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小内透『再生産論を読む』東信堂

小内透 19950800 『再生産論を読む ―バーンスティン、ブルデュー、ボールズ=ギンティス、ウィリスの再生産論―』,東信堂,291p.  3360 ISBN: 4887132220[amazon]

目次
はしがき

序章 問題意識と課題
 第一節 現代資本主義の再生産とその特質
 第二節 再生産論の諸類型とその源流
 第三節 本書の課題と視点

第一章 バーンスティンのコード理論の展開過程
 はじめに
 第一節 社会言語コード論の形成・発展過程―コード理論の第一期
  一 言語コード理論の成立過程
  二 言語コード理論から社会言語コード理論へ
   (一)「情況」と「話しことばの変異体」 (二)家族の構造と言語コードの関連
  三 社会言語コード理論の問題点
 第二節 教育コード理論と生産コード理論―コード理論の第二期
  一 学校教育への着目と教育コード理論の成立
  二 教育コード理論の深化
  三 生産コードと教育コードの関連
  四 コード理論の全体像
 第三節 教育ディスコース論と教育実践論―コード理論の第三期
  一 教育ディスコース論の展開
  二 コード理論の集大成
   (一)社会言語コードの類別と枠づけの機能 (二)教育ディスコース論の深化と教育実践論の展開 (三)コード理論の集大成の方向
 第四節 コード理論の展開過程と到達点

第二章 ブルデューの文化的再生産論と階級論
 はじめに
 第一節 文化的再生産論の原点―『遺産相続者たち』と『再生産』
  一 『遺産相続者たち』の論理
  二 『再生産』における文化的再生産論の論理
  三 『再生産』の到達点と課題
 第二節 『ディスタンクシオン』における階級論
  一 『ディスタンクシオン』の理論的位置
  二 階級分類の視点と方法
   (一)資本の量と構造 (二)集団的軌道と個人的軌道
  三 階級構造の特質―交差配列構造と相同性
  四 階級構造の再編メカニズム
 第三節 文化的再生産論の到達点
  一 文化的再生産論における階級論の意義
  二 文化的再生産論の更なる精緻化
  三 文化的再生産論とブルデュー社会学

第三章 ボールズとギンティスの対応理論の発展過程
 はじめに
 第一節 対応理論の形成
  一 対応理論の前史
  二 IQ論争と対応理論の登場
 第二節 対応理論の確立
  一 学校・家族の社会関係と生産の社会的関係の対応
  二 教育の歴史と資本主義の発展過程の対応
  三 対応理論における矛盾と展望
 第三節 新たな理論展開と到達点
  一 場と実践のアプローチ
  二 政治的なメッセージの変化
 第四節 対応理論の意義と問題点

第四章 ウィリスの三つの再生産論
 はじめに
 第一節 反学校文化論としての再生産論
  一 『ハマータウンの野郎ども』の課題
  二 再生産論のメカニズム―洞察と制約
  三 『ハマータウンの野郎ども』の問題点
 第二節 文化的再生産論としての再生産論
  一 文化概念の再定式化
  二 再生産論に関する諸概念の整理
  三 変革や抵抗の視点の強調
 第三節 消費文化論としての再生産論
  一 若者の失業に関する文化的研究
  二 象徴的労働と消費文化への注目
 第四節 三つの再生産論の関連と問題点

終章 再生産論の課題と展望
 第一節 再生産論の再編の視点と課題
 第二節 再生産論の展望―新たな視点の提起

文献目録
 一 バーンスティン
   A バーンスティンの論文・著作
   B バーンスティンを紹介・検討している論文・著作
 二 ブルデュー
   A ブルデューの論文・著作
   B ブルデューを紹介・検討している論文・著作
 三 ボールズ=ギンティス
A ボールズ=ギンティスの論文・著作
   B ボールズ=ギンティスを紹介・検討している論文・著作
 四 ウィリス
A ウィリスの論文・著作
   B ウィリスを紹介・検討している論文・著作
 五 複数の再生産論を紹介・検討した文献
 六 本書で参考にしたその他の文献



◆第二章 ブルデューの文化的再生産論と階級論」(p.63〜)

