性を言わなければならず、またそのうちにおいてこそ哲学がみずからの存在理由とみずからが言うことの根拠を見出さなければならないそのようなひとつの出来事として、哲学が問いかけている現在性。そして、これらのことからだけでも、哲学者にとって、このような現在への己れの帰属を問うことは、もはやある教養やある伝統への己れの帰属を問うことではまったくないこと、それはまたただ単に一般的な人間の共同体への己れの帰属を問うことでもないこと、そうではなくて、それはある種の《われわれ》、すなわちみずからの現在性によって特徴付けられているような文化的な一総体へと関わるような《われわれ》への己れの帰属を問うことなのだということが判るでしょう。」(本文より)

◆352 快楽の源へ
 (A・フォンタナとの対談、一九八四年四月二十五日)、「パノラマ」誌、九四五号、一九八四年五月二十八日、186-193ページ。〔No.357を参照。〕

◆353 ミシェル・フーコーに聞く 石田久仁子訳
 (C・バケールとの対談、一九八四年四月)、「司法活動手帖」誌四五-四六号「別の地獄?」シンポジウム報告一九八四年六月、3-6ページ。

「G.I.P.はひとつの「問題化」の試みだったと私は思います。言い換えれば、数十年来積み重ねられてきて、当然なこととされていた事柄、諸々の実践だとか、規則、制度、習慣等を、疑わしいもの、疑問の余地のあるものにするための努力だったと私は思うのです。それは、監獄そのものについても、監獄を通して見る刑事裁判や法律についても、さらにはもっと一般的な処罰についてもあてはまります。」(本文より)

◆354 道徳の回帰 増田一夫訳
 (G・バルブデットおよびA・スカラとの鼎談、一九八四年五月二十九日)、「ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」誌、第二九三七号、一九八四年六月二十八日-七月五日、36-41ページ。
 この残念なタイトルは、あらゆる記事のタイトル同様、雑誌編集部によってつけられたものであるが、フーコー最後のものとなった鼎談の刊行条件を喚起している。その深刻な疲労状態にもかかわらず、ミシェル・フーコーは、ジル・ドゥルーズの友人であった若き哲学者アンドレ・スカラがもちかけた鼎談の提案をすでに受け入れていた。(…)鼎談を録音したカセットテープを起こす作業が終了したとき、ミシェル・フーコーはすでの入院していた-そして彼は、よけいな部分を削る判断をダニエル・ドフェールにゆだね、自分自身では鼎談を見なおすことはなかった。鼎談が、おおやけにされたのは、ミシェル・フーコーの死去から三日後のことであった。

「-あなたにとって、その主体とは経験なるものを可能にする条件なのでしょうか。
-まったく違います。一個の主体、むしろ複数の主体というかたちにいたるのは、それ自体が仮のものである過程の合理化としての経験の方なのです。ひとが主体の構成、いっそう正確には主体性の構成にいたる過程を、主体化と呼ぼうと思うのですが、それはもちろん、自己意識の組織化のひとつの可能性にすぎません。」
「すべての人びとによって受け入れられるようなかたちの-すべての人びとがそれに従うべきだという意味での-道徳の探求は、私には破滅的だと思われるのです。」(本文より)

◆355 政府に対しては、人権を(口頭発表) 原宏之訳
 「リベラシオン」九六七号、六月三十日-七月一日、一九八四年、22ページ。
 一九八一年六月、対海賊行為国際委員会の創設を発表するジュネーブでの記者会見の折に、M・フーコーは執筆の数分後にこのテクストを口頭で読み上げた。それに続いて、新たな人権宣言というようなものにしたいとの期待から、このテクストに対してできるだけ多くのひとから反響を得ることがめざされた。

「(一)国際的市民権というものが存在する。それは、固有の権利をもち、義務をもつものであり、また、誰によるものであり、誰が犠牲者であろうとも、あらゆる権力の濫用に抗議して立ち上がることを課すものである。結局のところ、私たちは皆統治される者であり、この資格によって連帯しているのである。」(本文より)

◆356 自由の実践としての自己への配慮 廣瀬浩司訳
 (H・ベッカー、R・フォルネ=ベタンクール、A・ゴメス=ミュラーとの対話。一九八四年一月二十日)、「コンコルディア」誌、第六号、一九八四年七-十二月号、99-116ページ。

