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Intersecting Voices: Dilemmas of Gender, Political Philosophy

Young, Iris Marion, 1997, New Jersey: Princeton University Press.


Young, Iris Marion, 1997, Intersecting Voices: Dilemmas of Gender, Political Philosophy, and Policy, New Jersey: Princeton University Press.
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第6章 母親、シティズンシップ、独立:純粋な家族価値に対する批判
 紹介:樋口明彦(大阪大学大学院人間科学研究科・社会学)

◆William Galstonによる『リベラルな目的』
◆確かに、国家による政策が中立性を保つことはできないし、すべきでもない。だが、ギャルストンがこうした立場から、リベラルな国家は「損なわれていない両親からなる家族」を特権視すべきだという意見を引き出すことには戸惑いを覚える。本稿では、ギャルストンの主張における経験的側面(離婚やシングルマザーの社会的悪影響)と規範的側面(自立independenceという市民的徳)を吟味および批判する。現代政治理論における自立という規範の役割を見れば、自立を男性に偏って解釈し、依存的な人々や彼らの女性的特徴を劣った地位に貶めている。
◆公共政策は、他人からの支援が必要な人々の自律を促すような社会的支援を与えるべきである。自給自足と見なされた自立という規範を捨て去ることによってのみ、家庭のケア提供者や自分自身で世話ができない人々への平等なシティズンシップを認めることができよう。リベラルは、妥当な生活様式として家族形態の多様性を認めるべきである。

離婚や一人親は貧困や障害の原因なのか?

◆ギャルストンの見解。「あなたの子どもが大きく、なおかつ避けることのできる負荷をコミュニティに与えるように、行為することはできない」。したがって、両親の自由はよき市民の育成という国家目標に従うべきなのである。また、離婚が子どもたちの感情的苦悩の原因となっている経験的証拠もある。だが、ヤングは、その例証の確実性が低いこと、ならびにむしろ家族におけるコンフリクトのほうが影響力があるのではないかと指摘する。
◆ギャルストンは、離婚だけでなく、結婚していたにせよ、していないにせよ、一人親が子どもに悪影響を与えると考えている。さらには、シングルマザーについても。統計的に見れば、黒人のシングルマザーはここ20年で減少傾向にあって、白人のシングルマザーが増えている。つまり、ほとんどの未婚の母は、黒人ティーンエイジだという流布したイメージは当らない。未婚の母という現象は、アメリカ全体に共通するものなのだ。
◆確かに必要な大人が少ないことが何らかの影響を与えるという考えはもっともらしい。だが、夫でなくても、親戚、恋人、友人などが埋め合わせることもできるのだ。また、貧困の問題もある。だが、一人親世帯における貧困の第一原因は、女性の稼得能力の欠如である。シングルマザーの3分の1が、公式の労働力として参加できないのだ。そうした事実に基づいて、ギャルストンは、子どもの貧困対策として結婚を推奨する。

結婚選好は母親への支配を強化する

◆ヤングは、一人親世帯が望ましくない唯一の説得的な例証として、貧困である場合が多いという事実を認めている。
◆ギャルストンの自立概念は次のような意味と考えることができよう。自分と自分の子どもを養うのに十分な高賃金の安定した雇用を持つことである。それによって、子どもたちが能力を養って、十分なスキルが獲得できるようになる。したがって、貧しい一人親世帯が非難されるわけなのだ。だが、ギャルストンは、共稼ぎの多くの家族で、男性賃金と女性賃金に大きな格差があることに触れていない。
◆つまるところギャルストンの議論は、ジェンダーの不平等と男性支配に対する視点の欠落に行き着く。自立はリベラルなシティズンシップの手本となる徳だが、母親の徳には男性への依存が含まれている。男性は、家事労働や育児に対する平等な責任を取らずにいる。なぜなら、彼らはそうしなくてもいい力を持っているからだ。また、女性の従属や依存によって、女性は殴打やレイプの危険に晒されるようになる。女性の離婚や再婚の拒否は、むしろ不正な従属からの解放と捉えるべきなのだ。