◇はじめに
・「ブルデューの文化的再生産論は「階級・階層と教育」を問題にする教育社会学に大きなインパクトを与え、多くの論者から高い評価を受けている。(中略) その意味で、ブルデューの文化的再生産論は、バーンスティンのコード理論とともに、教育社会学の分野でクローズアップされている階級的不平等の再生産の問 題を、文化論的な立場から説明するものとして大きな位置を占めている。」(p.63)
・ブードンやコリンズの批判(p.64)

・「しかし、文化的再生産論についての従来の評価は、肯定的なものであれ否定的なものであれ、必ずしもブルデューの理論的変化を十分にふまえたものになっ ていない。」
・「その際、とくに重要な位置を占めるのは、『ディスタンクシオン』を中心にして展開されている独自の階級論である。」(p.64)

・ブルデューの階級論の検討の理論的意義
@『ディスタンクシオン』を中心として展開されている階級論は、ブルデュー社会学の中心的な位置を占めている
「諸々の力関係の力学と意味関係の現象学やサイバネティックスとの対立(注―客観主義的社会学と主観主義的社会学の対立)は、社会階級の理論において他に はないほど際立って見える」(ブルデュー『実践感覚1』、p.223)
Aブルデューの階級論は、社会学における階級論一般の中で一つの新しい立場として重要な地位を築きつつある
「経済一元論的なマルクス主義の階級論と社会移動論・社会階層論が、雇われ経営者の増加、増大するホワイトカラー層、階級的な社会・政治運動の低迷等々の 階級・階層の存在形態の大きな変化を必ずしも十分に把握しえていないという現状をふまえたものである。」(p.65)

◇第一節 文化的再生産論の原点―『遺産相続者たち』と『再生産』
一 『遺産相続者たち』の論理(p.69〜)
『遺産相続者たち』(1964年 パスロンとの共著)
・「『遺産相続者たち』は大学生を対象として豊富なデータに基づきながら、教育上の成功の階級差が家庭の文化=「遺産」のあり方に依存しているメカニズム を明らかにしようとしたものである。その背景には、教育上の成功が能力の生物学的な遺伝もしくは出身家庭の経済力に依存しているという、それまで流布して いた考え方を克服しようとする問題意識があった。」(p.69)

・「この点について、まずブルデューとパスロンは、学校の基準によってはかられる能力は生まれつきの“能力”でなく、むしろ階級の文化的習慣と教育システ ムにおける成功を定義する基準の類似性に根ざしていることを指摘する。」(p.70)

・この段階における文化的再生産論の限界(p.72)
@ブルデューの文化的再生産論に固有の概念装置が確立していないこと=素朴
Aこの段階では文化的再生産論の論理構成の一つの側面しか議論されていない
B家庭の文化と学校の文化にギャップがあるとなぜ教育上の成功が保証されないのかという点が明確でない

・この段階で提示された重要だが軽視されている論点
@階級的に異なる家庭の文化が自己選抜をもたらすことに注目していた点
A客観的な選抜と自己選抜の階級的な差異は、その内部に男女格差を伴っているとされている点
B教育上の成功の階級差は完璧な“鉄の鉄則”ではないという考え方が見られる点

二 『再生産』における文化的再生産論の論理(p.73〜)
『再生産』(1970年 パスロンとの共著)
・「『遺産相続者たち』において素朴に表現されていた文化的再生産論の考え方を、新しい概念と厳密な論理構成によって体系化しようとしたものである。」 (p.73)

・「文化的再生産論の体系化をめざした『再生産』は叙述形式の異なる二つの部分から構成され、第T部が「象徴的暴力の理論的基礎」、第U部が「秩序の維 持」というタイトルとなっている。このうち、第T部では、文化的再生産のメカニズムが、教育的働きかけ(action pédagogique)、教育的権威(autorité pédagogique)、教育的労働(travail pédagogique)、教育システム(système d’enseignement)といった四つの側面から論じられている。」(p.74)

・教育的働きかけ=恣意的な力による文化的恣意性(arbitraire culturel)の押しつけ、客観的に見ると象徴的暴力(violence symbolique)
・教育的権威=教育的働きかけの恣意性を正統なものと「誤認」させるための社会的条件
・教育的労働=学校のような制度化された教育システムにおける教育的働きかけ