「-自由を倫理的に実践しなければならない、というわけですか。
-ええ、倫理とは、自由の実践、自由を反省的に照り返しながら実践することでないとしたら、いったい何でしょう。」
「「ゲーム=働き(jeu)」という言葉は誤解を招きかねませんね。私が「ゲーム」というとき、真理の生産の諸規則の総体のことを考えているのです。何かを模倣したり、猿芝居したりする、という意味ではありません。」
「権力は悪ではありません。権力とは戦略的なゲームのことです。」
「自己の自己への関係が、-まさに支配状態として理解された一政治権力に対する唯一可能な抵抗点だとは思いません。私が言いたいのは、統治性は自己の自己への関係を含意するということです。すなわち、この統治性という概念をとおして私は、ひとが戦略を構成し、規定し、組織し、道具とするための実践の総体を目指しています。この戦略は、諸個人がその自由において互いにたいして向けうるようなものです。」(本文より)

◆357 生存の美学 増田一夫訳
 (A・フォンタナとの対談)、「ル・モンド」紙、一九八四年七月十五-十六日、第十一面。
 本対談は、当初、一九八四年五月二十八日付けの「パノラマ」誌第九四五号に、《Alle fonti del piacere》なるタイトルのもとにおおやけにされた。しかし、それがあまりにも削られ、あまりにも脚色されたかたちだったので、アレッサンドロ・フォンタナは公式に釈明をおこなわなければならなかったほどであった。そして、フォンタナはミシェル・フーコーに手紙を書き、本対談の全文を再度おおやけにすることを告げたのであった。

「古代からキリスト教へと移行する過程で、本質的に個人的な倫理の探求であった道徳から、規則体系に対する従属としての道徳へと移るのです。そして、私が古代に興味をもったのは、一連の理由から、諸規則の法規(コード)に対する従属としての道徳という考え方が、現在、消滅しつつあり、すでに消滅してしまったからです。そしてこうした道徳の不在に応え、かつ応えるべき探求とは、〈生存の美学〉の探求なのです。」
「たしかに、ある政府に、真理を語ることを、いっさいの真理を語ることを、真理のみを語ることを要求することはできません。その半面、政府に対して、最終的な計画について、彼らの戦術をめぐる一般的選択について、彼らのプログラムをめぐる特定の点のいくつかについて、たずねることは可能です。すなわち、これこそ統治された者のparrhesia(自由な言論)なのであり、統治された者は、知、自分の経験、市民であるという事実、こうしたものの名において、政府がしていることについて、その行動の意味について、政府がおこなった諸決定について、政府に対して釈明を要求することができ、またそうしなければならないのです。」(本文より)

◆358 ミシェル・フーコー、インタヴュー-性、権力、同一性の政治 西兼志訳
 (B・ギャラガー、A・ウィルソンとの対話、F・デュラン=ボガエルによる仏訳)、「ザ・アドヴォケート」誌、四〇〇号、一九八四年、26-30ページおよび58ページ。

「快楽もまた私たちの文化の一部です。例えば、何世紀にもわたり人々は一般に、そしてまた医者、精神科医、あるいは解放運動までもが、欲望については語りましたが、快楽については決して語りませんでした。彼らは、「欲望を解放せねばならない」と言います。違うのです。新しい快楽を創造せねばならないのです。そうすれば、欲望はそれについてくるでしょう。」
「レズビアンSMについて興味深く思われるのは、それがレズビアン運動で使われた女性性に関するいくつかのステレオタイプ一レズビアン運動が過去において作り上げた戦略一から自由になれたことです。」
「性の歴史を研究してきた私たちは、今度は友愛、様々な友愛の歴史を理解しようとせねばならないでしょう。それは極めて興味深い歴史に違いありません。」(本文より)

◆359 知識人と権力 小野正嗣訳
 (C・パニエとP・ワテとの対談。一九八一年五月十四日)、「ルヴェ・ヌーヴェル」誌、四〇周年、第一〇号「どのような権利で……判断するのか?」、一九八四年十月、338-343ページ。

「私はあるとき、「権力は下から来る」という表現を使いました。このことについてすぐに説明したにもかかわらず、もちろんいつものごとくで説明はちゃんと聞いてもらえませんでした。(…)もしも権力の問題を権力の諸関係という観点から問うならば、個々人のあいだに「統治性」の諸関係が存在していることを認めるならば、群衆、諸関係の非常に複雑な網の目、言葉の厳密な意味での権力の大がかりな諸形式-政治権力、イデオロギー的権力など一は必ずこのタイプの諸関係のなかに、つまり統治性の諸関係、人々のあいだに確立されうる伝導の諸関係のなかに含まれるのです。」(本文より)

◆360 他者の場所-混在郷について 工藤晋訳
 (一九六七年三月十四日、建築研究サークルでの講演)、「建築、運動、連続」誌、第五号、一九八四年十月、46-49ページ。
 ミシェル・フーコーは、一九六七年にチュニジアで執筆したこのテクストの出版を一九八四年の春まで許可しなかった。