自立、依存、シティズンシップ

◆現代の民主主義的共和制において、自立は重要な市民的徳である。だが、こうした自律や個人的自立も、自らの子どもに自己の感覚をはぐくむような個々の母親による愛情を必要としているのだ。→市民的徳としての自律がはらむ男性原理についてはPateman。
◆ヤングは、市民的価値そして徳のあり方として自立を評価する共通感覚に疑問視している。なぜなら、第一に、子ども、老人、病人、身体障害者や精神障害者など、自立できない多くの人々が存在している。第二に、主に女性からなる依存労働者が存在する(Kittay 1999)。自立を規範と見なせば、依存する人々とその特質が二級市民と見なされることになるだけでなく、見えない存在となってしまう。
◆依存する者たちも自立したくないといっているわけではない。つまり、自立independenceを二つの意味に分けるべきなのだ。一つは、自律autonomyである。これは、自分の人生に対する選択を行うことができ、なおかつ他人の強制を受けることなくその選択に基づいて行動することを意味する。もう一つは、自足self-sufficiencyである。これは、自分のニーズを満たすときに誰かの助けや支援を必要とすることなく、自分の人生プランを実行することを意味する。かつての伝統ではこの両者の意味を合致させることが目指されたが、現代の平等主義的な社会運動によって自足と自律の連携が崩れ去ることになったのである。依存概念の系譜については、(Fraser&Gordon 1997)。
◆自足に傾いた自律概念は、多くの人々をマージナル化した結果生まれているのだ。人々のリベラルな社会は次のことを認めるべきだ。自分の人生で何をするのかを決めて、自分自身の考えを作り上げると言う二つの意味で自律するためには、ほとんどの人々が物質的・社会的支援を必要としているし、他人よりももっと必要としている人もいるのだ。

社会に貢献する市民の責任

◆おそらく、ギャルストンは市民の責任について問うだろう。だが、彼は社会貢献をなすことを仕事を持つという意味での自立とを誤って同一視している。金を稼ぐことだけが社会貢献ではない。無償であったり、社会的価値とは関係ない記念品を受け取るだけの社会貢献もあるのだ。公正な社会が依存労働を重要な社会貢献と認めたとすれば、彼らにまともな物質的満足を与えることによってである。また、コミュニティ作りやサービス提供なども、労働市場に含まれない社会貢献の最終カテゴリーと言えよう。ホームヘルプ、子育て、移送手段の改良、職場設備の改善、フレキシブルな労働時間など。

多元的な家族への価値観と公共政策

◆家族生活に関する善には、プライバシー、親密性、責任、他者のケア、休暇の遊び、子どもへの愛情、感情・知性・道徳に関する成熟に向けた養育、相対的安定、秩序ある変化などが挙げられよう。確かに、国家には家族に介入して、適切な罰則を与えることもできるが、ありうべき家族形態を指示することは単なる差別にすぎない。家族形態には、ゲイやレズビアン家族、シングルマザー家族、混成家族、核家族、拡大家族などがありえるのだ。公共政策が家族の価値を促すには、物質的・社会的支援を行うことによってである。

再生産の自由

◆全ての者に子どもを持つ権利はあるが、出産と養育に対する道徳的義務は必要である。

父親の義務

◆離婚した父親の養育義務(手当て)を強化すべきであろうが、分かれた父親との長期にわたる関係は暴力や悪影響を生み出しかねない。

福祉改革

◆福祉改革(ウェルフェア・トゥ・ワーク政策)は、新たなジェンダー化された二重労働市場を生み出して、ジェンダーの不平等を強化することにつながるだろう。母親に福祉チェックを受けさせることは、育児に対する承認や援助をもたらさない。

完全雇用と所得保障

◆公共政策として所得保障をすれば、民間市場でカバーされない社会貢献を行う人々を推奨することができる。依存者のケア、社会サービスへの助成金、住居の提供と維持、コミュニティ活性化、エンパワーメント推進、市民活動・政治活動への参加推進など。このように完全雇用と所得保障の体制をつくることで、家庭でなされる依存労働も社会貢献として承認されるべきなのだ。

母親の家

◆シングルマザー家族を認める一つの方法は、プライバシーを保持しつつも、子育てにおける協働や助け合いを容易にする共同住宅設備を整えることである。

MEMO(樋口)

◆ギャルストンが提示する道徳的価値は、就労に対する要請=ワークフェア擁護に非常に近い特徴を持っている。その点を、ヤングはジェンダーにおける不平等(賃金、依存労働)などを論拠に反駁している。


UP:20040109 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1990/9700yi.htm
Young, Iris Marion  ◇BIBLIO.  ◇WHO 

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