・言語資本…「言語とは、単なるコミュニケーションの一手段ではなく、豊かな、あるいは貧しい語彙を提供するものであり、さらにそれ以上に、複雑な、また はそうでない範疇の体系を与えてくれるものである。したがって、論理的であれ審美的であれ、複雑な構造を解読し操る能力は、ある程度まで、家族から伝達さ れる言語の複雑性のいかんにかかっている」
・「学校で要求される言語的規範はブルジョアジーの家庭で用いられている言語と親和的であり、労働者階級の家庭で用いられる言語と非親和的である。」 (p.75)

・文化的に劣悪な立場にある家庭に生まれた者でも社会的に優位な立場に移動することもある、という例外は、学校が社会移動を促進するというイデオロギーに 信憑性を加え、社会的再生産の構造をさらに安定的なものとさせる、という意味で、当然な事態であり積極的に解明すべきことがらではないとされる。 (p.76)

三 『再生産』の到達点と課題(p.76〜)
・「『再生産』は、第T部において、文化的再生産論に固有の諸概念を用いながら、象徴的暴力理論として文化的再生産論の理論化をはかり、第U部において、 言語ないし言語資本の概念を中心として文化的再生産の現実的なあり方を示している。」(p.76)

・課題
@第T部と第U部の関連が理解しにくいという点
A文化的再生産論の中心概念の一つである文化資本の概念が明確になっていない
B第U部で中心的な概念となっている言語資本の概念自体、曖昧な点を残している
C『遺産相続者たち』にみられた豊かな考え方(自己選抜をもたらすアスピレーション、男女差、例外など)が、全体として後景に退けられるようになっている
D『遺産相続者たち』の段階と比べ、実証性が乏しくなっている

*『再生産』では、文化的再生産論の理論的体系化が進められたが、同時に、一方で文化的再生産に関する実証研究と理論研究の関連を弱め、他方で文化的再生 産論のスタティックな側面を強化する方向性を示すなどの新たな問題も残した

これらの弱点を克服しより精緻な文化的再生産論を構築するための営為がまとめられたのが『ディスタンクシオン』である

◇第二節 『ディスタンクシオン』における階級論(p.82〜)
一 『ディスタンクシオン』の理論的位置(p.82〜)
・『再生産』公刊以降文化的再生産論をより精緻化するための諸論文が執筆され、それらの成果がこの著書に反映している
・文化資本の概念が重要な意義を持つものとして位置づけられ、より明確に定義されるようになっている
・独自の階級論が展開されている

二 階級分類の視点と方法(p.83〜)
(一) 資本の量と構造
・『ディスタンクシオン』での階級=「構築された階級」(classe construite)
=社会階級は現実存在ではなく、存在するのは社会空間(espace social)、差異の社会空間のみである
→『再生産』で定式化された文化的再生産が持つ社会的再生産の機能は、実態としての階級や階級構造の再生産ではなく、差異の社会空間やそこにおける諸個人 の相対的位置の再生産を意味する

資本の量=経済資本、文化資本、それに社会関係資本も加えて、実際に利用しうる手段や力の総体。資本の量の大きい順から支配階級、中間階級、庶民階級の三 つの階級が設定される

資本の構造=異なる種類の資本の構成比を示す概念。同じ資本量であっても、経済資本は大きいが文化資本が小さい人々と、経済資本は小さいが文化資本が大き い人々は社会空間において異なる位置を占めるということになる

*従来の社会成層論の立場に立ち社会移動研究とは異なる方法。「地位の非一貫性」

(二) 集団的軌道と個人的軌道
ハビトゥスの履歴現象効果=現時点で同じ階級・階層であっても異なる経歴であればハビトゥスのあり方に違いが見られ、同じ階級・階層内にさらに異なる階層 が存在するということ

軌道(trajectoire)=過去における諸個人の社会空間における位置と現時点における位置との関係を示す概念
集団的軌道=軌道の効果がある階級や階級ない集団の上に、すなわち共通して同じ位置を占め、その階級が上昇するか下降するかを決定する側面を示す。各階層 の全階層に占める構成比の変化(社会移動研究における強制移動)
個人的軌道=ある時点で同じような位置を占めている人々が、その資本の量と構造が時間の流れとともに変化して行くために生じる差異(社会移動研究における 純粋移動)