「いわゆる「原始的」社会には、危機の混在郷とでも呼びうるようなある種の混在郷が存在する。すなわち、社会と対立して危機的な状態で生きている環境にある個人のために特権化され、神聖化され、禁域とされ、保持された場所が存在するのである。そうした人々とは、青年、月経中の女性、産褥にある女性、老人などである。/われわれの社会では、こうした危機の混在郷は、まだいくらかの残滓を指摘できるとはいえ、大方は消失の一途をたどっている。」(本文より)

1985
◆361 生命-経験と科学 廣瀬浩司訳
 「形而上学と道徳」誌、九〇年度、第一号「特集=カンギレム」、一月-三月号、一九八五年、3-14ページ。
 M・フーコーは「形而上学と道徳」誌の、師ジョルジュ・カンギレム特集号に新しいテキストを寄稿したいと願っていた。疲労のため、彼は『正常と異常』の英訳に付けた序文(n°219〔『ミシェル・フーコー思考集成Z』所収〕参照)を改稿することしかできなかった。本テキストは一九八四年の四月末に提出された。したがって、フーコーが印刷認可を与えた最後のテキストである。

「真理とはこのうえなく深い嘘である、とニーチェは言っていた。ニーチェから近いと同時に遠いカンギレムは次のように言うだろう。真理とは、生命の長い年代記において、もっとも新しい誤りである。さらに正確に言うならば、真と偽の分割や真理に付与された価値は、生命が発明し得たもっとも特異な生き方をかたちづくっているのだ。生命はその究極の起源以来、誤りの可能性をみずからのうちにはらんでいるのだから、と。」(本文より)

1988
◆362 真理、権力、自己 原和之訳
 (R・マーチンとの対話、ヴァーモント大学、一九八二年十月二十五日、F・デュラン=ボガール訳)、ハットン(P.H)、グットマン(H)、マーチン(L.H)編「自己のテクノロジー ミシェル・フーコーのセミナー」、アマースト、マサチューセッツ大学出版会、一九八八年、9-15ページ。

「私は作家でも、哲学者でも、思想界の大立者でもありません。私は、教師です。」
「かなり長いあいだ、人々は私に、何が起きようとしているのか説明してくれ、未来に向けての計画を与えてくれ、と求めてきました。ただ、我々もよく承知しているとおり、いかに善き意図から出たものであれ、そうした計画は常に、圧制の用具、道具になってしまいます。」
「私は相変わらず、フランスでの社会的・知的な生活にうまく溶け込んでいません。機会があり次第、私はフランスを離れます。もっと若かったとしたら、アメリカに移住したでしょうね。」
「私が研究してきた問題は、三つの伝統的な問題です。1、我々は学術的な知を通して、真理とどのような関係を取り結ぶのか。「真理ゲーム」は文明においてたいへん重要で、我々はその中で主体であると同時に客体でもあるわけですが、この「真理ゲーム」に対する、我々の関係はどのようなものなのか。2、あの奇妙な戦略と権力関係を通して、我々は他者に対し、どのような関係を持つのか。3、真理、権力、そして自己の間の関係はどのようなものなのか。」(本文より)

◆363 自己の技法 大西雅一郎訳
 (バーモント大学、一九八二年十月)、P.H・ハットン、H・グートマン、L.H・マーチン編『自己の技法-ミシェル・フーコー講義』アンハースト、マサチューセッツ大学出版会、一九八八年、16-49ページ。

全体がT-Yに分けられている。またTは「研究のコンテクスト」「自己の諸技法の進展」「要約」というふうな章立てになっている。

「私が分析したいと思うのは、自己への配慮と自己の認識とのあいだの関係、つまり、ギリシア・ローマ的伝統ならびにキリスト教の伝統の中に存在する、個人が自己自身について払う配慮と「あなた自身を知りなさい」という余りにもよく知られている格率とのあいだの関連である。様々の形式の自己への配慮が存在する。」(本文より)

◆364 個人の政治テクノロジー 石田英敬訳
 フェアモント大学、(一九八二年十月、P.E・ドーザによる仏訳)、ハットン(P.H)、グットマン(H)、マーチン(L.H)編「自己のテクノロジー ミシェル・フーコーのセミナー」、アマースト、マサチューセッツ大学出版会、一九八八年、145-163ページ。

「さて、今では、私が研究を行いたいもう一つの問いの領域というものがあります。それは、諸個人の政治テクノロジー(technologie politique des individus)というようなものを通して、私たちはどのようにして、自分たち自身を、社会として、社会的実体の要素として、国民や国家の一部として、認識するようになったのかに関するものです。私はここで皆さんに、自己の技術についてではなく、この政治テクノロジーについて概観を提示してみたいと思います。」(本文より)


UP:20031120 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1990/9400fm10.htm
Foucault, Michel  ◇BIBLIO. 

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