*たとえ現象的には集団的軌道が強制移動に対応し、個人的軌道が純粋移動に対応しているとしても、その背後にある異動のメカニズムに関する認識が従来の社 会移動研究とは異なっている
@社会移動研究では現代社会を属性原理の社会とは異なる業績原理の社会として捉え、その中で個人が自由に移動していると考えているが、個人的軌道は諸個人 の自由な社会移動によって生み出されるとは捉えられていない
A軌道の概念で示される内実は単なる職業階層の移動ではなく、社会空間における相対的位置そのものの変化である
B軌道の概念は、従来の社会移動研究において軽視されてきた、諸個人ないし集団の習慣行動、性向、主張の違いを生み出すメカニズム、すなわちハビトゥスの 形成過程を浮き彫りにする。「生活史」、「ライフコース」の概念に類似

・起動の概念は従来の社会移動論・社会成層論とは異なる立場で、階級・階層移動の現実を把握するために導入されたものであることが明らかになる

三 階級構造の特質−交差配列構造と相同性(p.88〜) 交差配列構造=支配階級と中間階級の内部に経済資本と文化資本の総資本量に占める構成比のあり方が異なる層=階層が連続的な形で−すなわち経済資本が大→ 小、文化資本が小→大という形で−存在すること
支配階級空間と中間階級空間との相同性=資本の量が異なり階級的立場が異なっているのにもかかわらず、資本の構造が同じであるということ
*ブルデューの階級論には、視点・方法と実証との間に埋めなければならない溝が存在している

四 階級構造の再編メカニズム(p.91〜)
再生産の戦略(stratégies de reproduction)=無意識的にせよ意識的にせよ、現象的にきわめて異なる多様な慣習行動を通して自分の資産を保持しあるいは増大させて、またそ れと関連して、階級の関係構造における自らの位置を維持しあるいは向上させようとする……慣習行動の総体 再生産戦略の2つのパターン
@資本構造の中ですでに支配的な資本の量を増大させること
A経済資本を文化資本に転換させること
・再生産の戦略、転換の戦略という考え方は、文化的再生産論を現実の社会における階級・階層移動を説明しうる理論へ再編したものとして位置づけることがで きる

社会移動が一見自由に行われているように見えても、諸個人の社会空間における社会的位置は再生産されているのである

◇第三節 文化的再生産論の到達点(p.102〜)
一 文化的再生産論における階級論の意義
・主観主義的社会学と客観主義的社会学、マルクス主義的階級論と社会移動論・社会成層論を克服しようというブルデューの志向性の中で重要な位置を占めてい る
・ブルデューの文化的再生産論にとっても重要な意義を持っている
=『遺産相続者たち』『再生産』の段階で前面に出ていた再生産のスタティックな側面の克服
社会的現実の一つの側面→社会的現実の総体の説明=理論的転換
理論的転換の問題点=再生産と変動の問題をどのように結びつけるか

二 文化的再生産論の更なる精緻化(p.105〜)
1982年『話すということ』、1984年『ホモ・アカデミクス』、1989年『国家貴族』
・『話すということ』で『再生産』の第U部で中心的な概念となっていた言語資本の特徴をより精緻化する試みを行っている。 言語資本=ある程度正統な話し言葉と書き言葉を操る能力のことであり、そうした言語の熟達を「特徴づける特性は、弁別化と訂正という二語で尽される」
弁別化=言語の用法の区別
訂正=推敲

学校は正統言語の伝達機関としての性格を持ち、家庭で学んだ言語能力と学校で必要とされる正統言語の使用能力とのギャップによって教育上の不成功が生じる とされる
*バーンスティンと酷似しているが、言語の知識と言語の認知を区別し言語の獲得の問題を議論しているのはブルデューの特徴
=言語の認知は画一的に分配されるが、言語の知識はひどく不平等に分配されること
=『ディスタンクシオン』で提示された再生産と変動する社会のあり方を結びつけようとする文化的再生産論の「理論的転換」を、文化資本の一つである言語資 本の再生産の側面からより深化させたものとして位置づけることができる(p.107)

三 文化的再生産論とブルデュー社会学(p.107〜)
・スタティックな側面の強い文化的再生産論から変動する社会の側面を含みこんだ文化的再生産論へ変化し、文化資本、経済資本、社会関係資本、文化的再生 産、社会的再生産、軌道、再生産の戦略などの固有の諸概念を用いた、社会的現実の総体を把握しうる独自の理論的世界を構成するものとなっている。 (p.108)
・グランドセオリー化し、現実のメカニズムを実証するという点では、文化的再生産論の初発の段階に比べ、それほど進んでいない ハビトゥス概念の問題点=ハビトゥスは「構造化する構造」(structure structurante)であると同時に、「構造化された構造」(structure structurée)であるとされるが、なぜ「構造化する構造」が「構造化された構造」になりうるのか、が明確になっていない

ブルデューの理論からは見えにくい、構造それ自体の変化を明らかにしうる再生さんの論理を構築することが、文化的再生産論の更なる前進のために不可欠に必 要になる


◆第三章 ボールズ=ギンティスの対応理論の発展過程(p.113〜)

◇はじめに
・「対応理論は学校教育を介して展開される、階級・階層の再生産の問題を把握する独自の理論的立場であることは間違いない」(p.113)
・「従来の対応理論に対する批判やボールズとギンティスの理論の紹介は、『アメリカ資本主義と学校教育』における対応理論に関するものが主流であり、対応 理論の発展過程を吟味したものは必ずしも多くない。/そこで、本章では対応理論の発展過程を明らかにし、彼らの理論的営為の意義と問題点を明らかにす る。」(p.115)

◇第一節 対応理論の形成
一 対応理論の前史
ボールズ「教育の不平等と社会的分業の再生産」(1971)、和訳はカラベル=ハルゼー(潮木守一・天野郁夫・藤田英典編訳)『教育と社会変動』(上) (1980年、東京大学出版会)所収

「ここには、@学校が果たす資本主義維持機能、A学校の持つ階級構造の再生産機能、B学校教育における階級的不平等、C教育の不平等の源泉としての階級構 造と下位文化などのあり方を解明することが、問題意識として明らかにされている。」(p.118)

その後の対応理論との違い
@対応理論では教育の構造と生産の社会的関係の比較的対等な対応関係が定式化されるが、ここでは両者は被規定−規定、結果−原因の関係にあり、マルクス主 義の土台−上部構造論を単純に適用させただけであること。
A階級的に不平等な教育の構造は、資本主義社会である限り消滅することはないという考え方が見られること
B家族のあり方がきわめて重視され、学校はその補完的役割を持つに過ぎないと考えられていること

ボールズとギンティスの考え方の違い(p.120〜)
@ボールズは家族や学校の役割を重視していたが、ギンティスは条件付で重視している点
 cf.ギンティス「消費者行動と主権概念」、和訳は青木昌彦編著『ラディカル・エコノミックス』(1973、中央公論社)所収
Aボールズは階級構造の再生産は資本主義社会が存続する限り維持されると考えていたが、ギンティスは社会システムがうまく働いているときにのみ維持される と認識していた。

二 IQ論争と対応理論の登場(p.122〜)
ボールズ=ギンティス「アメリカ階級構造におけるIQ」(1972年、初の共同論文)和訳は青木昌彦編著『ラディカル・エコノミックス』(1973、中央 公論社)所収
・IQの社会的機能は階層の不平等の正統化であり、他方で被認識的人格特性が階層的に異なる諸個人の経済的成功の原因であることを強調している (p.122)
・だが、ここで問題となるのは、なぜ被認識的人格特性が階層的に異なる諸個人の経済的成功の原因となるのかである。この点が明らかにされない限り、彼らの 議論は成立しなくなる。そこで、この点を解明するために導入されたのが、対応原理という考え方である。(p.123)
・学校教育の社会関係と生産の社会関係(企業内分業あるいは社会的分業)の間の対応
 @職場と学校内部の社会関係の対応「学校は、職場で要求される特性と対応した特性を学生に植え込む傾向」
 A学校段階の相違や学校の序列と生産の社会的関係の対応
・家庭生活と生産の社会的関係の対応
 階級的な相違を持つ養育のパターンが生産の社会的関係に特有の階層的に異なる非認識的人格特性を形成する←コーン[Kohn, M.L.]

 それ以前との違い(p.126〜)
@非認識的人格特性の形成にあたって学校の持つ意義がかつてより格段に高く位置づけられるようになり、逆に家族の位置が相対的に低くなっている
A対応原理の成立要因に関する検討が見られなくなり、学校や家庭と生産の社会的関係の関連の仕方が、対応原理として詳しく論じられているに過ぎない
B再生産の構造を克服する展望が不十分な形ではあるが、それまでになく詳しく論じられている。

二人が挙げている当時のアメリカ資本主義の再生産システムが抱えている6つの矛盾。
@資本主義によっては生産しえぬもの(コミュニティ、安全性、より全体的で主体的な労働と社会生活)に対する欲求の増大
Aプチブル層の凋落による、資本主義的秩序を本来的に擁護する者の減少
B労働の無意味化、抑圧化による資本主義体制に対するイデオロギー的擁護の主要路線の侵食
C資本の国際的拡大による貧困諸国におけるナショナリズムと反資本主義運動の高揚
D黒人運動の高揚、婦人の経済的立場の急激な変化の予測に基づく政治的不安
Eホワイトカラー労働者のプロレタリア化

◇第二節 対応理論の確立
一 学校・家族の社会関係と生産の社会的関係の対応
『アメリカ資本主義と学校教育』において「対応理論」が確立する
・守備範囲の拡大=教育の歴史と資本主義の歴史の対応(共時的対応と通時的対応)
・学校の内的社会関係と労働のヒエラルキー的分業の対応
@学校管理者→教師→学生という学校内の垂直的な権威の系列と生産現場のヒエラルキー的な関係の対応
A学ぶことが学生にとって強制的で非主体的な行為になっていることと労働疎外との対応
B学生たちの成績をめぐる競争と労働現場での競争の対応
・学校間の社会関係と生産の社会的関係の対応
学校の各レベルで習得される行動規範とヒエラルキー的に位置づけられる企業組織の内部で求められる行動規範が対応しているということ。学校教育のどの段階 まで到達するかは、家庭の社会的経済的な背景によって異なるため、このメカニズムを通して地位伝達の再生産が維持される。
・家族観は変化「家族は本質的な点では、生産の社会的関係とはまったく異なった社会的パターンを現わす」
わかりにくい点
・諸個人の教育年数や学歴水準が何によって決まるのかが、必ずしも明確にされていない
 cf.バーンスティン、ブルデューは家族の用いる言語や文化的要因に着目
・家族のあり方と生産の社会的関係の対応している側面と対応していない側面の分かれ目は何に基づいているのか、また、両者の区別と関連の論理はいかなるも のかといった点は検討されていない

二 教育の歴史と資本主義の発展過程の対応
安定した対応関係が崩れた時期から新たな安定関係が生じてくるメカニズムを明らかにしようとしている
・十九世紀半ば頃の公教育制度の成立期
Q.なぜ公的教育制度(公立学校)がこの時期に成立したのか?
A.公教育が成立してくる時期は資本主義が確立する過程でもあり、資本主義の発展が求める工業労働者を訓練する場として、公的学校制度が生まれた

・1890〜1930年の時期
法人資本主義の発展と労使の対立、テーラーシステムの導入、非肉体労働者の増加等々が、この時期の学校教育の拡大と進歩主義的教育改革の実施の原因である
ex.)ハイスクールにおける職業教育運動

・1960年代〜1970年代前半
高等教育の大衆化によって高等教育機関が「高度に発達した資本主義における階級構造の再生産の過程の一部分」になった。「学歴インフレ」
→つねに生産構造の変化が学校教育の変化に先行していた
→再生産構造の歴史的な変化を示す可能性を持っている
*教育改革において労働者階級や人民の運動の果たした役割を過小評価(公教育制度に対する道具的把握、「機能主義的」性格)

三 対応理論における矛盾と展望
・学校制度の変革にも一定の積極的意義を認めるが、学校制度の平等化が経済の不平等の解消に意味を持つのは、平等主義的教育改革が明確な形で政治的で、そ の目的が不平等を永続させている体制の能力を掘り崩すものである場合だけである。
→アメリカの固有の歴史、文化に根ざした社会主義社会へ(アメリカ固有?)
*しかし、教育制度が不安定化しても、結局、資本家たちの望むとおりになってしまう、という分析では、今後の展望が開けてこない

◇第三節 新たな理論展開と到達点
一 場と実践のアプローチ
「教育理論における矛盾と再生産」(1980年)
・社会を「構造的に表現された社会的実践の場のアンサンブル」として捉えなおしている。その場合、場とは「独特な社会的諸関係ないし社会的諸構造の特定の 組み合わせによって特徴づけられる社会生活の結合した領域」を意味し、実践とは場によって基本的に構造づけられるが、単に諸構造の結果や反映にとどまら ず、場を越える社会的なダイナミックスを作り出すものでもある。
→「場と実践のアプローチ」
・資本主義社会においては、国家、家族システム、資本主義的生産の3つの場が存在し、それぞれが固有の論理と構造を持っている
・教育システムは国家の下位の場として位置づけられ、家族よりもその位置づけが低下した
・「一つの社会構成体は場の一つの構造的な表現であり、一つの場はその内部に生じる専有的、政治的、文化的、分配的な実践を表わす一つの構造である」
・専有的実践=自然を変形するという通常の意味での労働
・政治的実践=一つの場の社会的諸関係を変化させようとする社会的干渉
・文化的実践=情報の交換、意識の状態の表現、団結の絆の形成、行為の共通戦略の創出
・分配的実践=様々な対象を分配する実践

矛盾した統一体
・構造的区切り=場を取り囲む区切りの表われ方の性質そのものによって場の発展の上に位置づけられた強制である
・場を横切る実践の転移=集団が闘争や対決においてこれらの闘争が生ずる場に特有の実践をつねに行うとは限らず、特殊な環境のもとでは他の場に特有の実践 に“転移”使用とするという事実である
ex.)女性も男性と同じように高学歴化したこと
→「場と実践は資本主義的な社会諸関係を再生産する結果を生み出すと同時に、それを掘り崩す結果をも生み出す」

リストンの批判「機能主義的分析の域を出ていない」
それへの回答「アメリカ資本主義と学校教育:諸批判への回答」(1988年)
『民主主義と資本主義』でのゲーム理論
*しかしそれでも不十分ではないか?

二 政治的なメッセージの変化
展望の変化
「アメリカ固有の歴史、文化などに根ざした社会主義」→「民主主義的社会主義」
・アメリカが培ってきた民主主義の伝統を積極的に継承しようとする意図を表明するためと考えられる=アメリカの国家や民主主義に対する評価の微妙な変化
『アメリカ衰退の経済学』の日本語訳のための書き下ろし論文「エピローグ」(1985年)
・「進歩的な経済的要求をめぐる運動が、今やアメリカの進歩派と社会主義者にとって主要な優先事項と好機を意味している」=資本主義の延命とも取られかね ない政策を提示
『民主主義と資本主義』のなかで「民主主義的社会主義」→「ポスト自由民主主義」

◇第四節 対応理論の意義と問題点
・問題点
@対応理論における家族と学校の位置づけが理論の展開に伴って何度も変化し、確定した位置が与えられていないこと
A再生産構造の矛盾の捉え方がつねに変化していたこと
B将来の展望、いいかえれば対応関係・再生産の構造を克服する展望が次第に変化してきていること
C教育達成の不平等がなぜ生じるのかという点だけは、一貫して深く検討されることがなかったこと
・意義
@再生産構造内部に存在する矛盾やその克服という点をつねに理論の中に取り入れようとしている点
A通時的対応の見方と「場と実践のアプローチ」で描かれた場と実践の矛盾した側面についての議論は、豊かな可能性を持つ視点を提供している。



製作:橋口昌治 20040604
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db2000/0011st.htm
労働  

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